◇◇◇
木野が桜と絡んでいる光景が懐かしくてつい頬が緩む。
「ゆーう、お前そんなんじゃばれるぞ?」
ニヤニヤしながら肩に乗っかってきた直樹に「うるさい」と顔面を叩く。
「顔を叩くなよ!ひどくね?」
「酷いのはどっちだよ、勝手に二人三脚のメンバーにしやがって」
そう言ってちらっと木野の方をみるとパチっと目があった。
「……え」
「あの!そうだ井上さん!ちょっと聞きたいことがあるんだけどーー」
「なになにー?なんでも聞いてー」
あからさまに逸らされた。
……なんなんだ?
「……悠、木野になんかしたの?」
不思議そうに俺を見る直樹に「………いや、何もしてない、と思う」と曖昧に答える。
本当に心当たりがなくて逆に困る。
困惑してる俺をみて直樹は「ふーん」と意味ありげに笑った。
その顔がうざくて「なんだよ」と苛立ちながら先を促す。
「んー。別に?俺から言うことじゃないかなぁ。少なくとも今は」
直樹の言葉も意味がわからなくてため息をつく。
本当になんなんだ。
「おい、木野?」
珍しくぼうっとしている木野の肩を叩く。
「きゃ!え!?……変な声でた」
大袈裟に肩を揺らして机に項垂れた木野の反応が面白くて笑いを堪えるのに必死だった。
「で、何か用?」
机に突っ伏したままの木野に笑いを噛み殺しながら答える。
「いや、用はないけど」
「じゃあ何?」
「珍しくぼうっとしてるから体調悪いのかと思って」
語尾に笑いが滲んだのは仕方ないと思う。
それを敏感に感じ取った木野がガバッと顔をあげる。
「馬鹿にしてるでしょ!」
「別に馬鹿にはしてねぇよ」
「じゃあ何?」
珍しく潤んだ瞳でじっとこっちを見る。
「……さぁな。知らね」
「なにそれ、絶対馬鹿にしてるやつじゃん」
そう言ってまた机に突っ伏した。
木野の様子を見つつ俺は近くの自分の席に座る。
……まあ、こんだけ元気なら心配なさそうだから別にいいけど。
木野は、なにも言わない。
記憶のことだって和田がなにも言わなければずっと隠したままにするつもりだったんだろう。ひとりで全部抱えて、そうすることが当たり前みたいな顔して、誰かに頼るなんて1ミリも考えない。
梓は、他人を優先するやつだった。
常に周りを見て今何ができるか、どうすれば平和に解決出来るか。そんなことをずっと考えてるようなやつだった。ずっと笑顔を絶やさなくて、自分だけが我慢すればいいと思って。みんなが笑ってくれたら嬉しいってそう言って笑うくせにみんなの中に梓はいなかった。
木野も梓も同じ人間だ。
俺が知ってる木野は誰とも近づかないことで自分を守ってるって言って笑う。
俺が知ってる梓はひとりで我慢してみんなが笑ってるところを見ながら笑う。
梓は記憶をなくしたけど、根本的なところは変わってない。自分が傷つかないためなんて建前だ。誰かを忘れて誰かを傷つけないように誰にも近づかない。どっちにしても人のためだ。
優しすぎる木野に気持ちを伝えたところでどうせ伝わらない。
それくらい俺と木野の今の関係は希薄だ。同じ委員会。隣の席。たったそれだけ。
木野の潤んだ瞳があの日の記憶に重なる。
苦しそうに眉を寄せてそれでも口角を上げて下手くそな作り笑いで俺を見た。
『ーーごめんね』
あの日の梓の言葉の続きが思い出せないまま日々が過ぎていく。
お前は何を謝ってた?
どうしてあの日泣いてた?
どうしようもない想いだけが頭の中をぐるぐるしている。
目の前の木野が何を考えているのか、それだけでもほんの少しでいいからわかるなら、あの日の答えが見つかったのかもしれない。
昼休みの喧騒の中、窓から顔を覗かせた風はまだ冷たかった。
「ーー木野?」
放課後、空っぽになった教室の中にひとりで机に突っ伏したまま座っていた。
「……何してんだ?」
俺が近づいても声をかけても全く動かない。
「……寝てんの?」
そう声をかけながら自分の手を木野の頭に乗せる。
はらりとポニーテールから一房流れ落ちた。
「おい、木野?」
そう言って額に張り付いた前髪を払おうとして手が止まる。
「ーーっお前、熱あるじゃねえか!」
よく見れば顔も真っ赤だ。
「あ、おい……?…な、にして、るの?」
途切れ途切れの言葉に心臓が暴れる。
下手くそな作り笑いで誤魔化そうとする木野があの日の記憶に繋がる。
「……ッ馬鹿!なんでこんなになるまで我慢してんだよ」
今は記憶のことなんてどうでもいい。
「ちょっと触るからな」
そう言って額にそっと触れる。
熱いな。
呼吸も乱れてるし、立って歩くのは無理そうだな。
「我慢しろよ」
「へ……?」
木野の返事も聞かずに体を起こして持ち上げる。
軽すぎ……。
「えっ?ちょっと、蒼井?」
「いいから、黙って捕まっとけ。首に腕回してもいいし服掴んでもいいから。落ちるぞ」
俺の言葉に何か言いたそうな顔をして黙って俺の服を握る。
保健室までは少し距離があるし階段降りないといけないから大人しくしてくれる分にはありがたい。
「あっ、橘先生」
「はい?蒼井くんと木野さんかな?どういう状況?」
保健室の前の扉で見つけた男子たちの人気No.1教師が首を傾げる。
「先生、もうすぐ30になるんだけどね?こんな漫画みたいな展開は初めてだよ?まあ、とにかく入って」
俺たちを観察しながら保健室の扉を開いて俺たちを招き入れた。
「さて、体調不良者は木野さんだね。ベッドはそこが空いてるからそのまま寝かせてあげて」
俺に指示を出しながら先生は何か準備を始めた。
「あっ、まさかと思うけど蒼井くんも具合悪いかな?」
「いや、俺は大丈夫です」
布団をかけてこたえる。
気づかなかった。隣にいたのに、いつもと様子が違うことくらいわかってたのに。
橘先生が近づいてきて木野に体温計を差しだす。
「木野さん?聞こえてる?ちょっと熱測ってね」
「……っは、い。すみ、ません」
辛そうに声を出す木野に「何言ってんの?これが先生の仕事なんだから、気にしないで」と笑いとばした。
しばらくして機械音が響いて先生が受け取る。
「あらら、38度か。まぁ、もう放課後だし親御さんに迎えにきてもらうしかないわね」
木野は一瞬迷うように目を伏せてこくっと頷く
「蒼井くんもそろそろ帰りなさい」
「……はい」
悔しいけど今俺にできることは何もなかった。
「ーー蒼井、待って」
木野の声に振り返る。
「ありがと、ごめんね」
そう言って木野は微笑んだ。
「……ああ、またな。ゆっくり休めよ」
俺がそう言うと木野は安心したように目を閉じた。
「……じゃあ、さようなら」
「はい、さようなら」
にこやかに手を振る橘先生に背中を向けて保健室を後にする。
ごめんってなんのことだよ。
言えなかった言葉が頭の中をぐるぐるして空っぽになったはずの校舎がやけに騒がしかった。
木野が桜と絡んでいる光景が懐かしくてつい頬が緩む。
「ゆーう、お前そんなんじゃばれるぞ?」
ニヤニヤしながら肩に乗っかってきた直樹に「うるさい」と顔面を叩く。
「顔を叩くなよ!ひどくね?」
「酷いのはどっちだよ、勝手に二人三脚のメンバーにしやがって」
そう言ってちらっと木野の方をみるとパチっと目があった。
「……え」
「あの!そうだ井上さん!ちょっと聞きたいことがあるんだけどーー」
「なになにー?なんでも聞いてー」
あからさまに逸らされた。
……なんなんだ?
「……悠、木野になんかしたの?」
不思議そうに俺を見る直樹に「………いや、何もしてない、と思う」と曖昧に答える。
本当に心当たりがなくて逆に困る。
困惑してる俺をみて直樹は「ふーん」と意味ありげに笑った。
その顔がうざくて「なんだよ」と苛立ちながら先を促す。
「んー。別に?俺から言うことじゃないかなぁ。少なくとも今は」
直樹の言葉も意味がわからなくてため息をつく。
本当になんなんだ。
「おい、木野?」
珍しくぼうっとしている木野の肩を叩く。
「きゃ!え!?……変な声でた」
大袈裟に肩を揺らして机に項垂れた木野の反応が面白くて笑いを堪えるのに必死だった。
「で、何か用?」
机に突っ伏したままの木野に笑いを噛み殺しながら答える。
「いや、用はないけど」
「じゃあ何?」
「珍しくぼうっとしてるから体調悪いのかと思って」
語尾に笑いが滲んだのは仕方ないと思う。
それを敏感に感じ取った木野がガバッと顔をあげる。
「馬鹿にしてるでしょ!」
「別に馬鹿にはしてねぇよ」
「じゃあ何?」
珍しく潤んだ瞳でじっとこっちを見る。
「……さぁな。知らね」
「なにそれ、絶対馬鹿にしてるやつじゃん」
そう言ってまた机に突っ伏した。
木野の様子を見つつ俺は近くの自分の席に座る。
……まあ、こんだけ元気なら心配なさそうだから別にいいけど。
木野は、なにも言わない。
記憶のことだって和田がなにも言わなければずっと隠したままにするつもりだったんだろう。ひとりで全部抱えて、そうすることが当たり前みたいな顔して、誰かに頼るなんて1ミリも考えない。
梓は、他人を優先するやつだった。
常に周りを見て今何ができるか、どうすれば平和に解決出来るか。そんなことをずっと考えてるようなやつだった。ずっと笑顔を絶やさなくて、自分だけが我慢すればいいと思って。みんなが笑ってくれたら嬉しいってそう言って笑うくせにみんなの中に梓はいなかった。
木野も梓も同じ人間だ。
俺が知ってる木野は誰とも近づかないことで自分を守ってるって言って笑う。
俺が知ってる梓はひとりで我慢してみんなが笑ってるところを見ながら笑う。
梓は記憶をなくしたけど、根本的なところは変わってない。自分が傷つかないためなんて建前だ。誰かを忘れて誰かを傷つけないように誰にも近づかない。どっちにしても人のためだ。
優しすぎる木野に気持ちを伝えたところでどうせ伝わらない。
それくらい俺と木野の今の関係は希薄だ。同じ委員会。隣の席。たったそれだけ。
木野の潤んだ瞳があの日の記憶に重なる。
苦しそうに眉を寄せてそれでも口角を上げて下手くそな作り笑いで俺を見た。
『ーーごめんね』
あの日の梓の言葉の続きが思い出せないまま日々が過ぎていく。
お前は何を謝ってた?
どうしてあの日泣いてた?
どうしようもない想いだけが頭の中をぐるぐるしている。
目の前の木野が何を考えているのか、それだけでもほんの少しでいいからわかるなら、あの日の答えが見つかったのかもしれない。
昼休みの喧騒の中、窓から顔を覗かせた風はまだ冷たかった。
「ーー木野?」
放課後、空っぽになった教室の中にひとりで机に突っ伏したまま座っていた。
「……何してんだ?」
俺が近づいても声をかけても全く動かない。
「……寝てんの?」
そう声をかけながら自分の手を木野の頭に乗せる。
はらりとポニーテールから一房流れ落ちた。
「おい、木野?」
そう言って額に張り付いた前髪を払おうとして手が止まる。
「ーーっお前、熱あるじゃねえか!」
よく見れば顔も真っ赤だ。
「あ、おい……?…な、にして、るの?」
途切れ途切れの言葉に心臓が暴れる。
下手くそな作り笑いで誤魔化そうとする木野があの日の記憶に繋がる。
「……ッ馬鹿!なんでこんなになるまで我慢してんだよ」
今は記憶のことなんてどうでもいい。
「ちょっと触るからな」
そう言って額にそっと触れる。
熱いな。
呼吸も乱れてるし、立って歩くのは無理そうだな。
「我慢しろよ」
「へ……?」
木野の返事も聞かずに体を起こして持ち上げる。
軽すぎ……。
「えっ?ちょっと、蒼井?」
「いいから、黙って捕まっとけ。首に腕回してもいいし服掴んでもいいから。落ちるぞ」
俺の言葉に何か言いたそうな顔をして黙って俺の服を握る。
保健室までは少し距離があるし階段降りないといけないから大人しくしてくれる分にはありがたい。
「あっ、橘先生」
「はい?蒼井くんと木野さんかな?どういう状況?」
保健室の前の扉で見つけた男子たちの人気No.1教師が首を傾げる。
「先生、もうすぐ30になるんだけどね?こんな漫画みたいな展開は初めてだよ?まあ、とにかく入って」
俺たちを観察しながら保健室の扉を開いて俺たちを招き入れた。
「さて、体調不良者は木野さんだね。ベッドはそこが空いてるからそのまま寝かせてあげて」
俺に指示を出しながら先生は何か準備を始めた。
「あっ、まさかと思うけど蒼井くんも具合悪いかな?」
「いや、俺は大丈夫です」
布団をかけてこたえる。
気づかなかった。隣にいたのに、いつもと様子が違うことくらいわかってたのに。
橘先生が近づいてきて木野に体温計を差しだす。
「木野さん?聞こえてる?ちょっと熱測ってね」
「……っは、い。すみ、ません」
辛そうに声を出す木野に「何言ってんの?これが先生の仕事なんだから、気にしないで」と笑いとばした。
しばらくして機械音が響いて先生が受け取る。
「あらら、38度か。まぁ、もう放課後だし親御さんに迎えにきてもらうしかないわね」
木野は一瞬迷うように目を伏せてこくっと頷く
「蒼井くんもそろそろ帰りなさい」
「……はい」
悔しいけど今俺にできることは何もなかった。
「ーー蒼井、待って」
木野の声に振り返る。
「ありがと、ごめんね」
そう言って木野は微笑んだ。
「……ああ、またな。ゆっくり休めよ」
俺がそう言うと木野は安心したように目を閉じた。
「……じゃあ、さようなら」
「はい、さようなら」
にこやかに手を振る橘先生に背中を向けて保健室を後にする。
ごめんってなんのことだよ。
言えなかった言葉が頭の中をぐるぐるして空っぽになったはずの校舎がやけに騒がしかった。

