徒だ。名前は、金城瑠夏と言ったはずだ。
 聞いた話によれば、瑠夏が中学に上がるタイミングで、両親が引っ越しを決めた。理由は定かではないが、察するに仕事が理由だろう。引っ越しについて瑠夏は、馴染みのある小学校の級友たちに別れを告げなくてはならなかった。
 僕の目の前で体現しているように、瑠夏は気が弱く、臆病な性格をしている。当然、両親に引っ越しは嫌だと言い出せなかっただろう。本音を押し隠して、親の言うままに知らない子供達と一緒の中学校に入学した。
 だが、中学に上がった瑠夏を待っていたのは、あまり良いとは言えない環境だった。
 瑠夏が入学した学校の生徒たちは、殆どが小学校からの持ち上がりだったのだ。六年間を共に過ごした仲間たちと、中学校の三年間も一緒という流れになる。すでに作り上げられたコミュニティに途中から入り、すっかり馴染んでしまうのには時間もかかるし、瑠夏の場合最初の一歩を踏み出すのも難しい。時間をかけさえすれば良いと言う話でもなかった。
 実際、瑠夏は最初の一年目で孤立した。一年目、とはいっても、夏休みが始まる頃にはとっくにクラスの輪の中には入れていなかった。夏休み前の一週間の内に、彼女の置かれている実情を僕は察した。
 長期休暇に突入する前の、最後の一週間。それまでクラスメイトと仲良くなろうと懸命に話しかけていた瑠夏は、ついに友達作りを諦めていた。授業の合間に設けられた休憩時間では、本を読んで過ごしていた。よく見てみれば、読んでいる本はどれも図書室にはない本ばかりだった。学校の用意した制度すら使わずに孤立して過ごしている様を見て、初めて僕は金城瑠夏という女の子を正しく認識した気がする。
 僕も小学校からの持ち上がりで、友達は新しく作るまでもなかった。既に仲の良い彼らと集まって談笑したり、遊んだりしていた。だから正直な所、夏休み前の最後の週に至るまで、瑠夏の存在をほとんど認知していないも同然だったのだ。瑠夏はきっと、女子同士仲良くするのだろうとばかり思うだけだったのだ。結論として、それは間違いだった。
 夏休みが刻一刻と迫り、教室内で徐々に浮かれたムードが漂ってくる中、瑠夏だけは黙々と読書に耽っていた。周りの人間など、自分には見えていないかのようだった。
 当時の僕からすれば、それはあまりにも残酷な状態に思えた。瑠夏は一日中、誰とも話さず、笑顔も見せず、授業では適当に板書をして、休憩時間には本を読むだけを繰り返すだけだ。移動教室の時以外は、一歩も己の席から動かずに一日をやり過ごす。
 一日、二日と経過して、僕も段々それが理解できてきたのだ。だから、思い切って声をかけてみた。このままでいると、きっと彼女は声の出し方すら忘れてしまいそうに思えたから。
 具体的に何を言ったのか、もう記憶にはない。「どんな本を読んでいるの?」というよう