翌日、小西は目を覚ますとゆっくり艦橋へ向かって歩き出していた。一晩よく考えた事で少し、頭の中が落ち着いてきたな、そう思って艦橋に入っていくと、どうやら中が少し慌ただしい。小西は不思議に思って 
「なんかあったのか?」
と聞いた。艦橋乗組員は少し驚いて敬礼をしようとしたが、小西はいつかのようにそれを静止し、再び訊ねた。
「それで、何があったのだ?」
その問いに桐原が答えた。
「陛下が…。陛下がお越しになられると…先程阿部の方から連絡が…。」
そう言った。小西はその答えに驚愕し、言った。
「それで何時ごろ来るんだ…?」
「だいたい…、あと5分後だと思いますが…。」
桐原は時計を見ながら答えた。まずいな、受け入れる準備ができてない。小西は冷や汗を流したが、時すでに遅しとはこの事か、船窓からアリアが魔法陣を輝かせ、飛んでくるのが見えた。小西は一つ、大きなため息をつくと
「石原。戦闘服のままでいいから艦首へ行って俺と出迎えをしてくれ。」
と言った。石原は仕方ない、という表情で
「わかりました。」
と言った。小西はそれに頷いて、二人は艦橋を出ていった。そして艦首第一砲塔付近で待機していると陛下がふわりと降り立った。小西と石原は、敬礼し、そして小西が口を開き、
「ようこそ、『宇宙駆逐艦しまなみ』へ。陛下。もう少し早く教えて頂ければ準備致しましたのに。」
と言った。陛下はそれに対して
「ま、いいじゃない。貴方方のありのままを見るのもまた私の仕事として大切なのよ。」
とニコニコしながら言った。そんな時、石原はアリアの後から後四人、人が飛んでくるのが見えた。それを見て石原は
「陛下、後四人ほど人が来られるのですか?」
と聞くとアリアは
「そうそう。少し、というかかなり向こうのほうで進展があったみたいでね。その事についても話さないといけないかな、と思ってね。」
と言った。小西と石原は顔を見合わせ、一体なんなんだろう、と不思議そうな顔をして見つめ合った。
しばらくして人が全員揃い、ブリーフィングルームへ入っていった。そしてそれぞれ、向かい合って座る。小西と石原の向かい側にはアリアに、グスタフ、モンナグ、アレクサンドリア、そして阿部が座った。全員が着席したのを確認して、アリアが口を開く。
「まずは貴方方の戦いに敬意を表するわ。本当にありがとう。」
そう言ったアリアと小西の視線が交錯する。アリアは言葉を続ける。
「阿部からこの艦の修理にドックが必要と聞いたわ。だから、魔導船造船用のドッグが王都にあるから、それを使って頂戴。明日、魔導船に案内させるわ。長さ100メートル強のドックだから、この艦も十分入る筈よ。」
その言葉に小西と石原は胸を撫で下ろし
「陛下のご配慮に感謝申し上げます。」
と小西が言った。しかしその後小西はこう言葉を続けた。
「しかし、本艦が修理に入ってしまうと、この世界の防衛が機能しなくなるのではないでしょうか。」
と前々から心配していた内容をぶつけた。アリアはその質問は予想済みだと言わんばかりの顔で
「その点については大丈夫よ。阿部、アレク。話してあげて。」
と言った。指名を受けた阿部とアレクサンドリアは姿勢を正しく、そしてお互いにどちらが話すか視線でやり取りした後、阿部が口を開いた。
「我々は2つの試製クォーク機関を完成させました。不採用となった方の機関を防衛砲台に接続する事で既存の砲台で十分に防衛する事が可能です。それで試作した機関なのですが、一つはオリハルコン製クォーク機関。こちらの特徴はとにかく耐圧性能が高く、よっぽどのことがない限り機関のひび割れを起こしませんし、それに伴うエネルギー漏れを起こしません。」
それを聞いて阿部と石原は大きく頷いた。完璧だ、2人の顔はそう言わんとばかりの顔をしていた。それを確認するも、今度はアレクサンドリアが口を開く。
「じゃが、問題なのは二つ目の方じゃ。二つ目はミスリル製クォーク機関なのじゃが、こやつ、オリハルコン製より耐圧性能は若干劣るが、エネルギーを伝導させた際にとてつもない魔力を発するのじゃよ。」
それを聞いた小西と石原は二人して何を言わんとしているかわからないと言ったような顔で見合わせた。アレクサンドリアは嘆息して説明を続ける。
「つまり、魔力が発生する事を使って陛下はとんでも無いことを言い出したんじゃ。それはな、」
そう言うと一呼吸おいて、言った。
「発生した魔力を呪文を刻んだ装甲板に伝導させて前回陛下がお主達にやった『フィレスバリアン』…つまりはバリアを展開させよう、と言うものなんじゃが…。」
何かを言い淀んだ言い方に二人はアレクサンドリアが何を言いたいのかまだ分からなかった。
「バリアの展開時間はおよそ30分でな、時間制限がある上に紋様の冷却の為に一度使うと2時間ほどは使用できん。しかもバリアは特一級王宮魔術、つまりは秘密魔術じゃ。容易に外に見せていいものじゃあない…。つまり何が言いたいのかと言うとじゃな、もし敵が呪文が刻まれた艦艇を鹵獲、ないし装甲板を確保した場合、我が国の奥の手は無くなってしまう…。と言う事なんじゃ。」
そうアレクサンドリアは少し俯きながら言った。小西はアレクサンドリアが言ったことを考え始めた。おそらく陛下は最早勝つためには手段を選んではいられない、と言う事なのだろう…。アレクサンドリアの言うことは正しいし、それに加えて王族のみしか知らない秘密魔術があってこそこのような状況になっても国家内で内乱を防げている可能性もある。もし仮に秘密の呪文を刻むのであれば、陛下一人で十数隻は建造されるであろう艦艇に呪文を刻む事は当然できない。しかし艦艇を造るために各地方の造船所に王族の持つ呪文を教える事になると王族と一般臣民や帝国貴族との区別が無くなってしまう。つまり、秘密魔術がなくなる事で臣民や貴族が反乱を起こしやすくなってしまう…。そう小西は結論付け、その結論をもとに考え始めた。…正直なところ、艦艇にバリアをつけることは現実世界でも実験が重ねられていたが、未だ実用化には至っていない。つまり、それほどバリアの展開技術は高度なものであり、それを魔法という技術で補えるのならば時間制限があるとはいえ、搭載できるものなら是非したい。だが、アレクサンドリアの懸念ももっともである。王家が持つ秘密の魔術が敵に渡ったり、味方であってもそれを公開することはかなりリスキーな事になる。小西は上を向いて考えを巡らせた。…何が正解だ。どうすればいい。そう考えていた時、陛下が言葉を放った。
「今ここで出し惜しみをして負けるか、後のことは後で考えて今とにかく全力を出すか。その二択でしょう?今はかろうじて『しまなみ』によって食い止められているけれど、その『しまなみ』も先程の戦いで深く傷ついている…。最早選択の余地はあるのかしら。」
その言葉に再び全員が俯く。やがて、小西は上を向き、目をギュッと瞑った後、覚悟を決めて言った。
「…陛下。呪文の公開を…。お願い致します…。」
そう小西が言った後、しばしの沈黙が訪れた。全員が重苦しい顔をしている。だが、反対する者は誰もいなかった。やがてアレクサンドリアが口を開いた。
「…では、陛下。各地の造船所にそのように伝達しておきます。」
と言った。陛下は無言で頷き、その日の会議は重苦しい雰囲気で解散した。

会議が終わり、全員がブリーフィングルームから出ていく中小西は一人ブリーフィングルームで石のように固まっていた。…小西はここまで何度も苦渋の決断を強いられてきた。さらに、小西を取り巻く状況は目紛しく変わり、やらなければならない課題も山積みになっている。…最早小西のできる決断の許容量超えていた。その為、小西のメンタルは最早限界に来ており、小西は呆然と虚空を見つめながら、行く宛てのない沸々と湧き上がる怒りを必死に堪えていた。そしてそのまま小西は現実から逃げるように目を瞑った。悩みがあっても睡魔はいつものように小西を襲い、小西はそのままブリーフィングルームで寝てしまった。

翌日、小西はどっかりと艦長席に腰掛けていた。目の前の船窓からは空中を浮遊する魔導船が見え、魔導船の甲板からは作業員が旗を振っているのが見えた。小西はドックが近づくと杉内に
「そろそろお前に任せる事が増える事になる。今のうちに指揮について色々体験しておけ。」
と言い、続けて
「杉内一等宙尉にドック侵入までの指揮を命ずる。」
と言った。杉内は驚くような顔をしたが「計画」は本人の意思と関係なく進んでいる事を察したのか
「了、杉内一等宙尉ドック侵入までの指揮を執ります。」
と言った。そこから暫くしてドックの側面が見えてきた。そして杉内が桐原へ指示を出す。
「取舵1°、原速赤20」
「ヨーソロー、取舵1°、原速赤20」
やがて艦がドックの正面壁に近づくと杉内は
「機関逆進、艦体停止!」
と指示を出しそれに西村と桐原が同時に
「機関逆進!」
「ヨーソロー、艦体停止!」
と言った。艦はものの見事に停止位置ピッタリで止まった。それを確認して魔導船が空中へ退避する。するとドック出入り口の水門が閉まり、ドック内の海水が排水され始めた。小西はこの様子を艦長席で見て、もうこの艦はコイツに任せれる、そう思った。やがて全ての水が排水され、穴だらけの艦側面が姿を現した。甲板に出て損傷を確認した小西は損傷の大きさに絶句していたが、間も無く技術科工作班と現地の作業員が甲板上で話し合いを始めた。それを見て小西は乗組員が諦めていない事を知り、小西は心新たにアリアとの会議に向かった。

何度見たか分からない応接間で、小西はアリア達と対面していた。本来なら石原が随伴してくるはずであったが、艦体の補修に関するスケジューリングの為、今艦内で必死に作業している。それを見た小西は石原を伴う事なく会議へと向かったのである。会議では阿部が進捗を報告していた。
「我々は本来、王族が非常脱出用として建造していた脱出船を改造する事で旗艦級戦艦の建造を行います。また、巡洋艦及び駆逐艦については建造期間短縮の為、昔王族が勇者召喚の際に使用していた『時空湾曲媒石』を用いる予定です。」
「その、『時空湾曲媒石』とはなんだ?」
小西はよく知らない単語が出てきだのですかさず訊ねる。
「時空湾曲媒石は本来勇者召喚の際、空間と時空を歪めてあらゆる世界線、あらゆる時代から選りすぐりの人物を召喚する為の触媒として使われるものじゃ。それ単体で使うとその場所の時間の進みを注いだ魔力量によって故意的に変えられる。今回は石が耐えうる最大限まで魔力を注いで大体普通の百倍まで早めるつもりじゃ。」
そうアレクサンドリアが答えた。時間を早める。その言葉に小西は引っ掛かりを覚えた。小西は思った疑問を口にする。
「仮に時間を早めるのであれば、作業員の寿命もその分減ってしまいますが、そのような事態は避けなければなりません。時間が早くなる世界でどのように作業するモノを確保するのでしょうか?」
「それについては問題ないわ。こちらで既に準備できています。」
そうアリアが言った。それを聞いて小西は胸を撫で下ろし、あと伝えるべきことは何か少し考えて言った。
「本艦の武装なのですが、前回の戦闘で消耗品が殆ど底をついてしまいました。つきましては本艦の消耗品…特に誘導ミサイルと対空三式弾の補充について話し合いたいのですが…。」
そう言うと阿部がアレクサンドリアやアリアに対して構造を小さな声で話し始め、どうやら代替案を考えているようであった。やがて案が纏まったのか阿部とアレクサンドリアが話し始めた。
「艦長もご存知の通り、誘導ミサイル…コスモスパローと宇宙魚雷、そして対空三式弾ですがどれもレーダー波を照射して目標へ飛翔したり、目標の手前で爆発したりしますが、どれも誘導や近接信管の為にレーダー波を照射するシステムが必要になります。」
ここまで阿部が話し、代替案をアレクサンドリアが話す。
「そのシステムの為にワシらが今考えたのは今ある魔術を応用する方法じゃな。ワシらの魔術には相手に向けて誘導する為に『インドゥケション』という誘導のための呪文がある。それをミサイルや砲弾に刻んで誘導システムの代わりにする、というものじゃが…艦長さんよ、これはどうなんじゃろうか。」
小西は考えたがこういうものは技術職人である彼らに任せた方がいい。小西はそう判断し
「わかった。細かいところは任せる。一応サンプルとしてコスモスパローと宇宙魚雷、三式弾をそれぞれ2発ずつ渡そう。後ほど魔導船と共に本艦まで来てくれ。」
そう言った。阿部とアレクサンドリアは
「了解しました。」
「了解じゃ。」
と声をあわせて言った。それを確認した小西は阿部やアレクサンドリアと一緒に魔導船に乗り込んでしまなみへ向かい、サンプルを移送すると、再び飛び立った魔導船を見送った後一人艦長室に引き篭もった。備え付けのタブレットには、各科から送られてきた教育の為のテキストが写し出されていた。小西は慣れた手つきでテキストをしばらくの間読み進め、やがて頭上の電球が赤くなってしばらく経った頃小西は全てのテキストを読み終わり、認可印を全てのテキストに押した。明日からはついに新兵教育プログラムが始動する。そう思うと小西は身が引き締まる思いがした。ここからは小西はしまなみ艦長を離れ、アリアによって再編されたディ・イエデ防衛軍の防衛艦隊司令長官の任に就くことになる。その為しまなみの艦長は杉内になり、小西は艦隊旗艦が完成するまでの間、アリアに対して砲雷術や戦略についてはもちろん、技術、航海術に至るまで教育を行う。その為にすべき準備は既に終え、あとは実行に移すのみであった。
「ふぅ」
そう小西は一息ついて机の横にまとめた荷物を眺めた。しまなみで艦長を務めた期間は一年ほどしかなかったがそれでもこの艦に思い入れがないわけがなかった。小西は
「この艦で現実世界に戻りたかった…。」
と呟いた後、いつものように椅子を倒して簡易ベッドを作り、深い眠りについた。