コンコン、というノックの音で目が覚めた。小西はまだ寝ぼけた頭を必死に叩き起こしながら、
「誰か。」
と尋ねた。すると、
「石原船務長です。」
と返ってきた。そうか、俺は艦長室に戻って日誌も書かんと寝てしまっていたのか。そう小西は思いながら
「入れ。」
と言った。
「失礼します。」
と昨日の出港前と同じように石原が入って来た。そうか、母港を出てからかなり時間が経ったように思えたがまだ一日しか経っていないのか。そんなことを考えながら
「どうしたのかね。」
そう問うと
「はっ、阿部が提案したことについて…お話があって参りました。」
と言った。
「そうか…まぁ、そこに掛け給え。」
と言い、石原は失礼しますと呟きながら小西が用意した折りたたみ座椅子に腰をかけた。
「それで…内容を聞こうじゃないか。」
そう言いながら小西は、ベッドを椅子に直そうとしたが、そのようなスペースが艦長室に残されていなかったため、仕方なくベッドに座った。小西が座ったのを見届けると、石原は
「失礼なことと思いますが、すいません。正直に申し上げさせて頂きます。正直、自分は人命を救う為に戦闘に介入するかどうかという判断を艦長という『人』一人に背負わせるのは間違っていると思います。」
そこまで聞いて小西はほぅ、と声を上げた。防衛学校では立場が上の者の命令が絶対、と教えられる軍人において、この考えが出てくることは極めて異例だった。向かい合う小西の反応を見て石原は続ける。
「ですから、自分は乗組員全員に戦闘に介入するべきかについて投票を行うべきと考えます。…乗組員全員で物事を決定することによって、選ばれた結論がもし間違っていても、艦長一人がその間違いを背負うわけではなく、全員でその間違いを背負うことになる。それが、大事なんだと思います。人一人に背負わせること、それは違う…私はそう考えます。」
石原の話を聞いて小西は柄にもなくなんていい話だ、と思った。小西は昔からのことを振り返っていた。今まで、自分で決定を下して、命令をして、間違いをするたびに、失敗をするたびに何度も様々な人から責められてきた。今回も俺が一人で決断して、間違えたらまた責められるのか…
そう思っていたが、石原は今回の件は全員で決めようと。全員で決めて、全員でその決定を下した責任を背負おうと言ってきた。その言葉は、小西の迷いに迷って行き場を失っていた小西の心に間違いなく光を差させた。小西は一度目を閉じて深呼吸をして、言う。
「石原…ありがとう。おかげで俺の気持ちはだいぶ楽になった。お前がこうして言いにきてくれなかったら、また一人で悩んで一人で困っていただろう。だが、お前は俺に素晴らしい改善案をくれた。本当にありがとう。」
不意に艦長から全力で感謝された石原は恥ずかしそうに頭をポリポリと掻きながら
「いえ、艦長のお役に立てたようで何よりです。」
と言った。そして、石原が出て行って数分後、身だしなみを整え、小西は再び艦橋に上がった。艦橋メンバーに敬礼をされ、それに応じると、小西は艦長席のマイクを取って言った。
「全艦に告ぐ。こちら艦長の小西だ。先程、戦闘機があの土地の市民に攻撃を加えていた。それをモニターで見てた人も多いだろう。その様子を見て諸君らはなんと思ったのだろうか。『あの市民を守る為に我々が先頭に戦闘に介入すべき』と思った人や『このまま水面下に潜伏すべき』と思った人、いろいろいるだろう。…そこで私は今回、今後の本艦のとるべき行動を投票によって決める。選択肢は『戦闘に介入する』か『現状維持』かの2択だ。3分の2以上の票が入った方の行動を本艦はとることになるだろう。投票するものにおいては、投票用紙を各自が持つ小型タブレット端末に送信しておいた。それに回答してもらいたい。回答期限は翌日1500とする。以上だ。」
そう言い、小西はマイクをそっと元の場所に置いた。石原の方に視線を飛ばすと、優しく微笑んでいるようであった。小西はそれに頷いて返し、艦長席に深く腰掛ける。今回選択した内容は俺一人で決めたことではなく、乗組員全員で決めた事。そう思うと艦長としては失格だが、小西は少し気が楽になった。
数日後、投票が終了して、小西は艦長室で投票結果を確認していた。乗員は小西を含めて270人。その3分の2は180人。つまり、3分の2である180人をどちらかが越えると、それが本艦のとるべき行動、ということになる…そう思いながら小西は投票結果を確認した。
「介入派が181人、潜伏派が89人…」
たった一票の差。その一票で本艦が戦闘に介入する事が決まった。たった一票の差とはいえ、本艦が取るべき行動が決まったことに変わりはなかった。で、あるならば。そうと決まればやらなければいけない事がある。そして、その指示をする為に小西は再び艦橋に上がり、艦長席のマイクを取って言った。
「全艦に達する。こちら艦長の小西だ。投票を集計した結果、無回答なしで戦闘に介入する方針を選んだ乗組員が全体の3分の2を超えた。本当に僅差だったが、本艦は戦闘に介入する事をここに決定する。」
そう言うと、艦橋内がややざわついた。小西はさらに言葉を続ける。
「だが、戦闘に介入するならば、我々はしなければならないことがある。それは、本艦の両側面に描かれた『日本国航宙自衛隊のエンブレム』を抹消する事だ。…いや、艦側面のエンブレムだけではない。艦内にある、本艦が日本国航宙自衛隊所属であるとわかるものは、全て抹消しなければならない。我々は自衛隊の方針を破り、これから先制攻撃をしに行く。で、あれば母国、ひいては母星に迷惑をかけないようにするのが最善だろう…。」
そこまで言って、小西は言葉を詰まらせた。…俺たちはここで、地球に帰還する事を断念する…そう言ったもの同然だからだ。だが、小西は未練を振り切って、言葉を続けた。
「総員、協力して艦内各所のエンブレム等を抹消せよ。艦側面のエンブレムに関しては修理用の塗料で塗り潰す。技術科や船務科だけでなく、砲雷科も航海科も機関科も全員で成すべきことを成せ。以上だ。」
そう言い終わると小西は上を見上げた。艦長席の真上に天窓があるわけでもないが、それでも上を見ていないと余分なものが出てきそうだったからだ。やがて、それが収まると、小西は作業の準備に移った。
「技術科各員は塗料を持って待機!」
そう阿部に告げると、
「了!技術科各員、塗料を持ち作業の準備をせよ!」
と技術科員に指示を飛ばした。続いて桐原にも指示を出す。
「桐原、両舷バラスト排水!『しまなみ』、浮上!」
「ヨーソロー!両舷バラストタンク排水!」
艦体に大きな振動が響き渡り、艦が浮上を始めた。浮上していくにつれ、艦がやや左に傾いた。それに気づいた桐原がすかさず
「左舷スラスター始動!艦体、水平に!」
と言い、艦体を水平に修正した。数分後、「しまなみ」は波を割り、およそ1日ぶりに青空の元に姿を現した。
「艦内隔壁、全て開放。両舷乗艦口開け。全乗組員、エンブレム等抹消行動に移れ。」
そう言うと、両舷の乗艦口が開き、技術科や船務科、そしてその他の人員が塗料と自分の身体の倍はあろうかというペイントローラーを持ち、両舷のエンブレムを塗り潰しにかかった。そして、艦内でもエンブレムが描かれている廊下などではこちらでも塗り潰し作業が行われていた。そして数十分後、艦内、そして艦側面にある全てのエンブレムが塗り潰され、一つ、また一つと本艦の所属を示すものがなくなっていく。
小西は、胸元の「日本国航宙自衛隊」と書かれたワッペンをじっと見つめた。…これも、引き剥がさなければならない。そう思うと心に来るものがあった。苦楽を共にしてきたワッペンとの別れを偲びつつ艦橋乗組員を見渡した。皆、新たな決意を胸にテキパキと作業している。皆、過去を振り払って進んでいる。俺も、過去を見るのはやめよう。そう思い小西は胸元のワッペンを勢いよく引きちぎった。手元には胸にあったはずであるワッペンが握られていた。…これで、俺たちは本当に日本から、地球から存在が無くなったことになる。小西はいろいろな思いが込み上げてきて、少し上を向いた。やがて少し気持ちが落ち着いた小西は阿部と桐原、杉内に向かって
「阿部、『こくちょう』を収容。桐原、収容完了次第、第三戦速で陸地へ向け発進せよ。杉内、航行中は第一種戦闘配備を維持。対空、対潜、対水上警戒を厳とせよ。」
「『こくちょう』収容準備に入ります。左舷格納庫開け。『こくちょう』、本艦へ向け帰還します。」
「メインエンジン、及び補助エンジン、接続を切っていませんので、いつでも発進できます。」
「第一種戦闘配備了解。…砲雷科各位に告ぐ!総員、第一種戦闘配備!対空、対潜、対水上警戒を厳とせよ!」
阿部と桐原から報告が上がり、杉内が砲雷科に指示を出した。その様子に頷くと小西は正面の船窓の外へ視線を移した。…この世界を世界を救う為に戦闘に介入する選択をした、我々の選択に間違いがない事をどうか、神様。見守っていてください。そう祈っていると、虚空の一点がピカリと光った。それは、陸地を偵察していた小型偵察機「こくちょう」であった。だんだんその姿が大きくなっていったかと思うと、本艦の右舷を通り過ぎ、本艦の後方を大きく旋回して本艦の左舷に近づいた。そして、収容クレーンによって「こくちょう」はおよそ1日ぶりに母艦に帰還した。
「『こくちょう』、収容しました!左舷格納庫閉鎖確認!」
阿部からその報告を聞き、小西は桐原に視線を飛ばし、指示をする。
「桐原、メインエンジン及び補助エンジン接続、点火!『宇宙駆逐艦しまなみ』発進!」
「『しまなみ』発進!」
そう桐原が復唱するとエンジンノズルから火が吹き出す。
「進路051!第三戦速!」
「ヨーソロー!進路051!第三戦速!」
小西の指示を桐原が再び復唱し、艦を操る。
艦は水を切り裂いて進んだ。これから待ち受ける運命を知る事なく。
広大な部屋の奥にある玉座にある王冠を深々と被った大男は深く腰掛けていた。不気味な色に髪を染めたその男は脚を組みながら酒の入ったワイングラスをゆっくりと回していた。グラスが回転するごとに中の酒が揺れ、酒がワイングラスの壁面にあたることで不気味な波を生み出す。目の前にはやや低めのテーブルが置かれており、テーブルの上には地図が置かれていた。男は地図を見て何やら気に障ることがあったのか、大きく舌打ちをしてそのテーブルを蹴り飛ばした。テーブルは蹴られた場所で真っ二つになり、遥か彼方の方まで飛んでいった。その様子に満足したのか、大男はフン、と荒い鼻息をつき再び玉座に腰掛けて窓の外を見た。窓の外には何も見えない闇が広がっていたがその様子がむしろその大男の気を落ち着かせた。大男は闇を睨め付けたままゆっくりと酒を飲み込む。酒自体の味は悪くなかったが、彼に酔いが回ってくることはなくそのことが彼に再び怒りを与えた。そんな時遥か彼方の扉からノックの音が聞こえる。大男は
「誰か」
と問うた。すると扉の向こうから
「帝国宰相兼帝国軍事参謀、ティルールにございます」
とはっきりとした声が聞こえた。その言葉に大男は嘆息しつつ
「入れ」
と言った。入室を許可すると扉のほうを睨め付けた。睨まれた男…ティルールは特段動じる様子はなく、大男の前で跪くと告げた。
「例の侵攻計画ですが…未だ抵抗はあるものの計画通りに進んでおり概ね順調です。」
「当然だ。吾輩の立てた計画に遅れなどない。」
「はい。閣下の立案された計画は誠に合理的で誠に芸術的であります。しかし…。」
「しかし、なんだ。貴様、吾輩の計画に異議があるのではなろうな。」
大男は語気を強めながらいう。その事に男は嘆息しつつ
「閣下。何も異議があるとは某まだ一言も言っておりませぬ。某が申し上げたいのはある不確定要素の存在です。」
「不確定要素、だと?」
大男に明らか怪訝そうな表情が浮かび上がる。
「あの劣等星国家のどこに不確定要素があるというのだ。貴様、さては虚言で吾輩を誑かそうとしているのではあるまいな。」
「滅相もございません。某が申し上げたい不確定要素は、ある一隻の駆逐艦の事でございます。」
「何、奴らも遂に駆逐艦を手に入れたのか?ふん、やりよるではないか。まぁ、使い物にならない砲門をいくら積んだところで意味がないが。」
「その駆逐艦に実は、我が軍の駆逐艦が一隻、沈められたのでございます。」
その言葉に大男は眉を潜ませ不機嫌な声で言った。
「何故あの劣等星国家の奴らに我が精強なる駆逐艦が沈められねばならんのだ。」
大男は不機嫌であるととともに不思議だった。
「いや、有り得ん。奴らの文明レベルで我が軍の駆逐艦が沈むなど。」
1人でそう呟いている大男にティルールは報告を続ける。
「沈められた駆逐艦は、沈められる直前、『Japan Cosmo Self-Defense Force』という所所属の艦から転進命令を受けていたようで…。もしかの国家所属であればこのような真似はする筈がございません。…おそらく」
「第三勢力、と言うことか?」
大男の声は最早苛立ちをも含んでいた。
「おっしゃる通りでございます。おそらく、かの国に手を貸したか、それとも日和見に徹するのか…。いずれにせよ我々の前に立ちはだかるのなら容赦はできませぬな。」
その言葉に大男は大きく頷き
「ティルール、わかっているようで、何よりだ。吾輩は彼の国を完全なる形で奪取することを望んでいる。…頼むぞ、ティルール」
と言った。その言葉にティルールはさらに頭を深く下げ、こう言った。
「承知いたしました、我らがシュターリン閣下。」
第三章 邂逅
私は、王宮内の一室である人と机を挟んで2人で頭を抱えていた。その人物とは、グスタフ上級大将。私からの命令をもとに防衛軍の指揮を執る、防衛軍のトップである。
「…南半球方面の防衛線はほぼ破られた、という事ね?」
「…はい、その通りです。敵まだ上陸こそしてきませんが、南半球のほとんどの場所では組織的な反攻どころか、攻撃をすることすら難しくなっています。」
その報告を改めて聞いて、私は小さくそう、と呟いて地図に目線を落とした。我々の星の首都が位置するのは北半球だが、南半球とは地続きになっており、もし揚陸されれば陸上と空から攻撃が加えられ、今はかろうじて防衛に成功している首都やその他の都市もいつか陥落するだろう…しかし敵に対して有効打がない現状では、南半球がやられていくのをただただ指を咥えて見ている他なかった。
「しかし、某は甚だ不思議でなりませぬ。」
そう、グスタフが言った。何の脈絡もなく不思議だと言われたので、私は何のことかわからず、
「何が不思議なのかしら?」
と問うた。すると、
「あれほどの圧倒的な武力を持っていながら、まだどこにも揚陸してこない点です。南半球も組織的な反攻はできなくなっているのですから、揚陸してきてもいいはずですし、我々の首都やその他都市につきましても、強襲揚陸でもされればそれこそ我々はなす術なく降伏する他ないでしょう…なのにそれを一向にやってこないのが不思議だと申し上げたのです…。」
とグスタフは言った。確かにそうだ。私たちの星なんて強襲揚陸されれば一撃でやられてしまうのに、ちまちまとご丁寧に1日一回、悪魔による攻撃があるだけでそれ以外は何もしてこない。何か裏があるのだろうか…と思いつつ、
「まぁそんな事を考えていても仕方がないわ。とりあえず今後の防衛計画を練りましょう。」
とグスタフに提案した。グスタフもそれに同意し、地図や残存する防衛砲台の場所を考えながら今後どのように防衛していくかを話し合いを始めた。
そんな、時だった。
突如、「ボォォォォォォ」という、腹の底へ響き渡るようなとてつもなく低い音が聞こえた。私はびっくりして立ち上がり、
「一体何事なの!?」
アリアはそう叫ぶ。グスタフは、私の前に立ち塞がると、
「陛下!窓の外からお離れください!危険です!」
そう言い、私を庇いながら部屋の奥へと移動した。しばらくして、ノックもせずモンナグが入ってきた。
「陛下!」
「モンナグ。いったい何があったというの?」
モンナグを見た瞬間、私は早口で状況説明を求めた。モンナグは荒れた息を整えようともせず、こう言った。
「か、海上から、未知の物体が接近してきています!今までの奴とは明らかに形が違います!」
その話を聞いて私は新たな外敵が加わったのか、そう思い
「迎撃は!」
そう言ったが、それをグスタフが制止する。
「おい、モンナグ近衛連隊長。ソイツに攻撃の意思は見受けられるのかね。」
とグスタフがモンナグに訊ねた。どうやらここまで何も無いことに違和感を持ったようである。モンナグは少し考えた後、私の個人的な見解になりますが、と前置きを置いて
「私はあの物体が攻撃の意図を持っているように思えないのです。…形状から奴等と同じく空を飛べるようですが、そのようなそぶりは見せず、繰り返しライトを一定のパターンで点滅させているのですから。」
と返した。それを聞いて私はどういう状況なのかわからなくなってふらふらと地べたに座り込んだ。
「陛下!」
「陛下!お気を確かに!」
とグスタフとモンナグがふらふらと座り込んだ私にしっかりするように言う。しばらく呆然としていた私だが、やがて少しずつ冷静さを取り戻し、グスタフとモンナグに言った。
「ソイツを見に行くことは可能なの?」
それを聞いた二人はギョッとしたような顔をして静止しようとしてきたが言葉を続ける。
「私がここで何も知らないのに決断できるわけがないでしょう…?別に海岸線で、とはいってないわ。安全なところからで構わない、ソイツを一目見ることはできないの?」
それを聞いて二人は確かに、と顔を合わせて、二人で少し小声で相談してからモンナグが口を開いた。
「王宮の東物見塔からは見えるかもしれません。…それでもよろしいなら。」
そう言ったので
「ええ、構わないわ。」
と返事をして、その「来訪者」を見に行くことに決めた。
塔の上に着くと、モンナグから頭を出しすぎないように、と言われながらそれを観察した。斜めの角度であったが、それが完全に今までの奴らとは違うと一目で判断できた。さらに言うならば、来訪者と王宮の距離がこの程度であれば、もう既に王宮に砲撃が飛んできてもおかしくなかった。にも関わらずまだ何も攻撃を加えてこないのは何か意図があるのか…そう考えていると、階下から勢いよく足音が聞こえ、一人の兵士が荒い息を整えようともせず、言った。
「で、伝令!謎の物体から、使者が!使者が参られました!」
「何ですって!?」
私は驚きの声を隠せなかった。攻撃の意図がない事だけでも驚きなのに、使者を寄越してくるとは…。一体何が狙いなのだろうか。
「女王陛下、いかが致しましょうか…。」
伝令兵が恐る恐る言う。それに対して、グスタフは私に
「某は使者を受け入れるべきと考えます。…今ここで拒否して敵が増えるのも面倒ですし、何よりも相手方の目的が知りたい…。ですから、陛下、使者を迎えるご用意を。」
と耳打ちした。その内容が聞こえていたのか、モンナグがそうだと言わんばかりに頷く。その様子を見て私も使者を受け入れることに決めた。
「グスタフ上級大将、モンナグ近衛連隊長、使者を応接間に通して頂戴。ただ、あくまでも非公式の会見ということにして、臣民の誰にも気づかれないようにして。」
そう言うと二人は礼をして駆け出していった。私は再びその巨大な物体を見ながら
「アイツは本当に何なんなのよ…」
と呟き、塔を降りた。
私は、応接間の椅子にできるだけ深く腰掛けた。周りには完全武装の近衛魔導兵と近衛槍兵、そして近衛剣兵が応接間のテーブルを囲んでいた。私の左横にはグスタフ上級大将が、右横にはモンナグ近衛連隊長が腕を組みながら目を瞑って考え事をしていた。しばらく待っていると、コンコン、とノックの音が響き渡り、
「使者の方2名をお連れしました。」
とドアの外から声がした。グスタフとモンナグにそれぞれ目を向けると、それぞれ真剣な眼差しで頷いた。それを見た後私は
「入って頂戴。」
と言った。冷や汗が頬を伝って私の手に落ちた。手は小刻みに震え、唇が思うように動かない。だが、こんなことで怖気付いていたら女王は務まらない。そう思い、拳を強く握って使者を迎えた兵士が扉を開けるのを待った。
やがてドアの外で身体検査が終わったのか、兵士に挟まれて二人の男が入ってきた。
「若い…」
私はそう呟いた。私と同年代だろうか。男たちの服には青や黒の模様が不規則に描かれていて、肩の上には黒と金色の模様が輝いていた。私たちは二人の男を舐め回すように眺めた後言った。
「座って。」
それを聞いて二人の男は自分たちの額の左側に手を当て、腕を下ろした後、失礼します。と言って席に着いた。ピリッとした空気が室内を支配する。誰も言葉を発さず、ただ私の吐息だけが大きく聞こえた。そんな静寂を破るようにして、私は恐る恐る口を開いた。
「私は…アリア・ファリア。この星の女王よ。早速だけど、あなた達は誰かしら…?」
そう聞くと、私から見て左側の男が言った。
「私は『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長、小西慶太二等宙佐です。私の隣にいるのが石原数人一等宙尉。」
そう紹介されると、石原という男が深々と礼をした。小西、と名乗った男は続ける。
「我々はもともと、こことは別の場所で演習を行なっていました。しかし事故によってこの場所に飛ばされてしまったのです。」
そこまで言うと、彼はふぅ、深呼吸をして、質問をしてきた。
「1つ…お尋ねします。ここは、どこですか?」
その質問に対し、私は
「ここは『ディ・イエデ連合王国』よ。」
と言った。それを聞くと2人は顔をあわせ、
「我々はそのような国は存じ上げません。この国は本当に地球に存在する国なのですか?」
と言ってきた。…地球。その名前を聞いて私は驚いた。いや、私だけではない。おそらくグスタフもモンナグも驚愕したであろう。なにせ我々は地球という存在を認知しているのである。その昔、先々代の王がこの星を統一する為に勇者召喚の儀式を行い、「地球」と言う星から1人の青年を召喚した。その青年は勇者召喚に際して通常では考えられないほど強力な能力を持ち、時の王が星を統一する手助けをしたのだそうだ。そして、統一後、その王が青年に何を望むかと問うたところ、その青年は「二度と僕のような異世界に召喚される人を出さないでほしい」と言い、彼の手によって勇者召喚の魔法陣は解体されたという。そしてそれ以来我が国では勇者召喚の儀式は廃止され、地球との関係は何も無くなったはずであった。しかし、今こうして私の前にいる人間は「地球にある国か。」と聞いてきた。つまり、この2人は地球人…。しかし私は勇者召喚の儀式など執り行った記憶はない。どういうことなのだ…と思い、何も言えないでいると、グスタフが私の肩にそっと手を置いて、耳打ちしてきた。
「とりあえず、事実を言う他ないでしょう。先々代の話も含めて、何もかも。」
そう助言され、私はそのようにすることに決めた。
「…地球、ですか。なるほど。私共は『地球』という名を知っています。」
そう言った途端、2人の表情に驚きの色が現れた。私は構わず続ける。
「その昔、百数余年前、時の王はこの星を統一するために勇者召喚の儀式を執り行いました。その際召喚された青年が『地球人』だったのです。…つまり、地球から見て、ここ、ディ・イエデは異世界にある星、ということになります。そして、勇者召喚の魔法陣を反転させることにより、当時はこの世界に召喚された人間を送り返すことができましたが、その地球人の勇者が、二度と召喚の儀式は行わないでほしい、と言い、自身が帰るのを諦める代わりに魔法陣を破壊したので、今、我々はあなた方を地球へ送り返す術はありません。」
そこまで言って2人を見ると全てを理解したような顔をしていた。しかし絶望に満ちた顔、というよりかは何か、すべきことを理解したような顔であった。
今、目の前の女性…アリア女王と言ったか…は、地球から見てこの世界が異世界にあたる、と言った。なるほど、それなら恒星観測システムがアンノウンを示したのも理解できる。小西は、当初の予定通りの事を伝える事にした。
「実は、我々は我々が持つシステムにより、ここが地球とは別の空間であることは認識していました。…まさか、異世界だとは思いもよりませんでしたが。ですので、もとより地球へ帰ることは予定しておりませんでした。我々があなた方と接触した理由…それは、あなた方の世界を救う為です。」
そこまで言うと、女性の両横にいた男性が身を乗り出して、捲し立てた。
「この世界を救う、だと?今この世界がどうなっているのか貴様らは理解しているのか!」
「あのような強大な敵に対して対抗できる手段があるとでも言うのか!」
急に激昂した2人の男に女王は、
「あなた達、落ち着きなさい。…それでそこの。救うとはどういうことなの?」
と言ってきた。
「はい…ですがどういうことかを説明する前にお二方の質問にお答えしましょう。まず、この世界がどうなっているのか分かっているのか、についてですが、我々は先日偵察機を飛ばし、未知の艦艇や戦闘機があなた方の国の国民に攻撃を加えているところを目撃しました。そして、あなた方の防衛兵器が艦艇や戦闘機に対して有効打とならないことも。そして、強大な敵に対抗できる手段についてですが…あります。」
そこまで言うと、その2人は眉間に皺を寄せ、腕組みをして小西たち使者の話を聞き始めた。ここが正念場だ、そう思いつつ言葉を続ける。
「我々の艦『宇宙駆逐艦しまなみ』は先日、本艦に向かってきた艦艇を一隻、撃沈しました。その艦艇はあなた方に攻撃を加えていた艦と同じ種類でした。」
そこまで言うと、3人とも驚いた顔をして小西たちの方を見つめていた。さぁ、どうなる…そう思っていたところ、応接間の扉が勢いよく開いて、こう言った。
「報告!敵の接近を確認しました!」
そう兵士が言ったのを確認して、小西は3人に提案した。
「…どうでしょう…奴らの始末を我々に任せてもらえないでしょうか。」
そういうと、我々から見て右側の男が
「よかろう。君たちの実力を見せてみたまえ。よろしいですか、陛下。」
と言い、女性も
「ええ、構わないわ。私も、貴方達の実力を把握しておきたいし。」
と言い、了承が降りたので、小西は勢いよく椅子から立ち上がり、石原に
「手筈通りだ。俺は今から母艦に戻って指揮を執る。お前は女王陛下に付き従い、戦闘を観察できる場所で戦況の解説をして差し上げろ。」
と命じた。石原は敬礼して
「承知いたしました。ご武運を。」
と言ってきたので、
「応!任せろ!」
と言って部屋を飛び出した。小西は兵士に連れられて歩いた記憶を頼りに廊下を疾走し、エンジンを吹かした状態で待機していた内火艇に飛び乗った。そして勢いよく内火艇のレバーを押し倒しすと、内火艇は慣性で艦首がやや上を向きながら発進した。内火艇は波を切り裂いて猛進し、「しまなみ』の内火艇格納庫に滑り込んだ。そして、CICに駆け込むやいなや
「機関最大出力!敵艦隊迎撃に移る!砲雷撃戦用意!」
と指示を飛ばした。すると、いつでも準備できてましたと言わんばかりに、
「機関出力最大を確認!『しまなみ』発進!」
「主砲、VLS及び魚雷発射管全て準備完了!いつでもどうぞ!」
と桐原と杉内が返事した。用意周到だ。さすがだな。そう思いつつ、指示を続ける。
「上昇角34°、敵艦隊へ進路を取れ!第一戦速!」
「ヨーソロー!上昇角34°、第一戦速!敵艦隊へ進路を取ります!」
艦がかなりの急角度で黒く重苦しい曇空に向けて上昇を始める。小西はそれに耐えながら、電探士に詳細を尋ねる。
「電探士!敵艦隊艦種識別!」
「駆逐艦7、巡洋艦1!」
「敵艦隊との位置は?」
「本艦正面47000!本艦主砲の有効射程圏内です!」
それを聞いた瞬間、雲を切り裂いて進んでくる敵艦隊が見えた。それを見て小西は攻撃準備に移ることを決めた。
「よし、桐原!取舵15°!杉内!主砲全砲門敵艦隊へ指向!撃ち方用意!」
「ヨーソロー、取舵15°!」
「了!主砲1番、2番、3番、それぞれターゲット01、02、03、04へ照準合わせ!」
そうして、艦が少し曲がり、全ての砲門が敵艦をそれぞれ照準に収めた。
「全砲塔、測距照準よろし!」
そう杉内から報告が上がると、小西は人殺しになる覚悟を決めて、言った。
「主砲全砲門開け!撃て!」
そう言うと杉内が射撃管制のトリガーを引いた。刹那、艦に装備された4門の砲身から眩い螺旋状の束が敵艦に向けて猛進していった。そして、それらは敵艦の艦首を抉り、それぞれ4隻が爆沈した。
「敵艦4隻、撃沈を確認!」
そう電探士が言った。敵艦隊は急な攻撃に対処できなかったのか、敵艦隊の隊列が乱れた。その瞬間を小西は見逃さなかった。
「各砲塔、続いて05、06、07、08へ照準合わせ!照準合い、次第各砲塔順次射撃!撃ち方始め!」
と言った。すぐにコンマ数秒ほど間隔をつけてそれぞれの砲身から再びビームが飛び出し、敵艦を貫通し、撃沈した。
「敵艦4隻、全て撃沈。周囲に艦影認められず。」
再び電探士が着弾報告をする。そして、周囲にもう艦艇がいない事を告げた。それを聞いて
「敵艦隊、撃滅完了。対艦戦闘用具納め。」
と言い、小西は腕を組んで目を閉じた。…俺の指示で再びどれだけの人間が死んだのだろうか…そう思いながら。
再び東物見塔に行き、戦闘の様子を見ていたアリア達は驚愕していた。「しまなみ」とやらが水面から離れて、敵を全て破壊するまでの戦闘時間は僅か3分も満たなかった。恐ろしい程に強大な武力を持った「しまなみ」。…コイツさえあれば、私たちはこの戦いに勝利できるかもしれない…その思いでアリアの心は奮い立った。
「グスタフ、モンナグ。これは…」
そう言いながら2人を見ると、2人とも驚いて口をあんぐりと開けていた。
「こ…こんな事が…」
しばらくしてそう口を開いたのはグスタフであった。長らく戦場に立ってきたからこそ、これほど早く決着がついている事に驚いているのだ。そうこうして私たちが呆然としていると、「しまなみ」が再び着水し、内火艇が再び向かってくるのが見えた。それに気づいたもう1人の男…石原と言ったか、が
「艦長がお帰りになられるようです。一度応接間に戻られたらいかがでしょうか。」
と提案してきたので、それにアリアたちは無言で頷いて応接間へ歩を進めた。…あれほどのことが…そう驚きながら。
応接間に戻ると、まだ小西とやらはまだついていなかった。私は石原を先に座らせ、モンナグと共に小西を探しに行く事にした。王宮内をうろつきながら小西を探していると、中庭の噴水の前で屈み込んでいる小西を見つけた。何をしているのだろう。そう思いながら近づいていくと、彼は噴水に屈み込んでいた。それを見たモンナグが
「おい、貴様。女王陛下を待たせて何をしている。」
と問い詰める。すると彼は
「す、すいません。今すぐに行きます…」
と言い、よろめきながら立ち上がった。彼の表情は先ほどとは考えられないほど酷い顔をしていた。
「ちょ、ちょっと貴方!一体どうしたと言うの…?」
と心配して声をかけると、彼は
「いえ…本当に大丈夫ですから…」
と言い、私達と一緒に応接間へ向かった。応接間に戻り、彼が席につくと彼はその酷い顔をできるだけ私達に見せつけないようにしながら、再び提案をしてきた。
「…見て頂いた通り、本艦の武力があればこの土地を防衛する手助けになるでしょう。どうでしょう、我々にもこの国の防衛を手助けさせてもらえないでしょうか。」
それを聞いてグスタフは
「貴方がたの持つ能力は素晴らしい…某としては是非ともお願いしたいところではありますが、一つ、聞きたいことがあります。よろしいですかな?」
と目の前の2人に投げかけた。小西は
「ええ、構いません。どうされましたか。」
と返した。それを確認して、グスタフは
「なぜ、そこまでして我々に救いの手を差し伸べてくださるのですか?普通なら誰もそのようなことはしません。それは誰しも自分の命が惜しいからです。なぜ貴方がたは貴方がた自身の命を危険に晒して我々を助けようとしてくれるのですか?」
と質問した。それを聞いた小西は一呼吸おいて、答えた。
「それは我々が『人間としての至上命題』を大事にするからです。人の命が残虐な方法で消えていっている現状、我々はそのような事をさせない為に立ち上がる必要があると、考えました…。ですから、こうしてこの国を防衛する一翼を担わせてほしい…ということなんです。」
それを聞いたグスタフはさらに質問を続けた。
「しかし、防衛することでも敵方の命を奪っている事になりますが。」
自分でも整理がついていないところを突かれたであろう小西は
「それは…」
と言って黙ってしまった。それを見かねた私は
「グスタフ!そこまで問い詰める事はないでしょう…?」
と一旦この場を収めようとした。それを察したのか、
「これは女王陛下、失礼を致しました。」
と言い、口を閉じた。しばらく応接間に静寂な気まずい空気が流れた。やがて、私はその静寂を打ち破るように言った。
「兎にも角にも、貴方がたが私たちの味方をしてくれると言ってくれて本当に助かったわ。どうかしら、来週あたりに正式に私たちと防衛同盟を結んでくれないかしら。」
というと、小西は
「わかりました。」
と返した。
「それでは同盟の締結は…」
と確認してくる。それに対して少し考えた後
「そうね、明日の昼13時でどうかしら。」
と提案する。すると、小西は
「明日時刻1300、了解しました。参加者は我々2人とあとどのくらいの人を予定しておられますか?」
と訊ねる。それに
「そうね、貴方がたは何人くらいの人がいるの?」
と質問で返した。すると
「それについては船務長である私が。『しまなみ』乗組員はここにいる2人を含めて乗員合計270名です。」
と石原が返した。それに私たちは驚きを隠せなかった。
「270人…流石にその人数は謁見の間には入りきらないわね…」
そう言い、少し考えて言った。
「3分の1である90人で…どうかしら。90人なら謁見の間に入ると思うし、弱腰になっている大臣達に良いインパクトになると思うわ。グスタフ、モンナグ、これでどうかしら。」
と両名に確認を求める。
「そうですね…某は賛成でございます。」
とグスタフ。モンナグもそれに頷きながら
「私も賛成です。」
と言った。それを確認すると
「では決まりね。明日の午後13時、よろしく頼むわよ。」
と言った。それに対して小西は姿勢を正し、
「承知致しました。」
と返してきた。…私たちに強力な仲間が増えた…そう思い私は少し安堵の気持ちがあった。
第四章 共同戦線
この国の王女と会談した翌日、小西たちは今謁見の間の前の扉にいた。艦橋乗組員とその他合わせて90名。それが3列にズラッと並び全員が正装で待機していた。やがて目の前の大きな扉が開くと、目の前に長い部屋が見えた。両脇に人がズラリと並び、通路のようになっている。その先には昨日の質素な服装とは打って変わって豪華そうなドレスを着て、大きな王冠を被って玉座に腰掛けていた。小西は緊張した顔で一歩一歩、歩を進め、そして玉座がある階段の手前で止まり、膝をついて頭を下げ、言った。
「『宇宙駆逐艦しまなみ』乗組員総勢270名の代表90名、只今参りました。」
そう言うとアリア女王陛下は
「面を上げよ。」
と威厳ある声で言った。それを聞いて乗組員たちはゆっくりと顔をあげる。アリアは真紅のドレスに身を包み、綺麗な茶色の長い髪が肩のあたりまで伸ばし、黄金のステッキを手に携えていた。…絵に描いたような美女だな、と小西は内心そう思っていると儀式が始まった。アリアがゆっくりと口を開く。
「本日より、この者らが我々の聖なる国土を守る為の仲間となってくれた。彼らは我々では到底歯が立たなかった奴らに対し、十分すぎる攻撃力を有している。彼らは間違いなく我々の守護神となり、この国に尽くしてくれるであろう!」
そうアリアが演説すると、左右の群衆から歓声と共に激しい拍手が沸き起こった。もう、この国は安泰だ、とそう言う者もいた。…駆逐艦1隻に背負わせることじゃないだろ…そう思っていると、アリアが
「これより調印の儀式を執り行う!『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長、小西慶太二等宙佐、私の前に来なさい。」
そう言った。…おかしいな、そんなこと聞かされてなかったんだけどな。小西はそう思いながら玉座の前まで行き、再び膝をついた。するとアリアは
「立ちなさい。」
と威厳のある声で言った。小西は少し戸惑いつつもビシッと立って敬礼をした。アリアはそれに頷くと、小西の左手を手に取り、小西にニコリと笑いかけて、呪文を唱え始めた。小西たちにはよくわからない言葉をアリアが発し始め、小西は戸惑の表情を隠せなかった。だが、驚くにはまだ早かった。呪文が進んでいくにつれ、小西の周りで真紅の魔法陣が回り始めた。そしてそれらが高速で回転したかと思うと、いきなり小西の中に入ってきた。
「うぉ!」
びっくりして変な声が出てしまったが、不思議と違和感はなかった。小西は私に向かってにっこりと微笑みながら、手にしていた小西の左手を天に掲げて、告げた。
「今、この瞬間、この者らは神から幸福を授かった!彼らの力と神からの加護でこの者たちは更なる進化を遂げるであろう!」
そう言うとさらに場内からの拍手が強くなった。…俺はこの人たちを護るんだ。命ある限り。そう小西は思い、決意新たに目の前の虚空を睨め付けた。
そして、同盟締結が終わり再び小西と石原は応接間に通された。前回とは違い、護衛の数が半分以下に減っている。それだけ俺たちが信用されたのだな、と小西が思っているとガチャリと扉が開き、まだ真紅のドレスに身を包んだアリアと、そして前回と同じ初老の男性が入ってきた。小西たちはそれに気づくと立ち上がり敬礼する。アリアも、見様見真似で敬礼を返してきた。そしてアリアら3名が席に着くとアリアが話し始めた。
「さて…。急だったけれど、何はともあれお疲れ様ね。」
そう言われたので
「いえ、滅相もございません。こちらこそ陛下の重要なお時間を頂き…」
と言いかけたが、アリアが手を前に出して小西の言葉を遮る。
「やめやめ、こんなやっても意味のないことを話してた方が時間の無駄よ。それよりも早く本題に移りましょう。…改めて自己紹介といきましょうか。私はこの国の女王、アリア・ファリアよ。そして私の左隣にいるのがグスタフ・オットー防衛軍上級大将。まぁ一応貴方たちの直接の上司になるわね。」
そういうとグスタフという男はペコリと一礼した。それに対して小西たちは起立して敬礼で返す。そして小西たちが再び座るとアリアが言葉を続けた。
「そして私の右隣にいるのがモンナグ・シュバッフェ近衛連隊長よ。」
そう紹介があった男もまた頭を下げられたので、小西たちもまた立ち上がって敬礼をする。そして座り直し、口を開いた。
「では、改めて我々も紹介をさせていただきます。私が『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長小西慶太。そして私の横にいるのが船務長の石原数人です。この度は我々との同盟関係の締結、誠に感謝申し上げます。」
そう言うと、アリアは大きく頷いて
「ええ、こちらこそ感謝するわ。本当にありがとう。この同盟は私たちにとってもとても有益なものになるでしょう…。さて、貴方たちが私たちに防衛力を提供してもらう以上私たちもそれ相応のものを提供しなければいけないと思うのだけど…何か要望とかはあるかしら。」
と言った。それを聞いて小西は少し考えつつ、前々から考えていたことを述べた。
「そうですね…まず我々が望むのは、全乗組員の上陸の許可。それと『しまなみ』停泊の許可。これらは絶対に必要です。」
と答えた。アリアはそれを聞いて頷きながら
「そうね、それは重要だし、こちらとしても許可の準備はできているわよ。」
と言った。それを聞いて安心しつつ
「ありがとうございます。それでここからはこちらからもお願いになるのですが…」
そう言って一度息を吸い込んで言った。
「先程陛下は我々にとてつもない期待を寄せて頂きましたが、正直駆逐艦一隻では防衛はかなり限定的になります。そこで、どうでしょう。我々の技術を供与しつつこの世界でも宇宙戦闘艦を建造してみてはいかがでしょうか。」
言い終わって小西がアリアを見ると、目を丸くして驚かれ、こう訊ねた。
「それは、貴方たちの極秘情報ではないのかしら。」
それに対して表情を変えることなく、こう返した。
「確かに我々が持つ技術…『クォーク機関技術』は地球でも最先端の技術であり、技術供与は認められていません。ですが、」
とそこで一拍おいて続ける。
「ですが、技術を非公開にしてここの防衛に失敗するよりも技術を公開して防衛に成功した方が良いと考えました。」
それを聞いてアリアはまだ信じられない、といったような声を出しながら
「本当…?それはとても嬉しい話なのだけど…。正直まだ…。ごめんなさい、実感が湧かないわ…。」
そう言って頭を抱えた。しばらくして、状況の整理がついたアリアはこう口を開いた。
「それで、技術供与をしてもらったとして…。私たちはいつまでに何をすればいいのかしら。」
そう言われ、小西は
「陛下には今二つの選択肢がございます。本艦のコピー艦を大量に生産する方法、そしてもう一つがコピー艦を量産するよりは数は少なくなるかもしれませんが、しっかりとした艦隊を作ることです。」
と言った。それを聞くと両隣の2人と相談しつつこう聞いてきた。
「貴方的にはどちらがいいとかは、あるの?」
そう訊ねられ、暫く考えた後言った。
「コピー艦を量産する方法は数は揃いますし、今回に限れば防衛に成功するかもしれませんが、正直長期的な防衛戦略とは言えません。逆に艦隊を作る方針では、艦隊戦力が揃うまでそれ相応の時間がかかると思いますが、艦隊が揃えば今回の敵は跳ね返せる可能性がだいぶ高くなりますし、その後も艦隊戦力を維持すれば今後似たような局面に遭遇しても防衛できる可能性があります。しかし、数が揃う前に逆に蹂躙される可能性も捨てきれません。」
と、率直な感想を伝えると意外とすぐに返答が返ってきた。
「艦隊を作りましょう。」
その返答の早さに驚きつつこう訊ねた。
「本当によろしいのですか?先ほども申し上げた通り数が揃う前にやられてしまう可能性も…。」
そう言うと、
「大丈夫よ。数が揃うまでは貴方たちが防衛してくれるのでしょう?あの戦いぶりを見たら大丈夫よ。きっと。」
と返され、少し面食らったが、こりゃ大変に信頼されてるな、と思いながら
「…わかりました、艦隊が揃うまで我々が全力で防衛いたしましょう。」
と言った。それを聞いて安心したのか、
「それが聞けて良かったわ。それで必要な数は?」
と、問うてきてた。それを聞いて考えつつ、言った。
「今私の中にある艦隊戦術は大型艦艇で敵の狙いを引きつけつつ、小型艦隊の機動戦で敵艦隊を撃滅する戦術です。この場合ですと最低でも…。狙いを引きつける役として超弩級宇宙戦艦1隻と巡洋艦4隻、そして機動戦等を担う駆逐艦が10隻…それにしまなみを足し合わせた合計16隻は必要かと。」
と言った。それを聞いたアリアは
「最低で16隻…とんでもない艦隊計画ね…ちなみにそれぞれ艦艇を建造するにはどれくらいの期間が必要なのかしら。」
と聞いてきた。それに対して
「そうですね…基本的にはどの艦も基本は5年以上はかかると思います…。戦艦の場合は特に…。ですが、それよりも重要なのが、建造した艦を操れる人間です。砲雷科、航海科、機関科、技術科、船務科は必ず必要になりますが、今の所十分な技量があるのは砲台に勤められていた方が砲雷科に入った場合のみ…残りは全くの未経験ですので、そこの教育も必要になってくるかと思います…」
と返すと
「そう…そうね、兵の再教育の必要もあるの…。」
と言って絶望していた。
「ですがコピー艦を建造したにせよこの行程は逃れられないものでありますので…。もちろん我々も最大限のサポートを致します。ですが、それでもおそらく兵の数が足りません。ですから、全土にさらなる徴兵令を敷いてさらに兵を集めてもらうしか…。」
と言った。それを聞いてアリアは
「ちなみに何名ほど人を集めればいいのかしら。」
と聞いてきたので、
「そうですね…それぞれ戦艦一隻に少なくとも900名、巡洋艦一隻に700名、駆逐艦一隻に200名…と言ったところでしょうか」
と答えると、
「ということは…戦艦1隻と巡洋艦4隻、駆逐艦が10隻だから…5700名…。グスタフ。今動員可能な兵士は何名いるの?」
と必要な人数を算出して現状をグスタフに訊ねる。聞かれたグスタフは暫し指折り数えながら考え、やがてこう言った。
「現在は…把握している戦闘可能な人員は…1500名程度と思われます…。」
1500名。人数があと4200名以上足りない。それを聞いたアリアは
「…それを補うためには徴兵年齢を後どのくらい下げればいいの…?」
とため息混じりに言った。そんな時、小西のインカムにザッという雑音と共に連絡が入った。
「艦長!敵艦隊の接近を確認しました!至急お戻りください!」
それを聞いて小西は素早く立ち上がると
「申し訳ありません、陛下。敵艦隊の襲来です。この話は一旦ここまでで、また明日会議致しましょう。」
と言い、アリア頷いたのを確認すると
「石原!行くぞ!」
と言い、勢いよく扉を開けると昨日のように廊下を疾駆し、内火艇に飛び乗った。そしてCICに駆け込み
「エンジン点火!『しまなみ』発進!」
と言った。すぐに桐原が
「ヨーソローエンジン点火!発進!」
と復唱し勢いよく艦が進み始めたかと思うと急角度で上昇し始めた。
「電探士!敵艦隊艦種識別!」
「敵巡洋艦7、駆逐艦15!かなりの数です!」
多いな、そう思いながら
「杉内!戦闘配備はできているな!?」
と確認する。
「はい、総員第一種戦闘配備で待機済みでしたので全砲門、全魚雷発射管、全ミサイル発射管いつでも撃てます!」
それに頷き、再び情報を精査する。
「電探士!敵艦隊との距離は!」
「敵艦隊との距離およそ148000!本艦主砲射程まで後68000!敵艦隊との相対速度およそ18000!」
その情報に頷くと素早く作戦を立て、それに基づいて指示を飛ばす。
「桐原!面舵8°!第二戦速!敵艦隊の左側を通るような航路を取れ!」
「ヨーソロー、面舵8°!第二戦速!」
「杉内!主砲全砲門撃ち方用意!」
「全砲門撃ち方用意!目標、先行する敵駆逐艦!各砲門照準合わせ!」
「電探士!敵艦隊との距離を再び知らせ!」
「はっ!敵艦隊との距離107000!主砲射程まで後27000!相対速度変わらず!」
それを聞いてそろそろだな、と思うと
「杉内!主砲全砲門最終確認!」
「全砲門異常なし!いつでもどうぞ!」
「よし…電探士!」
「距離80000!敵艦隊本艦射程内!」
「杉内!」
「了!主砲全砲門開け!撃て!」
この号令で再び砲身から眩く光る白い束が敵艦に吸い込まれていく。
「敵駆逐艦3隻撃沈!」
「クソ、一発外したか!」
「杉内!落ち着け!まだ距離はある!」
そう杉内を落ち着かせていると
「敵艦隊、発砲!」
と電探士から報告があった。
「⁉︎桐原!回避行動!」
「ヨーソロー!回避行動!取舵40!右舷スラスター最大出力!機関、最大戦速!」
そう言うが早いか艦が左へ回頭を始める。本艦左舷を敵のビーム砲が掠めるとすかさず杉内が
「主砲2番、3番敵艦を再照準!1番、撃ち方始め!」
指示を飛ばす。少しして2番と3番の砲塔旋回と再照準が終わると
「続いて2番、3番、撃ち方始め!」
と言い、再び閃光が眩いた。
「敵駆逐艦4隻撃沈!」
再び電探士が報告する。すると再び敵艦隊から砲火が飛んできた。
「面舵3°!左舷スラスター最大出力!」
そう言いながら回避行動をする。やがて、敵艦がついに我々の宇宙魚雷の射程内に入った。
「右魚雷発射管開け!一斉撃ち方!」
そう言うと右舷の魚雷発射管が開き、4本の宇宙魚雷が空気を切り裂いて進み、それぞれ2本ずつ、敵駆逐艦に命中した。
「敵駆逐艦2隻撃沈!」
これまでの撃沈数は駆逐艦9隻。ギアを上げていかないと地上が射程内に入ってしまう。そう思い、少し焦りかけるが、落ち着かせる。大丈夫。この艦のシステムを持ってすれば大丈夫だ。と自分に言い聞かせ、杉内と桐原に指示を出す。
「桐原!面舵37°!速度そのまま!敵艦隊の進路を塞げ!杉内!全武装開放!本艦が敵艦隊に飲み込まれる前に全艦、撃破せよ!」
それを聞いた桐原と杉内は少しギョッとしたような表情を浮かべたが
「よ、ヨーソロー、面舵37°速度そのまま、最大戦速!」
「了!主砲全砲門、全魚雷、ミサイル発射管順次撃ち方!撃ち方始め!」
そう言い的確に指示を出す。敵艦隊が近づくにつれ、敵艦隊からの砲火も激しくなるが、それをなんとか間一髪で交わしながら
「主砲目標各個に照準!各砲座の指示で自由撃ち方!」
と杉内が指示を飛ばし続ける。自由撃ち方の指示が降りた主砲塔はとにかく敵艦を撃沈せんと撃ち続ける。
「艦首魚雷!目標正面の敵重巡洋艦!一斉射!」
ビーム砲が飛び交い、敵艦が一隻、また一斉と爆炎に包まれながら堕ちていく。
「敵艦隊!残り1隻!」
その電探士からの報告に無言で頷き、窓の外を見据えた。丁度その一隻に向かって杉内の指示で発射された対空対艦両用ミサイル「コスモスパロー」が上部VLSから放たれ、艦橋の前を通り過ぎていった。そして、敵重巡洋艦に吸い込まれるようにミサイルが突き進み、やがて最後の敵重巡洋艦に着弾、爆炎に包まれた。撃沈したか、そう思ったが、突如爆炎の中から砲火が飛んできた。いきなりのことで反応が遅れ、桐原が必死の思いで回避行動をとるも、無惨に左舷の第一デッキあたりを抉り取っていった。艦内に非常事態を告げる警報音が鳴り響く。被弾した。そう理解するのにそう時間はかからなかった。
「左舷第一デッキに被弾!負傷者多数!」
と阿部が状況を報告する。
「被弾箇所の隔壁を閉鎖!急げ!船務科救護班及び技術科応急工作班は直ちに第一デッキへ!負傷者の搬送及び被弾箇所の応急補修を!」
と指示を飛ばす。すぐに被弾場所の隔壁は閉じられたが、何名かは外の気圧と艦内の気圧の差により生じた気流の流れに炎と共に巻き込まれ、隔壁が閉まる前に艦外へ吹き飛ばされてしまった。最後の一撃と言わんばかりに砲撃してきた敵重巡洋艦は爆炎の中から痛々しいほどの損傷を受けながらもよろよろと出てきた。…アイツか。そう思うが早いか、
「杉内!主砲1番撃ち方始め!」
と言った。杉内は素早く
「主砲1番撃て!」
と復唱した。既に手負いの敵重巡洋艦は瞬く間に爆発四散した。そうして電探士から
「…付近に敵の艦影認められず。」
と報告が上がると、それに頷いて
「了解した。敵艦隊の撃滅を確認。対艦戦闘、用具納め。」
と指示を出し、再び母港付近の海面へと降下を始めた。
本日の戦闘報告
戦績
敵重巡洋艦2隻撃沈、敵軽巡洋艦5隻撃沈、敵駆逐艦15隻撃沈。
損害
左舷第一デッキに被弾し2名死亡、3名重軽傷、3名行方不明。行方不明者は被弾の際に艦外に放り出されたものと思われ、捜索は困難。
今日もこの国は曇りであった。この日もアリアと防衛計画について話し合う予定だったが、小西は一足先に王宮へ来ていた。そして近くを通りかかったメイドに
「すまない、私は『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長の小西だが、防衛軍上級大将のグスタフ司令はどこにおられるか、わかりますか?」
と聞いた。メイドは驚いた表情をしながら珍しい格好をしている小西の服装を舐め回すように見た後、言った。
「グスタフ上級大将でしたら、こちらの廊下をまっすぐ進んでいただいて、突き当たりを左にいき、そこから二つ目の部屋におられますよ。」
と丁寧に教えてくれた。小西はそのメイドに礼を言い、グスタフ司令の部屋を訪ねるべく廊下を歩き、そして司令の部屋をノックした。その瞬間、部屋の中から、
「誰か。」
と言う声が聞こえた。それを聞くと
「はっ、『宇宙駆逐艦しまなみ』艦長、小西慶太であります。」
と返事すると、中からほぅ、と言う声が聞こえ、
「鍵は空いている。入り給え。」
と言われた。そして小西は木製の大きな扉を押し上げ、失礼します、と言いながらその部屋に入った。中では窓の外を眺めながら立っている司令官の姿があった。小西は扉を静かに閉めると、司令官に敬礼した。それに対して司令官は頷きながら、目の前のソファを指差し、
「まぁ、そこに座りなさい。」
と言った。小西は司令官が座るのを確認すると
「失礼します。」
と言ってソファに座って緊張した顔で言った。
「グスタフ司令にお伺いしたいことがあります。」
それを聞いて司令は大型予想していたと言わんばかりに頷いて
「なんだね。」
と言った。小西は少し深呼吸をして言った。
「司令…少し、変な話になりますが、私は軍人ながらこの世界に来るまで人を殺したことがありませんでした。ですが、この世界にて既に3回、私の指示で敵の兵士、何千人と言う人が亡くなりました。そして今回の戦闘で我々の乗組員が5名亡くなりました。…教えてください。艦を操る人間として、私はどのように敵味方を問わず人を殺すと言う行為に正当性を与え、どのように耐えていけば良いのでしょうか…。」
と聞いた。初回の遭遇戦然り、その次のアリアに見せた防衛戦然り、全て小西自身の指示で命が奪われ、そして今回の戦闘で敵の兵士の命を奪うだけでなく、乗組員の命まで奪ってしまった。それに耐えきれそうになかった小西はこうして司令官のもとを訪れたのだが…。
「人の命を奪うことにどう正当性を与え、どう耐えていくか…、か。そうだな…。」
とそう言ってしばらく腕を組み、目を閉じながら考えた後、
「儂は正直、どんな理由があっても人を殺すことに正当性はあってはいかんと思う。」
と言った。小西が納得していない表情をしていると、司令は言葉を続ける
「結局国を護る為だとか愛する人を護る為だとか言ってどんだけ自身に正当な理由を作ったとしても、人を殺したという事実は変わらん。だが、だがな。自分自身で人を殺したことを受け入れ、それを悔やみ、そうならないことを願い続け、どうすればこの人を殺さねばならない現状を変えられるのか考え続ける…そうすればその魂も救われるのではないか…儂はそう思っとるよ。」
と、そう言われ小西はよく分からず
「は、はぁ…」
と言った。それに対して司令は豪快に笑うと
「今の君にわかってもらおうとは思わんよ。でもな、人を殺すのに正当な理由はなく、いつまでも悔やみ続ける、そのことが重要なんだと、覚えておきなさい。」
と、そう言われ、小西はなんだか胸の中がすっきりしたような気がして
「わかりました。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。」
と言って部屋を後にした。
そして小西たちは再び応接間に集っていた。徴兵については一通りまとまったようであったが、夜通し話していたのだろうか、目の下に隈ができていた。だが、眠そうな表情を見せることなくアリアは話を始めた。
「…さて、兵員確保の目処はこちらの方でなんとかしたわ。…それで、あと越えるべき難関は幾つあるのかしら?」
その問いに小西は
「そうですね…あるのは、そもそも艦の装甲をどうするか…とかありますが、1番の課題はエンジンの素材でしょう…。今回石原船務長ではなく、エンジンに詳しい西村機関長をお呼びしました。…元々今日はエンジンについて話しておきたいと思っていたので…、では機関長、お願いできますか?」
そう言うと機関長は咳払いをして
「本艦が持つクォーク機関じゃがな、大出力故、相当の負荷がかかる。それに耐えうるために本艦の機関にはイリジウム、タングステン、クロム、チタン、ニッケルのという地球上で最も耐久性がある名だたる金属を使った合金によってつくられとるが…。この世界で最も耐久性がある金属は…なんなんだね。」
そう機関長が問うとアリアは
「私達が普段使っているのは鉄や銅、オリハルコン、それとミスリルかしら…。でも、それらがどのくらいの耐久性を持っているのか…私にはわからないわ。」
それを聞くと機関長は
「まずそこからじゃな。耐久力のある素材を見つけてからじゃないと罐は作れん。と、いうことは儂の出番はひとまずここまでじゃな。」
と言った。アリアは不思議そうな顔をして
「どうして?」
と言ったが
「そりゃアリア、罐焚きが金属の性質の判定なんてできるわけがないじゃろう…ここからは専門職の人間のもとで材料の判別からじゃな。」
と言い、髪なのない頭をぽりぽりと掻いた。それを聞いて陛下は
「確かにそうね…。では私も次回までにこの国で1番金属のことを知り得ている人を連れてくるわ。」
と言った。それを聞いて小西も
「私も次回は技術長の阿部を連れてくることにします。」
と言った。それにアリアは頷いて
「とりあえずこの話はまた明日しましょう。ところで私から質問があるのだけど」
と言った。なんだろうと思っていると
「例の新兵の話ね…いえ、新兵どころかこの国の兵士全員なのだけど、どうやってその航海の仕方などを教えるのかしら。」
そう聞いてきた。
「それについてなのですが、本艦の乗組員からそれぞれ3名ほど、教育のために下そうかと思っています。ですから、講義が行える場所をどうにか確保願います。」
と言った。それを聞いて安心したのか
「そう。場所はどこでも開いてると思うから。こちらで決めておくわ。」
と安堵した声で言った。しかしすぐ真剣な目に戻って
「どころで…私はどうすればいいのかしら。」
と聞いてきた。不意な質問に理解できず、
「陛下がどうすればいいか、とは…どういうことでしょうか…?」
と困惑混じりに訊ねた。それを聞いてアリアは少しため息を漏らしつつ
「私は、こんな王宮の中で兵士や臣民が死んでいくところを見たくないの。だから、私も教育を受けて艦に乗り込みたいのだけど、その場合はどうするの?」
と語気強めに聞いてきた。その質問に小西は唖然とした。一国の王女が最前線に?そう思い
「グスタフ司令…。」
と言うと
「ダメよ。この質問はあなた1人で考えなさい。」
とアリアから言われた。…なるほど。側近からは反対されている話なんだな、と思いつつ小西は考えた。本来であればこの国の王なのだから、王宮に留まるべきだ、と言うことが正解だろう。だが、果たしてそれでいいのだろうか。グスタフ司令は防衛軍全体を総括しているし、モンナグ親衛隊隊長は名前の通り親衛隊の指揮がある。そして、この2人以外に今後我々が仮にいなくなった場合の艦隊の指揮を執らせられられるほどの身分のある人間かつ、誰からも信頼されている人物は…もう陛下しかいない。それに、艦隊の指揮についてわかっていないと今後陛下のご判断で艦隊を動かす時が来てもできない可能性がある…。これは、陛下にも最前線に立ってもらうしか…。そう思い、小西は腹を括る。陛下を死地に赴かせる事を。
「…陛下。」
小西は重々しく口を開いた。アリアは無言でこちらを見続ける。
「陛下には私の指導のもと、戦術の立て方及び艦隊指揮それから砲術について学び、今後建造されるであろう超弩級宇宙戦艦の砲雷長を務めてもらいます。」
その言葉に横の2人は驚いたような顔をしたが、小西は続ける。
「この結論に至ったのには様々な理由がありますが、1番の問題は陛下が今後艦隊を動かそうと思った時に艦隊の特性等を理解していないと効率的に動かせないから。それから何よりも、ここからはもうこの国と敵艦隊との総力戦です。全ての力を艦隊に注ぎます。つまり、艦隊が敗北すれば、それはこの国の降伏を意味します。そんな状況下において、出し惜しみはできません。…兵達の指揮を上げるためにも陛下には先頭に立って死地へ赴いてもらいたいのです…。」
そう言うと、しばらく沈黙の空気が流れた。それを破ったのはアリアではなく、グスタフ司令だった。
「陛下…。今まで我々…特にモンナグ親衛隊隊長に関しては必死にあなたが戦場に立つ事を拒んできました。それはあなたに死なれたら今後の重要な局面でどうにもならなくなるからです…。しかし、今、この時がその重要な局面になってしまいました…。陛下、どうか、儂からもお願いを申し上げます。死地へ…どうか、兵達と共に向かってやってください。」
そう深々と頭を下げた。それに続いてモンナグも
「もう…止める理由はありますまい…。私からも…どうか…。」
と言い、頭を下げた。アリアは目を閉じ、よく考えてこう言った。
「…わかったわ。この国の王として、兵達と共にこの国に命を捧げましょう。」
その声に安堵しつつ
「ですが陛下。死ぬ気で戦うことと死にに行くことは別物ですからね。ですから、いかにピンチな局面でも生き残れるよう、道を探って、探って、探り続けてください。それだけはお願いしますね。」
と言った。するとアリアは
「そんなこと、わかってるわよ。あーあ、折角私が格好良く覚悟を決めたのになー。」
と言い、珍しく場を和ますような発言をし、その場にいた一同がどっと笑った。まるで恐怖を振り払うかのように。そしてひとしきり笑ったあとアリアは
「それじゃあ小西、この話し合いが終わったらひとまず私の部屋に案内するから。ついてきなさい。」
と急に言われたので
「え…?」
と言って呆けていると
「私に!艦隊戦術とかを教えてくれるのでしょう!?変な意味じゃないから!全く。」
と言った。再び部屋の中が笑いに包まれ小西は恥ずかしさで少し顔を赤くしながら
「は、承知致しました。」
と返事した。
今日はそれ以外特に話すことはなく、この後、程なくしてその場は解散となった。そして小西はアリアに案内されてアリアの部屋に来ていた。部屋の中は想像していたよりも遥かに質素な作りで、派手なものはほとんどなく、派手なものがあるとすればそれは殆ど儀礼用のものであった。(それですら一張羅なようなのだが。)小西が驚いている様子を見てアリアは
「何よ、そんなにこの部屋が意外だった?」
と聞いてきた。
「い、いえ!別にそんなことは…。」
と取り繕おうとしたがアリアは悲しそうに笑って
「臣民がこれだけ苦労しているのに、私だけ贅沢しているわけにもいかないでしょう…?本当は臣民も私も、もっと贅沢したいとは思っているのだけど…状況が状況だから…。」
と言った。その返事に少し申し訳なく思いながら、しかし何も言うことができず部屋の中に気まずい静寂が流れた。やがてこの空気に耐えられなかった小西は少し上擦りながら
「しかし、ここまで国民想いな国王もいませんよ。大丈夫です。陛下の苦労は必ず報われます。」
と、聞かれてもいないし慰めるにしても的を得ていないとんでもない事を言う。まずいな、言いながらそう冷や汗を流していたが、はクスリと笑って
「…そうね、ありがとう。」
と言った。その顔は正直、やはり少し悲しいそうではあるけれど、とんでもなく美しく一瞬見惚れてしまった。だがそんな雑念を振り払い
「それで、陛下へのご指導はいつから始めればよろしいでしょうか」
と言った。あまりにも脈絡のない質問にアリアは
「あなた、言葉のキャッチボールが下手ね。」
とまた笑った。笑われて恥ずかしくなったのか、それともその笑った顔に見惚れたからなのか。小西は一気に体温が上がっていくのを感じ、顔が赤くなってしまった。その茹で蛸みたいな顔を見てアリアはより一層笑い、小西はさらに顔を真っ赤にし、さらに小西はアリアに笑われてしまった。その後しばらく笑われて、ついには小西も貰い笑いしてしまい、部屋の中は賑やかな笑い声に包まれた。今、この瞬間だけは様々なしがらみから解放されて素の状態で笑うことができた。アリアも心なしか会議の時よりも大きな声で爆笑しており、なんだか意外な一面も見れた、そんなひと時だった。窓からは夕陽が差し込み、今が戦時中である事を忘れさせるようであった。ひとしきり笑った小西とアリアは、ベッドの前にある二つの椅子に腰掛けながら、無言で夕陽を見つめていた。先程までの笑い声が嘘だったかのような静寂さが部屋に満ちていたが、不思議と不快感はなく、ただただ、目の前の落陽を眺め続けた。
暗い部屋の中で3,4メートルはあろうかという巨体が彼にとっては狭い通路を歩いていた。通路を道行く者達は彼の姿を見ると素早く姿勢を正し、敬礼をした。彼はそれを無視しながら通路を突き進み、ある部屋の前で立ち止まると、部屋の扉の右側にあるキーにパスコードを打ち込み、1人その部屋に入っていった。そして入って右側にあるコンソールに再び何かを打ち込むと、目の前の虚空に無数の幾何学模様が現れた。そして目の前の幾何学模様の中心に、何か人影のようなものが映った事を確認すると、その男は人影の前に跪いた。彼が跪いた事を確認するように人影がやや俯き、その後驚くほど低い声で話し始めた。
「ジュリコー。」
それを聞いた瞬間巨体の男は戦慄したように肩をわなわなと震わせながら
「…はっ。」
と恐る恐る返事した。ジュリコーと呼ばれた男が返事をした事を人影が確認すると再び重々しい声で話し始める。
「貴様、劣等国家相手に2小隊、失ったというのは本当か。」
男はこの話である事を予想していたようであったが、いざこの場にいると画面から滲み出る圧力で潰れそうであったがすんでのところでそれに耐え、唇を震わせながら言った。
「…本当です。しかし…!」
と言ったところで
「黙れ!」
と怒号が飛んできた。男はやらかした、と思い頭からさらに汗を流しながら
「も、申し訳ございません!」
とひたすらに謝る。やがてその影は大きくため息をついたような動きをして
「貴様、本当に第7艦隊の司令官としての自覚があるのか。このような醜態を晒し続けるのであればその地位から引きずり下ろされ、首を切られることとなるぞ。」
と言った。
「閣下、名誉挽回の機会を…!」
跪いた男はそう懇願した。まだ死にたくないと言わんばかりに肩をわなわなと震わせていると
「最後の機会だ。必ず勝利を掴め。」
と嘆息しつつ言った。それを聞いて男はホッと胸を撫で下ろし
「承知致しました。帝国に栄光あれ!」
と言って通信を切った。すると、幾何学模様が一つに収束し、再び虚空が広がった。そのことを確認すると男は大きくため息をつきながら思いを巡らせた。…一体なんなのだ。あの艦は。いきなり現れたかと思うととてつもない火力で艦隊を撃ち倒し始めた。重巡洋艦を含む第二戦闘小隊を派遣したが、それらも全て撃沈されてしまった。神にも等しい閣下から賜った艦艇を失うとは、あってはならない事。まだ生きていることが奇跡のようだ。そう思い、深呼吸して動悸を整えると男は部屋を出て行った。
やがて男が艦橋にたどり着くと周りの兵が男に向かって敬礼をした。男その様子を横目で見ながら司令官席にドカリと座った。その席からは恒星の光を受けて淡く輝く惑星と、それを囲む数千、数万規模の艦艇を見下ろす事ができた。あと少し、あと少しでここを攻略できる。その思いが男をさらに急がせた。
「第一戦闘艦隊の派遣を準備せよ!そして第一空母艦隊から艦載機二百余機発艦。奴らの実力の程を調べよ。」
そう指示を出すとその指示に応じて関係各所が一斉に動き始め、派遣に際する作戦の立案など、急ピッチで進められ始めた。巨躯の男はニヤリと不敵な笑みを溢した。
数日後、再び応接室を訪れると既にアリア達は席に座って準備を終わらせていた。…まずい、少し遅れたか。そう思っていると
「あー、そこまで焦らなくても大丈夫だ。まだ一応開始時刻までは45分ある。落ち着いて準備しなさい。」
とモンナグ近衞連隊長から落ち着いた声で言われた。それに
「はっ、ありがとうございます。」
と敬礼で返し、落ち着いて、されど若干急ぎ目に準備を進めた。そして数分の後、資料を整理して机の上に置き、こちらの準備が完了したところで開始時間をおよそ40分前倒しして始まった。
「ご紹介いたします。こちらが本艦の技術長、阿部則弘一等宙尉。彼は本艦の機関『クォーク機関』の開発者の1人でもありますので、機関の論理的構造に関しては彼が1番知っているかと思います。」
そう言って阿部を紹介すると阿部は深々と頭を下げた。するとアリアはそれに応じ、次にアリアの横にいる白髭の長い、小柄な老人を紹介し始めた。
「私も紹介するわ。この人はアレクサンドリア・フォスニート。数千年を生きるドワーフで彼が間違いなくこの国で最高の鍛治職人であり最高の技師よ。」
そう紹介されたアレク技師はフン、と荒々しく息を吐いて
「なんじゃい、こんなけったいなところに呼び出して。ワシははよ死ぬ前に作らにゃならん工作が山ほど残っとるんじゃ。」
と呆れ気味に言った。それをアリアは
「そこを何とか、頼むわよアレク。もしかしたら貴方の人生で最大のものを作ることになるかもしれないのよ?」
と必死に宥めていた。アレク技師は
「全く、ワシとお前さんの親父との関係があったから今日の招聘に応じただけで、普通の勅令じゃったら無視しとったぞ。」
とブツクサ言っていたが、そんなアレク技師を置いて会議は始まった。
「ここからはこちらは阿部宙尉を中心に進めさせていただきます。」
そう言うと阿部は軽くお辞儀をして
「ご紹介にありました、技術長の阿部則弘です。私からは『クォーク機関』の詳細な構造を話させていただきます。本機関は空間中に存在する原子から素粒子の一つであるクォークをクォークボイラー内部で析出させます。大気中から取り出したクォークはその強力な核力を保ちながらエネルギー伝動管を通ってクォークタービンへ入ります。クォークタービン内部でクォークの持つエネルギーをエネルギー増幅器を用いて増幅させ、エネルギベクトル指向器を用いて一方方向にエネルギーの流れを集約し、そのエネルギーの流れが一定程度になるとクォークタービンが回り始め、これによってクォークエネルギーが力学的エネルギーに変換され、その後エンジンノズル付近でクォークエネルギーと結合、それによってエンジンを点火し推力を得る、と言った感じです。ですから、特にクォークタービン付近ではエネルギーが増幅され、機関内のエネルギー内圧がかなり上昇するので、機関に使われる金属は出来る限り耐久性が高いモノの方がいいのですが…。」
そこまで言うとアリアは頭ごちゃごちゃになりながらアレク技師に
「アレク…。貴方が知っている中で1番耐久性があるのは、なんなの…?」
と訊ねた。今までの話にかなり興味を持ったのか、はたまた話の相手が技術の心得があることが分かって喜んだのだろうか。どちらにせよアレク技師はさっきとは打って変わって興味津々な様子でひとまずアリアからの質問に
「ワシが知っている中ではオリハルコンと…あとはミスリルじゃな。ただどちらも希少金属だからどこまで揃うかわからんぞ。」
と答えつつ
「おい、そこのお主。」
と阿部を指差し、こう言った。
「お主の話、もう少しこの老いぼれに聞かせてはくれんか。どうにもお前さんの話はワシのまだ知らぬ話でな、興味が尽きんのじゃ。」
と言った。阿部は嬉しそうな顔をして
「勿論です。おそらく今後貴方様のお力を借りなければならないと思いますので、貴方様からお声掛けいただいて本当にありがたいです。」
と言った。それに大きく頷き
「陛下、そこのお前さん、この男はしばらく借りてくぞ。工房にいるから何か用があったら呼んでくれぃ。」
と言って阿部を連れて工房とやらへ行ってしまった。小西はそれを呆然としながら見ているとアリアが
「まぁ、技術的なところは彼らに任せましょうか。私たちがやっても何一つできないし。」
とくすくす笑いながら言った。小西もそれに同調し、今日の会議はここまでとなった。阿部に建造する艦の設計を任せていたが、アレク技師に連れて行かれてしまったのでどうなるのか、とも思っていたところ耳に装着していた軍用イカンムに
「艦長、私にお任せいただいた仕事は全てお任せください。この方と機関も組み上げ、艦の設計もやって参ります。」
と通信があった。小西はそれを聞いて、耳元のマイクボタンを押しながら
「了解した。よろしく頼む。」
と返し、機関長と帰路についた。
同じ頃杉内は、1人市場をウロウロしていた。2日前の艦長達と女王陛下との会議で我々乗組員の自由上陸が許可された。だが、艦長は有事の際、直ぐにスクランブル発進できるよう、乗組員を半分に分け、それぞれ1日交代で上陸するよう命じた。昨日は杉内が待機組だったので今日、杉内は初めてこの地に降り立った。艦橋の窓から外をみていたがこうして実際に降りて見てみると改めて攻撃の凄惨さが分かる。だが、人々の心に絶望の色はなく、市場もほぼ壊滅しているにも関わらず、様々な人が露店を出し、かなりの賑わいを見せていた。…俺達はこの世界を救う選択をして本当に良かった。そう杉内が思って歩いているとふと横の小路で声が聞こえた。少し顔を覗かせて見ると1人の女性の周りに複数と男が取り囲んでいた。女性は先端に眩い光を放つ宝玉がついた杖を男の1人に向け
「これ以上近づいて見なさい。貴方方は跡形もなく消え去ることになりますわ。それが嫌なら、今すぐこ私から離れなさい。」
と言った。男達はヘラヘラと笑いながら
「へっ、いつ死ぬかわからない命、惜しくはねぇや。それよりも今やりたい事を好きなようにやる事の方が大切なのさ。いま、俺たちは腹減ってんだ。腹一杯飯を食いたいんだ。とりあえずそのバスケットを置いていきな。見た感じ王室御用達だろう?きっと豪華なものが入っているに違いねぇ。」
そう言って男達はジリジリと女性に詰め寄った。女性は顔を恐怖で歪ませ、杖をカタカタと震わせながら壁際に追い詰められていた。その様子を見かねた杉内は小路に入っていき
「おい、アンタら何してんだ。」
と声をかけた。男達は邪魔な奴が来たと言わんばかりに杉内のことを睨みつけ
「おうおう、お前、偽善者か?暇な奴だな。」
と一人の男が言ってきた。杉内はその言葉をスルーして
「そこの女性から離れなさい。さもないとどうなっても知らないぜ。」
そう言った。だが当然男達は離れる様子はなく、むしろ杉内と交戦する構えをとり、ジリジリと近づいてきた。それを見て杉内は…仕方ない、そう思い、一思いにホルスターから拳銃を取り出すと、一発、空に向かって放った。
「ひっ!」
男達は悲鳴をあげ、突如聞こえたおそらく今まで聞いた事ないであろう銃声に驚いたのか、ジリジリと後ろへ下がり始めた。そして杉内が改めて睨みつけると、彼らは一目散に逃げ出した。それを見て杉内は天に向けた拳銃を手慣れた手つきでホルスターに収め、女性の元へ駆け寄り
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
と言った。女性は先程の銃声で驚いて腰が抜けてしまったのだろうか、立ち上がることができず壁にへたり込んでいた。それを見て
「申し訳ありません。驚かせてしまいました。…とりあえず家の近くまで送っていきますから、肩を掴んでください。」
と言うと女性は杉内を見て驚いたような顔をして
「い…いえ、大丈夫よ…。」
と言い、立ちあがろうとしたが立ち上がることができないようであった。杉内は続けて
「いえ、そんな状況で帰ることはできないですよ。いいですから、肩を掴んでください。」
そう言うと女性は申し訳なさそうに杉内の肩を掴んだ。だが、それだけでは女性の体は安定しなかった。杉内はそれを見て、少し考えた後
「失礼ですが、貴方の家まで『抱えて』行っても宜しいですか?」
と訊ねた。女性は驚いたような顔をして
「抱える…?」
と聞いてきた。それを聞いて杉内は
「…こんな感じに…。」
と言って杉内は女性の足元を掬いあげて女性の体を持ち上げた。その瞬間女性は顔を盛大に赤らめて
「な、な、何を…!」
と言ったが、杉内はいたって冷静に
「腰を抜かしている方を歩かせる訳にもいかんでしょう…。」
と言い、歩き始めた。女性も自分の状況を理解し観念したのか、顔を真っ赤にしたまま、彼女は彼女の家の道を教え始めた。杉内は周りから痛々しい視線を浴びつつ、彼女を家まで送り届ける。そして彼女がここだ、と言って示したのはまさかの王宮だった。
「ここよ。」
女性は恥ずかしさを隠すように素っ気なく言う。杉内はとんでもない事をしたのではと思いながら呆然と歩いていると門の前で門兵に止められた。杉内を止めた門兵は杉内の腕の中にいる女性を見て驚いたような声をして
「マリア侍従長!」
と言った。杉内は落ち着いて考え始めた。
…待てよ。侍従長。いまこの門兵侍従長と言ったな。侍従長というと…どういう事だ。つまり国王に付き従う人のトップだな…。ん…?
そう困惑していると女性は
「もう大丈夫だから、下ろしてもらえる?」
と言った。杉内は
「ひゃい!」
という声を変なところから出したせいで咽せてしまい、女性…マリア侍従長といったか。を下ろした後、ゲホッ、ゲホッと咳き込んだ。それを見て侍従長は杉内の背中を叩き
「大丈夫?」
と言った。杉内は深呼吸をして
「い、いえ。大丈夫です。それよりも、侍従長とは知らずこのような無礼な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした。」
と平謝りした。侍従長は
「いいのよ。恥ずかしかったけど、本当に助かったし。」
と思い出したのか少し顔を再び赤らめて言った。
「は…はぁ…。それはそれは…。」
と困惑したように言うと
「また明日にでもお礼させて頂戴。どうかしら、名前教えてもらってもいい?」
と言ってきた。その質問にさらに困惑しつつ、
「えっと、明日はどうしても外に出られないのです。」
と言った。侍従長は不思議そうな顔をして
「なんでか、聞いてもいいかしら。」
と聞いた。その質問に対し、機密事項を教えないようにしつつ
「俺…失礼しました、私は『宇宙駆逐艦しまなみ』砲雷長なので…」
と言ったその瞬間、侍従長から、門兵に至るまで全員が目を丸にして驚いたような顔をした後、門兵は敬礼し、侍従長は深々と頭を下げた。そんな事をされるとは思いもよらなかった杉内はあたふたと慌てふためき、何度も何度もそんなに私に礼をしないで、と言った。やがて侍従長が
「でしたら尚の事、お礼をさせてください。いつでも構いませんので、申し訳ありませんが王宮までお越し頂き、私、マリアと言いますので、私をお呼びください。」
と恐れ多いと感じながらも言ったようだった。それを見て
「本当に大丈夫ですから、俺なんかに敬意を払わないでください。気まずくなったりするので…。これも何かの縁ですから、みなさん立場なんか忘れて仲良くしましょうよ…。」
と言った。それを聞いて侍従長は驚いたような顔を再びしたが、しかしニコリと笑って
「わかったわ。ところで貴方の名前は?」
と言った。それに対して
「あ、失礼しました、俺は杉内政信です。よろしくお願いします。」
と言った。すると
「政信ね、よろしく。私のこともマリアでいいから。」
と言われた。杉内は頷いて
「マリア、よろしく。」
杉内とマリアは固い握手をしてひとまずその場は解散となった。
夜、小西は艦長室で一人、物思いに耽っていた。
夕方、アリア達との会議から戻ると杉内がルンルンな様子で
「俺、侍従長と知り合いになった!」
と叫んでいた。石原も周りのみんなも
「本当なのか?それは。いつものホラじゃないのか?」
と言っていたが、杉内は
「本当だって!さてはお前ら、羨ましいんだな!マリアは渡さんぞ!」
と言って一人惚気ていた。
その様子を思い出し、羨ましいな、と心の中で呟く。中学を卒業して防衛学校に入って以来、俺は女性と顔を合わせる事が殆どなくなった。だが、恥ずかしい話、俺だって男だ、恋愛はしたい。…杉内が本当に羨ましい。小西はそう思いながら椅子でのけぞっていた時、急に戦闘配備の警報が鳴らされた。スピーカーから杉内の声が響く。
「総員、第一種戦闘配備につけ!繰り返す、総員、第一種戦闘配備につけ!電探が敵機およそ200機を捉えた!これを直ちに撃滅する!全艦、対空戦闘用意!繰り返す。全艦、対空戦闘用意!」
それを聞くが早いか小西は艦長室のドアを蹴飛ばし、CICへ駆け出して行った。
CICに入ると、乗組員が振り向いて敬礼しようとするが、それを制止し
「現在の状況、知らせ!」
と言った。それに杉内は
「3分ほど前、電探に敵戦闘機約200機を確認しました。敵は鶴翼陣形で本艦の方へ向かってきています。本艦との距離、およそ100000!尚も接近中!」
と報告した。既に艦はエンジンを始動させ、離水準備に入ろうとしていた。だが、小西は
「離水は中止させろ!水上を航行するんだ!敵機を目視でも捉える!見張り員は暗視装備を装着!」
と言った。CICにいた誰もが驚いたような顔をして小西を見る。杉内が
「しかし!それでは下部VLSの防空装備が使えなくなってしまいます!」
と言った。小西はそれに頷いて早口で
「だが、逆に離水すれば上下左右から攻撃される羽目になるが、本艦は下部の武装は下部VLSしか存在せず、潜り込まれたら撃墜できる保証はない。で、あれば武装がある上部で戦うべきだ。」
と言い切った。若干納得したような表情になった杉内はマイクを取り、
「艦橋!離水は中止!水上を航行!外見張り員に暗視装備をつけ監視任務を続けさせろ!」
と指示を飛ばした。本来、作戦行動中なら航海長である桐原や機関長である西村もCICにいるはずだが、今回は敵の奇襲である為、発進準備をする桐原や機関の面倒を見る西村機関長はCICに来る時間などなく、艦橋に残って操舵や機関の管理をする事となったのだ。
そして本艦は波を切り裂いて進む。空は当然暗く、敵機を視認出来るわけがなかった。だが、目標が見にくいのは敵方も同じこと。だからどうにかなる、と小西は自分自身を震え立たせる。さぁ、どうする。しばらく考え、小西はマイクを取った。
「桐原!西村機関長!指示あるまでメインエンジンは停止。だが接続準備だけはしておき、補助エンジンも様々な出力に対応できるようにしといてくれ。『アレ』をやる。」
そう言うとヘッドセットから
「任せてください!機関員の腕がなります!」
と西村機関長の声。続いて
「航海科も全力をあげていきます!」
と桐原の声が聞こえた。頼むぞ、そう思いながら目の前の空席となった航海長席と機関長席を見た。すると電探士から
「敵機、通常ビーム砲の射程80000に到達!」
と報告が来た。まだだ、まだ早い。そう思い、小西は自身を落ち着かせた。面でくる戦闘機に対しては点のビーム砲では相性が悪い。だから、ミサイルや三式弾の射程まで待つ必要がある。
「主砲!三式弾装填!上部VLS、α群目標04〜20までに照準!対空機銃、撃ち方用意!」
敵がいよいよ近づいてきたのを見て杉内が各砲座へ指示を飛ばす。スクリーン上の敵機を示す光点が目覚ましい速度で迫ってくる。小西は深呼吸をし、目を閉じる。やがて、電探士から
「敵機との距離、50000!コスモスパローの射程内に入りました!」
と報告が来た。小西と杉内は顔を見合わせた後、互いに頷いた。そして杉内が
「コスモスパロー、一斉撃ち方!撃て!」
と言った。すると艦上部にあるVLSからミサイルの弾頭がニュッと出てきたかと思うと、ロケットエンジンに点火し、計16発のミサイルが勢いよく飛んで行った。目の前のスクリーンには16個のミサイルを示す矢印が光点に吸い取られるように近づいていく。そして電探士が
「インターセプトまで5秒前…4、3、2、1…マークインターセプト!」
と報告する。その瞬間、敵編隊の中に閃光が現れた。ミサイルが敵機に命中し、命中した敵機が闇の中に堕ちていく。だが、敵機はそれでも近づいてくる。
「第二射、装填完了!」
砲術員からの報告を聞いた杉内は
「第二射目標同α!01〜03,21〜34まで照準合わせ!撃て!」
と目標を指示してミサイル発射ボタンを押す。すると再びVLSからミサイルが飛び出していき、敵機へ向けて猛進していく。そしてまた電探士のインターセプトの掛け声。ミサイルが雨霰と敵機に向けて放たれていく。そんな時、電探士から再び報告が上がる。
「敵機との距離26000!主砲三式弾射程内!」
結局、ミサイルの斉射ができたのはわずか2回。ここからは主砲も交えて防空をしなければならない。杉内は
「主砲β群目標の敵編隊中心部へ!左90°、仰角38°!各砲身散布界を大きく取れ…。主砲斉射、撃て!」
と的確に指示を出す。刹那、砲身から眩いばかりの閃光が煌めいたかと思うと、闇の中を4発の砲弾が勢いよく敵編隊に向かって飛んでいく。やがて三式弾の近接信管が敵機を捉え、雷管を通じて内部の火薬に点火、激しい閃光と共に爆散した。三式弾に含まれた無数の高温の弾子が周辺を飛行する敵戦闘機に命中し、敵機は錐揉みをしながら落ちていった。だが、それでも敵機を本艦上空にたどり着く前に落とすことは難しかった。電探士が告げる。
「敵編隊本艦の対空機銃の射程内!極めて至近!」
ついには対空機銃の射程内にまで到達されてしまった。対空機銃が敵機を近づけまいと必死に射撃を続けるが、駆逐艦の装備する対空機銃はあってないようなもの。数機は対空機銃で防げたものの、迫り来る敵編隊全てを撃墜する能力なとはあるはずがなかった。やがて、敵機は本艦の直上で急降下体制になった。見張り員から
「敵機直上!急降下!」
の報がヘッドセット越しに届く。それを聞いたが俺は絶望はせず、まだいけると不敵に笑った。急いで手に握り締めていたマイクのスイッチを入れ
「機関長!左補助エンジン後進最大出力!ノズル変形、逆噴射!右補助エンジン全身最大出力!メインエンジン5秒接続、最大出力!桐原!取舵一杯!右舷艦首スラスター及び左舷艦尾スラスター最大出力!」
と指示した。その刹那、艦体が急加速したかと思うと物凄い勢いで左へ曲がり始める。急降下体制でうまく旋回できる状態ではない敵機は無理に曲がろうとして互いに衝突するか、爆弾を投棄して離脱していくしかなかった。ひとまず第一波の攻撃を凌いだか、と思ったのも束の間、再びまだ爆弾を保持する敵機が急降下してくる。再び
「敵機直上!」
の報が再びもたらされると
「左補助エンジン前進最大出力!右補助エンジン後進最大出力!逆噴射!メインエンジン3秒接続、最大出力!面舵一杯!右舷艦尾スラスター及び左舷艦首スラスター最大出力!」
と再び指示を飛ばす。今度は艦体が再び急加速し右へ大きく傾く。そして再び敵からの爆撃を逃れた。杉内はこれからはもうここから指示を飛ばしている場合ではなくなる、と思い
「各砲座!今後全兵装使用自由!指示ある場合を除いて各個自由射撃!」
と指示を出した。それを受けてミサイル発射管からは敵をロックオンし、それぞれのタイミングで飛んでいく。主砲も、それぞれの砲塔がバラバラの方向を向いて、それぞれの砲塔から1番近い敵編隊に向けて射撃し、対空機銃も爆弾を投下して退避する敵機に向けて容赦ない追撃を加える。
だが、善戦もここまでだった。敵のβ群目標がついに戦線に到達した。その瞬間、敵機は編隊を組みながら低空を這うようにして本艦に接近してきた。見張り員が叫ぶ。
「敵機雷撃隊5機、本艦左舷より接近!さらに右舷より4機接近!敵機直上!」
…波状攻撃が始まった。ここでどこに舵をきっても被弾を避けられる可能性が高い。小西は冷や汗を流した。だが、諦めるわけにはいかない。
「主砲目標右舷敵雷撃隊!航路を切り拓く!撃ち方始め!」
と言い杉内に指示を出すと杉内は復唱し
「主砲目標右舷敵雷撃隊!撃ち方始め!」
と言った。主砲から三式弾が撃ち出され、敵の雷撃隊が堕ちていく。
「よし、面舵一杯!左補助エンジン前進最大出力!右補助エンジン後進最大出力!逆噴射!メインエンジン4秒接続、最大出力!右舷艦尾スラスター及び左舷艦首スラスター最大出力!」
と言い回避行動しようとするが、見張り員から悲鳴が聞こえた。
「右舷に雷跡発見!数4!」
「遅かったか!」
小西はそう叫ぶ。だが、艦は既に面舵をとり始め、右に傾いている。…ここでさらに転舵すればさらなる被雷を増やしかねない。小西は、覚悟を決めた。
「桐原!進路そのまま!全乗組員に告ぐ!外郭通路にいる乗組員はただちに内郭通路へ退避せよ!」
そうアナウンスをかける。その瞬間、外郭通路にいた乗組員は急いでそこから離れようとする。だが、全員が退避できるより先に、まず右舷方向から魚雷が接近し、無惨にも一本突き刺さった。その瞬間、魚雷が爆発し艦隊が大きく揺れる。被雷した箇所の外郭装甲には穴が開き、そこから莫大な量の水が浸水し逃げ遅れて人を押し流す。続いて左舷から魚雷が近づいてきたが、それはなんとかして回避することに成功した。小西はすぐに
「被雷箇所の隔壁を閉鎖!急げ!」
と言った。…まだ被雷箇所には逃げ遅れた乗組員が流されているだろう。だが、放っておけば艦が浸水によって沈む。…小西は目を固く瞑り
「…すまない。」
と小さくつぶやいた。
だが、嘆いてばかりはいられない。敵はまだまだやってくる。
「続いて取舵15°!メインエンジン3秒接続!」
艦は回避行動を続ける。右に左に転舵しながら航行し、反撃し続ける。だが、被弾・被雷が相次ぎ、遂には艦が立っていられないほど右に傾いた。それでも小西は諦めなかった。
「左舷未浸水区画に注水!艦を水平に保て!」
そう石原に指示する。石原は
「左舷第8区画から第10区画へ、注水はじめ!」
と言った。次第に本艦は水平を取り戻すが、注水や度重なる浸水により艦の喫水は下がるに下がり、遂にはVLSが撃てなくなるかどうかギリギリなところまで喫水が下がっていた。だが、敵機はどうみてもまだ50機以上はおり、なおも攻撃を仕掛けてくる。幸いにも、爆撃による被害は桐原の巧みな操艦によって大半は回避できているが、既に何十発という三式弾やミサイルを放っており、いつ弾薬が欠乏してもおかしくなかった。
「クソ…。」
そう思いながら小西は唇を噛む。どうすれば良い。そう思い悩んでいたその矢先、見張り員から驚いたような声が上がった。
「か…艦首に…!艦首に女王陛下がいらっしゃいます!」
「なんだと…?何を寝ぼけたことを言っている!よく見ろ!」
そう言いながら小西は、「俺は陛下をこの艦に連れてきた覚えはない…。一体どこから…。」と困惑した。が、見張り員は
「陛下です!間違いありません!」
と返答を変えることなく言った。小西は半信半疑ながら
「石原、カメラの映像を上方から艦首方面のものに切り替えてくれ。」
と言った。
「了。艦首展望カメラ、展開します」
と石原がいい、艦首方向の映像がスクリーンに映った。するとそこには確かにアリアの後ろ姿が映った。
「い、一体何を…!」
そう叫んだ。そこにいては敵機の機銃掃射でやられてしまう。しかもなぜ本艦にいるのだ。様々な疑問点が浮かび上がったが、小西は一旦疑問を振り払い、マイクを掴むと艦首方面のスピーカーをオンにするよう石原に指示し、石原から合図があると小西はスイッチを勢いよく押して、
「陛下!そんなところで何をなさっているのですか!危険です!早く艦内へお入りください!」
とそう捲し立てるように言うとアリアは少し後ろを向いて口角を上げたように見えた。一体何を…。そう思っていると、敵機がアリアめがけて一直線に迫ってくる。
「桐原!陛下を敵機の射線から外せ!」
小西はそう桐原へ指示を飛ばす。桐原もことの重大さを理解しており
「ヨーソロー!取舵40、最大戦速!」
ととるべき回避行動をした。だが、敵機はしぶとく喰らいつき、遂には機銃を撃ち始めた。アリアの周りに機銃弾があたり跳弾の火花が散る。幾つかはアリアの皮膚を掠め、そこからは鮮血が流れ出ていた。それでもアリアは動こうとしない。どうすれば。小西は必死に思考を巡らす。第一主砲で迎撃しようにも、今撃てば陛下が爆風に晒されててしまい、とても撃つ事はできない。いよいよアリアと敵機との距離が近づき、回避行動も十分に取れず、陛下がやられてしまう。そう小西が思っていた刹那、アリアは勢いよく自身の手を上に掲げたかと思うと、手のまわりに巨大な魔法陣が現れ、アリアを先頭に本艦の周りが見たことのないバリアで覆われた。するとどういうわけか、迫り来た機銃弾をバリアで全て跳ね返した他、接近してきた魚雷までもがバリアで防がれ、本艦の装甲の少し手前で起爆する。…一体どういうことだ、そう思っていると艦首から戻ってきたアリアが兵に連れられCICに入ってきた。小西はアリアが来たと理解した瞬間、アリアの前に飛んでいき
「陛下!お怪我はありませんか!」
と大きな声で訊ねた。アリアは
「見ればわかるじゃない、頰や足を掠めただけよ。大丈夫だから。」
と言った。そしてアリアはそれよりも、と続けて
「貴方達、一人で戦ってるんじゃないんだから、少しでもいいから私達を頼りなさいよ。そりゃ艦できてからじゃないと十分な防衛ができないのはわかってるけど!」
とそう叫んだ。小西はそれに何も言えないでいると陛下は
「私たちだって、有効にはならないものしか無いけど、戦う意思は誰よりも強いわ。」
と言った。その瞬間、本艦の左舷を七色のビーム砲が飛んできたかと思うと、敵機に着弾した。敵機に被害自体は与えられなかったもの、突如閃光に覆われた敵機は驚いたのかバランスを崩し、しかも雷撃隊として低空を突き進んでいたことが災いし、姿勢が回復する前に全機海の底へ落ちてしまった。その様子を見て
「これは…。」
と思わず声を上げた。すると陛下に小西の肩にポン、と手を置いて
「この国を護るのは、貴方達だけじゃない。私たちだって、できることがあるわ。」
と言った。小西はその声に少しグッとくるものがあったが、必死に堪えマイクのスイッチを押すと、言った。
「よし。これより本艦は陸上部隊と共同で敵に当たり、これを殲滅する!」
そう言うとCIC、いや、艦内が再び引き締まるような感じがした。小西は続ける。
「桐原!進路反転180°!両舷補助エンジン及びメインエンジン最大出力、艦体最大戦速へ!各砲座、合図あるまで発砲は控ろ。全てのエネルギーをエンジンに回せ!陸上部隊の砲火支援が十分に得られる距離まで近づく!もう一踏ん張りだ!各員一層奮励努力せよ!」
そう言うとCIC内部から
「応!」
と大きな声がした。大丈夫。まだ士気は落ちていない。そのことを実感し、小西はさらに希望を持った。そしてすぐに艦体が大きく揺れたかと思うと、艦は転舵を始めた。小西は杉内に指示を出す。
「杉内!主砲2番、3番弾種切り替え!弾種、通常ビーム弾に切り替え!」
そう言うと杉内は困惑しつつも
「…了!主砲2番、3番弾種通常ビーム弾に切り替え!」
と指示を出した。喫水が低いため、切り裂いた水飛沫が艦首VLS発射管にかかる。こうなっては発射管を開いた時に中に水が入ってしまうので、もう艦首からミサイルは撃てない。この著しく低下した防空力をどう補うか。小西は一つ、賭けにも似た策があった。だが、それはまだ実行することができない。…まだ、まだ我慢だ。そう自分に言い聞かせた。
やがて電探に映る敵機が、本艦を追撃するために縦一直線に並んだのが裏目に出て、本艦の射線上に並んだ。…来た。この機会を逃す手はない。
「杉内!主砲2番、3番連続撃ち方!一直線に連なった敵機をまとめて撃ち落とせ!」
と言った。杉内はようやく理解したと言わんばかりに大きく頷き、
「了!主砲2番、3番撃ち方始め!お行儀よく並んだ奴らに痛い一撃をお見舞いしてやれ!」
と言った。その刹那、今までの鬱憤を晴らすが如く2番、3番主砲から白く輝くビーム砲が煌めき、追撃してくる射線上に並んだ敵雷撃隊が全て、薙ぎ払われる。それを見て動揺したのか、まだ準備のできていない敵爆撃隊が無理矢理急降下してきたが、その瞬間、陸上から七色の支援砲撃が直撃し、爆撃隊は目をくらまされた挙句、編隊の間隔が狭かった為機体を立て直そうとして隣の機体とぶつかったり、そのまま海面へ墜落したりしてしまった。その様子にCICは拍手喝采の大盛り上がりだか、小西はそれを
「落ち着け。まだ戦いは終わってないぞ。」
と制し、再びパネルに映った敵機を睨め付ける。さぁ、どう来る。そう考えていたその瞬間、パネルの映像に映った敵機が反転していくのが見えた。電探士が
「て、敵機の撤退を確認!敵編隊、本艦に背を向けて離脱していきます!」
と言った。欺瞞か?と疑った。しかし敵機はそれ以上は戻って来ずしばらくして電探の探知範囲内から敵編隊が出ていったのを確認すると、いよいよこの戦いが終わったと感じた。小西は大きく息を吸って
「敵機の撤退を確認。対空戦闘、用具納め。」
と言った。杉内もそれを復唱し
「対空戦闘、用具納め!」
と言った。そして小西は後ろにいたアリアを見る。すると、かなり疲れ果てたような表情をしていた。アリアは小西に気づくと疲れた顔を隠すかのように優しく微笑んだ。小西はその様子を見て本当に申し訳なく思い、
「陛下、この度はご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。しかし、陛下の行動が無ければ、本艦は撃沈させられていたでしょう。本当にありがとうございました。」
と跪き、深々と頭を下げた。それを見てCICにいた全員が小西と同じように跪き、礼をする。そんな小西達を見てアリアは
「さっきも言った通り、貴方達だけでこの国を護っているわけじゃないわ。頼りないかもしれないけど、私たちだって戦えるんだから。しかも、貴方達にはない魔法が使える。だから、私たちをもっと頼って頂戴。貴方達だけで背負い込まないで。」
そう言って再び微笑した。小西たちはその言葉にさらに頭を垂れ
「はっ!」
と返事をした。
そしてその後艦橋メンバーはCICの外に出て、艦橋へ向かった。小西は後で戦闘報告をするよう命ずると、小西はアリアを送り届ける為に艦内の廊下を歩いていた。外郭への通路が浸水し、艦の喫水が下がりすぎており、側面の乗艦口が使えなかった為、艦橋基部の扉へ向かっていた。やがて小西が扉を開けると夜が明けてきて、外が少し明るくなっていた。やがてアリアは少し歩くと詠唱を始めた。やがてアリアの周りに魔法陣ができたかと思うと、陛下の体はふわりと空へ浮いた。小西が唖然としながら少し浮遊したアリアを見つめるとアリアは王宮を背にして小西を見て言った。
「もう夜明けね…。今日の会議はなしでいいわ。あなた達はしっかり休みなさい。」
そう言われて小西は深く礼をして
「多大なるご配慮、感謝申し上げます。」
と言った。アリアは嘆息して
「とりあえず、頭を上げなさい。私、あんまりぺこぺこされるの好きじゃないから。」
と言い、小西が頭を上げ、アリアと視線があったことを確認すると再び口を開いて
「さっきも言ったけど、今後は絶対に私たちを頼ること。…本当に、今日は心配したんだから…。だから、お願いね?」
そう言ったその時、目の前が眩しくなったかと思うと王宮の塔の隙間から旭日が顔を覗かせた。輝かしい旭日は陛下を神々しく照らした。小西はその様子を見た時、足元にある魔法陣も相まってアリアが神のように見えた。陛下は小西に再び笑いかけ、
「それじゃあ、また。」
と言って日に向かって飛び去っていった。小西はそれを敬礼して見送り、やがてアリアが見えなくなると手を下ろし、艦内へ戻って行った。
艦内は外の神秘的な情景と違い、地獄の様相を呈していた。負傷者が医務室から溢れ、腕や足が無い者や全身が血塗れの者が大勢いた。まだ、被弾箇所からは煙が出ており、応急工作班による必死の消火活動が続いていた。小西はその廊下を一歩一歩、自身の侵した罪を踏みしめながら歩いていた。…俺が、この惨状を生んだ。その思いが小西の頭を再び駆け巡る。だが、同時にグスタフ司令から以前言われたことも思い出していた。「自分自身で人を殺したことを受け入れ、それを悔やみ、そうならないことを願い続け、どうすればこの人を殺さねばならない現状を変えられるのか考え続ける…そうすればその魂も救われる。」小西はこの言葉をこれまで何度も反芻してきた。それでもなお理解できないところもあるが、少なくともこの行為で魂が救われる可能性があるなら…。そう思い、小西は静かに目を閉じ、艦内の至る所にある遺体に手を合わせ続けた。…この戦いが終わった後、この世界にもう二度と血を流させない。だから、安らかに眠ってくれ。そう鎮魂していると、石原が俺の方は駆け寄ってきた。
「艦長。」
暗い表情で石原が呼びかけ、それに小西が無言で頷く。
「本艦の被害の全容がわかりました。艦体は喫水線を2メートル下げ、速力は30%まで低下しています。また、砲座自体に損傷はありませんが、三式弾の残弾が残り15発、コスモスパローの残弾が上部下部合残り21発となっています。また、艦体の被害が大きく、これ以上本艦は戦闘を続行できません。したがって、修理が終わるまでドッグ入りする必要があります…。」
その石原の報告を受け、小西は愕然とした。小西は、石原からの表情で、それがいい知らせでないことはわかっていたが、ここまで酷いとは夢にも思わなかった。小西は重々しい口調で言った。
「…本艦のドッグ入りは避けられない。だが、その間のここの防衛をどうするか、考えなくてはいけない。…メインスタッフをブリーフィングルームに集めてくれ。今後の計画について話し合う。」
そう言って小西はフラフラとした足取りでその場を離れた。
ブリーフィングルームに一同が集まると、小西は全員の顔を見た。どの顔も先程の戦闘で疲れ切り、これ以上は何もできない、というような感じであった。
「皆、疲れているところすまない。だが、今回の戦闘を受けて我々は今後の方針を改めて考えなければならない。」
俺がそう言うと石原が
「改めて、本艦の被害を申し上げます。今回の戦闘で戦死者は38名、重軽傷12名が出ました。また少なくとも、左舷に9本、右舷に14本の被雷、そして8発の被弾を確認しており、本艦の戦闘の続行は不可能です。また、このレベルの被害となりますと、ドックによる修理が必要となります…。」
と言った。小西は戦死者と重軽傷の数に唖然としたが、そんな暇はなく今度は杉内が。
「砲雷科としては、本艦の三式弾及びコスモスパローがほぼ底をついており、これ以上本艦は効果的な対空戦闘を行うことが不可能となっています。」
と言った。また、西村機関長は
「幸いにも機関に被弾はない。だが、破口が多く、本艦の速力が著しく減少しとる。」
と言った。それぞれの報告を集計すると各々がその被害の大きさを改めて感じることとなった。重苦しい空気が漂う中、口を開いたのは、小西だった。
「これだけの損害がある以上、本艦のドック入りは避けられない。だが、本艦が修理を行うことで敵の侵攻が増えるのは避けたい。これをどう打開するか、案がある者はいるか?」
と訊ねたが誰も手を挙げることはなく、気まずい静寂がその場を支配した。結局その日は何も得ることはできず、その場は解散となった。
小西はその後、ポケットからインカムを取り出すと耳に装着して、マイクのスイッチを入れて話し始めた。
「…阿部。聞こえるか。」
少し経っても応答が無かった為、その場にいないのか、そう思ったが
「すいません、艦長!遅れました!」
と艦内の空気とは打って変わって陽気な声をした阿部の声が聞こえてきた。小西はその様子に羨ましいなと思いつつ
「状況はどうだ?」
と訊ねた。阿部は少し考えた後、
「今、我々は二つの結論に行き着きました。それは、この世界の金属でエンジンを作るなら合金ではなく単純に一つの金属で作ったほうがいいこと、そして使うべき金属はミスリルとオリハルコン、この二つのうちどちらかがいいだろう、ということになりました。」
と報告した。小西はそれを聞いて
「わかった。ありがとう。」
と言った後、
「ああ、それと陛下に次回の会議はこの艦に来るようお願いしてくれ。」
と言った。阿部は
「わかりました。しかし、いいのですか?」
と聞いてきた。おそらく本艦の機密保持のことを言っているのだろうな、そう思ったが本艦の現状はそうは言っている場合ではない。
「先程の戦闘で本艦は壊滅的被害を負ってな。浸水によって内火艇格納庫や両舷の格納庫、そして乗艦口が使えなくなってしまってな。陸に上がることが出来なくなったから、申し訳ないが来てもらうしか無くてな。」
というと阿部は驚いたような声で
「え…。では艦は…。艦は大丈夫なのですか?」
と聞いてきた。俺は少し考えた後、正直に話すことを決めた。
「正直状況は芳しく無い。本艦の修理にはドックが必要になってくると思われるが、この国に本艦が使えるドックがあるかどうかもわからんしな…。」
そう言うと
「わかりました。会議場所変更の件に合わせてドックの件も陛下に申し上げておきます。」
と阿部から心強い声が聞こえた。気が利く奴だ、そう思いながら
「本当か?それはありがたい。では、引き続きエンジンの設計や新規建造の艦艇の設計に戻ってくれ。
と言うと
「はっ!」
と言う声が聞こえ、通信が切れた。
その後各科から報告を受け取り、小西は、艦長室に戻っていた。椅子を移動させて倒し、その上に寝転がる。…本当に俺の判断は正しかったんだろうか。そう小西は思い続けていた。もし離水して空中戦に持ち込んでいれば、浸水で死ぬ人はいなかったかもしれない。だが…。小西はこの先の言葉を飲み込んだ。そして再びグスタフ司令の言葉を思い出す。反省し続ければ魂は救われる。簡単にいえばそう言うことだが、小西にはその奥にもっと深い意味があるような気がしてならなかった。だが、その意味にたどり着くことはできず、小西は瞼をゆっくりと閉じた。夜通し戦っていた為か、考えたいことは大量にあったのにも関わらず、すぐに落ちてしまった。