12月24日
 嵐の日、るいくんが亡くなったあの日から先輩は登校していなかったのだろうか。一週間彼に会う日はなかった。僕はいつ会ってもいいように、頭の中を整理していた。先輩に言いたいことを。
 そして二学期終業式の朝、一週間ぶりに先輩とすれ違った。
「おはよう」
「おはようございます。先輩も終業式ですか?」
「そう。……あのさ、この間は悪かった、本当に」
「いや、全然」
 ありきたりな返答しかできない自分の不甲斐なさが申し訳ない。
 この1週間、ずっと考えていた言葉が抜け落ちそうなほど、妙な緊張感を覚える。
 何か言わないと、そう思った時には先手を取られていた。
「今日の夕方、空いてる?」
 突然の問いかけに僕は反射的に頷く。
「付き合ってほしい場所があるんだけど」
「どこですか?」
「それは……行ってから、ってことで。16時に駅で待ってる」
「わかりました。じゃあ、また」
 先輩が付き合って欲しい場所……どこだろう。そして一週間考えていたことを言いそびれたことに気がついた。
 
「……さっむ」
 クリスマスイブの午後4時
 すでに日は沈みかけ、夕暮れが夜空に変わる途中。
 おそらくクリスマスイブにこんな場所へ訪れる人は僕たちだけだろう。
「後輩くん見てよ!めっちゃ綺麗じゃん!」
「いやいや寒すぎますって!」
「えー、せっかく来たんだよ?海!」
「冬の海でそのテンションはきついですよ!」
 先輩に連れてこられたのは真冬の海だった。寒さが肌に刺さり痛いほどだった。それでも先輩に笑顔が少しでも戻ったことが嬉しかった。
「るいを連れてくることはできなかったけど、誕生日にるいが来たかった海に、来たくて」
「きっと、見てますよ。近くで」
「……ありがと、本当に」
「先輩、」
「なに?」
 僕は波音に掻き消されないように空気をたくさん吸い、腹に力を込め
「僕はどんな先輩も先輩だと思ってます。明るく振る舞う先輩も好きです。逆に弱音を吐くのが苦手な先輩も先輩です。悲しい時は悲しいって言っていいんですよ。辛さを乗り越える必要なんてないんです。だから何が言いたいかって言うと、ドンと来い!って感じです!……ハァ、ハァッ」
 捲し立てるように早口で頭の中を吐き切った僕は軽く息切れし、後から追ってくる羞恥の心に顔が少し赤くなった。
 先輩は僕の言葉に少し固まった後、
「……ハハッ、ハハッ本当最高!後輩くん面白すぎ!」
 吹き出すように笑い腹を抱えてしゃがみ込んだ。
「そんなに笑います?先輩と会わない間、必死に頭の中整理してたんですから!」
「ハハッ……ごめんごめん、ありがとう。まじで嬉しいよ。はー、久しぶりにこんなに笑った」
 覗き込むように顔を上げる先輩の目の端が微かに光った。僕は居ても立っても居られず、水が掛かりそうなほど海に近寄り
「るいくーーん!真冬の海は!めちゃくちゃ!寒いんだよーー!」
 遥か遠くの地平線に向かって思いっきり叫んだ。
 来たい、と言っていたるいくんがこの海のどこかにいる気がして。
「ハハッ俺も!」
 後ろから楽しそうな声と砂浜を踏む音が聞こえ、振り向くと僕のそばをヒュンッと走り抜け
「るいーー!」
 先輩は叫びながら僕よりも海に近く、波打ち際ギリギリまで走っていた。夕日にかざされ逆光で影になった先輩の背中を見ていると、無性に心がざわつき、居た堪れなくなるほどの恐怖心を感じた。そのまま夕日に連れ去られてしまいそうな不安が押し寄せ、僕は先輩に近寄る。
「そうだ!後輩くん見て、これ」
「カメラ……の、おもちゃですか?」
 振り返った先輩がポケットから取り出したのは丸みを帯びたデジカメのようなおもちゃだった。
「最近のおもちゃってすごくてさ……後輩くん、こっち見て」
「え?」
 ——カシャ
「本当に撮れるんだよ」
 本物のカメラやスマホのとは違う、子供っぽい作り物の音。突然僕を写真に収めた先輩は満足気に笑った。
「るいの、お気に入りだったんだ」
 大切そうにカメラを見つめるその姿はまるでカメラを……いや、るいくんを包み込むようなオレンジ色の温もりが見えた。
「一緒に撮ろうよ」
 先輩は内カメラの機能がないおもちゃのカメラをひっくり返し、レンズを僕達に向けた。画角の確認のしようがないから二人が映っているのかすら分からない。
「入ってます?」
「んーどうだろ。いくよー」
「えっ、ちょっ」
 ——カシャ
 先輩は僕の心配をよそにあっさりとシャッターを切ってしまった。
「今の絶対ブレてますよ」
「んー……ハハッめちゃくちゃブレてる!後輩くんの顔こんなのになってるよ!」
 先輩は撮れたての写真を確認し、出来の悪さに笑い出した。
「ハハッめちゃくちゃじゃないですか!」
 海ではしゃぐなんて初めての経験で、楽しくてしょうがないこの時間が終わってほしくない。今が一生続けばいいのに。そうありきたりな言葉で表してしまうのも『青春』なのだろうか。
 ただ僕は知っている。この世には『終わり』がありふれていることを。全てに『終わり』があることを。『青春』にも『命』にも。
「……後輩くん、寒いし、どっか入ろう」
 僕はこの日、初めて冬の海を見た。もう二度と見ることのできないであろうこの景色を心に焼き付けようと右から左に体ごと視界を動かす。
 本当に夕日に連れ去られるのは、きっと……
「先輩、海に来たらきっとるいくんに会えますよ。いつでも」
「死んだら人はどこに行くんだろうね」
「」