桜が現世に留まる心残り。それを探すと決めたが、一体それがなんなのか、彼女にも思いつかないようだった。
「なー、やっぱり俺と……」
saku:分かんないなー、なんだろうねー。
隣に居るらしい桜は、やっぱり桜だ。電車に乗り、隅に立ったまま、ふと思い立って尋ねてみる。
ふー:今も近くにいるんだろ。もし触ったらどうなるんだ。
saku:触れないよ。隣に居るから、手伸ばしてみて。
saku:そっちじゃない、左。
右側に伸ばしかけた手を、左に伸ばす。しかし触覚はなんの感覚も伝えてはこない。
saku:今、私の腕に当たってる。けどすり抜けちゃってる。
前方に座る乗客が奇異の目で見てくるが、構わずに腕を握る仕草をする。それでも手は空を掴むばかりで、温度の変化すら感じられない。
saku:私も、今、ふーの肩に触ってるよ。でもわからないでしょ。
言われなければわからない。少しぐらいひんやりするかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
ふー:全然わからん。
saku:だよね。私もいろいろ試したけど、人に触れることは出来ないみたい。
文也はなんとなく残念な気持ちになる。せっかく桜が近くにいるのに、その体温すら感じられないなんて。彼女は暑さや寒さも分からないし、食欲もなければ眠くもならないという。まるで幽霊だなと思い、そういえば幽霊だったと思い出す。
家に帰り、夕飯と風呂を済ませて落ち着いた頃、桜は「そうだ!」といった。
saku:あの子犬のこと、ずっと気になってたんだ!
「犬?」
リビングのソファーで眉根を寄せて呟く。犬ってなんだと打ち込もうとすると、母親の声が被さった。
「文也、あんた最近ケータイばっかいじって。目悪くなるわよ」
はいはいと適当に返事をして、文也はその場をさっさと退散した。母親の小言からは逃げるのが吉だ。自室に引っ込む。夏の熱気がこもっているのに、窓を開けて扇風機をつけた。
「犬なんか飼ってたっけ」
扇風機の前に座り、近くにいるはずの桜に話しかける。やはり彼女は部屋にいるらしく、返事が来る。
saku:私は飼ってないよ。
saku:でも、小さい頃に拾ったの、ふーは覚えてない?
「杉ヶ裏の頃だよな。……確か、学校の帰りに桜が見つけたんだっけ」
幼い頃、小さな小学校に入学した二人は、毎日一緒に登校し、一緒に下校していた。そんな七歳の時、帰り道に捨て犬を見つけたことがあった。
saku:そう。ふーは飼えないし怒られるって言ってたから、私が連れて帰ったの。
「あー、なんか、覚えてるかも」ふわふわした茶色の塊を見た記憶がおぼろげながら蘇る。「あの犬、結局どうしたんだ。桜が飼ってたわけじゃないだろ」
saku:お母さんが里親見つけてくれて、そこに渡したんだ。でも知り合いとかじゃなくて、私も次の年には引っ越したから、あの子がその後どうなったか気になってたの。
「なるほどなー」
自分が拾った子犬がどうなったのか、それが桜は気になるという。思い残しと呼ぶに値するか文也には判然としないが、優しい桜はそれがきっかけで留まっているのかもしれない。
「それなら、犬がどうなったか確かめたらいいんだな」
saku:たぶん。ずっと前のことだから、いろいろあったかもしれないけど。
「どこに貰われていったかわからないのか」
saku:杉ヶ裏の人のはずだけど、詳しい住所とか名前はわからないんだ。お母さんが全部やってくれたから。
そうか、と文也は頷いた。「それなら、桜の母さんに聞けばわかるってことか」
saku:それしかないと思う。その人が引っ越してたりしたら、もうわからないけど。
桜は言うが、やってみなければわからない。文也はさっそく電話をかけた。
「なー、やっぱり俺と……」
saku:分かんないなー、なんだろうねー。
隣に居るらしい桜は、やっぱり桜だ。電車に乗り、隅に立ったまま、ふと思い立って尋ねてみる。
ふー:今も近くにいるんだろ。もし触ったらどうなるんだ。
saku:触れないよ。隣に居るから、手伸ばしてみて。
saku:そっちじゃない、左。
右側に伸ばしかけた手を、左に伸ばす。しかし触覚はなんの感覚も伝えてはこない。
saku:今、私の腕に当たってる。けどすり抜けちゃってる。
前方に座る乗客が奇異の目で見てくるが、構わずに腕を握る仕草をする。それでも手は空を掴むばかりで、温度の変化すら感じられない。
saku:私も、今、ふーの肩に触ってるよ。でもわからないでしょ。
言われなければわからない。少しぐらいひんやりするかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
ふー:全然わからん。
saku:だよね。私もいろいろ試したけど、人に触れることは出来ないみたい。
文也はなんとなく残念な気持ちになる。せっかく桜が近くにいるのに、その体温すら感じられないなんて。彼女は暑さや寒さも分からないし、食欲もなければ眠くもならないという。まるで幽霊だなと思い、そういえば幽霊だったと思い出す。
家に帰り、夕飯と風呂を済ませて落ち着いた頃、桜は「そうだ!」といった。
saku:あの子犬のこと、ずっと気になってたんだ!
「犬?」
リビングのソファーで眉根を寄せて呟く。犬ってなんだと打ち込もうとすると、母親の声が被さった。
「文也、あんた最近ケータイばっかいじって。目悪くなるわよ」
はいはいと適当に返事をして、文也はその場をさっさと退散した。母親の小言からは逃げるのが吉だ。自室に引っ込む。夏の熱気がこもっているのに、窓を開けて扇風機をつけた。
「犬なんか飼ってたっけ」
扇風機の前に座り、近くにいるはずの桜に話しかける。やはり彼女は部屋にいるらしく、返事が来る。
saku:私は飼ってないよ。
saku:でも、小さい頃に拾ったの、ふーは覚えてない?
「杉ヶ裏の頃だよな。……確か、学校の帰りに桜が見つけたんだっけ」
幼い頃、小さな小学校に入学した二人は、毎日一緒に登校し、一緒に下校していた。そんな七歳の時、帰り道に捨て犬を見つけたことがあった。
saku:そう。ふーは飼えないし怒られるって言ってたから、私が連れて帰ったの。
「あー、なんか、覚えてるかも」ふわふわした茶色の塊を見た記憶がおぼろげながら蘇る。「あの犬、結局どうしたんだ。桜が飼ってたわけじゃないだろ」
saku:お母さんが里親見つけてくれて、そこに渡したんだ。でも知り合いとかじゃなくて、私も次の年には引っ越したから、あの子がその後どうなったか気になってたの。
「なるほどなー」
自分が拾った子犬がどうなったのか、それが桜は気になるという。思い残しと呼ぶに値するか文也には判然としないが、優しい桜はそれがきっかけで留まっているのかもしれない。
「それなら、犬がどうなったか確かめたらいいんだな」
saku:たぶん。ずっと前のことだから、いろいろあったかもしれないけど。
「どこに貰われていったかわからないのか」
saku:杉ヶ裏の人のはずだけど、詳しい住所とか名前はわからないんだ。お母さんが全部やってくれたから。
そうか、と文也は頷いた。「それなら、桜の母さんに聞けばわかるってことか」
saku:それしかないと思う。その人が引っ越してたりしたら、もうわからないけど。
桜は言うが、やってみなければわからない。文也はさっそく電話をかけた。