「相馬君もやめてよ。私だってこれ以上そんな顔なんて見たくないのに。お願いだから、もう誰かの為に責任なんて負わないでよ。もう傷付くのはやめて……」

ようやく、瀬川さんの一件が落ち着いたのに、今度は私の事でまた相馬君が苦しむなんて耐えられない。

やるせない気持ちに、堪えていた涙が溢れ落ちる。

トラウマからの涙ではない。
私が泣く理由は、いつだって相馬君の事だけ。

彼にはずっと笑って欲しいのに。

せっかく意識が戻って、生身で動けるようになって、こうして誰かに触れられるようになれたのだから、これからはいつものようにずっと笑顔でいて欲しいのに……。

「朝倉さん……」

ぽつりと呟くように聞こえてきた相馬君の声。
私は止まらない涙を必死で拭っている為、今の彼の表情が分からない。

「ごめん。……抱き締めてもいいかな?」

すると、思わぬ相馬君の言葉に私は心臓が跳ね上がり、目を丸くして勢い良く顔を上げた。

そこに映るのは、真剣な面持ちで真っ直ぐな眼差しをこちらに向けてくる相馬君の表情。

聞かれなくても今すぐにでもそうして欲しいけど、わざわざ尋ねてくるという事は、もしかして、あの事件で私に気を遣ってくれているのだろうか。

そんな相変わらずな彼の優しが、嬉しくて、愛しくて。

気付けばあんなに溢れ落ちていた涙はピタリと止んでいた。

「もちろん」

相馬君に触れられる事が何よりも一番嬉しいから。……とまでは流石に言えなくて、その一言に全てを込めて私は笑顔で頷く。


そこから、相馬君は私を包み込むようにゆっくりと背中に手を回して優しく抱きしめてくれた。

再び香る相馬君の匂いと、温もり。

一回目の時は堪能する余裕なんて全く出来なかったけど、今ならしっかりと感じる事ができる。

そして、先程までの悲しさや悔しい気持ちは嘘みたいに綺麗に洗い流されていて、残るのは幸せな気持ちだけ。

確か、夏帆が前に言っていた。

好きな人が出来ると、毎日が楽しくなってフワフワした気持ちになれるって。

それが、今ようやくはっきりと分かった気がする。