もしもこの想いが赦されるなら君に伝えたいことがあるんだ

 ◆◆◆
 久しぶりにこんなに熱出したな。
 自宅のベッドまでの道のりがいつもよりも長く感じた。
 ……蒼井に悪いことしちゃったな。
「梓?起きてる?」
「うん、どうしたの?」
 扉を開けて入ってきたお母さんは薬と水の入ったコップを持っていた。
「薬、飲める?」
「わかった。ありがと」
 薬を受け取ってコップの中の水を飲み干した。
「……熱、まだ結構あるね。まだ夕方だからもうちょっと寝てていいよ」
 そう言ってお母さんは部屋を出た。
「……だるい」
 誰もいなくなった部屋に独り言が落ちる。
 寝よう。
 重くなった瞼に逆らうことなく梓は目を閉じた。

『ねぇ、知ってる?悠くんって実は梓のこと大嫌いらしいよ?』
 ここはどこだろう?見たことがあるような校舎の中。
『えっそうなの?あの2人あんなに仲良さそうなのに?』
『そうそう、実は男子たちが賭けててクリスマスに盛大に振るらしいよ』
 悠くんって誰?
 梓って私のこと?
 声がする方に進むと体育館裏みたいなところに出た。その子たちは私に気づかないまま話を続ける。
『でもさー、いい気味だよね。正直言って梓と悠くんって幼馴染ってだけでしょ?それなのに悠くんの隣にずっといて目障りだったんだよねー』
『愛里紗は悠くんのこと好きだもんねー』
『ちょっと、恥ずかしいからやめてよ』
 なるほどね。
 要は私が悠くんとやらに付き纏ってるのが嫌な女の子が噂話をしてるのか。
 でも、なんでこんなに夢らしくないんだろう。
 自分の格好を見て笑ってしまう。これは中学の制服だ。流石にそれくらいは覚えている。
 そもそも悠くんって誰だ?
『しかもさ、梓って桜と会津くんとも幼馴染なんでしょ?なんか1人だけ凡人すぎてわたしなら恥ずかしくて一緒になんかいられないよ』
 桜?ていうか、会津くんって……あの会津くん?幼馴染?なんのこと?
 ……悠くんってまさか。
 そう思った瞬間に真っ白な空間に飛ばされた。
「ーーどこ、ここ?」
 何もない。ただただ、白い空間が広がっている。
「全く、貴方は本当にお人好しですね」
 いきなり目の前に現れた燕尾服の男に悪口を言われた。
「誰ですか?」
 見た目は20歳って感じ……?なんか妙に胡散臭い。
「……さぁ?誰でしょう?そんな些細なことはどうでもいいんですよ」
「ーーあははっ、全然変わってないね、ルカ」
「はーー?」
 心底驚いた表情の男を見て私も首を傾げる。
 なんでだろう?
 私の様子を見て目の前の男は呆れたように笑った。
「本当に、お人好しですね。貴方は」
「え?」
「記憶がなくたって貴方は貴方のままだ。だから、貴方との約束を私は守ってみせますよ」
 そう言って男はパチンと指を鳴らした。
 意味がわからないまま意識が遠くなる。
「すみません」
 そんな風に言われてる気がした。

「あっ、起きた」
 すぐ近くから声がして隣を見る。
「……なんでいるの?」
「お前が休んだから?お見舞い」
「なにそれ、蒼井らしくないね」
 そう言って笑うと制服を着たままの蒼井が止まった。
「……どうしたの?」
「いや……まだ熱あんの?」
 プリントらしきものを取り出しながら蒼井が言った。
「たぶんねー、体熱いしあるかな?」
 いつもより砕けた口調で話し続ける。
「ねぇ、夢を見たんだー」
「……へー、どんな?」
 珍しく蒼井の食いつきがいい。
 どんな?……どんな夢だったかな?
「……なんかね、中学生の私の夢?だと思うんだー」
「……それで?」
 一瞬だけ蒼井の肩が揺れた。
「なんか、忘れてる気がするんだよねー。大切なこと」
 なんでかな。蒼井の顔が見えなくなってきた。
「ーーの馬鹿……なんで、泣いてるんだよ」
「泣いてないよ?」
 あー、でもどんどん見えなくなっていく。さっきの夢と同じ。何もかも真っ白になって溶けていくみたい。
「ごめんね、悠……」
 口が勝手に動いて蒼井の名前を呼んだ。下の名前で呼ぶのは初めてなのに懐かしく思ったのはどうしてなんだろう。
 もう、蒼井の顔が見えない。
 どんな顔してるのか、見たかったな。
 薄れていく意識の中少し冷たい手が頭を撫でている気がした。
 ーーどのくらいの時間が経ったんだろう。
 部屋の中は真っ暗で日は完全に落ちてる。
 ゆっくりと体を起こした。
「はぁ、だるい」
 いつもの倍くらいの重力を感じながら辺りを見回す。
 二人三脚の練習予定と書かれたプリントが机の上に置いてある。
 なんでこんなところにあるんだろう?しかも、こんなの知らない。よく見ると右端に付箋がくっついている。卓上ライトをつけると『お大事に 蒼井』と書いてあった。
 蒼井……?なんで?
 急いで日記を開く。日付が変わってない。熱を出して寝込んだから書いてる暇がなかったんだろう。
「これは、なに……?」
 真っ白なページに丸いシミが落ちる。
 忘れてしまった記憶があったことしかわからない。
 いつもと同じ。諦めればいいだけだ。
 それなのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。
 痛くて、苦しくて、涙が止まらない。
 感じたことのない辛さに静かに耐えて涙を流す彼女を遠い空にいる星たちが見つめていた。