その夜。絶望に埋め尽くされた世界を、一人の黒髪の少女が切り裂いた。
夜空に響き渡る悲鳴と怒号。
デストロイヤーが放つ不快な高音。 一ノ瀬真昼の眼前では、木と土とが高温で溶かされ、焦げた臭いを放っていた。
目の前の黄色いカマキリのような化け物……ミドル級デストロイヤーが放った光線。
地面に大穴を空けたその攻撃をまともに食らえば、真昼の五体は跡形もなく消し飛ぶだろう。
「■■■■■■■■■」
ミドル級デストロイヤーが口を開けると、次なる光線の兆しが夜の森を染め上げた。真昼に最期の時を告げる、禍々しい光だ。同時に、キュィィンという高音も鼓膜を揺らす。
「あ、あああ」
自らの死を直感し、全身が硬直する。足だけががくがくと震えて世界を揺らす。デストロイヤーが放つ不快音がひときわ高くなった時、真昼の脳裏には、焼き尽くされる自分の姿が浮かび上がった。
「させないわ」
だが、恐れていたその光は、真昼の身に襲い来ることはなかった。真昼は見た。 月明かりを背に、夜空に舞う一筋の銀色の閃光を。固い皮膚を切り裂く金属音。同時に、月光を凝固させたかのような白光が舞う。
「まずは一撃、シノア!!」
「はい! 時雨お姉様!」
「■■■■■■■■!!」
上から攻撃、後ろから刺し貫かれる。高音と低音が入り混じった咆哮が響く。デストロイヤーの断末魔。
デストロイヤーは壊れたおもちゃのように崩れ落ち、光の粒子となって消え去っていくミドル級の巨体。そして、静けさを取り戻した森の中には……二人の銀と黒の美しい少女がいた。
「妖精……?」
真昼の眼前には、デストロイヤーの体液を払うかのように、決戦兵器「戦術可変戦闘兵器:通称・戦術機」を一閃する長髪の少女の姿があった。そして彼女の見つめる先には銀色の短髪の少女がいる。
夜間よりもなお黒と銀の髪は、光を反射して、うっすらとそのシルエットを浮かび上がらせている。
まるで、たった今、天空から地上に降り立ったかのような神々しい姿。梨璃は、そんな二人の少女を黙って見上げることしかできない。
「安心しなよ、もう危機は去った」
「時雨お姉様、少し避難場所までの道筋を警戒してきます。民間人の保護をして送り届けるのはお任せします」
「うん、それで良いだろう。くれぐれも」
「はい、デストロイヤー相手には二人一組が鉄則。ですよね? 大丈夫です。戦闘になったら回避を優先します」
黒と銀の少女が発する、静かな声。お互いに軍属としてのコミュニケーション。しかし二人のその言葉を聞いた時、真昼の頬に、一筋の涙が伝った。
(なんて、美しい二人なんだろう)
それは、安堵や恐怖からの涙ではなく、もっと熱く、忘れがたい感情の発露だった
◆
【一ノ瀬真昼様・横浜衛士訓練校合格通知】
今日は待ちに待った横浜衛士訓練校の入学式だ。言わずと知れた衛士の養成機関の名門中の名門。
「ここが、横浜衛士訓練校。夢じゃないんだよね?」
真昼は、二月に合格通知を受け取って以来、もう何回目になるかわからない自問を口にした。
二人の妖精によって真昼が九死に一生を得た夜から、二度目の春が訪れていた。
小高い丘の上に立つ横浜衛士訓練校の校舎を見つめ、再度、今の幸せを胸に刻む。
ここは神奈川と呼ばれた地である。
(信じられない。私リリィになる……この神奈川の「衛士訓練校」対デストロイヤー戦闘訓練校として知られる、横浜衛士訓練校。わたしは今日から、ここの一員になるんだ……...!)
真昼の幼い頃は、自分が横浜衛士訓練校に入学するなんて考えたこともなかった。真昼にとって横浜衛士訓練校とは、高嶺の花と言える存在だったのだ。
衛士っていうのは300年ほど前に世界中に突如出現したデストロイヤーに対抗するため残された最後の希望。
横浜衛士訓練校の生徒でありながらデストロイヤーと戦うという使命が生まれた。
デストロイヤーっていうのはとっても怖い怪物で、ハイヴからワープゲードを通して現れ人々を襲う人類の敵だ。
……………でも、あの夜。命の恩人である彼女に出会った二人の衛士から横浜衛士訓練校への入学が真昼の目標になった。
柊シノアと夕立時雨。
恩人達の名前を知ることは、そう難しくなかった。柊は名家の出であり、対デストロイヤー戦闘において一騎当千の働きを見せる彼女は、全国でも名を知られた存在で、夕立時雨も初代アールヴヘイムのメンバーで横浜衛士訓練校で三番目に強い人格と戦闘能力共に優れた英雄的な衛士だと噂されていた。
そして、その柊シノアと夕立時雨が在籍するのが、この横浜衛士訓練校であった。
(この校舎のどこかに、本物のシノア様と時雨様が……)
そう考えただけで目頭が熱くなってくる。 いつは、シノア様のような美しい女性、強い戦士になりたいという憧れ。時雨様のように大人びて落ち着きのある品のある女性。
それらに真昼は強い憧憬を持っていた。
( ......もちろん、道は険しいと思うけど、努力あるのみだよね!)
自分を奮い立たせ、小さくガッツポーズを取る真昼。
今朝は故郷の甲州から始発電車で来たが、他の皆さんはもうとっくに寮に入ってる。どうも人よりちょーっと要領が悪く、真昼は補欠合格だ。
(でも気にしません! 合格は合格なんだから! 私は衛士になってデストロイヤーと戦うんだ)
横浜衛士訓練校が見えてくる。
(……………でも、入学しただけで満足してちゃダメ。この横浜衛士訓練校でたくさんのことを学んで、少しでもお二人に近づかなくちゃ!)
近づかなくちゃ、という真昼の決意には、二つの意味が込められていた。ひとつ は、物理的に近づいて、実際に言葉を交わしてみたいという想い。もう一つは……。
「いざ記念すべき第一歩!」
そんな真昼の背後から、車がやってきて、真昼の側で止まる。そしてドアが勝手に開く。
「ドアくらい自分で開けます。今日からは自分の面倒は自分で見なくてはならないんですから」
「……わ、お嬢様だ」
「あら? ごきげんよう」
「えっ?」
不意に声がかけられた。真昼にとっては聞き慣れ ない言葉・・・・・・それが挨拶だと気付くまでに、二、三秒ほどの時間がかかった。
慌てて振り向き、相手と同様の挨拶を返す。
「ごごごごきげんよう!」
使い慣れない 「ごきげんよう」の言葉に緊張し、噛んでしまう真昼。その様子を見て、挨拶の主はころころと笑った。 笑い方ひとつを取っても、どことなく上品さを感じさせるのは気のせいだろうか。
「ふふふ、ごごごって可笑しいわね。可愛い方......」
「い、いえっ! そんなっ! わたしなんてっ!」
可愛いと言われ、思わず大声で否定してしまう真昼。それも無理はなかった。真昼に声をかけてきたのは、絶世と言っていいほどの美しい少女だったのである。
(うっっっわ、凄い綺麗)
毛先の一本に至るまで整えられた、茶色がかった美しい髪。しっかりとメリハリのきいた抜群のスタイル。そして何より、どことなく落ち着いた優雅な雰囲気。
(シノアさま達以外にも、こんな人がいるだなんて......)
自らの場違い感をあらためて認識してしまう真昼。
「あなたもう帰ってよろしくてよ」
……が、二度目のフリーズの後、慌てる。
「えっ……でも私今着いたばかりで!」
「でも私付き人は必要ないと申し上げたんでしてよ」
「つ…付き人!? 違います! あ、あの、すみません!! わたし、新入生でして、その、緊張して……!」
わたわたと両手を振りながら非礼を詫びる真昼。すると目の前の美少女は、緊張を解きほぐすかのように、いたずらっぽくウインクをして見せた。
「それでしたら、わたくしと同じです。 わたしくは風間優衣と申します。 本日から横浜衛士訓練校に入学する新入生……あなたと同じでしてよ」
「え、ええっ!」
風間の言葉に、二度目の大声をあげてしまう。我ながらはしたないとは思ったが、後の祭りである。 わたわたと自分の名前を名乗ると、上目遣いで言う。
「ほ、本当に新入生?風間ちゃんってすごく大人っぽいから、てっきり先輩なのかと。あ、私、私は一ノ瀬真昼です!」
相手が同級生だとわかったことで、も少し和らぐ。
「うふふ、ありがとう。 でも、真昼さんもすごく可愛らしいですわよ」
「そ、そんなあ。わたし、友達からも、いっつも子供っぽいって言われてて……」 「いいじゃありません。それもまた素敵な個性ですね。この髪飾りも、よく似合ってらしてよ」
優雅な所作ですると間合いを詰め、真昼が着けているクローバー型の髪飾りを撫でる。
「ありがとう! これ、わたしのお気に入りなんだ。四つ葉のクローバーは幸運のを運ぶって言うでしょ?」
「幸運……………そうですわね。 こんなに可愛らしい方に出会えただけでも、横浜衛士訓練校に入学した価値がありますわ」
「……えっ?」
気が付いた時には、真昼はいつの間にかに抱き締められていた。それほどまで、風間の動きは自然で、違和感がなかった。
「あ、あの….....?」
突然の、その意味するところがわからず、戸惑いの声をあげる真昼。
(え、これ、どういうこと? 横浜衛士訓練校式の、お嬢様の挨拶?)
真昼も一応、入学前にひととおりのマナー教本を読んで予習してきた。それらのマナーすべてを身につけたとはとても言えないが、それでも、こんな挨拶は書かれていなかった気がする。
そして何よりも真昼を戸惑わせたのは……。
「かちゃん、あの……手が、わたしのお尻に当たってるよ?」
「…………あら、ごめんあそばせ。わたくしの手の長さですと、自然にこうなってしまいますの」
「そ、そうなんだ……」
嘘だ! 絶対嘘だ!
「そんなことより、真昼さん。このようなところで立ち話もないでしょう? 良いカフェを知っていますから、ご一緒に……」
「え?えええ? ダ、ダメだよ、風間ちゃん! これから授業なんだから!」
抵抗しながら腕時計を見ると、すでに予約の時間を迎えていた。 入学できた喜びを実感している間に、結構な時間が経っていたらしい。
「ほら、もう時間がないよ? 初日から遅刻するわけにはいかないでしょ?」
ばたばたと暴れながらを説得する。だが、対する風間はどこ吹く風といった表情だ。
「授業なんてくだらない。そんなもの、後からいくらでも取り返せますわ」
「私は無理なんだけど!?」
「可愛らしい女の子と過ごすひとときの方が、どれほど大切か……」
うっとりとする風間を見て直感した。
(これ流されたらいけないやつだ!)
そう判断した真昼の行動は早かった。楓の手を掴んで早足で校舎へ入っていく。
「ん、真昼さん。そんなに引っ張らないでくださいましな……わたくし、どちらかと言うとリードする方が......」
「い、いいから走って、風間ちゃん! ほら、教室に行こう! 友達たくさんできるといいね、ねっ!」
なんだかわからないけど、今、ここで楓ちゃんに押し負けてはいけない気がする。そう直感した真昼は、自分でも意外なほどの力で風の手を引き、校舎を目指して駆け出した。
緩やかな坂を登り切ると、巨大なアーチ状の校門が生徒たちを出迎える。そこをく ぐった先が、横浜衛士訓練校の広大なキャンパスである。 いわゆる高等学校に分類される横浜衛士訓練校だが、その敷地は並の大学を超える 前身がお嬢様学校だからという理由もあるが、その広大さの一番の理由は、横浜衛士訓練校 が「衛士」を育成する軍事系特殊高校であるためだ。
魔導兵器「戦術可変戦闘機」を駆使し、巨大生命体デストロイヤーに立ち向かう乙女たち。
そんな彼女たちを鍛え上げるための教育機関は、「衛士訓練校」と呼ばれる。 そして衛士たちは、デストロイヤー来襲の際には戦場へと駆り出される。 つまり、真昼たちは女学生であると同時に、軍事施設の訓練生であり、戦士でもあるのだ。
そう考えると、高揚を感じる一方で、それ以上の緊張を覚える。
(今日からは、わたしも衛士の一員なんだよね......!)
そう思うと、自然と背筋が伸びる。 衛士はそのまま校舎に正対し、表情を引き締める。
「………今日から三年間、よろしくお願いします!」
そして横浜衛士訓練校に向かって深々と頭を下げる。それを見て、後ろに立つがくすりと笑う。
「真昼さんって、本当に可愛らしい方ですのね.....」
「…………お互い、実りある三年間を過ごし……そして、生き延びましょう?」
風間の声はあくまで穏やかなものであったが、その中には確かな覚悟が込められてい た。デストロイヤーたちが現れる前の時代であれば、彼女たち女学生が抱く必要のなかった 覚悟だ。
そうつぶやきながら真昼の隣に立ち、自らも優雅に頭を下げる。
(……いつの日か……)
いつの日か、少女たちがそんな覚悟を抱かなくてもいい時代が訪れてほしい……そのために自分たちがいるのだ。
……………と、決意を固めた直後、ガギィンッ!! と音が響き渡った。
「戦術機の起動音!?」
二人は慌てて音のした方へ向かうと、真昼は目を見開いた。
その銀色を覚えている。
その黒色を覚えている。
真昼の命を救った二人の妖精が、黄色い髪と桃色の髪の衛士と戦術機に戦術機を向け合っていた。
「中等部以来お久しぶりです。シノア様」
「何かご用ですか? 伊佐湖さん」
「ふふふ、時雨様。最終兵器・伊佐湖が入学してきた。これで貴方のつまみ食いもおしまいだよ」
「つまみ食いなんて酷いな、羽川。君の妹の白狼ちゃんとは料理のことで相談を受けただけだよ。君や避難民のために料理をうまくなりたいなんて良い子じゃないか」
「そ・れ・で! なんで姉妹契約した私じゃなくて貴方に相談してるの!? というか最初に声をかけたのは時雨様、貴方だって知ってるんだからね! 食うつもりだったの知ってるから!」
「時雨お姉様は優しいから、単純に料理を教えただけでそんな下心はあり得ません。言いがかりはやめて羽川」
「個室で! 二人っきりで! 口説いたのは白狼の反応でわかるんだから! 白狼のことは私が一番良く知ってる! あの顔は絶対になにかされた!!」
「君は今まで食べたパンの枚数を覚えているのかい?」
周囲で事の成り行きを見守っている人たちの中で、白髪の衛士が声を上げた。
「羽川様! 時雨様! 私の為に争わないでください!」
「白狼、これは姉としてのプライドの問題なんだ。この巨悪はここで痛い目に合わないといけない!」
「大丈夫だよ、白狼さん。君の大切な姉は優しく介抱してあげるから」
「そ、それはそれで複雑なんですが!?」
今度は伊佐湖と呼ばれた衛士が、柊シノアに向かって言う。
「ふふふ、その時雨様一筋な姿勢……その整えられた髪や肌、私のものにしたい。食べてしまいですわ。じゅるり」
「私は髪の毛一本に至るまで時雨様のものよ。貴方に食われるつもりはないわ」
「そういう子も、体は正直なんですよ。私に身を任せてくれれば、貴方様を釘付けにして差し上げますわ」
「勝てると思っているの? 伊佐湖さん」
「一人では難しいでしょう。シノアさん。だけど羽川先輩がいる。私の突破力と羽川様の防御力、体の相性抜群。更にこれで上手く行けば白狼も我が手に!」
それに時雨は呆れた視線を伊佐湖に向ける。
「羽川。君の最終兵器も白狼狙ってるけど良いのかい? 最終兵器は最終兵器でも自爆兵器だけど」
「伊佐湖はまだなんとかなる! 白狼の心を奪いに来る時雨様よりなんとかなる!」
「全く、やれやれ。そうだな、ここで話し合いでの解決は難しいか。シノア、君の力を見せて上げてくれ。これは試練だ、もし突破できたら特別な愛の日を約束するよ」
「わかりました。戦術機、起動。目標、羽川と伊佐湖さん。柊シノア、目標を駆逐する!」
「羽川天葉、愛する妹を守るため巨悪を打ち砕く!」
「伊佐湖深雪、私のハーレムのために虜にする!」
「一人、おかしいのいるね」
真昼はそれを見て首を傾げる。
「やっと着いた…と思ったら何ですか? あれ」
「おおかた血の気の多い衛士が上級生に絡んでいるんですわ」
「そんな! 衛士同士で戦術機を向け合うなんて」
「衛士といったって所詮は16、7の小娘ですから喧嘩くらいするでしょう……ってあれは柊シノアですわ! ごきげんよう真昼さん!」
風間はバチバチと視線で火花を散らす鉄火場に飛び込んでいった。
それに見送る真昼に話しかける存在がいた。
「あ……あの! 今のは風間さんでは!?」
「う……うん」
「あの方は有名な戦術機メーカー・ボーニングの総帥を父に持つご自身も有能な衛士なんですよ」
「へ……へ~……」
「あっちの方は伊佐湖深雪さん。中等部時代からその名を馳せる実力派! 羽川天葉様! アールヴヘイムで中核を担うリーダー! もう片方は柊シノア様! 夕立時雨様との二人連携(エレメント)で攻撃を担当するダメージディーラー! そして夕立時雨! 特殊な能力はなくとも、その経験と豊富な知識で、立ち回り戦場を支援する技巧派衛士!」
相対するその場の熱気は最高潮に達していた。
「おどきなさい。時間の無駄よ」
「ならその気になってもらいます」
「貴方にはやる気はなくてもこっちにやる気はあるのよ」
「手加減はしないわよ」
「あら怖~い。ゾクゾクしちゃう」
「シノア一人だけなんて良い度胸じゃない……良いわ。ぶっ潰してあげるよ、シノア!」
三人の戦術機が唸り声を上げて、ぶつかりそうになったその瞬間、風間の隣りにいた真昼が動いた。
「ダ……ダメだよ、衛士同士で戦闘なんて!」
右手に戦術機でガードして、左手で戦術機の柄を持ってガードする。
「なっ」
「私の間合いに入ってくるなんて……」
「気付かなかった」
「衛士同士でいけませんよ」
三人の間に入り込む度胸と、それを悟らせなかったステルス性に、野次馬をしていた者達を驚愕させる。
「貴方、一体……」
シノアが驚いたところで。
りんご〜ん…………。
鐘が鳴る。そして戦術機を持った生徒会長が現れる。
「遊んでいる場合ではありません。先程校内の研究施設から生体標本のデストロイヤーが逃走したと報告が入りました。出動可能な皆さんには捕獲に協力していただきます」
「おや、本当に緊急事態だね。シノア……見回りに行こう」
「はい!」
「このデストロイヤーは周囲の環境に擬態するとの情報があります。必ずペアで行動してください」
「……ふむ、擬態か。ならそこの一年生くんにもついてきてもらおうかな」
「へ?」
真昼は時雨からの指名に驚く。それに柊シノアは時雨に問いかける。
「何故、彼女を?」
「三人の衛士がぶつかる間に入った度胸と、気付かせない能力、擬態を見つけるのに役に立つかもしれないだろう? それに一年生に貴重な経験を積ませるのも三年生としての役割だ」
「は、はい! お供します! 役に立ってみせます!」
荒廃した町並みを眺めながら、夕立時雨、柊シノア、一ノ瀬真昼は歩いていた。
(彼女さんさえいなければ時雨お姉様と二人っきりだったのに)
少し残念に思いながら、柊シノアは警戒しつつ逃げ出したデストロイヤーを探す。
抉り取られたような建物を見て、真昼は呟く。
「すごい……これデストロイヤーと戦った跡ですか?」
「学院自体が海から襲来するデストロイヤーを積極的に誘引し、地形を利用した天然の要塞となることで周囲の市街地に被害が及ぶことを防いでいるんだ」
夕立時雨は優しげな口調で真昼に教える。
「うわぁ、壁の間にできた大きい通路」
「切り通しといって1000年ほど昔に造られた通路よ」
シノアも、真昼の新人教育に手を貸す。
崩壊した地理で、草木に覆われた場所で時雨は汗を拭う。
「暑いな……それに随分と歩いたけど発見はなし、か。こちら側にはいないのかもしれないな」
「何もいませんね。もう少し奥へいきますか?」
にゅるり、と瓦礫の隙間からデストロイヤーが顔を出した。
「う、うわっ」
「戦闘開始ッ!」
「了解です!」
時雨とシノアは一気にデストロイヤーへ近づき攻撃を加える。
真昼も参加しようとして、自身の戦術機を引っ張り出す。そして使おうとして。
「動かない!?」
「……っ! シノア、一時撤退する! 百夢の研究所から逃げ出した個体だ! 何かあるのかも知れない! 真昼が戦術機を使えない以上、戦闘継続は危険だッ!」
「あの子、戦術機を!? 全く!」
時雨は真昼をお姫様抱っこして、シノアがデストロイヤーを蹴り飛ばして撤退した。
その先で、真昼はシノアに問い詰められていた。
「あなた戦術機も使えないで、一体何をするつもりだったの!?」
「ごめんなさい私……」
「いいえ。真昼を、そこまでの初心者と見抜けなかった僕との責任だよ」
「時雨お姉様は彼女に甘すぎます! 自重すべきでした! 彼女が!」
真昼はなんとも言えない表情で、俯くだけだった。
「時雨お姉様……どうして彼女に入れ込むんですか? 何か、あるんですか?」
シノアは、不安そうな表情で時雨に問いかける。時雨は黙って真昼を抱きしめて、頭を撫でる。
「理由はある。真昼の潜在的な能力が僕と似ているものを感じた。だから気になるんだ。決してシノアを蔑ろにするんけじゃない。安心して」
「は、はい」
「まるで、目をつむって」
「はい」
時雨は少しだけシノアにキスをする。
真昼はその光景に顔を赤くする。シノアが見てない場所で、時雨は指を立てて口につけ「しー」という体勢を取る。
「さて、シノア。真昼に戦術機の契約の仕方を教えてあげて」
「はい」
シノアが真昼の方へ行った後、時雨は戦術機を持って周囲を警戒する。
【壊したい】
脳に響く声に時雨は、顔をしかめる。
【犯したい、壊したい、殺したい】
時雨は無視する。しかしその内なる声は大きくなる。
【壊せ、壊せ、壊せ、破壊しろ】
「…………ふぅ。しかし、暑いな」
ドクン、と胸打つ度に己の欲求が強くなるのを感じる。内なる自分の声に圧し潰されないようにしながら時雨は戦術機を強く握る。
シノアは、真昼に問いかける。
「まだ戦術機との契約を済ませていないのでしょう。略式だけど今してしまいます」
「はい」
シノアは、ポケットから銀色の銃弾を取り出す。きれいな装飾が施された観賞用の銃弾のような形だ。そしてそれを押し込むと、小さく針が飛び出す。
「指を出して。血が必要なの」
「はい」
ぷつ、と赤い血の膨らみができる。
「痛むでしょう」
「いえ。大丈夫です。その銀色の弾丸は?」
「シルバーブレッド。困難を打ち砕くという意味があるわ。時雨お姉様が贈ってくれたの」
シノアは大切そうにその弾丸をしまう。
血を流しながら二人で一緒に戦術機を持つ。血が流れて戦術機に注がれていく。
「シノア様……私の血が……」
「それでいいの。略式ということになっているけどこれが本来の形なの」
恐らく真昼が、言いたいのは自分の血がシノアの服についてしまうことなのだが、それに気に留めず、儀式を続ける。
痛みを伴う契約。
血を盟約の契りとして必要とするのが本来の形の戦術機の契約。
「指輪を通じてあなたの魔力が戦術機に流れ込んでいるわ」
コアと言われる部分が脈打ち、駆動音と共に戦術機全体に魔力が伝播し、エンジンがかかる。
「来た!」
気配の遮断を解除し、デストロイヤーを二人を認識できたその瞬間に、戦術機のブレードを頭の横へと全力で叩き込む。
瓦礫を粉砕しながらワンバウンドし、デストロイヤーは吹き飛ぶ。
起き上がるデストロイヤーを見る。デストロイヤーに感情があるかどうかは知らない。少々興味のある事だが、少なくとも見た感じデストロイヤーには怒りのような気配を感じる。そしてそれを抱くのと同時に、デストロイヤーが正面に一メートルを超えるサイズの魔力の弾丸を生み出し、それを此方へとはなって来る。正面から放たれる魔力の弾丸を切り裂きつつ、そのまま一気に前へと踏み込む。
瞬間、時雨に向かってガスが噴出される。
「ガス!? 時雨お姉様!?」
「大丈夫だ。ただの目くらましだね。だけど危険だ。やはり実化棟から脱出する相応の特異能力を持っている」
シノアは真昼に言う。
「戦術機が完全起動するまで手を離さないで」
「はい。シノア様いつまで?」
「その時になれば分かるわ」
煙の中から現れて、シノア達に攻撃を仕掛ける。
「待ってください!」
「シノア!?」
真昼はシノアの攻撃を静止させ、頭を下げる。そこを追ってきた時雨が現れる。もし攻撃をしていれば時雨に攻撃があたっていただろう。
時雨は憎々しげに呟く。
「同士討ちを狙うとは、随分と頭が回るじゃないか」
「あなた目はいいのね」
「あはは……田舎者なもんで視力には自信あります」
「来るよ」
強襲してくるデストロイヤーをシノアが、戦術機で殴り飛ばす。デストロイヤーが赤く発光し、その周囲に魔力のバリアの様なものを張る。
シノアは、それを気にする事なく飛び上り、デストロイヤーの体に追いつく。そのバリアは、衛士の標準装備している防御結界を焼いてくる。
躊躇する事無くデストロイヤーの頭に戦術機を叩きつけて、そのまま大地へ吹き飛ばす。
「ナイスだよ、シノア」
地面に当たるのを、デストロイヤーが途中で回転しつつ受け身を取る事で回避する。その行動を狩る為に、時雨が魔力弾を放つ。
それをデストロイヤーは触手を交差させ、防御の姿勢を取る。そのままデストロイヤーの触手に魔力が灯るのが見える。
「魔力の鞭か……! よくやるものだ」
ヒュンヒュン! と空気を切り裂いて、魔力で切れ味が増した鞭が迫る。それから逃れる為に体全体を捻る。
時雨は、弾丸を地面に打ち込み、デストロイヤーの体制を崩す。そして、空からブレードモードにしたシノアが、降ってくる。
デストロイヤーはそれを回避して、シューティングモードにしているシノアを巨大な体で包み込み、魔力で小爆発を連続して起こす。
「くっ、熱っ」
「時雨お姉様!!」
時雨を蒸し焼きにするつもりだ。それに気付いたが、シノアでは対処するのに時間が足りなかった。
ひやり、と焦りがシノアの胸を撫でる。しかしそれを断ち切るように桃色の髪の衛士が斬撃をデストロイヤーに向けて放った。
ブシュッ!! と音と共に魔力が噴出して光熱が溢れる。それを真昼は、力づくでデストロイヤーを切り裂いて、時雨を救出する。
そして数秒後、大爆発が起きた、
シノアはガードモードにしていた戦術機で時雨と真昼の盾となり、傷を負うことはなかった。
横浜衛士訓練校に戻ると検疫を受ける。その控室で真昼は、自分の話をし始めた。
「私、二年前にお二人に助けられたんです。横浜衛士訓練校の衛士っていうのはわかったんですけど、それ以上はわからなくて」
「まさかそれだけでここへ?」
「はい。えへへ……補欠ですけど」
「筋金入りの無鉄砲ね」
「こうしてすぐ時雨様とシノア様に会えて夢叶っちゃいました」
そこで、もじもじ、と真昼はした後、意を決したようにして言う。
「私を! お二人の妹にしてけれませんか?」
そこで制度に詳しい時雨は、首を傾げる。
「二人の妹? シノアの妹ではなく?」
疑似姉妹制度は、横浜衛士訓練校特有の上級生が姉として下級生の妹を導く制度である。
学年の異なる2人の衛士が擬似姉妹のような契約をかわし、上級生は下級生に衛士としての成長を促すだけでなく人間的な指導を行っていく。
そうしてともに過ごしていく中で、魂の姉妹とでもいう深い絆で結ばれるのです。
三人の場合はスリーシスターズと呼ばれる形になるのだが、『二人の』妹という言い方に疑問を抱いた。
「意味的にはスリーシスターズです。けど、私は、時雨お姉様の妹にもなりたい。私は、お二人に認められる存在になりたいんです。だから……!」
「だから……二人の妹か。ふむ……無理だね!」
「ええ!?」
「制度的にも、心情的にもあって間もない人と交わす制度ではないからね。けど……僕は気に入ってるよ。君のことを。夢結は、どうだい? 少し話してみる気はあるかい?」
「時雨お姉様が望むなら」
時雨は一瞬だけ目を伏せて、パン、と手を叩く。
「では、時雨隊に入隊という形でこれからよろしくお願いするよ、真昼」
「は、はい! こちらこそ! 時雨様!」
時雨は花のような笑顔を見せる真昼を見ながら、シノアの事を考える。
(彼女がシノアの傷を癒やす助けになれば良いけど……僕と同じ立場になれば僕の気持ちも理解できるのだろうか……ねぇ、シノア。君の傷は僕が間違った記憶処置をしてしまった故に化膿してしまった。だから、何としても僕が君を救う。この純粋な衛士を踏み台にしたとしても、僕がこの世で優先させるのはシノアだけだから)
横浜衛士訓練校には『特別棟』というものが存在する。
この『特別棟』というのは、特殊な理由があって、一般衛士とは同室にできない衛士が暮らす場所である。
夕立時雨と柊シノアは、ここで暮らしている。何故なら、『夜の、突発的なエネルギー暴走と、その停止できるのが夕立時雨のみ』という危険極まる状況がそうさせていた。
エネルギー暴走というのは、狂気と紙一暴走の状態だ。精神を保ちながら、心拍機能や腕力、重力を無視したバーサーク状態で戦うことを可能とする。
自身の力を暴走させ、デストロイヤーに近しいエネルギーを人の身に宿しながら戦うという、非常に危険な能力である。
この能力の持ち主は基本、精神的に不安定であり強く依存する相手を必要とする。効果は絶大でアタッカーとしては非常に頼りになる。どのような戦術でも活きる為、徐々に重要性が認められるようになっている。
完全暴走状態になると髪色が変わる状態になることがある。能力を制御できていないので非常に危険な状態である。
体内に負の魔力を作り出し暴走させた結果と、魔力が増幅され非常に危険な状態だだ。
過去に起きた『柊シノア魔力暴走事故』により、多数の負傷者と建築物への被害を出した。しかしその本人の責任能力の有無と、柊シノアと夕立時雨のコンビのデストロイヤーの殲滅能力の高さから、『特別棟での監視の上、夕立時雨のコントロールが可能な範囲でデストロイヤー殲滅へ採用』される事になった。
二人の立場は横浜衛士訓練校では非常に危ういバランスの上に成り立っていた。
◆
戦術機を抱きしめて寝る真昼。目覚めると、大きくカーテンを開けて朝日を浴びる。後ろからゆったりと、同室の衛士が顔を出す。
「ごきげんよう」
「あっ、起こしちゃいましたか? すみせまん」
「いえ、それは良いけど、貴方一晩中戦術機を抱き枕にして寝ていたの?」
「うん、支給された際にいつでも側に置いておくように言われたから。それに戦術機はほんのとり暖かくて気持ちよくて」
「湯たんぽか」
そのツッコミに真昼は首を傾げる。
「いえ、なんでも無いわ。貴方、変な子ね」
着替えを済ませると、真昼と同室の衛士は出ていこうとする。
「それじゃあ先に……あー」
しかし真昼が着替えに戸惑っているのを見て、手伝いに戻る。
「最初は難しいわよね。手伝うわ、向こう向いてて」
「ありがとう」
着替えを終えて、二人は部屋を出た。
その途中の廊下でピンク色の髪の衛士と出会う。強気な雰囲気と態度を持つ人だ。
「ごきげんよう、真昼さん」
「おは……じゃなくて、ごきげんよう」
「そんなありきたりなのじゃなくてもっと本質的な挨拶をしない?」
「本質的?」
するり、と近寄るとそのピンク色の衛士は麻痺?を壁に追い詰めて、顎に触れて視線を逸らさせない。
彼女は伊佐湖。
入学式の時に、羽川と一緒に時雨とシノアに勝負を挑んでいた衛士だ。彼女の女性への気の多さは有名だった。中等部時代には複数の彼女がいたという噂もある。
「悪いけど、私には心に決めた人がいるの」
そっと、優しく、しかし力強く伊佐湖の手を取り外す。
「だから、貴方の想いには答えられません。本質的な挨拶が、そういう意味なら、ごめんなさい。私は、あのお二人に対して真摯でありたい」
その言葉に、伊佐湖の瞳はギラリ、と輝いた。
「良い……凄くッ!! でも、そうね、なら貴方はゆっくりと交流を深めていきましょう。まずはお友達から、どうかしら?」
「それなら、これからよろしく。伊佐湖ちゃん」
「ええ、よろしく。真昼さん」
「真昼で良いよ」
「そう? なら真昼、と。時間を取らせてごめんなさいね、授業には遅れないように。それじゃあごきげんよう」
「ごきげんよう」
まるでは昨日のお礼を言うために柊シノアと夕立時雨を探していた。しかし見つからなかった。
二人を探しているのに夢中になっていると、時計塔上部にあるから、授業開始の鐘の音が鳴り響いたのであった。
真昼は全速力で自分の教室へ向かった。
「はぁ、はぁ、はぁ…… す、すみません! 遅刻しました!」
真昼が慌てて教室に入ると、全員の視線に集中した。 教壇にはすでに女性教師が立っており、黒板に名前を書いていた。
ちょうど、担任が自己紹介をしていたところだったらしい。
「…………初日から遅刻とは、ずいぶん大物なのね。それとも、さっそく退学希望かしら」
「違います」
「だったら、遅刻しちゃダメ。もし、実戦の場であなたが遅れたら、その分、他の命も危なくなるんだから。それを自覚しなさい」
担任教師は柔らかい笑みを浮かべてはいるが、その言葉は辛であった。
「はい。すみませんでした」
「………あなたも、風間さん」
「え?」
「あら、いやですわ、先生。遠慮なくとお呼びになって」
いつの間にか真昼の背後には風間が立っていた。特に取り乱した風間もなく先生の眼光を受け流した。まるで、自らが主役であるかのような堂々とした態度だ
「それより、真昼さん。あなたも同じですのね。これは、運命を感じてしまいますわ」
「え? なんで?」
「のんびりしているわね、一ノ瀬さん。そろそろ退学届は書き終えた?」
「と、とんでもありません! 一ノ瀬真昼着席します!」
「ええと、わたくしの席はどちらかしら?」
慌てて空席に駆け込む真昼と、あくまで優雅に教室を横切る風間。
「……待って」
「なんでしょうかっ!?」
ようやく自らの席へとたどり着いた真昼だったが、担任教師からの制止にふたたび身を竦ませる。
「そう構えないで。ただ、遅刻へのささやかなペナルティとして、貴方たたちには皆の前で自己紹介してもらうわ」
「え」
突然の宣告に戸惑う真昼。
(じ、自己紹介? ええと……やっぱり百合ヶ丘なんだし、「ごきげんよう」からだよね? でも、その後、どんな風に話せば……)
などと考えながらフリーズしていると、風間が真昼を庇うかのように進み出た。
「では、わたくしから……風間優衣と申します。 これから、この横浜衛士訓練校でご一緒させていただきます。 どうぞお見知りおきを」
そう言って、くるりと一回転すると、スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をする。すると、周囲の生徒たちが、にわかにざわめき始める。
「風間さん? それって、まさか......」
「あの、外部試験トップ合格の?」
「あの方と同じクラスだなんて。光栄だわ」
何を言っているのか真昼にはよく聞こえなかったが、少なくとも、悪意は感じられない。むしろ、に向けられる視線には、ある種のようなものが感じられる。
(よくわからないけど、風間ちゃんって、すごい人なのかも)
精鋭揃いの横浜衛士訓練校において、皆からの尊敬のまなざしを集める。そんな彼女に真昼が見とれていると
「こちらは私の親友となる予定の一ノ瀬真昼さんですわ」
「え?」
突然の宣言によって、今度はクラス中の視線が真昼に集められた。真昼も首を傾げた。
(私って風間ちゃんと話したことってあったっけ?)
「まあ風間さんの親友?」
「入学前からのお知り合いなのかしら……羨ましいわ」
「楓さんから特別と認められるだなんて、きっと、優秀な方なのでしょうね」
口々に寄せられる、真昼への好意的な意見。 そんな、最高にハードルが上がった状態ではポンと風間は真昼の背中を押してきた。
「さぁ、真昼さん。前座は済ませておきましたわ。どうぞ自己紹介を」
後ろに下がりつつウインクをして見せる。そんな彼女を見ながら真昼は、幼い頃に飼っていた猫を思い出していた。真昼の部屋に虫やトカゲを持ちこんでは、「褒めて褒めて!」という表情を見せる猫の姿をいわゆるひとつの、ありがた迷惑というやつである。
「……あー」
教室が静まり返る。 風間に匹敵する優等生である(という空気になっている)の言葉に期待が集まる。
(な、なんて言えばいいんだろう。なんだかみんな、わたしのこと誤解してるみたいだし……あんまり期待させちゃいけないから、正直に、ありのままのわたしを伝えなくちゃ.......)
そうは言っても、何を言えばいいのかわからない。沈黙が重い。 なんでもいいから喋らなくては、とますます脳が熱る。
「わ、わたし、その、ほ」
「ほ」
クラスの人が、真昼のつぶやきを復唱する。
「補欠合格、一ノ瀬真昼です」
ありのままの自分を伝えなくてはそう考えた真昼の口から出た言葉。 それは、わざわざ言う必要のない受験結果の内情であった······ こうして、真昼の横浜衛士訓練校への登校初日は、マイナスからのスタートとなったのである。
「いよいよ、始まるんだね……」
真昼たち新入生は、キャンパス内の射撃訓練場に集められていた。
彼女たちの眼前に居並ぶのは横浜衛士訓練校の二、三年生たち。 いずれも、大なり小なり 実戦経験を持つ本物の衛士ばかりである。
「午前中の授業において、 戦術機操作の基本は学んでくれたわよね? 午後からは、実物に触れての射撃訓練を行ってもらいます。ただし、戦術機はデストロイヤーのみならず、人命すらも奪いうる強力な兵器です」
上級生の指示なく引き金に触れないように、と新入生に注意を呼びかける。そんな様子を見て、風間は真昼の横でつぶやく。
「聖王学院中部時代から実戦を経験しているわたくしには関係ありませんけど」
「あら、言うじゃない、風間さん」
「ひえっ」
一発で言い当てられて、さしもの風間も慌てた声をあげる。 傍から聞いていた真昼も驚いた。
まさかこの担任は、授業一日目にして、もう生徒たちの声までも覚えているというのか。
「まあ、たしかに、首席合格者のあなたには、私たちの授業なんて釈迦に説法かもしれないわね」
目を細め、鋭い目つきでを見る担任教師。だが、担任教師はフッと微笑すると、ひらひらと手を振った。
「そんなに緊張しないで、風間さん。 あなたのその自信、頼りにしてるわよ? 強い子がいれば、それだけ周りの子も助かるでしょうしね」
「……え? あ、はい。そ、そうですわね。みなさんのお役に立てるよう、微力ながら健闘いたします」
あまり怒っていない様子の担任教師を見て、安堵の表情を浮かべる。
「まあ、それはそれとして、私語の罰よ。グラウンドを五用してきてね」
「……はい」
「さて。静かになったところで、班分けを行います。 ここには、あなたたち新入生のほぼ倍にあたる人数の上級生に集まってもらいました。上級生二人につき、新入生一人の班です。では、それぞれ担当の子についてあげて」
担任教師が後ろに下がると、代わって、三年生の一人が前に進み出る。
「では、これより、班分けの発表をいたします」
「わわっ………あの方、ブリュンヒルデです!」
皆の前に堂々と立つ三年生を見ながら、小声ながらも興奮した様子で呟く衛士が居た。
それは真昼の知識にも覚えがあった。
横浜衛士訓練校は伝統的に、三人の生徒会長によって統治されている。そして、会長職についた生徒は、生徒から畏怖と敬意を込めて称号で呼ばれている。
校内の風紀と秩序を守るジークリンデ。
政治的な判断や事務を統括するオルトリデ。
部隊と衛士を率いる総司令官戦闘スペシャリストであるブリュンヒルデ。
上級生たちは大きな掲示板を立て、班分けの組み合わせを発表した。
「班の組み合わせについては、こちらに掲示してあります。各自確認してごとに訓練を開始してください」
「どんな先輩と一緒になるのかな。優しい人だといいけど」
「まったく、こんな掲示の仕方、時間の無駄ですわ。 連絡用の端末があるのですから、事前に送信しておいてくださればいいですのに」
「あっ、風間さん。もうグラウンド五周終わったの?」
「ええ、楽勝ですわ」
そう言ってウインクする風間は、息ひとつ乱してはいない。さすがは首席合格者の余裕である。
「あえて張り紙で掲示するのも、横浜衛士訓練校の伝統……らしいよ」
「あら、真昼さんは意外と横浜衛士訓練校の校風というか伝統を知っているんですの?」
「穴だらけのでこぼこ知識だけど、出来る限りは調べたよ」
真昼たちが話している間に、他の生徒たちは自らの班を確認し、それぞれの担当上級生のもとへと歩いていく。
「私は……」
大きな掲示板に目を走らせ、自らの名前を探す。
「……………あっ」
掲示板の中に自分の名前を見つけた真昼は目を見開いた。
「わたし、わたしの班………!」
「………そこの新入生さん。すみやかに合流してください」
「はいっ! すみませんっ!」
ブリュンヒルデから直々の注意を受け、ぺこりと頭を下げる真昼。だが、その間も溢れる笑顔を抑えきれない。
(すごいすごい! わたしって、けっこう強運の持ち主かも!?)
夢ではなかろうかと思いつつ、念のため掲示板を見直す。だが、やはり間違いはない。
真昼にとって人生初の戦闘訓練。その指導担当上級生の欄には、「夕立時雨・柊シノア」のが、はっきりと記されていた、
「一ノ瀬真昼といいます。よろしくお願いします」
そして真昼は、憧れの柊シノアの前、それも、手が届くほど近くに立っていた。
「……よろしく。 柊シノアよ」
「僕の名前は夕立時雨、よろしくね」
真昼の前に立つのは、命の恩人にして憧れの女性、柊シノアと夕立時雨。陶器のように白い肌に美しい顔立ち。凛々しい立ち姿はまさに理想の衛士の姿であった。
「は、はい! 時雨様……それに、シノア様! 今後とも、どうぞお見知りおきを」
横浜衛士訓練校においては、生徒同士は基本的に姓ではなく名前で呼び合う。その理由には諸説あるが、最も有力な説は、「家柄や生まれに縛られず、個人としての交流を深めるため」というものであった。 だが、その理由がなんであれ、憧れの二人を名前で呼ぶことができる。
真昼はそれだけで嬉しかった。
「それじゃあ訓練を始めよう。大丈夫。怖がることはない。誰だって始めては緊張するものだ。しかしそれを理由に怯えるのはよろしく無い。失敗さえも糧とする気概を胸に、練習に励んで欲しい」
ぽんと優しく真昼の背中を叩いてくる時雨。
「はい! よろしくお願いします、時雨様!」
(練習も大切だけど······でも、その前に、まず)
つかつかと柊シノアに歩み寄る真昼。そして、彼女に会ったら最初に言おうと心に決めていた言葉を口にした。
「あの、シノア様! 時雨様! わたし、一ノ瀬真昼です!えと、あの······そ、その節はありがとうございましたっ!」
念願だったシノアとの再会を果たし、命を救われた礼を言う真昼。しかし、対する二人は、怪訝な表情で真昼を見下ろすだけだった。
(……あれ?)
シノアの薄い反応に戸惑う真昼。
「………今は、私語を楽しむ時間ではなくてよ。演習用の戦術機を持ってきなさい」
「ふむ、その節がどんな内容だったか僕は覚えていないな……ごめんね」
「あ……そうですよね! は、はいっ! 持ってきます!」
盛り上がっていたところに冷水を浴びせられたような気持ちになる真昼。
(でも、シノア様のおっしゃる通りだよね。今は訓練中なんだから......それに、シノア様と時雨様と言えば、何度も実戦で戦果を挙げている衛士の中の衛士だもの。いちいち救っ てあげた子の顔なんて覚えてないよね)
シノアと時雨は、あの夜の衝撃的な出会いを覚えていない。その事実は真昼にとって悲しいものだったが、一方で当然のことだとも思う。
(お二人がわたしのことを覚えてるかも、だなんて、ちょっと高望みしすぎだったよ ね。でも、それでもいい! こうして同じ班になれたんだし、少しでもわたしのことを知ってもらえるようにがんばろう!)
演習用の戦術機を持ってくると、それを見た史房が言う。
「ではまず、経験者の方に、腕前を見せていただきましょうか。新入生の中で、すで に実戦経験がある方······風間さんと、藤堂さん。前に出てください」
「承知しましたわ」
「......了解」
新入生の代表として選ばれたのは風間ともう一人、同じクラスの藤堂聖という生徒だった。
(わあ……風間ちゃん、やっぱりすごいんだ・・・・・・それに、藤堂ちゃんっていう子も、同 じくらいすごいのかな?)
まだ戦術機初心者である真昼は、尊敬のまなざしで同い年の少女たちを見つめる。
訓練場の射座に立つ風間と藤堂の前には、ラージ級デストロイヤーが描かれた的。やや人間 型に近い形状だが、首や頭部と思われる部位がなく、腕もまた異様に太く長い。
「う······なんだか、絵だけでも強そう」
ラージ級と呼ばれるデストロイヤーは、少なくとも六~七メートル以上はある。通常兵器で勝てる相手ではない。
(わたしがシノア様と時雨様に命を救われた時、襲ってきていたデストロイヤーはミドル級だった。でも、ラージ級はその上……」
もちろん、的に描かれたラージは実物ではない。だが、それでも、真昼に恐怖を与えるには十分だった。
「では、準備ができ次第、撃って......」
キュイン……ドン!
ブリュンヒルデの指示が下りたか下りないかというタイミングで、とうの手にする戦術機ストライクイーグルが火を噴いた。
ストライクイーグルは、横浜衛士訓練校において使用されている二大主戦術機のひとつである。剣とレーザーランチャーという二つのモードを使い分けることが可能となっており、一撃の威力接近戦を重視する衛士たちに広く愛用されている。 そして、その威力にふさわしく、藤堂が放った一撃は正確に的の中心を射貫いて、風穴を開けていた。
「命中」
そうつぶやくと、手慣れた動作でストライクイーグルの安全装置をかけ、休止状態へとそうつぶやくと、手慣れた動作でストライクイーグルの安全装置をかけ、休止状態へと移行させる。
「わぁ、すごい」
居並ぶ先輩たちを前にしても緊張した様子すら見せず、見事に標的を破壊した。そんな彼女に、思わず喝采を送ってしまう真昼。だが、真昼のような反応を見せる生徒はごく僅かであった。
「横浜衛士訓練校の生徒だったら、このくらいは当たり前ってことなのかなあ......」
思わずつぶやく真昼の独り言に、「いいや」と夕立が優しく否定する。
「そんなことない。あの藤堂聖って子はすごいよ」
「まあ……素晴らしい腕前ですね、藤堂聖さん。 ですが、少し逸りすぎではありま せんでしたか? もう少し落ち着いて撃ってもよかったように思いますが」
「…………ちゃんと、命令後に撃ちました。 無駄な時間を取ってはかえって失礼かと思い まして」
ブリュンヒルデのアドバイスにも動じた様子を見せず、むしろ歯向かうようなことを言い返す藤堂聖。
「えっ、ちょっと……」
「なんなのあの子」
「ブリュンヒルデが直々に助言をくださっているというのに」
藤堂の不遜な態度を見て、周囲の生徒たちがざわめき始める。
「さあて、ここで主役の出番ですわね」
その緊迫した緊張感を打ち砕いたのは、風間の呑気な声であった。
風間は、ストライクイーグルと並ぶもうひとつの主流武器、陽炎を手にしていた。
「わたくし、戦術機でしたらひととおり扱えるのですけれど……藤堂さんがストライクイーグルを使用されたので、今度は陽炎の試射をご覧に入れますわ」
まるで、自らが主役のショーであるとでも言うかのように優雅に一礼する風間。
「すでに皆様ご存知かと思いますけれど、陽炎もまた射撃と近接、二つのモードを使い分けられますの」
風間が陽炎を一振りすると、がじゃん、という小気味いい音と共に片刃のブレードへと変形する。
「これがブレードモード。威力の面ではストライクイーグルに一歩譲りますが、扱いやすく汎用性に富んでいますの。そして」
陽炎を両手で持ち、素早く折り畳む。すると今度は、風間の腕よりもやや長い くらいの銃へと形を変える。
「これがレーザーマシンガンモード。射撃の際は、セミオートとフルオートの使い分けが可能ですわ。総じて言えば、一撃の威力を重んじるならストライクイーグル、機動力を活かしたいなら陽炎、ということになりますかしら」
「ほぇ」
「流石は風間さん。知識面や周囲への配慮も欠かさない。些か自信過剰のきらいがあるようだけど、それに見合う度胸と実績があるね」
感心して間抜けな声をあげる真昼と、やや呆れたような感想を口にする時雨。どちらにしても、風間が規格外の新入生であることに変わりはないようだ。
「風間さん。ご高説は痛み入りますが、戦術機の講義はもう結構です。そろそ腕前を見せてもらえますか?」
「お許しを、ブリュンヒルデ。 あなたをお待たせするつもりはございませんでした。では」
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン!
風間はグングニルを腰だめに構えると、単発の銃声を五回、鳴り響かせた。すると、ラージ級を模した標的の胴体、両腕、両足にひとつずつ、綺麗に穴が開く。
「本物のラージ級は、この程度の攻撃では止まりませんが… 腕前の披露としては、この程度でしょうか」
「まあ······さすがは首席入学者ですね」
ブリュンヒルデからも認められ、風間は豊かな胸を張ってみせる。
「では、お礼として、私たち上級生からも柊シノアさん、射座へ」
ブリュンヒルデの命に応じて、シノアが風間と隣り合った射座に立つ。
「申し訳ありませんが、あなたからもお手本を見せてあげてください」
「承知しました」
丁寧ではありながらも、あまり熱を感じさせない声で返事をする柊シノア。彼女は風間が手にしていた陽炎を借り受けると、同じように腰だめに構えた。
タタタタタタタタタタタ!
銃声が鳴り響く。すると、やはり同様に、ラージ級の的に風穴が開いた。きれいな二重丸のマーク付きだ。
「わぁ……さすがはシノア様」
素直に感心する真昼と同じように、周囲からも同様の反応があった。
「これが横浜衛士訓練校が誇る天才の実力」
「すごい」
「寸分の狂いなく射撃するなんて」
「ふう……さすがですね、シノア様。でも、それでこそ、ですわ。こうでなくては、百合ヶ丘に入学した意味がなくてよ」
風間もまたシノアの腕前を認めたようで、さばさばとした表情で髪をかき上げた。
「……ええ、その意気です。あらためて、横浜衛士訓練校にようこそ、風間さん。そして、新入生のみなさん。あなたたちのさらなる成長に期待します」
ブリュンヒルデからの締めの言葉が入り、真昼たちはふたたび班ごとの訓練へと戻った。各々、自らの愛用戦術機を用意する上級生たち。
「僕の戦術機は陽炎、夢結のは不知火だ」
二人の戦術機、陽炎と不知火はよく手入れされているが、ところどころに消し切れない傷 が見える。しかし、それがまた二人の経験してきた実戦を想像させ、実用的な美しさを強調していた。
「……何をぼうっとしているの。早く、演習用の戦術機を手に取りなさい」
「は、はいっ!」
シノアからの鋭い言葉。真昼は急いで戦術機を手にし、マニュアル通りに安全装置などを確かめる。
「じゃあ、まずは真昼の実力を見せてもらおうかな。僕たちが見てるから、あの的を撃って欲しい」
「わかりました!」
(お二人の前での、初めての射撃訓練少しでもいいところを見せなくちゃ)
….....しかし、結果は散々であった。すでに研修などで何度か戦術機を触ったことのある梨璃だったが、いざ一人で 扱うとなると、まったく勝手が違った。
撃つことはできても的に当たらず、当てよう当てようと意識すると、逆に体が強 張ってあらぬ方向に照準が向く。 これが訓練ではなく実戦だったら、どこに弾が飛んで行ったかわかったものではない。
一言で言えば下手だった。
「ふふ、真昼に後衛を任せたら、一人で小隊を壊滅させることができるだろうね」
「笑い事ではありません、時雨お姉様」
時雨のストレートな物言いが、真昼の心にグサグサと突き刺さる。そして何より、真昼とは一言も話さず、冷淡に真昼の醜態を見つめるシノアの視線が痛かった。
「まずはどこから手を付けたものかな。完璧な初心者なら的に当てるのは後で、反動に慣れて、衝撃に耐える姿勢を体に叩き込むことから始めよう」
「はい!」
そう言って、真昼はシノアに一つ一つ基礎から教えていく。教本通り、力の入れるべき場所と、どこで衝撃を受けるかを解説しつつ真昼に『的に当てる』よりも『撃つことに慣れる』ことを重視させて訓練時間を使った。
「……………そろそろ時間です。 時雨お姉様」
「うん、そうだね。終わろうか」
ようやくシノアが口を開いた時、出てきたのは終了を告げる言葉であった。
「うぅ·····結局、ほとんどシノア様とお話しできなかった。しかも、かっこ悪いところを見られちゃったし……」
落ち込みながらも戦術機を停止させる真昼。一方、多くの生徒たちは訓練が上手くいったらしく、周囲からは楽しげな会話が聞こえてくる。
「初めてにしては、なかなかよかったわよ。期待しているわ」
「あなた、よかったら、私たちのレギオンに入らない? 有望な新人を探していたの」
「あなたとはまたお話ししたいわ。あとでお茶でもどう?」
(うぅ…みんな楽しそう……)
ほとんど口もきいてくれないシノアとは違い、先輩たちの多くは新入生を優しく導いている。真昼も優しいが、プライベートと訓練はしっかりと分けるタイプのようで、訓練が終わると粛々と片付けをしている。
もちろんそれでも、シノアと同じ班に入れたのは幸運だと思っている。今後も努力を 続ければ、いつかシノアだって自分を認めてくれるだろう。
そうと決まれば、即行動である。真昼は、立ち去ろうとするシノアへと追いすがり、大声で呼びとめた。
「あ、あの、時雨様、シノア様、本日は、ご指導ありがとうございました!」
「……ご指導? 私、あなたに何か指導したかしら? いい加減なことを言わないてちょうだい。時雨お姉様に失礼よ」
「ご、ごめんなさい」
ゆっくりと振り返り、辛辣な言葉を浴びせてくるシノア。真昼としては適切な挨拶を選んだつもりだったが、正確なところは、まさに夢結の言う通りであった。だが、このくらいでへこたれるわけにはいかない。
(必ず、姉妹契約を結んで見せる)
姉妹契約というのは横浜衛士訓練校に伝わる上級生と下級生が結ぶ姉妹の契りのことだ。上級生が姉となって、下級生を導く。
「シノア、少し先に行って欲しい。僕は少し真昼と話がある」
「はい……時雨お姉様」
時雨がいなくなったのをみて、真昼は語り始める。
「今のシノアは少し複雑な状況にあるんだ。過去の自分を信じられない、周囲の人間を信じられない……そんな苦しい状況にある。僕は失敗した。シノアを助けるどころか、更に過酷な状況に追いやってしまった。僕の過失だ。僕では……シノアを救えない」
「……」
「だから真昼。君がもし本当にシノアと姉妹になりたい、力になりたいと願うなら、あきらめないで欲しい。君には僕と似て非なるものがある。君なら、シノアの凍りついた心を溶かせるかもしれない」
時雨は、視線をそらしながら、呟く。
「僕ではないのは辛いけれど、シノアが苦しんでいる姿も見たくない。真昼……君は命を僕たちに救われた。それにつけ込むようで気分は悪いけど、シノアを見限らないで欲しい。味方でいて欲しい。僕と同じ力がある、君しか、いない」
「同じ……力?」
「大丈夫さ、正しい努力は裏切らない。誠実に、真面目に、一つ一つ積み上げていけばそれは強固な翼となって君を天に押し上げるだろう。期待している」
そう言って真昼は背を見せる。
その背中に真昼は声をかける。
「頑張ります! 私、頑張ります!」