「ほな、自分語りもこれぐらいにして、ハムスター見に行こか」
チヒロが立ち上がり、私はまた手を引かれて歩き出す。
去り際、献花台にペコリを頭を下げる。
私のお葬式も、こんな風に花でいっぱいになるんだろうか。
献花台から少し行ったところに、ふれあい広場と書かれた看板が見えた。
小さな建物に自動扉がついていて、私たちまそれをすり抜ける。
中には文字通りふれあい広場が設置されていたが、今はその干し草の広場にはなんの動物の影もなかった。
「あっちみたいだね」
代わりに、奥のガラス戸の方から物音がする。
キュイキュイという鳴き声に、ガサゴソという生き物の動く音。
その扉もすり抜けると、そこにはウサギやモルモット、ハムスターたちがそれぞれのケージの中で自由に動き回っていた。
ハムスターが一番夜行性なのか、活発に動いている。
回し車の上に何匹ものハムスターが乗っていたり、ケージの隅っこに積み重なっていたり、思い思いに過ごしている。
種類別に小屋を分けられているようで、ゴールデンハムスター、ジャンガリアンハムスター、ロボロフスキーと大中小それぞれのハムスターが元気にしている。
昔、友達が飼っていたジャンガリアンハムスターのもっちりとした毛皮の雪見大福みたいな触り心地を思い出す。
試しにケージの中に手を透かしてスキンシップを試みてみる。
どうせすり抜けるだけだと思って差し出した手は――通り抜けることなく、避けられた。
「え?」
見えてないはずなのに、私が手を伸ばすとハムスターたちはそそくさとどこかへ行ってしまう。
何度試しても、私たちのことを気にも留めてない様子なのに捕まらない。
「野生のカン、的なやつなんかな」
私がやっていることを隣で覗き込んでいたチヒロが言う。
見えてないけど、何かを感じているんだろうか。
「なんや、コイツ」
身を屈めていたチヒロが、部屋の隅になにかを見つけた。
一般家庭で使われるような小さめのケージが、物陰に置かれていた。
「わわっ!? コイツ、内臓出とるで!」
チヒロの叫びに、私も思わずケージを覗き込む。
内臓が出ている怖さよりも、ハムスターが心配な気持ちが上回っていた。
覗き込んだケージの中には、パールホワイトのジャンガリアンハムスターがいた。
痛みがあるのかチチッ、チチッ、と泣きながら、ケージの中で身体をくの字に丸めている。
チヒロが言うように、そのハムスターの下腹部にはピンク色の内臓のようなものが見えた。
「ヤバいんちゃうか。飼育員、おらんのか……!?」
チヒロが周囲を見渡すが、人影はない。
ハムスターは苦しいのか丸めていた身体を起こして四肢に力を入れている。
そしてハムスターははみ出た内臓をなめるような仕草をしたかと思ったら――ポロリと内臓が床材の上に落ちた。
チヒロが息を呑む音がした。
幽霊なのに息してるのかとか疑問が一瞬過ったけど、私はホッとしていた。
「チヒロ、これ内臓じゃないよ」
「へ?」
ハムスターから転がり落ちた内臓はゼリービーンズみたいにつるりとしたピンクで、四つの突起があった。
内臓もどきはその四つの突起をうごめかせて――伸びをした。
「コレ、ハムスターの赤ちゃんだよ」
点々と血の跡はあったけど、内臓飛び出したんならこんな程度で済むはずがない。
ゼリービーンズの四つの突起は手足で、よく見るとしっぽの小さい突起もある。
顔の部分にはお口とまだ開かない目が瞼越しに黒く透けていた。
「こんなんが!?」
まだ毛のないツルっとした赤ちゃんの姿に、チヒロは驚きが隠せない様子だった。
「そう、ハムスターの赤ちゃんってこんなんなんだよ」
その驚きようがおかしくって、思わず笑ってしまいそうだった。
小さなハムスターのお母さんは、最初に生まれた赤ちゃんの兄弟たちを生んでいた。
「そっか、頑張りや!」
「がんばれー!」
生まれた子どもを体の下に隠すような仕草をしながら踏ん張るお母さんハムスターを、チヒロと二人で応援する。
小さな赤ちゃんが二匹三匹と増えていく。
生まれるたびに私とチヒロは手を取り合って喜んで、まだまだ生まれそうだと踏ん張るお母さんハムスターを応援する。
他のハムスターが元気に活動する音を背景に、お母さんハムスターは一人頑張っていた。
「なかなか、出てこないね……」
順調に子どもを産んでいたけど、五匹目の子が難産な様子だった。
先に生まれた子たちを舐めたり世話をしながら、たまに鳴き声を上げながらふんばっても生まれてこない。
明らかに、他の子たちよりも時間がかかっていた。
「大丈夫なんかな」
「わかんない」
床材についた血の跡が増えていく。
「あ、生まれた!」
ポロン、とハムスターのお腹から赤ちゃんが全身をあらわした。
すかさずお母さんハムスターがその赤ちゃんを舐める。
けど、様子がおかしかった。
今までの赤ちゃんはお母さんにくわえられたり刺激されると、元気に手足を動かしたりあくびみたいに大きな口を開けて元気に動いていた。
でも、この子は違う。
ぐったりとして、動かない。
他の子みたいなあざやかなピンクをしてなくて、なんだか色が悪い。
もしかして……
そう思った瞬間、私はチヒロに目隠しをされていた。
「出よう」
目隠しをされたまま、私はチヒロに体を押されてケージの前から引き離される。
「どうしたの!?」
ケージのある部屋から広場に戻って、私はようやく目隠しから解放された。
自動扉から差し込む月明かりで、チヒロの顔がよく見える。
チヒロの顔色が悪い気がしたのは、さっき見た色の悪さが目に残っているせいだけじゃないと思う。
チヒロが重たい口を開いた。
「食っとった」
「えっ!」
「死産やったんやろ。聞いたことあるわ。死ねば我が子も、生き残った子を育てるための栄養源や。惨いけど、しゃあない」
達観したチヒロの言葉に、私は「そう……」と返すしかなかった。
ペット化されているとはいえ、ハムスターだって元は野生動物だ。
そういう野生の本能が残っていても不思議じゃない。
自然の摂理とわかっていても、人間の私にはなかなか受け入れられないものがあった。
私とチヒロが口数少なくふれあい広場を出ると、空は白み始めていた。
水干の犬は夜明けまで待つよう私に言った。
その夜明けが、迫っていた。
チヒロが立ち上がり、私はまた手を引かれて歩き出す。
去り際、献花台にペコリを頭を下げる。
私のお葬式も、こんな風に花でいっぱいになるんだろうか。
献花台から少し行ったところに、ふれあい広場と書かれた看板が見えた。
小さな建物に自動扉がついていて、私たちまそれをすり抜ける。
中には文字通りふれあい広場が設置されていたが、今はその干し草の広場にはなんの動物の影もなかった。
「あっちみたいだね」
代わりに、奥のガラス戸の方から物音がする。
キュイキュイという鳴き声に、ガサゴソという生き物の動く音。
その扉もすり抜けると、そこにはウサギやモルモット、ハムスターたちがそれぞれのケージの中で自由に動き回っていた。
ハムスターが一番夜行性なのか、活発に動いている。
回し車の上に何匹ものハムスターが乗っていたり、ケージの隅っこに積み重なっていたり、思い思いに過ごしている。
種類別に小屋を分けられているようで、ゴールデンハムスター、ジャンガリアンハムスター、ロボロフスキーと大中小それぞれのハムスターが元気にしている。
昔、友達が飼っていたジャンガリアンハムスターのもっちりとした毛皮の雪見大福みたいな触り心地を思い出す。
試しにケージの中に手を透かしてスキンシップを試みてみる。
どうせすり抜けるだけだと思って差し出した手は――通り抜けることなく、避けられた。
「え?」
見えてないはずなのに、私が手を伸ばすとハムスターたちはそそくさとどこかへ行ってしまう。
何度試しても、私たちのことを気にも留めてない様子なのに捕まらない。
「野生のカン、的なやつなんかな」
私がやっていることを隣で覗き込んでいたチヒロが言う。
見えてないけど、何かを感じているんだろうか。
「なんや、コイツ」
身を屈めていたチヒロが、部屋の隅になにかを見つけた。
一般家庭で使われるような小さめのケージが、物陰に置かれていた。
「わわっ!? コイツ、内臓出とるで!」
チヒロの叫びに、私も思わずケージを覗き込む。
内臓が出ている怖さよりも、ハムスターが心配な気持ちが上回っていた。
覗き込んだケージの中には、パールホワイトのジャンガリアンハムスターがいた。
痛みがあるのかチチッ、チチッ、と泣きながら、ケージの中で身体をくの字に丸めている。
チヒロが言うように、そのハムスターの下腹部にはピンク色の内臓のようなものが見えた。
「ヤバいんちゃうか。飼育員、おらんのか……!?」
チヒロが周囲を見渡すが、人影はない。
ハムスターは苦しいのか丸めていた身体を起こして四肢に力を入れている。
そしてハムスターははみ出た内臓をなめるような仕草をしたかと思ったら――ポロリと内臓が床材の上に落ちた。
チヒロが息を呑む音がした。
幽霊なのに息してるのかとか疑問が一瞬過ったけど、私はホッとしていた。
「チヒロ、これ内臓じゃないよ」
「へ?」
ハムスターから転がり落ちた内臓はゼリービーンズみたいにつるりとしたピンクで、四つの突起があった。
内臓もどきはその四つの突起をうごめかせて――伸びをした。
「コレ、ハムスターの赤ちゃんだよ」
点々と血の跡はあったけど、内臓飛び出したんならこんな程度で済むはずがない。
ゼリービーンズの四つの突起は手足で、よく見るとしっぽの小さい突起もある。
顔の部分にはお口とまだ開かない目が瞼越しに黒く透けていた。
「こんなんが!?」
まだ毛のないツルっとした赤ちゃんの姿に、チヒロは驚きが隠せない様子だった。
「そう、ハムスターの赤ちゃんってこんなんなんだよ」
その驚きようがおかしくって、思わず笑ってしまいそうだった。
小さなハムスターのお母さんは、最初に生まれた赤ちゃんの兄弟たちを生んでいた。
「そっか、頑張りや!」
「がんばれー!」
生まれた子どもを体の下に隠すような仕草をしながら踏ん張るお母さんハムスターを、チヒロと二人で応援する。
小さな赤ちゃんが二匹三匹と増えていく。
生まれるたびに私とチヒロは手を取り合って喜んで、まだまだ生まれそうだと踏ん張るお母さんハムスターを応援する。
他のハムスターが元気に活動する音を背景に、お母さんハムスターは一人頑張っていた。
「なかなか、出てこないね……」
順調に子どもを産んでいたけど、五匹目の子が難産な様子だった。
先に生まれた子たちを舐めたり世話をしながら、たまに鳴き声を上げながらふんばっても生まれてこない。
明らかに、他の子たちよりも時間がかかっていた。
「大丈夫なんかな」
「わかんない」
床材についた血の跡が増えていく。
「あ、生まれた!」
ポロン、とハムスターのお腹から赤ちゃんが全身をあらわした。
すかさずお母さんハムスターがその赤ちゃんを舐める。
けど、様子がおかしかった。
今までの赤ちゃんはお母さんにくわえられたり刺激されると、元気に手足を動かしたりあくびみたいに大きな口を開けて元気に動いていた。
でも、この子は違う。
ぐったりとして、動かない。
他の子みたいなあざやかなピンクをしてなくて、なんだか色が悪い。
もしかして……
そう思った瞬間、私はチヒロに目隠しをされていた。
「出よう」
目隠しをされたまま、私はチヒロに体を押されてケージの前から引き離される。
「どうしたの!?」
ケージのある部屋から広場に戻って、私はようやく目隠しから解放された。
自動扉から差し込む月明かりで、チヒロの顔がよく見える。
チヒロの顔色が悪い気がしたのは、さっき見た色の悪さが目に残っているせいだけじゃないと思う。
チヒロが重たい口を開いた。
「食っとった」
「えっ!」
「死産やったんやろ。聞いたことあるわ。死ねば我が子も、生き残った子を育てるための栄養源や。惨いけど、しゃあない」
達観したチヒロの言葉に、私は「そう……」と返すしかなかった。
ペット化されているとはいえ、ハムスターだって元は野生動物だ。
そういう野生の本能が残っていても不思議じゃない。
自然の摂理とわかっていても、人間の私にはなかなか受け入れられないものがあった。
私とチヒロが口数少なくふれあい広場を出ると、空は白み始めていた。
水干の犬は夜明けまで待つよう私に言った。
その夜明けが、迫っていた。