放課後、君のとなりで

※※※



雲一つない青空の中、太陽が一番高い位置に昇っている頃、私はあまり派手ではない、ささやか花束を持って相馬君がいる一般病棟へと足を運ぶ。


「っあ、お姉ちゃんだー!また来てくれたんだねー!」

大部屋の窓際まで近付くと、私の姿に気付くや否や、凛ちゃんと華ちゃんがこちらに向かって笑顔で大きく手を振ってきてくれた。

「こんにちは」

私も再び相馬君の家族に出会す事が出来、嬉しくてつい頬が緩み、小さく手を振り返した。

「朝倉さん来てくれたんだ。またって……前にも来てくれてたの?」

凛ちゃんと華ちゃんに挟まれながら、相馬君は私の姿を見ると驚いたように目を丸くする。

「悠介がICUにいた時来てくれたの。あの時は朝倉さんの呼び掛けで、あなたに少しの反応があったのよ」

その隣で相馬君のお母さんは、彼に似たとても穏やかな笑顔で当時を振り返ってくれた。

「あそこではお兄ちゃん何日も眠ったままだから、本当に死んじゃうのかと思ったんだよ。凄く怖かったんだから……」

すると、華ちゃんは頬を膨らませながら、浮かない顔付きになり相馬君の腰元にギュッと抱きついた。  

そんな華ちゃんの表情に私の胸は締め付けられる。

「うん。起きるのがちょっと遅くなってごめんね。もう大丈夫だから」

抱きついてくる華ちゃんの頭を、相馬君は愛おしそうに優しく撫でてあげて、とても温かい笑顔を見せてきた。

「あ、ずるい!私もだよ!」

「はいはい。凛もごめんね」

その向かいに立っていた凛ちゃんも負けじと相馬君の腰元に抱きついて、頬を膨らませながら撫でてもらおうと頭を擦り付けてきた。


……相馬君、モテモテじゃん。

微笑ましい光景ではあるけど、こんなにも双子から愛されているとは。

流石と言うべきか、少しだけこの兄妹のやり取りに圧倒されてしまった私。


「相馬君元気そうだね。本当に良かった……」 

とりあえず、文化祭の時よりもかなり顔色が良くなっている為、私は心から安堵の溜息が漏れると同時に、涙腺までもが緩みだしそうになるのを何とか堪えた。

「朝倉さんも……色々ありがとう」

相馬君は少し間を空けて、その一言に沢山の意味を込めるようにゆっくりと応えた。
「それじゃあ、お姉ちゃんも来た事だし、私達そろそろ帰るね」

すると、何かを感じとったのか。凛ちゃんは相馬君から離れると、隣にいた相馬君のお母さんの腕をぐいぐいと引っ張った。

「お姉ちゃん、バイバイ。お兄ちゃんと仲良くね」

そして、意味深げに可愛いウインクを飛ばして去って行く凛ちゃんの言葉に、私達は一気に顔が赤くなってしまった。
 


「………」


その場に残った私と相馬君の間に妙な沈黙が流れる。

「……ねえ、相馬君。あの二人って本当に小学生?」

「うん。僕もそれよく思う」

気まずさに耐えかねず、頭にふと浮かんだ言葉をそのまま口にしてみると、すかさず相馬君は苦笑いを浮かべながら小さく頷いた。

もしあの二人があのまま成長したら、相馬君はこれからもっと苦労するかも……。

なんて、彼に少しの同情心を抱きながら、私は一先ず持ってきた小さな花束に、ポケットから取り出した例の物を添えて相馬君にそっと渡した。

「……これは……」

花束と一緒に受け取った、あのボロボロのハピネスベアーを見て、相馬君は暫く唖然とした。

「あの後相馬君と別れてから校外の塀沿いにあったのを偶然見つけたの。……これとこの前の事で相馬君の目的はもう全部分かったから……」

私は硬直する相馬君の隣で、多くは語らずただ要点だけをしっかりと伝える。

「……ねえ、相馬君。私……」  

それから、ずっと謝りたかった気持ちを口にしようとした時、相馬君は急にベットから起きだし、受け取った物を脇にあるシェルフに置いた。

「朝倉さん、場所変えよっか?」

まるで私の言葉を遮るように、相馬君はにっこり笑うと、私の返事を待たずに立て掛けてあった上着を取り出して入口まで歩き出す。

確かに他の人達が居る場所で話せる話しでもないので、私は黙って相馬君の後にくっ付いていったのだった。
※※※


相馬君に連れられて、私達は比較的人が少ない病院の中庭のベンチに並んで腰掛けた。

外は相変わらずの清々しい晴天が広がっていて、昼下がりのこの気温はとてもぽかぽかして温かい。

そんな爽やかな秋晴れの下、天候とは裏腹に私達の間ではまたもや少し気まずい空気が流れる。

「……相馬君ごめんね。私無神経な事言って」

とりあえず、先程遮られてしまった気持ちをもう一度伝えるため、私は隣に座る相馬君を真っ直ぐに見た。

「ううん。朝倉さんが謝ることじゃない。……それよりも」

そこまで言うと、相馬君は急に険しい顔付きになると、神妙な面持ちで私の方へと向き直す。

「聞いたんだ。あいつが転校するって。それにあの事は誰も知らなかった。……どうせあれ以降あいつは君に何も言ってきてないんでしょ?」

それは初めて見せる怒りに満ちた目。
今まで穏やかな相馬君しか知らない私は、こんなに険しい表情をされた事に面を食らいながらも、ゆっくりと首を縦に振った。


すると、相馬君は深い溜息を吐くと、私から視線を外し再び前へと向き直した。

「あの時、朝倉さんが泣いていたからほっとけなくて追いかけたんだよ。でも、途中で見失って、暫く探していたらあいつが誰かと電話している所に出会したんだ」

そこまで話すと、相馬君はまるで溢れ出る怒りを堪えるように、拳を強く握りしめる。

「あの時は霊体で本当に良かった。お陰であいつの計画が全部聞けた。そこから君に早く伝えなきゃと思った瞬間、僕は病院で目が覚めたんだ。……結局君に伝える事は出来なかったけど、生身で動けるようになれたから、そこで出来ることをしようと思った」

相馬君の話で事の全貌が判明し、私は奥底にしまった筈の当時の嫌な記憶が再び蘇ってきて、小さく体が震え出す。

「……あの時は相馬君が来てくれて助かったよ。本当にありがとう」

それを何とか悟られまいと、私は無理矢理笑顔を作って大分遅くなってしまった感謝の気持ちを伝える。

「…………やめて」

それなのに、相馬君は余計辛そうな表情を見せてきて、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた言葉が私の耳に届く。

「お願い。僕の前では正直に居てくれないかな?」

そしてもう一度こちらに顔を向けると、悔やむような、まるで罪を背負っているような相馬君の瞳が私を捉える。

「僕はお礼を言われる資格なんてない。こんな事になるなら、始めから君には目的を伝えるべきだったのに。あの時はまだ美菜がターゲットだったから、証拠がないと話が出来ないと思ったんだ……」

そこまで言うと、相馬君は再び私から視線を逸らすと、思い詰めるようにきつく目を閉じる。

「結果はどうあれ、君をこんな風に巻き込んでしまったのは全部僕のせいだ。……それで君には怖い思いをさせて、深い傷を残してしまった。……だから、君がこうして無理しているところを見ると罪悪感で押し潰されそうになる……」  

そう震える声で話し終えると、ゆっくりと目を開いた相馬君の表情。

それは廊下ですれ違った瀬川さんに声が届かなかった時や、ストラップが探し出せなくて屋上で悔やんでいた時と同じだった。

その原因は全て一杉君のせいないのに、なんで彼がこんなにも苦しまなきゃいけないの……?

何で相馬君が全部責任を負おうとするの……?
「相馬君もやめてよ。私だってこれ以上そんな顔なんて見たくないのに。お願いだから、もう誰かの為に責任なんて負わないでよ。もう傷付くのはやめて……」

ようやく、瀬川さんの一件が落ち着いたのに、今度は私の事でまた相馬君が苦しむなんて耐えられない。

やるせない気持ちに、堪えていた涙が溢れ落ちる。

トラウマからの涙ではない。
私が泣く理由は、いつだって相馬君の事だけ。

彼にはずっと笑って欲しいのに。

せっかく意識が戻って、生身で動けるようになって、こうして誰かに触れられるようになれたのだから、これからはいつものようにずっと笑顔でいて欲しいのに……。

「朝倉さん……」

ぽつりと呟くように聞こえてきた相馬君の声。
私は止まらない涙を必死で拭っている為、今の彼の表情が分からない。

「ごめん。……抱き締めてもいいかな?」

すると、思わぬ相馬君の言葉に私は心臓が跳ね上がり、目を丸くして勢い良く顔を上げた。

そこに映るのは、真剣な面持ちで真っ直ぐな眼差しをこちらに向けてくる相馬君の表情。

聞かれなくても今すぐにでもそうして欲しいけど、わざわざ尋ねてくるという事は、もしかして、あの事件で私に気を遣ってくれているのだろうか。

そんな相変わらずな彼の優しが、嬉しくて、愛しくて。

気付けばあんなに溢れ落ちていた涙はピタリと止んでいた。

「もちろん」

相馬君に触れられる事が何よりも一番嬉しいから。……とまでは流石に言えなくて、その一言に全てを込めて私は笑顔で頷く。


そこから、相馬君は私を包み込むようにゆっくりと背中に手を回して優しく抱きしめてくれた。

再び香る相馬君の匂いと、温もり。

一回目の時は堪能する余裕なんて全く出来なかったけど、今ならしっかりと感じる事ができる。

そして、先程までの悲しさや悔しい気持ちは嘘みたいに綺麗に洗い流されていて、残るのは幸せな気持ちだけ。

確か、夏帆が前に言っていた。

好きな人が出来ると、毎日が楽しくなってフワフワした気持ちになれるって。

それが、今ようやくはっきりと分かった気がする。
「……ありがとう。君がそう言うのなら、もうこの話をするのはやめるから」

ようやくいつもの穏やかな声に戻り、私を宥めるように優しく頭を撫でてくれる相馬君。

その心地良さに胸が高鳴って、大好きな気持ちが止めどなく溢れ出してきて、気付けば私も相馬君の背中に手を回していた。

「ねえ、暫くこうしてても平気?」

すると、願ったり叶ったりな相馬君の問いかけに、私の心臓はまたもや大きく跳ね上がる。

「こうして朝倉さんの温もりをしっかり感じれられて……君にちゃんと触れられることが出来て……凄く嬉しいんだ」

抱きしめられている為、ここからじゃ彼の表情が見えない。

でも、心の奥底に染み混むような優しい声が、彼の気持ちを良く表してくれている。

それから、相馬君も私と同じ気持ちであることに、密かに口元を緩ませる。

相馬君の小刻みに震える鼓動が良く聞こえてくる。

相馬君も、私の早い鼓動を感じているだろうか。


そうやって、つい夢心地に浸ってると、なかなか私からの返事が来ないのが不安になったのか。
急に相馬君は抱き締めていた手を緩めてきた。

「……なんて、ごめん。これじゃあ、ただの変態だよね」

そう言うと相馬君は頬を染めながら自嘲気味に笑い、離れようとしたところで私はふと我に帰る。

包み込まれていた温もりをまだ手放したくなくて、私は逃さまいと今度は自ら彼の胸の中へと飛び込んだ。

「相馬君がお望みなら、ずっとこのままでいいよ。ていうか、私もそうしたいから……」

まさか自分がこんな行動を取るなんて、我ながらびっくりだ。
顔は見えないけど、きっと彼も驚いていると思う。

しかも、もうこれってお互い告白みたいなものなのかな……?

なんて、自惚れながらも、このひと時がとても幸せで、穏やかで。

あの時の嫌な記憶がどんどんと薄れていって。

この時間がずっと続けばいいと、心からそう願った。


それから、私達は暫く何も言葉を発する事なく、青空の下、ただひたすらにお互いの温もりを感じながら存在を確かめ合ったのだった。



__あれから一週間後。


私達は連絡先を交換し合い、相馬君が入院中の間にちょこちょこ連絡を取り合っていた。

それから外傷がそこまで酷くないため、無事に早期退院出来たと教えてくれた数日後、今日から登校するという連絡を受け、私は朝からとっても上機嫌だった。

あの日以降私達は会う機会がなく、ようやく彼の顔を見れることに胸が弾む。

そして、今でもあの時抱きしめ合った事を思い浮かべると、ニヤけ顔が止まらなくなる。

これって、少なくとも相馬君は私の事を気にしているって事でいいのだろうか。

でも、相馬君はとても優しいから単純に私を心配してくれただけなのかもしれないし、私に触れて喜んでいたのも、今までずっと霊体だったからかもしれない。 

結局瀬川さんの気持ちもどうなのか分からないままだし……。

不安材料はまだまだ残ってるのに、勝手に期待してはダメだと何度も自分に言い聞かせる。

そうやって、幾度となく舞い上がる気持ちを何とか必死で抑えながら、私は教室の扉を開く。


「ねえねえ、聞いた!?例の事故に遭ったA組の相馬悠介って人が登校してきたんだって!」

すると、自分の席に座るや否や、待っていましたと言わんばかりに、夏帆は挨拶もなしに突然私の隣に駆け寄ってきて興奮気味にそう話す。

「そうなんだ。それは良かったね」

私はまだ夏帆に相馬君との関係を伝えていない為、何とか悟られまいと、わざとらしくならないように自然体を装った。

それよりも、何で相馬君の事で夏帆がこんなに興奮しているのかが分からない。

面識なんてないはずなのに、何か彼にあったのだろうか…...。

頭の中でクエスチョンマークを無数に浮かび上がらせていると、今度は私達の近くにいた女子二人までもが目を輝かせながら急に会話に入ってきた。

「相馬君の話だよね!?彼、なんかめっちゃ格好良くなったって噂だよ!」


……はい?

相馬君は元々格好いいですけど?


私は聞き捨てならないと反論したくなったけど、そこを何とか我慢して、素知らぬ様子で夏帆達の話に黙って耳を傾ける。

「眼鏡止めて、髪型も変わって凄い垢抜けたってA組の子が言ってたよ」

「一杉君転校しちゃって、うちの学年あんまりパッとする人いないから、新たな目の保養発見!って感じみたい」

私を置き去りにして会話がどんどんと盛り上がる中、私も相馬君がそんな風に変わったとは初耳だし、一刻も早く会いたい気持ちに内心そわそわしっぱなしだ。

「それじゃあさ、後でちょっと覗きに行ってみない?」

極めつけに、相変わらずの夏帆のミーハーっぷりが炸裂し、私は我慢の限界を迎えた。

「うん!昼休みになったら私も行く!!」

そして、つい力を込めて食い気味に賛同してしまい、ふと我に返った頃には時すでに遅し。

「……え?由香里そんなキャラだっけ?」

今までの私では想像もつかない反応に、夏帆達は口を空けたまま呆気にとられていた。

「……あ。えっと……いいでしょ。たまには」

なんて。どう言い訳すればいいのか分からず、慌てて体裁を整えてはみたものの、もはや開き直るしかなかった。


それから夏帆達に思いっきり弄られたけど、そこはもう自業自得だと。

いかに自分が相馬君の沼にハマっているのか、改めて実感せざるを得ない瞬間であったのだった。

※※※



午前の授業が終わり、待ちに待った昼休み。

私達はお弁当を食べるより先に、相馬君のクラスをこっそり覗き見することにした。

……といってもこんな大人数で行くと目立ってしまう為、一先ず私と夏帆だけ先に相馬君を見に行こうとAクラスまで足を運ぶ。

一方的ではあるけど、ようやく相馬君の顔を見れることに、胸の高鳴りは最骨頂にまで達してきた。


「ねえねえ、どの人が相馬君かな?」

一先ず私達は空いてる扉から彼を探してみるも、私が知っている相馬君の姿が見当たらない。

その代わり、窓際に人だかりが出来ているのを見つけ、もしやと思い目を凝らしてみると、私はそこで絶句した。


「……え!?相馬君!?」

それは今まで見てきた彼の風貌とあまりにも違い過ぎて、思わず心の声が漏れ出てしまう。


目の前に映る相馬君は、確かにクラスの女子が言った通り、あの存在感を主張する黒縁眼鏡が外され、彼の素顔がとても映えて見えた。

普通だと思っていた目は実は意外に大きく、くっきりしていて、元々爽やかな印象だったけど、眼鏡がないせいか、顔がスッキリして更に拍車がかかった感じ。

髪も今までは真っ直ぐな無造作ヘアーだったけど、少し短くなってサラサラの髪質が生かされた束感のあるツーブロックで今風のスタイリッシュな髪型になっている。


……うそ。

まさか、あの人が相馬君!?

やばい。今までの相馬君も格好いいけど、こっちの相馬君も格好良いっ!!
ていうか、もうどの相馬君も格好いいっ!

なんて、深い沼落ちをしてしまったが故に、結局どんな姿でもときめいてしまう為、身体を震わせながら心の中で暴走し始める。

「っえ、あの人めっちゃイケメンじゃん!今までなんで噂にならなかったんだろう」

その隣では夏帆も相馬君の容姿に胸を撃ち抜かれたのか。頬を染めながらとても高揚とした表情で彼に見惚れていた。

そこで私は、はたと気付く。


……まずい。

これは相馬君を狙う子がこれから増えてしまう。


私は目を奪われている夏帆の様子や、相馬君を取り囲みながら色目で見てくる女の子達にどんどんと不安が募っていく。

ていうか、相馬君は元々素敵な人なのに、容姿が変わっただけでこんなにも彼を見る目に違いが出るなんて……。

仕方のない事だとは分かっているけど、何だか悔しい気持ちに私は体が震えてくる。

「夏帆、戻ろう!」

私はどんどんと沸き起こってくる負の感情に押し潰される前に、早くここを立ち去ろうと、一向に動こうとしない夏帆の腕を思いっきり引っ張った。

「ええ!?もう帰るの?私もっと見たいー!」

「だから、あんたは彼氏いるでしょ!早く行かないとご飯食べる時間なくなるから!」

私はなるべく怒りの感情を表に出さないように、適当に理由をつけて、駄々をこねる夏帆を無理矢理引き摺り自分の教室へと連れて行く。


夏帆には申し訳ないけど、これ以上彼を見て欲しくないし、夏帆だけじゃなくて、他の女子達も相馬君の事をミーハーな目で見て近付いて欲しくない。

瀬川さんも、もしかしたら人気者になった相馬君に心変わりをしてしまうかもしれない。

そうなったら、相馬君は瀬川さんの気持ちに応えるのかな?

この前お見舞いに行った時、両思いなのかもって密かに期待していたけど……。

そもそも始めの出会いから相馬君は瀬川さんの事をずっと想っていた。

それは、そういう事情があったからだけど……、大切だと言った相馬君の言葉の意味が結局どういう事なのか、まだよく分からない。

分からないから不安になるし、嫉妬ばかりしてしまう。


まさか、自分がこんなにも欲深い人間だったなんて……。

色恋沙汰なんて自分には無縁だと思っていたけど、相馬君と出会ってから全てが狂い出した。

相馬君と抱き合った時は、全てを忘れるくらい幸せで、フワフワした気持ちになれたというのに……。

彼の気持ちが分からなくなると、こうもまた直ぐに気分が沈んでしまうなんて。

※※※



「……はあ~、もう嫌だ」

目の前にある白いキャンパスに鉛筆を走らせながら、私は特大の溜息と独り言を漏らす。


今日の部活動のデッサン場所は初の試みである校舎の屋上だ。

文化祭前日に相馬君とここで話をしていた時に、なかなかの見晴らしであるという事を知り、次の作品はここから見える景色を描こうと密かに決めていた。

以前描いていた中庭と違って、ここは放課後とあり人がいない為、とても静かで広くて落ち着く。

今までなんでここを選ばなかったのだろうと思うくらい、絵を描くには凄く最適な場所であり、しかも、誰もいないこの状況下をいい事に、物思いに耽けていると、ついこうして独り言が漏れてしまう。

私はあまりデッサンに集中出来ないまま、ぼんやりと目の前に広がる街並みを眺めていた。


先程から悶々と渦巻く私の嫉妬心。

つい最近まではずっと浮かれっぱなしだったのに、今までずっと避けてきた恋愛とやらに直面したせいで、浮き沈みが激しい自分の心に段々と嫌気がさしてくる。


あれから放課後相馬君に会いたくて連絡したのに、そのメッセージは未だ既読にならず、諦めた私は結局退院後の初の登校日なのに会えずじまい。

メッセージを送ってから暫く経っても返信がないということは、もしかしたらイメージが変わった相馬君に、早速女子達からのアプローチがあったのではないかという不安がどんどんと募っていく。

これまではずっと霊体だったから私にしか見えない特別感があったのに、それが解消された今となっては、何だか少し遠い存在になってしまった気がする。


喜ばしい事なのに、最低だと思いつつもちょっと残念な気持ちもあって、兎にも角にも先程からずっと拭えない負の感情を早くなんとかしたかった。


「……絵を描けば少しは気が紛れると思ったんだけどなぁ〜……」

再び勝手に漏れ出す独り言。

もうこれは何をしてもダメだと、諦めモードに突入し始めた時だった。