次の瞬間世界が反転し――月伽の視界に映ったのは、白磁のティーポットから紅茶を注ぐ少年だった。丁寧に刺繍された雫模様のテーブルクロスを敷いた上には、焼き菓子が皿に並べられている。


 目の前の男は、ずっと笑顔のままだ。


「楪とあなたから、金木犀の香りがしたので――お好きかと思いまして。柊に用意させました」

「ありがとうございます。ローエン様」

「“様”なんて必要ないですよ。呼び捨てする者は無論、大嫌いですが……でもあなたからなら、歓迎です“月伽”」


 穏やかにそう言い、ローエンは金木犀香る紅茶を上品な仕草で一口飲む。


 月伽はくすくす笑う。


「もう呼び捨てなのですね“ローエン”。別に構いませんけど、せめて聞いてくれてもいいでしょう」

「すみません。自分の心に正直なもので」

「ひとつ、聞いてもいいですか」

「なんでしょう? ひとつと言わず、答えますよ。他ならぬ美しい女性の、“あなた”なら」


 ローエンの神秘的な紫の瞳が、月伽を真っ直ぐに見つめる。


 男が茶会の場所として選んだのは、黄昏色の書架だった。そこには蝶が描かれたステンドグラスが大きく中央に飾られてあって、幻想的な美しさをこの空間に創り出している。

 

 蝶の楪がふわっと、少年の肩にとまって。