エピローグ

「…これが、この星で起こった、本当の話なのじゃよ。」
そう言い、話をしていた老人はふぅ、と一息ついた。彼の周りには多くの子どもたちが群がって話を聞いている。
「でも、おじちゃん。歴史の授業だと、アリア女王陛下が敵艦隊を滅ぼしたって書いてあったよ。そんな、奴隷身分を働かせたとか、小西司令とかいう人なんて出てこなかったよ。」
そう1人の女の子が老人に向かって質問を投げかけた。老人はそうかい、と呟いて言った。
「それはの、学校で習う歴史だけが本当に正しいとは限らないからなんじゃよ。歴史は、書く人によって様々な情報が抜かれて、人によって様々な解釈があるからのぉ。悲しいかな、その国にとって不利益な歴史は闇に葬り去る、これがこの世の常じゃ。言い方はちと悪いがのぉ。じゃが、ワシらが見て、経験あの戦いは実際に起こっておったし、そこでこの国がやってはならんことをやっていたのもまた事実。小西司令が居なければこの星を守る事はできなかった、ワシは今でもそう思っとるよ。」
そういうと子どもたちはお互いに顔を見合わせて口々によく分からない、と言った。老人はその声に笑いつつ、言った。
「ま、一つ言える事は、当時この星では『しまなみ』が希望の体現者であり、そして今ではそんな事実など無かったというということになっとる。希望、というのは紙一重、と言うことじゃな。」
そう言うと老人は腰掛けていた岩から立ち上がり、杖をつきながら歩き出し
「今日の話はここまでじゃ。またいつかのぉ。」
と言いながら去って行った。子どもたちは老人の丸まった背中に思い思いの言葉を投げかける。また明日ね、また話してね、などなど。老人はその言葉を背に受けながらふらふらと手を振り、いくべき道を歩き続けた。
どのくらい進んだのだろうか、老人はふと疲れを感じ、その辺の原っぱに腰を下ろした。老人が今いるところは小高い丘になっており、遠くにある海を一望できた。そして、空に浮かぶ無数の艦艇たちも。
しまなみがここに来てクォーク機関を技術供与して以降、この国では盛んに宇宙戦闘艦が作られるようになってしまった。かつて、この国を護る為に存在していた防衛軍は、もはや名ばかりのものとなり、今では侵略の限りを尽くしているという噂も耳にした。
「情けない、これがグスタフ殿や、モンナグ殿、小西司令が築き上げた防衛軍の末路とはのぉ。これでは、まさに希望の暴走ではないか。小西司令らがこの国に与えてきた希望とは、他国を侵略するためのものだったのかのぅ…。」
そう老人は呟き、哀れみのような目で空を飛ぶ艦を見つめた。視線の先には、一際大きな艦がいた。元防衛艦隊旗艦諏訪にも似たシェルエットを持つこの艦は戦争で活躍した英雄であるアリアの名を取り、「諏訪改二型宇宙戦艦アリア・ファリア」と名付けられたそうである。老人はその艦に若き日に乗っていた『あまぎ』と『諏訪』の形を重ねた。今となっては懐かしいあの戦いも、今では忘却の彼方に忘れられ学校で教えられる歴史は戦いについてアリア女王陛下の手柄だとばかり書かれているという。あれだけ人類の希望だともてはやされたしまなみや小西の姿は、歴史の教科書の中にはほとんど無かった。
「本当に情けないのぉ。小西司令が見たら泣くぞい。」
そう愚痴をこぼしながら老人はあの時のことを再び思い出していた。

あの時…小西が引き金を引いた時、阿部の乗っていた「こくちょう」は、煙の影響を受けない位置におり、事の顛末を全て見ることができていた。諏訪から放たれたクォーク振動砲の奔流はそのまま超巨大戦艦の主砲口めがけて飛んでいき…そして、大きな閃光と共に超巨大戦艦は爆炎に包まれた。と、同時に諏訪も爆炎に包まれ、阿部の眼科は炎の嵐となった。だが、それで終わりでは無かった。超巨大戦艦の中で暴れ続けたクォーク振動砲がついに超巨大戦艦の内側から貫通し、周辺にいた艦にまで被害を及ぼし始めた。あまりに急のことでろくに対処できなかった敵艦隊は次々に飛び火してくるクォーク振動砲の支流に巻き込まれ、爆沈。それがしばらく続き、もはや阿部の視界全てが真っ赤に染まった頃、阿部は爆炎の中に超巨大戦艦を見た。至る所に穴が空いていたが、特に大きな破口は諏訪が下から放ったクォーク振動砲が命中したところと、もう一箇所、しまなみが命を賭けて体当たりした場所であった。それを見た時、阿部の目に涙が溢れた。あぁ、小西艦長。杉内、桐原、みんな。みんなのやってきたことは全て意味があったんだ。決して無駄死にじゃ無かったんだ。そう思った時、阿部をさらなる涙が襲った。阿部は、目から大量の涙を流しながら堕ちていく超巨大戦艦(堕天使)を見送った。

全てを思い返し、また目元に涙を滲ませた老人は涙を拭うと再び歩き始めた。やがて、彼はある草が生い茂ったところへ入っていった。まるである日の『こくちょう』に草が生えたかのような草の塊。一見してかなり不気味だが、老人にとってはここが1番落ち着くところだった。老人が奥へ入ってくと子供の声が聞こえ、3人の子供が老人に抱きついてくる。老人は子供の頭を撫でつつ、草の塊に視線を飛ばした。視線の先、『こくちょう』の翼に該当するような部分にはある文字が刻まれていた。
「小西艦長以下269名の魂、ここに眠り、ここに乗る。」
と。