今日もこの国は曇りであった。この日もアリアと防衛計画について話し合う予定だったが、小西は一足先に王宮へ来ていた。そして近くを通りかかったメイドに
「すまない、私は『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長の小西だが、防衛軍上級大将のグスタフ司令はどこにおられるか、わかりますか?」
と聞いた。メイドは驚いた表情をしながら珍しい格好をしている小西の服装を舐め回すように見た後、言った。
「グスタフ上級大将でしたら、こちらの廊下をまっすぐ進んでいただいて、突き当たりを左にいき、そこから二つ目の部屋におられますよ。」
と丁寧に教えてくれた。小西はそのメイドに礼を言い、グスタフ司令の部屋を訪ねるべく廊下を歩き、そして司令の部屋をノックした。その瞬間、部屋の中から、
「誰か。」
と言う声が聞こえた。それを聞くと
「はっ、『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長、小西慶太であります。」
と返事すると、中からほぅ、と言う声が聞こえ、
「鍵は空いている。入り給え。」
と言われた。そして小西は木製の大きな扉を押し上げ、失礼します、と言いながらその部屋に入った。中では窓の外を眺めながら立っている司令官の姿があった。小西は扉を静かに閉めると、司令官に敬礼した。それに対して司令官は頷きながら、目の前のソファを指差し、
「まぁ、そこに座りなさい。」
と言った。小西は司令官が座るのを確認すると
「失礼します。」
と言ってソファに座って緊張した顔で言った。
「グスタフ司令にお伺いしたいことがあります。」
それを聞いて司令は大型予想していたと言わんばかりに頷いて
「なんだね。」
と言った。小西は少し深呼吸をして言った。
「司令…少し、変な話になりますが、私は軍人ながらこの世界に来るまで人を殺したことがありませんでした。ですが、この世界にて既に3回、私の指示で敵の兵士、何千人と言う人が亡くなりました。そして今回の戦闘で我々の乗組員が5名亡くなりました。…教えてください。艦を操る人間として、私はどのように敵味方を問わず人を殺すと言う行為に正当性を与え、どのように耐えていけば良いのでしょうか…。」
と聞いた。初回の遭遇戦然り、その次のアリアに見せた防衛戦然り、全て小西自身の指示で命が奪われ、そして今回の戦闘で敵の兵士の命を奪うだけでなく、乗組員の命まで奪ってしまった。それに耐えきれそうになかった小西はこうして司令官のもとを訪れたのだが…。
「人の命を奪うことにどう正当性を与え、どう耐えていくか…、か。そうだな…。」
とそう言ってしばらく腕を組み、目を閉じながら考えた後、
「儂は正直、どんな理由があっても人を殺すことに正当性はあってはいかんと思う。」
と言った。小西が納得していない表情をしていると、司令は言葉を続ける
「結局国を護る為だとか愛する人を護る為だとか言ってどんだけ自身に正当な理由を作ったとしても、人を殺したという事実は変わらん。だが、だがな。自分自身で人を殺したことを受け入れ、それを悔やみ、そうならないことを願い続け、どうすればこの人を殺さねばならない現状を変えられるのか考え続ける…そうすればその魂も救われるのではないか…儂はそう思っとるよ。」
と、そう言われ小西はよく分からず
「は、はぁ…」
と言った。それに対して司令は豪快に笑うと
「今の君にわかってもらおうとは思わんよ。でもな、人を殺すのに正当な理由はなく、いつまでも悔やみ続ける、そのことが重要なんだと、覚えておきなさい。」
と、そう言われ、小西はなんだか胸の中がすっきりしたような気がして
「わかりました。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。」
と言って部屋を後にした。
そして小西たちは再び応接間に集っていた。徴兵については一通りまとまったようであったが、夜通し話していたのだろうか、目の下に隈ができていた。だが、眠そうな表情を見せることなくアリアは話を始めた。
「…さて、兵員確保の目処はこちらの方でなんとかしたわ。…それで、あと越えるべき難関は幾つあるのかしら?」
その問いに小西は
「そうですね…あるのは、そもそも艦の装甲をどうするか…とかありますが、1番の課題はエンジンの素材でしょう…。今回石原船務長ではなく、エンジンに詳しい西村機関長をお呼びしました。…元々今日はエンジンについて話しておきたいと思っていたので…、では機関長、お願いできますか?」
そう言うと機関長は咳払いをして
「本艦が持つクォーク機関じゃがな、大出力故、相当の負荷がかかる。それに耐えうるために本艦の機関にはイリジウム、タングステン、クロム、チタン、ニッケルのという地球上で最も耐久性がある名だたる金属を使った合金によってつくられとるが…。この世界で最も耐久性がある金属は…なんなんだね。」
そう機関長が問うとアリアは
「私達が普段使っているのは鉄や銅、オリハルコン、それとミスリルかしら…。でも、それらがどのくらいの耐久性を持っているのか…私にはわからないわ。」
それを聞くと機関長は
「まずそこからじゃな。耐久力のある素材を見つけてからじゃないと罐は作れん。と、いうことは儂の出番はひとまずここまでじゃな。」
と言った。アリアは不思議そうな顔をして
「どうして?」
と言ったが
「そりゃアリア、罐焚きが金属の性質の判定なんてできるわけがないじゃろう…ここからは専門職の人間のもとで材料の判別からじゃな。」
と言い、髪なのない頭をぽりぽりと掻いた。それを聞いて陛下は
「確かにそうね…。では私も次回までにこの国で1番金属のことを知り得ている人を連れてくるわ。」
と言った。それを聞いて小西も
「私も次回は技術長の阿部を連れてくることにします。」
と言った。それにアリアは頷いて
「とりあえずこの話はまた明日しましょう。ところで私から質問があるのだけど」
と言った。なんだろうと思っていると
「例の新兵の話ね…いえ、新兵どころかこの国の兵士全員なのだけど、どうやってその航海の仕方などを教えるのかしら。」
そう聞いてきた。
「それについてなのですが、本艦の乗組員からそれぞれ3名ほど、教育のために下そうかと思っています。ですから、講義が行える場所をどうにか確保願います。」
と言った。それを聞いて安心したのか
「そう。場所はどこでも開いてると思うから。こちらで決めておくわ。」
と安堵した声で言った。しかしすぐ真剣な目に戻って
「どころで…私はどうすればいいのかしら。」
と聞いてきた。不意な質問に理解できず、
「陛下がどうすればいいか、とは…どういうことでしょうか…?」
と困惑混じりに訊ねた。それを聞いてアリアは少しため息を漏らしつつ
「私は、こんな王宮の中で兵士や臣民が死んでいくところを見たくないの。だから、私も教育を受けて艦に乗り込みたいのだけど、その場合はどうするの?」
と語気強めに聞いてきた。その質問に小西は唖然とした。一国の王女が最前線に?そう思い
「グスタフ司令…。」
と言うと
「ダメよ。この質問はあなた1人で考えなさい。」
とアリアから言われた。…なるほど。側近からは反対されている話なんだな、と思いつつ小西は考えた。本来であればこの国の王なのだから、王宮に留まるべきだ、と言うことが正解だろう。だが、果たしてそれでいいのだろうか。グスタフ司令は防衛軍全体を総括しているし、モンナグ親衛隊隊長は名前の通り親衛隊の指揮がある。そして、この2人以外に今後我々が仮にいなくなった場合の艦隊の指揮を執らせられられるほどの身分のある人間かつ、誰からも信頼されている人物は…もう陛下しかいない。それに、艦隊の指揮についてわかっていないと今後陛下のご判断で艦隊を動かす時が来てもできない可能性がある…。これは、陛下にも最前線に立ってもらうしか…。そう思い、小西は腹を括る。陛下を死地に赴かせる事を。
「…陛下。」
小西は重々しく口を開いた。アリアは無言でこちらを見続ける。
「陛下には私の指導のもと、戦術の立て方及び艦隊指揮それから砲術について学び、今後建造されるであろう超弩級宇宙戦艦の砲雷長を務めてもらいます。」
その言葉に横の2人は驚いたような顔をしたが、小西は続ける。
「この結論に至ったのには様々な理由がありますが、1番の問題は陛下が今後艦隊を動かそうと思った時に艦隊の特性等を理解していないと効率的に動かせないから。それから何よりも、ここからはもうこの国と敵艦隊との総力戦です。全ての力を艦隊に注ぎます。つまり、艦隊が敗北すれば、それはこの国の降伏を意味します。そんな状況下において、出し惜しみはできません。…兵達の指揮を上げるためにも陛下には先頭に立って死地へ赴いてもらいたいのです…。」
そう言うと、しばらく沈黙の空気が流れた。それを破ったのはアリアではなく、グスタフ司令だった。
「陛下…。今まで我々…特にモンナグ親衛隊隊長に関しては必死にあなたが戦場に立つ事を拒んできました。それはあなたに死なれたら今後の重要な局面でどうにもならなくなるからです…。しかし、今、この時がその重要な局面になってしまいました…。陛下、どうか、儂からもお願いを申し上げます。死地へ…どうか、兵達と共に向かってやってください。」
そう深々と頭を下げた。それに続いてモンナグも
「もう…止める理由はありますまい…。私からも…どうか…。」
と言い、頭を下げた。アリアは目を閉じ、よく考えてこう言った。
「…わかったわ。この国の王として、兵達と共にこの国に命を捧げましょう。」
その声に安堵しつつ
「ですが陛下。死ぬ気で戦うことと死にに行くことは別物ですからね。ですから、いかにピンチな局面でも生き残れるよう、道を探って、探って、探り続けてください。それだけはお願いしますね。」
と言った。するとアリアは
「そんなこと、わかってるわよ。あーあ、折角私が格好良く覚悟を決めたのになー。」
と言い、珍しく場を和ますような発言をし、その場にいた一同がどっと笑った。まるで恐怖を振り払うかのように。そしてひとしきり笑ったあとアリアは
「それじゃあ小西、この話し合いが終わったらひとまず私の部屋に案内するから。ついてきなさい。」
と急に言われたので
「え…?」
と言って呆けていると
「私に!艦隊戦術とかを教えてくれるのでしょう!?変な意味じゃないから!全く。」
と言った。再び部屋の中が笑いに包まれ小西は恥ずかしさで少し顔を赤くしながら
「は、承知致しました。」
と返事した。
今日はそれ以外特に話すことはなく、この後、程なくしてその場は解散となった。そして小西はアリアに案内されてアリアの部屋に来ていた。部屋の中は想像していたよりも遥かに質素な作りで、派手なものはほとんどなく、派手なものがあるとすればそれは殆ど儀礼用のものであった。(それですら一張羅なようなのだが。)小西が驚いている様子を見てアリアは
「何よ、そんなにこの部屋が意外だった?」
と聞いてきた。
「い、いえ!別にそんなことは…。」
と取り繕おうとしたがアリアは悲しそうに笑って
「臣民がこれだけ苦労しているのに、私だけ贅沢しているわけにもいかないでしょう…?本当は臣民も私も、もっと贅沢したいとは思っているのだけど…状況が状況だから…。」
と言った。その返事に少し申し訳なく思いながら、しかし何も言うことができず部屋の中に気まずい静寂が流れた。やがてこの空気に耐えられなかった小西は少し上擦りながら
「しかし、ここまで国民想いな国王もいませんよ。大丈夫です。陛下の苦労は必ず報われます。」
と、聞かれてもいないし慰めるにしても的を得ていないとんでもない事を言う。まずいな、言いながらそう冷や汗を流していたが、はクスリと笑って
「…そうね、ありがとう。」
と言った。その顔は正直、やはり少し悲しいそうではあるけれど、とんでもなく美しく一瞬見惚れてしまった。だがそんな雑念を振り払い
「それで、陛下へのご指導はいつから始めればよろしいでしょうか」
と言った。あまりにも脈絡のない質問にアリアは
「あなた、言葉のキャッチボールが下手ね。」
とまた笑った。笑われて恥ずかしくなったのか、それともその笑った顔に見惚れたからなのか。小西は一気に体温が上がっていくのを感じ、顔が赤くなってしまった。その茹で蛸みたいな顔を見てアリアはより一層笑い、小西はさらに顔を真っ赤にし、さらに小西はアリアに笑われてしまった。その後しばらく笑われて、ついには小西も貰い笑いしてしまい、部屋の中は賑やかな笑い声に包まれた。今、この瞬間だけは様々なしがらみから解放されて素の状態で笑うことができた。アリアも心なしか会議の時よりも大きな声で爆笑しており、なんだか意外な一面も見れた、そんなひと時だった。窓からは夕陽が差し込み、今が戦時中である事を忘れさせるようであった。ひとしきり笑った小西とアリアは、ベッドの前にある二つの椅子に腰掛けながら、無言で夕陽を見つめていた。先程までの笑い声が嘘だったかのような静寂さが部屋に満ちていたが、不思議と不快感はなく、ただただ、目の前の落陽を眺め続けた。
暗い部屋の中で3,4メートルはあろうかという巨体が彼にとっては狭い通路を歩いていた。通路を道行く者達は彼の姿を見ると素早く姿勢を正し、敬礼をした。彼はそれを無視しながら通路を突き進み、ある部屋の前で立ち止まると、部屋の扉の右側にあるキーにパスコードを打ち込み、1人その部屋に入っていった。そして入って右側にあるコンソールに再び何かを打ち込むと、目の前の虚空に無数の幾何学模様が現れた。そして目の前の幾何学模様の中心に、何か人影のようなものが映った事を確認すると、その男は人影の前に跪いた。彼が跪いた事を確認するように人影がやや俯き、その後驚くほど低い声で話し始めた。
「ジュリコー。」
それを聞いた瞬間巨体の男は戦慄したように肩をわなわなと震わせながら
「…はっ。」
と恐る恐る返事した。ジュリコーと呼ばれた男が返事をした事を人影が確認すると再び重々しい声で話し始める。
「貴様、劣等国家相手に2小隊、失ったというのは本当か。」
男はこの話である事を予想していたようであったが、いざこの場にいると画面から滲み出る圧力で潰れそうであったがすんでのところでそれに耐え、唇を震わせながら言った。
「…本当です。しかし…!」
と言ったところで
「黙れ!」
と怒号が飛んできた。男はやらかした、と思い頭からさらに汗を流しながら
「も、申し訳ございません!」
とひたすらに謝る。やがてその影は大きくため息をついたような動きをして
「貴様、本当に第7艦隊の司令官としての自覚があるのか。このような醜態を晒し続けるのであればその地位から引きずり下ろされ、首を切られることとなるぞ。」
と言った。
「閣下、名誉挽回の機会を…!」
跪いた男はそう懇願した。まだ死にたくないと言わんばかりに肩をわなわなと震わせていると
「最後の機会だ。必ず勝利を掴め。」
と嘆息しつつ言った。それを聞いて男はホッと胸を撫で下ろし
「承知致しました。帝国に栄光あれ!」
と言って通信を切った。すると、幾何学模様が一つに収束し、再び虚空が広がった。そのことを確認すると男は大きくため息をつきながら思いを巡らせた。…一体なんなのだ。あの艦は。いきなり現れたかと思うととてつもない火力で艦隊を撃ち倒し始めた。重巡洋艦を含む第二戦闘小隊を派遣したが、それらも全て撃沈されてしまった。神にも等しい閣下から賜った艦艇を失うとは、あってはならない事。まだ生きていることが奇跡のようだ。そう思い、深呼吸して動悸を整えると男は部屋を出て行った。
やがて男が艦橋にたどり着くと周りの兵が男に向かって敬礼をした。男その様子を横目で見ながら司令官席にドカリと座った。その席からは恒星の光を受けて淡く輝く惑星と、それを囲む数千、数万規模の艦艇を見下ろす事ができた。あと少し、あと少しでここを攻略できる。その思いが男をさらに急がせた。
「第一戦闘艦隊の派遣を準備せよ!そして第一空母艦隊から艦載機二百余機発艦。奴らの実力の程を調べよ。」
そう指示を出すとその指示に応じて関係各所が一斉に動き始め、派遣に際する作戦の立案など、急ピッチで進められ始めた。巨躯の男はニヤリと不敵な笑みを溢した。
数日後、再び応接室を訪れると既にアリア達は席に座って準備を終わらせていた。…まずい、少し遅れたか。そう思っていると
「あー、そこまで焦らなくても大丈夫だ。まだ一応開始時刻までは45分ある。落ち着いて準備しなさい。」
とモンナグ近衞連隊長から落ち着いた声で言われた。それに
「はっ、ありがとうございます。」
と敬礼で返し、落ち着いて、されど若干急ぎ目に準備を進めた。そして数分の後、資料を整理して机の上に置き、こちらの準備が完了したところで開始時間をおよそ40分前倒しして始まった。
「ご紹介いたします。こちらが本艦の技術長、阿部則弘一等宙尉。彼は本艦の機関『クォーク機関』の開発者の1人でもありますので、機関の論理的構造に関しては彼が1番知っているかと思います。」
そう言って阿部を紹介すると阿部は深々と頭を下げた。するとアリアはそれに応じ、次にアリアの横にいる白髭の長い、小柄な老人を紹介し始めた。
「私も紹介するわ。この人はアレクサンドリア・フォスニート。数千年を生きるドワーフで彼が間違いなくこの国で最高の鍛治職人であり最高の技師よ。」
そう紹介されたアレク技師はフン、と荒々しく息を吐いて
「なんじゃい、こんなけったいなところに呼び出して。ワシははよ死ぬ前に作らにゃならん工作が山ほど残っとるんじゃ。」
と呆れ気味に言った。それをアリアは
「そこを何とか、頼むわよアレク。もしかしたら貴方の人生で最大のものを作ることになるかもしれないのよ?」
と必死に宥めていた。アレク技師は
「全く、ワシとお前さんの親父との関係があったから今日の招聘に応じただけで、普通の勅令じゃったら無視しとったぞ。」
とブツクサ言っていたが、そんなアレク技師を置いて会議は始まった。
「ここからはこちらは阿部宙尉を中心に進めさせていただきます。」
そう言うと阿部は軽くお辞儀をして
「ご紹介にありました、技術長の阿部則弘です。私からは『クォーク機関』の詳細な構造を話させていただきます。本機関は空間中に存在する原子から素粒子の一つであるクォークをクォークボイラー内部で析出させます。大気中から取り出したクォークはその強力な核力を保ちながらエネルギー伝動管を通ってクォークタービンへ入ります。クォークタービン内部でクォークの持つエネルギーをエネルギー増幅器を用いて増幅させ、エネルギベクトル指向器を用いて一方方向にエネルギーの流れを集約し、そのエネルギーの流れが一定程度になるとクォークタービンが回り始め、これによってクォークエネルギーが力学的エネルギーに変換され、その後エンジンノズル付近でクォークエネルギーと結合、それによってエンジンを点火し推力を得る、と言った感じです。ですから、特にクォークタービン付近ではエネルギーが増幅され、機関内のエネルギー内圧がかなり上昇するので、機関に使われる金属は出来る限り耐久性が高いモノの方がいいのですが…。」
そこまで言うとアリアは頭ごちゃごちゃになりながらアレク技師に
「アレク…。貴方が知っている中で1番耐久性があるのは、なんなの…?」
と訊ねた。今までの話にかなり興味を持ったのか、はたまた話の相手が技術の心得があることが分かって喜んだのだろうか。どちらにせよアレク技師はさっきとは打って変わって興味津々な様子でひとまずアリアからの質問に
「ワシが知っている中ではオリハルコンと…あとはミスリルじゃな。ただどちらも希少金属だからどこまで揃うかわからんぞ。」
と答えつつ
「おい、そこのお主。」
と阿部を指差し、こう言った。
「お主の話、もう少しこの老いぼれに聞かせてはくれんか。どうにもお前さんの話はワシのまだ知らぬ話でな、興味が尽きんのじゃ。」
と言った。阿部は嬉しそうな顔をして
「勿論です。おそらく今後貴方様のお力を借りなければならないと思いますので、貴方様からお声掛けいただいて本当にありがたいです。」
と言った。それに大きく頷き
「陛下、そこのお前さん、この男はしばらく借りてくぞ。工房にいるから何か用があったら呼んでくれぃ。」
と言って阿部を連れて工房とやらへ行ってしまった。小西はそれを呆然としながら見ているとアリアが
「まぁ、技術的なところは彼らに任せましょうか。私たちがやっても何一つできないし。」
とくすくす笑いながら言った。小西もそれに同調し、今日の会議はここまでとなった。阿部に建造する艦の設計を任せていたが、アレク技師に連れて行かれてしまったのでどうなるのか、とも思っていたところ耳に装着していた軍用イカンムに
「艦長、私にお任せいただいた仕事は全てお任せください。この方と機関も組み上げ、艦の設計もやって参ります。」
と通信があった。小西はそれを聞いて、耳元のマイクボタンを押しながら
「了解した。よろしく頼む。」
と返し、機関長と帰路についた。
同じ頃杉内は、1人市場をウロウロしていた。2日前の艦長達と女王陛下との会議で我々乗組員の自由上陸が許可された。だが、艦長は有事の際、直ぐにスクランブル発進できるよう、乗組員を半分に分け、それぞれ1日交代で上陸するよう命じた。昨日は杉内が待機組だったので今日、杉内は初めてこの地に降り立った。艦橋の窓から外をみていたがこうして実際に降りて見てみると改めて攻撃の凄惨さが分かる。だが、人々の心に絶望の色はなく、市場もほぼ壊滅しているにも関わらず、様々な人が露店を出し、かなりの賑わいを見せていた。…俺達はこの世界を救う選択をして本当に良かった。そう杉内が思って歩いているとふと横の小路で声が聞こえた。少し顔を覗かせて見ると1人の女性の周りに複数と男が取り囲んでいた。女性は先端に眩い光を放つ宝玉がついた杖を男の1人に向け
「これ以上近づいて見なさい。貴方方は跡形もなく消え去ることになりますわ。それが嫌なら、今すぐこ私から離れなさい。」
と言った。男達はヘラヘラと笑いながら
「へっ、いつ死ぬかわからない命、惜しくはねぇや。それよりも今やりたい事を好きなようにやる事の方が大切なのさ。いま、俺たちは腹減ってんだ。腹一杯飯を食いたいんだ。とりあえずそのバスケットを置いていきな。見た感じ王室御用達だろう?きっと豪華なものが入っているに違いねぇ。」
そう言って男達はジリジリと女性に詰め寄った。女性は顔を恐怖で歪ませ、杖をカタカタと震わせながら壁際に追い詰められていた。その様子を見かねた杉内は小路に入っていき
「おい、アンタら何してんだ。」
と声をかけた。男達は邪魔な奴が来たと言わんばかりに杉内のことを睨みつけ
「おうおう、お前、偽善者か?暇な奴だな。」
と一人の男が言ってきた。杉内はその言葉をスルーして
「そこの女性から離れなさい。さもないとどうなっても知らないぜ。」
そう言った。だが当然男達は離れる様子はなく、むしろ杉内と交戦する構えをとり、ジリジリと近づいてきた。それを見て杉内は…仕方ない、そう思い、一思いにホルスターから拳銃を取り出すと、一発、空に向かって放った。
「ひっ!」
男達は悲鳴をあげ、突如聞こえたおそらく今まで聞いた事ないであろう銃声に驚いたのか、ジリジリと後ろへ下がり始めた。そして杉内が改めて睨みつけると、彼らは一目散に逃げ出した。それを見て杉内は天に向けた拳銃を手慣れた手つきでホルスターに収め、女性の元へ駆け寄り
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
と言った。女性は先程の銃声で驚いて腰が抜けてしまったのだろうか、立ち上がることができず壁にへたり込んでいた。それを見て
「申し訳ありません。驚かせてしまいました。…とりあえず家の近くまで送っていきますから、肩を掴んでください。」
と言うと女性は杉内を見て驚いたような顔をして
「い…いえ、大丈夫よ…。」
と言い、立ちあがろうとしたが立ち上がることができないようであった。杉内は続けて
「いえ、そんな状況で帰ることはできないですよ。いいですから、肩を掴んでください。」
そう言うと女性は申し訳なさそうに杉内の肩を掴んだ。だが、それだけでは女性の体は安定しなかった。杉内はそれを見て、少し考えた後
「失礼ですが、貴方の家まで『抱えて』行っても宜しいですか?」
と訊ねた。女性は驚いたような顔をして
「抱える…?」
と聞いてきた。それを聞いて杉内は
「…こんな感じに…。」
と言って杉内は女性の足元を掬いあげて女性の体を持ち上げた。その瞬間女性は顔を盛大に赤らめて
「な、な、何を…!」
と言ったが、杉内はいたって冷静に
「腰を抜かしている方を歩かせる訳にもいかんでしょう…。」
と言い、歩き始めた。女性も自分の状況を理解し観念したのか、顔を真っ赤にしたまま、彼女は彼女の家の道を教え始めた。杉内は周りから痛々しい視線を浴びつつ、彼女を家まで送り届ける。そして彼女がここだ、と言って示したのはまさかの王宮だった。
「ここよ。」
女性は恥ずかしさを隠すように素っ気なく言う。杉内はとんでもない事をしたのではと思いながら呆然と歩いていると門の前で門兵に止められた。杉内を止めた門兵は杉内の腕の中にいる女性を見て驚いたような声をして
「マリア侍従長!」
と言った。杉内は落ち着いて考え始めた。
…待てよ。侍従長。いまこの門兵侍従長と言ったな。侍従長というと…どういう事だ。つまり国王に付き従う人のトップだな…。ん…?
そう困惑していると女性は
「もう大丈夫だから、下ろしてもらえる?」
と言った。杉内は
「ひゃい!」
という声を変なところから出したせいで咽せてしまい、女性…マリア侍従長といったか。を下ろした後、ゲホッ、ゲホッと咳き込んだ。それを見て侍従長は杉内の背中を叩き
「大丈夫?」
と言った。杉内は深呼吸をして
「い、いえ。大丈夫です。それよりも、侍従長とは知らずこのような無礼な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした。」
と平謝りした。侍従長は
「いいのよ。恥ずかしかったけど、本当に助かったし。」
と思い出したのか少し顔を再び赤らめて言った。
「は…はぁ…。それはそれは…。」
と困惑したように言うと
「また明日にでもお礼させて頂戴。どうかしら、名前教えてもらってもいい?」
と言ってきた。その質問にさらに困惑しつつ、
「えっと、明日はどうしても外に出られないのです。」
と言った。侍従長は不思議そうな顔をして
「なんでか、聞いてもいいかしら。」
と聞いた。その質問に対し、機密事項を教えないようにしつつ
「俺…失礼しました、私は『宇宙駆逐艦しまなみ』砲雷長なので…」
と言ったその瞬間、侍従長から、門兵に至るまで全員が目を丸にして驚いたような顔をした後、門兵は敬礼し、侍従長は深々と頭を下げた。そんな事をされるとは思いもよらなかった杉内はあたふたと慌てふためき、何度も何度もそんなに私に礼をしないで、と言った。やがて侍従長が
「でしたら尚の事、お礼をさせてください。いつでも構いませんので、申し訳ありませんが王宮までお越し頂き、私、マリアと言いますので、私をお呼びください。」
と恐れ多いと感じながらも言ったようだった。それを見て
「本当に大丈夫ですから、俺なんかに敬意を払わないでください。気まずくなったりするので…。これも何かの縁ですから、みなさん立場なんか忘れて仲良くしましょうよ…。」
と言った。それを聞いて侍従長は驚いたような顔を再びしたが、しかしニコリと笑って
「わかったわ。ところで貴方の名前は?」
と言った。それに対して
「あ、失礼しました、俺は杉内政信です。よろしくお願いします。」
と言った。すると
「政信ね、よろしく。私のこともマリアでいいから。」
と言われた。杉内は頷いて
「マリア、よろしく。」
杉内とマリアは固い握手をしてひとまずその場は解散となった。
夜、小西は艦長室で一人、物思いに耽っていた。
夕方、アリア達との会議から戻ると杉内がルンルンな様子で
「俺、侍従長と知り合いになった!」
と叫んでいた。石原も周りのみんなも
「本当なのか?それは。いつものホラじゃないのか?」
と言っていたが、杉内は
「本当だって!さてはお前ら、羨ましいんだな!マリアは渡さんぞ!」
と言って一人惚気ていた。
その様子を思い出し、羨ましいな、と心の中で呟く。中学を卒業して防衛学校に入って以来、俺は女性と顔を合わせる事が殆どなくなった。だが、恥ずかしい話、俺だって男だ、恋愛はしたい。…杉内が本当に羨ましい。小西はそう思いながら椅子でのけぞっていた時、急に戦闘配備の警報が鳴らされた。スピーカーから杉内の声が響く。
「総員、第一種戦闘配備につけ!繰り返す、総員、第一種戦闘配備につけ!電探が敵機およそ200機を捉えた!これを直ちに撃滅する!全艦、対空戦闘用意!繰り返す。全艦、対空戦闘用意!」
それを聞くが早いか小西は艦長室のドアを蹴飛ばし、CICへ駆け出して行った。
CICに入ると、乗組員が振り向いて敬礼しようとするが、それを制止し
「現在の状況、知らせ!」
と言った。それに杉内は
「3分ほど前、電探に敵戦闘機約200機を確認しました。敵は鶴翼陣形で本艦の方へ向かってきています。本艦との距離、およそ100000!尚も接近中!」
と報告した。既に艦はエンジンを始動させ、離水準備に入ろうとしていた。だが、小西は
「離水は中止させろ!水上を航行するんだ!敵機を目視でも捉える!見張り員は暗視装備を装着!」
と言った。CICにいた誰もが驚いたような顔をして小西を見る。杉内が
「しかし!それでは下部VLSの防空装備が使えなくなってしまいます!」
と言った。小西はそれに頷いて早口で
「だが、逆に離水すれば上下左右から攻撃される羽目になるが、本艦は下部の武装は下部VLSしか存在せず、潜り込まれたら撃墜できる保証はない。で、あれば武装がある上部で戦うべきだ。」
と言い切った。若干納得したような表情になった杉内はマイクを取り、
「艦橋!離水は中止!水上を航行!外見張り員に暗視装備をつけ監視任務を続けさせろ!」
と指示を飛ばした。本来、作戦行動中なら航海長である桐原や機関長である西村もCICにいるはずだが、今回は敵の奇襲である為、発進準備をする桐原や機関の面倒を見る西村機関長はCICに来る時間などなく、艦橋に残って操舵や機関の管理をする事となったのだ。
そして本艦は波を切り裂いて進む。空は当然暗く、敵機を視認出来るわけがなかった。だが、目標が見にくいのは敵方も同じこと。だからどうにかなる、と小西は自分自身を震え立たせる。さぁ、どうする。しばらく考え、小西はマイクを取った。
「桐原!西村機関長!指示あるまでメインエンジンは停止。だが接続準備だけはしておき、補助エンジンも様々な出力に対応できるようにしといてくれ。『アレ』をやる。」
そう言うとヘッドセットから
「任せてください!機関員の腕がなります!」
と西村機関長の声。続いて
「航海科も全力をあげていきます!」
と桐原の声が聞こえた。頼むぞ、そう思いながら目の前の空席となった航海長席と機関長席を見た。すると電探士から
「敵機、通常ビーム砲の射程80000に到達!」
と報告が来た。まだだ、まだ早い。そう思い、小西は自身を落ち着かせた。面でくる戦闘機に対しては点のビーム砲では相性が悪い。だから、ミサイルや三式弾の射程まで待つ必要がある。
「主砲!三式弾装填!上部VLS、α群目標04〜20までに照準!対空機銃、撃ち方用意!」
敵がいよいよ近づいてきたのを見て杉内が各砲座へ指示を飛ばす。スクリーン上の敵機を示す光点が目覚ましい速度で迫ってくる。小西は深呼吸をし、目を閉じる。やがて、電探士から
「敵機との距離、50000!コスモスパローの射程内に入りました!」
と報告が来た。小西と杉内は顔を見合わせた後、互いに頷いた。そして杉内が
「コスモスパロー、一斉撃ち方!撃て!」
と言った。すると艦上部にあるVLSからミサイルの弾頭がニュッと出てきたかと思うと、ロケットエンジンに点火し、計16発のミサイルが勢いよく飛んで行った。目の前のスクリーンには16個のミサイルを示す矢印が光点に吸い取られるように近づいていく。そして電探士が
「インターセプトまで5秒前…4、3、2、1…マークインターセプト!」
と報告する。その瞬間、敵編隊の中に閃光が現れた。ミサイルが敵機に命中し、命中した敵機が闇の中に堕ちていく。だが、敵機はそれでも近づいてくる。
「第二射、装填完了!」
砲術員からの報告を聞いた杉内は
「第二射目標同α!01〜03,21〜34まで照準合わせ!撃て!」
と目標を指示してミサイル発射ボタンを押す。すると再びVLSからミサイルが飛び出していき、敵機へ向けて猛進していく。そしてまた電探士のインターセプトの掛け声。ミサイルが雨霰と敵機に向けて放たれていく。そんな時、電探士から再び報告が上がる。
「敵機との距離26000!主砲三式弾射程内!」
結局、ミサイルの斉射ができたのはわずか2回。ここからは主砲も交えて防空をしなければならない。杉内は
「主砲β群目標の敵編隊中心部へ!左90°、仰角38°!各砲身散布界を大きく取れ…。主砲斉射、撃て!」
と的確に指示を出す。刹那、砲身から眩いばかりの閃光が煌めいたかと思うと、闇の中を4発の砲弾が勢いよく敵編隊に向かって飛んでいく。やがて三式弾の近接信管が敵機を捉え、雷管を通じて内部の火薬に点火、激しい閃光と共に爆散した。三式弾に含まれた無数の高温の弾子が周辺を飛行する敵戦闘機に命中し、敵機は錐揉みをしながら落ちていった。だが、それでも敵機を本艦上空にたどり着く前に落とすことは難しかった。電探士が告げる。
「敵編隊本艦の対空機銃の射程内!極めて至近!」
ついには対空機銃の射程内にまで到達されてしまった。対空機銃が敵機を近づけまいと必死に射撃を続けるが、駆逐艦の装備する対空機銃はあってないようなもの。数機は対空機銃で防げたものの、迫り来る敵編隊全てを撃墜する能力なとはあるはずがなかった。やがて、敵機は本艦の直上で急降下体制になった。見張り員から
「敵機直上!急降下!」
の報がヘッドセット越しに届く。それを聞いたが俺は絶望はせず、まだいけると不敵に笑った。急いで手に握り締めていたマイクのスイッチを入れ
「機関長!左補助エンジン後進最大出力!ノズル変形、逆噴射!右補助エンジン全身最大出力!メインエンジン5秒接続、最大出力!桐原!取舵一杯!右舷艦首スラスター及び左舷艦尾スラスター最大出力!」
と指示した。その刹那、艦体が急加速したかと思うと物凄い勢いで左へ曲がり始める。急降下体制でうまく旋回できる状態ではない敵機は無理に曲がろうとして互いに衝突するか、爆弾を投棄して離脱していくしかなかった。ひとまず第一波の攻撃を凌いだか、と思ったのも束の間、再びまだ爆弾を保持する敵機が急降下してくる。再び
「敵機直上!」
の報が再びもたらされると
「左補助エンジン前進最大出力!右補助エンジン後進最大出力!逆噴射!メインエンジン3秒接続、最大出力!面舵一杯!右舷艦尾スラスター及び左舷艦首スラスター最大出力!」
と再び指示を飛ばす。今度は艦体が再び急加速し右へ大きく傾く。そして再び敵からの爆撃を逃れた。杉内はこれからはもうここから指示を飛ばしている場合ではなくなる、と思い
「各砲座!今後全兵装使用自由!指示ある場合を除いて各個自由射撃!」
と指示を出した。それを受けてミサイル発射管からは敵をロックオンし、それぞれのタイミングで飛んでいく。主砲も、それぞれの砲塔がバラバラの方向を向いて、それぞれの砲塔から1番近い敵編隊に向けて射撃し、対空機銃も爆弾を投下して退避する敵機に向けて容赦ない追撃を加える。
だが、善戦もここまでだった。敵のβ群目標がついに戦線に到達した。その瞬間、敵機は編隊を組みながら低空を這うようにして本艦に接近してきた。見張り員が叫ぶ。
「敵機雷撃隊5機、本艦左舷より接近!さらに右舷より4機接近!敵機直上!」
…波状攻撃が始まった。ここでどこに舵をきっても被弾を避けられる可能性が高い。小西は冷や汗を流した。だが、諦めるわけにはいかない。
「主砲目標右舷敵雷撃隊!航路を切り拓く!撃ち方始め!」
と言い杉内に指示を出すと杉内は復唱し
「主砲目標右舷敵雷撃隊!撃ち方始め!」
と言った。主砲から三式弾が撃ち出され、敵の雷撃隊が堕ちていく。
「よし、面舵一杯!左補助エンジン前進最大出力!右補助エンジン後進最大出力!逆噴射!メインエンジン4秒接続、最大出力!右舷艦尾スラスター及び左舷艦首スラスター最大出力!」
と言い回避行動しようとするが、見張り員から悲鳴が聞こえた。
「右舷に雷跡発見!数4!」
「遅かったか!」
小西はそう叫ぶ。だが、艦は既に面舵をとり始め、右に傾いている。…ここでさらに転舵すればさらなる被雷を増やしかねない。小西は、覚悟を決めた。
「桐原!進路そのまま!全乗組員に告ぐ!外郭通路にいる乗組員はただちに内郭通路へ退避せよ!」
そうアナウンスをかける。その瞬間、外郭通路にいた乗組員は急いでそこから離れようとする。だが、全員が退避できるより先に、まず右舷方向から魚雷が接近し、無惨にも一本突き刺さった。その瞬間、魚雷が爆発し艦隊が大きく揺れる。被雷した箇所の外郭装甲には穴が開き、そこから莫大な量の水が浸水し逃げ遅れて人を押し流す。続いて左舷から魚雷が近づいてきたが、それはなんとかして回避することに成功した。小西はすぐに
「被雷箇所の隔壁を閉鎖!急げ!」
と言った。…まだ被雷箇所には逃げ遅れた乗組員が流されているだろう。だが、放っておけば艦が浸水によって沈む。…小西は目を固く瞑り
「…すまない。」
と小さくつぶやいた。
だが、嘆いてばかりはいられない。敵はまだまだやってくる。
「続いて取舵15°!メインエンジン3秒接続!」
艦は回避行動を続ける。右に左に転舵しながら航行し、反撃し続ける。だが、被弾・被雷が相次ぎ、遂には艦が立っていられないほど右に傾いた。それでも小西は諦めなかった。
「左舷未浸水区画に注水!艦を水平に保て!」
そう石原に指示する。石原は
「左舷第8区画から第10区画へ、注水はじめ!」
と言った。次第に本艦は水平を取り戻すが、注水や度重なる浸水により艦の喫水は下がるに下がり、遂にはVLSが撃てなくなるかどうかギリギリなところまで喫水が下がっていた。だが、敵機はどうみてもまだ50機以上はおり、なおも攻撃を仕掛けてくる。幸いにも、爆撃による被害は桐原の巧みな操艦によって大半は回避できているが、既に何十発という三式弾やミサイルを放っており、いつ弾薬が欠乏してもおかしくなかった。
「クソ…。」
そう思いながら小西は唇を噛む。どうすれば良い。そう思い悩んでいたその矢先、見張り員から驚いたような声が上がった。
「か…艦首に…!艦首に女王陛下がいらっしゃいます!」
「なんだと…?何を寝ぼけたことを言っている!よく見ろ!」
そう言いながら小西は、「俺は陛下をこの艦に連れてきた覚えはない…。一体どこから…。」と困惑した。が、見張り員は
「陛下です!間違いありません!」
と返答を変えることなく言った。小西は半信半疑ながら
「石原、カメラの映像を上方から艦首方面のものに切り替えてくれ。」
と言った。
「了。艦首展望カメラ、展開します」
と石原がいい、艦首方向の映像がスクリーンに映った。するとそこには確かにアリアの後ろ姿が映った。
「い、一体何を…!」
そう叫んだ。そこにいては敵機の機銃掃射でやられてしまう。しかもなぜ本艦にいるのだ。様々な疑問点が浮かび上がったが、小西は一旦疑問を振り払い、マイクを掴むと艦首方面のスピーカーをオンにするよう石原に指示し、石原から合図があると小西はスイッチを勢いよく押して、
「陛下!そんなところで何をなさっているのですか!危険です!早く艦内へお入りください!」
とそう捲し立てるように言うとアリアは少し後ろを向いて口角を上げたように見えた。一体何を…。そう思っていると、敵機がアリアめがけて一直線に迫ってくる。
「桐原!陛下を敵機の射線から外せ!」
小西はそう桐原へ指示を飛ばす。桐原もことの重大さを理解しており
「ヨーソロー!取舵40、最大戦速!」
ととるべき回避行動をした。だが、敵機はしぶとく喰らいつき、遂には機銃を撃ち始めた。アリアの周りに機銃弾があたり跳弾の火花が散る。幾つかはアリアの皮膚を掠め、そこからは鮮血が流れ出ていた。それでもアリアは動こうとしない。どうすれば。小西は必死に思考を巡らす。第一主砲で迎撃しようにも、今撃てば陛下が爆風に晒されててしまい、とても撃つ事はできない。いよいよアリアと敵機との距離が近づき、回避行動も十分に取れず、陛下がやられてしまう。そう小西が思っていた刹那、アリアは勢いよく自身の手を上に掲げたかと思うと、手のまわりに巨大な魔法陣が現れ、アリアを先頭に本艦の周りが見たことのないバリアで覆われた。するとどういうわけか、迫り来た機銃弾をバリアで全て跳ね返した他、接近してきた魚雷までもがバリアで防がれ、本艦の装甲の少し手前で起爆する。…一体どういうことだ、そう思っていると艦首から戻ってきたアリアが兵に連れられCICに入ってきた。小西はアリアが来たと理解した瞬間、アリアの前に飛んでいき
「陛下!お怪我はありませんか!」
と大きな声で訊ねた。アリアは
「見ればわかるじゃない、頰や足を掠めただけよ。大丈夫だから。」
と言った。そしてアリアはそれよりも、と続けて
「貴方達、一人で戦ってるんじゃないんだから、少しでもいいから私達を頼りなさいよ。そりゃ艦できてからじゃないと十分な防衛ができないのはわかってるけど!」
とそう叫んだ。小西はそれに何も言えないでいると陛下は
「私たちだって、有効にはならないものしか無いけど、戦う意思は誰よりも強いわ。」
と言った。その瞬間、本艦の左舷を七色のビーム砲が飛んできたかと思うと、敵機に着弾した。敵機に被害自体は与えられなかったもの、突如閃光に覆われた敵機は驚いたのかバランスを崩し、しかも雷撃隊として低空を突き進んでいたことが災いし、姿勢が回復する前に全機海の底へ落ちてしまった。その様子を見て
「これは…。」
と思わず声を上げた。すると陛下に小西の肩にポン、と手を置いて
「この国を護るのは、貴方達だけじゃない。私たちだって、できることがあるわ。」
と言った。小西はその声に少しグッとくるものがあったが、必死に堪えマイクのスイッチを押すと、言った。
「よし。これより本艦は陸上部隊と共同で敵に当たり、これを殲滅する!」
そう言うとCIC、いや、艦内が再び引き締まるような感じがした。小西は続ける。
「桐原!進路反転180°!両舷補助エンジン及びメインエンジン最大出力、艦体最大戦速へ!各砲座、合図あるまで発砲は控ろ。全てのエネルギーをエンジンに回せ!陸上部隊の砲火支援が十分に得られる距離まで近づく!もう一踏ん張りだ!各員一層奮励努力せよ!」
そう言うとCIC内部から
「応!」
と大きな声がした。大丈夫。まだ士気は落ちていない。そのことを実感し、小西はさらに希望を持った。そしてすぐに艦体が大きく揺れたかと思うと、艦は転舵を始めた。小西は杉内に指示を出す。
「杉内!主砲2番、3番弾種切り替え!弾種、通常ビーム弾に切り替え!」
そう言うと杉内は困惑しつつも
「…了!主砲2番、3番弾種通常ビーム弾に切り替え!」
と指示を出した。喫水が低いため、切り裂いた水飛沫が艦首VLS発射管にかかる。こうなっては発射管を開いた時に中に水が入ってしまうので、もう艦首からミサイルは撃てない。この著しく低下した防空力をどう補うか。小西は一つ、賭けにも似た策があった。だが、それはまだ実行することができない。…まだ、まだ我慢だ。そう自分に言い聞かせた。
やがて電探に映る敵機が、本艦を追撃するために縦一直線に並んだのが裏目に出て、本艦の射線上に並んだ。…来た。この機会を逃す手はない。
「杉内!主砲2番、3番連続撃ち方!一直線に連なった敵機をまとめて撃ち落とせ!」
と言った。杉内はようやく理解したと言わんばかりに大きく頷き、
「了!主砲2番、3番撃ち方始め!お行儀よく並んだ奴らに痛い一撃をお見舞いしてやれ!」
と言った。その刹那、今までの鬱憤を晴らすが如く2番、3番主砲から白く輝くビーム砲が煌めき、追撃してくる射線上に並んだ敵雷撃隊が全て、薙ぎ払われる。それを見て動揺したのか、まだ準備のできていない敵爆撃隊が無理矢理急降下してきたが、その瞬間、陸上から七色の支援砲撃が直撃し、爆撃隊は目をくらまされた挙句、編隊の間隔が狭かった為機体を立て直そうとして隣の機体とぶつかったり、そのまま海面へ墜落したりしてしまった。その様子にCICは拍手喝采の大盛り上がりだか、小西はそれを
「落ち着け。まだ戦いは終わってないぞ。」
と制し、再びパネルに映った敵機を睨め付ける。さぁ、どう来る。そう考えていたその瞬間、パネルの映像に映った敵機が反転していくのが見えた。電探士が
「て、敵機の撤退を確認!敵編隊、本艦に背を向けて離脱していきます!」
と言った。欺瞞か?と疑った。しかし敵機はそれ以上は戻って来ずしばらくして電探の探知範囲内から敵編隊が出ていったのを確認すると、いよいよこの戦いが終わったと感じた。小西は大きく息を吸って
「敵機の撤退を確認。対空戦闘、用具納め。」
と言った。杉内もそれを復唱し
「対空戦闘、用具納め!」
と言った。そして小西は後ろにいたアリアを見る。すると、かなり疲れ果てたような表情をしていた。アリアは小西に気づくと疲れた顔を隠すかのように優しく微笑んだ。小西はその様子を見て本当に申し訳なく思い、
「陛下、この度はご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。しかし、陛下の行動が無ければ、本艦は撃沈させられていたでしょう。本当にありがとうございました。」
と跪き、深々と頭を下げた。それを見てCICにいた全員が小西と同じように跪き、礼をする。そんな小西達を見てアリアは
「さっきも言った通り、貴方達だけでこの国を護っているわけじゃないわ。頼りないかもしれないけど、私たちだって戦えるんだから。しかも、貴方達にはない魔法が使える。だから、私たちをもっと頼って頂戴。貴方達だけで背負い込まないで。」
そう言って再び微笑した。小西たちはその言葉にさらに頭を垂れ
「はっ!」
と返事をした。
そしてその後艦橋メンバーはCICの外に出て、艦橋へ向かった。小西は後で戦闘報告をするよう命ずると、小西はアリアを送り届ける為に艦内の廊下を歩いていた。外郭への通路が浸水し、艦の喫水が下がりすぎており、側面の乗艦口が使えなかった為、艦橋基部の扉へ向かっていた。やがて小西が扉を開けると夜が明けてきて、外が少し明るくなっていた。やがてアリアは少し歩くと詠唱を始めた。やがてアリアの周りに魔法陣ができたかと思うと、陛下の体はふわりと空へ浮いた。小西が唖然としながら少し浮遊したアリアを見つめるとアリアは王宮を背にして小西を見て言った。
「もう夜明けね…。今日の会議はなしでいいわ。あなた達はしっかり休みなさい。」
そう言われて小西は深く礼をして
「多大なるご配慮、感謝申し上げます。」
と言った。アリアは嘆息して
「とりあえず、頭を上げなさい。私、あんまりぺこぺこされるの好きじゃないから。」
と言い、小西が頭を上げ、アリアと視線があったことを確認すると再び口を開いて
「さっきも言ったけど、今後は絶対に私たちを頼ること。…本当に、今日は心配したんだから…。だから、お願いね?」
そう言ったその時、目の前が眩しくなったかと思うと王宮の塔の隙間から旭日が顔を覗かせた。輝かしい旭日は陛下を神々しく照らした。小西はその様子を見た時、足元にある魔法陣も相まってアリアが神のように見えた。陛下は小西に再び笑いかけ、
「それじゃあ、また。」
と言って日に向かって飛び去っていった。小西はそれを敬礼して見送り、やがてアリアが見えなくなると手を下ろし、艦内へ戻って行った。
艦内は外の神秘的な情景と違い、地獄の様相を呈していた。負傷者が医務室から溢れ、腕や足が無い者や全身が血塗れの者が大勢いた。まだ、被弾箇所からは煙が出ており、応急工作班による必死の消火活動が続いていた。小西はその廊下を一歩一歩、自身の侵した罪を踏みしめながら歩いていた。…俺が、この惨状を生んだ。その思いが小西の頭を再び駆け巡る。だが、同時にグスタフ司令から以前言われたことも思い出していた。「自分自身で人を殺したことを受け入れ、それを悔やみ、そうならないことを願い続け、どうすればこの人を殺さねばならない現状を変えられるのか考え続ける…そうすればその魂も救われる。」小西はこの言葉をこれまで何度も反芻してきた。それでもなお理解できないところもあるが、少なくともこの行為で魂が救われる可能性があるなら…。そう思い、小西は静かに目を閉じ、艦内の至る所にある遺体に手を合わせ続けた。…この戦いが終わった後、この世界にもう二度と血を流させない。だから、安らかに眠ってくれ。そう鎮魂していると、石原が俺の方は駆け寄ってきた。
「艦長。」
暗い表情で石原が呼びかけ、それに小西が無言で頷く。
「本艦の被害の全容がわかりました。艦体は喫水線を2メートル下げ、速力は30%まで低下しています。また、砲座自体に損傷はありませんが、三式弾の残弾が残り15発、コスモスパローの残弾が上部下部合残り21発となっています。また、艦体の被害が大きく、これ以上本艦は戦闘を続行できません。したがって、修理が終わるまでドッグ入りする必要があります…。」
その石原の報告を受け、小西は愕然とした。小西は、石原からの表情で、それがいい知らせでないことはわかっていたが、ここまで酷いとは夢にも思わなかった。小西は重々しい口調で言った。
「…本艦のドッグ入りは避けられない。だが、その間のここの防衛をどうするか、考えなくてはいけない。…メインスタッフをブリーフィングルームに集めてくれ。今後の計画について話し合う。」
そう言って小西はフラフラとした足取りでその場を離れた。
ブリーフィングルームに一同が集まると、小西は全員の顔を見た。どの顔も先程の戦闘で疲れ切り、これ以上は何もできない、というような感じであった。
「皆、疲れているところすまない。だが、今回の戦闘を受けて我々は今後の方針を改めて考えなければならない。」
俺がそう言うと石原が
「改めて、本艦の被害を申し上げます。今回の戦闘で戦死者は38名、重軽傷12名が出ました。また少なくとも、左舷に9本、右舷に14本の被雷、そして8発の被弾を確認しており、本艦の戦闘の続行は不可能です。また、このレベルの被害となりますと、ドックによる修理が必要となります…。」
と言った。小西は戦死者と重軽傷の数に唖然としたが、そんな暇はなく今度は杉内が。
「砲雷科としては、本艦の三式弾及びコスモスパローがほぼ底をついており、これ以上本艦は効果的な対空戦闘を行うことが不可能となっています。」
と言った。また、西村機関長は
「幸いにも機関に被弾はない。だが、破口が多く、本艦の速力が著しく減少しとる。」
と言った。それぞれの報告を集計すると各々がその被害の大きさを改めて感じることとなった。重苦しい空気が漂う中、口を開いたのは、小西だった。
「これだけの損害がある以上、本艦のドック入りは避けられない。だが、本艦が修理を行うことで敵の侵攻が増えるのは避けたい。これをどう打開するか、案がある者はいるか?」
と訊ねたが誰も手を挙げることはなく、気まずい静寂がその場を支配した。結局その日は何も得ることはできず、その場は解散となった。
小西はその後、ポケットからインカムを取り出すと耳に装着して、マイクのスイッチを入れて話し始めた。
「…阿部。聞こえるか。」
少し経っても応答が無かった為、その場にいないのか、そう思ったが
「すいません、艦長!遅れました!」
と艦内の空気とは打って変わって陽気な声をした阿部の声が聞こえてきた。小西はその様子に羨ましいなと思いつつ
「状況はどうだ?」
と訊ねた。阿部は少し考えた後、
「今、我々は二つの結論に行き着きました。それは、この世界の金属でエンジンを作るなら合金ではなく単純に一つの金属で作ったほうがいいこと、そして使うべき金属はミスリルとオリハルコン、この二つのうちどちらかがいいだろう、ということになりました。」
と報告した。小西はそれを聞いて
「わかった。ありがとう。」
と言った後、
「ああ、それと陛下に次回の会議はこの艦に来るようお願いしてくれ。」
と言った。阿部は
「わかりました。しかし、いいのですか?」
と聞いてきた。おそらく本艦の機密保持のことを言っているのだろうな、そう思ったが本艦の現状はそうは言っている場合ではない。
「先程の戦闘で本艦は壊滅的被害を負ってな。浸水によって内火艇格納庫や両舷の格納庫、そして乗艦口が使えなくなってしまってな。陸に上がることが出来なくなったから、申し訳ないが来てもらうしか無くてな。」
というと阿部は驚いたような声で
「え…。では艦は…。艦は大丈夫なのですか?」
と聞いてきた。俺は少し考えた後、正直に話すことを決めた。
「正直状況は芳しく無い。本艦の修理にはドックが必要になってくると思われるが、この国に本艦が使えるドックがあるかどうかもわからんしな…。」
そう言うと
「わかりました。会議場所変更の件に合わせてドックの件も陛下に申し上げておきます。」
と阿部から心強い声が聞こえた。気が利く奴だ、そう思いながら
「本当か?それはありがたい。では、引き続きエンジンの設計や新規建造の艦艇の設計に戻ってくれ。
と言うと
「はっ!」
と言う声が聞こえ、通信が切れた。
その後各科から報告を受け取り、小西は、艦長室に戻っていた。椅子を移動させて倒し、その上に寝転がる。…本当に俺の判断は正しかったんだろうか。そう小西は思い続けていた。もし離水して空中戦に持ち込んでいれば、浸水で死ぬ人はいなかったかもしれない。だが…。小西はこの先の言葉を飲み込んだ。そして再びグスタフ司令の言葉を思い出す。反省し続ければ魂は救われる。簡単にいえばそう言うことだが、小西にはその奥にもっと深い意味があるような気がしてならなかった。だが、その意味にたどり着くことはできず、小西は瞼をゆっくりと閉じた。夜通し戦っていた為か、考えたいことは大量にあったのにも関わらず、すぐに落ちてしまった。
翌日、小西は目を覚ますとゆっくり艦橋へ向かって歩き出していた。一晩よく考えた事で少し、頭の中が落ち着いてきたな、そう思って艦橋に入っていくと、どうやら中が少し慌ただしい。小西は不思議に思って
「なんかあったのか?」
と聞いた。艦橋乗組員は少し驚いて敬礼をしようとしたが、小西はいつかのようにそれを静止し、再び訊ねた。
「それで、何があったのだ?」
その問いに桐原が答えた。
「陛下が…。陛下がお越しになられると…先程阿部の方から連絡が…。」
そう言った。小西はその答えに驚愕し、言った。
「それで何時ごろ来るんだ…?」
「だいたい…、あと5分後だと思いますが…。」
桐原は時計を見ながら答えた。まずいな、受け入れる準備ができてない。小西は冷や汗を流したが、時すでに遅しとはこの事か、船窓からアリアが魔法陣を輝かせ、飛んでくるのが見えた。小西は一つ、大きなため息をつくと
「石原。戦闘服のままでいいから艦首へ行って俺と出迎えをしてくれ。」
と言った。石原は仕方ない、という表情で
「わかりました。」
と言った。小西はそれに頷いて、二人は艦橋を出ていった。そして艦首第一砲塔付近で待機していると陛下がふわりと降り立った。小西と石原は、敬礼し、そして小西が口を開き、
「ようこそ、『宇宙駆逐艦しまなみ』へ。陛下。もう少し早く教えて頂ければ準備致しましたのに。」
と言った。陛下はそれに対して
「ま、いいじゃない。貴方方のありのままを見るのもまた私の仕事として大切なのよ。」
とニコニコしながら言った。そんな時、石原はアリアの後から後四人、人が飛んでくるのが見えた。それを見て石原は
「陛下、後四人ほど人が来られるのですか?」
と聞くとアリアは
「そうそう。少し、というかかなり向こうのほうで進展があったみたいでね。その事についても話さないといけないかな、と思ってね。」
と言った。小西と石原は顔を見合わせ、一体なんなんだろう、と不思議そうな顔をして見つめ合った。
しばらくして人が全員揃い、ブリーフィングルームへ入っていった。そしてそれぞれ、向かい合って座る。小西と石原の向かい側にはアリアに、グスタフ、モンナグ、アレクサンドリア、そして阿部が座った。全員が着席したのを確認して、アリアが口を開く。
「まずは貴方方の戦いに敬意を表するわ。本当にありがとう。」
そう言ったアリアと小西の視線が交錯する。アリアは言葉を続ける。
「阿部からこの艦の修理にドックが必要と聞いたわ。だから、魔導船造船用のドッグが王都にあるから、それを使って頂戴。明日、魔導船に案内させるわ。長さ100メートル強のドックだから、この艦も十分入る筈よ。」
その言葉に小西と石原は胸を撫で下ろし
「陛下のご配慮に感謝申し上げます。」
と小西が言った。しかしその後小西はこう言葉を続けた。
「しかし、本艦が修理に入ってしまうと、この世界の防衛が機能しなくなるのではないでしょうか。」
と前々から心配していた内容をぶつけた。アリアはその質問は予想済みだと言わんばかりの顔で
「その点については大丈夫よ。阿部、アレク。話してあげて。」
と言った。指名を受けた阿部とアレクサンドリアは姿勢を正しく、そしてお互いにどちらが話すか視線でやり取りした後、阿部が口を開いた。
「我々は2つの試製クォーク機関を完成させました。不採用となった方の機関を防衛砲台に接続する事で既存の砲台で十分に防衛する事が可能です。それで試作した機関なのですが、一つはオリハルコン製クォーク機関。こちらの特徴はとにかく耐圧性能が高く、よっぽどのことがない限り機関のひび割れを起こしませんし、それに伴うエネルギー漏れを起こしません。」
それを聞いて阿部と石原は大きく頷いた。完璧だ、2人の顔はそう言わんとばかりの顔をしていた。それを確認するも、今度はアレクサンドリアが口を開く。
「じゃが、問題なのは二つ目の方じゃ。二つ目はミスリル製クォーク機関なのじゃが、こやつ、オリハルコン製より耐圧性能は若干劣るが、エネルギーを伝導させた際にとてつもない魔力を発するのじゃよ。」
それを聞いた小西と石原は二人して何を言わんとしているかわからないと言ったような顔で見合わせた。アレクサンドリアは嘆息して説明を続ける。
「つまり、魔力が発生する事を使って陛下はとんでも無いことを言い出したんじゃ。それはな、」
そう言うと一呼吸おいて、言った。
「発生した魔力を呪文を刻んだ装甲板に伝導させて前回陛下がお主達にやった『フィレスバリアン』…つまりはバリアを展開させよう、と言うものなんじゃが…。」
何かを言い淀んだ言い方に二人はアレクサンドリアが何を言いたいのかまだ分からなかった。
「バリアの展開時間はおよそ30分でな、時間制限がある上に紋様の冷却の為に一度使うと2時間ほどは使用できん。しかもバリアは特一級王宮魔術、つまりは秘密魔術じゃ。容易に外に見せていいものじゃあない…。つまり何が言いたいのかと言うとじゃな、もし敵が呪文が刻まれた艦艇を鹵獲、ないし装甲板を確保した場合、我が国の奥の手は無くなってしまう…。と言う事なんじゃ。」
そうアレクサンドリアは少し俯きながら言った。小西はアレクサンドリアが言ったことを考え始めた。おそらく陛下は最早勝つためには手段を選んではいられない、と言う事なのだろう…。アレクサンドリアの言うことは正しいし、それに加えて王族のみしか知らない秘密魔術があってこそこのような状況になっても国家内で内乱を防げている可能性もある。もし仮に秘密の呪文を刻むのであれば、陛下一人で十数隻は建造されるであろう艦艇に呪文を刻む事は当然できない。しかし艦艇を造るために各地方の造船所に王族の持つ呪文を教える事になると王族と一般臣民や帝国貴族との区別が無くなってしまう。つまり、秘密魔術がなくなる事で臣民や貴族が反乱を起こしやすくなってしまう…。そう小西は結論付け、その結論をもとに考え始めた。…正直なところ、艦艇にバリアをつけることは現実世界でも実験が重ねられていたが、未だ実用化には至っていない。つまり、それほどバリアの展開技術は高度なものであり、それを魔法という技術で補えるのならば時間制限があるとはいえ、搭載できるものなら是非したい。だが、アレクサンドリアの懸念ももっともである。王家が持つ秘密の魔術が敵に渡ったり、味方であってもそれを公開することはかなりリスキーな事になる。小西は上を向いて考えを巡らせた。…何が正解だ。どうすればいい。そう考えていた時、陛下が言葉を放った。
「今ここで出し惜しみをして負けるか、後のことは後で考えて今とにかく全力を出すか。その二択でしょう?今はかろうじて『しまなみ』によって食い止められているけれど、その『しまなみ』も先程の戦いで深く傷ついている…。最早選択の余地はあるのかしら。」
その言葉に再び全員が俯く。やがて、小西は上を向き、目をギュッと瞑った後、覚悟を決めて言った。
「…陛下。呪文の公開を…。お願い致します…。」
そう小西が言った後、しばしの沈黙が訪れた。全員が重苦しい顔をしている。だが、反対する者は誰もいなかった。やがてアレクサンドリアが口を開いた。
「…では、陛下。各地の造船所にそのように伝達しておきます。」
と言った。陛下は無言で頷き、その日の会議は重苦しい雰囲気で解散した。
会議が終わり、全員がブリーフィングルームから出ていく中小西は一人ブリーフィングルームで石のように固まっていた。…小西はここまで何度も苦渋の決断を強いられてきた。さらに、小西を取り巻く状況は目紛しく変わり、やらなければならない課題も山積みになっている。…最早小西のできる決断の許容量超えていた。その為、小西のメンタルは最早限界に来ており、小西は呆然と虚空を見つめながら、行く宛てのない沸々と湧き上がる怒りを必死に堪えていた。そしてそのまま小西は現実から逃げるように目を瞑った。悩みがあっても睡魔はいつものように小西を襲い、小西はそのままブリーフィングルームで寝てしまった。
翌日、小西はどっかりと艦長席に腰掛けていた。目の前の船窓からは空中を浮遊する魔導船が見え、魔導船の甲板からは作業員が旗を振っているのが見えた。小西はドックが近づくと杉内に
「そろそろお前に任せる事が増える事になる。今のうちに指揮について色々体験しておけ。」
と言い、続けて
「杉内一等宙尉にドック侵入までの指揮を命ずる。」
と言った。杉内は驚くような顔をしたが「計画」は本人の意思と関係なく進んでいる事を察したのか
「了、杉内一等宙尉ドック侵入までの指揮を執ります。」
と言った。そこから暫くしてドックの側面が見えてきた。そして杉内が桐原へ指示を出す。
「取舵1°、原速赤20」
「ヨーソロー、取舵1°、原速赤20」
やがて艦がドックの正面壁に近づくと杉内は
「機関逆進、艦体停止!」
と指示を出しそれに西村と桐原が同時に
「機関逆進!」
「ヨーソロー、艦体停止!」
と言った。艦はものの見事に停止位置ピッタリで止まった。それを確認して魔導船が空中へ退避する。するとドック出入り口の水門が閉まり、ドック内の海水が排水され始めた。小西はこの様子を艦長席で見て、もうこの艦はコイツに任せれる、そう思った。やがて全ての水が排水され、穴だらけの艦側面が姿を現した。甲板に出て損傷を確認した小西は損傷の大きさに絶句していたが、間も無く技術科工作班と現地の作業員が甲板上で話し合いを始めた。それを見て小西は乗組員が諦めていない事を知り、小西は心新たにアリアとの会議に向かった。
何度見たか分からない応接間で、小西はアリア達と対面していた。本来なら石原が随伴してくるはずであったが、艦体の補修に関するスケジューリングの為、今艦内で必死に作業している。それを見た小西は石原を伴う事なく会議へと向かったのである。会議では阿部が進捗を報告していた。
「我々は本来、王族が非常脱出用として建造していた脱出船を改造する事で旗艦級戦艦の建造を行います。また、巡洋艦及び駆逐艦については建造期間短縮の為、昔王族が勇者召喚の際に使用していた『時空湾曲媒石』を用いる予定です。」
「その、『時空湾曲媒石』とはなんだ?」
小西はよく知らない単語が出てきだのですかさず訊ねる。
「時空湾曲媒石は本来勇者召喚の際、空間と時空を歪めてあらゆる世界線、あらゆる時代から選りすぐりの人物を召喚する為の触媒として使われるものじゃ。それ単体で使うとその場所の時間の進みを注いだ魔力量によって故意的に変えられる。今回は石が耐えうる最大限まで魔力を注いで大体普通の百倍まで早めるつもりじゃ。」
そうアレクサンドリアが答えた。時間を早める。その言葉に小西は引っ掛かりを覚えた。小西は思った疑問を口にする。
「仮に時間を早めるのであれば、作業員の寿命もその分減ってしまいますが、そのような事態は避けなければなりません。時間が早くなる世界でどのように作業するモノを確保するのでしょうか?」
「それについては問題ないわ。こちらで既に準備できています。」
そうアリアが言った。それを聞いて小西は胸を撫で下ろし、あと伝えるべきことは何か少し考えて言った。
「本艦の武装なのですが、前回の戦闘で消耗品が殆ど底をついてしまいました。つきましては本艦の消耗品…特に誘導ミサイルと対空三式弾の補充について話し合いたいのですが…。」
そう言うと阿部がアレクサンドリアやアリアに対して構造を小さな声で話し始め、どうやら代替案を考えているようであった。やがて案が纏まったのか阿部とアレクサンドリアが話し始めた。
「艦長もご存知の通り、誘導ミサイル…コスモスパローと宇宙魚雷、そして対空三式弾ですがどれもレーダー波を照射して目標へ飛翔したり、目標の手前で爆発したりしますが、どれも誘導や近接信管の為にレーダー波を照射するシステムが必要になります。」
ここまで阿部が話し、代替案をアレクサンドリアが話す。
「そのシステムの為にワシらが今考えたのは今ある魔術を応用する方法じゃな。ワシらの魔術には相手に向けて誘導する為に『インドゥケション』という誘導のための呪文がある。それをミサイルや砲弾に刻んで誘導システムの代わりにする、というものじゃが…艦長さんよ、これはどうなんじゃろうか。」
小西は考えたがこういうものは技術職人である彼らに任せた方がいい。小西はそう判断し
「わかった。細かいところは任せる。一応サンプルとしてコスモスパローと宇宙魚雷、三式弾をそれぞれ2発ずつ渡そう。後ほど魔導船と共に本艦まで来てくれ。」
そう言った。阿部とアレクサンドリアは
「了解しました。」
「了解じゃ。」
と声をあわせて言った。それを確認した小西は阿部やアレクサンドリアと一緒に魔導船に乗り込んでしまなみへ向かい、サンプルを移送すると、再び飛び立った魔導船を見送った後一人艦長室に引き篭もった。備え付けのタブレットには、各科から送られてきた教育の為のテキストが写し出されていた。小西は慣れた手つきでテキストをしばらくの間読み進め、やがて頭上の電球が赤くなってしばらく経った頃小西は全てのテキストを読み終わり、認可印を全てのテキストに押した。明日からはついに新兵教育プログラムが始動する。そう思うと小西は身が引き締まる思いがした。ここからは小西はしまなみ艦長を離れ、アリアによって再編されたディ・イエデ防衛軍の防衛艦隊司令長官の任に就くことになる。その為しまなみの艦長は杉内になり、小西は艦隊旗艦が完成するまでの間、アリアに対して砲雷術や戦略についてはもちろん、技術、航海術に至るまで教育を行う。その為にすべき準備は既に終え、あとは実行に移すのみであった。
「ふぅ」
そう小西は一息ついて机の横にまとめた荷物を眺めた。しまなみで艦長を務めた期間は一年ほどしかなかったがそれでもこの艦に思い入れがないわけがなかった。小西は
「この艦で現実世界に戻りたかった…。」
と呟いた後、いつものように椅子を倒して簡易ベッドを作り、深い眠りについた。
第五章 現実
「…西!こら小西!いつまで寝てるつもりなの!」
その声で小西は目が覚めた。小西がしまなみの艦長職を退いて既におよそ一年半。建造される艦艇はおよそ9割完成しており、残すところ細部のみであった。新兵教育プログラムも効果的に機能し、多くのエリートを育んでいる。小西のアリアへの教育プログラムは全て終わっており、今はより実践的な図面演習に取り組んでいた。二人だけのコミュニケーションを取る機会が多かったからか、二人の距離はかなり近い状態であり、二人だけの時は小西は陛下のことを「アリア」呼び捨てし、陛下も小西をそのまま「小西」と呼び捨てすることが多くなった。
「小西、今日の予定はなんなの?」
「今日はとりあえず一度しまなみに戻ってやる事を午前中までに終わらせたらまた図面演習だね。」
そう言って小西はアリアと朝食を平らげると久しぶりに艦長時代に着ていたコートに袖を通し、
「それじゃあ、昼までには戻るから。」
と言って出ていった。
ドアが開くと、そこには懐かしい光景が広がっていた。艦を離れていたのはたった一年半だがそれでも戻ってくると何か懐かしい感覚がした。目の前にはいつもの艦橋乗組員が敬礼をして待っている。小西は目を潤ませながら敬礼を返した。そんな時だった。突如として警報が鳴り響く。小西たちはギョッとしてお互いに見つめ合う。そして情報が放送で伝えられた。
「レーダーに感!敵艦隊を距離100000の地点で補足!数29!現在艦種識別中!」
それと同時に杉内が
「全艦に告ぐ!総員、第一種戦闘配備!繰り返す、総員、第一種戦闘配備!」
と言った。すぐに警報から戦闘配置のアラートに切り替わる。小西はいい機会だ、今のうちに杉内の指揮を見てみよう、そう思ったが不意に自身に視線が集まっていることに気づいた。顔を上げると杉内も、西村も桐原も、艦橋乗組員全員が小西の方を見ていた。…まるで久しぶりの小西の指揮を楽しみにしていたと言わんばかりに。小西は視線の意図に気付き、やれやれと言ったように顔を振って深呼吸した後、小西は艦長席に歩み寄り、懐かしい艦長席に深々も腰掛けた。目を一度閉じ、再び開ける。小西は気持ちをリセットし、状況を把握した。現状基本的な指示は全て杉内が行なっており、小西は戦術を立てることに全ての能力を傾けた。そんな時、再び放送が入る。
「艦種識別完了!超弩級戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦20、識別不能艦4!」
小西は識別不能艦の存在に違和感を覚えた。小西は
「電探士!識別不能艦を拡大してメインモニターへ映せ!」
と指示を出した。ここへきて小西はCICに移動しなかったことを少し後悔したが特に深く考える事なく艦長席から動こうとはしなかった。やがてモニターに識別不能艦が映し出された。それは一見すると輸送艦のように見えた。小西は最前線に輸送艦を送り込むとは不用心だな、そう思いつつ
「本艦目標正面敵超弩級戦艦!防衛砲台は敵駆逐艦へ照準!」
とそれぞれへ目標を割り振り杉内へアイコンタクトを送った。そして杉内は
「各砲座、撃ち方始め!」
と言った。その刹那、艦が少し揺れ、ビーム砲やミサイル、宇宙魚雷が戦艦へ向けて飛んでいった。既に一年半前の会議で消耗品の生産については目処が付いており、作戦の自由度はかなり高くなっていた。やがて砲撃が敵戦艦へ命中しようかというその瞬間、敵駆逐艦が敵戦艦の前に出たかと思うと、駆逐艦が戦艦の盾となり砲撃を庇い、バラバラになって落ちていった。そして敵戦艦の前から敵駆逐艦が消えた瞬間、敵艦隊から砲撃が飛んできた。桐原がすかさず回避行動を取るが、あまりにも激しい砲火の前では徒労に終わり、左舷と右舷にそれぞれ二発が着弾した。杉内が
「ダメージコントール!隔壁閉鎖、急げ!」
と指示し、被害を最小限に抑えようとする。そんな時だった。
「識別不能艦!地表へ向けて降下中!」
という声が聞こえた。この時、小西はようやく識別不能艦の正体が分かった。
「ソイツは強襲揚陸艦だ!直ちに迎撃を!」
「ヨーソロー!両舷最大戦速!」
意図を理解した桐原が艦を傾け、強襲揚陸艦へ向けて舵を取る。
「敵艦との距離110000!敵艦はあと90秒で地表に到達します!」
その電探士の声に耳を傾けつつ小西は
「杉内!主砲弾種実体弾!主砲へのエネルギーをカット!西村機関長!全てのエネルギーを推進力へ!」
と指示。瞬間、再び艦が加速する。
「距離95000!相対速度148000!」
じわりじわりと接近する。間に合え。そう祈っていた時だった。
「本艦正面250に敵駆逐艦二隻、ワープアウト!」
電探士のその声と共に船窓からは禍々しいワープエフェクトと共に敵の駆逐艦が出現し、すぐに砲火が飛来する。一瞬の出来事。その一瞬で桐原は必死にスラスターを始動させ、なんとか回避しようとする。しかし、あと少し。あと少し足りなかった。
「艦首魚雷発射管損傷!使用不能!」
杉内の悲痛な叫びが聞こえる。だが小西はそれを聞き流し
「主砲弾種そのまま!目標、左舷敵駆逐艦へ!VLS目標右舷敵駆逐艦へ!一斉撃ち方!」
と冷静に指示を飛ばす。すると敵駆逐艦は火だるまになって落ちていったが強襲揚陸艦はこの隙にさらに地表面へ近づいていった。
「敵揚陸艦!あと15秒で地表面へ到達!」
電探士からの報告は、もはや絶望だった。敵の本土上陸は避けられない、誰もがそう思った時、電探士から驚きの声を含んだ報告が聞こえた。
「敵揚陸予定地点に反応!防衛陸軍所属第一迎撃旅団です!」
全員が驚いて見えるはずもないが船窓へ視線を飛ばす。一体どうするんだ、と言わんばかりに。
グスタフは腕を組んで敵艦を睨みつけていた。ようやく儂らの出番が来たか、そう言わんばかりに目をギラギラ輝かせていた。今までは防衛砲台だけにしか配属できなかったが、阿部の発案で本採用から外れたオリハルコン製クォーク機関を防衛砲台に接続したことで、従来の半分ほどの人数で砲台を運用でき、余剰分の人数はこうして邀撃部隊に回すことができる様になった。いやはや、これは僥倖じゃ。とグスタフは思いつつ現状を把握する。本土に接近してくる艦は四隻。そして後ろからはしまなみが追いかけているが明らかに間に合わない。これは後で小西を説教せねばならんな、そうグスタフは思いながら
「迎撃ミサイル発射準備!各個に照準!目標、接近してくる敵艦艇四隻!」
と指示を飛ばした。すぐにそれを聞いたそれぞれの砲台の下士官らが
「一号から四号自走迎撃誘導弾、α目標へ!」
「五号から八号自走迎撃誘導弾、β目標へ!」
「九号から十二号自走迎撃誘導弾、γ目標へ!」
「十三号から十六号自走迎撃誘導弾、δ目標へ!」
と受け持ちの砲台が同時に号令し、照準した。そしてグスタフはそれぞれが照準を合わせたことを確認すると
「放て!」
と老体には似合わない大きな声で号令を発した。瞬間、砲台からそれぞれの目標に向けて四発ずつ、迎撃ミサイルが飛翔する。そしてそれらが敵艦へ向けて誘導され、着弾。艦は、燃えながら堕ちていった。
小西はその様子を艦長席から見ていた。…助かった。心の底からそう思った。後で礼を言わねば。そう思いつつ、艦を反転させ敵艦隊へ再び対峙する為
「電探士!主戦線はどうなっている!」
と訊ねた。だが、電探士から帰ってきた答えは小西が期待していたものと違った。
「本艦正面に再び敵駆逐艦ワープアウト!」
そう聞いた瞬間小西は敵が撃ってくることを予想して
「桐原!」
と叫ぶ。意図を理解した桐原は
「ヨーソロー!」
と叫びながらスラスターを全開にし、艦体をロールさせる。だが、敵駆逐艦はしまなみに発砲せず、まっすぐ地表面へ向けて突進し始めた。小西はまさか、と呟いた。すぐに最悪の事態を想定し
「桐原!敵駆逐艦を追え!杉内!今撃てる砲門で奴を撃て!」
と言った。みるみるうちに杉内も桐原も顔が青ざめていき、桐原は急いで敵駆逐艦を追う構えを見せた。だが、ロールしていた為、艦体を立て直すには数秒の時間を要した。艦体を立て直して再び加速し、杉内がビーム砲で攻撃しようと照準を合わせようとする。だが、もう遅かった。敵駆逐艦は地上の迎撃ミサイルの射程外から主砲を放った。敵のビームは、迎撃をしようと照準を合わせていた第一迎撃旅団に無惨にも直撃した。小西たちは唖然とした表情で地表を見つめた。迎撃ミサイルが誘爆し、煙が上げているのが見てとれる。小西は歯軋りをして
「主砲一番撃ち方始め!」
と叫んだ。瞬間、二本の砲身から白い光の帯が飛び出す。敵駆逐艦はというと、一射目では満足せず、二射目を放とうとしていた。そこへ、しまなみが放ったビーム砲が直撃。敵駆逐艦は艦体を燃やしながらそのまま落下していき、迎撃旅団が陣取っていた場所へと墜落していった。
「落下軌道をずらす!下部VLS敵艦下部へ照準!撃ち方始め!」
そう小西は再び叫んだ。まるでせめて最悪の事態だけは避けてくれと言わんばかりに。だが、ミサイルが敵駆逐艦下部に着弾しても落下軌道を変えることはできなかった。
「第二射目を…!」
そう小西が叫ぼうとした瞬間、眩いばかりの閃光が小西達を襲った。それを我慢して小西は目を開こうと努めるが、あまりの眩しさに開けることができず、ようやく開いた時には敵駆逐艦は迎撃旅団が位置していた場所へ墜落し、爆炎をあげていた。小西は呆然として目を見開いた。目から涙が零れ落ちかける。だが、それを必死に堪え、
「転舵反転!防衛砲台の援護へ向かう!」
と声を切らしながら叫んだ。スラスターが始動し、勢いよく艦体が方向を変える。そして背後に爆炎を背負い、しまなみは主戦線へ向け再び進路をとった。
主戦線は膠着を極めていた。敵戦艦へ砲撃しても見た限り有効打は与えられず、ひとまず数を減らす為に敵駆逐艦群へ攻撃するしかなかった。敵駆逐艦を撃破している間に敵戦艦はじわりじわりと近づいてくる。それでも、諦めず敵駆逐艦を狙っていない砲門で敵戦艦を狙い続ける。だが、一つ、また一つと砲台が撃破されていく。兵士の誰もがいつまでこのデスゲームを続けろと言うのか、と思っていた。絶望のどん底へ叩き落とされた兵士は皆、顔こそ上を向いていたものの、心は黒く塗りつぶされていた。そんな時、突如眩い光と共にしまなみがワープアウトしてきた。そして主砲を用いて戦艦へ砲撃するもあまり効いている様子はない。効果がないとわかったからか、しまなみは打開策を実行する為にある行動をとった。しまなみは器用にスラスターをふかし、敵戦艦の真正面へ位置した。それを見て
「駄目だ!いくら撃っても効かない!早く離脱するんだ!」
「小西司令!そこから離れてください!危険です!」
「小西司令!杉内さん!」
兵士が口々に叫んだ。だが、それを払いのけるかのようにしまなみは今使える全ての兵器を敵戦艦へ指向し、一気に敵戦艦の艦橋へ向けて放った。瞬間、敵戦艦の艦橋だけが爆炎に包まれた。指揮系統や航行能力を失った敵戦艦は真っ逆さまに海へ堕ちてく。その様子を兵士たちは唖然とした表情で見ていたが、やがてあちこちから歓声が聞こえた。それがすぐに全体へ伝播し、防衛砲台陣地はしまなみコールで溢れかえった。いかなる状況でも諦めず戦えば必ず勝利が訪れる。そう確信した兵士らの顔には希望の色に満ち溢れていた。
そんな地上とは対照的に、しまなみの艦橋内は重苦しい空気に包まれていた。全員の脳裏に敵駆逐艦が迎撃旅団を撃ち滅ぼした様子がまざまざと思い出された。既に報告ではアリア率いる救難連隊が現地入りし、状況を確かめているようであった。現状もたらされている情報では、グスタフ防衛陸軍司令長官兼第一迎撃旅団長の死亡が確認され、その他各自走迎撃誘導弾の砲手や観測手、そして敵駆逐艦の一部乗組員も死亡が確認されたようだった。小西は爪の痕ができるほど拳を強く握り締めた。グスタフ司令にはここに来た当初から気にかけて頂いていて、第二の父親のように接してもらってきた。それなのに…。小西は歯軋りをするが、もう結果は変わらない。目の前にワープアウトした敵駆逐艦の撃破を優先せず、回避行動を先にとる判断をしたのは俺だ。俺が、親父を殺したんだ。小西の頭にはその事しか無かった。やがてしまなみが港に接岸すると、小西は何のためにしまなみに来たのかも忘れ、逃げるように艦橋から出て行った。
本日の戦闘報告
戦績
未確認超弩級戦艦1隻撃沈、軽巡洋艦4隻撃沈、駆逐艦20隻撃沈、強襲揚陸艦4隻撃沈
損害
しまなみ
艦首魚雷発射管に被弾するも死傷者なし
第一迎撃旅団
防衛陸軍司令長官兼第一迎撃旅団旅団長グスタフ・オットー他隊員2500名戦死
自走迎撃誘導弾発射器「ヴィローグ・スティンガー」5基壊滅
王都防衛砲台
防衛砲台14基壊滅、95名戦死
グスタフ司令の戦死に伴い、王都では盛大に国葬が開かれた。天気こそ曇天であったものの、会場には多くの人が詰めかけていた。グスタフ・オットー。過去には多くの内乱を鎮圧し、今回の戦争においても卓越した指揮能力によって陛下と共にしまなみが来るまで持ち堪えることができた…。その功績は非常に大きい。その功績を讃える為に臣民の多くは国葬に訪れ、王都のメインストリートを棺が通った際には多くの臣民がメインストリートへ押し寄せ、多くの人が膝をついて涙を流していた。
その様子を小西は自室から眺めていた。絶えず涙を流しながら徐々に遠ざかっていく棺に向かって敬礼を続ける。本当に申し訳ございません。今までありがとうございました。その事だけをずっと心の中で繰り返していた。涙は止まるところを知らず滝のように小西の頬を伝って流れていく。小西はそれを拭う事なく、ただただ敬礼を続けた。その時、ゆっくりと扉が開いてアリアが入ってきた。アリアは、小西が小刻みに震えているのを見て、小西が泣いているとすぐに理解し、ゆっくりと小西に向かって歩き出すと、後ろからゆっくりと、しかし力強く小西を抱きしめた。小西は驚いたが敬礼の手は降ろさず、何も言わずに外を見続ける。そんな小西に
「大丈夫。貴方の所為じゃないから。大丈夫。」
と言ってそのまま抱きしめ続けた。小西は思うところがあったのか、少し口を開こうとしたがすぐに閉じ、再び窓の外を見続けた。
同じ頃、杉内は侍従長…マリアと一緒に国葬に参列していた。杉内はしまなみ代表として、マリアは王宮代表として棺に献花していた。二人とも無言で花束を置き、棺を見つめる。木製の棺は、太陽で反射し鮮やかな木目を映し出す。棺の前に立っているとまるで近くにグスタフがいるかのような気がしたが、現実は目の前にあり、二人はそれぞれ首を振ると一歩下がって礼をし、棺の前から去っていった。そしてその後は用意された椅子の上から国葬の様子を見続けた。しばらくして棺が墓地に埋葬される瞬間となった。それぞれの代表者全員で棺を支え、ゆっくりと墓穴の中に納める。やがて棺が墓穴に入り、ゆっくりと棺が土に覆われ全てが埋められていく。ついに棺の全てが埋められ、その上に墓石が置かれた。その場にいた全員が自然に黙祷を捧げる。その後一人、また一人と礼をして墓から去っていく中、杉内とマリアはずっとその場に居続けた。やがて、雨が降り出しても尚、二人は立ち続けた。雨は次第に強くなり、二人の肩に激しく当たる。
「なぁ、マリア。」
「…なに。」
重苦しい空気の中、杉内がゆっくりと口を開いた。マリアからの応答を確認すると再びゆっくりと口を開く。
「…人って、こんなにも脆いものなんだな。」
その言葉にマリアは肯定も否定もせず、ただただ立ち尽くしていた。再び二人の間に静寂が訪れる。雨音はだんだん激しくなり、それにつれて二人の空気はだんだんと重くなる。そんな中、杉内は自分の着ていた儀礼服をマリアにそっと掛けた。
「…風邪、ひくぞ。」
その言葉にマリアはうん、と小さく呟きながら掛けてもらった儀礼服を自身の方にさらに引き寄せた。やがて、マリアがポツリポツリと話し始めた。
「ねぇ、政信。こんな事になるなら私達は早くアイツらに屈するべきだったのかしら…。お父さんをこんなに早く亡くすなんて…。こんな辛い思いをするのなら私、いえ、私たちは大切な人を失う前にアイツらに降るべきだったのよ…。」
その言葉を聞いて杉内は驚いたような顔をしてマリアを見る。それに気づいたマリアはゆっくりと顔を上げて
「私の名前は、マリア…マリア・オットー。元防衛陸軍司令長官グスタフ・オットーの娘よ…。」
そう小さく言って、再び俯いた。その言葉に杉内は何一つ言葉をかけてやれず、ただただ俯き続けた。だが、ふと昔小西から言われた事を思い出し、杉内は顔を上げて自身に言い聞かせるように言った。
「失うことが…大切な何かを失うことが怖いが為に楽な方へ、楽な方へと逃げる。それは果たして正解なのでしょうか…。」
その言葉にマリアは何も返さなかった。杉内は続ける。
「俺は思うんですが…逃げることは選択を放棄することと一緒だと思うんです。要所要所で選択を迫られた時常に逃げて、選択を放棄していった先に何が待ち受けているのか…。少なくとも幸せな世界にはならないと思うんです。で、あれば幸せを得る為には抗うしかない…。だけど、運命に抗う事は当然多くのものを失って痛みを伴う…そう思います。だから、今この世界が戦う事を選んで、運命に抗って、多くの痛みを伴っている事は、幸せに近づいている証。俺はそう思います。」
そう言った杉内をマリアはチラリと横を向いたがすぐに下を向いてしまった。杉内は一つふう、と息をついた。そして何を思ったのか、突然マリアの手を掴んだ。急な事にマリアは驚き、顔が真っ赤になりながら困惑したような声で
「ちょ、ちょっと、政信…?」
と言ったがそれを半ば無視して
「今、ここで約束しましょう。」
と言った。
「約束…?」
と困惑したマリアを差し置いて杉内は言葉を続けた。
「この戦いが終わったら。そうしたら俺と結婚してくれ。」
「な、な、な…!」
真っ赤な顔をさらに真っ赤にしてマリアは何を言うでもなく、顔を手で覆ったかと思うと目の前でパタパタと振ってみたり、パニックになった様子で暴れていた。そんな様子に杉内は微笑みながら
「マリア、俺は誓うよ。この戦いを生き残って貴女を幸せにするって。貴女は十分すぎるほど痛みを味わってきた。だから、そろそろ幸せになるべきだと思うんだ。だから、約束。俺はこれ以降の戦いで命を散らさないし、マリアもしっかりと生き残る。お互いの、約束。」
そう言って杉内はマリアに微笑んだ。マリアはまだ顔を赤らめていたが、少し落ち着いたようで杉内の話を聞いた後真面目な、でも嬉しそうな顔で
「私、それを言った人の中で無事に生きて帰ったきた人を知らないのだけど。」
と言う。
「フラグ、か。確かにな。その話は俺らの世界でも割と有名だよ。創作の話じゃその言葉を言って死ぬって言うのが鉄板だな。」
そう杉内が言って豪快に笑った。その様子にマリアはくすくすと笑う。
「わかってるなら、良いわ。約束よ。絶対生き残ってみせるわ。この世界で仮に私達二人になったとしても。」
杉内は大きく頷き、掴んだマリアの手と自身の手を絡め合わせるようにして手を繋ぎ直した。マリアもそれに応じ、杉内の指と指の間に自身の指を合わせた。お互いに何も発する事なく、ただ空を見上げていた。いつの間にか雨は上がり、晴れ間が差し込んでいた。そこから見える青空はまるで困難に打ち勝った世界を表しているかのようであった。
それから数日経ち、小西は再びしまなみを訪れていた。今度こそ本来の目的を果たす為に。全員をブリーフィングルームに集めると小西は全員に聞こえるように言った。
「間も無く、ディ・イエデ第一防衛艦隊が結成される。新兵教育プログラムにより、この国の兵士もある程度は艦を操れるようになった。しかし、まだ諸君ら程の技量があるかと言われればそうではない。よって、本艦乗組員を各艦に配属し、それぞれの幹部を務めてもらう。いきなりで困惑する点もあると思うが、しかし各員の技量を遺憾なく発揮してもらいたい。諸君らは配置転換を以てそれぞれの艦の幹部となる。だから、完全に俺の指令を聞く必要性は無くなり、各自の現場判断に任せることもある。だが、一点だけ、これだけはなんとしても守ってもらいたい。全員、生きてこの艦に戻って来い。以上だ。」
全員が小西に対して敬礼をする。小西が答礼をし、全員が落ち着いた事を確認すると
「それでは、皆さんの配属先をお伝えさせていただきます。船務長の石原です。まず小西艦長は防衛艦隊司令長官兼艦隊旗艦の旗艦級戦艦の艦長を務めていただきます。続いて杉内砲雷長は本艦の艦長へ、桐原航海長は変わらず本艦の航海長を、西村機関長は旗艦級戦艦の機関長を務めていただきます。そして…」
その後も総勢百余名の配属先が告げられそれぞれ緊張しつつも凛とした表情で聞いていた。石原が全員の配属先を聞き終わった後、再び小西が前に出て
「尚、第一防衛艦隊は戦艦及び巡洋艦からなる主力戦隊としまなみを旗艦とした駆逐艦からなる機動宙雷戦隊の2個戦隊から構成される事となる。戦隊へ別れる際は主力戦隊は俺が、機動宙雷戦隊は杉内が指揮を執る。指揮系統はそのようになるから、よろしく頼む。」
その言葉に全員が敬礼をした。
「尚、配置転換は明日付けで行われます。本日は配置転換の為の身辺整理に充ててください。以上です。」
石原が内容を補足し、その場は解散となった。艦橋乗組員は、旗艦級戦艦へは小西と阿部、しまなみ残留は杉内と桐原そして西村、巡洋艦へは石原が配属される事となった。それぞれが別れる事になると寂しい事になるな、と小西は思ったが出会いあれば別れあり、という言葉がある以上、いつかは別れがあるが、また会える。そのことを信じて小西は艦を降りた。
翌日、しまなみ残留の乗組員は新たに迎えた乗組員を甲板上で出迎えていた。残留乗組員十数名に対し、新乗組員九十余名。圧倒的に新兵が多い中、今後の防衛をしなければならない。その重責を杉内は双肩に背負い新乗組員の顔を見つつ
「新乗組員の諸君に告ぐ。私が本艦の艦長、杉内政信である。現在、艦艇の建造は順調であるが未だ一隻も完成しておらず、本艦がこの国の防衛の大部分を担っている。諸君らにも防衛を担うという重責は重く伸し掛かると思うが死力を尽くして取り組んでもらいたい。以上だ。」
そう言った。残留乗組員が形の整った敬礼をする一方、新兵は少しぎこちない敬礼をする。…一年半でここまでやれるのならまだ上出来か、そう杉内が思っていると警報が鳴り響いた。詳細な情報を待たず
「総員、第一種戦闘配備!配置につけ!」
そう叫んだ。途端に甲板上が、そして艦内通路が人の往来で慌ただしくなる。杉内は戦闘配置完了まで熟練乗組員より8分多い10分を見込んでいたが、意外な事に戦闘配置の完了は熟練乗組員並みに早かった。杉内はなるほど、儀礼的なところは程々に技量を重点的に学んだのだな、そう自己完結しつつ桐原にアイコンタクトを送った。桐原は意図を把握すると
「機関長!機関出力最大!緊急発進!」
「了解!機関接続、出力最大!」
と叫ぶ。先程の電探士からの報告では、超弩級戦艦3、戦艦45、巡洋艦385、駆逐艦542とあった。まずいな、そう呟いた杉内の額には脂汗が滲んでいた。あまりにも数が多すぎる。駆逐艦の砲撃では超弩級戦艦に対して有効打がほぼなかった事は先の戦闘で自明だった。有効になりうる新型魚雷や新型ミサイルの開発はひとまず小西司令がお願いしたようであるが、完成していない以上当然ながら今本艦に搭載されているはずがない。どうする…。そこまで杉内は考えて、思考を切り替えた。いや、とにかく意味が無かろうとも今やるべき事を死力を尽くしてやるんだ。それしかない。そう結論づけ、杉内はまだ座り慣れていない艦長席からまだ見えるはずもない敵艦隊を睨め付けた。
ディ・イエデより遥か離れた星、そこにはある星間国家が鎮座していた。レミレランド星間連邦。燃え盛るような赤を主体とした旗の中心には二つの剣が交差している。…その国旗からも仇なす全ての敵を殲滅せんとする気概が伝わってきた。そんな国の皇宮にある玉座にてシュターリンはいつかのように酒を片手に玉座で膝を組んで考え事をしていた。
「遅い。いつになったら彼の国が我が手中に収まるのだ。現場指揮官は何をしておる。」
そうボヤいてもシュターリン以外いないこの部屋から返答が返ってくることは当然無く、ただただ静寂のみが広がる。シュターリンは酒片手に窓際まで歩み寄った。いつの日かとは違い、窓の外からは街の様子がはっきり見えた。…街は酷く荒廃しておりこれが城下町とは言えない惨状であった。その様子を見たシュターリンは拳を強く握りしめる。早くしなければ。その思いがシュターリンを一層締め付ける。…この地獄のような日々はいつから始まったんだったか、とシュターリンは昔を思い出し始めた。
遥か数百、あるいは数千年前、我々の祖先はかつてこの宇宙で最大版図を誇るレミレランド帝国であった。レミレランド帝国の戦闘艦はどれほど高度な文明の星間国家であっても撃破できず、レミレランドがこの宇宙最強として名を馳せていた。その為、レミレランドの周辺に位置している星国家はレミレランドに保護してもらう為、レミレランドとレミレランド有利の連邦契約を結んだ。それが、レミレランド星間連邦の誕生である。10を超える星国家が集ったこの連邦国家では、最強であるレミレランド帝国の発言は影響力が大きく全ての事柄はレミレランドの一声で解決できたため、星間連邦の安寧に大きく寄与していた。だが、それは逆に各星国家の意向を無駄にしているのと同義であった。さらに最強は永遠に最強ではなかった。そこから数百年後、別の星間国家が開発した戦闘艦はレミレランドのそれでは全く歯がたたなかった。驕る者は久しからずと言うがまさにその通り、数百年間宇宙の覇者であったレミレランド帝国。だが、最強の座から引き摺り下ろされた時、最早その国に威信はなかった。連邦加盟国は威信のなくなった国について行く義理はない。そう吐き捨て、約50年ほど前、突如としてレミレランド星間連邦の一角をなしていたフランドル星間帝国がレミレランドとの連邦契約を切り、独自陣営として独立すると発表したのだ。それに感化された諸国は次々にフランドルのように独立を宣言し、連邦から去ろうとしていた。そのような暴挙に連邦は了解サインを出す筈がなかった。連邦は勝手に独立を宣言した星国家に対し、速やかに連邦に謝罪し再び連邦に戻るよう呼びかけたが、その呼びかけ自体力を失った帝国では無駄であった。独立と言う悲願を果たす為、彼らは一斉に連邦の本拠地、レミレランドに侵攻してきた。そこから、戦争が終結する、実に48年間もの間、レミレランドでは本土決戦が続けられてきた。結果として言えばかろうじて奴らの侵攻を跳ね返すことができた。だが、本土決戦となってしまった為、都市は荒廃し、作物が育たなくなってしまった。加えてフランドルが御礼品といってレミレランドに撃ち込んだ「楔」がレミレランドを一層苦しめた。それは、「核変質装置」である。この場合の核とは、天体の中心核の事である。フランドルが撃ち込み、起動したこの「核変質装置」は、惑星レミレランドの核である金属核を融解させ、装置内部にある別の物質と置き換える事でその星を徐々に惑星から恒星へと変えていってしまう、恐ろしい装置なのである。これを起動されたレミレランドは最早どうすることもできず、移住先の選定に着手した。レミレランドに似た環境を探すため、移住先の決定は地獄のような日々であった。惑星へと変貌を遂げようとする母星、レミレランドは日に日に気温が上がっていった。このままでは、あと数年でこの星は灼熱地獄となり、人類が生きることは不可能であることは火を見るより明らかだった。そんな時に見つけたディ・イエデはレミレランドと類似した点を多く持っていた。…これなら、ここなら民を移住させ再び安寧を築くことができる。そう思っていたのだが、想像以上に攻略は苦戦している。今配属されている現場指揮官は貴族連盟からの推薦だが、本当に責務を果たせるのだろうか。シュターリンはイライラとぶつけようのない怒りと焦りを感じ、それを紛らわせるかのように勢いよく酒を飲み込んだ。
第六章 抜錨
ディ・イエデ各地の秘密ドック内では大騒ぎが起こっていた。突然の大艦隊の侵攻。誰の目から見ても駆逐艦一隻では対処しきれない事は明らかだった。そこで小西は現在最終確認中の新規建造艦15隻全艦に緊急発進を命じた。新規建造艦15隻は全てが王都で建造されるわけではなく、できる限り迅速に、かつ合理的に建造しようとした結果、全国各地のドックにて建造される事となったのである。そして最終確認ももうすぐ終り、一週間後に艦隊の結成式を迎えた中で、大艦隊が侵攻してきたのである。小西は式を行う前に発進、戦闘に参加するという暴挙を出た。決して小西が儀式を軽んじているという事ではない。ただ、予想しえなかった緊急事態に対処する方法がこれしかなかったのである。その小西は時空湾曲媒石を用いた時間加速システムの遮断を確認した後、ドック内に降りて行った。普通は時空湾曲媒石を用いたシステムにより時間が100倍で流れている為、人がドックにいる事はできない。その為基本的な工事は魔道具にて行われていたようであるが、システム遮断直後にも関わらず、思いの外人が多い事に小西は驚きつつも目の前の巨艦を見つめた。艦側面にはびっしりと書かれた防御用の呪文。側面から迫り出した対空機銃の数々。超高速航行時の安定性をさらに増加させる宇宙安定翼の数々。それらを見た小西の顔は言うまでもなく自信に満ちていた。諏訪型超弩級宇宙戦艦1番艦「諏訪」。それがこの艦の名前であった。命名の由来ははるか昔、隣国が日本に攻めてくるという元寇が起こった際、諏訪の龍神が嵐を起こし元軍を撃退したという伝説から、この戦いでも神のご加護があるようにという祈りを込めたものだった。そんな祈りの象徴たるこの艦は十分すぎる武装を有していた。航宙自衛隊の誇る最新鋭艦「あまぎ」を参考に作られた本艦の武装は40.6センチ三連装クォーク砲や多数のVLS、魚雷発射管に加え、艦首には三メートルはあろうかという二門の大きな砲口が穿たれていた。そこから放たれるのは、クォークエネルギーを風魔法や重力魔法で撹拌した「クォーク振動砲」。阿部の試算では星一つを粉々にできる火力があるという、まさしく艦隊旗艦にふさわしい攻撃性能だった。それにもかかわらず、工期を短縮する為、防御呪文が刻まれた王族専用の脱出船を改造したこの艦は内郭は脱出船の外郭をそのまま用い、外郭及びその他構造物をここで作成し搭載している、工期短縮性にも優れた艦であった。艦の出来栄えに満足しつつ小西は艦橋へ足を向けた。
艦の内部では駆逐艦よりも遥かに多くの人々が慌ただしく準備を進めていた。後から後からどんどん乗組員が集まってくる。弾薬庫への扉が開かれ、小西が数日前に依頼していた超弩級戦艦にも対処可能なミサイルや魚雷が積載され、暇さえあれば三式弾や実体弾、小型無人偵察機こくちょうなど今回使用される可能性は低いものの、無いと困る装備品が積み込まれると共に、エンジンに火が入り始める。艦橋についた小西は準備状況を確認しながら戦況を確かめていた。「上」では、杉内がたった一人で勇敢に立ち向かっているがあまりにも多勢に無勢である。急いで加勢しなければ。そう焦りつつも落ち着いて各部署からの準備完了の報告を待った。耐えてくれ、杉内をそう言わんばかりに小西は艦長席に座りながら手を組んで祈っていた。そんな時、その手を包むように別の手が重ねられた。小西が驚いて目を開けると、目の前にはアリアがいた。アリアは大丈夫と言わんばかりに小さく、しかししっかりと頷いた後、砲雷長席へ歩いていき射撃管制装置の調整をする為一人で黙々とコンソールをつつきはじめた。初めて艦に乗る人に落ち着かせられるとは、なんて情けない。そう小西は思いつつもアリアに重ねられた手を大事そうにさすりながら全ての準備が終わるのを待った。やがて、時は来た。全ての部署から準備完了との報告が入り、エンジンには火が入った。…全て万全だ。そう小西は思い、言った。
「艦隊所属の全艦へ通達!全艦直ちに発進!王都上空の戦闘空域に集合せよ!」