颯介と薫子と待ち合わせ、昼前には杉ヶ裏の駅に着いた。そこでは夏澄と葉澄の双子が待っていた。
 五人揃ったところで宗像家に向かう。お盆を迎えた田舎道、家々の玄関先ではナスやキュウリの精霊馬が風情を謳っている。入道雲の湧く空は底抜けに青く、蝉の鳴き声に交じり時折どこかで風鈴の鳴る音が聞こえる。
「おー、なかなか大所帯になったなあ」
 出迎えてくれた虎太郎に続き、宗像家に上がった。縁側に前足をかけ、何ごとかと興奮するムギの姿が庭先にある。
「これ、二人が写真を撮ってたのを、送ってくれて……」
 画面では見づらいので、拡大してプリントアウトした写真を文也は取り出し、座卓に置いた。双子は自分たちの功績に胸を張っている。
「これは、フミと桜ちゃんと……」
「私だよ。葉澄」一緒に写っているのは葉澄で、撮影したのが夏澄のようだ。
「みんな小さいね。すごく可愛い」薫子が写真を見て声を弾ませ、颯介も頷いた。
「フミってこんな感じの子どもだったんだ」
「文也って無邪気だったんだな」
「俺のことはいいんだよ」感心する三人の言葉を遮り、写真に写るイチョウの木を指さす。「ここに傷があるだろ」もう一枚を取り出した。傷のついた幹の写真。「これ、夏澄たちがつけた傷なんだけど、形が同じだから、ここで間違いないと思う」
「木に傷をつけおって」
 重三に睨まれ、双子はそろってぺろりと舌を出した。
 文也は自分たちの写る写真を手に取る。「だから、この風景を辿れば見つけられると思う」
「なにか目印になるものはないかな」颯介が文也の隣で身を乗り出した。
「周りも、ほとんどイチョウの木みたいだね」薫子も写真を覗き込む。「夏澄ちゃん、撮った時のことは覚えてないの」
「流石に覚えてへんなー。いっぱい撮ってたもん」
「ねえ、この花は?」葉澄が写真の隅を指さした。イチョウとは異なる木に、綺麗な赤い花が咲いている。
「サザンカだな」重三が言った。「秋の花だ」
「じゃあ、サザンカがこの角度に見えるイチョウの木を見つけたらいいんだな」虎太郎が嬉しそうな顔をする。「取り合えず、探しに行こうよ」
 虎太郎と重三を含め、さっそく七人で山に向かうことにした。子どもでも上れる小さな山には木漏れ日が差し込み、傾斜も緩やかで穏やかだ。
「空き家があったのは、このあたりだ」
 少し開けた場所で重三が言った。草が生い茂る中を歩きながら、向こうを指さす。「すぐそこが傾斜になってるからな、気をつけろ」
 言葉の通り、小屋から少し西に歩くと、急な下りの斜面が姿を現した。下方の隣町を右に見ながら、緩やかな坂を南に上ると、すぐにイチョウの木が並び始めた。
「これのどれかやなー」
「文也、紙見せて」
 双子が寄ってくるのに、文也は写真を広げる。一本を正面に見て、左手奥にサザンカの木。
「サザンカを探した方が早いかもね」
「この写真、秋みたいだけど。今はサザンカの花って咲いてるの?」
「まだ咲いてないと思うよー。秋の花だから。でも葉っぱを見たらわかると思う、ツバキみたいなやつ」
 颯介と薫子に、容易く虎太郎は回答する。「鞍馬、良く知ってるな」文也が感心すると、彼は満足げな顔をした。「よく爺ちゃんのとこに遊びに行って、聞いてるから」
「気いつけろよ、葉の裏に毛虫がいるかもしれん」
 重三の言葉に、双子は「げー」と嫌な顔をした。「あたし、毛虫嫌いや」「手袋持ってきたらよかった」そう口をそろえる。
 皆で手分けをしてサザンカの木を探す。もともとイチョウの木が多いせいか、「あった!」とすぐに葉澄が声を上げた。
 三メートルを越える木には、パリッとした濃緑色の葉が茂っている。「これだな」と木を見上げて重三も頷いた。
「じゃあ、これを左手に見て……」颯介が文也の持つ写真を覗き込む。後ずさりし、少し斜面を上りながら、文也は一本ずつ写真と照らし合わせていく。腕を伸ばして写真を見て、視線をずらして実際の風景を見て。
 やがてそれらは限りなく一致した。
「これだ……!」幹に手を当て、文也は声を漏らした。
 立派な一本のイチョウの木。当然、双子がつけた傷は見当たらないが、間違いないだろう。当時から大きな木だったが、それは身長が小さかったからだと思っていた。しかしその存在感は今も変わらず、どっしりと八年ぶりの再会を迎えていた。
 今度こそ絶対に見失わないよう、色のついたロープを幹に巻いておく。それから一度山を下りることにした。これからが本番だ。重三の案内で、駅の近くにある定食屋で昼食を摂る。
「なあ、文也。タイムカプセルに何入れたか覚えてんの?」
 隣でうどんをすすりながら虎太郎が話しかける。親子丼を食べる手を止め、文也は眉を寄せて考える。
「確か、手紙だったかな。将来の自分に」
「へー、なんかかっこいいな。なんて書いた?」
「さあ。よく覚えてないけど……」
「でも、もうすぐわかるよ」薫子が言い、文也も頷く。
「そうだなー。楽しみだな」人の良い虎太郎は今日も楽しそうに笑った。

 昼食を終えて少し休憩した後、再び山に向かった。目印をつけていた木を見つけ、文也は持ってきていた鞄からシャベルを取り出す。夏澄と葉澄、虎太郎は家から持ってきていたから、颯介と薫子の分を合わせて三つ。
「なかなか硬いな」颯介が靴先で地面をつつく。乾いた地面は易々とは掘れなさそうだ。「それで、どこから進めたらいいんだ」
「思い出したんだ」
 あの日の記憶が鮮明に浮かぶ。
 桜とは、これからも毎日一緒に遊べるものだと思っていた。だが彼女は違った。明日には母と杉ヶ裏の家を捨てて逃げる。文也とは今生の別れになるかもしれない。幼い彼女は、その運命に抗うべくタイムカプセルを提案し、逃亡の前日に埋めた。その心を考えると苦しくなる。
 夕刻の山の中、楽しい会話をしながらシャベルで穴を掘り、箱を埋め、しっかり土をかけて。二十歳になったら掘り起こそうと約束し、指切りをした。文也は二十歳になるまでの間も、自分たちは一緒にいるものと信じて疑わなかった。しかし「ふーちゃん」と桜は呼んだ。
「わたしのこと、わすれないでね」
 決して泣いてはいなかった。それでも泣きそうな顔で、桜は笑っていた。その頬を西日が朱に染めていた。綺麗な笑顔にただ見惚れた。
 そう、桜はまさにここにいた。
「並んで埋めた後に、隣の桜の方を向いたんだ。俺から見て右側に斜面があって、正面の桜の右頬に夕陽が当たってた」
 文也は顔を右に向ける。下りの斜面の向こうに、陽は沈んでいった。
「だから丁度、西日が当たる位置。だいたいこのあたりだと思う」
 イチョウの木の西側に立った。きっとすぐそばに、タイムカプセルは埋まっている。
「ここまでわかれば、見つかるかもな」
「必ず見つける」虎太郎の言葉に文也は大きく頷く。「それじゃあ、掘るか!」声を上げると、皆の歓声が被さった。