朝ご飯を食べ終わる頃、別の兎が数匹やってきてお膳を持っていった。

「とても美味しく頂きました。ごちそうさまです」
と礼を言うと、兎たちは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら部屋から出て行く。

その様子をうさぎは、
「お膳、落とさないのね。すごいわ」
 と、感心しながら見送った。

 兎たちが見えなくなるとうさぎは途端、不安が襲ってくる。

 アカリは酷く憤っていた。
 怒りそのままに荒日佐彦の神に報告していたらきっと供にお怒りになり、村人たちが大変な目に遭うかもしれない。

(ううん、もう遭っているかもしれない……)
 私の余計な一言が厄災を引き起こすかもしれないと思うと、体の震えが止まらなかった。

(家に居るときのように、息を殺して大人しくしていればよかった)
 自分の容姿に恐れることなく、話しかけてくれたアカリが嬉しくてついつい喋ってしまった。

(お会いしたらすぐに謝罪しなくては。お怒りであったのなら、私が全ての罪を償うと言おう……)

 私は村の発展と繁栄のために生まれたのだから。





 縁側を歩く足音に、うさぎは居住まいを正す。

 まだ足は痛むが、堪えられないほどじゃない。
 障子越しに映る影にうさぎは、ホッとしたようなガッカリしたような気持ちになった。
 障子に映る影はアカリ一人。荒日佐彦神のあの、大きくて荒山のような影はない。
 一緒に来なかったのか。それともこれから自分が向かうのか。

「うさぎ様、失礼します」
「はい」
 うさぎのはっきりと返事に、アカリはにこやかに障子を開ける。

「……?」
 うさぎは、アカリの手のひらの上に乗っている小さな茶色の針山に首を傾げた。

「うさぎ様、荒日佐彦様のお越しでございます」
 アカリの言葉にうさぎは座礼をする。
 茶色の針山が気になるが、今は荒日佐彦神に許しを請うのが先だ。

「顔を上げよ」
 すぐ近くで小さな男の子の声がして、うさぎは頭の中で「はて?」と思いながら顔を上げると――目の前に小さな茶色い針山が鎮座していた。

「荒日佐彦様であらせられます」

 縁側に控えたアカリが厳かに口を開いた。

 わけがわからなく、うさぎはジッとその茶色の針山を見下ろす。
 確か自分が見たのは、見上げるほど大きな長い毛で覆われた熊のような神であったはず。
 今、自分は見上げているのではなく見下ろしている。

(……いったい、どういうことなのかしら?)
 訳が分からず、うさぎの頭は混乱した。

「……あー」
 そのとき、小さな針山が咳払いをした。

「昨夜は済まなかった。たいそう怯えさせてしまったようだ」

 幼い声で話しかけてきて、うさぎは肩を震わせた。ようやく気づいたのだ。

 この小さな茶色い針山が荒日佐彦神だということに。