二〇××年 一月月 十九日――。
深夜二時。
恭稲探偵事務所に訪れていた来客は一人、立腹していた。
「なんで分ってくれないんだよッ」
話しが平行線を辿っているのか、一人掛けチェアに腰掛けていた来客がデスク前まで、勢い勇んで歩み寄る。その声音は少年のような幼さの中にも、どこか色香が含まれていた。
「理解はしている。だが、いつ何時も理解と行動が同時に動くとは限らない」
事務所に灯りはついておらず、窓ガラスのウッドブラインドは閉め切られているため、両者の顔がよく見えない。
だが、一人の影はオフィスデスク前にあるチェアに腰掛けられていることと、その独特な声音からして、この探偵事務所のオーナーである恭稲《くとう》白《つぐも》だろう。
「じゃぁ、その理解と行動が一致するのは、一体いつになるんだよ⁉ もう時間がないんだ」
「さぁな。時間軸など人によって違う。一概には言えない」
優しく響く低音の中に重厚感のあるアンティークのような深く切ない色香を持つ声音は、一人冷静だった。バイオリンのD線+威圧感が含まれるような音や言葉にはブレがなく、来客の感情に飲み込まれることが全くない。
「そりゃそうだ。俺にとってこの数年間は、何十年と経過しているようだよ。一体いつになったら方が付くんだか」
不貞腐れた来客は、どこか吐き捨てるように言った。
「歯車はすでに動き出している」
「それって、あそこに隠している“何か”のこと?」
来客は視線を動かし、智白の部屋の右隣を指す。そこには部屋はなく、ただの白壁があるだけだが、来客は何かを感じ取っているらしい。
「フッ」
白は何も答えず鼻で笑う。心なしかその音は明るい。
「……何を隠しているかは知らないですけど、この世界で妖力が弱まっているんじゃないんですか? 俺にも分かるだなんて」
一度感情を表に出して幾分か落ち着きを取り戻したのか、来客の口調に冷静さが戻る。
「うつけものよ」
白は小馬鹿にしたように鼻で笑う。刹那、来客とその場所に視線を移す。
来客が感じ取った“何か”と言うのは、依頼契約を交わしている碧海《あおうみ》聖花《きよか》という少女のことだろう。と言っても、ただの少女ではない。
半黒妖《はんこくよう》狐《こ》であり、現在黒妖狐達に命を狙われている少女――ココに匿われてから幾分かの年月が経ち、少女と言うには少し違うかもしれない。
全ての事の始まりは、今から四年前のこと――。
†
命を狙われて途方にくれていた碧海聖花に対し白は、恭稲探偵事務所へと誘う動画を聖花に送った。
聖花は自らの力で恭稲探偵事務所へと訪れ、白と契約を交わした。
聖花の瞳と脅迫状の内容からして、聖花が黒妖弧との繋がりを持つモノだと悟った白は、犯人を泳がせ深く暴こうとした。
と同時に、自己犠牲的だった碧海聖花の心の成長を促しながらも、聖花と聖花の大切な人達の命を守り、脅迫状を差し出してきた犯人である黒崎玄音を捕まえ、ひとまずは事件を一件落着させた。
だが聖花は契約違反を犯してしまい、白の監視下に置かれることとなる。と言っても、聖花に大きな負担がかかることはなかった。
聖花に課されたことは、両耳にピアスをつけて日々を過ごす事だけだったのだから。もちろん、そのピアスはただのアクセサリーではない。
大振りのスワロフスキーがゴールドの丸い枠に埋め込まれている貼るピアスの左耳は、白と連絡が取れるトランシーバーの役割を果たし、右耳のピアスは監視カメラ+人の体温が目視できるサーモグラフィ機能がついている。
白はそのピアスから送られてくる情報データーを監視していただけで、再び契約を交わす日まで、聖花と一切の接触をしなかった。
その後再び契約を交わしたのは、今から三年前のこと。
あの事件が終焉を迎えた一年間は平穏に過ごしていた聖花であったが、再び黒妖狐側のモノ達から命を狙われだした。誰かが聖花をホームに突き落としたことが幕開けコール音となった。
先手を打っていた白は、西条春香扮する白姫と、智白の腹違いである弟である白樹《はくじゅ》を聖花の護衛に付かせ、聖花と周りの者達の身の安全を守らせた。
人の言葉を話す鴉が聖花の前に現れ、聖花の感情を揺さぶり、碧海家をチョコレートを使い毒殺しようと試みた。
だが聖花は黒崎の事件で白から与えられた知恵と、アーモンド種を嗅ぎ取るという強い嗅覚を使い、聖花は危機を未然に防ぐことに成功した。
あやかし鴉からの危機を智白が救い、聖花を再び恭稲探偵事務所に訪れさせた。そして、聖花は新たなる契約を交わすこととなる。
但し、一度目の契約の際に黒崎に騙されていた聖花は、親友の愛莉を助けるために第五の条件、【これらの条件を罰した場合、恭稲探偵事務所なりの対処をさせてもらう。そこに対し、依頼者の命の保証はない。求める鍵の受け取りを放棄したとみなし、鍵を与えるも与えないも恭稲探偵事務所側の権利とみなす】というものを破っていたため、一度目の契約内容とは少し異なるものとなった。
[碧海聖花は契約終了までのあいだ、恭稲白の駒となる]
という条件が追加されたのだ。
その後、聖花は自身と両親が義理の両親であったこと。自身が黒妖狐と人間のあいだに産まれた半黒妖弧であること。半妖狐狩りがある限り、聖花は今後も命を狙われ続けるだけでなく、周りの者達にも危害が及ぶと、数々の真実を視ることとなった。
聖花は自身と大切な人達の身を守るため、白の提示する案を全て飲み込むことによって、恭稲探偵事務所側のモノ達によって守られることとなった。
【依頼者である碧海聖花の命を狙う主犯が見つかり、安全に生活出来るまでのあいだ、碧海聖花と碧海聖花が大切に思う者達を守ろう。
それと並行して碧海聖花の本当の両親についての調査を行う。
その期間は、主犯が見つかり、根本を削除するまでの間とする】
この契約を果たすため、白は聖花を自身がいる恭稲探偵事務所へ招き入れた。
[ 一 碧海聖花と周りの者達を守護するため、本日より二日間白姫が碧海家に同居する。
二 二日後に碧海聖花は何者かの手によって殺害されたことにする。碧海聖花の死体を傀儡にし、碧海聖花は白姫と共にこの場所に戻ってこい。
三 碧海聖花の儀埋葬が終了次第、契約終了するまでの期間、碧海聖花が大切に思う者達には守護者をつける。
四 碧海聖花は恭稲探偵事務所に再び訪れた瞬間から三年間、恭稲探偵事務所から一歩も外へは出さない]
という形で依頼を遂行するため――。
†
「?」
そんなことになっているなど、露をも知らぬ来客は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだった。
「この私の妖力が易々と弱まるとでも、本気で思っているのか?」
いつもよりも半音下がる声音に、来客のシルエットが硬直する。
「ぃ、いえ」
畏怖しているのか、来客の声音が裏返る。
「故意だ」
「どういうことですか?」
来客は意味が分からぬのか、怪訝な顔で問う。
「まだ知らなくともよい。時は満ちていない」
「先程は時間軸がないと仰っていたように思いますが?」
来客は少しムッとしたように反論する。
「故意に産み出された外側の時間と、内側の時間は似て非なるもの」
「……はぁ。取り合えず今日の所は帰りますけど、本気で考えていて下さいね。もう俺達には時間がないんですから」
白の言葉の真意を理解できないとばかりに小さな溜息を溢す来客は、白に背を向けた。
「……何故、自ら声を上げようとは思わない」
白は来客の背に向かい、ゆっくりとそう問いかける。
「俺がお呼びじゃないことくらい、知っているはずですよね? それに、それが古来からの仕来りなんですよ」
背を向けたままそう答える来客は、恭稲探偵事務所を後にした。
「相も変わらず、古臭く固いことを」
一人残された白は、恭稲探偵事務所の出入り口扉を見つめ、呆れの滲む溜息を溢す。
白は仕事デスクの左隣りにある赤いベアロ素材の背もたれが高貴な印象を与えているアンティークチェアに移り、長い足を組み座る。
「――」
何かを思案するように、白はゆっくりと瞼を閉じる。
閉じていた瞼を静かに開けた白は、目の前にあるミディアムロースト色をした円形サイドテーブルに置いてあるチェス盤を、ほんのしばし見つめた。
チェス盤上で繰り広げられていた試合展開は、三年前と全くもって変化していなかった。
両者キングは変わらず、元の配置に置かれている。
白板のチェス。
キングの左隣に白のルークがついている。
二のdに白のクイーン。その隣にはクリスタルのポーン。二のfに白のルーク。
三のaに白のポーン。その隣にライトローストのポーン。
三のdに白のナイト。その隣に白のビショップ。三のgにライトロースト色のナイト。三のhにライトローストのビショップ。四のhに白のポーン。
そして何故か、二のcに、フレンチロースト色をしたポーンが倒れていた。
黒板のチェスも、変わらず不思議な配置を見せている。
八のeに黒のクイーン。七のfに黒のルーク。七のeに黒のビショップ。七のaに黒のナイトが倒れ、五のcにも黒のポーンが倒れていた。
他の駒はチェス盤上には置かれていない。チェス盤の傍に、他の駒が置かれているわけでもない。
「これが、新たなる物語が始まりを告げるコールとなるか」
一人そう呟き、Cの3にいたルークを、CとDの真ん中に置いた。本来のチェスの試合ならあり得ない動きだ。
その後、恭稲探偵事務所に来客や依頼が訪れることはなく、朝を迎えることとなった――。
深夜二時。
恭稲探偵事務所に訪れていた来客は一人、立腹していた。
「なんで分ってくれないんだよッ」
話しが平行線を辿っているのか、一人掛けチェアに腰掛けていた来客がデスク前まで、勢い勇んで歩み寄る。その声音は少年のような幼さの中にも、どこか色香が含まれていた。
「理解はしている。だが、いつ何時も理解と行動が同時に動くとは限らない」
事務所に灯りはついておらず、窓ガラスのウッドブラインドは閉め切られているため、両者の顔がよく見えない。
だが、一人の影はオフィスデスク前にあるチェアに腰掛けられていることと、その独特な声音からして、この探偵事務所のオーナーである恭稲《くとう》白《つぐも》だろう。
「じゃぁ、その理解と行動が一致するのは、一体いつになるんだよ⁉ もう時間がないんだ」
「さぁな。時間軸など人によって違う。一概には言えない」
優しく響く低音の中に重厚感のあるアンティークのような深く切ない色香を持つ声音は、一人冷静だった。バイオリンのD線+威圧感が含まれるような音や言葉にはブレがなく、来客の感情に飲み込まれることが全くない。
「そりゃそうだ。俺にとってこの数年間は、何十年と経過しているようだよ。一体いつになったら方が付くんだか」
不貞腐れた来客は、どこか吐き捨てるように言った。
「歯車はすでに動き出している」
「それって、あそこに隠している“何か”のこと?」
来客は視線を動かし、智白の部屋の右隣を指す。そこには部屋はなく、ただの白壁があるだけだが、来客は何かを感じ取っているらしい。
「フッ」
白は何も答えず鼻で笑う。心なしかその音は明るい。
「……何を隠しているかは知らないですけど、この世界で妖力が弱まっているんじゃないんですか? 俺にも分かるだなんて」
一度感情を表に出して幾分か落ち着きを取り戻したのか、来客の口調に冷静さが戻る。
「うつけものよ」
白は小馬鹿にしたように鼻で笑う。刹那、来客とその場所に視線を移す。
来客が感じ取った“何か”と言うのは、依頼契約を交わしている碧海《あおうみ》聖花《きよか》という少女のことだろう。と言っても、ただの少女ではない。
半黒妖《はんこくよう》狐《こ》であり、現在黒妖狐達に命を狙われている少女――ココに匿われてから幾分かの年月が経ち、少女と言うには少し違うかもしれない。
全ての事の始まりは、今から四年前のこと――。
†
命を狙われて途方にくれていた碧海聖花に対し白は、恭稲探偵事務所へと誘う動画を聖花に送った。
聖花は自らの力で恭稲探偵事務所へと訪れ、白と契約を交わした。
聖花の瞳と脅迫状の内容からして、聖花が黒妖弧との繋がりを持つモノだと悟った白は、犯人を泳がせ深く暴こうとした。
と同時に、自己犠牲的だった碧海聖花の心の成長を促しながらも、聖花と聖花の大切な人達の命を守り、脅迫状を差し出してきた犯人である黒崎玄音を捕まえ、ひとまずは事件を一件落着させた。
だが聖花は契約違反を犯してしまい、白の監視下に置かれることとなる。と言っても、聖花に大きな負担がかかることはなかった。
聖花に課されたことは、両耳にピアスをつけて日々を過ごす事だけだったのだから。もちろん、そのピアスはただのアクセサリーではない。
大振りのスワロフスキーがゴールドの丸い枠に埋め込まれている貼るピアスの左耳は、白と連絡が取れるトランシーバーの役割を果たし、右耳のピアスは監視カメラ+人の体温が目視できるサーモグラフィ機能がついている。
白はそのピアスから送られてくる情報データーを監視していただけで、再び契約を交わす日まで、聖花と一切の接触をしなかった。
その後再び契約を交わしたのは、今から三年前のこと。
あの事件が終焉を迎えた一年間は平穏に過ごしていた聖花であったが、再び黒妖狐側のモノ達から命を狙われだした。誰かが聖花をホームに突き落としたことが幕開けコール音となった。
先手を打っていた白は、西条春香扮する白姫と、智白の腹違いである弟である白樹《はくじゅ》を聖花の護衛に付かせ、聖花と周りの者達の身の安全を守らせた。
人の言葉を話す鴉が聖花の前に現れ、聖花の感情を揺さぶり、碧海家をチョコレートを使い毒殺しようと試みた。
だが聖花は黒崎の事件で白から与えられた知恵と、アーモンド種を嗅ぎ取るという強い嗅覚を使い、聖花は危機を未然に防ぐことに成功した。
あやかし鴉からの危機を智白が救い、聖花を再び恭稲探偵事務所に訪れさせた。そして、聖花は新たなる契約を交わすこととなる。
但し、一度目の契約の際に黒崎に騙されていた聖花は、親友の愛莉を助けるために第五の条件、【これらの条件を罰した場合、恭稲探偵事務所なりの対処をさせてもらう。そこに対し、依頼者の命の保証はない。求める鍵の受け取りを放棄したとみなし、鍵を与えるも与えないも恭稲探偵事務所側の権利とみなす】というものを破っていたため、一度目の契約内容とは少し異なるものとなった。
[碧海聖花は契約終了までのあいだ、恭稲白の駒となる]
という条件が追加されたのだ。
その後、聖花は自身と両親が義理の両親であったこと。自身が黒妖狐と人間のあいだに産まれた半黒妖弧であること。半妖狐狩りがある限り、聖花は今後も命を狙われ続けるだけでなく、周りの者達にも危害が及ぶと、数々の真実を視ることとなった。
聖花は自身と大切な人達の身を守るため、白の提示する案を全て飲み込むことによって、恭稲探偵事務所側のモノ達によって守られることとなった。
【依頼者である碧海聖花の命を狙う主犯が見つかり、安全に生活出来るまでのあいだ、碧海聖花と碧海聖花が大切に思う者達を守ろう。
それと並行して碧海聖花の本当の両親についての調査を行う。
その期間は、主犯が見つかり、根本を削除するまでの間とする】
この契約を果たすため、白は聖花を自身がいる恭稲探偵事務所へ招き入れた。
[ 一 碧海聖花と周りの者達を守護するため、本日より二日間白姫が碧海家に同居する。
二 二日後に碧海聖花は何者かの手によって殺害されたことにする。碧海聖花の死体を傀儡にし、碧海聖花は白姫と共にこの場所に戻ってこい。
三 碧海聖花の儀埋葬が終了次第、契約終了するまでの期間、碧海聖花が大切に思う者達には守護者をつける。
四 碧海聖花は恭稲探偵事務所に再び訪れた瞬間から三年間、恭稲探偵事務所から一歩も外へは出さない]
という形で依頼を遂行するため――。
†
「?」
そんなことになっているなど、露をも知らぬ来客は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだった。
「この私の妖力が易々と弱まるとでも、本気で思っているのか?」
いつもよりも半音下がる声音に、来客のシルエットが硬直する。
「ぃ、いえ」
畏怖しているのか、来客の声音が裏返る。
「故意だ」
「どういうことですか?」
来客は意味が分からぬのか、怪訝な顔で問う。
「まだ知らなくともよい。時は満ちていない」
「先程は時間軸がないと仰っていたように思いますが?」
来客は少しムッとしたように反論する。
「故意に産み出された外側の時間と、内側の時間は似て非なるもの」
「……はぁ。取り合えず今日の所は帰りますけど、本気で考えていて下さいね。もう俺達には時間がないんですから」
白の言葉の真意を理解できないとばかりに小さな溜息を溢す来客は、白に背を向けた。
「……何故、自ら声を上げようとは思わない」
白は来客の背に向かい、ゆっくりとそう問いかける。
「俺がお呼びじゃないことくらい、知っているはずですよね? それに、それが古来からの仕来りなんですよ」
背を向けたままそう答える来客は、恭稲探偵事務所を後にした。
「相も変わらず、古臭く固いことを」
一人残された白は、恭稲探偵事務所の出入り口扉を見つめ、呆れの滲む溜息を溢す。
白は仕事デスクの左隣りにある赤いベアロ素材の背もたれが高貴な印象を与えているアンティークチェアに移り、長い足を組み座る。
「――」
何かを思案するように、白はゆっくりと瞼を閉じる。
閉じていた瞼を静かに開けた白は、目の前にあるミディアムロースト色をした円形サイドテーブルに置いてあるチェス盤を、ほんのしばし見つめた。
チェス盤上で繰り広げられていた試合展開は、三年前と全くもって変化していなかった。
両者キングは変わらず、元の配置に置かれている。
白板のチェス。
キングの左隣に白のルークがついている。
二のdに白のクイーン。その隣にはクリスタルのポーン。二のfに白のルーク。
三のaに白のポーン。その隣にライトローストのポーン。
三のdに白のナイト。その隣に白のビショップ。三のgにライトロースト色のナイト。三のhにライトローストのビショップ。四のhに白のポーン。
そして何故か、二のcに、フレンチロースト色をしたポーンが倒れていた。
黒板のチェスも、変わらず不思議な配置を見せている。
八のeに黒のクイーン。七のfに黒のルーク。七のeに黒のビショップ。七のaに黒のナイトが倒れ、五のcにも黒のポーンが倒れていた。
他の駒はチェス盤上には置かれていない。チェス盤の傍に、他の駒が置かれているわけでもない。
「これが、新たなる物語が始まりを告げるコールとなるか」
一人そう呟き、Cの3にいたルークを、CとDの真ん中に置いた。本来のチェスの試合ならあり得ない動きだ。
その後、恭稲探偵事務所に来客や依頼が訪れることはなく、朝を迎えることとなった――。