辻結神社の本宮の建て直しは着実に進んでいた。
 
 建て直しの際、鷹司家から寄付と宮大工の派遣を多く融通してもらったお陰か、一年半の予定より早く終わりそうで、宮司含む神社関係者はホッと胸を撫で下ろしていた。

「鷹司家には感謝せなばならんな」

 槙山家の当主勇蔵がえびす顔でそういえば、婚約した美月が「ふふ」と自慢気に鼻で笑う。

 長女美月の婚約者慶悟の実家は鷹司家で、政権の中枢を担う一族だ。
 宮家とも縁が深く、日の本の国でも指折りの富豪である。

 地方宮家農で裕福な槙山家ではあるが、日の本全体で見れば地方の豪族でしかない。
 
 そんな槙山家が鷹司家と繋がりを持つことができたのは、長男の勇が優秀で帝国大学に入学し慶悟と親友になったことが大きい。
 互いに「親友だ」と言い合うほど親しくなり、互いの実家に行き来するようになる。

 慶悟は由緒ある血筋と上級貴族という矜持を持つものの、先進的な考えをする青年でまた、生粋のお坊ちゃま気質でもある。
 それ故、純粋に勇の優秀さに惹かれ、閉鎖的排他的な傾向のある田舎で成長した彼の精神主義にも興味を抱いたのだ。

『勇の中には心霊主義と根性論が同等にあり、見事に均衡している』と言い、勇本人に首を傾げられたことがある。

 恐ろしいスピードで急発展している帝都に住む慶悟にとって、車で二時間ほどの片田舎にいくだけで神の存在を信じ、神を崇めたて村を営むという日常が堪らなく興味を惹いたのだ。

 そう結婚に興味のない慶悟は、勇の妹である美月とあっさり婚約を結んだ。
 慶悟の父親は後継者である慶悟に対しては、相当に甘かった。

 それに鷹司家の勢力を全国に拡げていくべきだろうという野心もあり、地方豪農である娘の結婚を許したのだ。

――そんな背景もあり、槙山家はうさぎの存在を抹消したかった。

 そんな折に百年に一度の本宮の建設と、荒神に差し出す『贄』は大層都合がよかった。

 現在美月は秋に式が決定した婚礼に向けて、花嫁道具と花嫁修業をしている。
 といっても、裁縫や洗濯などの家事の修行ではなく、いずれ慶悟の外交等の接客にあわせた外国語やダンスなどだ。
 家事全般など使用人に任せて、自分は女主人として指示を出せばいい。
 慶悟以上に甘やかされた美月は、疑いもなくそう思っていた。

 週に一度鷹司家に出向き、海外のマナーや嫁ぎ先の習慣なども学んでいる。
 我が儘な美月であったが、家が実家より格式が高いということを理解しているせいか、真面目に取り組んでいた。
 それは自分の矜持を満たすもので、全く苦にならなかった。

 ただ、鷹司家に行けば行くほど、自分の家の古くささと封建、そして『神』など目に見えないものに対する信仰が馬鹿らしくなっていったのも事実だ。

 だからこそ――家の敷地内に建てられた『仮宮』に猜疑心と鬱陶しさに頭がモヤモヤとしていた。

 そこは『異空間』らしく静寂に包まれており、たまに鳥の鳴き声しか聞こえない。
 霊感や、感の強い者だったら容易にわかる『神のおわす場所』だ。

 だが、美月にはてんで感じない。

 昔は――少しは感じていたかもしれない。
 槙山の血はもともと辻結神社の祭司であり、神社の創設者である。

 それなりの霊力のある一族だったが、時を経て神社以外の事業に着手するようになってからは、徐々に力は失っていった。
それは『金』に貪欲になったからだろう。
 霊力を失っていくことに後悔はなかった。
 だが、一族の繁栄はこの辻結神社を建て奉ったことから始まっていることは理解していた。
 だからこそ、宮司を降りてもこの神社を奉り大切にすることだけは守っていた。

 しかし『神』の存在を、超自然現象を、感じなくなった鈍感な精神は、神を敬うことをなくしてしまうのには十分であった。

 いや、それでも形だけでも敬う気持ちがあれば、過去の『神へ捧げる贄』に関しての情報がねじ曲がることはなかっただろう。