今日もこの国は曇りであった。この日もアリアと防衛計画について話し合う予定だったが、小西は一足先に王宮へ来ていた。そして近くを通りかかったメイドに
「すまない、私は『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長の小西だが、防衛軍上級大将のグスタフ司令はどこにおられるか、わかりますか?」
と聞いた。メイドは驚いた表情をしながら珍しい格好をしている小西の服装を舐め回すように見た後、言った。
「グスタフ上級大将でしたら、こちらの廊下をまっすぐ進んでいただいて、突き当たりを左にいき、そこから二つ目の部屋におられますよ。」
と丁寧に教えてくれた。小西はそのメイドに礼を言い、グスタフ司令の部屋を訪ねるべく廊下を歩き、そして司令の部屋をノックした。その瞬間、部屋の中から、
「誰か。」
と言う声が聞こえた。それを聞くと
「はっ、『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長、小西慶太であります。」
と返事すると、中からほぅ、と言う声が聞こえ、
「鍵は空いている。入り給え。」
と言われた。そして小西は木製の大きな扉を押し上げ、失礼します、と言いながらその部屋に入った。中では窓の外を眺めながら立っている司令官の姿があった。小西は扉を静かに閉めると、司令官に敬礼した。それに対して司令官は頷きながら、目の前のソファを指差し、
「まぁ、そこに座りなさい。」
と言った。小西は司令官が座るのを確認すると
「失礼します。」
と言ってソファに座って緊張した顔で言った。
「グスタフ司令にお伺いしたいことがあります。」
それを聞いて司令は大型予想していたと言わんばかりに頷いて
「なんだね。」
と言った。小西は少し深呼吸をして言った。
「司令…少し、変な話になりますが、私は軍人ながらこの世界に来るまで人を殺したことがありませんでした。ですが、この世界にて既に3回、私の指示で敵の兵士、何千人と言う人が亡くなりました。そして今回の戦闘で我々の乗組員が5名亡くなりました。…教えてください。艦を操る人間として、私はどのように敵味方を問わず人を殺すと言う行為に正当性を与え、どのように耐えていけば良いのでしょうか…。」
と聞いた。初回の遭遇戦然り、その次のアリアに見せた防衛戦然り、全て小西自身の指示で命が奪われ、そして今回の戦闘で敵の兵士の命を奪うだけでなく、乗組員の命まで奪ってしまった。それに耐えきれそうになかった小西はこうして司令官のもとを訪れたのだが…。
「人の命を奪うことにどう正当性を与え、どう耐えていくか…、か。そうだな…。」
とそう言ってしばらく腕を組み、目を閉じながら考えた後、
「儂は正直、どんな理由があっても人を殺すことに正当性はあってはいかんと思う。」
と言った。小西が納得していない表情をしていると、司令は言葉を続ける
「結局国を護る為だとか愛する人を護る為だとか言ってどんだけ自身に正当な理由を作ったとしても、人を殺したという事実は変わらん。だが、だがな。自分自身で人を殺したことを受け入れ、それを悔やみ、そうならないことを願い続け、どうすればこの人を殺さねばならない現状を変えられるのか考え続ける…そうすればその魂も救われるのではないか…儂はそう思っとるよ。」
と、そう言われ小西はよく分からず
「は、はぁ…」
と言った。それに対して司令は豪快に笑うと
「今の君にわかってもらおうとは思わんよ。でもな、人を殺すのに正当な理由はなく、いつまでも悔やみ続ける、そのことが重要なんだと、覚えておきなさい。」
と、そう言われ、小西はなんだか胸の中がすっきりしたような気がして
「わかりました。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。」
と言って部屋を後にした。



そして小西たちは再び応接間に集っていた。徴兵については一通りまとまったようであったが、夜通し話していたのだろうか、目の下に隈ができていた。だが、眠そうな表情を見せることなくアリアは話を始めた。
「…さて、兵員確保の目処はこちらの方でなんとかしたわ。…それで、あと越えるべき難関は幾つあるのかしら?」
その問いに小西は
「そうですね…あるのは、そもそも艦の装甲をどうするか…とかありますが、1番の課題はエンジンの素材でしょう…。今回石原船務長ではなく、エンジンに詳しい西村機関長をお呼びしました。…元々今日はエンジンについて話しておきたいと思っていたので…、では機関長、お願いできますか?」
そう言うと機関長は咳払いをして
「本艦が持つクォーク機関じゃがな、大出力故、相当の負荷がかかる。それに耐えうるために本艦の機関にはイリジウム、タングステン、クロム、チタン、ニッケルのという地球上で最も耐久性がある名だたる金属を使った合金によってつくられとるが…。この世界で最も耐久性がある金属は…なんなんだね。」
そう機関長が問うとアリアは
「私達が普段使っているのは鉄や銅、オリハルコン、それとミスリルかしら…。でも、それらがどのくらいの耐久性を持っているのか…私にはわからないわ。」
それを聞くと機関長は
「まずそこからじゃな。耐久力のある素材を見つけてからじゃないと罐は作れん。と、いうことは儂の出番はひとまずここまでじゃな。」
と言った。アリアは不思議そうな顔をして
「どうして?」
と言ったが
「そりゃアリア、罐焚きが金属の性質の判定なんてできるわけがないじゃろう…ここからは専門職の人間のもとで材料の判別からじゃな。」
と言い、髪なのない頭をぽりぽりと掻いた。それを聞いて陛下は
「確かにそうね…。では私も次回までにこの国で1番金属のことを知り得ている人を連れてくるわ。」
と言った。それを聞いて小西も
「私も次回は技術長の阿部を連れてくることにします。」
と言った。それにアリアは頷いて
「とりあえずこの話はまた明日しましょう。ところで私から質問があるのだけど」
と言った。なんだろうと思っていると
「例の新兵の話ね…いえ、新兵どころかこの国の兵士全員なのだけど、どうやってその航海の仕方などを教えるのかしら。」
そう聞いてきた。
「それについてなのですが、本艦の乗組員からそれぞれ3名ほど、教育のために下そうかと思っています。ですから、講義が行える場所をどうにか確保願います。」
と言った。それを聞いて安心したのか
「そう。場所はどこでも開いてると思うから。こちらで決めておくわ。」
と安堵した声で言った。しかしすぐ真剣な目に戻って
「どころで…私はどうすればいいのかしら。」
と聞いてきた。不意な質問に理解できず、
「陛下がどうすればいいか、とは…どういうことでしょうか…?」
と困惑混じりに訊ねた。それを聞いてアリアは少しため息を漏らしつつ
「私は、こんな王宮の中で兵士や臣民が死んでいくところを見たくないの。だから、私も教育を受けて艦に乗り込みたいのだけど、その場合はどうするの?」
と語気強めに聞いてきた。その質問に小西は唖然とした。一国の王女が最前線に?そう思い
「グスタフ司令…。」
と言うと
「ダメよ。この質問はあなた1人で考えなさい。」
とアリアから言われた。…なるほど。側近からは反対されている話なんだな、と思いつつ小西は考えた。本来であればこの国の王なのだから、王宮に留まるべきだ、と言うことが正解だろう。だが、果たしてそれでいいのだろうか。グスタフ司令は防衛軍全体を総括しているし、モンナグ親衛隊隊長は名前の通り親衛隊の指揮がある。そして、この2人以外に今後我々が仮にいなくなった場合の艦隊の指揮を執らせられられるほどの身分のある人間かつ、誰からも信頼されている人物は…もう陛下しかいない。それに、艦隊の指揮についてわかっていないと今後陛下のご判断で艦隊を動かす時が来てもできない可能性がある…。これは、陛下にも最前線に立ってもらうしか…。そう思い、小西は腹を括る。陛下を死地に赴かせる事を。
「…陛下。」
小西は重々しく口を開いた。アリアは無言でこちらを見続ける。
「陛下には私の指導のもと、戦術の立て方及び艦隊指揮それから砲術について学び、今後建造されるであろう超弩級宇宙戦艦の砲雷長を務めてもらいます。」
その言葉に横の2人は驚いたような顔をしたが、小西は続ける。
「この結論に至ったのには様々な理由がありますが、1番の問題は陛下が今後艦隊を動かそうと思った時に艦隊の特性等を理解していないと効率的に動かせないから。それから何よりも、ここからはもうこの国と敵艦隊との総力戦です。全ての力を艦隊に注ぎます。つまり、艦隊が敗北すれば、それはこの国の降伏を意味します。そんな状況下において、出し惜しみはできません。…兵達の指揮を上げるためにも陛下には先頭に立って死地へ赴いてもらいたいのです…。」
そう言うと、しばらく沈黙の空気が流れた。それを破ったのはアリアではなく、グスタフ司令だった。
「陛下…。今まで我々…特にモンナグ親衛隊隊長に関しては必死にあなたが戦場に立つ事を拒んできました。それはあなたに死なれたら今後の重要な局面でどうにもならなくなるからです…。しかし、今、この時がその重要な局面になってしまいました…。陛下、どうか、儂からもお願いを申し上げます。死地へ…どうか、兵達と共に向かってやってください。」
そう深々と頭を下げた。それに続いてモンナグも
「もう…止める理由はありますまい…。私からも…どうか…。」
と言い、頭を下げた。アリアは目を閉じ、よく考えてこう言った。
「…わかったわ。この国の王として、兵達と共にこの国に命を捧げましょう。」
その声に安堵しつつ
「ですが陛下。死ぬ気で戦うことと死にに行くことは別物ですからね。ですから、いかにピンチな局面でも生き残れるよう、道を探って、探って、探り続けてください。それだけはお願いしますね。」
と言った。するとアリアは
「そんなこと、わかってるわよ。あーあ、折角私が格好良く覚悟を決めたのになー。」
と言い、珍しく場を和ますような発言をし、その場にいた一同がどっと笑った。まるで恐怖を振り払うかのように。そしてひとしきり笑ったあとアリアは
「それじゃあ小西、この話し合いが終わったらひとまず私の部屋に案内するから。ついてきなさい。」
と急に言われたので
「え…?」
と言って呆けていると
「私に!艦隊戦術とかを教えてくれるのでしょう!?変な意味じゃないから!全く。」
と言った。再び部屋の中が笑いに包まれ小西は恥ずかしさで少し顔を赤くしながら
「は、承知致しました。」
と返事した。
今日はそれ以外特に話すことはなく、この後、程なくしてその場は解散となった。そして小西はアリアに案内されてアリアの部屋に来ていた。部屋の中は想像していたよりも遥かに質素な作りで、派手なものはほとんどなく、派手なものがあるとすればそれは殆ど儀礼用のものであった。(それですら一張羅なようなのだが。)小西が驚いている様子を見てアリアは
「何よ、そんなにこの部屋が意外だった?」
と聞いてきた。
「い、いえ!別にそんなことは…。」
と取り繕おうとしたがアリアは悲しそうに笑って
「臣民がこれだけ苦労しているのに、私だけ贅沢しているわけにもいかないでしょう…?本当は臣民も私も、もっと贅沢したいとは思っているのだけど…状況が状況だから…。」
と言った。その返事に少し申し訳なく思いながら、しかし何も言うことができず部屋の中に気まずい静寂が流れた。やがてこの空気に耐えられなかった小西は少し上擦りながら
「しかし、ここまで国民想いな国王もいませんよ。大丈夫です。陛下の苦労は必ず報われます。」
と、聞かれてもいないし慰めるにしても的を得ていないとんでもない事を言う。まずいな、言いながらそう冷や汗を流していたが、はクスリと笑って
「…そうね、ありがとう。」
と言った。その顔は正直、やはり少し悲しいそうではあるけれど、とんでもなく美しく一瞬見惚れてしまった。だがそんな雑念を振り払い
「それで、陛下へのご指導はいつから始めればよろしいでしょうか」
と言った。あまりにも脈絡のない質問にアリアは
「あなた、言葉のキャッチボールが下手ね。」
とまた笑った。笑われて恥ずかしくなったのか、それともその笑った顔に見惚れたからなのか。小西は一気に体温が上がっていくのを感じ、顔が赤くなってしまった。その茹で蛸みたいな顔を見てアリアはより一層笑い、小西はさらに顔を真っ赤にし、さらに小西はアリアに笑われてしまった。その後しばらく笑われて、ついには小西も貰い笑いしてしまい、部屋の中は賑やかな笑い声に包まれた。今、この瞬間だけは様々なしがらみから解放されて素の状態で笑うことができた。アリアも心なしか会議の時よりも大きな声で爆笑しており、なんだか意外な一面も見れた、そんなひと時だった。窓からは夕陽が差し込み、今が戦時中である事を忘れさせるようであった。ひとしきり笑った小西とアリアは、ベッドの前にある二つの椅子に腰掛けながら、無言で夕陽を見つめていた。先程までの笑い声が嘘だったかのような静寂さが部屋に満ちていたが、不思議と不快感はなく、ただただ、目の前の落陽を眺め続けた。