「なんと……お前一人なのか?」

 迎えに来た宮司が、うさぎ一人で正門の前で待っていることに驚いて、声を上げた。

 いつもは煌々と明かりが灯っている屋敷も今は正門と奥玄関、そして残っている使用人がいると思われる部屋にしか明かりが見えていない。

「今日、美月さんの婚約の儀があるとは聞いていたが……お前の嫁入り前には戻ってくるものかと思っていた」
「鷹司家で執り行うと話していたので、そのままお泊まりになるのではと思います……。慶悟様は鷹司家の跡取りです。きっと盛大に祝っておいででしょうから」

 うさぎの言葉に宮司は大きく肩を揺らした。

「神事に関わる権宮司でありながらなんという……いや、娘を一人残らせて、誰も見送りにこないとはなんという罰当たりが……今までこんなことなどなかったと聞いているぞ」

 困惑している宮司の顔を見る。もう老年で顔に刻まれた皺を、ますます深くしている。
 自分の嫁入りと美月の婚約の儀をわざと同じ日にしたのは義母と美月だろう。
 そしてその決定に父も兄も反対しなかった。
 家族でこの儀式を放棄したのは明白だ。

「宮司様、私はいいんです。もともと家族の一人とは思われておりませんでしたし、宮司様だけでもこうして見送ってくださってくれて、とても心強いです」

「うさぎ……」
 宮司は憐れむように名を呼ぶ。

「さあ、参りましょう。時間が迫っておいででしょう? 神様をお待たせさせてはいけませんし」

 うさぎは逆に宮司を励ますかのように、明るい声で促した。
 宮司が先に歩き、うさぎはその後ろについて歩く。

 明かりは宮司が持つ大きな提灯のみで、彼から離れてしまえばすぐに呑み込まれそうな闇が迫る。

 うさぎは痛めた足を気遣いながら歩いているせいで、歩みが遅い。
「うさぎ、どうした? 歩きが速いか?」

 宮司は何度も振り返っては、労って歩みを合わせてくれる。

「すみません。こう言った衣装は着慣れないもので……」
「はは、何度も着慣れるまで花嫁衣装を纏っては困るぞ」

 場を和ませるように言ってくれる宮司が、うさぎにはありがたかった。

 この村でうさぎを一人の人間としてみて、優しくしてくれるのは宮司しかいなかったのだ。

 うさぎは、この好々爺の手引きで神の元へ行くだけでも幸せを感じていた。