離水から5分もすると、地球大気圏を抜け、本艦の背後には円というよりやや楕円形な地球がどっしりと構えていた。
「艦長、あと10分ほどで集合空間座標である月面沖270キロの空間点に達します。」
と、桐原から報告が上がる。
「了解した。味方艦艇の位置は?」
と尋ねると、すぐさま
「旗艦『あまつかぜ」は既に予定ポイントにて待機中です。その他僚艦の所在はそれぞれ『しぐれ』が予定ポイントから3キロ、『あきづき』が2キロ、『ゆきかぜ』が5キロ、『しまかぜ』が同じく5キロの地点です。」
と電探士から返答が返ってきた。その返答に頷き、少しし考えたのち、
「少し遅れ気味だな。増速、黒20」
と指示する。
「ヨーソロー、黒20」
と桐原が復唱したことを確認すると手元のパネルで今回の演習の戦闘計画書を出して、読みなおした。
「…演習開始の号令で我が第8空間宙雷戦隊と第9空間宙雷戦隊が艦隊より離脱して奇襲のためにアステロイド群に潜伏、その後艦隊は鶴翼陣形を敷いて敵を包囲すると見せかけて敵が両翼の艦隊に攻撃を仕掛けると同時に我が戦隊と第9空間宙雷戦隊がアステロイド群から飛び出して小ワープを敢行、敵中枢にワープアウトして敵の主力艦艇と敵旗艦を撃滅する、か…」
しばらく考えたのち、ポツリと
「これが本当にうまくいくのか…?…敵の陣形予想が何も書かれていないじゃないか…敵が単縦陣や輪形陣ならまだしもそもそも隊列を組まずに機動戦闘を仕掛けてくる可能性だってあるのに護衛の宙雷戦隊を引き離して…しかもこの戦闘計画の一つしか明記されていないし…これはどうなんだろうな…」
と呟いた。そうこう思慮を巡らしている間に、
「予定ポイントに到達!」
と桐原から報告が上がり、一旦戦闘計画書を閉じて窓の外を確認した。丁度『ゆきかぜ』と『しまかぜ』が同時についたところで、増速が功を奏したな、と内心思っていると、
「艦長!『あまつかぜ』より戦隊間通信が入っています!」
と通信士からの報告が聞こえた。
「繋げ。メインパネルに。」
そう返答し、天井に吊り下がっているメインパネル…というには少し小型なテレビジョンモニターに戦隊司令官の姿が映った。すぐさま敬礼をする。
「あー、諸君。私がこの戦隊の宙雷戦隊の司令官を任された大岸だ。よろしく頼む。」
と、タブレットを見ながら小柄で肉のある初老の男性が訓示を行う。
「えー、早速だが、これより本戦隊は第二空間警戒航行序列を敷いてだな、えー、エッジワース・カイパーベルトに程近い冥王星沖3万7000キロの空間点に向かう。えー、そこが我々α部隊の合流地点だからな、えーしっかりと行動するように。以上、何かあれば挙手。」
本来この挙手のくだりは儀礼的なものであり、本来は何もしないことが定石となっている。だが、作戦について具申するには今しかない、そう小西は思い、手を挙げた。
「ふむ、小西艦長。どうした」
「はっ、この戦闘計画書ですが、戦闘パターンが一つしか示されていないため、敵がもし隊列を組まず機動戦闘を仕掛けてきた場合等、戦闘計画書にない場合についてこ詳細な指示が示されておりません。ですから、司令官が合流地点で会議を行う際にどうか本戦闘計画書の改善を具申していただけないでしょうか。」
というと、大岸司令官はイラッとしたような顔を浮かべてこう言った。
「何を馬鹿なことをいっとるのだね。隊列を組まない?そんなケースがあるわけないじゃないか。もう少し戦闘パターンというものを勉強したらどうかね。」
「ですが…!」
「君、艦長としては異例の早さで着任したらしいが、天狗になっていないかね。具申するにしてももう少しまともなことを具申しなさい。…他にないかね」
「司令!」
「では、解散。これより目的地に向け前進する。確認するが全艦、第二戦速、だ。以上。」
そう言い、画面は黒く染まり、通信が終了したことを伝えていた。
「天狗…天狗か…どうなんだろうな…」
司令官が小西自身に向かって言った言葉を反芻しながら1人でポツリと呟いたが、そんなことをしている暇は無いと思い直し、指示を飛ばす。
「訓示通りだ。前方の『ゆきかぜ』とは現在の間隔を維持せよ。機関始動、第二戦速へ。」
「機関始動、第二戦速、ヨーソロー」
「取り舵15°」
「取り舵15°ヨーソロー」
「舵戻せ。進路060」
「進路060ヨーソロー」
と、小西の指示に桐原が復唱で答える。
「杉内、ポイント到着までは第二種警戒体制を維持。対潜、対空、対艦警戒を厳とせよ。」
「了。全艦に告ぐ。総員、第二種警戒体制を維持。対潜、対空、対艦警戒を厳とせよ。」
小西の指示を受け、砲雷長である杉内が乗組員に対して第二種警戒体制を呼びかけた。
「俺は艦長室に戻る。何かあったらすぐ報告してくれ。諸君らも交代要員としっかりと交代して演習に支障をきたさないように。」
「はっ!」
艦橋メンバーにそう言い、小西は艦橋を後にした。全長およそ117mと通常の宇宙駆逐艦にしてはやや小型な本艦には、乗組員の為の居住スペースが限られており、通常の部屋に2段ベッドが2個設置されていたりと居住性に難がある艦出会ったが、艦長室も例外ではなく、椅子とベッドが兼用であり、椅子を押し倒すことでベッドになったりとあまり居住性が良いとは言えなかった。だが、艦長である小西は俺だけ大きい部屋にしろ、などということは一切思わなかった。
それは、昔の防衛学校時代の経験があるからである。
ある航海訓練の最中、教官が我々と同じ狭い船室で寝泊まりしていると聞いた。それについて教官に直接尋ねたところ、「生徒が不便を感じる中、教官である俺が快適さを味わってはならない」、という信念によるものなのだと言われた。
それ以降、人の上に立つようになっても立場が下の人間と同じ苦労を味わうこと…それが一流の指揮官に求められる…そう思うようになった。
「とりあえず今日の航海記録を書いておくか。」
そう言い、机に設置されている大型タブレットに記録を書き残していく。
「さて…こんなものか…」
そう呟き小西は背もたれに体を預けながら考える。大型タブレットをチラリと見て小西は気怠そうにキーボードを叩く。小西が検索キーを押した瞬間、タブレットには1人の男と顔写真と名前、経歴がざっと流れ出た。小西はそれを横目にサラサラと読んでいく。
「阿部なぁ…」
そう呟きながら考える。戦艦あまぎ技術科長をしていた阿部だが、彼は昔あまぎが沈没する際、退艦禁止命令を無視し、そそくさと数名を引き連れて退艦したという噂が流れており、そのことが原因で軍から忌み嫌われているようであった。事実、彼がこの「しまなみ」に来る以前、やはり彼はあまぎにいたようで、経歴には2215年あまぎ技術科長就任と明記されている。彼が生きている以上あまぎから退艦したということは事実なようだが、果たして、本当に命令を無視して退艦したのだろうか。小西は、そのことについて阿部が赴任してきて以来、ずっと疑問に思っていた。やはり周りからは嫌われている為、周りの乗組員との溝は深いがしかし彼の働きぶりを見てきた小西としては、彼が命令を無視してまで退艦するとは思えないのだ。彼はどれだけ周りから嫌味を言われようと黙々と作業をこなし、その作業の完成度は非常に高い。普通、命令無視をするような人間であればもっと杜撰であるのだろうが…そう思ったがそこで小西は思考を中断した。止めだ、止め。他人のことを詮索するのはよろしくない。ここまでにしておこう。そう小西は自己完結した。…だが、詮索はやめると言っても演習に火種は持っていきたくない。…少し、乗組員に説教しなければならんな、そう小西は思い、そろそろ寝ようかと時計に目をやる。手元の時計を見ると午前1時を指していた。流石に寝ないとそれこそ演習に支障をきたしかねない。艦橋メンバーにしっかりと休んで演習に支障がないようにせよと命令したのに命令した本人の体調が万全でなかったら話にならない。そう思いながら椅子のレバーを下げ、椅子を押し倒し、簡易的なベッドを作るとすぐにベッドに潜り込んで瞼を閉じた。
案外疲れが溜まっていたようで、寝ながら戦闘計画を反芻しようと思ったが、そう思い通りにはいかず、意識が落ちていった。
「艦長、あと10分ほどで集合空間座標である月面沖270キロの空間点に達します。」
と、桐原から報告が上がる。
「了解した。味方艦艇の位置は?」
と尋ねると、すぐさま
「旗艦『あまつかぜ」は既に予定ポイントにて待機中です。その他僚艦の所在はそれぞれ『しぐれ』が予定ポイントから3キロ、『あきづき』が2キロ、『ゆきかぜ』が5キロ、『しまかぜ』が同じく5キロの地点です。」
と電探士から返答が返ってきた。その返答に頷き、少しし考えたのち、
「少し遅れ気味だな。増速、黒20」
と指示する。
「ヨーソロー、黒20」
と桐原が復唱したことを確認すると手元のパネルで今回の演習の戦闘計画書を出して、読みなおした。
「…演習開始の号令で我が第8空間宙雷戦隊と第9空間宙雷戦隊が艦隊より離脱して奇襲のためにアステロイド群に潜伏、その後艦隊は鶴翼陣形を敷いて敵を包囲すると見せかけて敵が両翼の艦隊に攻撃を仕掛けると同時に我が戦隊と第9空間宙雷戦隊がアステロイド群から飛び出して小ワープを敢行、敵中枢にワープアウトして敵の主力艦艇と敵旗艦を撃滅する、か…」
しばらく考えたのち、ポツリと
「これが本当にうまくいくのか…?…敵の陣形予想が何も書かれていないじゃないか…敵が単縦陣や輪形陣ならまだしもそもそも隊列を組まずに機動戦闘を仕掛けてくる可能性だってあるのに護衛の宙雷戦隊を引き離して…しかもこの戦闘計画の一つしか明記されていないし…これはどうなんだろうな…」
と呟いた。そうこう思慮を巡らしている間に、
「予定ポイントに到達!」
と桐原から報告が上がり、一旦戦闘計画書を閉じて窓の外を確認した。丁度『ゆきかぜ』と『しまかぜ』が同時についたところで、増速が功を奏したな、と内心思っていると、
「艦長!『あまつかぜ』より戦隊間通信が入っています!」
と通信士からの報告が聞こえた。
「繋げ。メインパネルに。」
そう返答し、天井に吊り下がっているメインパネル…というには少し小型なテレビジョンモニターに戦隊司令官の姿が映った。すぐさま敬礼をする。
「あー、諸君。私がこの戦隊の宙雷戦隊の司令官を任された大岸だ。よろしく頼む。」
と、タブレットを見ながら小柄で肉のある初老の男性が訓示を行う。
「えー、早速だが、これより本戦隊は第二空間警戒航行序列を敷いてだな、えー、エッジワース・カイパーベルトに程近い冥王星沖3万7000キロの空間点に向かう。えー、そこが我々α部隊の合流地点だからな、えーしっかりと行動するように。以上、何かあれば挙手。」
本来この挙手のくだりは儀礼的なものであり、本来は何もしないことが定石となっている。だが、作戦について具申するには今しかない、そう小西は思い、手を挙げた。
「ふむ、小西艦長。どうした」
「はっ、この戦闘計画書ですが、戦闘パターンが一つしか示されていないため、敵がもし隊列を組まず機動戦闘を仕掛けてきた場合等、戦闘計画書にない場合についてこ詳細な指示が示されておりません。ですから、司令官が合流地点で会議を行う際にどうか本戦闘計画書の改善を具申していただけないでしょうか。」
というと、大岸司令官はイラッとしたような顔を浮かべてこう言った。
「何を馬鹿なことをいっとるのだね。隊列を組まない?そんなケースがあるわけないじゃないか。もう少し戦闘パターンというものを勉強したらどうかね。」
「ですが…!」
「君、艦長としては異例の早さで着任したらしいが、天狗になっていないかね。具申するにしてももう少しまともなことを具申しなさい。…他にないかね」
「司令!」
「では、解散。これより目的地に向け前進する。確認するが全艦、第二戦速、だ。以上。」
そう言い、画面は黒く染まり、通信が終了したことを伝えていた。
「天狗…天狗か…どうなんだろうな…」
司令官が小西自身に向かって言った言葉を反芻しながら1人でポツリと呟いたが、そんなことをしている暇は無いと思い直し、指示を飛ばす。
「訓示通りだ。前方の『ゆきかぜ』とは現在の間隔を維持せよ。機関始動、第二戦速へ。」
「機関始動、第二戦速、ヨーソロー」
「取り舵15°」
「取り舵15°ヨーソロー」
「舵戻せ。進路060」
「進路060ヨーソロー」
と、小西の指示に桐原が復唱で答える。
「杉内、ポイント到着までは第二種警戒体制を維持。対潜、対空、対艦警戒を厳とせよ。」
「了。全艦に告ぐ。総員、第二種警戒体制を維持。対潜、対空、対艦警戒を厳とせよ。」
小西の指示を受け、砲雷長である杉内が乗組員に対して第二種警戒体制を呼びかけた。
「俺は艦長室に戻る。何かあったらすぐ報告してくれ。諸君らも交代要員としっかりと交代して演習に支障をきたさないように。」
「はっ!」
艦橋メンバーにそう言い、小西は艦橋を後にした。全長およそ117mと通常の宇宙駆逐艦にしてはやや小型な本艦には、乗組員の為の居住スペースが限られており、通常の部屋に2段ベッドが2個設置されていたりと居住性に難がある艦出会ったが、艦長室も例外ではなく、椅子とベッドが兼用であり、椅子を押し倒すことでベッドになったりとあまり居住性が良いとは言えなかった。だが、艦長である小西は俺だけ大きい部屋にしろ、などということは一切思わなかった。
それは、昔の防衛学校時代の経験があるからである。
ある航海訓練の最中、教官が我々と同じ狭い船室で寝泊まりしていると聞いた。それについて教官に直接尋ねたところ、「生徒が不便を感じる中、教官である俺が快適さを味わってはならない」、という信念によるものなのだと言われた。
それ以降、人の上に立つようになっても立場が下の人間と同じ苦労を味わうこと…それが一流の指揮官に求められる…そう思うようになった。
「とりあえず今日の航海記録を書いておくか。」
そう言い、机に設置されている大型タブレットに記録を書き残していく。
「さて…こんなものか…」
そう呟き小西は背もたれに体を預けながら考える。大型タブレットをチラリと見て小西は気怠そうにキーボードを叩く。小西が検索キーを押した瞬間、タブレットには1人の男と顔写真と名前、経歴がざっと流れ出た。小西はそれを横目にサラサラと読んでいく。
「阿部なぁ…」
そう呟きながら考える。戦艦あまぎ技術科長をしていた阿部だが、彼は昔あまぎが沈没する際、退艦禁止命令を無視し、そそくさと数名を引き連れて退艦したという噂が流れており、そのことが原因で軍から忌み嫌われているようであった。事実、彼がこの「しまなみ」に来る以前、やはり彼はあまぎにいたようで、経歴には2215年あまぎ技術科長就任と明記されている。彼が生きている以上あまぎから退艦したということは事実なようだが、果たして、本当に命令を無視して退艦したのだろうか。小西は、そのことについて阿部が赴任してきて以来、ずっと疑問に思っていた。やはり周りからは嫌われている為、周りの乗組員との溝は深いがしかし彼の働きぶりを見てきた小西としては、彼が命令を無視してまで退艦するとは思えないのだ。彼はどれだけ周りから嫌味を言われようと黙々と作業をこなし、その作業の完成度は非常に高い。普通、命令無視をするような人間であればもっと杜撰であるのだろうが…そう思ったがそこで小西は思考を中断した。止めだ、止め。他人のことを詮索するのはよろしくない。ここまでにしておこう。そう小西は自己完結した。…だが、詮索はやめると言っても演習に火種は持っていきたくない。…少し、乗組員に説教しなければならんな、そう小西は思い、そろそろ寝ようかと時計に目をやる。手元の時計を見ると午前1時を指していた。流石に寝ないとそれこそ演習に支障をきたしかねない。艦橋メンバーにしっかりと休んで演習に支障がないようにせよと命令したのに命令した本人の体調が万全でなかったら話にならない。そう思いながら椅子のレバーを下げ、椅子を押し倒し、簡易的なベッドを作るとすぐにベッドに潜り込んで瞼を閉じた。
案外疲れが溜まっていたようで、寝ながら戦闘計画を反芻しようと思ったが、そう思い通りにはいかず、意識が落ちていった。