母はもう少し晶子おばさんの傍にいるというので、私は一足先に実家に戻ることになった。
 と言っても、病院から離れてはいるが、頭を冷やしながら歩いて帰るには充分な時間だろう。大きな荷物は車で来ている母に預け、スマホと財布だけをジャケットのポケットに突っ込んだ。
 田舎だけあって、周囲は田んぼと畑だけ。雪の舞う冬の季節に田んぼの水を確認しに来る人はいない。一面真っ白な雪景色、とはいかないが、今日は一段と殺風景に見えた。
 時折吹く冷たい風がやけに痛かった。まるで棘が刺さったまま頬を撫でられているようで、ひりひりする。都会と田舎では流れてくる風が違うというが、私には山に囲まれた田舎の風が優しいと思ってしまった。
 ふと、足を止めた。車道との境界線が雪で隠れてしまっているが、滅多に車は来ないから大丈夫だろう。
「――裕が、死んだ?」
 気付いたら呟いていた。受け付けられなかった事実を、ようやく落とし込もうとしているのか、自分でもわからない。
 裕は両親に先立たれ、母親の姉である晶子おばさんがひとりで育ててきた。家が近所だった私の家族は、次第に晶子おばさんを手伝うようになった。近所に同い年どころか、子どもがいなかったこともあって、私たちは会える日は一緒に遊ぶ仲だった。
 この関係がずっと続くと思っていた矢先、高校最後の年に裕が女の子と歩いているのを見て、ハンマーで殴られたような衝撃が走った。ずっと一緒にいたからこそ、自覚してしまった感情を否定したくて、思わず素っ気ない態度を繰り返した挙げ句、距離を取ってしまったのだ。
 そしてぎこちない関係のまま高校を卒業して、裕は姿を消した。
 晶子おばさんからいなくなったと聞かされると、私も一緒に周辺を捜し回った。心当たりがある場所は全部回ったが見つからず、警察に捜索願を出しても受理されなかった。
 ポケットに突っ込んだスマホを取り出して、裕との最後の履歴を見る。五年前、失踪したその日の朝に送信されたメッセージは、たった一言だけ。

『忘れないで』

 彼は、どうして出て行ったのだろうか。
 あのとき見つけられていたら、裕はあんな寒い場所でひとり寂しく死ぬことはなかっただろうか。
 あのとき私がメッセージに気付いてすぐ連絡していたら、こんなことにならなかっただろうか。
 あのとき、こうしていたら――思い返したらきりがない。
 言いたいことも言わせてもらえず、一方的に押し付けられたメッセージは謎だらけ。
 帰ってきたらちゃんと話そうと決めていたのに、五年ぶりの再会が、無言の帰宅なんて。
 溢れて出てくるのは、後悔ばかりだ。
「――裕の、ばか」
 ずっと一緒にいたのに、今となっては裕が何を思っていたのかさえもわからない。
 スマホを仕舞おうとした途端、突然後ろからクラクションが聞こえた。振り返ると、雪で足を取られた軽自動車がすぐそこまで迫ってきていた。
 咄嗟のことで身体が動かない。
 そのまま、目の前が真っ暗になった。