突如、「ボォォォォォォ」という、腹の底へ響き渡るようなとてつもなく低い音が聞こえた。私はびっくりして立ち上がり、
「一体何事なの!?」
アリアはそう叫ぶ。グスタフは、私の前に立ち塞がると、
「陛下!窓の外からお離れください!危険です!」
そう言い、私を庇いながら部屋の奥へと移動した。しばらくして、ノックもせずモンナグが入ってきた。
「陛下!」
「モンナグ。いったい何があったというの?」
モンナグを見た瞬間、私は早口で状況説明を求めた。モンナグは荒れた息を整えようともせず、こう言った。
「か、海上から、未知の物体が接近してきています!今までの奴とは明らかに形が違います!」
その話を聞いて私は新たな外敵が加わったのか、そう思い
「迎撃は!」
そう言ったが、それをグスタフが制止する。
「おい、モンナグ近衛連隊長。ソイツに攻撃の意思は見受けられるのかね。」
とグスタフがモンナグに訊ねた。どうやらここまで何も無いことに違和感を持ったようである。モンナグは少し考えた後、私の個人的な見解になりますが、と前置きを置いて
「私はあの物体が攻撃の意図を持っているように思えないのです。…形状から奴等と同じく空を飛べるようですが、そのようなそぶりは見せず、繰り返しライトを一定のパターンで点滅させているのですから。」
と返した。それを聞いて私はどういう状況なのかわからなくなってふらふらと地べたに座り込んだ。
「陛下!」
「陛下!お気を確かに!」
とグスタフとモンナグがふらふらと座り込んだ私にしっかりするように言う。しばらく呆然としていた私だが、やがて少しずつ冷静さを取り戻し、グスタフとモンナグに言った。
「ソイツを見に行くことは可能なの?」
それを聞いた二人はギョッとしたような顔をして静止しようとしてきたが言葉を続ける。
「私がここで何も知らないのに決断できるわけがないでしょう…?別に海岸線で、とはいってないわ。安全なところからで構わない、ソイツを一目見ることはできないの?」
それを聞いて二人は確かに、と顔を合わせて、二人で少し小声で相談してからモンナグが口を開いた。
「王宮の東物見塔からは見えるかもしれません。…それでもよろしいなら。」
そう言ったので
「ええ、構わないわ。」
と返事をして、その「来訪者」を見に行くことに決めた。

塔の上に着くと、モンナグから頭を出しすぎないように、と言われながらそれを観察した。斜めの角度であったが、それが完全に今までの奴らとは違うと一目で判断できた。さらに言うならば、来訪者と王宮の距離がこの程度であれば、もう既に王宮に砲撃が飛んできてもおかしくなかった。にも関わらずまだ何も攻撃を加えてこないのは何か意図があるのか…そう考えていると、階下から勢いよく足音が聞こえ、一人の兵士が荒い息を整えようともせず、言った。
「で、伝令!謎の物体から、使者が!使者が参られました!」
「何ですって!?」
私は驚きの声を隠せなかった。攻撃の意図がない事だけでも驚きなのに、使者を寄越してくるとは…。一体何が狙いなのだろうか。
「女王陛下、いかが致しましょうか…。」
伝令兵が恐る恐る言う。それに対して、グスタフは私に
「某は使者を受け入れるべきと考えます。…今ここで拒否して敵が増えるのも面倒ですし、何よりも相手方の目的が知りたい…。ですから、陛下、使者を迎えるご用意を。」
と耳打ちした。その内容が聞こえていたのか、モンナグがそうだと言わんばかりに頷く。その様子を見て私も使者を受け入れることに決めた。
「グスタフ上級大将、モンナグ近衛連隊長、使者を応接間に通して頂戴。ただ、あくまでも非公式の会見ということにして、臣民の誰にも気づかれないようにして。」
そう言うと二人は礼をして駆け出していった。私は再びその巨大な物体を見ながら
「アイツは本当に何なんなのよ…」
と呟き、塔を降りた。


私は、応接間の椅子にできるだけ深く腰掛けた。周りには完全武装の近衛魔導兵と近衛槍兵、そして近衛剣兵が応接間のテーブルを囲んでいた。私の左横にはグスタフ上級大将が、右横にはモンナグ近衛連隊長が腕を組みながら目を瞑って考え事をしていた。しばらく待っていると、コンコン、とノックの音が響き渡り、
「使者の方2名をお連れしました。」
とドアの外から声がした。グスタフとモンナグにそれぞれ目を向けると、それぞれ真剣な眼差しで頷いた。それを見た後私は
「入って頂戴。」
と言った。冷や汗が頬を伝って私の手に落ちた。手は小刻みに震え、唇が思うように動かない。だが、こんなことで怖気付いていたら女王は務まらない。そう思い、拳を強く握って使者を迎えた兵士が扉を開けるのを待った。
やがてドアの外で身体検査が終わったのか、兵士に挟まれて二人の男が入ってきた。
「若い…」
私はそう呟いた。私と同年代だろうか。男たちの服には青や黒の模様が不規則に描かれていて、肩の上には黒と金色の模様が輝いていた。私たちは二人の男を舐め回すように眺めた後言った。
「座って。」
それを聞いて二人の男は自分たちの額の左側に手を当て、腕を下ろした後、失礼します。と言って席に着いた。ピリッとした空気が室内を支配する。誰も言葉を発さず、ただ私の吐息だけが大きく聞こえた。そんな静寂を破るようにして、私は恐る恐る口を開いた。
「私は…アリア・ファリア。この星の女王よ。早速だけど、あなた達は誰かしら…?」
そう聞くと、私から見て左側の男が言った。
「私は『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長、小西慶太二等宙佐です。私の隣にいるのが石原数人一等宙尉。」
そう紹介されると、石原という男が深々と礼をした。小西、と名乗った男は続ける。
「我々はもともと、こことは別の場所で演習を行なっていました。しかし事故によってこの場所に飛ばされてしまったのです。」
そこまで言うと、彼はふぅ、深呼吸をして、質問をしてきた。
「1つ…お尋ねします。ここは、どこですか?」
その質問に対し、私は
「ここは『ディ・イエデ連合王国』よ。」
と言った。それを聞くと2人は顔をあわせ、
「我々はそのような国は存じ上げません。この国は本当に地球に存在する国なのですか?」
と言ってきた。…地球。その名前を聞いて私は驚いた。いや、私だけではない。おそらくグスタフもモンナグも驚愕したであろう。なにせ我々は地球という存在を認知しているのである。その昔、先々代の王がこの星を統一する為に勇者召喚の儀式を行い、「地球」と言う星から1人の青年を召喚した。その青年は勇者召喚に際して通常では考えられないほど強力な能力を持ち、時の王が星を統一する手助けをしたのだそうだ。そして、統一後、その王が青年に何を望むかと問うたところ、その青年は「二度と僕のような異世界に召喚される人を出さないでほしい」と言い、彼の手によって勇者召喚の魔法陣は解体されたという。そしてそれ以来我が国では勇者召喚の儀式は廃止され、地球との関係は何も無くなったはずであった。しかし、今こうして私の前にいる人間は「地球にある国か。」と聞いてきた。つまり、この2人は地球人…。しかし私は勇者召喚の儀式など執り行った記憶はない。どういうことなのだ…と思い、何も言えないでいると、グスタフが私の肩にそっと手を置いて、耳打ちしてきた。
「とりあえず、事実を言う他ないでしょう。先々代の話も含めて、何もかも。」
そう助言され、私はそのようにすることに決めた。
「…地球、ですか。なるほど。私共は『地球』という名を知っています。」
そう言った途端、2人の表情に驚きの色が現れた。私は構わず続ける。
「その昔、百数余年前、時の王はこの星を統一するために勇者召喚の儀式を執り行いました。その際召喚された青年が『地球人』だったのです。…つまり、地球から見て、ここ、ディ・イエデは異世界にある星、ということになります。そして、勇者召喚の魔法陣を反転させることにより、当時はこの世界に召喚された人間を送り返すことができましたが、その地球人の勇者が、二度と召喚の儀式は行わないでほしい、と言い、自身が帰るのを諦める代わりに魔法陣を破壊したので、今、我々はあなた方を地球へ送り返す術はありません。」
そこまで言って2人を見ると全てを理解したような顔をしていた。しかし絶望に満ちた顔、というよりかは何か、すべきことを理解したような顔であった。