父の海外赴任先に母も行くことになった。
私は双子の兄遼とともに日本に残り、現在通っている高校に通い続ける。
古い一軒家は売り払い、新築の高層マンションの3LDKに移り住んだのがゴールデンウィークのことだ。
数日だけ母も寝泊まりし、明日はいよいよ海外に向けて立つ。
遼が風呂に入っている間、私は母とお茶を飲んでいた。
「遼のこと、お願いね、星」
「うん」
私は反射的に返事をした。正直、母が私に何を求めているか分からなかった。
「あの子は何でもできるから誰も頼らずひとりでいるでしょう?」
「そうね」
確かに遼はボッチだ。同い年と思えないくらい精神年齢が高く、とても高校二年生とは思えない。
クラスメイトは皆程度の低い子供に見えるのではないか。だからなのか遼は部活にも属さず授業が終わるとまっすぐに帰ってくる。人との関わりを嫌うのだ。
「引きこもりにならなければ良いけれど」
「そこまで心配しなくて良いんじゃない」
「そうかしら」
「遼なら自宅警備員になったとしてもネットで生きていけるわよ。ネットトレーダーで食べていきそう」
「それはそれで心配よ。まともに友だちもいないみたいじゃない。女の子は集ってくるようだけれど。ほんとうにそういうところだけパパに似て」
「あはは……」
母が父のところに行くのは赴任先で浮気しないか心配だからだ、と私は思っている。
甲斐性がないようで父はモテる。何しろ私のパパだ。
母はそれが心配なのだ。
「遼のことは任せて、ママ。私が遼に普通の高校生活を送らせるから」
「お願いよ」
私は母にとても大事な依頼をされて得意になっていた。
親に頼られるのは嬉しい。私の場合、双子の兄に何一つ敵わなかった。
遼は成績優秀。手を抜いても学年で十番以内に入っている。体育の授業は、やる気がないものの持ち前の運動神経の良さで何でもクリアしていた。
そして家に帰ってからの生活力。全く家事の才がない私とは雲泥の差だ。
何を作らせても料理はうまい。
整理整頓を心がけ、散らかし放題の私は肩身が狭い。
あちこち部活をして帰ってきたらぐったりする私はこれから遼に面倒をみられるのだろう。
遼に勝っているものがあるとしたらコミュニケーション能力くらいか。
私は広く浅い付き合いに長けていて常に友人に取り囲まれていた。
まあその一部は遼目当てだろうけれど。
遼は密かにモテる。遼の美貌に誰もが心を奪われる。そこに男女の違いはない。遼は男の子にもモテるのだ。
「とにかく遼のことは私に任せて。大丈夫だから」
明日母が立つ。そう思うといつもはすぐに眠れるのになかなか寝付けなかった。
おまけに母とお茶を飲みすぎたみたいだ。私は夜中にトイレに行きたくなった。
リビングで声がする。母と遼だ。
母は言った。「星のこと、お願いね、遼」
うは、同じこと言ってるよ。
「あの子は人を疑うことを知らないから」疑っても顔に出さないだけだよ。
「頼まれたら何でも引き受けてしまうでしょう? 誰に似たんだか」ママに決まっているでしょう。
「部活もいくつも手伝ってばかりで帰りは遅くなるし、体を壊さないか心配だわ」それは否定しない。
「それにおっちょこちょいだし、忘れ物多いし、散らかしっぱなしだし、家事が全然できないから遼に頼むしかないわ」う! 胸に突き刺さる。
「大丈夫だよ、母さん」遼が口を開いた。「あいつは星だが太陽みたいなやつだ。あいつのところに人が集まる。まあ確かに良いヤツばかりじゃないけれどね。でも俺が見ているから。変な虫が集ったら排除するよ。だから俺に任せて」
「遼……」
遼!と私も心の中で叫んでいた。
「じゃあおやすみ」
母は部屋に入り、リビングを出てきた遼と私はトイレの前で鉢合わせた。
「聞こえてたか」
「遼……」私は感動して目を潤ませていた。
「母さんは心配性だからな。ああでも言わないと寝ないから」ん?
「クラスが違うから俺もずっとお前を見ているわけにもいかない。男に言い寄られても勘違いするなよ。お前は顔だけは良いからな。みんなお前の顔や体目当てで寄ってくる。基本的に寄ってくるヤツは相手にするな」んんん?
「そういや、トイレに行くんじゃなかったのか? 漏らすぞ」
「うるせー!」
私はトイレに駆け込んだ。
私は双子の兄遼とともに日本に残り、現在通っている高校に通い続ける。
古い一軒家は売り払い、新築の高層マンションの3LDKに移り住んだのがゴールデンウィークのことだ。
数日だけ母も寝泊まりし、明日はいよいよ海外に向けて立つ。
遼が風呂に入っている間、私は母とお茶を飲んでいた。
「遼のこと、お願いね、星」
「うん」
私は反射的に返事をした。正直、母が私に何を求めているか分からなかった。
「あの子は何でもできるから誰も頼らずひとりでいるでしょう?」
「そうね」
確かに遼はボッチだ。同い年と思えないくらい精神年齢が高く、とても高校二年生とは思えない。
クラスメイトは皆程度の低い子供に見えるのではないか。だからなのか遼は部活にも属さず授業が終わるとまっすぐに帰ってくる。人との関わりを嫌うのだ。
「引きこもりにならなければ良いけれど」
「そこまで心配しなくて良いんじゃない」
「そうかしら」
「遼なら自宅警備員になったとしてもネットで生きていけるわよ。ネットトレーダーで食べていきそう」
「それはそれで心配よ。まともに友だちもいないみたいじゃない。女の子は集ってくるようだけれど。ほんとうにそういうところだけパパに似て」
「あはは……」
母が父のところに行くのは赴任先で浮気しないか心配だからだ、と私は思っている。
甲斐性がないようで父はモテる。何しろ私のパパだ。
母はそれが心配なのだ。
「遼のことは任せて、ママ。私が遼に普通の高校生活を送らせるから」
「お願いよ」
私は母にとても大事な依頼をされて得意になっていた。
親に頼られるのは嬉しい。私の場合、双子の兄に何一つ敵わなかった。
遼は成績優秀。手を抜いても学年で十番以内に入っている。体育の授業は、やる気がないものの持ち前の運動神経の良さで何でもクリアしていた。
そして家に帰ってからの生活力。全く家事の才がない私とは雲泥の差だ。
何を作らせても料理はうまい。
整理整頓を心がけ、散らかし放題の私は肩身が狭い。
あちこち部活をして帰ってきたらぐったりする私はこれから遼に面倒をみられるのだろう。
遼に勝っているものがあるとしたらコミュニケーション能力くらいか。
私は広く浅い付き合いに長けていて常に友人に取り囲まれていた。
まあその一部は遼目当てだろうけれど。
遼は密かにモテる。遼の美貌に誰もが心を奪われる。そこに男女の違いはない。遼は男の子にもモテるのだ。
「とにかく遼のことは私に任せて。大丈夫だから」
明日母が立つ。そう思うといつもはすぐに眠れるのになかなか寝付けなかった。
おまけに母とお茶を飲みすぎたみたいだ。私は夜中にトイレに行きたくなった。
リビングで声がする。母と遼だ。
母は言った。「星のこと、お願いね、遼」
うは、同じこと言ってるよ。
「あの子は人を疑うことを知らないから」疑っても顔に出さないだけだよ。
「頼まれたら何でも引き受けてしまうでしょう? 誰に似たんだか」ママに決まっているでしょう。
「部活もいくつも手伝ってばかりで帰りは遅くなるし、体を壊さないか心配だわ」それは否定しない。
「それにおっちょこちょいだし、忘れ物多いし、散らかしっぱなしだし、家事が全然できないから遼に頼むしかないわ」う! 胸に突き刺さる。
「大丈夫だよ、母さん」遼が口を開いた。「あいつは星だが太陽みたいなやつだ。あいつのところに人が集まる。まあ確かに良いヤツばかりじゃないけれどね。でも俺が見ているから。変な虫が集ったら排除するよ。だから俺に任せて」
「遼……」
遼!と私も心の中で叫んでいた。
「じゃあおやすみ」
母は部屋に入り、リビングを出てきた遼と私はトイレの前で鉢合わせた。
「聞こえてたか」
「遼……」私は感動して目を潤ませていた。
「母さんは心配性だからな。ああでも言わないと寝ないから」ん?
「クラスが違うから俺もずっとお前を見ているわけにもいかない。男に言い寄られても勘違いするなよ。お前は顔だけは良いからな。みんなお前の顔や体目当てで寄ってくる。基本的に寄ってくるヤツは相手にするな」んんん?
「そういや、トイレに行くんじゃなかったのか? 漏らすぞ」
「うるせー!」
私はトイレに駆け込んだ。