俺と幼女魔王さまとミスティは、ゲーゲンパレス郊外の山へキャンプにやってきていた。
カレーライスを作り、テントを立てて一泊するというシンプルかつベーシックな野外活動だ。
まずは俺が焚き火用の枯れ枝を拾い集めている間に、幼女魔王さまとミスティがテントを立ててカレーの準備をするという段取りになっている。
散策がてら両手で抱えるほどの枯れ枝を集めた俺が2人のところに戻ると、そこには既にテントがバッチリ組み立てられていて、カレーとご飯も後は火にかけるだけまで用意されていた。
「割と早く戻ってきたつもりだったんだけど、そっちの準備が終わる方が早かったか。悪いな、ここから先は火がないとやりようがないってのに待たせちゃって」
「ふふん。ミスティはできるメイドじゃからの。野外活動もこの通り、お手の物なのじゃ」
「そういう魔王さまは何をしたんだ?」
「魔王さまも野菜の皮むきをやりましたよね」
「こう見えてジャガイモの皮をむくのは、大の得意であるからして」
「つまりテントを立てるのもカレーの下ごしらえも、ほとんどミスティが一人でやったってことか」
「……そうとも言うのじゃ」
「魔王さまは根っからの頭脳派ですからね」
「そういう問題なのかな……?」
「まぁまぁ。それはよいではないか。しかしハルトもなかなかやるのう。この短時間で、こんなにも大量の枯れ枝を拾い集めてくるとは、驚いたのじゃよ」
「しかもどれもしっかりと乾燥した燃えやすい枝ばかりです。さすがですねハルト様♪」
幼女魔王さまとミスティに手放しでほめられて嬉しかった俺は、
「森は精霊がたくさんいるからな。ちょいと手伝ってもらったんだよ。特に【ドライアド】はフレンドリーな精霊だし、お願いしたらたくさん枯れ枝を拾ってきてくれたよ」
ちょっと自慢げにそう言ったんだけど──。
「も、森の女王とまで言われる最高位精霊【ドライアド】を、枯れ枝拾いごときに使ったじゃと!?」
「魔王様、深呼吸です深呼吸!」
今日も今日とて幼女魔王さまは意識を失いかけ、ミスティがすぐに支えに走った。
そんなこんな、いつもの俺たちのやり取りを終えてから。
俺が拾ってきた枝を使って、ミスティがマッチの火から巧みに大きな火を作ってみせる。
「燃えやすい小枝で種火を作ってから、大きな枝に火を移す。上手いもんだな」
「どうじゃ、さすがであろう。ミスティは本当になんでもできるのじゃ」
なぜか幼女魔王さまがふんすと胸を張って言った。
「ああ、見事すぎて【イフリート】を使う間もなかったよ」
「やはり使う気じゃったか……そんな気はしておったのじゃよ……」
「もし火がつかなかったら最終手段でって思っていただけだよ」
「どうじゃかのぅ」
幼女魔王さまが半分諦め、半分疑念の目を向けてくる。
「ですがハルト様は旅が長かったんですよね? 火を起こしたことはなかったんですか? 旅をするうえで、結構な必須テクニックだと思うんですけど」
「俺はその気になれば【イフリート】でいくらでも火を使えるからな。火を起こす技術を習得する必要はなかったんだ」
「ほんとお主ときたら、事あるごとに【イフリート】を生活の道具に使いおってからに……最強の炎の魔神を何だと思っておるのじゃ?」
「もちろん頼れる相棒だ。【イフリート】は土砂降りの雨が降っていようが、氷点下の極寒の地だろうが、どんな環境でも火を使えるマジですごいやつなんだぞ?」
「あまりに自信満々に言われすぎて、なんかもう妾は最近、ハルトのほうが正しい気すらしてくるのじゃよ」
◇
それから、カレーを食べて一通り後片付けをした後。
俺たち3人は開けた場所に出て、肩を並べて地面に座り、後ろ手に手をつきながら、夜空に浮かんだ満天の星空を見上げていた。
俺を挟んで両サイドに幼女魔王さまとミスティという並びだ。
「お、流れ星だ」
「なんと! どこじゃどこじゃ!」
「右上に見える六連星の辺りだな」
「むぅ、さすがにもう見えんか」
「さすがにな。だけど流れ星はある程度まとまって見えるから、あの辺りを見ていればまた見えると思うぞ」
「うむ……あ、さっそく流れたのたじゃ! 南部魔国の平和が続きますように!」
幼女魔王さまが早口で願いごとをする。
「流れ星に願いごとか。子供の頃によくやったなぁ」
「満天の星空の下、流れ簿にし願いごとをする。とっても浪漫がありますよね」
ミスティが楽しそうに笑う。
「やはりキャンプは良いのう。空は広く、周りは暗く、静寂に包まれておる。人の手が入り管理された自然とは、また違う趣きがあるのじゃ」
「それ分かるなぁ」
「ですが女の子的には汗をかいたまま、軽く拭いただけで寝るのはちょっと気になってしまいますけどね」
「こればっかりは仕方ないじゃろうて。それもまた一興じゃ」
「やれやれ、今度こそ俺の出番だな」
「ハルト?」「ハルト様?」
幼女魔王さまとミスティが、満点の星空から俺へと、揃って視線を移した。
「まぁ見てなって。【カオウ】、精霊術【バブ・エ・モリカ】発動だ!」
――りょーかい――
浄化の最高位精霊【カオウ】に呼びかけた俺は、とある精霊術を起動した。
すぐに清き浄化の光が俺たち3人を優しく包み込んだかと思うと、
「こ、これはなんと……!」
「身体から汗が綺麗さっぱり消えて、ほのかに石けんの香りがしてきました――!」
幼女魔王さまとミスティが目を見張った。
「綺麗に身体を洗ったのと同じ効果をもたらす補助系の精霊術だ。服も一緒に綺麗になる。勇者パーティで旅をしていた時は、めちゃくちゃ重宝されたんだぜ?」
特に女性陣からは大人気だった精霊術の一つだ。
「すごいですね。これがあれば旅が格段に快適になります!」
汗と汚れを綺麗さっぱり落とせたミスティは、とても嬉しそうだ。
ミスティは普段から綺麗好きで、近づくとうっすらと香水のいい匂いがしていたもんな。
かなり気になっていたんだろうな。
「ド派手な戦闘から生活応援まで、ハルトの精霊術はほんになんでもありじゃのう……」
幼女魔王さまが顔に手を当てると、そのまま仰向けに倒れそうになる。
「ま、魔王さま、お気を確かに!」
ミスティが俺の背中越しに身体を回して、幼女魔王さまの身体を支えた。
「うーむ、今日はもう寝るのじゃ……妾はちょっと、現実に打ちのめされたゆえ……」
「そろそろいい時間だし、俺たちも寝るか」
「ですね」
俺たちはテントに戻ると、大自然の静寂に包まれながら、朝までぐっすり眠ったのだった。
カレーライスを作り、テントを立てて一泊するというシンプルかつベーシックな野外活動だ。
まずは俺が焚き火用の枯れ枝を拾い集めている間に、幼女魔王さまとミスティがテントを立ててカレーの準備をするという段取りになっている。
散策がてら両手で抱えるほどの枯れ枝を集めた俺が2人のところに戻ると、そこには既にテントがバッチリ組み立てられていて、カレーとご飯も後は火にかけるだけまで用意されていた。
「割と早く戻ってきたつもりだったんだけど、そっちの準備が終わる方が早かったか。悪いな、ここから先は火がないとやりようがないってのに待たせちゃって」
「ふふん。ミスティはできるメイドじゃからの。野外活動もこの通り、お手の物なのじゃ」
「そういう魔王さまは何をしたんだ?」
「魔王さまも野菜の皮むきをやりましたよね」
「こう見えてジャガイモの皮をむくのは、大の得意であるからして」
「つまりテントを立てるのもカレーの下ごしらえも、ほとんどミスティが一人でやったってことか」
「……そうとも言うのじゃ」
「魔王さまは根っからの頭脳派ですからね」
「そういう問題なのかな……?」
「まぁまぁ。それはよいではないか。しかしハルトもなかなかやるのう。この短時間で、こんなにも大量の枯れ枝を拾い集めてくるとは、驚いたのじゃよ」
「しかもどれもしっかりと乾燥した燃えやすい枝ばかりです。さすがですねハルト様♪」
幼女魔王さまとミスティに手放しでほめられて嬉しかった俺は、
「森は精霊がたくさんいるからな。ちょいと手伝ってもらったんだよ。特に【ドライアド】はフレンドリーな精霊だし、お願いしたらたくさん枯れ枝を拾ってきてくれたよ」
ちょっと自慢げにそう言ったんだけど──。
「も、森の女王とまで言われる最高位精霊【ドライアド】を、枯れ枝拾いごときに使ったじゃと!?」
「魔王様、深呼吸です深呼吸!」
今日も今日とて幼女魔王さまは意識を失いかけ、ミスティがすぐに支えに走った。
そんなこんな、いつもの俺たちのやり取りを終えてから。
俺が拾ってきた枝を使って、ミスティがマッチの火から巧みに大きな火を作ってみせる。
「燃えやすい小枝で種火を作ってから、大きな枝に火を移す。上手いもんだな」
「どうじゃ、さすがであろう。ミスティは本当になんでもできるのじゃ」
なぜか幼女魔王さまがふんすと胸を張って言った。
「ああ、見事すぎて【イフリート】を使う間もなかったよ」
「やはり使う気じゃったか……そんな気はしておったのじゃよ……」
「もし火がつかなかったら最終手段でって思っていただけだよ」
「どうじゃかのぅ」
幼女魔王さまが半分諦め、半分疑念の目を向けてくる。
「ですがハルト様は旅が長かったんですよね? 火を起こしたことはなかったんですか? 旅をするうえで、結構な必須テクニックだと思うんですけど」
「俺はその気になれば【イフリート】でいくらでも火を使えるからな。火を起こす技術を習得する必要はなかったんだ」
「ほんとお主ときたら、事あるごとに【イフリート】を生活の道具に使いおってからに……最強の炎の魔神を何だと思っておるのじゃ?」
「もちろん頼れる相棒だ。【イフリート】は土砂降りの雨が降っていようが、氷点下の極寒の地だろうが、どんな環境でも火を使えるマジですごいやつなんだぞ?」
「あまりに自信満々に言われすぎて、なんかもう妾は最近、ハルトのほうが正しい気すらしてくるのじゃよ」
◇
それから、カレーを食べて一通り後片付けをした後。
俺たち3人は開けた場所に出て、肩を並べて地面に座り、後ろ手に手をつきながら、夜空に浮かんだ満天の星空を見上げていた。
俺を挟んで両サイドに幼女魔王さまとミスティという並びだ。
「お、流れ星だ」
「なんと! どこじゃどこじゃ!」
「右上に見える六連星の辺りだな」
「むぅ、さすがにもう見えんか」
「さすがにな。だけど流れ星はある程度まとまって見えるから、あの辺りを見ていればまた見えると思うぞ」
「うむ……あ、さっそく流れたのたじゃ! 南部魔国の平和が続きますように!」
幼女魔王さまが早口で願いごとをする。
「流れ星に願いごとか。子供の頃によくやったなぁ」
「満天の星空の下、流れ簿にし願いごとをする。とっても浪漫がありますよね」
ミスティが楽しそうに笑う。
「やはりキャンプは良いのう。空は広く、周りは暗く、静寂に包まれておる。人の手が入り管理された自然とは、また違う趣きがあるのじゃ」
「それ分かるなぁ」
「ですが女の子的には汗をかいたまま、軽く拭いただけで寝るのはちょっと気になってしまいますけどね」
「こればっかりは仕方ないじゃろうて。それもまた一興じゃ」
「やれやれ、今度こそ俺の出番だな」
「ハルト?」「ハルト様?」
幼女魔王さまとミスティが、満点の星空から俺へと、揃って視線を移した。
「まぁ見てなって。【カオウ】、精霊術【バブ・エ・モリカ】発動だ!」
――りょーかい――
浄化の最高位精霊【カオウ】に呼びかけた俺は、とある精霊術を起動した。
すぐに清き浄化の光が俺たち3人を優しく包み込んだかと思うと、
「こ、これはなんと……!」
「身体から汗が綺麗さっぱり消えて、ほのかに石けんの香りがしてきました――!」
幼女魔王さまとミスティが目を見張った。
「綺麗に身体を洗ったのと同じ効果をもたらす補助系の精霊術だ。服も一緒に綺麗になる。勇者パーティで旅をしていた時は、めちゃくちゃ重宝されたんだぜ?」
特に女性陣からは大人気だった精霊術の一つだ。
「すごいですね。これがあれば旅が格段に快適になります!」
汗と汚れを綺麗さっぱり落とせたミスティは、とても嬉しそうだ。
ミスティは普段から綺麗好きで、近づくとうっすらと香水のいい匂いがしていたもんな。
かなり気になっていたんだろうな。
「ド派手な戦闘から生活応援まで、ハルトの精霊術はほんになんでもありじゃのう……」
幼女魔王さまが顔に手を当てると、そのまま仰向けに倒れそうになる。
「ま、魔王さま、お気を確かに!」
ミスティが俺の背中越しに身体を回して、幼女魔王さまの身体を支えた。
「うーむ、今日はもう寝るのじゃ……妾はちょっと、現実に打ちのめされたゆえ……」
「そろそろいい時間だし、俺たちも寝るか」
「ですね」
俺たちはテントに戻ると、大自然の静寂に包まれながら、朝までぐっすり眠ったのだった。