もしもこの想いが赦されるなら君に伝えたいことがあるんだ

 ◇◇◇
「なあ悠、お前思い出したのか?」
 木野と一緒にショッピングモールに行った翌日。俺は朝から幼馴染に突撃されていた。
「いや、それよりもお前、何時だと思ってんの?」
 俺の部屋にかかっている時計を指で示す。
「朝の7時だな。それが?」
「それがじゃねぇよ。学校でも行く気か?早いんだよ」
 今日、日曜日だぞ?そんな時間から元気なのは小学生までだよ。
 どうして休日に親から直樹が来てるって叩き起こされなきゃなんないんだよ。
 寝起きの苛立ちを隠そうともしない悠に直樹はめげずに立ち向かう。
「早くだってなるだろ!昨日桜のこと名前で呼んだよな?」
 あー、やっぱりな。さて、どうしようかな。
 そんな風に考えてると母さんからまた声がかかる。
「悠?桜ちゃんもくるなら教えといてよ」
「は?」
「おっ、桜も来たか!」
「朝からごめんなさい。直樹を止めようと思ったんだけど……遅かったね」
 扉の向こうに立つ母さんの後ろから薄い緑色のワンピース姿の桜が顔を出す。
「本当に遅い。てかお前も来るのかよ」
「じゃあおばさんは向こうにいるからごゆっくり〜」
 桜に飲み物とお菓子を渡して母さんは去っていった。
「……はぁー。で?なにが聞きたいんだよ」
 特大のため息と共に4人くらいならノートを広げられる大きさのテーブルを広げる。
 白いパーカーにジーンズというラフな格好の直樹の隣に桜が並んで座る。
 この光景が懐かしくて……物足りない。
「母さんいるから出来るだけ静かにな」
 そう言って扉に鍵をかけた。
 まだ母さんには知られたくない。
「わかった。でさ、さっきの話に戻るけどお前、記憶戻ったのか?」
 真剣な直樹にこれ以上隠す必要もない。
「……ああ」
 短い返事に2人とも緊張を解いた。
「そっか……」
 なにから聞けばいいのか探っているような直樹の隣で桜が震える声で言った。
「じゃあ、木野さんのことも?」
「ああ、ごめんな」
 俺の返事に桜の綺麗な瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……梓のことは全部、忘れてて、梓と一番近かった桜のことも直樹の彼女としてしか覚えてなかったんだ」
 桜が溢れる涙を必死に拭いながら頷く。
「そ、だったんだ。悠、やっと、梓のこと……よ、よかった……っ」
「……直樹、約束だ。教えてくれよ。俺が忘れてたこと。それ以外も全部」
「ああ、まずなにから知りたいんだ?」
 桜の背中をさすりながら直樹が答える。
「お前はどうして俺に話さなかった。約束って誰としたんだ?」
「……木野との、梓との約束なんだよ。お前に梓のこと話すなって言われてたんだ」
「……そうか」
「俺からも質問いいか?」
 直樹の言葉に「なんだよ」と返す。
「お前、結局どこまで思い出したんだ?」
「……俺と梓は親が仲よくてよく遊んでた。学校も一緒で中学入ってやっと付き合うようになって……。あの日、梓が泣いてたから、追いかけたんだ。そしたら、梓が女の子を助けようとし事故に遭いそうになってるのを俺が助けようとして2人で巻き込まれた」
 それからなかなか目を覚まさない俺たちがやっと目を覚ますとお互いのことがわからなくなってた。
「たぶん大体のことは思い出した。梓がなにを好きだったのかも、全部」
 どうして、忘れて平気だったんだろう。
「そっか。俺たちも最初は混乱してて見舞いに行ったら梓はめちゃくちゃ他人みたいな顔するし、悠は悠でなぜか桜のこと微妙に線引くし。隣同士で座ってんのに全く話さないし目も合わないし。本当にびっくりしたんだぞ」
「悪い。でも、思い出せてよかった」
 忘れて平気だったわけじゃない。
 目が覚めてからの世界は色褪せていた。
 なにをしてもどこか物足りなくてつまらなかった。
 だから、あの時、木野が子供を助けた時は本当にびっくりした。
 背筋が凍るかと思うほどの恐怖。
 あれの理由がようやくわかった。
 麦茶が入った目の前のコップを握り締める。
「梓は……なんであんなこと言ったんだ?」
 事故に会う直前。
 俺と梓の最後の会話。
「……悠のためだよ」
 なにを話したのかわかったような桜の返事についカッとなる。
「だったらなんで……っ!……いや、悪い。桜が悪いんじゃない」
「そう、桜も悠も悪くない。梓もな。ただ梓は本当に悠のことを思ってたんだ」
「そんなのわかんねぇだろ」
「わかるだろ。お前なら。その日、泣いてたんだろ?」
 直樹の言葉にハッとする。
 ーー梓は、泣いてた。ずっと泣いてたんだ。笑いながら。
「梓もきっと戦ってる。だから、悠。梓のこと助けてあげて。あんな悲しそうな顔もうさせないで」
 桜の言葉に「ああ」と頷く。
「俺は、梓も、木野ももう泣かせたくない」
 俺の言葉に直樹がにやっと笑う。
「なぁ、やっぱさ。お前実は記憶取り戻す前から梓のこと好きだったよな?」
「えっ?嘘、本当?」
 直樹の言葉に桜がキラキラした瞳を向ける。
「……さぁな。知らね」
「隠すってことはーそういうことだろ?」
「えっ嘘ー。さすがふたりはお似合いだよね」
 ウキウキした雰囲気のふたりにうんざりする。
「そういうの本当にだるいから」
「でも、お前と梓は本当に想い合ってるのが見ててわかったよ。それが本人たちに伝わってるかどうかはわからないけどな」
 直樹の言葉に何かが喉の奥に引っかかる。
「ーーでも、梓もきっとそうだよ」
「なにが?」
「梓も、記憶がなくても悠のこと気にしてるよ」
 桜の言葉を一蹴する。
「そんなわけないだろ。あいつ何にも興味ありませんって顔してんじゃん」
 笑って否定した俺を桜が「馬鹿者」って言いながら頭を叩く。
「……は?」
「この、バカ悠。なに格好つけてんの?悠は梓の……木野さんのなにを見てたの?」
 呆然とする俺にさらに追い打ちをかける。
「悠が格好つけたってね梓の記憶は戻んないの。わかる?悠が格好つけてる暇なんてないんだよ。ちゃんと見て。木野梓を。私たちの大切な友達を、これ以上傷つけないで」
「……」
「悠よく考えて。誰がどうでもいい人と遊びに行くの?そりゃ一回だけならただ断れなかっただけかもしれない。でも、何回も行ってるんでしょ?それにどうでもいいならいくら具合が悪そうでも普通はほっとく。大丈夫?くらいは言うかもしれないけど、ノートをわざわざ借したりはしない」
 冷静に淡々と桜に言われて戸惑う。
 だって木野はひとりで立ちたくて記憶を探してる。
 そこに記憶を取り戻した先に俺はいない。
「悠。悠がよく梓に言ってた言葉覚えてる?今こそ自分のために使うべき言葉だよ」
 桜の言葉に記憶を掘り出す。
 よく使ってた言葉?
「ーー……はあっ、お前ら本当にいい奴すぎて嫌になるわ」
 そうだ。
 なんでもすぐに諦める癖がある梓によく言った。
 ーーなんでもすぐに諦めるなよ。
 自分のために笑って欲しくて、いつだって優しすぎる梓を守りたくて。言った言葉だった。
 俺も一緒に諦めないから。最後に絶対そう言って梓と笑った。
「そんな褒めなくたっていいんだぜ?」
 茶化したように笑う直樹を桜が「そういうことしないの」と諌めてた。
 頼りになるふたりの言葉に背中を押された気がした。
 明日も木野は記憶を覚えているだろうか?
 わからないけどどうか木野の心が穏やかでいれるよう祈らずにはいられなかった。