命題〜異世界に命を賭けた艦の噺〜

主要登場人物

小西 慶太 
日本国航宙自衛隊第8空間宙雷戦隊所属宇宙駆逐艦「しまなみ」艦長。艦長としては異例の25歳という若さで駆逐艦の艦長を任ぜられる。その能力は絶大で、指揮官としての素質を日に日に周囲に認めさせている。一方で宙雷戦以外では能力があるとは言い難いとする人もいる。

杉内 政信 
宇宙駆逐艦「しまなみ」砲雷長。自分と同い年にも関わらず艦長となった小西を心から尊敬している。

桐原 翔馬 
宇宙駆逐艦「しまなみ」航海長。卓越した操艦能力は、戦隊随一と言わしめている。

石原 数人 
宇宙駆逐艦「しまなみ」船務長。当初は自分より若き艦長に反抗するも、艦長の指揮能力に感服し、以降艦長の為として身を粉にして働く。

西村 平太郎 
宇宙駆逐艦「しまなみ」機関長。退役間近の老体だが、そうは思わせない働きぶりと声の大きさに機関員だけでなく、乗組員からも信頼される、エリート機関長。罐焚き(かまたき)としての自身に誇りを持つ。

阿部 則弘 
宇宙駆逐艦「しまなみ」技術長。元々精鋭と言われる第一艦隊旗艦の超弩級宇宙戦艦「あまぎ」技術長だったが、噂によると問題行動を起こし、この艦の技術長として左遷されたという。乗組員は彼のことを恐れ、ほとんどの者は見かけるとすぐに去ってしまう。

アリア・ファリア  
先々代の時に惑星全土を統一し、安寧を築く異世界にある小さな星「ディ・イエデ」の若き女王。しかし即位から数年後に別の星からの侵略を受ける。女王は自ら戦闘に立ち母星を守ろうと奮起している。

マリア・オットー 
今代の女王と名前が非常に似ている上に容姿も似通っている部分が多いことから、アリアに重宝され、昔はアリアがお忍びに出かけている際は身代わりを務めるなど、アリアに振り回されていた。現在は昔ほど交流がある訳でもなく、昔からの手際の良さが買われて侍従長に就任している、王室が誇るエース級のメイド。父はディ・イエデ防衛軍上級大将のグスタフ・オットーである。


グスタフ・オットー 
ディ・イエデ防衛軍上級大将であり、司令官。母星を守る女王と共に兵を率いて戦う。とても真面目だが、新兵教育が厳しすぎることで知られ、女王からも少し抑えるようにと注意を受けている。

モンナグ・シュバッフェ     
ディ・イエデ近衛連隊隊長。戦闘に立つ女王が殺されたらどうしようと毎日頭を抱えている。


アレクサンドリア・フォースニート 
ディ・イエデが誇る最強の鍛治職人で、2000年以上を生きるドワーフ。作れないものはないという。技術者としての側面も持つ。


アルフレッド・シュターリン    
45代レミレランド帝国皇帝。ディ・イエデを占領しようと目論む。
前提知識解説

艦       
「艦」と書いて、《ふね》と読む。一般的な民間船と区別する為、本作では戦闘艦のことを艦と書いている。

艦体      
船体のこと。本作では武装艦のため、艦体と記している。

罐、機関    
いずれもエンジンのこと。

抜錨(ばつびょう) 
船が錨をまき上げること。錨を上げて出帆すること。

電探      
本作において、レーダーのこと。レーダーとは、電波を発射し、その反射波を測定することにより、対象物の位置、距離、方向を測る装置である。

魚雷      
本作においては、ミサイルよりも炸薬量、速力共に高速であるがミサイルほど機動力がないものを指す。

ミサイル    
本作においては、魚雷よりも炸薬量、速力は劣るが、機動力が高く対空、対宙の迎撃に用いられるもののことを指す。

艦隊、戦隊、群 
いずれも部隊の単位の一つ。大きい順に艦隊、戦隊、群となる。

赤、黒
主にエンジンの回転数を上げる際に用いる。例えば「黒15」であれば定められた回転数から15回転だけ増すものであり、 回転数を減らす場合には「赤10」と言うような表現を用いる。

駆逐艦     
ある程度の攻撃力と機動力を備えた、比較的小型の艦艇のことである。一般的には全長100m前後の「巡洋艦よりは小型の高速戦闘艇」を指して駆逐艦という。

巡洋艦     
軽巡洋艦と重巡洋艦に分けられる。軽巡洋艦は戦闘艦の艦種の一つ。1930年のロンドン海軍軍縮条約で定められた艦種で、主砲口径15.5センチメートル以下のものをいう。重巡洋艦も同様にロンドン海軍軍縮条約で定められた、主砲口径15.5~20.3センチメートルの巡洋艦のこと。本作でもこれと同様に軽巡洋艦と重巡洋艦を区別している。

戦艦      
大口径の主砲とを持ち、自らの主砲の攻撃に耐えられるほどの装甲を持っている艦。

宙雷戦隊    
宇宙魚雷やミサイル(本作中ではコスモスパロー)を主体とし、敵艦に向けて殴り込みをかけにいくことを主任務とした機動力に特化した戦隊。主に駆逐艦や軽巡洋艦が配属される。

直掩戦隊(ちょくえんせんたい)
直掩とは、直接掩護の略である。本作においては、ある作戦において主力戦隊を直接掩護する任務を請け負った戦隊のことを指す。

主力戦隊   
本作においてはある程度の主砲火力を有する戦艦と重巡洋艦が所属する部隊となっている。

単縦陣    
艦隊の各艦が縦一列に並ぶ陣形のこと。 基本的に2番目以降の艦は前の艦の後について動けばよいため、艦隊運動をしやすい。

単横陣    
横一列に並ぶもので、全艦隊が一斉に会敵し、攻撃を加えるための最良の陣形であった。

鶴翼陣(かくよくじん)    
自軍の部隊を、敵に対峙して左右に長く広げた隊形に配置する陣形である。単に横一線に並ぶのではなく、左右が敵方向にせりだした形をとるため、ちょうど鶴が翼を広げたような三日月形に見えることから、この名がついた。戦術的意図は、前進してくる敵軍を包囲することにある。


輪形陣(りんけいじん)     
旗艦を中央に、従属艦が周囲を取り巻くもの。周囲の輪は、二重、三重の場合もある。

弓形陣     
鶴翼とは反対に中軍が前にでて両翼を下げた「Λ」の形に配置する。大将が先頭となって敵に切り込むため士気も高く、また精鋭が開幕から戦うので攻撃力も高い。

鋒矢陣     
「↑」の形に兵を配する。矢印の後部に大将を配置し、そちらを後ろ側として敵に対する。強力な突破力を持つ反面、一度側面に回られ、包囲されると非常に脆い。縦横あらゆる偵察から兵を多く見せることができ、敵より少人数である場合、正面突破に有効である。陣形全体が前方に突出し、主戦場が本陣(司令部)よりつねに前方を駆けてゆくため、柔軟な駆動にはまったく適さない。また、陣の前方が重厚な敵部隊陣形により阻止されれば後方の部隊は遊兵となり、前方部隊の壊滅による兵の逃走が同士討ちなどの混乱をもたらす危険もある。先頭は非常に危険であり勇猛かつ冷静な部隊長が必須であるとされる。





車懸りの陣   
先に出撃した部隊が後退し、替わりに新手が出撃するという、次々に部隊ごとに攻めては退く戦法ないし陣形。旗艦を中心に、その周囲を各部隊が円陣を組み、車輪が回転するように入れ代わり立ち代わり各部隊が攻めては退いていく。


船務科     
艦の雑務をこなす職種。縁の下の力持ちである。

砲雷科
艦砲やミサイル、魚雷、対宙機銃の他、レーダー、ソナー、錨の操作を担当する部署。

航海科
艦の操艦に携わる部署。

技術科
本作においては、主に被弾時の応急修理や未知のものに関する分析を行う部署としている。

HEO
楕円を描く人工衛星の軌道において、惑星との距離が最も遠い点が対地同期軌道(高度35,786 km)の外側にある軌道の総称である


プロローグ


その星は、何年も戦争を続けていた。そして、今も戦争を続けている。

激しい放火が飛び交う中、私は冷たいトーチカのような部屋で指揮を執っていた。目の前には軍服を着た複数の男が小さな窓から望遠鏡を覗かせ、外の様子を監視している。だが、いくら見ていても私達の砲撃は「空飛ぶ悪魔」には全く効かず、逆に敵の砲撃は我々の防御砲台を豆腐を砕くより容易く、粉々に砕き散らしていた。
それでも私は諦めずに砲撃を続けようと、懸命に指示を出し続ける。だが、そんな時、ふと上から空気を切り裂くような爆音が聞こえた。それはこの部屋の直上から敵機が急降下して爆弾を投下する、まさにその音であった。マズイ、死ぬ…。そう思い身体を動かそうとしても恐怖で一向に動く気配がなく、ただただ呆然と上を見上げる。永遠にも思える時間されど一瞬のようにも思えた。あぁ、そろそろ終わりか。そう思って目を閉じようとしたその時。
「陛下ぁ!」
という声と共に部屋の中の若い男が私に飛びかかり、物凄い勢いで開いていた扉に向かって私を投げ飛ばしたかと思うと、勢いよく鉄扉が閉まり、私は廊下に投げ飛ばされた。
「な、何を…!」
そう言おうとした瞬間、目の前の部屋が吹き飛び、私もその爆発に巻き込まれて私の意識は無限の彼方へ消えていった。

…どのくらい経っただろうか。私はふと私の名前を呼ぶ声で目を覚ました。
「…下!陛下!アリア女王陛下!」
「あ…モンナグ…」
そう目をうっすらと開け、私の名前を呼ぶ人の方を見る。それに気づいたのか
「陛下はまだ生きている!急いで救護所へ搬送しろ!」
と周りの人間に指示を飛ばしていた。まだ開き切らない目で前の方を見ると、私がいたはずの部屋は跡形もなく消し飛ばされた、誰かの腕だけがそこに無惨に落ちていた。
第一章 抜錨


平和…安寧…
今、この世界はまさにそう言って良かった。1945年に幕を閉じた第二次世界大戦以来、国家間での戦争はしばしば起こっていたものの、それも100年前になりを潜め、今現在2230年まで、大規模な世界大戦は一度も起こっていない。人々は明るい顔で道を行き、絶望した顔の持ち主は皆無であった。200年ほど前は、皆が戦争に怯え、暗い世界の中を生きていたと言うのだから、それほど平和というのは人々の生活を良くしてくれるのだろう…そう思い、俺はカップを机の上に置いた。鋼鉄製の机と陶器が触れ、カチャリという乾いた音が狭い室内に鳴り響く。
…地球は平和になった。だが、それはあくまで地球だけの話だ。宇宙では17世紀から19世紀にかけて起こった植民地獲得競争が再び起こっている。数十年前、地球人類は極めて偉大な発明をした。恒星間航行能力をもつ新型エンジン「クォーク機関」の発明である。詳しい事は軍人の俺にはさっぱりわからないが、曰く「強い核力」をもつクォークのエネルギーを推進力として用いる、無限機関なのだそうだ。…そのエンジンを手にした各国はこぞって「宇宙軍」を創設し、植民惑星の獲得に躍起になっている。ついこの間もある資源惑星を同時に見つけたアメリカ連邦宇宙軍とフランス宇宙軍が発見した資源惑星を我が物にしようとして激しい戦闘を行ったばかりである。歴史は繰り返すというが、まさにその通りだとその事を知って感じたのは言うまでもない。
だが、我が国日本は第二次世界大戦後より専守防衛を貫いており、今でもその姿勢は続いていた。その方針あって、日本は植民惑星不獲得の方針を打ち出した。だが、日本も混沌を極める星間情勢を鑑みて、宇宙軍の創設が急務となった。そこで、「あくまでも太陽系内のコスモレーン(航宙航路)における日本および他国籍艦船の安全の確保」を目的として15年前、「日本国航宙自衛隊」が発足し、同時に「太陽系内の惑星や恒星および衛星、その他小惑星や準惑星は誰のものでもない」という「太陽系条例」を定めた。この条例は宇宙軍を保持するほぼ全ての国で批准され、航宙自衛隊の果たすべき責務は日に日に大きくなっている…
と、考え事に浸っていた時、ノックの音が聞こえた。
「船務長、石原入ります。」
「入れ。」
「失礼します。」
ギィ、と重い音を響かせて入ってきたのは、この艦の船務長を務める石原だった。凛とした表情で敬礼をし、言葉を述べる。
「第23回航宙模擬艦隊戦闘演習に向け、本艦の準備が完了致しました。乗組員の欠員もありません。」
「そうか。…明朝0600に本艦所属の第8空間宙雷戦隊はそれぞれの泊地から一斉に抜錨するそうだ。それまでは各員艦内にて待機せよと伝えてくれ。」
「わかりました。失礼します。」
再び重い音が響き、石原は艦長室から出ていった。
「航宙模擬艦隊戦闘演習か…」
そう呟き、再び思考の奥底に沈む。エッジワース・カイパーベルト近傍宙域で行われるこの訓練は、模擬戦が行われ、壮絶な艦隊戦が繰り広げられる、いわば航宙自衛隊にとっては唯一の実戦形式の訓練である。前回、俺は第二艦隊所属の巡洋艦「てんりゅう」で砲雷長を務めたが、なかなか思い通りに指示を飛ばすことができなかった。そこから一年たち、今は駆逐艦の艦長として指示を出す立場にいる…前回の反省を踏まえ、今度こそ卓越した指揮で艦隊を勝利に導かねば…
小西はその決意を再び噛み締め、明日の抜錨に備えて深い眠りにつくのであった。 

翌日、第一艦橋では、出航準備が着々と行われていた。
「罐の調子を万全にしとけ!特にメインエンジンのエネルギー伝導管は入念にチェックしろ!」
「…そうだ。弾薬は三式弾と実体弾を1:1で搭載だ!」
ピリついた空気の中、小西は艦長帽を深々と被り、通路と艦橋を隔てる自動ドアの乾いた音を聞き、艦橋に入った。
「各員、現在の状況、知らせ!」
小西が大声で叫ぶと、艦橋内にいた乗組員はすぐに振り向いて敬礼をしようとする。だが、小西は
「敬礼は不要だ。各員出航準備をしつつ随時状況を報告せよ。」
と言い、準備を続行させた。
やがて、士官クラスを示す肩章を輝かせ、1人の男が艦長席に近づいて来て、敬礼をした後言った。
「航海科、総勢45名、出航準備完了しました!欠員ありません。航海日程および戦闘行動予定も戦隊各隊と共有済みです。」
そう言い、去っていった。その後、彼を皮切りに次々に報告が上がる。
「機関科、総勢68名、配置完了。エンジンの状態も万全です。」
「砲雷科、総勢84名、配置につきました。」
「船務科、総勢44名、準備完了。」
「…技術科、総勢28名、配置につきました。」
そうして、全ての出航準備完了の報告を受けると、小西はマイクをとって、艦内放送を流した。
「全艦に告ぐ。こちら艦長の小西だ。まもなく戦隊全艦の出航準備が完了する。今回の任務は皆わかっていると思うが、航宙模擬艦隊戦闘演習に参加することである。今次訓練を通して、各員の能力向上に努めてもらいたい。以上だ。」
そう言い、マイクを置くと、艦橋メンバー全員が振り返って敬礼をしていた。艦橋メンバーの凛とした顔を一瞥した小西も艦長席から立ち上がって答礼をした。そんな時だった。突如ザッと言う雑音と共に艦内に通信が流れる。
「こちら第8空間宙雷戦隊旗艦、『あまつかぜ』だ。これより演習集合宙域に向け発進する。合流地点は月面沖270キロの空間点。合流地点までの航行中は第二空間警戒航行序列を維持すること。以上だ。」
それを聞いて小西は、指示を出す。
「出航用意!錨を上げろ!」
号令と共に、けたたましく出航の警報音が鳴り響く。いくら宇宙艦の発進といっても、宇宙港からの発進は稀で、基本的には海上もしくは陸上から飛び立つ事の方が多い。我々の母港は海に面しており、我々は海上発進が常であった。波は穏やかで、天気も良く、我々の出航を祝福しているかのようであった。
「補助エンジン、動力接続、スイッチオン!」
「補助エンジン動力接続。…動力の接続を確認。補助エンジン始動…補助エンジン定速回転1600。両舷推力バランス正常、パーフェクト!」
小西の号令に合わせ、西村機関長の手慣れた復唱と報告が艦橋内部にこだまする。
「微速前進」
「微速前進」
小西の号令を航海長である桐原が復唱するとエンジンから炎が吹き出し、艦がゆっくりと前進する。
「メインエンジンにエネルギー注入」
西村機関長がそう言うと同時に、小西の手元のメーターのクォークエネルギー量の項目が上昇を始めた。
…いよいよ、始まる。そう思うと、手が小刻みに震える。手を握り締めて震えを抑えて手元のメーターに注目する。その間も艦は波を割って突き進む。
「補助エンジン、第二戦速から、第三戦速へ。離水可能速度まであと5分。」
桐原がそう言うと、さらにエンジンが唸り、速度が上がる。
「メインエンジン、シリンダーへの閉鎖隔壁、開け!メインエンジン、始動4分前」
西村機関長が続ける。
「メインエンジンクォークエネルギー圧力上昇中。現在エネルギー充填90%」
「補助エンジン、最大戦速!」
「補助エンジン、最大戦速!」
桐原と西村機関長の阿吽の呼吸でエンジン出力に合わせて艦の速度が増していく。お互いの報告、復唱も熱が入っているように聞こえる。…それはそうだ。ここは航海科と機関科にとっては1番の見せ所。熱が入るのも頷ける。そう思い、小西は手元のメーターで艦の状態が適切かしっかりと確認した。
「メインエンジン、さらにエネルギー注入。現在エネルギー充填100%!」
エネルギー充填率が100%を超えると、艦橋にもエンジンの低く、渋い音が聞こえてくる。小西は、昔のことを思い出していた。
…船乗りは皆、この音を聞いて旅に立つ、と昔まだ俺が防衛学校の生徒で初めての航海の際、教官がそういっていたのを思い出した。あの頃から俺は変わったぞ、と思い、腹に力を込めた。
「メイエンジン点火、 2分前」
西村機関長からの報告でいよいよ発進が近づいてきたと言うことを改めて感じた。小西はマイクを手に取り、全艦放送をかける。
「総員に告ぐ。本艦は間も無く離水し、集合空間座標へ向かう。総員、ベルト着用。離水の際は衝撃に備えよ!」
緊迫した雰囲気。だが、不思議と乗組員の顔に緊張はなかった。
「クォークタービン、始動10秒前」
西村機関長の号令でエネルギー伝動管が開放され、クォークエネルギーがメインエンジンに伝わる。そして…
「メインエンジン、クォークエネルギー充填120%。クォークタービン、始動!」
西村機関長がついにこの号令を発すると、桐原が
「クォークタービン、始動!」
と確認し、クォークタービンが回り始めた。低い音がさらに増大する。だが、不思議と不快感はなく、心が落ち着くようであった。
「メインエンジン点火、10秒前。」
航海長がカウントダウンを始める。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0…」
カウントがゼロになり、桐原が、
「クォークタービン、コネクト!メインエンジン点火!」
と号令を発する。いよいよだ。そう小西は思い、大きく息を吸い込んで、声高らかに言った。
「しまなみ、発進!」
そう言うと同時に艦後部のエンジンノズルから勢いよく火が吹き出し、艦が上を向いたかと思うと太陽に吸い込まれるように艦が上昇を始めた。



離水から5分もすると、地球大気圏を抜け、本艦の背後には円というよりやや楕円形な地球がどっしりと構えていた。
「艦長、あと10分ほどで集合空間座標である月面沖270キロの空間点に達します。」
と、桐原から報告が上がる。
「了解した。味方艦艇の位置は?」
と尋ねると、すぐさま
「旗艦『あまつかぜ」は既に予定ポイントにて待機中です。その他僚艦の所在はそれぞれ『しぐれ』が予定ポイントから3キロ、『あきづき』が2キロ、『ゆきかぜ』が5キロ、『しまかぜ』が同じく5キロの地点です。」
と電探士から返答が返ってきた。その返答に頷き、少しし考えたのち、
「少し遅れ気味だな。増速、黒20」
と指示する。
「ヨーソロー、黒20」
と桐原が復唱したことを確認すると手元のパネルで今回の演習の戦闘計画書を出して、読みなおした。
「…演習開始の号令で我が第8空間宙雷戦隊と第9空間宙雷戦隊が艦隊より離脱して奇襲のためにアステロイド群に潜伏、その後艦隊は鶴翼陣形を敷いて敵を包囲すると見せかけて敵が両翼の艦隊に攻撃を仕掛けると同時に我が戦隊と第9空間宙雷戦隊がアステロイド群から飛び出して小ワープを敢行、敵中枢にワープアウトして敵の主力艦艇と敵旗艦を撃滅する、か…」
しばらく考えたのち、ポツリと
「これが本当にうまくいくのか…?…敵の陣形予想が何も書かれていないじゃないか…敵が単縦陣や輪形陣ならまだしもそもそも隊列を組まずに機動戦闘を仕掛けてくる可能性だってあるのに護衛の宙雷戦隊を引き離して…しかもこの戦闘計画の一つしか明記されていないし…これはどうなんだろうな…」
と呟いた。そうこう思慮を巡らしている間に、
「予定ポイントに到達!」
と桐原から報告が上がり、一旦戦闘計画書を閉じて窓の外を確認した。丁度『ゆきかぜ』と『しまかぜ』が同時についたところで、増速が功を奏したな、と内心思っていると、
「艦長!『あまつかぜ』より戦隊間通信が入っています!」
と通信士からの報告が聞こえた。
「繋げ。メインパネルに。」
そう返答し、天井に吊り下がっているメインパネル…というには少し小型なテレビジョンモニターに戦隊司令官の姿が映った。すぐさま敬礼をする。
「あー、諸君。私がこの戦隊の宙雷戦隊の司令官を任された大岸だ。よろしく頼む。」
と、タブレットを見ながら小柄で肉のある初老の男性が訓示を行う。
「えー、早速だが、これより本戦隊は第二空間警戒航行序列を敷いてだな、えー、エッジワース・カイパーベルトに程近い冥王星沖3万7000キロの空間点に向かう。えー、そこが我々α部隊の合流地点だからな、えーしっかりと行動するように。以上、何かあれば挙手。」
本来この挙手のくだりは儀礼的なものであり、本来は何もしないことが定石となっている。だが、作戦について具申するには今しかない、そう小西は思い、手を挙げた。
「ふむ、小西艦長。どうした」
「はっ、この戦闘計画書ですが、戦闘パターンが一つしか示されていないため、敵がもし隊列を組まず機動戦闘を仕掛けてきた場合等、戦闘計画書にない場合についてこ詳細な指示が示されておりません。ですから、司令官が合流地点で会議を行う際にどうか本戦闘計画書の改善を具申していただけないでしょうか。」
というと、大岸司令官はイラッとしたような顔を浮かべてこう言った。
「何を馬鹿なことをいっとるのだね。隊列を組まない?そんなケースがあるわけないじゃないか。もう少し戦闘パターンというものを勉強したらどうかね。」
「ですが…!」
「君、艦長としては異例の早さで着任したらしいが、天狗になっていないかね。具申するにしてももう少しまともなことを具申しなさい。…他にないかね」
「司令!」
「では、解散。これより目的地に向け前進する。確認するが全艦、第二戦速、だ。以上。」
そう言い、画面は黒く染まり、通信が終了したことを伝えていた。
「天狗…天狗か…どうなんだろうな…」
司令官が小西自身に向かって言った言葉を反芻しながら1人でポツリと呟いたが、そんなことをしている暇は無いと思い直し、指示を飛ばす。
「訓示通りだ。前方の『ゆきかぜ』とは現在の間隔を維持せよ。機関始動、第二戦速へ。」
「機関始動、第二戦速、ヨーソロー」
「取り舵15°」
「取り舵15°ヨーソロー」
「舵戻せ。進路060」
「進路060ヨーソロー」
と、小西の指示に桐原が復唱で答える。
「杉内、ポイント到着までは第二種警戒体制を維持。対潜、対空、対艦警戒を厳とせよ。」
「了。全艦に告ぐ。総員、第二種警戒体制を維持。対潜、対空、対艦警戒を厳とせよ。」
小西の指示を受け、砲雷長である杉内が乗組員に対して第二種警戒体制を呼びかけた。
「俺は艦長室に戻る。何かあったらすぐ報告してくれ。諸君らも交代要員としっかりと交代して演習に支障をきたさないように。」
「はっ!」
艦橋メンバーにそう言い、小西は艦橋を後にした。全長およそ117mと通常の宇宙駆逐艦にしてはやや小型な本艦には、乗組員の為の居住スペースが限られており、通常の部屋に2段ベッドが2個設置されていたりと居住性に難がある艦出会ったが、艦長室も例外ではなく、椅子とベッドが兼用であり、椅子を押し倒すことでベッドになったりとあまり居住性が良いとは言えなかった。だが、艦長である小西は俺だけ大きい部屋にしろ、などということは一切思わなかった。
それは、昔の防衛学校時代の経験があるからである。
ある航海訓練の最中、教官が我々と同じ狭い船室で寝泊まりしていると聞いた。それについて教官に直接尋ねたところ、「生徒が不便を感じる中、教官である俺が快適さを味わってはならない」、という信念によるものなのだと言われた。
それ以降、人の上に立つようになっても立場が下の人間と同じ苦労を味わうこと…それが一流の指揮官に求められる…そう思うようになった。
「とりあえず今日の航海記録を書いておくか。」
そう言い、机に設置されている大型タブレットに記録を書き残していく。
「さて…こんなものか…」
そう呟き小西は背もたれに体を預けながら考える。大型タブレットをチラリと見て小西は気怠そうにキーボードを叩く。小西が検索キーを押した瞬間、タブレットには1人の男と顔写真と名前、経歴がざっと流れ出た。小西はそれを横目にサラサラと読んでいく。
「阿部なぁ…」
そう呟きながら考える。戦艦あまぎ技術科長をしていた阿部だが、彼は昔あまぎが沈没する際、退艦禁止命令を無視し、そそくさと数名を引き連れて退艦したという噂が流れており、そのことが原因で軍から忌み嫌われているようであった。事実、彼がこの「しまなみ」に来る以前、やはり彼はあまぎにいたようで、経歴には2215年あまぎ技術科長就任と明記されている。彼が生きている以上あまぎから退艦したということは事実なようだが、果たして、本当に命令を無視して退艦したのだろうか。小西は、そのことについて阿部が赴任してきて以来、ずっと疑問に思っていた。やはり周りからは嫌われている為、周りの乗組員との溝は深いがしかし彼の働きぶりを見てきた小西としては、彼が命令を無視してまで退艦するとは思えないのだ。彼はどれだけ周りから嫌味を言われようと黙々と作業をこなし、その作業の完成度は非常に高い。普通、命令無視をするような人間であればもっと杜撰であるのだろうが…そう思ったがそこで小西は思考を中断した。止めだ、止め。他人のことを詮索するのはよろしくない。ここまでにしておこう。そう小西は自己完結した。…だが、詮索はやめると言っても演習に火種は持っていきたくない。…少し、乗組員に説教しなければならんな、そう小西は思い、そろそろ寝ようかと時計に目をやる。手元の時計を見ると午前1時を指していた。流石に寝ないとそれこそ演習に支障をきたしかねない。艦橋メンバーにしっかりと休んで演習に支障がないようにせよと命令したのに命令した本人の体調が万全でなかったら話にならない。そう思いながら椅子のレバーを下げ、椅子を押し倒し、簡易的なベッドを作るとすぐにベッドに潜り込んで瞼を閉じた。
案外疲れが溜まっていたようで、寝ながら戦闘計画を反芻しようと思ったが、そう思い通りにはいかず、意識が落ちていった。