——最後の一文を読み終えた時、車掌のアナウンスが流れた。
「まもなく上辻浜、上辻浜。終点です。お忘れ物のございませんよう——」
 俺は彼の小説に気を取られ、すっかり高校の最寄駅を通り過ぎていた。終点の上辻浜はクリスマスの日、彼と訪れた海がある。
 改札を出ると一面に広がる海。以前来た時よりも凍えそうな寒さの中、俺は自然と遠くに見える地平線に導かれるように砂浜まで来ていた。
「……さむ」
 彼が書いた小説はノンフィクションだった。俺たちの出会いも、流唯の死も、彼が小説を書くと言ったことも。全て実話だった。
 ただ一つ言うならば
「……後輩くん、俺はそんな完璧な人間じゃないよ」
 
 俺は波打ち際から少し離れたベンチに腰掛け、一度しまった封筒をバッグから取り出し、最後のページまでめくった。どうしても気になる点があったからだ。
 彼の文章が不自然なラストだったこと、そして気になる言葉があったこと。
 最後の鉤括弧はなぜ空白なのだろうか……?
『もう二度と見ることができないであろうこの景色』
 一体どういう意味なんだ……
 不思議に思っていると、封筒の中にはまだ何かが入っていた。
 夏に訪れたらこの海もこんな綺麗な青色に見えるのだろうか。そう思わせる海の色に似た青い便箋。彼が直筆で書いた手紙だった。
 
『先輩へ
 お久しぶりです。手紙なんて書くの初めてだから、何から書いたらいいか迷ってます(笑)
 ひとまず、僕は先輩と出会えたことが本当に幸せです。初っ端からなんだそれ、大袈裟だなって笑うでしょ?でも僕にとってこの3ヶ月間は人生のピークだったかもしれません。
 先輩に黙っていた僕の本当の悩みは病気です。僕は幼い頃から病気を拗らせ何度も入退院を繰り返していました。それが高校1年の10月、初めて余命宣告をされたんです。あなたは残り1年の命です、って。ああ、ドラマでも見てる気分だ、なんて呑気に思ってましたけど(笑)
 覚えてますか?先輩と初めて話したのは今年の10月。僕が高校2年の10月です。本当なら、僕はあの頃にもういなくなってたと思うんです。でもなぜか余命宣告を過ぎたこの3ヶ月間、怖いほどに調子が良くて、このまま冬を越せるんじゃないか。そう思うほどでした。先輩と出会って、くだらない話して、時にはお互い涙流して悲しい時もあったけど、死にたくないな、そう強く思ったんです。強く思うだけで病気の進行が遅くなるわけもないんですけどね、もちろん。始まってしまった終わりは止められなかった。年末、体調が急に悪化しました。
 余命より長く生きたこの奇跡の3ヶ月は僕の人生で最も濃くて幸せで、辛かった。
 人生で一番、生きたい、そう思った。
 
 そうだ!最近僕の入院してる部屋の暖房が壊れて、朝起きたらめちゃくちゃ寒っ!ってなったんです(笑)先輩と真冬の海で叫んだ日を思い出しました。あの時も超寒かったですよね(笑)
 今回手紙を書いたのは先輩に話したい、こういうくだらない話がたくさん溜まってきたからなんです。
 別れの手紙じゃないですよ?ただ、これからも、くだらない話がしたかっただけです。

秋本 一真』