◆◆◆
『5月28日(土)
今日はショッピングモールで買い物をした。蒼井から貝殻のネックレスをもらった。可愛い。そういえば井上さんと会津君に会った。あの2人はなんで付き合ってるんだろう?人を好きになるってどんな感覚?……わからない。……最近、気づいたことがある。たぶん蒼井との記憶が一番消えやすい。覚えてる記憶もあるけどほとんど日記を読んでるからわかるだけ。それでも、星空を見に行った時の蒼井のことは覚えてる。あの時泣いてた蒼井がどうしても頭から離れてくれない。今までなら何も気にしないでいられたのに、どうしてこんなに気になるんだろう。わからないけど、蒼井が少しでも笑っていられると良いな。なんて、今日の私は思ってる。
私の過去はここにあるよ。だから、揺らがないで。今日もひとりで立って歩けるよ』
ノートの隣に大切そうに置いてあったそれを手に取る。
「たしかに可愛い……」
何より綺麗な青が貝殻のモチーフにあってる。
「……どうして、忘れちゃうのかな……」
どうしようもない独り言が静かな部屋に落ちた。
『ーー本当にいいのですか?』
誰にされたのかもわからない問いが胸に刺さった気がした。
日曜日の朝に似合わない空気を機械音が切り裂く。
『もう起きてるか?これ、昨日撮った写真。今日のお前が覚えてても覚えてなくても俺がお前の分も覚えてるからな』
発信者は蒼井悠。
タイミングが良いのか悪いのか。写真がどんどん送られてくる。どんだけ撮ってたの。
思わず笑ってしまうほど通知音がなる。
たくさんの私が映っていた。
服屋さんで青い帽子をかぶって鏡と睨めっこしてる私。
雑貨屋さん?で真剣な表情で水色のノートを見てる私。
休憩コーナー?で紅茶を飲んでる私。
全部カメラのほうは見てない。それでも昨日の私がそこにいた。
「なんで、思い出せもしないのに……涙は出てくるの?」
写真の中にあったはずの感情だけが勝手に暴れて涙になる。
何も思い出せないのに、ただ苦しいと心が叫んでる。
部屋の中に真っ直ぐに差し込んでいた光も雲に隠されて消えていった。
週に一度の憂鬱な時間。
木曜日のLHRだ。
「ーー次は春の体育祭についてです。ここからは体育委員会の人に引き継ぎます。体育委員の人は前に出てきてください」
私の言葉に「はいっ」と元気よく返事をしたのはもちろん太陽みたいな男だった。
「というわけで今回の体育祭の種目とかとりあえず黒板に書いてくな!」
「いやいや、直樹の字じゃ読めねぇよ!」
「井上さんに任せなよ」
とクラスからの満場一致の声によりもう1人の体育委員の井上さんが書記係になった。
私と蒼井はそれを隣で見ていた。
「ーーさて、こんなもんかな?」
一通り黒板に書き終えた井上さんを見て会津君が再開する。
「じゃあ、とりあえずひとり1種目は必ず出ないといけないからこの時計で15分までシンキングタイムな!」
スタート!と楽しそうに始めた会津君にみんな感化されようにわまりの人と話し始める。その様子をぼぅっとみていると「木野さんは何がやりたい?」と唐突に話の矛先が向けられた。
がやがやする教室の話し声の合間を縫うように返事をする。
「えっ……?私?」
「うん。木野さんは何やりたい?」
会津君の質問を井上さんが引き継いだ。
「えっと……なんでもいいよ?」
「ほんと?!じゃあ私と一緒の出ようよ!駄目?」
「……駄目じゃないけど、むしろいいの?井上さんと一緒に出たい子たくさんいると思うけど……」
私の返事に何故か嬉しそうに笑った。
「私が木野さんと一緒に体育祭出たいの!」
「じゃあ、悠は俺と一緒の出ようぜ」
「は?普通に嫌だけど」
「はあ?!そこはもちろんか頷くかの2択しかないだろ!」
「そんなの断る一択だろ」
あまりにも蒼井らしい返しに私と井上さんは思わず顔を見合わせて笑った。
そんな私たちを見て会津君は懐かしいものを見たみたいな顔で笑って蒼井が目を丸くした。
「時間になったよー。みんな決まった?」
井上さんの掛け声にザワザワしてた教室が少しだけ落ち着く。
「ーーはいっと。これであらかた決まったな。さいごは二人三脚か。やりたい人!」
流石にここは誰も手を上げなかった。
それもそうだろう。男女ペアでやるのは高校生にもなってハードルが高すぎる。
これは難航するだろうなぁと思っていたら会津君がとんでもないことを言い出した。
「おいおい2組決めないといけないんだぞー。1組は俺と桜でもいいとして後1組どうするんだー?」
会津君の言葉にみんな顔を見合わせる。その様子を見て会津君がにやっと口角を上げた。
「じゃあ、俺と桜で決めていい?」
「あー。確かに決めてもらったほうが逆にいいかも……」
「俺はそれでもいいぜー」
と意外にも皆んな乗り気だった。
その様子を見て井上さんと会津君がひそひそ話し始める。クラスメイトは「誰になるのかなぁ」とそわそわして待っていた。
「ーーよしっ!決めたぞー!異論は認めないからな」
「いいぞー。誰にしたんだ?」
ノリのいい男子たちとふざけつつ会津君が名前を言った。
「んじゃ、もう1組は悠と木野さんな!」
「おうー!そうきたか!」
「いいじゃん!頑張れー!」
何故かクラス中から応援されている現状にやっと頭が追いつく。
「えっ??」
「おい、直樹。何やってくれてんだよ」
やっと追いついた私と比べて蒼井がものすごく怒ってる。
そりゃそうだよね。絶対こういうのやらなそうだし。
「なんだよー。異論は認めないって言っただろ?」
「頑張ろうね木野さん!」
「えっ……うん?」
あー、なんか初めてこの2人がお似合いだなって思った。
この笑顔に敵う相手なんていないんじゃないかな。
蒼井の盛大なため息と共に授業を終わらす鐘が鳴り響いた。
「お前、なんで止めなかったんだよ」
休み時間に入ってすぐ蒼井が井上さんを問い詰めてた。
「えっだって、2人とも足速いし仲良いしいいかなって」
井上さんの言葉に蒼井はそれこそわかりやすく驚いた顔をした。
「あっでも木野さんにはちゃんと聞かないとだよね」
そう言って井上さんが改めてこっちにきた。
「木野さん無理やりになっちゃったけど大丈夫だった?」
「えっ、うんまぁ、多分こうでもしないと終わらなかったしね」
「ありがとうー!」
満面の笑みで井上さんが私の手を握る。そのまま蒼井の方に顔を向けた。
「ほら、悠もこのくらい広い心を持ってよ!」
「うっせぇよ」
「なんだよー桜の言うとおりだろ?」
にやにやと、蒼井をつつく会津君はもうなんかすごいと思った。
それにこんな風にクラスの人と話すのが久しぶりすぎて何が正しいのかよくわからなくなる。
この空気の中に私はいないはずなのに、どうしてこの人たちは私に関わってくるんだろう。
こんな無愛想な奴ほっとけばいいのに。
私の日常に『普通』はいらないのに。
ただ、苦しいくらいにこの光景が懐かしくて。
忘れたくないなんて、思ってしまった。
その時点でもう答えなんか決まっているのに。
休み時間の特有の喧騒がゆっくりと遠ざかっていくような気がした。
『5月28日(土)
今日はショッピングモールで買い物をした。蒼井から貝殻のネックレスをもらった。可愛い。そういえば井上さんと会津君に会った。あの2人はなんで付き合ってるんだろう?人を好きになるってどんな感覚?……わからない。……最近、気づいたことがある。たぶん蒼井との記憶が一番消えやすい。覚えてる記憶もあるけどほとんど日記を読んでるからわかるだけ。それでも、星空を見に行った時の蒼井のことは覚えてる。あの時泣いてた蒼井がどうしても頭から離れてくれない。今までなら何も気にしないでいられたのに、どうしてこんなに気になるんだろう。わからないけど、蒼井が少しでも笑っていられると良いな。なんて、今日の私は思ってる。
私の過去はここにあるよ。だから、揺らがないで。今日もひとりで立って歩けるよ』
ノートの隣に大切そうに置いてあったそれを手に取る。
「たしかに可愛い……」
何より綺麗な青が貝殻のモチーフにあってる。
「……どうして、忘れちゃうのかな……」
どうしようもない独り言が静かな部屋に落ちた。
『ーー本当にいいのですか?』
誰にされたのかもわからない問いが胸に刺さった気がした。
日曜日の朝に似合わない空気を機械音が切り裂く。
『もう起きてるか?これ、昨日撮った写真。今日のお前が覚えてても覚えてなくても俺がお前の分も覚えてるからな』
発信者は蒼井悠。
タイミングが良いのか悪いのか。写真がどんどん送られてくる。どんだけ撮ってたの。
思わず笑ってしまうほど通知音がなる。
たくさんの私が映っていた。
服屋さんで青い帽子をかぶって鏡と睨めっこしてる私。
雑貨屋さん?で真剣な表情で水色のノートを見てる私。
休憩コーナー?で紅茶を飲んでる私。
全部カメラのほうは見てない。それでも昨日の私がそこにいた。
「なんで、思い出せもしないのに……涙は出てくるの?」
写真の中にあったはずの感情だけが勝手に暴れて涙になる。
何も思い出せないのに、ただ苦しいと心が叫んでる。
部屋の中に真っ直ぐに差し込んでいた光も雲に隠されて消えていった。
週に一度の憂鬱な時間。
木曜日のLHRだ。
「ーー次は春の体育祭についてです。ここからは体育委員会の人に引き継ぎます。体育委員の人は前に出てきてください」
私の言葉に「はいっ」と元気よく返事をしたのはもちろん太陽みたいな男だった。
「というわけで今回の体育祭の種目とかとりあえず黒板に書いてくな!」
「いやいや、直樹の字じゃ読めねぇよ!」
「井上さんに任せなよ」
とクラスからの満場一致の声によりもう1人の体育委員の井上さんが書記係になった。
私と蒼井はそれを隣で見ていた。
「ーーさて、こんなもんかな?」
一通り黒板に書き終えた井上さんを見て会津君が再開する。
「じゃあ、とりあえずひとり1種目は必ず出ないといけないからこの時計で15分までシンキングタイムな!」
スタート!と楽しそうに始めた会津君にみんな感化されようにわまりの人と話し始める。その様子をぼぅっとみていると「木野さんは何がやりたい?」と唐突に話の矛先が向けられた。
がやがやする教室の話し声の合間を縫うように返事をする。
「えっ……?私?」
「うん。木野さんは何やりたい?」
会津君の質問を井上さんが引き継いだ。
「えっと……なんでもいいよ?」
「ほんと?!じゃあ私と一緒の出ようよ!駄目?」
「……駄目じゃないけど、むしろいいの?井上さんと一緒に出たい子たくさんいると思うけど……」
私の返事に何故か嬉しそうに笑った。
「私が木野さんと一緒に体育祭出たいの!」
「じゃあ、悠は俺と一緒の出ようぜ」
「は?普通に嫌だけど」
「はあ?!そこはもちろんか頷くかの2択しかないだろ!」
「そんなの断る一択だろ」
あまりにも蒼井らしい返しに私と井上さんは思わず顔を見合わせて笑った。
そんな私たちを見て会津君は懐かしいものを見たみたいな顔で笑って蒼井が目を丸くした。
「時間になったよー。みんな決まった?」
井上さんの掛け声にザワザワしてた教室が少しだけ落ち着く。
「ーーはいっと。これであらかた決まったな。さいごは二人三脚か。やりたい人!」
流石にここは誰も手を上げなかった。
それもそうだろう。男女ペアでやるのは高校生にもなってハードルが高すぎる。
これは難航するだろうなぁと思っていたら会津君がとんでもないことを言い出した。
「おいおい2組決めないといけないんだぞー。1組は俺と桜でもいいとして後1組どうするんだー?」
会津君の言葉にみんな顔を見合わせる。その様子を見て会津君がにやっと口角を上げた。
「じゃあ、俺と桜で決めていい?」
「あー。確かに決めてもらったほうが逆にいいかも……」
「俺はそれでもいいぜー」
と意外にも皆んな乗り気だった。
その様子を見て井上さんと会津君がひそひそ話し始める。クラスメイトは「誰になるのかなぁ」とそわそわして待っていた。
「ーーよしっ!決めたぞー!異論は認めないからな」
「いいぞー。誰にしたんだ?」
ノリのいい男子たちとふざけつつ会津君が名前を言った。
「んじゃ、もう1組は悠と木野さんな!」
「おうー!そうきたか!」
「いいじゃん!頑張れー!」
何故かクラス中から応援されている現状にやっと頭が追いつく。
「えっ??」
「おい、直樹。何やってくれてんだよ」
やっと追いついた私と比べて蒼井がものすごく怒ってる。
そりゃそうだよね。絶対こういうのやらなそうだし。
「なんだよー。異論は認めないって言っただろ?」
「頑張ろうね木野さん!」
「えっ……うん?」
あー、なんか初めてこの2人がお似合いだなって思った。
この笑顔に敵う相手なんていないんじゃないかな。
蒼井の盛大なため息と共に授業を終わらす鐘が鳴り響いた。
「お前、なんで止めなかったんだよ」
休み時間に入ってすぐ蒼井が井上さんを問い詰めてた。
「えっだって、2人とも足速いし仲良いしいいかなって」
井上さんの言葉に蒼井はそれこそわかりやすく驚いた顔をした。
「あっでも木野さんにはちゃんと聞かないとだよね」
そう言って井上さんが改めてこっちにきた。
「木野さん無理やりになっちゃったけど大丈夫だった?」
「えっ、うんまぁ、多分こうでもしないと終わらなかったしね」
「ありがとうー!」
満面の笑みで井上さんが私の手を握る。そのまま蒼井の方に顔を向けた。
「ほら、悠もこのくらい広い心を持ってよ!」
「うっせぇよ」
「なんだよー桜の言うとおりだろ?」
にやにやと、蒼井をつつく会津君はもうなんかすごいと思った。
それにこんな風にクラスの人と話すのが久しぶりすぎて何が正しいのかよくわからなくなる。
この空気の中に私はいないはずなのに、どうしてこの人たちは私に関わってくるんだろう。
こんな無愛想な奴ほっとけばいいのに。
私の日常に『普通』はいらないのに。
ただ、苦しいくらいにこの光景が懐かしくて。
忘れたくないなんて、思ってしまった。
その時点でもう答えなんか決まっているのに。
休み時間の特有の喧騒がゆっくりと遠ざかっていくような気がした。

