天気が良く、気温もかなり上昇したとある日。

「見えてきた、海だ!!」
 俺と幼女魔王さまとミスティは『海』にやってきていた。

「ハルト様、馬車から身を乗り出すと危ないですよ。もうすぐ着きますので、そうしたらいくらでも見れますから」

「だってすげーんだもん! これが海か! 間近で見るとほんとでかいな!」

「おやおや、ハルトがまるで子供のようにはしゃいでおるのじゃ」
 ワクワク感を隠せない俺を見て、幼女魔王さまはにっこりご満悦だ。

「むっ、塩っぽいにおいが強くなってきたぞ?」
「これは『(いそ)(かおり)』というのじゃよ」

「『(いそ)(かおり)』かぁ。なんともシャレた風流な言葉だなぁ。さすが文化的最先端!」
「いや割と普通の言葉じゃが……まぁハルトが嬉しそうなので良しとするのじゃ」

 そうこうしている間に、馬車は海と隣接する砂浜の手前までやってきて停止した。
 止まると同時に俺は馬車を飛び出し、海に向かって真っ白な砂浜を走ってゆく。

 ザザーン、ザザーン。

 寄せては返す波打ち(ぎわ)までやってきた俺は、その大きさに改めて目を奪われていた。

「海……これが海……! あ、そうだ! ぺろっ――」
 俺はその場に屈みこむと、海に入れた指先を舐めてみた。

「うわっ、しょっぱ!? すごい、これも本で読んだ通りだ! 本当にこれが全部塩水なんだな! やべぇ、マジやべぇ!! 俺今、海ってるよ!」
 初めての海を目の前にして、俺は今モーレツに感動していた。

 海の全てに目を奪われはしゃいでいた俺の隣に、魔王さまとミスティがやってくる。
 そして幼女魔王さまは海初心者の俺に、文化的最先端なアドバイスを教えてくれた。

「ハルトよ。海に来たらこう叫ぶのが『お約束』なのじゃ」
 魔王さまは息を思いっきり吸い込むと、海に向かって大きな声で叫んだ。

「うーーーーーみーーーーーーーー!!!! とな」

「そ、そうだったのか! それは俺が読んだ本には書いていなかったぞ。はっ、そうか! 分かったぞ!」
 俺の頭に一筋の閃きが舞い降りた。

「ハルト様、なにが分かったんですか?」
「きっと海という偉大なる存在に対して、大きな声でその名を呼ぶことで敬意を表すると言うことだな?」

「えっとハルト様?」
 ミスティがちょっと不思議そうな顔をしたけれど、俺は構わず言葉を続ける。

「確かに、海のこの雄大さを見せつけられれば、誰しも敬意を払いたくなるというもの! いやー、こんなことがパッと分かってしまうなんて、俺もだいぶん最先端文化に馴染んできたよなぁ」

「いえハルト様、これはただの遊びで――」

「ミスティよ無粋(ぶすい)はやめるのじゃ。せっかくハルトが初めての海を堪能しておるのじゃから、我らは(そば)でそっと見守るだけでよいのじゃよ。答えは1つではないし、自ら考え学ぶことを止めてはならぬ」

「……そうですね。魔王さまのおっしゃる通りです」

 幼女魔王さまとミスティが何ごとか話している間にも、俺は思いっきり息を吸い込んでは、

「うーーーーーみーーーーーーーー!!!! うーーーーーみーーーーーーーー!!!!」

 俺にできる最大限の敬意をもって、「うーみー! うーみー!」と偉大なその名を叫び続けていた。