・【未開の森】


 ギルドのお姉さんから、
「マルドの森はランクBにはなっているけども、未開の森だから思わぬ素材が手に入るかもしれないよ? つまりは思わぬ魔物も出てくるかもしれないから注意が必要だけども、まあアズール山のボスを倒した二人には不必要な心配だよね」
 とお墨付きをもらって、マルドの森という未開の森へやって来た。
 私は勿論、リュウも見たこと無い動物がいて、リュウは大層興奮していた。
 でもリュウはその見たこと無い動物は一切倒さず、奥へ奥へ進んでいったので、
「見たこと無い動物なら、毛皮とか手に入れないの?」
 と聞いてみると、
「生態系のことを考えると、倒さないほうがいいんです。仮に集落でもあれば、そこと話をつけてから……ありましたね」
 リュウが奥を指差すと、そこには明らかに人工物があり、どうやら木の幹や葉で作った家みたいだ。
「ここの集落の方々とお話をして、それから狩るか狩らないか決めましょう」
 私とリュウはその集落のほうへ行くと、住民と思われる子供が指笛を鳴らし始めた。
 可愛いねぇ、と思っていると、リュウが、
「多分警戒音ですね、俺たちは集落から一歩引いた位置に移動して待ちましょう」
 そっか、歓迎の音色じゃなかったんだ、と思った。
 リュウが言った通り、槍を持った大人たちが集まってきた。
 リュウは手を挙げていたので、私も手を挙げた。
 私の今の恰好は胸元があいた格闘家スタイル、エイリーほどの神速は出せそうには無いけども、結構身軽に動ける感じはする。
 リュウは剣士スタイル。木々が鬱蒼としている森なので、リュウは草木を剣で払いながら移動していた。
 住民の中でも屈強そうな男性が、
「オマエたちは何者だ」
 リュウは堂々と、
「この辺りの素材を集めにきた者です。素材として集めてもいい、草木や動物はありますか?」
「オマエたちのようなよそ者にやる素材なんぞ一ミリも無い」
「分かりました。では魔物なら狩ってもよろしいですよね?」
「それは好きにしろ、何故なら魔物はオマエらと同じよそ者だからな」
 そんな会話をして一旦集落から離れた私とリュウ。
 私は不満に思っていることをリュウに、つい愚痴った。
「ちょっとあの人たち失礼じゃない? だって私とリュウのこと魔物と同系列に扱ったんだよ?」
「まあそういう部族もあるから、あんまり気にしないで。梨花。それにさ」
 そう言って私のほうをしっかりと見たリュウ。何だろうと思っていると、
「俺がその分梨花のことを大切に扱うから許してあげてほしい」
 リュウは私の手を綿飴を扱うように優しく握った。
 いや!
「それは分かってるけど!」
 と何かツッコミのようなイントネーションの声が出た。
 その感じで笑ったリュウ。
 いやパートナーのイチャイチャをギャグで返すなよ、私。
 そんな会話をしながら、私とリュウは魔物だけを狙って狩っていった。
 魔物は黒い紫色の煙を纏っているので、見分けることは簡単だ。
 魔物の見た目はアズール山とは違うけども、動きのパターンというか、タイプは似通っている。
 まるでただテクスチャーを変えただけのゲームの敵キャラって感じ。
 やっぱりちょっとゲームっぽいんだよなぁ。
 そんな時だった。
「キャァァァ!」
 女性の叫び声が聞こえたので、すぐさまそちらへ向かうと、女性を襲うとしている魔物がいたので即座に私とリュウがその魔物に向かって攻撃を喰らわせて撃退した。
 すぐ倒したからどの程度の魔物だったか分からないなと思いつつ、魔物の素材を拾おうとすると、それを遮るようにリュウが拾おうとしながら、リュウが小さい声で、
「同じ女性同士、梨花が話し掛けてあげてください」
 と言ったので、まあそうか、と思いつつ、ヤダ人見知りの私が出ちゃうと思っていると、その女性からこっちに駆け寄ってきて、
「有難うございます! 是非お礼をさせてください!」
 と言ってきたので、私とリュウは狩りを途中で辞めて、その女性についていくことにした。
 案の定、あの集落に戻ってくると、さっき私とリュウに意地悪なことを言った屈強な男性がこっちへ駆け寄ってきながら叫んだ。
「オマエら! この子を解放しろ!」
 いや!
「捕まえたわけじゃないよ!」
 という私のツッコミと、
「捕まえられたわけじゃないよ! 助けてくれたの!」
 という女性の声が若干ユニゾンして聞きづらくて、その屈強な男性は「んっ?」となった。
 改めて女性が、
「捕まえられたわけじゃなくて、魔物に襲われているところを助けてくれたの!」
 と言うと、その屈強な男性は驚きながら、
「オマエたち……疑って悪かった……それにキャリー、無事で良かった……」
 と言うと、そのキャリーと呼ばれた女性を抱きしめて、何か良かったじゃんとは思った。
 すると屈強な男性が、
「オマエたちのことは分かった。宿くらいは貸し出すし、その辺の草木なら素材の採取を許可する」
「有難うございます。ただ宿は結構です。こちらで安心なテントを出しますので。でも草木の採取の許可、感謝します」
 そう大人の対応したリュウは私の腕を引いて、また森のほうへ進みだした。
 こういう時、しっかりしているなぁ、と思っていると、集落から離れたところでリュウが叫んだ。
「この草木の採取の許可出たぁ! どんな特徴があるのか楽しみだなぁ! 新作のアイスの見たこと無いナッツくらい楽しみ!」
 そう無邪気に笑ったリュウが可愛過ぎた。ギャップ過ぎる。見たこと無いナッツは若干怖いでしょ。
 そこからリュウは草木を採取し始めた。
 どうやらリュウ的にあまり見たこと無い植物ばかりで、大層嬉しそうに時に斬って、時に裂いて、時にそのまま魔力の中に収めていった。
 そんな生き生きとしているリュウを見ているだけで私は幸せだった。ぶっちゃけ眼福。
 奥の奥までいくと、明らかに他の草木とはオーラが違う木があった。
 その木は木の皮が漆黒で黒光りしていて、なんとなく重さを感じた。
 周りの木々は薄緑色で軽やかな雰囲気なのに、この木だけ全く違う求心力のある太めの幹に大地を包み込むように広げる大きな葉っぱ群。
 正直その黒さも相まって「魔物?」と思ってしまったが、黒紫の煙を纏っているわけでもないので、これは自然の木ということが分かった。
 リュウはその木を触りながら、
「この木はかなりすごい素材の予感がする……」
 と神妙そうに言ったので、
「じゃあ早速採取しようよ」
「いや、この木、この一本だけだ。これを採取することはちょっと抵抗があるなぁ」
 私もその木を触ってみると、あることに気付いた。
「この木、多分枯れかけているよ。こんなパサパサで、触れただけでボロボロ崩れるということはもう寿命が近い感じする」
「そんなことが分かるのか? 梨花は」
「まあなんというか農業系の漫画の知識だけども」
「……漫画?」
 そう少し不可思議そうな顔をしたリュウ。
 あっ、この世界って漫画が無いんだ、ちょっとだけ残念と思っていると、リュウはこう言った。
「もしかすると漫画って絵と文字の娯楽のこと? 梨花の世界にもあったんだな」
「あっ、こっちにもあるのっ?」
「うん、都会のほうに、だけどもね」
 私はこっちの世界の漫画も読みたいなぁ、と思ったところで、いやその前にまずこの木の話だ。
「リュウ、もう枯れかけているわけだからもらってもいいんじゃない? だから一本しかなくても何も言われなかったんじゃないの?」
「う~ん、そうだ、培養してしまえばいいかもしれないな。この地にもう一本生やして、その培養した木から採取すれば」
「じゃあ私!」
 と私は農夫の恰好に早着替え魔法で着替えた。
 すると、なんとなくこの木は挿し木で増やせるんじゃないかなと思って、
「枝を採取して、下の葉っぱを何枚かちぎってから、茎を水に浸せば、挿し木で増えるような気がする」
 とリュウへ言うと、リュウは目を丸くしながら、
「挿し木という方法があるのか……植物って種だけじゃないんですね」
「そうそう、植物を育てる方法はいろいろあるんだよ! まあそれも漫画仕込みだけども!」
「いろんな方法があるといいですね、俺も梨花といろんな方法で仲良くなっていきたいよ」
「何そのザックリとしたお気持ち表明」
「単純接触だけじゃなくて、いろんな言葉を喋り合ったり、そうだ、今度何かプレゼントしたいからさ、好きなモノとか教えてほしいです」
「プレゼントを一緒に買いに行くタイプなんだ、リュウは」
 そう、ほほうと思いながら頷いていると、
「やっぱり一緒に居る時間は長いほうがいいかなと思って。その方法も変えたほうがいいかな?」
「ううん! それはそのままでいいと思う!」
「良かった、じゃあそれはそうと一緒に挿し木というヤツをやって隣に木を育てましょうか」
 とリュウは言った。確かにそれはそうと過ぎる話だったな、と私も思った。
 というわけで私は枝を一本頂戴して、水に浸かりそうな部分の葉をちぎって、その枝を水に付けた。
 水は農夫の水魔法で出現させて、浸からせるためのコップはリュウが出してくれた。
 さらにそこから私の木魔法で生長を促して……ちゃんと根が生えてきた!
 根がある程度長くなったところで、地面に植える準備。
 リュウがたくさんある木々を剣でカットして、土地を整えた。
 そして土に植えたその黒い木の皮の枝はぐんぐん生長していき、なんと花が咲いた。
 真っ白い花で、黒い木の皮とのコントラストで、まるでモノクロ映画だった。
 モノクロ映画の最終盤といった、綺麗な光景。
 私はどんな実がなるのか見たくなって、生長を止めず、魔法を注ぎ込み続けると、なんと金色の実が成ったのだ。
 モノクロ映画と思っていたら、重厚でシックな家具のような雰囲気になった。
 するとリュウが急にコックさんの恰好になって、どうしたんだろうと思っていると、その実をもぎって、果実を舌に乗せて、吟味し始めた。
 コックさんの魔法って何なんだろう? と思っていると、リュウがこう言った。
「これは食べても大丈夫な果実ですね、というかとても美味しいです。甘さの中にもちょうどいい酸味があって、疲労回復成分も入っているような感じですね。旨味が強いです」
 コックさんの魔法って可食度テストみたいな感じなんだ。
 リュウに木の実を手渡されて、私も食べてみると、めちゃくちゃ美味しかった。
 甘さはバナナに近い、でも香りは柑橘系交じりで酸味もそんな感じ。バナナにオレンジピューレを掛けて食べているような感じ。
 リュウはまた一個木の実を獲ってからじっくり観察している。
 何だろうと思っていると、
「この木の実のヘタ部分、もしかしたらすごい素材かもしれません。具体的にはまだ言えませんが、魔力も感じます。これはやはり素晴らしい木だったようです」
「じゃあ良かったね、もうオリジナルのほうは枯れそうだったし」
「幹も成長しましたし、木の皮も頂いていきましょう」
 と言ったその時だった。
「あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」
 というドデカい声が後方から聞こえてきて、振り返るとそこにはあの屈強な男性とキャリーと呼ばれていた女性がいた。
 今の叫び声、もしかしたらやってはいけないことをしたのでは、と心臓がバクバクなっていると、リュウもそんな感じで、顔が引きつっていた。
 ヤバイ、最悪一目散に逃げ出すしかないな、と思って、私はエイリーの服に早着替えしたところで、リュウが私を守るように一歩前に出て、頭を下げた。
「申し訳御座いません! この黒い木が枯れかけていたので、改めて一本育ててしまいました! もし良くないことでしたら今すぐに撤去しますので!」
 と言ってリュウが新しく育てた黒い木のほうに剣を向けると、屈強な男性が声を荒らげた。
「やめろ! やめてくれ!」
 すぐさまリュウが、
「いいえ! こっちは俺が一人で勝手に育てたほうです! 勿論こちらの女性は関係ありません! ただの連れ添いです!」
 と明らかに私のことをかばうようなことを言い出したので、それは違うと思って、
「ううん! 私も育てました! 私とリュウの二人で育てたんです! すみません!」
 私は逃げる気満々だけども、やっぱりここは、と思って私も頭を下げた。
 するとキャリーと呼ばれていた女性が声を上げた。
「キュウソの木を復活して頂き! 誠に有難うございます!」
 そう言ってその女性はまた私に近付いてきて、今度は飛びついてきた。
 ついハグしていると、屈強な男性が、
「まさかキュウソの木を育ててくださるとは……我々にとってはもう神のような存在だ……どうかお礼をさせてほしい」
 その後、私とリュウはこの住民たちの集落でもてなしを受けた。
 それと同時にあのキュウソの木という木をもう何本か育ててほしいと依頼され、さらに定期的にメンテナンスに来てほしいと言われた。
 それなら、とリュウはこの集落のために農夫の服を作ってあげる約束をした。安請け合い過ぎでは、とは思ったけども、そこもリュウの良さなので黙っていた。
 見返りとして、木の実や木の皮をいくらでも持って行っていいという話になり、リュウは上機嫌だった。
 いやでも実際私から見ても、不思議な力があるような素材だったから、これはマジで良いんじゃないか?
 全てをこなしたのち、私とリュウはまた一旦自分の家へ戻った。
 いつでも遊びに来ていいとも言われたので、まあ森の雰囲気も悪くないし、避暑地としていいかなと思った。