そんなこんなで朝市をあちこち回った後。
「なぁ魔王さま」
「なんじゃハルト」
俺は今日一日――いや、ゲーゲンパレスに来て以来ずっと感じていたことを、幼女魔王さまに告げた。
「魔王さまって街の人からものすごく慕われているよな」
「それほどでも――あるのじゃな。なにせ妾は『全国民の象徴』であるからの。民と心を一つにしてこその象徴であるからして。そこは謙遜はせぬのじゃ」
「ほんとすごいな」
幼女魔王さまの言葉に俺は素直に感心していた。
大朝市を歩くたびに次々と親しげに声をかけられていた幼女魔王さまは、民の目線や気持ちを肌感覚で知ろうとしていた。
「これが全国民の象徴ってことなんだな。こんな不思議な王の在り方があったなんて、俺はここに来るまで考えたこともなかったよ」
俺が知っている王や貴族とは、たいていが平民のことを国を構成する歯車の一つ程度にしか思っていなかったから。
「ハルトはいちいち小難しく考えるのが好きじゃのぅ。単にこういう統治のシステムもあるというだけのことじゃよ。別段、たいしたことではないのじゃ」
「魔王さまはそう言うけどさ。俺の知っている世界では、王侯貴族は庶民を見下すのが当たり前だったから」
例えば勇者がそうだった。
貴族になる前も、『聖剣に選ばれた俺と、ただの平民は違う』みたいな価値観が見え隠れはしていたけれど、特に上級貴族になってからはそれが目に見えて酷くなった。
ことあるごとに庶民がどうの平民がどうの言い出して、あからさまに見下すようになったのだ。
「多くの国がそうであることは、妾も否定はできんの」
「もし世界中の王様や皇帝が、魔王さまみたいに平民の気持ちを分かろうとするやつばかりだったらさ。世の中はきっと、もっと良くなっていただろうな」
「それは買いかぶりが過ぎるというものじゃよ。なにせ妾は自他ともに認めるへっぽこ魔王じゃからの。鬼族でありながら戦闘力が低すぎるどころか、背が低いゆえ剣すらまともに振れぬ。妾にできるのは民の声を聞くことくらいなのじゃ」
「それに関しては確かにどうしよもなくへっぽこだな。否定はしない」
「あ、うん……なのじゃ……」
俺の言葉に幼女魔王さまが目に見えてしょぼーんとする。
「戦闘能力どころか、それ以前の基礎的な運動能力からしてかなり低いもんな。下手したら人間族の子供にも負けるんじゃないか?」
これで最強無比の鬼族だというのだから、不思議なこともあるものだ。
「お主は本当に言いたいことを素直に言いよるのぅ……」
「でもさ。それを素直に受け入れて、代わりに自分にできることを全力でやる。そんな魔王さまは間違いなく王であるにふさわしいと思うよ。使い古された言葉だけど、王の器だ」
「う、うむ……で、あるか。まったくお主はそうやってなんでもかんでもストレートに言いよるから、妾は時々ドキドキしてしまうのじゃ」
最後は小さな声でごにょごにょ言っていたせいでよく聞き取れなかったんだけど、俺に褒められた幼女魔王さまが喜んでいることだけは伝わってきた。
おっと。
変に真面目な話になっちゃったな。
せっかく楽しい大朝市だったのに、こういうのは良くないよな。
はい、難しい話はもうおしまい!
「じゃ、いっぱい見れたしそろそろ帰るか」
俺は妙にシリアスになってしまった雰囲気を変えるべく、努めて明るく言った。
「そうじゃの。じゃがハルトよ、その前に大切なことを一つ忘れておるのではないか?」
「大切なこと? なにかあったっけ?」
「魚屋にタイを預けておったじゃろうて」
「おおっ、そうだった! 大事な大事な今日の晩ご飯なのにすっかり忘れていたよ。タイはあの癖のない白身の刺身だよな? ここに来た初日に食べたけど美味しかったなぁ」
「ハルト様はタイが一番のお気に入りですね♪」
「どの刺身も美味しかったけど、タイは別格だったな。口に入れた時はあっさりしているのに、噛むと繊細なうま味がじゅわってにじみ出てくるんだ」
「【イフリート】で肉を焼いておったハルトが、なかなか通なことを言うようになったのじゃのぅ。良きかな良きかな」
「なにせ魔王さまやミスティから、最先端文化を日々学ばせてもらっているからな」
「ふふっ、さすがですねハルト様♪」
真面目モードはすっかり吹き飛び、既にすっかりいつもの調子に戻った俺たちは。
すぐに魚屋に寄って例のタイを回収すると、王宮への帰路につく。
晩ご飯に食べたタイは、店主イチオシというだけあって、この前食べたタイよりもさらにさらに美味しかった。
「今日は餅つきの日なのじゃ」
今日も今日とてミスティを引き連れ、俺を文化的最先端へと誘いに来た幼女魔王さまが、いきなり変てこなことを言った。
「餅つきの日? なんだそれは?」
半月に渡る滞在生活で、ゲーゲンパレスでの最先端文化生活にだいぶ慣れてきた俺ではあるものの、さすがにこれは理解するには難易度が高すぎる。
「だから餅つきをする日じゃよ」
「餅つきをする日なのは分かるんだけど、なぜ今日が餅つきをする日なのか、その理由が知りたいかな」
「話せば長くなるのでかいつまんで話すのじゃが……かつて戦乱の渦にあった南部魔国を統一し、ここゲーゲンパレスを開き、長きに渡る平和の礎を作り上げた『聖魔王』というのがおっての」
「聖なる魔王? その言葉は魔族的にはありなのか……?」
「細かいことは気にするでないのじゃ。ちなみに妾の遠い遠いご先祖様なのじゃが、その聖魔王の命日がズバリ今日なのじゃよ」
「ごめん、そこまで言われても、聖魔王の命日と餅つきの日の関連性がまだよく分からないんだが……。察するにあれか? 餅が好きだった聖魔王のために、命日には餅をついて奉納する的なアレか?」
「おおむねそんな感じなのじゃ。あまりに餅が好きすぎて、年老いてなお大量に餅を食べていた聖魔王が、のどに餅を詰まらせてポックリ死んだのが今日なのじゃよ」
「な、なんちゅう日だ……」
「よって今日は聖魔王とその偉大な業績を偲んで、各地で餅つき大会が行われるというわけなのじゃ」
「いやあの、餅が死因なんだろ? いいのかよ、偉大な聖魔王の命を奪ったものを奉納なんかして」
「聖魔王はの、のどに大量の餅を詰まらせながらも最後に一筆、力を振り絞ってダイイング・メッセージを書き残したのじゃよ。『餅に罪はない』と」
「お、おう……そうか……」
あまりにあまりなお話に、俺は混乱して気の利いた言葉が返せないでいた。
「つまりどんな道具も使い方次第。大切なのはそれを用いる側であり、道具には罪も責任もないと、聖魔王さまは最後に我々に伝えたかったのですね」
混乱をきたす俺に、ミスティが補足説明をしてくれたんだけど、
「その解釈は本当に正しいのか?」
俺の混乱はむしろ深まるばかりだった。
「他にも、ばらばらのお米がペッタンコとつかれて1つの大きな餅になるように、みなが争わずに手を携え、より良い社会を作っていくのだと改めて伝えたかった、なんて解釈もあるのじよゃ」
「死の間際に、個人を米に、社会を餅に例えてしまうほどに餅が好きだった聖魔王……すごいのか、すごい馬鹿なのか判断に苦しむな……」
「どちらにしても愛され魔王であったことに変わりはないのじゃよ」
そう語る幼女魔王さまはどこか誇らしげだった。
もしかしたら民から愛された聖魔王に、理想の王の姿を重ねているのかもしれないな。
「でも遺言一つとっても、いろんな解釈があるんだな」
「偉大なる聖魔王の人柄や業績は、王家や歴史家だけでなく政治や文化の研究者、果ては餅愛好家まで多方面から幅広く様々に研究されておるからの。諸説あって然りなのじゃ」
「何をとっても奥が深いなぁ」
俺の育ったリーラシア帝国では、国家歴史編纂室の出した公式見解をもとに、トップダウン方式で全ての議論が行われていた。
もちろん庶民は街で好き勝手あれこれ噂するし、吟遊詩人はあることないこと盛りに盛って歌い奏でていたし、それをリーラシア帝国が咎めることはない。
だけど少なくとも公の場においては、公式見解に基づいたこと以外を語ることは許されなかった。
「きっとこういった幅広い研究や掘り下げが、文化の発展に繋がってなっていくんだろうな」
「おお! ハルトもだいぶんと、文化のなんたるかが分かってきたではないか。良きかな良きかななのじゃ」
「それもこれもみんな、魔王さまやミスティがいろんな所に連れて行ってくれたり、いろんなことを教えてくれたからだよ。ゲーゲンパレスに来れて、本当に良かったよ。俺は今、文化の足音を聞いているんだ!」
「さすがですハルト様♪」
とまぁそんなこんなで。
俺は幼女魔王さま&ミスティと一緒に、ゲーゲンパレスの一番大きな広場で行われる、聖魔王に思いをはせる王家主催の餅つき大会に参加することになった。
「……なぁ」
「なんじゃハルト?」
「たしか偉大なる聖魔王の命日に、その素晴らしい業績に思いをはせるイベントじゃなかったのか?」
主催者席の隣にいる幼女魔王さまに俺は小さな声で尋ねた。
「ちゃんと餅つき大会とも言っていたじゃろう?」
「気のせいかな? 故人を偲ぶどころか、みんな超ノリノリで餅をついているんだが??」
「大会は盛り上がった方が良いじゃろうて」
「これはそんなレベルじゃねーよ! 完全なお遊びイベントじゃないか!」
今はちょうど、餅をつく速さ&その出来栄えを競う懸賞金付きの餅つきコンテストの真っ最中だった。
「おおっとぉ! ここで新記録が出たぁ! さらに素晴らしい餅の伸びだ! きめ細やかな質感もグレイト! 審査員による出来栄え点は、ここまでで最高の9点の評価ァ! スピードも出来栄えも文句なし! ここにきてついにトップが入れ替わったぞ! ではどうぞ、一位の席へお座り下さい!」
司会の巧みな話術によって会場中が大いに湧き上がる。
「この盛り上がりを見てみよ。聖魔王もきっと、草葉の陰で泣いて喜んでおるじゃろうて」
「俺のいた帝国でこんなことやったら、皇室に対する不敬罪で打ち首確定だぞ……」
「何を言っておるのじゃ、そういうハルトも皆に負けぬくらいにいい笑顔をしておるぞ?」
「まぁそうだな。楽しいよ。みんな笑顔だし、ぶっちゃけ俺も楽しい」
「なら良いではないか。ほれ、次はハルトの番じゃ。主催者たる妾の名代として参加するのじゃから、良い結果を期待しておるからの」
「そんなこと言っても俺、餅つきをしたことってないんだよなぁ」
歴戦の勇士と名高いレアジョブ精霊騎士の俺とはいえ、王家主催のイベントで、初めての餅つきで主催者の名代を務めるのは少し荷が重い。
「ハルト様、楽しいイベントなんですから気楽にガンバです!」
ミスティがゆるーい励ましをくれる。
「ま、そうだよな。気楽に行ってくるか」
「ちなみに昨年はミスティが見事3位に入ったのじゃ」
「だから変にプレッシャーをかけないでくれ……」
俺は魔王さまの名代と言うこともあって、皆の視線を一身に浴びながら舞台へと上がった。
その途中で、
「ん……あれって──」
俺はある精霊がこの会場にやって来ていることに気がついた。
こいつは確か――。
「さーて皆さん! 次が最後のチャレンジャーだ! 魔王さまの名代を務めるはハルト・カミカゼ! なんでも元・勇者パーティで激レアジョブの精霊騎士だって話だぜ! これは期待せざるを得ないよな! それではいざ尋常に、スタート!」
司会の開始の合図とともに、俺は精霊術を行使した!
「餅つき精霊【モッチー】、一時契約! 餅つき精霊術【ぺったんこ】発動!」
――もっちもちにしてやんよ――
俺の身体に、餅つき精霊のモチモチした力がみなぎってゆく――!
舞台に上がる際、俺はこの餅つき精霊が餅つきコンテストの色香に引き寄せられて集まってきていたのを、見つけていたのだ。
そして精霊騎士の最大の強みは、様々な精霊と契約することで、まるで反則のようにその精霊の持つ特殊能力を使用できることにある!
「つまり今の俺は、既に餅をつくスペシャリストってわけだ!」
「なっ!? 息を吐くように野良精霊と一時契約を行ったじゃと!?」
「ま、魔王さま! お気を確かに!」
視界の隅っこで、卒倒した魔王さまをミスティが慌てて支えていた。
「あれ? また俺なにかやっちゃったか?」
いや、今はそれよりも、俺に与えられた名代としての使命を果たさねば――!
「いくぞ【モッチー】!」
ぺったんぺったんぺったんぺったん!
俺は素早く、そして強すぎず弱すぎずの絶妙の力加減で餅の元となるもち米をぺったんしてゆく――!
ぺったんぺったんぺったんぺったん!
ぺったんぺったんぺったんぺったん!
ぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったん――!!
こうして。
餅つき精霊【モッチー】の力を借りて究極かつ至高の餅をついてみせた俺は、
「優勝はハルト・カミカゼ!」
見事コンテストで優勝し、幼女魔王さまの名代としての責務を果たしたのだった。
その後、ついたお餅をみんなで食べたんだけど、
「こ、これは……!」
「美味しいです」
「自分がついた餅に言うのはなんだけどさ? めちゃくちゃ美味いな」
さすがは餅つき精霊【モッチー】だ。
来年も機会があれば頼んだぜ?
天気が良く、気温もかなり上昇したとある日。
「見えてきた、海だ!!」
俺と幼女魔王さまとミスティは『海』にやってきていた。
「ハルト様、馬車から身を乗り出すと危ないですよ。もうすぐ着きますので、そうしたらいくらでも見れますから」
「だってすげーんだもん! これが海か! 間近で見るとほんとでかいな!」
「おやおや、ハルトがまるで子供のようにはしゃいでおるのじゃ」
ワクワク感を隠せない俺を見て、幼女魔王さまはにっこりご満悦だ。
「むっ、塩っぽいにおいが強くなってきたぞ?」
「これは『磯の香』というのじゃよ」
「『磯の香』かぁ。なんともシャレた風流な言葉だなぁ。さすが文化的最先端!」
「いや割と普通の言葉じゃが……まぁハルトが嬉しそうなので良しとするのじゃ」
そうこうしている間に、馬車は海と隣接する砂浜の手前までやってきて停止した。
止まると同時に俺は馬車を飛び出し、海に向かって真っ白な砂浜を走ってゆく。
ザザーン、ザザーン。
寄せては返す波打ち際までやってきた俺は、その大きさに改めて目を奪われていた。
「海……これが海……! あ、そうだ! ぺろっ――」
俺はその場に屈みこむと、海に入れた指先を舐めてみた。
「うわっ、しょっぱ!? すごい、これも本で読んだ通りだ! 本当にこれが全部塩水なんだな! やべぇ、マジやべぇ!! 俺今、海ってるよ!」
初めての海を目の前にして、俺は今モーレツに感動していた。
海の全てに目を奪われはしゃいでいた俺の隣に、魔王さまとミスティがやってくる。
そして幼女魔王さまは海初心者の俺に、文化的最先端なアドバイスを教えてくれた。
「ハルトよ。海に来たらこう叫ぶのが『お約束』なのじゃ」
魔王さまは息を思いっきり吸い込むと、海に向かって大きな声で叫んだ。
「うーーーーーみーーーーーーーー!!!! とな」
「そ、そうだったのか! それは俺が読んだ本には書いていなかったぞ。はっ、そうか! 分かったぞ!」
俺の頭に一筋の閃きが舞い降りた。
「ハルト様、なにが分かったんですか?」
「きっと海という偉大なる存在に対して、大きな声でその名を呼ぶことで敬意を表すると言うことだな?」
「えっとハルト様?」
ミスティがちょっと不思議そうな顔をしたけれど、俺は構わず言葉を続ける。
「確かに、海のこの雄大さを見せつけられれば、誰しも敬意を払いたくなるというもの! いやー、こんなことがパッと分かってしまうなんて、俺もだいぶん最先端文化に馴染んできたよなぁ」
「いえハルト様、これはただの遊びで――」
「ミスティよ無粋はやめるのじゃ。せっかくハルトが初めての海を堪能しておるのじゃから、我らは側でそっと見守るだけでよいのじゃよ。答えは1つではないし、自ら考え学ぶことを止めてはならぬ」
「……そうですね。魔王さまのおっしゃる通りです」
幼女魔王さまとミスティが何ごとか話している間にも、俺は思いっきり息を吸い込んでは、
「うーーーーーみーーーーーーーー!!!! うーーーーーみーーーーーーーー!!!!」
俺にできる最大限の敬意をもって、「うーみー! うーみー!」と偉大なその名を叫び続けていた。
「では早速、泳ぐのじゃ」
幼女魔王さまはそう言うと、いきなり服を脱ぎだした。
「そうですね」
ミスティも続いて服を脱ぎ始める。
「お、おい! こんなところで服を脱ぐなって!」
慌てて視線を逸らした俺を気にすることもなく、2人は瞬く間に着姿に――いや、水着姿へとフォームチェンジした。
「狭い馬車の中で着替えるのは大変じゃからの。あらかじめ下に着込んでておったのじゃ」
「準備は万端です」
「なんだ、そういうことかよ。びっくりさせるなよなぁ」
「そんなことより、妾たちに言うことがあろう?」
「おそろいで、よく似合ってるよ」
幼女魔王さまとミスティはおそろいの赤い水着だった。
ビキニにパレオを巻いていて、露出がかなり多い。
2人とも胸がかなり大きいこともあって、なんとも目のやり場に困ってしまうな。
「むふふ、それは重畳じゃ」
「で、なんで水着なんだ? まさか泳ぐのか? 海で?」
俺は確認するように2人に問いかけた。
すると、
「もしやハルトは泳げぬのか? まぁリーラシア帝国は内陸国家ゆえ、泳げなくとも不思議ではないのじゃ……むふっ」
なぜかちょっと勝ち誇った風の幼女魔王さま。
「いいや、泳げるぞ? 帝国にも川や池、湖はあるしな。子供の頃は夏になったら近くのロークワット湖っていう大きな湖でよく泳いでたから、むしろ泳ぎは得意な方だ」
遠泳訓練10キロも余裕でこなせるくらい、泳ぎには自信がある。
「ではなぜ泳ぐのを嫌がるのじゃ?」
「泳ぐのが嫌ってよりも、海に入るのが怖いかな」
「「?」」
俺の言葉に幼女魔王さまとミスティがそろって小首をかしげた。
「いやな? 俺が読んだ本によると、たしか海にはサメとかクジラっていう危険な巨大生物が生息しているんだろ? 特にサメは獰猛で、時には人間や魔族も襲うって書いてあったんだよ。そんなのがいる海で泳ぐのは危険すぎないか?」
いくら泳ぎが得意な精霊騎士といえど、所詮は人の子。
水の中に住む大型生物にいきなり襲われて勝てるかどうかは、正直微妙なところだ。
泳いでる時は黒曜の精霊剣・プリズマノワールも手元にないしな。
「なるほど、そういうことかの。それならば安心して良いのじゃよ。この辺りにはサメもクジラもまず出ないからの」
魔王さまは気楽に言うんだけど、
「そうは言ってもなぁ……こう、水の中からいきなり襲われると考えると、言いようのない不安が襲ってくるんだよなぁ」
「意外と心配性じゃの、ハルトは」
「慎重だと言ってくれ――よし!」
「ハルト、どうしたのじゃ?」
「ちょっとこの辺りの精霊に、安全確保をお願いしてみようと思ってさ」
言うが早いか、俺は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを抜くと、切っ先を天に向け、力ある言葉でこの地に住まう精霊に語りかけた!
「この地を、かの海を守護する偉大なる精霊よ――! 迷える我に汝が力を貸し与えたまえ――!」
すると間を置かずして、空にはおどろおどろしい黒雲が立ち込め、辺りが急激に暗くなった。
さらにははゴロゴロピカーン! と稲光と雷鳴が轟き始める。
「な、なんじゃなんじゃ!? なにが起こっておるのじゃ!?」
「天気が急変しましたよ!? さっきまであんなに晴れていたのに!」
突然の出来事に恐れおののく幼女魔王さまとミスティをあざ笑うかのように、
ザッバーーン!!
いきなり目の前の海が左右に大きく割れたかと思うと、巨大な海洋精霊が姿を現した!
――我は【ポセイドン】なり。海の王たる我を呼び出しおったのは貴様らか?――
「お、【ポセイドン】か」
「ポ、ポポポ【ポセイドン】じゃとぉっ!!??」
現れたのは海洋を統べる最上位精霊【ポセイドン】だった。
「ちょっとハルトぉ!? 炎の魔神【イフリート】と並び称される海洋王【ポセイドン】じゃぞ!? あんな一瞬でこんなヤバいの呼び出しちゃったの!?」
幼女魔王さまが山でクマに不意打ちで襲われたのかってくらいの、泣き声のような悲鳴のような金切り声で叫んだ。
「なぁ【ポセイドン】。悪いんだけさ、近くにサメとかクジラとか危険な生物がいないか、ちょっと確認してくれないかな?」
俺が早速お願いをすると、
「しかもまさかのため口じゃと!? 気難しいと言われ、時に神すら海に引きずり込んでボコったと云われる【ポセイドン】相手に、ため口で一方的にお願いするじゃとぉっ!?」
魔王さまがガクガク震えながら白目を剥いて叫んだ。
「それとできれば安全に泳げるように、この辺りに精霊結界を張って欲しいんだけど。できればこの先ずっと続く感じで」
「さらに追加で永続結界を張れとか、かなり無茶な要求までしとるしっ! しちゃっとるし!? しちゃっとるのじゃーー!!」
魔王さまはそう言うと、ついにブクブクと泡を吹いてぶっ倒れてしまった。
ミスティが慌てて支えようとして――ボスッ。
あ、今回は間に合わなかった。
ミスティの対応むなしく、魔王さまは砂浜に顔から突っ込んでしまう。
まぁ砂浜だし大事には至らないだろ。
すぐにミスティに抱き起された魔王さまは、
「ゴクリ……ぜー、はー。ゴクリ……ぜー、はー……」
差し出された水を飲んで、なんとか気持ちを落ち着けようとしていた。
そうこうしている間にも、俺の【ポセイドン】へのお願いは続いていて――。
――よかろう、全ての願いを聞き届けよう――
結局【ポセイドン】はするっとまるっと全部おおらかに了承してくれると、スッと大気に溶けるようにして、その存在を薄れさせていった。
割れた海はすっかり元通りになり、黒雲は消え去って燦燦と輝く太陽が再び顔を出す。
辺りはすっかり平穏無事を取り戻していた。
「そういうわけで安全になったから、これで心置きなく泳げるよ。さーて、初めての海を目一杯楽しむぞ――って、どうしたんだ魔王さま?」
「ど、ど、ど、どうしたもこうしたもあるかーい! 【ポセイドン】じゃぞ、【ポセイドン】! 大時化や大嵐を呼び、時に巨大な水の力で都市をまるごと水に沈めたとまで云われる、伝説の海洋王じゃぞ!? それをお主は一方的に呼びつけた上に、なーにため口であれこれお願いしとるのじゃ!」
「ん? なにか変だったか?」
「なにもかも変じゃわい! 一から十まで全部変じゃったわい! どこの世界に【ポセイドン】を一方的に呼びつけて勝手なお願いを次から次にしまくる奴がおるというのじゃ!」
「今、目の前にいるじゃないか。それにほら、実際にちゃんとお願いも聞いてくれただろ?」
「んほーーーーー! んがぁーーーーー!! ―――――はぅ」
魔王さまは立て続けに奇声を発すると、またもや泡を吹いてぶっ倒れてしまった。
「魔王さま、お気を確かに! 魔王さま、魔王さま――!」
「あれ、また俺なにかやっちゃったか……?」
…………
……
数分後。
「妾、すごく変な夢を見ておったのじゃ。伝説の【ポセイドン】が目の前に現れるという荒唐無稽な夢だったのじゃ」
「それなら夢じゃない――もごもご」
言いかけた俺の口を、ミスティが両手でむぎゅっと塞いでくる。
そして俺の耳元に口を寄せると、小さな声でそっとお願いをささやいた。
「ハルト様、ここはそういうことにしておいてはいただけませんでか? 魔王さまは少し心が疲れておいでなのです」
その言葉に、ああそうか――と俺はすぐに納得をした。
魔王さまが気疲れしている原因を察したからだ。
こくんと頷いてみせると、ミスティは安心したように俺の口から手を離した。
「そうだよな。国民の象徴として、義務しかない大変な生活を送っているんだもんな。それに加えて今は俺の面倒も見てくれているときた。そりゃあ気疲れもするよな」
ちゃんと分かってるよと、小声でミスティに伝えると、
「うーんとまぁ……はい、そうなんです。魔王さまは結構大変なんです」
ミスティは一瞬怪訝な顔をした後、にっこりと笑った。
「ではハルト様、魔王さま。せっかく海に来ているんです。話すのはこれくらいにして、みんなで泳ぎませんか?」
「そうだな」
「賛成なのじゃ。妾ビーチボールも持ってきておるのじゃ。ビーチバレーもするのじゃ」
「ではまずは準備体操をしましょう。ハルト様はその前に着替えを。ハルト様の水着も持ってきておりますので」
「マジか、サンキュー!」
その後。
完全に安全になった海で心行くまで泳ぎ、砂浜で遊んだ俺たちだった。
◇勇者SIDE◇
~リーラシア帝国・某所~
「はぁ、はぁ、はぁ……。くそっ……くそくそくそくそっ! クソがっ!!」
街道に出没する盗賊団の拠点を見つけ出し、やっとのことでこれを殲滅した勇者は、周りに聞かれていることもかまわず悪態をついていた。
だがそれも仕方のないことだった。
傭兵崩れの野盗退治など数日で軽くカタをつけるはずが、1か月もの長期間を費やしてしまったからだ。
「それもこれもハルト・カミカゼのせいだ……!」
今回の野盗退治にあたり、北の魔王ヴィステムを討伐した至上最強の勇者パーティは結成されなかった。
メンバーがわずか2人しか集まらなかったからだ。
「しかたなく帝国騎士団から騎士を借り受けたはいいが、こいつらときたら、ろくに使えもしない無能ばかりときた」
周りにはその『無能な騎士』たちが撤収準備をしているのだが、勇者はむしろ彼らに聞こえるように声高に言い放った。
もちろん、騎士団から派遣された騎士が無能だったというのは、単なる勇者の主観だ。
帝国騎士団は勇者をサポートするべく、選りすぐりのエリート騎士たちを派遣している。
超が付くほどの精鋭ぞろいだった勇者パーティのメンバーに比べると、それでも能力は落ちる、ということに過ぎない。
しかしそもそもの話、なぜ勇者パーティを結成できなかったかということを考えると、勇者はどうにも我慢がならないのだった。
その理由は簡単。
招集を拒否されてしまったからだ。
「どいつもこいつも、クソみたいな理由を付けて辞退しやがって……! なにが領地経営に忙しいだ。なにが体調不良が続いてるだ。なにが子供が生まれそうだ」
急にぎっくり腰になったと言ってきた者もいた。
「サボるための見え透いた嘘ばかり並べたてやがって……!」
5年に渡る北部魔国との激闘を潜り抜けた勇者パーティのメンバーの多くは、戦後にそれなりの地位や名誉を得たことで、それ以上を求める向上心や熱意というものを失ってしまっていた。
もちろん、命がけで5年もの長きを戦い続けた彼らを責めるのは、お門違いだ。
命を懸けて戦い抜いた彼らが、残りの人生をゆっくりと過ごしたいと思うことを止められる者など、いはしない。
それでも元メンバーたちは、これまでは勇者パーティに参加してくれていた。
今回は何が違ったかというと。
「どうもハルトの奴が、熱意を失ったメンバーたちにアレコレ頭を下げて根回しをしていたらしい。余計なことばかりしやがって、クソが」
ハルトは、勇者とパーティメンバーの間に入って、彼らをなんとか野盗退治に引っ張り出していたのだ。
「いや、こいつらのように嘘をつくならまだいい」
勇者は苦々しい記憶を思い出す。
『もうハルトはいないんでしょ? だったら私は不参加よ。だってハルトがいないと野宿の時に精霊術で汗を流せないじゃん。ありえないっしょ? アンタだけで勝手にやりなさいよね』
などと、面と向かってサボタージュを宣言されてしまったのだ。
しかもそれが、広範囲の殲滅火炎魔法を使うパーティの後衛エースだったせいで、後衛メンバーのほとんどが参加を拒否してきたのだ。
「どいつもこいつもハルトハルトハルトハルト! 勇者パーティの中心は勇者のボクだろうが!」
こうして普段とは違った使えないメンバーを率いていたせいで、野盗たちの拠点を見つけるのにありえない程の時間がかかってしまったのだ。
そう。
パーティのフロントアタッカーとして、勇者に次ぐナンバー2として戦うだけでなく。
時にメンバー集めに奔走し、様々な精霊術を使って敵の居場所を発見し、敵の奇襲を察知し、さらには精霊術で旅の環境も整えることができるハルトは、勇者パーティにはなくてはならない潤滑剤だったのだ。
そのハルトはおらず、勇者パーティの仲間たちもいない。
勇者たちは地の利をいかした神出鬼没な野盗集団の足取りを追うのに、多くの時間と労力を割かざるをえなかった。
「くそっ、くそっ、くそっ! たかが盗賊団の討伐ごときに手間どったことで、ボクのメンツは丸つぶれだ」
周囲の騎士が何ごとが声をかけようとして、しかし勇者の暗く濁った憎しみに満ちた瞳を見て、口を閉ざす。
「ハルトを追放した途端にこんな大失態をしたとなれば、勇者の名声は地に落ちたも同然だ」
ただでさえ街では既に、追放されたハルトを悲劇の主人公にした物語が、吟遊詩人たちによって散々に歌われていることを、勇者は知っている。
耳にするのも不快だったので詳細については知らなかったし、知ろうとも思わなかったが、それでも漏れ聞こえてくるものは、それはもう不愉快な内容ばかりだった。
「挽回するためにデカい山をやるんだ。過去も未来も、ボク以外の誰もなしえない確固たる功績を作って、愚民どもを黙らせてやる! ……待て、そういえばハルトは南部魔国にいるらしいな。確かあそこには、鬼族の魔王がいたはず……」
ろくに戦闘能力を持たないへなちょこ魔王が、リッケン・ミンシュセーとかいう政治システムで神輿として担ぎ上げられているとかなんとか、勇者はそんな話を聞いたことがあった。
「もしも、だ。北の魔王ヴィステムに続いて南の魔王も討てば、ボクは史上初めてとなる2体の魔王を討伐した英雄になるんじゃないか?」
リーラシア帝国と南部魔国はそれなりの友好関係にある。
北の魔王ヴィステムとの戦いでも、南部魔国は無償の食料支援、医療スタッフの派遣など手厚い後方支援を行っていた。
「だが、知ったことか――」
そんなものは最悪、偽の神託を使えばどうとでもできる。
勇者の言葉は、すなわち神の言葉なのだ。
「そうだ。勇者が魔王を討伐して、なにが悪い?」
勇者の瞳に、身勝手な暗い炎がともった――。
◇勇者SIDE END◇
ある日。
「今日はゲルドに行くのじゃ」
幼女魔王さまの言葉に、
「職業組合? いいけど視察かなにかか?」
俺は確認の意もを込めて聞き返した。
ギルドとは職業別の組合のことで、商業ギルドとか冒険者ギルドとか職人ギルドといった様々なものが存在する。
「ハルト様ハルト様、職業組合ではなくゲルドです。ゲーゲンナルドという大手ファーストフード店の略称なんですよ」
しかしミスティの説明を聞くと、どうも職業組合ではなかったようだ。
「ファーストフードっていうと屋台とか立ち食い焼き鳥屋みたいな、頼んですぐに食べられるあれか。お手軽で便利だよな」
「ふふん、ゲルドはそういった中でも別格の存在なのじゃよ。舐めてかかると痛い目にあうのじゃぞ?」
「それは楽しみだな。すぐに用意するよ」
…………
……
というわけで俺と幼女魔王さまとミスティは、王宮からほど近いゲーゲンナルドのチェーン店へとやってきたんだけど、
「これはまたえらくでかいな……!」
俺はまず建物の大きさに驚かされてしまった。
「細長いカウンター席だけ、みたいなこじんまりとしたのを想像してたんだけどさ。ここは普通のレストランの何倍もでかいぞ? 中でゆっくり座って食べられるようになっているのか」
「言ったであろう、ゲルドは別格の存在じゃと。規模を拡大することで収益力を高めるとともに、ゆったりとくつろげることで、子供連れのファミリーにも人気のファーストフード店なのじゃ」
「そういうアプローチなのか、勉強になるな。それにメニューもかなり豊富みたいだし、すごく楽しみだ」
「見て分からぬメニューがあれば、妾かミスティに聞くがよいのじゃ」
「絵が付いているからなんとなく分かるよ。単品とそれを組み合わせたセットメニューがあるんだな。ん? なぁ魔王さま、あれはなんだ?」
「どれなのじゃ?」
「あれだよ、あれ。一番右下にあるやつ。『スマイル0円』って書いてあるんだけど」
「文字通りの意味なのじゃ?」
「スマイルって笑顔だよな? それを頼むのか? しかも無料で? でも店のお姉さんはずっと笑顔を振りまいてるぞ?」
「店の価値観を最も表した『商品』が『スマイル0円』ということじゃよ。笑顔の接客を心がけるお店だというアピールなのじゃ。もちろん頼むと特別にお姉さんにスマイルしてもらえるのじゃよ」
「試しに頼んでみてもいいかな?」
「よいぞ。ただし書いてはおらんが、おひとり様1回限りが暗黙のルールなのじゃ。係のお姉さんも疲れるからの」
「――はっ、そうか! そういうことか!」
ビビっとひらめきを得た俺は、幼女魔王さまの言葉尻に被せるようにして言った。
「ハルト?」「ハルト様?」
「ともすれば客というものは、自分の方が店より偉いと思いがちだ。金を払うからな」
「まぁそうかものぅ」
「だが店が無料である『スマイル0円』を用意し、客も敢えてそれを頼まないことで、店と客が節度を持ったリスペクトしあう関係になる! それが互いを高め合って文化的に発展していくんだ。どうだ、俺もだいぶん最先端文化への理解が深まっただろう?」
「ま、まぁそういうこと、かの……?」
「ハルト様、難しく考える必要はありませんよ。お手軽なのがファーストフートの一番の売りなんですから」
「はっ!? 確かにミスティの言うとおりだった。お手軽さが売りのファーストフード店で、小難しい考えを披露するなんて本末転倒じゃないか! くっ、俺はなんて浅はかだったんだ……!」
俺は軽く息を吸ってはいてすると心機一転、気楽な気持ちでメニューを指さした。
「この一番上のセットメニューと、あと『スマイル0円』をお願いします!」
すると注文担当のお姉さんはにっこりと俺に微笑んでくれる。
素敵な笑顔に、まるで心が洗われるようだった。
「確かに、これは素敵なサービスだな」
また近いうちに来よう。
そう心に誓った俺だった。
今日は幼女魔王さまとミスティに連れられて、王都郊外にある練兵場での軍事教練を観覧していた。
「おおー! 皆、頑張っておるのじゃ!」
少し高くなった台の上の特別席から、練兵を見下ろす幼女魔王さまが、嬉しそうな声を上げ、
「本日は魔王さまがご観覧されておられますからね。訓練する兵士たちも気合が入るというものでしょう」
隣に立つミスティもそれに朗らかに同意する。
「確かに見事なもんだな。士気も高いし、練度の高さも相当なもんだ」
俺も同じような感想だった。
今は太鼓やほら貝の合図にあわせ、様々な陣形に変化する戦術変更訓練を行っていたのだが。
それぞれの部隊長に指揮され、他部隊とも連携を取りながらきびきびとした無駄のない動きで、様々に陣形を変えていく様子は、元軍属として見ていてとても気持ちのいいものだった。
――と、そこへ、
「魔王さま、本日はわざわざご足労いただき誠にありがとうございました。僭越ながら、全軍を代表してお礼の言葉を申し上げます」
190センチはありそうな長身の女軍人がやってきた。
軍服にはたくさんの徽章や勲章がつけられていて、一目でかなりの偉いさんだと分かる。
「おお、これは大将軍ベルナルド。壮健のようでなによりじゃ。今日はまっこと気合の入った素晴らしい練兵を見せてもらい、妾は大満足なのじゃ」
「もったいないお言葉にございます」
恭しく礼をした大将軍ベルナルド――額に大きな角の生えた鬼族だ――はそこで俺の方を向き直ると、
「で、あんたが魔王さまお気に入りの人間族――確かハルト・カミカゼって言ったかい?」
俺のことを値踏みするような視線を向けてきた。
「他に同姓同名がいなければ、俺がそのハルト・カミカゼだろうな。大将軍ってことはアンタが軍のナンバーワンってことか」
「形式上は魔王さまが最高責任者だけどね。実質的にはそういうことになるね」
「リッケン・クンシュセーってやつだな、知ってるぞ」
やはりこの国において魔王とはなんら実権がないにも関わらず、責任だけは取らされるという大変な立場のようだな。
あんな小さな身体でこの驚くほどの重責。
俺もできうる限り力になってあげないと。
「ところでハルト。アンタはかなりの腕前なんだってねぇ。街でもいろいろと評判みたいだぜ?」
「それはどうも。いい評判であること願ってるよ」
「謙遜するねぇ。なんでも北の魔王ヴィステムを討伐した勇者パーティにいたんだって? そうだ、今日会ったのも何かの縁だ。アタイに指導がてら、ちょっとした手合わせでも願えないかね?」
そう言ってベルナルドがニヤリと笑った。
「ベルナルド様、お戯れはおよしくださいませ」
するとミスティが焦ったような声を上げる。
「おいおいミスティ、そんな怖い顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ? なに、ちょいと軽く汗をかかないかと言っただけじゃないか? なぁハルト、アンタもそれくらい別にいいよなぁ?」
「俺は構わないぞ」
そう言いかけた俺の言葉をミスティがさえぎった。
「ベルナルド様は一個師団級個人戦力とも呼ばれる、南部魔国の誇る最強の戦士です! 先だっても不遜な態度で上官に反抗した腕っぷし自慢の鬼族の新兵を、半殺しにしたばかりではありませんか!」
「あはは、鬼族同士はあれくらいでいいんだよ。どうせ少々の怪我ならすぐに回復するんだ。それにあれ以降あいつも素直になっただろう? アタイだって馬鹿じゃねぇんだ。相手を見て、力とやり方の加減くらいはしてみせるさ」
「で、ですが――」
よほど俺とベルナルドを戦わせたくないのだろう。
なおも言い募るミスティを俺はそっと手で制すると、
「ベルナルドって言ったか? ぜひ手合わせ願えるかな。俺もこっちに来てからまったり過ごしすぎててさ。最近身体がなまっている感じがして、しょうがなかったんだよ。手合わせしてくれるっていうなら、ちょうどいいよ」
パキッ、ポキッと軽く肩を回しながら、その申し出を受けて立つ。
「交渉成立だね」
ベルナルドが嬉しそうな――そして獰猛な笑みを浮かべた。
「こっちだ、ついてきな。すぐそこに1対1の模擬戦用の演習場があるんだ」
「分かった」
「ベルナルド様! ハルト様も!」
「そんなに心配しなくても、軽くて合わせするだけだから大丈夫だって」
「ああもう! 魔王さまもお止めください! 魔王さまが止めればいくらベルナルド様であっても――」
「まぁ良いではないかミスティ。ハルトの強さはミスティも知っておるじゃろ?」
「それはそうですが、ベルナルド様は大変に熱くなりやすい性分です。もしものことがあれば――」
「まぁ大丈夫であろう……多分。それに実務トップの大将軍のやることに、お飾りの妾が口を出したとなると、それはそれで少々厄介なことになるしの。ま、ここはハルトを信じて見守ろうではないか」
「魔王さまがそうまでおっしゃるのであれば……」
ミスティが渋々といった様子で引き下がったのを見て、
「じゃあ着いてきな」
ベルナルドが颯爽と歩き出した。