(改稿版)レアジョブ【精霊騎士】の俺、突然【勇者パーティ】を追放されたので【へっぽこ幼女魔王さま】とスローライフします。

「精霊騎士ハルト・カミカゼ。平民を扇動(せんどう)謀反(むほん)を企てた罪により、君を勇者パーティから追放する!」


 ある日、リーラシア帝国・帝都の街酒場で飲んでいたところ、突然、勇者から呼び出された俺――精霊騎士ハルト・カミカゼは、挨拶をする間もなく唐突に、予想もしなかった言葉を投げかけられた。

「いきなり呼び出してなに言ってるんだよ? まったく意味が解らないんだが。俺はそんなことした覚えはないぞ?」

「言い訳はいい! 証拠はあがっているんだ!」
「証拠? 証拠ってなんだよ?」

 証拠と言われてもこれっぽっちも心当たりがなかった俺は、思わず首をかしげてしまう。

「君が事あるごとに街に繰り出しては、平民どもにあることないことを語って聞かせ、自分のシンパを募っていることは、既に調査済みだ」

「いやいや、あれはそんなんじゃないっての。ただ街で飲み歩いているだけだから」
「ふん、白を切る気かい?」
「白を切るもなにも、まったく身に覚えがないからなぁ」

「だったらなぜ、平民どもは北の魔王ヴィステムを討伐した勇者の僕ではなく、精霊騎士ハルト・カミカゼをこうまで持ち上げるんだ! まるで北の魔王ヴィステムを討伐したのが君であるかのように、平民どもは君を熱烈に支持しているじゃないか!」

「そりゃあ、よく街で飲んでいるから、単に親近感が湧いているんだろ? 遠くのお姫様より、近くの幼馴染のほうが可愛く思えるようなもんだ」

 だって言うのに、勇者は聞く耳を持ってはくれなかった。

「シャラップ! 黙れ! 事ここに至って居直るつもりかハルト!」
「だから居直ってなんかないってば」

「黙れと言っているだろう! 挙句の果てに、吟遊詩人どもは勇者である僕よりも精霊騎士ハルト・カミカゼの武雄譚(ぶゆうたん)を歌い奏でる始末ときた! これには心底、腹が立ったよ」

 よほど、はらわたが煮えくり返っているのか、そう言い捨てた勇者は終始苦り切った表情だった。

「先の大戦で北の魔王ヴィステムを討伐したのは、勇者であるこの僕だ! 君は魔王四天王の一人を――確かに奴は北の魔王ヴィステム討伐において最大の障壁だったが――援護できないように、ひたすら釘付けにしていただけじゃないか!」

「だからそれも分かっているって。別に俺は、自分が北の魔王ヴィステムを倒したなんて一言も言っていないだろ?」

「どうだかな。少なくとも平民どもは精霊騎士ハルト・カミカゼが、北の魔王ヴィステム討伐において大活躍をしたと、この僕よりも持ち上げているのだから。これは揺るぎのない事実だ! まったく、これだから道理を知らぬ学のない平民どもは困る」

「それなら、今度お前も街で飲んでみたらどうだ? 堅苦しいマナーとかお作法とかが一切ないから、気楽に飲めていいぞ?」

「はんっ! どうして勇者であるこの僕が、薄汚い平民ごときと肩を並べて酒を飲まないといけないんだ! やはり君は、僕を馬鹿にしているようだな!」

「お前こそさっきから平民平民って、馬鹿にしたみたいに言うけどさ。俺もお前も元々は平民じゃないか」

 ほんの半年ほど前、北の魔王ヴィステムを討伐した功績を認められた俺は、下級貴族である騎士の位を授与された。
 その時初めて、俺は『剣も使える精霊使いの平民』から、正式に『精霊騎士』になった。

 そして勇者は貴族の中でも一握りしかいない侯爵の爵位を授与され、つまりは上級貴族へと取り立てられていた。

 それは裏を返せば、ちょっと前までは、俺も勇者もどちらも平民だったということでもある。

「不敬な……! 僕は勇者であり、上級貴族だ! それ以外の何者でもない。もういい、話は終わりだ。もう一度だけ言うぞ。精霊騎士ハルト・カミカゼ、謀反の疑いにより君を勇者パーティから追放する。数日内に帝都を出ていきたまえ。これは勇者が受けた神託――神の言葉である」

「神託ってお前、冗談だろ?」

 勇者の得る神託とは、すなわち神の啓示だ。
 それは皇帝や王、法律の上位に存在し、何者も抗うことは許されない絶対の命令――!

「話は終わりと言ったはずだ。さようならハルト、もう君の顔を見ることもないだろう」

 この言葉を告げたことで溜飲が下がったのか、勇者はしたり顔で薄ら笑いを浮かべていた。

 この馬鹿にしたような態度。
 間違いない。
 この神託は十中八九、勇者が勝手に作った『偽の神託』だ。
 人間の希望と未来を指し示す神託が、こんな事実無根で個人的なものであるはずがない。

 だが神託は勇者しか聞くことができない以上、勇者以外の誰も真偽を証明することはできなかった。

「マジ……かよ……」

 こうして。
 北の魔王ヴィステムの討伐を成し遂げた勇者パーティのメンバーの一人――俺こと精霊騎士ハルト・カミカゼは。
 ある日突然、理不尽にも勇者パーティを追放されてしまったのだった。


 二か月前に購入したばかりの真新しい屋敷の、真新しい門の前で、俺は使用人たちと最後の別れを行っていた。

「こたびは私どもの力及ばず、お館様の無実を証明することが叶いませんで、誠に申し訳ありませんでした」

 先日雇い入れたばかりのナイスミドルな執事長が、腰を90度に折る勢いで、深々と頭をさげてくる。
 後ろに並んだ他の使用人たちも、それにならって一斉に頭を下げた。

「いいや、すまないのは俺の方だよ。みんなを雇って早々に無職にさせちまってさ。渡した一時金で、次の職を見つけるまでどうにか食いつないでくれ」

「なんともったいないお言葉。数年は働かずとも食べていけるだけの、十分すぎるほどの支度金を頂いた上に、そのような優しいお心遣いまでいだたけるとは」

「俺にはもうそれくらいしかしてやれないからさ。じゃあ、日も高くなってきたし俺はもう行くよ」

 俺は使用人たちに背を向けた。

「お館様、どうかご武運を――」
「「「「ご武運を!!」」」」

 こうして。
 勇者の受けた『神託』によって追放された俺は、使用人たちの温かい言葉に見送られながら、屋敷を後にした。

 謀反の疑いをかけられた俺だったものの、北の魔王ヴィステム討伐の功もあって都払(みやこばら)い――帝都から追放されるだけで許されていた。

「許されていたっていうか、そもそも何もしてないからなぁ……」

 今回の神託は間違いなく、偽りの神託だ。
 けれど俺にはそれを証明する手立てがない。

「神託は勇者だけが聞くことができる、神の言葉だ。聖剣に選ばれた勇者が神託を受けたと言えば、それは皇帝陛下の勅命よりも重い意味を持つ。頭では分かっちゃいるけどなぁ」

 分かっちゃいるが、こうもあからさまに悪用されると、愚痴の一つも言いたくなるってなもんだった。
 もちろん愚痴を言っても何も解決はしない
 俺にできることは、ただただ神託に従うことだけだった。

「ま、考えてもしょうがない。ここからまた人生をやり直そう」

 俺は勇者の持つ聖剣と並んで『第一位階』に属する『黒曜の精霊剣・プリズマノワール』を腰に差し、一路新たな旅立ちへ――!

「うーむ、どこへ行ったものか……」
 ――向かいかけて、しかし初っ端から途方に暮れていた。

「とりあえずは気楽な一人旅でもと考えていたけど、そもそもどこへ行くかすら決めていないもんな」

 帝都の城門を出てすぐ、街道の最初の分かれ道の脇の草むらで、俺はどうしたものかと思案していた。
 なぜ脇の草むらかというと、帝都へ続く街道はどこも行きゆく人でいっぱいだからだ。
 なので、立ち止まる時は交通の邪魔にならないように、道の外に出るのが帝都周辺の街道の暗黙のルールだった。

「帝都に近いところにいるのは、また謀反の疑いを吹っ掛けられるかもしれないから、まずいよな。ま、考えても仕方ないか。それにこういう時のためにこいつがあるんだしな」

 俺は腰に差していた黒曜の精霊剣・プリズマノワールを、鞘から引き抜いた。
 黒曜石のように美しく黒光りするその剣を、ザクっと無造作に地面に突き刺す。

 そして、

「幸運を呼ぶ精霊【ラックス】よ、今こそその力を示したまえ! 【未来視(ビジョン)】!」
 俺は幸運の上位精霊【ラックス】へと力強く呼びかけた。

 ――あいさ~――

 すると、ちょっとアホそうな声が返ってきたかと思うと、地面に刺さっていた黒曜の精霊剣・プリズマノワールが軽く震えて、その直後、ぱたんと勝手に倒れたのだ。

 その倒れた方向とは。
「南か。人間族と友好的な南の魔王が治める地域だな。よし、行ってみるか」

 別に一人二役を演じて遊んでいたわけではない。
 幸運の最上位精霊【ラックス】による、使用者を幸運へといざなう道を指し示す【未来視(ビジョン)】という高位の精霊術を行使したのだ。

 過去の経験から、俺はこの精霊術にかなりの信頼を持っていた。

 俺は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを拾い上げると、【未来視(ビジョン)】に導かれるままに街道を南に向かって歩き始めた。

 そのまま明確な目的もなく、周りの風景を楽しみながら街道を一人、南下してゆく。

「そういや、こうやってのんびりと一人旅をするのは初めてだな」

 勇者パーティでの旅は、北の魔王ヴィステム討伐という究極の目的を達するための、常に死と隣り合わせの過酷に過ぎる旅だった。

 特に最終決戦を前に、味方の一大陽動作戦を待って、敵軍ひしめく魔王城の近くで身を潜めていた時などは、生きた心地がしなかったものだ。

「あの時と比べれば、今は行く当てがないってだけで、ずいぶんと気楽なものさ」

 俺は分かれ道があるたびに、黒曜の精霊剣・プリズマノワールを倒しては行く先を決めるを繰り返す。

 そうして帝都からどんどんと離れていくにつれ、次第に人の往来も減りはじめ。
 今ではほとんどすれ違う人もいなくなっていた。

「それにしても、まさか勇者パーティを追放されただけじゃなく、帝都まで追い出されるとはな」

 俺は誰に聞かせるでもなく独り言をつぶやく。
 人間誰しも、周りに誰もいないと自然と独り言が多くなってくるものなのだ。

 北の魔王ヴィステム討伐の功績で得た報奨金は、高価な宝石に変えることで、一部を持ち出すことができている。
 だから派手に無駄遣いさえしなければ、宝石を換金するだけで、一生遊んで暮らせるはずだ。

 だけど俺は――。

「どうせ一度きりの人生なら、俺は自分の人生に意味を持たせたい」

 過酷な選抜試験をクリアして勇者パーティに入り、長年に渡って人間族を苦しめてきた北の魔王ヴィステムの討伐という困難な旅に参加したのも、俺の人生に意味を持たせたいがためだった。

「でもこうなった以上、寂れた辺境の地でスローライフするのも致し方ないか」

 謀反の疑いで精霊騎士ハルト・カミカゼが帝都を追放された話は、そう遠くないうちに帝国中に広まるだろう。
 帝国の外に出るか、出ないなら隠居してひっそりと波風絶たない生活をするしか道はない。

 帝都――最も華やかで、なんでもあって、そして最も競争が激しい世界――で全力で生きる。
 そんな人生を、俺はもう送ることはできないのだから。

 そんなことをぼんやり考えながら、太陽が傾き始めた街道を歩いていた時だった。
 
「――――――っ!」

 遠くから、女の子の悲鳴のような甲高い声が聞こえてきたのは――!
 俺は即座に立ち止まると、意識を集中し、耳を澄ませる。

『誰か――! 助力を――!』
 間違いない、それは助けを呼ぶ声だった。
 場所はここから数キロも離れた、街道を大きくそれた平原だ。

 数キロなんてのは普通の人間なら絶対に聞こえない超長距離だ。
 けれど精霊騎士の俺は違う。

 お節介なことで有名な風の最上位精霊【シルフィード】が、【遠話(テレフォン)】という精霊術で遠く離れた場所での悲鳴を、この場所にいる俺へと届けてくれたのだ!

「やれやれ。追放された感傷にも浸らせてもらえないとはな。もちろん見過ごすってのは無しだ。【シルフィード】! 風系精霊術【エアリアル・ブーツ】発動!」

 ――はーい――

 俺の言葉に、即座に風の最上位精霊【シルフィード】が応え、俺の足が一陣の風をまとう!
 空を駆けるがごとく長距離高速移動を可能にする風系精霊術【エアリアル・ブーツ】を発動したのだ!

 準備を整えるや否や、俺は疾風のごとく走り始めた。
 周囲の景色がぐんぐんと、ものすごいスピードで後方へと流れてゆく。

 時速60kmを越える超スピードで、1キロを1分もかけずに駆けた俺は、ものの2分で声の聞こえた場所近くへとたどり着くと、

「【ルミナリア】! 光系精霊術【光学迷彩】発動!」

 ――かしこまりました――

 走りながら、光の最上位精霊【ルミナリア】の力でもって、まずは自分の姿を周囲に溶け込ませた。
 これで敵は、俺の姿を視認することができなくなる。

 さらに!

「戦いの精霊【タケミカヅチ】よ! 戦闘精霊術【カグツチ】発動!」

 ――御心のままに――

 戦いの最上位精霊【タケミカヅチ】の力によって、俺の身体に膨大な精霊力がみなぎり、戦闘力が大幅に向上する!

 準備を万全に整えたところで、俺はちょうど現場に到着。
 野盗らしき汚い身なりの男が30人ほど、白塗りが美しい綺麗な馬車を襲撃しているのが目に映った。

 護衛と思しき女騎士が1人、馬車の前で孤軍奮闘で応戦しているが、

「く――っ!」
 剣を弾かれてしまい、今にも捕まりそうな状況に陥ってしまう。

 とても可愛い顔立ちをしていて、野盗に捕まった後にひどい目にあわされるのは想像に難くなかった。

「この状況、どちらが悪いかは一目瞭然(りょうぜん)だな」
 俺は悩む間もなく野盗に斬りかかった。

「げへへ、散々てこずらせやがって。だが上玉だな。へへっ、今夜は最高の夜になりそうだぜ」
 まずは好色そうな笑みを浮かべながら女騎士に近づいていく野盗を、一刀のもとに斬り捨てる。

 さらにもう一人、さらにもう一人と、俺は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを振るって、一片の容赦もなく斬り捨てていった。

 俺の経験上、こういう不逞の(やから)(しつけ)のなっていない獣と同じで、似たようなことを何度も繰り返す。
 生かしておいてもろくなことにはならなかった。

 と、見えない俺に仲間を次々と斬り倒されたことで、残った野盗たちが騒然とし始めた。

「なんだなんだ! 一体どうなっている!?」
「何が起こっているんだ?」
「姿は見えないが、何者かがいるぞ!」
「くっ、ダメだ! なんも見えねぇ!」

 完全に浮足立つ野盗たち。
 このまま姿を隠して全滅させる手もあったんだけど、

「せめてもの情けだ。残りの奴らには、冥途(めいど)の土産に誰にやられたかくらいは教えてやるか」

 俺は【光学迷彩】を解除すると、女騎士と馬車を守るような位置で姿を現した。

「な、なんだこいつ! いきなり現れやがったぞ!」
「こいつがやったんだな!」
「よくも仲間を殺りやがって!」
「許さねぇ!」
「気をつけろ、奇妙な術を使うぞ!」

 突如として戦場に姿を現した俺を見て、残った野盗たちが騒ぎ出す――がしかし、

「おいおまえら! 臆することはねぇ! 相手はたったの一人だ、包囲陣形で囲んで一気にボコっちまえ!」

 リーダーらしき男が号令をかけると、野盗たちはピタリと落ち着きを取り戻した。

「なるほど、よく訓練されているな。指揮系統がしっかりしていて、部下も命令を理解する頭を持っている。ってことはお前ら、終戦で職を失った傭兵崩れか」

「はん! だったらどうだってんだ?」

 俺がこいつらの素性に当たりを付けている間にも、野盗集団は手慣れた動きで俺をぐるりと取り囲む布陣を完成させた。

「やれやれ。それなりに知恵は回るみたいだが、それ以前にこうやって正対しているのに格の違いも分からないとはな。ま、その方が手間が省けるんだけど」

「ぬかせっ! かかれ!」
 リーダーの合図によって、野党たちが俺へと一気に殺到してくる!

 だがしかし。
 北の魔王ヴィステムが誇る精鋭魔族部隊と何度も戦い、泥まみれで死線を潜り抜けてきた元・勇者パーティの俺にとって、たかが傭兵崩れの野盗など子供の相手をするのに等しい!

 次々と襲い掛かってくる野盗たちを片っ端から斬り捨てた俺は、ものの1分とかからない内にリーダーを含めた野盗の集団を一人残らず、文字通り全滅させた。
「ま、手練(てだ)れといっても、傭兵崩れならこんなもんか」

 最後に残ったリーダー野盗を斬り伏せ、さくっと戦闘を終わらせた俺は、

「【カオウ】、 【ホーリー・フレッシュ】だ」

 ――りょーかい――

 すぐに浄化の最上位精霊【カオウ】に呼びかけ、黒曜の精霊剣・プリズマノワールについた野盗の血と脂を、聖なる力によって浄化した。

 戦った直後とは思えないほどに、見違えるように綺麗になった黒曜の精霊剣・プリズマノワールを慣れた手つきで鞘に納めると、俺はあわやひどい目にあわされるところだった女騎士へと近づいていく。

「よ、災難だったな」

 馴染みの友人に軽く挨拶するような調子で、俺は片手を上げた。
 もちろん敵意がないことを示すように、にっこり笑顔も忘れない。

 あれはたしか、北の魔王ヴィステム討伐の旅を始めてすぐの頃だったかな。
 戦闘時の固い表情を引きずっていたせいで、助けた子供に怖がられた――なんて経験が俺にはあった。

 表情一つで相手の受け取り方が180度変わるという、得難(えがた)い実体験だった。
 それ以来、俺は笑顔を意識するようにしている。

「ご助力いただき誠にありがとうございました、旅の剣士様。なんとお礼を申し上げればよいのやら」

 護衛の女騎士は自分の剣を拾い上げて鞘に納めると、腰を大きく折り曲げながら丁寧に頭を下げた。

 胸がばいんと大きく、腰がきゅっと(くび)れていて、ビキニアーマーとまでは言わないけれど露出が多く防御力が極めて低そうな――だけどとても高貴そうな白銀の鎧に身を包んでいる。

 見栄え重視の祭典・儀式用か、そうでないなら何らかの術で防御加護を付与された最高級のアーマーだろう。

 でないとこの露出の高さ――おへそは見えているし、ミニスカートで太ももが大きく露出している――からくる防御力の低さは理解に苦しむ。
 常識的に考えて。
 鎧の意味がまったくない。

 もちろん見る分には素敵なんだけれども。

 そして頭を下げた時に金髪のポニーテールがぴょこんと可愛く揺れたのが、目を引いた。
 手入れされた透き通るようなさらさらの金髪に、とてもよく似合っている。

 優雅さすら感じさせるアーマーのデザインといい、どこか気品のある立ち居振る舞いといい、おそらく護衛の女騎士自身もそれなりに高い身分なのだろう。

 そしてそれはつまり、それよりもはるかにやんごとない身分の者が、あの美しい白馬車の中には乗っているということだ。

 だからといって、変にかしこまるつもりはないんだけどな。
 俺は平民上がりだし、マナーとか敬語とか堅苦しいのは苦手だからさ。

 それにしてもだ。
 助けに来てすぐに気づいてはいたんだけど、改めて思う。

「改めて見ると、本当に可愛い女の子だな。好みか好みじゃないかと聞かれれば、めちゃくちゃ好みだ」
「か、可愛い!?」

 女騎士がぴょこんと小さく飛び上がった。 

「え、あれ、声に出てた?」
「で、出ておりました、旅の剣士様……」

「いやまぁ……うん。可愛いと思うぞ」
「あ、ありがとうございます」

 あまりこういったことを言われた経験はないのだろうか。
 女騎士は耳まで真っ赤っかになって、挙動不審にそわそわとしている。
 さっきまでの凛々しく戦う姿とのギャップが、これまたすごく可愛いな。

 こほん。
 まぁ、それはそれとしてだ。

「襲われている女の子を助けるのは当然のことだよ。見たところ怪我もないようで何よりだ」

 人助けは元・勇者パーティの俺としては、しごく当たり前の行為だ。
 なので俺的には、特に助けてどうのこうのって気持ちはなかったんだけど――、

「ああ、なんと素敵な殿方なのでしょう」

 金髪女騎士さんは胸元できゅっと右手を軽く握りながら、尊敬のまなざしと共に小さな声で呟いた。
 頬は赤く染まり、目は潤んだようにキラキラしている。

「お、おう」

 元・勇者パーティの凄腕の精霊騎士とはいえ、俺も人の子なので、可愛い女の子にこういう対応されるとまんざらでもない――いや、素直に嬉しかった。

 なんともこそばゆい雰囲気が出来上がったところで、

「こたびは本当に助かったのじゃ。そなたの助力と献身に心からの感謝を」

 馬車から一人の少女が降りてきたかと思うと、ねぎらいの言葉をかけてきた。
 馬車から降りてきた少女――いや幼女かな?

 ()()色っていうのだろうか。
 カラスの羽が濡れたようなしっとりと艶のある黒髪を、背中のあたりまで伸ばした――小さな女の子だった。

 身長は140センチくらい。
 174センチの俺と比べると頭1つ分以上小さかった。

 だというのに――胸は女騎士に勝るとも劣らずのビッグサイズときたもんだ。
 自然、俺の視線もそこへと吸い寄せられる。

 あどけない童顔と低身長なのにこの圧倒的なサイズ……、

「これがロリ巨乳ってやつか……」

 大きなダイヤモンドを慎重に見定める鑑定士のような、すこぶる神妙な面持ちで言った俺に、

「お主いきなり失礼な奴じゃの!?」
 幼女は大きな声で抗議をしてきた。

「あれ、俺また口に出してた?」

「出しまくっとるわい! 雨後のタケノコのごとくバンバン出しまくっとるわい!」

「ごめん、悪気はなかったんだ……」

 今のは120%こっちが悪かったので俺は素直に謝罪した。
 あまりに素晴らしいものを見せられて、一瞬我を忘れてしまったようだ。

「いや良いのじゃよ……なにせこたびはそなたに命を助けられたからの。それくらい全然ちっとも構わんのじゃ……ちいさいことなんぞ別に気はしておらんのじゃからの……ぐすん……なにゆえ長身種族であるにもかかわらず、(わらわ)の身長はこうまで伸びんのか……」

 そんなイジイジいじけた幼女の服装は、上は白の半そでブラウスだった。
 袖口や襟元にピンクのチェックが入った可愛らしいデザインだ。

 下もそれに合わせたピンクチェックのプリーツスカートで、見ようによっては学生服のように見えなくもなかった。

「時にそなた、精霊術の使い手じゃな? しかも冴えわたる剣の腕。よほど名のある【精霊騎士】と見た。馬車から全て見ておったのじゃ。あれほど完璧に姿を消して見せるには、光の上位精霊【ルミナリア】と契約せねば不可能じゃからの」

「へぇ、そこまで分かるのか。そうだよ俺は【精霊騎士】だ」

「やはりの。しかしただでさえ珍しい【精霊騎士】が――それもそなたのように並外れた使い手がどうしてこのような僻地(へきち)に? 見たところそなたは人間であろう?」

「まぁ色々あってね――っていうかその聞き方。もしかしてお前ら魔族なのか?」

 頭の中でおおまかな地理を確認すると、既にこの辺りは【南の魔王】が治める【南部魔国】に入っていた。

「あ、私はハーフのエルフなんです。ミスティと申します」
 女騎士――ミスティが手を上げて自己紹介をする。

「エルフか――どうりで美人のはずだ」
 美男美女が多くもっとも容姿に優れた種族、それがエルフだ。

「純血エルフではなくハーフですけどね。そしてこのお方こそ――」
「ふふん、聞いて驚くがよい、(わらわ)はなんと鬼族よ」

「……ツッコミどころ満載なんだけどいいかな?」
「なんじゃ?」

「鬼族は全体的に背が高いくらいで、確かに見た目は人間族とほとんど変わらない。でも大きな違いが一つだけある。額に(ツノ)があることだ」

 しかも鬼族ときたら身体能力が全種族でダントツ最高に優れていて、どいつもこいつも一騎当千でめっぽう強いときたもんだ。
 小さな子供でも自分より大きなクマを殴り殺すという鬼族は、正直一番戦いたくない相手だった。

 こんな野盗に襲われたくらいでピンチになっちゃう鬼族なんて聞いたことがない。

「角ならあるのじゃ?」

「角がないのに鬼族って言われてもな――え、あるのか? どこにだよ?」
「ほらここ! ここ! よーく触ってみるのじゃ!」

 幼女は自分の前髪を左手で持ち上げると、右手で生え際あたりをぺちぺちと叩きはじめた。

「ほら、の? この辺りを触ってみるがよい。ちょっとだけ出てるおるじゃろ?」
 言われたので、おでこの上の方をさすってみたんだけど――、

「……ごめん、全くわからん」
 俺は正直な感想を告げた。

「いやほらちゃんと触って!? よーく触ればちみっと出ておるのじゃ、ちゃんと出ておるのじゃ! なんとなくあるようなないような感じで出ておるのじゃ! (わらわ)はれっきとした鬼族であるからして!」

「分かった分かった。そう言うことにしといてやるよ。角はあるよ、あるある、ここにあるよ。お前は確かに鬼族だ」

「ううっ、その態度、まったく信じておらんのじゃ。本当なのに……」

「はいはい。で、鬼族は魔族の中でも特に数が少ないレア種族だろ? それがこんな人間の領地に近い境界線で何をしてるんだ?」

「ふふん、それはのぅ。聞いて驚くがよい!」

 そう言うとちびっこ鬼族(自称)は胸を張って若干偉そうに言った。
 背は低いのに胸は激しく自己主張していて、俺の好みにストライクすぎて困る。

 つまり俺は巨乳が好きなのだった。

 おっと話がそれちゃったので戻そう。
「ふふん、聞いて驚くがよいのじゃ! (わらわ)はこの南部魔国を支配する南の魔王その人であるからして!」

「そっかー。ところで金髪のハーフエルフの女騎士さん――ミスティだっけ?」

「はい、ミスティ・アーレントです。どうぞお見知りおきを――えっと剣士様のお名前は――」

「俺はハルト・カミカゼ。元・勇者パーティで、色々あって今はフリーの精霊騎士をしている」

「ハルト様、素敵なお名前ですね! しかも勇者パーティのメンバーだなんて!」
「ありがとう。ミスティも可愛い名前だね」

「えへへ、ありがとうございます」

「でも『元』だからな。ちょっと誤解があって、パーティを追放されちゃってさ」
「ああ、なんとおいたわしいことでしょう」

 ミスティと楽しく会話を弾ませていた俺に、

「……のうハルトとやら。なぜ今、(わらわ)の自己紹介を無視したのじゃ?」
 自称・南の魔王さまが、恨みがましい視線を向けてきた。

「あほらしくて突っ込むのも面倒くさかったから?」

「ひどい!? 本当のことなのじゃぞ!」
 憤慨する自称・南の魔王さまだけど、

「あはは、南の魔王が、こんな人間族との国境付近にいるわけがないだろ? それに野盗に襲われてピンチになるほど、へっぽこなはずもない。知ってるか? 魔王ってのは、それこそ震えあがるほどに強いんだぞ?」

 北の魔王ヴィステムや、その腹心である魔王四天王の強さときたら、それはもうとんでもなかった。
 戦う前から心が折れてしまいそうになるほどの圧倒的なオーラを漂わせる絶対強者、それが魔王という存在なのだ。

 そして残念なことに、この幼女からはそんなオーラは微塵も感じられない。
 むしろちっこい身体で必死に自分が魔王だと主張する姿は、見ていて微笑ましいくらいだ。

「このお方は魔王さまで間違いありませんよ」
「ははは、ミスティは冗談もうまいんだな」
「冗談ではないと言うておるのじゃ!」

「はい、マジ話です」
「え!? マジで!?」
「ふふん。それ見たことか」

「こんな弱そうなのに?」
「はい」
(わらわ)は知性あふれるインドア派なのじゃよ」

「こんなちっこいのに?」
「はい」
「だからちっこいは余計だと言っておるのじゃ!」

「角も生えてない鬼族なのに?」
「はい」
「だからなんとなく、ギリギリ、かろうじて生えておると言っておるのじゃ!」

「マジっすか?」
「マジっす」
「やっと理解しよったか」

 俺は自称・南の魔王さまを見た。
 胸の下で腕を組んで偉そうに俺を見上げている。

 そういわれて改めて見てみると、どことなく邪悪なオーラを感じる――ごめん、全く感じない。
 これっぽっちも感じない。

 いや、俺に気取(けど)られないように、うまく邪悪オーラを隠している可能性はあるか?

「はっ!? まさかお前、リーラシア帝国への侵攻を計画して、こっそり国境付近を下見に来ていたのか!」

 ここまでの情報から、俺はがヤバすぎる結論に行きついてしまった。
 一度思いついてしまうと、むしろそれ以外に理由はないとさえ思えてくる。

「くっ、北部魔国との戦争が終わってまだ1年弱。人々が負った心身の傷は癒えていないんだ。もし南部魔国が人間の領土を侵犯しようというのなら、悪いがここで俺がお前たちを斬る!」

 俺は腰に差した黒曜の精霊剣・プリズマノワールの柄へと手をかけた。
 闘志も(あら)わに臨戦態勢を取った俺に、

「ハルト様ハルト様。南部魔国と人間族は、長年友好関係にあります。先だっての北の魔王討伐戦においても、平和主義の理念のもとで共闘したはずです」

「それは知ってるけどさ。だったらなんで南の魔王が直々に、こんなところまで出張(でば)ってきているんだよ?」

 もし明確な回答を得られなければ、俺は戦火を生まないためにも、実力行使に出るぞ。

「いやなに。最近、人間族の野盗が南部魔国に越境してきては、我が国土を荒らしまわっていると聞いての。ちょいと視察に来たのじゃよ」

 俺の問いかけに、幼女魔王さまが多分に憂いを含んだ顔で言った。
 俺の直感が、この子――幼女魔王さまは嘘は言っていないと判断する。

 けれど俺は、そんな幼女魔王さまに、悲しい事実を告げなくてはならなかった。

「それで野盗に捕まりそうになっていたら、本末転倒じゃね?」

「たまたまなのじゃ! ちょっとした手違いなのじゃ! 気持ちミスっただけなのじゃ! だいたい、たかが野盗があれほど練度の高い集団戦を挑んでくるなどとは、思いもよらんではないか!」

「それに関しては……悪いな。あれはただの野盗じゃない。性質(たち)の悪い傭兵崩れだ。しかも中途半端に正規の訓練を受けているせいで、それなりに練度も高いときた」

「傭兵崩れ、ですか?」
 俺の言葉に、よく分からないといった風にミスティが小首をかしげた。
「北の魔王ヴィステムとの戦争が終わって、やっと平和が訪れたんだけどさ。でもそれは同時に、大量の兵士や傭兵が失業するっていう事態を招いたんだ」

「あ……」

 もちろんリーラシア帝国だって馬鹿じゃない。
 公共事業や就労支援、住まい・食事の提供といった様々な支援策を、矢継ぎ早に打ち出し、治安の維持に努めてはいた。

 それでも――、

「『専門の職業傭兵(スペシャリスト)』とは違う、目先の金欲しさに傭兵に鞍替(くらが)えした一部の心ない奴らが、戦後に盗賊や野盗になり下がって、近隣で略奪行為を働くようになったんだ。俺も過去に何度か、野盗狩りに出向いたことがある」

 せっかく長年の脅威だった北の魔王ヴィステムを討伐したっていうのに、今度は人間同士でいさかいが起きる――悲しすぎる現実だった。

「それで先ほども野盗の対処に手慣れていたのですね。納得です」

 俺の説明にミスティが納得顔でポンと手を打った。
 とりあえずは今の説明で、いろいろガッテンしていただけたみたいだな。

「悪いな。人間族の事情で、魔族にも迷惑をかけちまって」
「構わぬよ。こういうことは、何度をどうしてもゼロにはできぬもの。お互い様なのじゃ。なによりリーラシア帝国は最前線で戦った。当然、戦後の反動は他国よりも大きいじゃろうて」

 ここまで聞きに徹していた幼女魔王さまが、いかにも統治者っぽくいい感じに話を締めた――締めようとして、

 グ~~~~~~。

 幼女魔王さまのお腹が派手に鳴った。
 それはもう派手に鳴った。

 よほど恥ずかしかったのか、幼女魔王さまの顔が一瞬で真っ赤になる。

「腹が減っているのか? 飯は? 持ってきてないのか?」

「先ほど野盗から逃げる時に、少しでも荷を軽くするためにと全部投げ捨てたのじゃ……」

「つまり腹は減ったが食い物はないと」
 俺のその言葉に、

 グ~~~~~~~。

 返事の代わりにまたもや幼女魔王さまのお腹が鳴り、顔だけでなく耳まで真っ赤っ赤に染まってしまった。

「一応、干し肉ならあるけど、よかったら食べるか?」

「干し肉~?」
 俺の提案に対して、それはもう嫌そうな反応をする幼女魔王さま。
『ほ・し・に・く・ぅ~?』って感じのイントネーションだ。

「も、申し訳ありませんハルト様!」
 慌てて謝るミスティを俺は笑って制止する。

「はははっ。ま、そう言いたくなる気持ちは分からないでもないさ。保存食として優れている代わりに、硬くて堅くて固い。なんせ食べにくいのが、干し肉って食べ物だからな」

「うむ!」
「魔王さま、うむじゃありませんよ! ハルト様のせっかくのご厚意なんですよ。分かっていますか? 今の私たちは食べ物がないんですよ?」

「じゃが、干し肉なんぞ食べたくはないのじゃ……」

「そうだよな。魔王さまともなれば、市販の干し肉なんて、そりゃブタの餌も同じだよな」
「いや、さすがにそこまでは言っておらんが……」

「だが安心してくれ。ここにいる俺、ハルト・カミカゼはレアジョブ精霊騎士だ!
 俺には干し肉を上手に料理する、マル秘テクがある!」

「マル秘テクじゃと!?」
「そんなのがあるんですが?」

「まぁいいから、2人ともちょっと見てなって」

 俺は干し肉のブロックを何枚か、やや厚めに切り落とすと、

「【ウンディーネ】、【清浄なる水(ミネラルウォーター)】発動だ」

 ――まかせて――

 俺の言葉と共に、干し肉に清浄な水がしみ込んでゆく。

「なっ、水の最上位精霊【ウンディーネ】じゃと!?」
 幼女魔王さまが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。

 だがこれはいわば準備段階に過ぎなかった。
 本番はここからだ!

「【イフリート】! 【いい感じに焼け(ミディアムレア)】!」

 ――心得た――

「今度は【イフリート】じゃと!? 炎の魔神とも呼ばれる、神話級の炎の最上位精霊ではないかっ!?」
 幼女魔王さまが平原で狼に囲まれたのかと思うような、悲鳴のような金切り声で叫んだ。

 水分を含んだ干し肉がすぐに、じゅわ~~っといい感じに焼け始め、あたりに香ばしい匂いが漂い始める。
 ちなみに黒曜の精霊剣・プリズマノワールがフライパン代わりだ。

「しかもその! いかにもいわくありげな! 黒剣の上で! 焼き始めたじゃと!?」

「ああこれ? 聖剣と並ぶ第一位階の剣で、黒曜の精霊剣・プリズマノワールって言うんだ。始原の破壊精霊【シ・ヴァ】をその黒き刃に封印したと言われる、最強の精霊剣なんだぞ」

「始原精霊を封印した最強の精霊剣じゃと!? しかもそれをフライパンにしちゃうの!? なんで!?」

「この上で焼くと、遠赤外線効果で熱が肉の奥までしっかり伝わるんだよな~」

「み、みみみミスティよ!? こやつはいったい何を言っておるのじゃ!?」
「魔王さま! お気を確かに――!」

 なぜか白目をむいて卒倒しかけた幼女魔王さまを、ミスティが慌てて抱き支えた。
 いきなり気を失ってぶっ倒れかけた幼女魔王さまだったけど、

「う、うーん……」
 すぐに意識を取り戻したので、

「ほらよ、魔王さま」
 俺はいい感じに焼けたばかりの肉を、携帯木皿に置いて幼女魔王さまへと差し出した。
 ついでに、失礼だと思ったので、呼び方を「お前」ではなく「魔王さま」と改める。
 国家元首に「お前」呼びはさすがにヤバイ。

「……」
 しかしどうしたことか、幼女魔王さまはそれを受け取ろうとしないのだ。

「どうしたんだ? 冷めないうちに食べたほうがおいしいぞ?」
 それにしても、さっきから何をそんなに驚いたような顔をしているんだろう?

「う、うむ。では気を取り直して――ぱくり。こ、これはっ!?」

 パクっと一口食べた途端に、幼女魔王さまの顔が驚愕の色に染まった。
 そのままぺろりと1枚平らげたので、追加のもう1枚を木皿に入れてやり、さらにミスティにも分けてあげる。

 ミスティも同じように美味しそうに食べてくれて、この場の責任シェフとして俺も鼻が高かった。

「な? 干し肉もなかなか美味しかっただろ? 実は【イフリート】は肉を焼くのがものすごく上手いんだぜ?」

 俺は精霊騎士しか知りえない、超が付くほどの極秘情報をこっそり教えてあげた。

「そのことなのじゃが」
「どのことだ?」

「先ほどから【ウンディーネ】だの【イフリート】だの言っておるようじゃが」
「ああ、俺の契約精霊たちだよ」

「水の最上位精霊【ウンディーネ】に、炎の最上位精霊【イフリート】とな?」
「そうだぞ」

「さっきそなた、光の最上位精霊【ルミナリア】や、浄化の最上位精霊【カオウ】の力も使(つこ)うておったの?」

「なにせ俺は精霊騎士だからな。精霊と契約してなんぼだろ?」

「な、な、な……なんぼのわけあるかーい!!」
 幼女魔王さまがものごっつい大声を上げた。

「っとと。いきなり大声を出すなよな、びっくりするだろ?」

「びっくりしたのは(わらわ)のほうじゃわい! それだけの最上位精霊たちと契約するのを、『食後に一杯お茶でも飲むか~』みたいに当たり前のように言うなし!」

「おいおい、いきなりなんだよ? どうどう、落ち着けよ?」

「これが落ち着いていられるかえ!? 【イフリート】じゃぞ!? 時に神をも殺す炎の魔神とまであがめ恐れられる【イフリート】じゃぞ!? それをお主はなーに肉を焼くことなんぞに使役しておるのじゃ!」

「だって美味しく焼けるんだもん」

「軽っ!? 言葉軽っ!? か、確認なのじゃが、今は【イフリート】の話をしておるのじゃよの?」

「もちろんそうだけど? なにせ戦地だと、使える物は何でも使わないと生き残れなかったからさ。精霊を使って種火や飲み水をパッと用意できるのは、精霊使いの強みだよなぁ」

「お、お主には伝説の存在に対するロマンとか情緒とか、そういうものがないのかえ?」

「ああ、そういうことか」
「やっと分かってくれたかの」 

「【イフリート】の焼き加減はまさに伝説級だっただろ? 魔王さまも病みつきになったってわけだ」

「誰もそんなとこにツッコんでおらんわー!! だいたい最上位の精霊とは1体と契約することすら普通は難しいのじゃぞ!? それを2つも3つも4つも契約しておるなどと、これに驚かんで何に驚けというのじゃ!?」

「一応言っておくと、風の最上位精霊【シルフィード】、幸運の最上位精霊【ラックス】とか、他にも諸々いっぱい契約しているぞ?」

「んほぉぉっ!!??」

 幼女魔王さまが目を大きく見開き、あんぐり口を開いたまま固まった。

 驚きすぎて過呼吸にでも陥ったのかこほー、こほー、と変な呼吸をしていたので、【ウンディーネ】の【清浄なる水(ミネラルウォーター)】で綺麗な水を出して飲ませてあげる。

「も、もしや(わらわ)は、イタズラ好きの精霊にでも化かされておるのじゃろうか?」

「いや、現実だ。そんなことより魔王さま、精霊についてえらく詳しいな?」

 普通なら、ここまでぽんぽんと精霊の名前が出てきたりはしない。
 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、

「実は魔王さまは、精霊使いの素養があるんですよ!」
 お肉を堪能した後は、俺たちの会話を興味深そうに聞いていたミスティだった。
「こ、こらミスティ何を言っておる!」

 魔王さまには精霊使いの素養がある――そんなミスティの言葉に、なぜか幼女魔王さまは焦った様子を見せた。

「へぇ、魔王さまは精霊使いなのか。なら精霊騎士の俺と同じだな」

 騎士になった精霊使いが精霊騎士だから、精霊使いという意味において俺と魔王さまは同じだ。

「同じ……まぁ、おおざっぱに見れば、そうとも言えなくはない……かの?」

「そっかそっか。だから精霊について詳しかったんだな、納得だよ」

「う、うむ……じゃがその(わらわ)は――」

「実はさ、俺って自分以外の精霊使いとは会ったことがなかったんだよ。精霊と交感できるのは100万人に一人って話だし」

「そ、そうなのじゃ! 精霊と交感できるというだけで、本来はものごっつい凄い才能なのじゃよ! レアジョブでレアスキルなのじゃよ! だから上位精霊と契約できんでも全然ちっとも不思議では――」

「そうだ、せっかくだから魔王さまの精霊を見せてくれないか?」

「うぇっ!? いやそれはその――あの――えっと――」

「おいおい、出し惜しみする気かよ? 俺もいっぱい見せてやっただろ? な、頼むよ。他人(ひと)の使う精霊や精霊術って見たことがないからさ。一度見てみたいんだ」

 俺は両手を合わせてお願いをする。

「じゃがしかし、ハルトほどの使い手が見ても、あまり面白いものではないというか……」

 なおも渋る幼女魔王さまだったんだけど、

「魔王さま、命の恩人であるハルト様がこうまで仰っておられるのですよ? 応えるのが、一国の王としてのあるべき姿ではないでしょうか」

 ミスティが俺の援護に回ってこれで2対1。
 つまり多数決で俺の勝ちとなる。

「うぅ、分かったのじゃ。そこまで言うなら見せるのじゃ……」

「おお、ありがとう魔王さま! いやー楽しみだなぁ。どんな精霊だろ? 俺なんだかワクワクしてきたよ」

「まるで子供のように目を輝かせておるのじゃ。高すぎる期待に胃が痛いのじゃ……やっぱ()めてもいいかの?」

「わくわく、わくわく!」

「むぅ、もはや断れる雰囲気でないのじゃ。のぅハルト、(あき)れるでないぞ?」

「なんで呆れるんだよ? ほらそんなことより早く早く! 俺もう待ちきれないよ」

「ううっ、では、始めるのじゃ……『()深炎(しんえん)に住まう業火の欠片(かけら)――』」

 ついに、幼女魔王さまが意を決したように呪文を唱え始めた。

「おおっ、言霊(ことだま)を使った『精霊詠唱』だ! しかもこの荘厳な呪文! これはすごい精霊を召喚するに違いない!」

 俺には必要ないからほぼ全て無詠唱なんだけど、文献などによると、精霊を使役するには本来精霊詠唱を唱えなくてはならないらしい。

「『(まわ)りて(めぐ)(くれない)の化身よ、盟約に従い我が前に()せ参じよ――』」

「この文脈からして炎系だよな。最上位の【イフリート】ではないにしても、上位精霊の【サラマンダー】か【炎の雄牛】あたりを呼び出そうとしていると見た!」

「『その不滅の炎でもって、我が敵を焼き尽くしたまえ――』」

「わくわく、わくわく……!」

 幼女魔王さまの【精霊詠唱】が今まさにクライマックスを迎える!

 そうして、

「出でよ――! 炎精霊【火トカゲ】!」

 ポン!っと可愛い音がしたかと思ったら、手のひらサイズの小さな赤いトカゲさんが姿を現した。

「【火トカゲ】……?」
 それは炎の最下級精霊である【火トカゲ】だった。

 全力を出すと、マッチ10本に同時に火をつけたくらいの火力を10秒ほど出すことができる。
 しかも、

「く――っ!」

 幼女魔王さまが苦しそうに顔をゆがめると、【火トカゲ】の姿はすぐに(かすみ)のように薄れ消えていった。

 召喚されてから顕現時間わずか5秒という刹那の出来事だった。

「えっと、今のは?」
(わらわ)の契約精霊【火トカゲ】を呼び出したのじゃ……」

「かなり物々しい精霊詠唱をしていたよな?」
「とっても頑張ったのじゃ……」

「改めて確認なんけど、今5秒ほど【火トカゲ】が召喚されたように見えたんだけど」
「だから渾身の力で【火トカゲ】を呼び出したと言っとるんじゃわい! 察しが悪いなぁもう!」

「そ、そうか」
「だーっ! だから言ったのじゃ! 面白くもなんともないと! (わらわ)の言った通りであろう!」
「うん。なんかごめん」

 謝ったというのに、幼女魔王さまのブチ切れは止まらなかった。

「だいたい精霊と交感できるというだけで、本来はものごっつい凄いことなんじゃぞ!? 100万人に1人いるかいないかの超レアスキルなのじゃぞ!? 契約して呼び出せるのは、さらに一握りなのじゃぞ!? なのになんじゃい! 無詠唱で【イフリート】を召喚した上に、挙句の果てに肉を焼くのに使うじゃと!? ふざけるなバカーーーーーーーっ!!!!」

 ハァハァと息も絶え絶えに、幼女魔王さまは魂の叫びをシャウトした。

「ごめんな魔王さま。俺、他の精霊使いと会うのは初めてだったからさ。俺ぐらい精霊を使役できるのが当たり前なんだとばかり思っていたんだ」

「あんなもんが当たり前の訳あるかい! ……はぁ、もう良いのじゃ。見ての通り(わらわ)にハルトのようなずば抜けた才能はないのじゃよ。なにせ自他ともに認めるへっぽこ魔王じゃからのぅ」

 少し気落ちしたように、幼女魔王さまは最後は小さなかすれ声で、そうポツリとつぶやいた。