「ほぅ、ほぅほぅ……そこだ……いけ……!」
その日、俺は自室で本を読んでいた。
読んでいたのは異世界に転生して始まる冒険小説である。
ここゲーゲンパレスは文化的最先端を謳うだけあって、度肝を抜く設定の様々な面白おかしい小説が発行されており、俺はすっかりはまってしまっていたのだ。
今読んでいるのはお気に入りの一つである『無敵転生』というシリーズの第一巻だ。
「このシーンは何度読んでも胸にくるよなぁ……」
俺はクライマックスの直前。
最強の王竜《|神焉竜》に一度は殺された主人公が、チートと呼ばれる不思議な力で生き返り、さらには伝説の《神滅覇王》を顕現させるくだりを何度も読み返していた。
「其は神の御座を簒奪すもの――!」
黒曜の精霊剣・プリズマノワールを抜き、作中のポーズをとって決めゼリフを言ったりしながら、俺が読書タイムを堪能していると、
「最近ハルト様はよく小説を読んでおられますね」
「小説は人生を豊かにする清涼剤じゃ。ハルトも少しずつ情緒の何たるかを理解してきたようじゃの。良きかな良きかな」
今日も今日とてミスティと幼女魔王さまが、俺の部屋へとやってきた。
「小説っていいよなぁ」
俺がしみじみとつぶやくと、
「ハルト様、帝国には小説はなかったのですか?」
ミスティが「おや?」という顔で尋ねてくる。
「もちろん帝国にも小説はあったよ。あったけど、ゲーゲンパレスの小説は会話主体で、帝国の小説より軽いって感じなんだよな」
「軽い、ですか」
俺はあまり小説を読んだことはなかったんだけど、それでも明らかに違いを感じる。
「帝国の小説はさ。神の世界に迷い込んだ人間が審判を受けてひたすら苦悩したり、身分違いの恋の果てに心中したりって感じの、人間の内面を掘り下げるって言うのかな。重いのが多かったように思う」
「そうなんですね」
「ハルトよ。これらの小説はライトノベルと呼ばれ、小説とは似て非なる新ジャンルと理解されておるのじゃよ。ちなみに『異世界転生』と『悪役令嬢』が最近の流行りなのじゃ」
「ふぅん、そうなのか。勉強になるな。それにしてもライトノベルだっけ? これにも詳しいなんて、さすがは国民に愛される魔王さまだ」
大衆文化にも細かく目配りすることで、庶民の心を広く深く理解しようとする幼女魔王さまの心意気に、俺は関心しきりだったんだけど、
「そ、それほどでもないのじゃ?」
なぜか幼女魔王さまが少し慌てたような素振りを見せた。
ん、あれ?
今なにか慌てさせるような会話したっけ?
まぁいいけど。
そんなことよりもだ。
「なぁなぁ魔王さま。魔王さまはこれ読んだことがあるか? 『無敵転生』っていう俺のお気に入りなんだけどさ」
「む、『無敵転生』じゃと!? うん、まぁ……し、知らんこともないのじゃぞ?」
「やっぱ魔王さまも知っていたか! 戦闘シーンがめっちゃかっこいいんだよな!」
「そ、そうか! そうよのぅ! ハルトは話が分かる奴じゃのぅ!」
なぜか幼女魔王さまが、食い付き気味に喜んでいた。
もしかして俺と一緒でこの作品のファンなのかな?
「こんなカッコいい鬼気迫る戦闘シーンを書けるなんて、きっとこの作者はバリバリの軍人だよ。間違いない」
「そ、それはどうじゃろ?」
「絶対そうだって。《神焉竜》に殺されてからチートで生き返ってヒロインのために再び剣を握るシーンなんて、俺もう胸が熱くなってページをめくる手が止まらなくなるもん。ほんと、どんな作者なんだろうな。会って話をしてみたいよ」
「――ですって。良かったですね魔王さま。ハルト様のお気に入りだなんて」
「う、うむ……であるな」
「ん? 何の話をしているんだ?」
「ハルト様、実はですね。この本を書いたのはなんと――むぐっ」
「待てぃ! 待て待てぃ! 待つのじゃミスティ! みなまで言うでないのじゃ!」
いきなり幼女魔王さまがミスティのお口に手を当てて、むぎゅっと言葉を止めた。
「ちょいとミスティ、こちらに来るのじゃ」
「どうしたんですか魔王さま」
2人は俺から離れて壁の端っこまで行くと、なにやら小さな声で話し始めた。
俺には聞かせられない話をするみたいだ。
きっとゲーゲンパレスの文化の根幹にかかわるトップシークレット=機密事項を話しているのだろう。
とてもフランクに親しく接してくれるから時々忘れそうになるけど、こう見えて南の魔王と、お付きの専属メイドなのだ。
客人の俺には聞かせられない話なんて、それこそ山ほどあるはず。
なので俺は特に詮索をすることもなく、黙って手元の本に目をやった。
静かに一人、読み返してゆく。
「こ、これミスティ。知り合いに妾がこのラノベを書いておることがばれたら恥ずかしいではないか!」
「そんなことありませんよ。むしろ誇るべきです」
「とても誇れないのじゃ。だってこれ、あんま売れてないんじゃもん……」
「それでしたら、魔王さまが書いたと知れば、みなこぞって買うと思いますよ?」
「それでは意味がないのじゃよ。妾は先入観なしの『作家としての評価』が欲しいのじゃから」
「そう言うことでしたら仕方ありませんね」
――割と短い時間で二人が戻ってきて。
俺は再び楽しくラノベ(ライトノベルをラノベと訳すのが通なのだそうだ)という最先端文化について、熱く語りあったのだった。
ちなみに。
ミスティはそうでもなかったけど、幼女魔王さまはラノベ研究家かよ――ってくらいにやたらと詳しかった。
「庶民文化にここまで精通してるなんて、リッケン・クンシュセーの王は本当に大変なお役目なんだな。改めて尊敬するよ」
「え、あ、うん……なのじゃ……? まぁ、うん……なのじゃ?」
俺は手放しで褒めたんだけど、なぜか歯切れの悪い言葉を返してくる幼女魔王さまだった。
その日、俺は自室で本を読んでいた。
読んでいたのは異世界に転生して始まる冒険小説である。
ここゲーゲンパレスは文化的最先端を謳うだけあって、度肝を抜く設定の様々な面白おかしい小説が発行されており、俺はすっかりはまってしまっていたのだ。
今読んでいるのはお気に入りの一つである『無敵転生』というシリーズの第一巻だ。
「このシーンは何度読んでも胸にくるよなぁ……」
俺はクライマックスの直前。
最強の王竜《|神焉竜》に一度は殺された主人公が、チートと呼ばれる不思議な力で生き返り、さらには伝説の《神滅覇王》を顕現させるくだりを何度も読み返していた。
「其は神の御座を簒奪すもの――!」
黒曜の精霊剣・プリズマノワールを抜き、作中のポーズをとって決めゼリフを言ったりしながら、俺が読書タイムを堪能していると、
「最近ハルト様はよく小説を読んでおられますね」
「小説は人生を豊かにする清涼剤じゃ。ハルトも少しずつ情緒の何たるかを理解してきたようじゃの。良きかな良きかな」
今日も今日とてミスティと幼女魔王さまが、俺の部屋へとやってきた。
「小説っていいよなぁ」
俺がしみじみとつぶやくと、
「ハルト様、帝国には小説はなかったのですか?」
ミスティが「おや?」という顔で尋ねてくる。
「もちろん帝国にも小説はあったよ。あったけど、ゲーゲンパレスの小説は会話主体で、帝国の小説より軽いって感じなんだよな」
「軽い、ですか」
俺はあまり小説を読んだことはなかったんだけど、それでも明らかに違いを感じる。
「帝国の小説はさ。神の世界に迷い込んだ人間が審判を受けてひたすら苦悩したり、身分違いの恋の果てに心中したりって感じの、人間の内面を掘り下げるって言うのかな。重いのが多かったように思う」
「そうなんですね」
「ハルトよ。これらの小説はライトノベルと呼ばれ、小説とは似て非なる新ジャンルと理解されておるのじゃよ。ちなみに『異世界転生』と『悪役令嬢』が最近の流行りなのじゃ」
「ふぅん、そうなのか。勉強になるな。それにしてもライトノベルだっけ? これにも詳しいなんて、さすがは国民に愛される魔王さまだ」
大衆文化にも細かく目配りすることで、庶民の心を広く深く理解しようとする幼女魔王さまの心意気に、俺は関心しきりだったんだけど、
「そ、それほどでもないのじゃ?」
なぜか幼女魔王さまが少し慌てたような素振りを見せた。
ん、あれ?
今なにか慌てさせるような会話したっけ?
まぁいいけど。
そんなことよりもだ。
「なぁなぁ魔王さま。魔王さまはこれ読んだことがあるか? 『無敵転生』っていう俺のお気に入りなんだけどさ」
「む、『無敵転生』じゃと!? うん、まぁ……し、知らんこともないのじゃぞ?」
「やっぱ魔王さまも知っていたか! 戦闘シーンがめっちゃかっこいいんだよな!」
「そ、そうか! そうよのぅ! ハルトは話が分かる奴じゃのぅ!」
なぜか幼女魔王さまが、食い付き気味に喜んでいた。
もしかして俺と一緒でこの作品のファンなのかな?
「こんなカッコいい鬼気迫る戦闘シーンを書けるなんて、きっとこの作者はバリバリの軍人だよ。間違いない」
「そ、それはどうじゃろ?」
「絶対そうだって。《神焉竜》に殺されてからチートで生き返ってヒロインのために再び剣を握るシーンなんて、俺もう胸が熱くなってページをめくる手が止まらなくなるもん。ほんと、どんな作者なんだろうな。会って話をしてみたいよ」
「――ですって。良かったですね魔王さま。ハルト様のお気に入りだなんて」
「う、うむ……であるな」
「ん? 何の話をしているんだ?」
「ハルト様、実はですね。この本を書いたのはなんと――むぐっ」
「待てぃ! 待て待てぃ! 待つのじゃミスティ! みなまで言うでないのじゃ!」
いきなり幼女魔王さまがミスティのお口に手を当てて、むぎゅっと言葉を止めた。
「ちょいとミスティ、こちらに来るのじゃ」
「どうしたんですか魔王さま」
2人は俺から離れて壁の端っこまで行くと、なにやら小さな声で話し始めた。
俺には聞かせられない話をするみたいだ。
きっとゲーゲンパレスの文化の根幹にかかわるトップシークレット=機密事項を話しているのだろう。
とてもフランクに親しく接してくれるから時々忘れそうになるけど、こう見えて南の魔王と、お付きの専属メイドなのだ。
客人の俺には聞かせられない話なんて、それこそ山ほどあるはず。
なので俺は特に詮索をすることもなく、黙って手元の本に目をやった。
静かに一人、読み返してゆく。
「こ、これミスティ。知り合いに妾がこのラノベを書いておることがばれたら恥ずかしいではないか!」
「そんなことありませんよ。むしろ誇るべきです」
「とても誇れないのじゃ。だってこれ、あんま売れてないんじゃもん……」
「それでしたら、魔王さまが書いたと知れば、みなこぞって買うと思いますよ?」
「それでは意味がないのじゃよ。妾は先入観なしの『作家としての評価』が欲しいのじゃから」
「そう言うことでしたら仕方ありませんね」
――割と短い時間で二人が戻ってきて。
俺は再び楽しくラノベ(ライトノベルをラノベと訳すのが通なのだそうだ)という最先端文化について、熱く語りあったのだった。
ちなみに。
ミスティはそうでもなかったけど、幼女魔王さまはラノベ研究家かよ――ってくらいにやたらと詳しかった。
「庶民文化にここまで精通してるなんて、リッケン・クンシュセーの王は本当に大変なお役目なんだな。改めて尊敬するよ」
「え、あ、うん……なのじゃ……? まぁ、うん……なのじゃ?」
俺は手放しで褒めたんだけど、なぜか歯切れの悪い言葉を返してくる幼女魔王さまだった。