二十××年 一月月 二十日――。



 深夜一時。
 英国調で統一された家具達はベッドが二つと各サイドテーブル。壁に付けている勉強机セットが二つ設置されているシンプルな八畳の洋室。ここは碧海聖花が丸三年間身を隠していた恭稲探偵事務所にある一室。
 その一室で暮らしている聖花は真夜中にも関わらず、ご機嫌なバレリーナのように回転をして、部屋の中で遊んでいた。
 鎖骨下で切り揃えられていた黒髪は胸下辺りまで伸び、まだあどけなさが残っていた顔立ちは大人びている。
 三年前と雰囲気が変わってはいるが、そのハリと潤いのある少し褐色した健康的な肌や、大きなアーモンド型の目元。濃いオレンジ色に赤黒い血液を混ぜたような瞳は健在だった。
「たのしみ~」
 聖花はスぺサルタイトガーネット色の瞳をキラキラと輝かせ続ける。
 けして気が狂ったわけではない。
 今日は三年振りに聖花が外の世界に出る日なのだ。
「ご機嫌ですね~」
 部屋をシェアしている白(しら)姫(き)は、自身専用の机の上で頬杖をしながら聖花を見つめ、優しく微笑む。
 シースルーバングの前髪。いつもは大き目のウェーブがかかった白髪をツインテールに結っているが、今は下ろしていて普段と印象が変わる。
 大きな瞳にくっきり二重とぷっくりした涙袋。綺麗なEラインを持つ鼻は小鼻が小さく、ぷっくりした唇と小顔がどこかあどけなさを感じさせる。
 完全なる左右対称の顔を持つ可愛らしくも美しいお人形のような少女の瞳は、珍しい濃い赤紫色をしており、パープライトを彷彿とさせる。その姿は三年前の姿と変わりはない。
当たり前だ。この女性は人ではない。二十五歳程の見目をしていながら、一〇七五才の純血白妖(はくよう)狐(こ)なのだから。
「そりゃ~、三年振りやもん。不謹慎かも知らへんけど、外出できるんが嬉しいんよ」
「ううん。聖花はあの日から三年間もの間、この一室でよく耐えたよ」
 あの日から。というのは、聖花が恭稲探偵事務所で暮らし始めた日のことだろう。
 黒妖(こくよう)狐(こ)のモノに命を狙われ続ける聖花を、実体する恭稲探偵事務所へと運んできたのは、白姫だった。
 聖花の人生は、ここに訪れた日から大きく破壊された。


  †

 今から三年前のこと。

――碧海聖花は数日後、何者かの手によって殺害される。
――ど、どういうことですかッ? 分かるように説明して下さい。
 聖花は白から告げられた唐突な殺害予言に焦り、慌てて説明を求めた。
―― 一 碧海聖花と周りの者達を守護するため、本日より二日間白姫が碧海家に同居する。
 二 二日後に碧海聖花は何者かの手によって殺害されたことにする。碧海聖花の死体を傀儡にし、碧海聖花は白姫と共にこの場所に戻ってこい。
 三 碧海聖花の儀埋葬が終了次第、契約終了するまでの期間、碧海聖花が大切に思う者達には守護者をつける。
 四 碧海聖花は恭稲探偵事務所に再び訪れた瞬間から三年間、恭稲探偵事務所から一歩も外へは出さない。
 ざっとこのような感じだ。理解できたか?


――話は分かりましたが、理解しがたいです。どうして私を死亡したことにするんですか? そんなの、二人が悲しむ。愛莉だって……。


――なら、このままずっと大切な者達に命の危機を晒し続けるのか。もしくは、その者達の目の前で自身の正体が晒されることや、黒妖弧に八つ裂きにされた姿をさらすのか? どちらが酷になるか考えれば分かるはずだ。あちら側の手で本当に死別するか、こちら側の手で義死別するか――どちらに光を見出せる?
 白は蠱惑的な笑みを浮かべ、小首を傾げて見せる。聞かなくとも聖花の答えは分かっていた。


――こ、後者でお願いします。その後のことは、恭稲さんに従います。今の私が手に負える問題ではありません。

――賢明な選択だな。後はこちら側が動く。


 そんなやり取りがあった後《のち》、今に至っている聖花だ。
 崩壊した後の長い夜が今日で終わりを迎え、止まっていた聖花の時間が再び動き出そうとしているのだ。