そんなこんなで朝市をあちこち回った後。
「なぁ魔王さま」
「なんじゃハルト」
俺は今日一日――いや、ゲーゲンパレスに来て以来ずっと感じていたことを、幼女魔王さまに告げた。
「魔王さまって街の人からものすごく慕われているよな」
「それほどでも――あるのじゃな。なにせ妾は『全国民の象徴』であるからの。民と心を一つにしてこその象徴であるからして。そこは謙遜はせぬのじゃ」
「ほんとすごいな」
幼女魔王さまの言葉に俺は素直に感心していた。
大朝市を歩くたびに次々と親しげに声をかけられていた幼女魔王さまは、民の目線や気持ちを肌感覚で知ろうとしていた。
「これが全国民の象徴ってことなんだな。こんな不思議な王の在り方があったなんて、俺はここに来るまで考えたこともなかったよ」
俺が知っている王や貴族とは、たいていが平民のことを国を構成する歯車の一つ程度にしか思っていなかったから。
「ハルトはいちいち小難しく考えるのが好きじゃのぅ。単にこういう統治のシステムもあるというだけのことじゃよ。別段、たいしたことではないのじゃ」
「魔王さまはそう言うけどさ。俺の知っている世界では、王侯貴族は庶民を見下すのが当たり前だったから」
例えば勇者がそうだった。
貴族になる前も、『聖剣に選ばれた俺と、ただの平民は違う』みたいな価値観が見え隠れはしていたけれど、特に上級貴族になってからはそれが目に見えて酷くなった。
ことあるごとに庶民がどうの平民がどうの言い出して、あからさまに見下すようになったのだ。
「多くの国がそうであることは、妾も否定はできんの」
「もし世界中の王様や皇帝が、魔王さまみたいに平民の気持ちを分かろうとするやつばかりだったらさ。世の中はきっと、もっと良くなっていただろうな」
「それは買いかぶりが過ぎるというものじゃよ。なにせ妾は自他ともに認めるへっぽこ魔王じゃからの。鬼族でありながら戦闘力が低すぎるどころか、背が低いゆえ剣すらまともに振れぬ。妾にできるのは民の声を聞くことくらいなのじゃ」
「それに関しては確かにどうしよもなくへっぽこだな。否定はしない」
「あ、うん……なのじゃ……」
俺の言葉に幼女魔王さまが目に見えてしょぼーんとする。
「戦闘能力どころか、それ以前の基礎的な運動能力からしてかなり低いもんな。下手したら人間族の子供にも負けるんじゃないか?」
これで最強無比の鬼族だというのだから、不思議なこともあるものだ。
「お主は本当に言いたいことを素直に言いよるのぅ……」
「でもさ。それを素直に受け入れて、代わりに自分にできることを全力でやる。そんな魔王さまは間違いなく王であるにふさわしいと思うよ。使い古された言葉だけど、王の器だ」
「う、うむ……で、あるか。まったくお主はそうやってなんでもかんでもストレートに言いよるから、妾は時々ドキドキしてしまうのじゃ」
最後は小さな声でごにょごにょ言っていたせいでよく聞き取れなかったんだけど、俺に褒められた幼女魔王さまが喜んでいることだけは伝わってきた。
おっと。
変に真面目な話になっちゃったな。
せっかく楽しい大朝市だったのに、こういうのは良くないよな。
はい、難しい話はもうおしまい!
「じゃ、いっぱい見れたしそろそろ帰るか」
俺は妙にシリアスになってしまった雰囲気を変えるべく、努めて明るく言った。
「そうじゃの。じゃがハルトよ、その前に大切なことを一つ忘れておるのではないか?」
「大切なこと? なにかあったっけ?」
「魚屋にタイを預けておったじゃろうて」
「おおっ、そうだった! 大事な大事な今日の晩ご飯なのにすっかり忘れていたよ。タイはあの癖のない白身の刺身だよな? ここに来た初日に食べたけど美味しかったなぁ」
「ハルト様はタイが一番のお気に入りですね♪」
「どの刺身も美味しかったけど、タイは別格だったな。口に入れた時はあっさりしているのに、噛むと繊細なうま味がじゅわってにじみ出てくるんだ」
「【イフリート】で肉を焼いておったハルトが、なかなか通なことを言うようになったのじゃのぅ。良きかな良きかな」
「なにせ魔王さまやミスティから、最先端文化を日々学ばせてもらっているからな」
「ふふっ、さすがですねハルト様♪」
真面目モードはすっかり吹き飛び、既にすっかりいつもの調子に戻った俺たちは。
すぐに魚屋に寄って例のタイを回収すると、王宮への帰路につく。
晩ご飯に食べたタイは、店主イチオシというだけあって、この前食べたタイよりもさらにさらに美味しかった。
「なぁ魔王さま」
「なんじゃハルト」
俺は今日一日――いや、ゲーゲンパレスに来て以来ずっと感じていたことを、幼女魔王さまに告げた。
「魔王さまって街の人からものすごく慕われているよな」
「それほどでも――あるのじゃな。なにせ妾は『全国民の象徴』であるからの。民と心を一つにしてこその象徴であるからして。そこは謙遜はせぬのじゃ」
「ほんとすごいな」
幼女魔王さまの言葉に俺は素直に感心していた。
大朝市を歩くたびに次々と親しげに声をかけられていた幼女魔王さまは、民の目線や気持ちを肌感覚で知ろうとしていた。
「これが全国民の象徴ってことなんだな。こんな不思議な王の在り方があったなんて、俺はここに来るまで考えたこともなかったよ」
俺が知っている王や貴族とは、たいていが平民のことを国を構成する歯車の一つ程度にしか思っていなかったから。
「ハルトはいちいち小難しく考えるのが好きじゃのぅ。単にこういう統治のシステムもあるというだけのことじゃよ。別段、たいしたことではないのじゃ」
「魔王さまはそう言うけどさ。俺の知っている世界では、王侯貴族は庶民を見下すのが当たり前だったから」
例えば勇者がそうだった。
貴族になる前も、『聖剣に選ばれた俺と、ただの平民は違う』みたいな価値観が見え隠れはしていたけれど、特に上級貴族になってからはそれが目に見えて酷くなった。
ことあるごとに庶民がどうの平民がどうの言い出して、あからさまに見下すようになったのだ。
「多くの国がそうであることは、妾も否定はできんの」
「もし世界中の王様や皇帝が、魔王さまみたいに平民の気持ちを分かろうとするやつばかりだったらさ。世の中はきっと、もっと良くなっていただろうな」
「それは買いかぶりが過ぎるというものじゃよ。なにせ妾は自他ともに認めるへっぽこ魔王じゃからの。鬼族でありながら戦闘力が低すぎるどころか、背が低いゆえ剣すらまともに振れぬ。妾にできるのは民の声を聞くことくらいなのじゃ」
「それに関しては確かにどうしよもなくへっぽこだな。否定はしない」
「あ、うん……なのじゃ……」
俺の言葉に幼女魔王さまが目に見えてしょぼーんとする。
「戦闘能力どころか、それ以前の基礎的な運動能力からしてかなり低いもんな。下手したら人間族の子供にも負けるんじゃないか?」
これで最強無比の鬼族だというのだから、不思議なこともあるものだ。
「お主は本当に言いたいことを素直に言いよるのぅ……」
「でもさ。それを素直に受け入れて、代わりに自分にできることを全力でやる。そんな魔王さまは間違いなく王であるにふさわしいと思うよ。使い古された言葉だけど、王の器だ」
「う、うむ……で、あるか。まったくお主はそうやってなんでもかんでもストレートに言いよるから、妾は時々ドキドキしてしまうのじゃ」
最後は小さな声でごにょごにょ言っていたせいでよく聞き取れなかったんだけど、俺に褒められた幼女魔王さまが喜んでいることだけは伝わってきた。
おっと。
変に真面目な話になっちゃったな。
せっかく楽しい大朝市だったのに、こういうのは良くないよな。
はい、難しい話はもうおしまい!
「じゃ、いっぱい見れたしそろそろ帰るか」
俺は妙にシリアスになってしまった雰囲気を変えるべく、努めて明るく言った。
「そうじゃの。じゃがハルトよ、その前に大切なことを一つ忘れておるのではないか?」
「大切なこと? なにかあったっけ?」
「魚屋にタイを預けておったじゃろうて」
「おおっ、そうだった! 大事な大事な今日の晩ご飯なのにすっかり忘れていたよ。タイはあの癖のない白身の刺身だよな? ここに来た初日に食べたけど美味しかったなぁ」
「ハルト様はタイが一番のお気に入りですね♪」
「どの刺身も美味しかったけど、タイは別格だったな。口に入れた時はあっさりしているのに、噛むと繊細なうま味がじゅわってにじみ出てくるんだ」
「【イフリート】で肉を焼いておったハルトが、なかなか通なことを言うようになったのじゃのぅ。良きかな良きかな」
「なにせ魔王さまやミスティから、最先端文化を日々学ばせてもらっているからな」
「ふふっ、さすがですねハルト様♪」
真面目モードはすっかり吹き飛び、既にすっかりいつもの調子に戻った俺たちは。
すぐに魚屋に寄って例のタイを回収すると、王宮への帰路につく。
晩ご飯に食べたタイは、店主イチオシというだけあって、この前食べたタイよりもさらにさらに美味しかった。