2007年
 卵子同士の掛け合わせにより、一匹のマウス「かぐや」が誕生した。

 メス同士の単為生殖で生まれた個体は小柄で免疫力が高く、寿命も長い。

 単為生殖の技術が確立され、ヒトにも適応されるにつれ、その個体は人間の抱える問題の解決に繋がると考えられるようになった。
 例えば、人口増加に伴う土地不足問題など。

 やがて様々な観点からヒトのオスは不要とされ、時代の流れの中で社会から排斥、ついに「男」は淘汰されるに至った。

 ――現在、ヒト科のオスはこの地球上に存在しない。

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 埃臭い図書館の奥にある人類史のコーナー。
 誰も来ないこのエリアは、周囲に馴染めない私――伊部(いべ)琴菜(ことな)にとって逃げ場所の一つだった。
 私は繰り返し読んだそのページに目を走らせる。

『ヒトの繁殖はマシン『MA-J1』を使用し卵子同士の単為生殖で行われる。
 かつてはヒトも他生物と同様、生殖器による繁殖がなされていた。
 現在、こういった原始的で動物的な行為は、ヒトには不要のものである』

(原始的で動物的な繁殖……。ヒト以外の生物は今もそれが当たり前のこと……)

 私は分厚い本を閉じ、細く息を吐く。

(異性と身を寄せ合い、胎内で新たな生命体を生み育む……。その行為に憧れるのは、おかしなことなの……?)