一華は三年生の教室から走り、また屋上へと戻った。だが、扉を開ける事はなく、階段に座り込む。
後を追いかけてきた真理と曄途は、座り込んでしまった一華の両脇に座り、安心させるように背中を撫でた。
その時、お昼休みが終わるチャイムが鳴る。それでも、三人はその場から動かず、寄り添い続けた。
何も話さず顔を俯かせていた一華がぼそっと、何かを呟く。何を言っているのか聞き取れなかった二人は、一華の口近くに耳を寄せた。
「なんで、個性の花だけで、あそこまで言われないといけないの。なんで、個性の花が薔薇と言うだけで、酷い事されないといけないの」
一華も赤い薔薇が個性の花と言うだけで、いじめられていた。高校の時だけでなく、小さい頃から。
真理と出会わなければ、一華はいじめられ続け学校になど怖くて行けていなかっただろう。
真理は基本明るく、前向き。誰とでも仲良くしたいと思っていた子供だった。
最初一華は、真理も警戒しており避けていたが、真理は諦めず、ずっと声をかけ続けていた。
一華が周りから無視され、物を隠されいじめられていた時は、いじめっ子に文句まで言って助けてくれていた。
真理は一華にとって救世主。ずっと一緒に居てくれるだけで一華は今も学校に行けていた。
だが、優輝にはそのような救世主は現れなかった。
家族だけが優輝を見放さず共にいたが、それには限界がある。
家族以外の人と関わらなければいいと思うのも無理はない。
「私、なんで黒華先輩に告白されたんだろう。何で、私を好きになってくれたんだろう。もしかして、私が赤い薔薇と知っていて、好きでもないけど、助けようと思ったのかな」
赤い薔薇の言い伝えは、薔薇を出す人から愛されなければ手から弦が現れ動けなくなる。それを知っていて、同じ薔薇を持つものとして哀れに思った。だから、助けようと思い告白をした。
優輝が告白をした理由を詳しく話さないのも、哀れに思ったからとなると納得は出来る。
そのように一華は考えた。だが、真理は一華の言葉に突如、激しい怒りが芽生え、彼女の前に立ち強く肩を掴んだ。
「っ、痛!!」
強く掴まれ顔を歪ませた一華、顔を上げ真理を見る。すると、彼女の茶色の瞳と目が合った。
怒りで歪めている顔で、真理は吐き出すように一華に放った。
「ばっかじゃないの、あんた」
「な、何が…………」
「今までの先輩を見てそう思うなら、あんたは本当に馬鹿だよ」
怒りとはまた違った口調。今の言葉には、わずかな嘆きが込められていた。
「私は、一華が好き、大好き。だから、守りたいって思った、一華が大変な時は、辛いときは私が一番に助けて、一華を笑顔にしたいと思っていた」
声が徐々に震え、俯いてしまった真理。目からは涙が零れ落ちていた。
「でも!! 誰よりもあんたを見ていたのは私じゃなかった!! 誰よりもあんたの事を理解しているのは私じゃなかった!! あんたを一番見ていて、大事にしていて。一筋に思っていたのは誰か、考えなさいよ!!」
肩を大きく上げ、金切り声を上げ、真理は一華に本気で怒った。
今まで真理がここまで声を張り上げ、怒ったことはない。曄途に優輝が酷いことを言ったと思い怒った時でも、ここまでではなかった。
怒り、悲しみなどと言ったものが全て込められているような、悲痛の叫び。
言い返そうと一華も口を開くが、真理がゆっくりと顔を上げた事により止まる。
「真理…………?」
「私、が。私が一華を一番見ていたと思っていた、守れていると思っていた。でも、一華が酷いことを言われているのに気づいたのは私ではなく、先輩だった。その場で解決して、一華に笑顔を戻したのは、先輩だった。私、ずっと一華と一緒に居たのに、気づけなかった…………」
高校でも影で一華はいじめられていた。
見えない所に痣が作られており、誰にも気づかれないように暴言も吐かれていた。それでも、一華は真理や他の人に心配かけないように平然を装い学校生活を送っていた。
それに一番先に気づいたのは、出会って間もないはずの優輝。
優輝は誰にも気づかれたくないと思っている一華の気持ちを尊重し、裏で手を回し迅速に解決へと持って行った。
出会って間もないはずの一華の苦しみを理解し、見返りを求めず手を差し伸べた。
「先輩は誰とも関らない、誰とも話そうとしない。この言葉、京子先輩の話は嘘ではなかったと思う。教室内の空気が物語っていた……。そんな、他人に興味のない人が、一華の事を哀れに思ってと言う理由だけで、あそこまで行動しないよ。もっと、先輩を信じてあげようよ!!! 先輩の、一華への気持ちとかさ!!」
真理が肩を上下に動かし、鼻息荒く言い切る。
彼女の言葉に、一華は眉を下げ苦し気に歪ませた。
目線を下げ、今までの彼の言葉や行動を思い出し考える。すると、横に垂れている拳が強く握られ、歯を強く食いしばった。
「…………私、黒華先輩に会いたい。会って、知りたい。黒華先輩の過去、なんで私に告白をしてきたのか。何で、私達と一緒に居てくれたのか。私、知りたい!」
今にも泣き出しそうな顔を浮かべている一華の決意の言葉に、真理は白い歯を見せ笑った。
真理につられるように一華も笑い、曄途は安堵の息を吐く。
「真理、ごめんね。そこまで真理に苦労かけていたなんて知らなくて」
「ううん。苦労なんて一度も思ったことないよ。私がしたいからしたの、私が守りたいから自分で決めたの。私、一華の笑顔が大好きだから」
一華もその場に立ち上がり、真理の手を握り、空いている方の手で涙を拭いてあげる。
お互い笑い合っていると、曄途も立ち上がり、二人に声をかけた。
「それでは、黒華先輩に会う為の行動を起こしましょう。おそらく、病欠だけではないですよ、学校に来ていないの」
「うん、確かに。それに、あの怪我も。多分階段から落ちたとかではないと思う」
「あれは誰かに殴られたりしたんだと思います。何とか隠していたみたいですが…………」
「うん、今も、どこかで絶対に苦しんでる。一人で抱えて、辛い気持ちを押し殺して。嘘の笑顔を浮かべているんだと思う」
胸を押さえ、一華は苦し気に眉を顰める。
「一人になんて、絶対にさせない。必ず、黒華先輩を見つけ出してやるんだから!!」
三人はまず行動を起こそうという話になり、優輝の事を詳しく知っていそうな人物に話を聞こうと職員室に向かった。
そこには一人、パソコン作業を行っている朝花の姿がある。
三人は顔を見合せ、職員室に入り朝花へと優輝に付いて問いかけた。
「先生」
「あら、蝶赤さんと糸桐さん。それに白野君まで? 三人そろってどうしたの?」
「黒華先輩の事で聞きたい事があるんですが、少しお時間いただけますか?」
優輝の名前が出た瞬間、朝花はやっぱりかと言うように目を伏せ、顔を俯かせる。
聞いてはいけないことを聞いてしまったと瞬時に分かった三人だったが、ここで引くわけにもいかないと、一華は再度問いかけた。
「先生、黒華先輩は本当に病欠なんですか?」
「…………そうよ。熱が続いているみたいなの。だから、もうしばらくは来れないみたい」
「でも、休む前日は全然そんな素振り見せませんでしたよ? 確かに怪我はしていましたが、本人は元気そうでした」
半分は本当で、半分嘘。
優輝は屋上から出る時、顔を真っ青にし、急ぐようにいなくなった。確実に体調を崩していたとわかる。だが、どうしても熱などと言った症状のようには思えない。
それも踏まえ、一華は朝花に問いかけ続けた。
「熱は朝に出たんじゃないかしら。そこまでは私も人伝にしか聞いていないからわからないわ」
「それじゃ、連絡して聞いてみていただいてもいいですか? 私達、心配で心配で仕方がないんです。今まで一緒に居たのに、急に何も言わずに学校に来なくなったので」
「あとで電話してみるわ。心配してくれてありがとね」
「今です」
「え?」
「今、電話してみてください。私達がいる前で」
絶対に引かないという意思を見せる一華に困惑しつつ、朝花は焦った様に冷や汗が頬を付い合い、引きつらせた笑みを浮かべた。
「そこまで心配しなくても大丈夫よ。本当に、ただの風邪だと思うわよ?」
「――――先生、何か隠していますよね?」
「っ、え? な、なんで?」
「さっきから挙動不審です。どうにか私達を黒華先輩に近付かせないようにしているような気がします」
一華が漆黒の瞳で朝花を捉え、離さない。すべてを見透かしているような瞳で見られ、朝花は体を震わせる。
「答えてください、先生。今、黒華先輩は、どこにいるんですか?」
一華は再度問いかけ、朝花に顔を近づかせる。
目を逸らす事が出来ず、朝花はわなわなと震える唇をかすかに開かせた。その時、がらっと職員室の扉が開かれる。
「っ、紫炎先生……」
真理が扉の方に顔を向けると、そこには3-Bの担任である紫炎陽先生が険しい顔を浮かべ立っていた。
「何をしているんですか、もう下校時間ですよ。今日は部活はないはずです、早く帰りなさい」
真理と曄途は一華を見て判断を仰ぐ。
最初は諦めずに質問しようとした彼女だが、陽の鋭く光る藤色の瞳に一瞬口がどもる。拳を握り一言「わかりました」とだけ言って職員室から出て行った。
真理と曄途も一華を追うように廊下に出て、職員室の扉をパタンと閉じた。
廊下を出た一華は、途中で足を止める。追いかけていた二人も自然と足を止め、一華を見た。
「えっと……。一華、この後どうする? また時間を見つけて先生に聞きに行く?」
「いや、多分何度行っても教えてくれないと思うから他の手を考えようと思ってる」
二人に振り返り、一華は言った。
彼女の言葉を聞き頷くが、他の方法などあるのかと、真理は難しい顔を浮かべてしまう。すると、曄途が手を上げ、言いにくそうに口を開いた。
「すいません、手がかりになるかわからないんですけど……。黒華先輩が一人で路地裏に行った日があったんです。車で帰っていた時、一人でした。何も用がないのに、路地裏に一人で行くなんて考えられなくて……。何か、あったんじゃないかと……」
「え、それはいつの話?」
「黒華先輩と僕が言い合いになってしまった日だったはずです」
一華がその日の事を思い出す。
記憶を思い返していると同時に、傷ついた優輝の姿が頭を過る。それと同時に、朝花から聞かされていた優輝の過去も一華は思い出した。
「そいえば、先輩。過去に精神を壊れそうになっていたと、侭先生言ってた」
「あ、そうだった。でも、人の言葉とかを気にしなさそうな先輩が精神を壊れそうになるほどの出来事って、何?」
真理も思い出すが、今までの優輝の言動や行動を見ていたため、首をひねる。そんな時、一華がぼそっと一言、呟き真理が顔を青くした。
「いじめ…………」
一華の一言で、真理の頭には一つの光景が蘇る。それは、一華が水を浴び暴言を浴びせられていた時の光景。自然と拳が握られ、真理の中に怒りが蘇った。
二人の会話を聞いていた曄途は話が見えず、戸惑いながら様子のおかしい二人に問いかけた。
「え、いじめ? まさか、あの黒華先輩がいじめられていたって事ですか? それこそ考えにくいのですが……。普通に返り討ちにしそう……」
「それは、確かに……。私達と一緒に居た黒華先輩からでは想像すら出来ないと思う。でも、いじめはおそらく、昔から。小学校から起きていてもおかしくなかったと思う。私が、そうだったから…………」
胸を押さえ、悲し気に目を伏せる。そんな彼女を見て、曄途は申し訳ないというような瞳を浮かべ、気まずさを誤魔化すように顔を逸らした。すると、真理が曄途について気になる事が出来問いかけた。
「そういえば、白野君は個性の花でいじめられたりはしなかったの?」
「あ、はい、僕の場合は背後が大きかったので、孤立程度で済みました」
彼からの何気ない言葉に、二人は納得。真理は蘇った怒りを抑えるため、大きく深呼吸をした。
「孤立も孤立で嫌だけど………。それより、先輩が仮にいじめられていたとして、今更先輩をどうにかしようとか、普通ある?」
「偶然出会ってしまって、面白半分ではやりそうなんだよね。いじめっ子の考える事なんて心底どうでもいいし考えたくないけど」
「一華…………」
一華から放たれたとは思えないほどの怨みが込められた言葉に、真理は顔を引きつらせ、曄途も何も言えず冷や汗を流す。
「まぁ、今はそんなことどうでもいいんだけど」
「どうでもいいんだ…………」
またしても、一華からの予想もしていなかった言葉に真理はたじたじ。そんな彼女を無視し、一華は顎に手を当て考え込んだ。
「黒華先輩を白野君が見かけた時、一人じゃなくて元いじめっ子と接触してしていたんじゃないかな」
「え、マジ?」
「うん。だって、白野君が黒華先輩を見かけたのが屋上での出来事の放課後。その後から黒華先輩は学校に来なくなった。それで、次に来た時には傷だらけ。タイミングがおかしいよ。黒華先輩の様子もおかしかったけど」
一華は思い出しながら頭の中で整理をする。彼女の推理を聞いている二人は納得したように頷き、曄途は優輝を見た時の光景を思い返す。
「確かに、僕は先輩の後姿を確認できただけです。前方に誰かが居たとしても、周りは建物に囲まれていたため確認のしようがありません」
曄途の言葉に一華はまたしても考え込む。から
「まだ確実なものはわからないけど、もし今も黒華先輩がいじめっ子によって深い傷を負っていたとしたら、絶対にほおってはおけない。早く見つけないと」
「うん!」
「はい!」
叫びに近い一華の声に、二人も同調するように力強く頷き、外へと走り出した。
三人はまず、曄途が優輝を見かけた繁華街の路地裏に行ってみようと思い、三人で向かっていた。
「夕方と言っても、沢山の人がいるね」
真理が言うように、周りは親子連れでお買い物を楽しんでいる人や、学校帰りの放課後デートを楽しんでいるカップルなど。人でにぎわっており、三人は周りに気を付けながら例の路地裏へと辿り着く。
雑貨屋と服屋の建物の隙間には、人が一人通れる程度の隙間。覗いてみると道を遮るようにゴミが投げられ、そこに餌を探してさ迷っていたであろう野良猫が群がっている。
夕暮れが建物により遮られ薄暗く、不気味な雰囲気が漂っており、三人は一瞬委縮してしまう。だが、負けてなる物かと一華は自身を奮い立たせ中に足を踏み入れた。
「あ、待ってよ一華!!」
真理が先に行ってしまった一華を追いかけ、そんな彼女の後ろを曄途が付いて行く。
体を震わせながら薄気味悪い道を歩いていると、道が広がり始めた。
二人くらいなら横で並んでも大丈夫な広さになった道。そこを歩いていると、一華が何かを見つけ駆けだした。
「これって…………」
薄暗い道に光る、一つの輝き。地面に落ちている”それ”を拾い上げると、見覚えのあるリング状のピアスだった。
「これって、もしかして黒華先輩の?」
「あ、確かに。黒華先輩、いつもピアス付けていましたよね――あ、あれ?」
曄途がリング状のピアスを見ると、何かを思い出したように声を上げる。
「そういえばなんですが、僕と言い合いになったあの時、屋上で。黒華先輩、ピアス、付けていましたっけ?」
「あ、確かに……? 今改めて思い出してみると、なかった……かも」
一華は曄途の言葉で、あの時の出来事を何とか思い出そうと空を見上げる。真理は二人の会話を聞きながら周りを見回していると、建物の壁に刃物か何かでひっかいたような傷跡が出来ていることに気づく。そこには、なにかを塗ったかのように壁が変色していた。
「これって…………」
真理が呟くと、頬にぽちゃっと何かが当たり空を見上げた。
「あれ、これって」
真理が空を見上げると、一華達もつられるように空を見上げた。すると、突如雨が勢いよく降り注ぎ三人を濡らしてしまう。
「最悪!!!!!!」
真理が叫び、一華は慌ててピアスをポケットに入れ路地裏から出ようと駆けだした。
路地裏から出て、すぐにあるお店の屋根で一休み。
制服がびしょぬれになり気持ち悪く、三人はげんなりとした顔を浮かべた。
「ここからだと家まで遠いなぁ…………」
「同じくです」
「白野君ならお迎えとかお願いできるんじゃない?」
「できますが、こんな姿を見られたら、またネチネチ言われて明日から送迎の日々に逆戻りです。そんなの嫌です。歩いて帰って、気づかれないように家に入り、真っすぐお風呂に行き証拠を隠滅します」
遠い目を浮かべ言う曄途の肩に、二人は肩をポンと置いた。
彼を見る瞳は同情するようなもので、曄途は思わず二人の瞳に口元を引きつらせる。
真理がケラケラと笑っていると、おもむろに一華を見た。
「ねぇ、一華。ここからだと一華の家が一番近いよね?」
「確かにそうかもしれないね。白野君もさっき、ここからは距離があるって言っていたよね?」
「はい。ここからだと歩いて二十分くらいかかります」
「それなら、私の家で雨宿りして行こうか」
一華は曄途のポケットからスマホを取り出しメール画面を開いた。
「よし、お母さんに連絡入れたから大丈夫。行こうか」
「めっちゃ助かる! ありがとう!!」
二人が当たり前のように駆けだそうとしている後ろで、曄途が慌てて二人を呼び止めた。
「あの、僕もいいのですか? 一応、僕は男なのですが…………」
「一華のお母さんとかあまりそこは気にしないはずだよ? ね、一華」
真理が一華に問いかけると、彼女も小さく頷いた。
「気にしなくてもいいよ、白野君。それに、室内の方が黒華先輩についても、一緒にじっくりと考えられるでしょ?」
「それは、まぁ、そうですけど…………」
まだ不安を滲ませている彼の手を真理が掴み「行くよ!」と、無理やり走らせた。
「え、あの! 待ってくださいよぉ!!」
曄途の情けない声と共に、真理の楽し気な笑い声が重なる。一華も二人を見て薄く笑みを浮かべながら雨の中を走った。
三人は途中、雨宿りできそうな所を見つけては一休みし、十分程度で一華の家にたどり着いた。
急いで玄関のドアを開け、三人は駆け込むように家の中へと入る。
「ひえぇ、びしょびしょ」
「待てて、今タオル持ってくるから」
玄関から廊下が続き、左右には扉が二つ。
一華が廊下に上がると同時に、廊下の突き当りにある扉が開かれた。そこから一華に雰囲気の似た、一人の女性が白いエプロンを付け出てきた。
その人は一華の母親。名前は蝶赤葵、個性の花は向日葵。黄色の肩まで長い髪を揺らし、黒い瞳で濡れた三人を見て驚きの声を上げた。
「あら、あらあら、びっしょりじゃない。待っていて、今すぐタオル持ってくるから」
言いながら葵は奥の部屋に戻って行く。
「今のは、もしかしなくても蝶赤先輩のお母様ですか?」
「そうだよ。玄関の開く音で来てくれたみたい」
「若いですね……。お姉さんと言っても違和感ないかも」
「確かに若いよねぇ、一華のお母さん。実際、いくつなの?」
三人が奥に行ってしまった母親を待っている時、真理が一華に問いかけた。
「えぇっと。確か、三十六だったかな」
思い出しながら言うと、曄途は目を丸くして指折り数える。
「え、おかしくないですか? だって、先輩って十七ですよね? そうなると、先輩を生んだのが十九の時になりませんか?」
「デキコンだったんだって。でも、そんなの木にしないくらい、私の両親今もラブラブだよ? 周りが恥ずかしくなるくらいにさぁ」
困った様に一華が話していると、奥のドアが開かれタオルを三枚持ってきた葵が慌てた様子で戻ってきた。
「これで頭と体を拭いて。一華は早く着替えなさい。あと、真理ちゃんも。一華の服を着ても大丈夫だから着替えてきて。それと…………」
見覚えのない曄途の姿を見て、口を閉ざす。
自己紹介していないことに気づき、曄途は慌てて姿勢を正し一礼。名前を名乗った。
「あ、申し遅れました。僕の名前は白野曄途といいます。今日はいきなり訪問してしまい誠に申し訳ありません。少ししましたらすぐに出ていきます」
「え、白野って。大手食品会社を経営している…………あの?」
「あ、はい。経営しているのは僕の父様ですが…………」
葵の質問に、曄途は気まずそうに顔をそらし、目を伏せる。渡され、肩にかけた白いタオルを強く握った。
彼の様子を隣で見ていた一華が訂正するように口を開く。
「お母さん、確かに大手食品会社を経営している社長が白野君のお父さんだけど、今の白野君には関係ないよ。だから、そこは気にしなくてもいい」
「あら、そう。それなら、白野君。貴方も着替えて頂戴、そのままだと風邪をひくわ。服はお父さんのがあるから、少し大きいとは思うけど、貸すわよ。待っていて頂戴」
一華の説明を聞き、葵は安堵の息を零す。最後にそれだけ残すと、彼女は奥の部屋へと再度行ってしまい、何も言えなかった真理と曄途は唖然。一華だけは当たりまえのように廊下を進む。
「行かないの?」
「…………はい」
「一華のお母さんって、あんなに強引だったっけ?」
唖然としながらも言われるがまま中へと入り、三人は渡された服に着替えた。
三人は着替え、出されたホット牛乳を片手にリビングに座る。一つのテーブルを四人で囲い、体を温めるためホット牛乳を飲んでいた。
「しっかり体を温めなさいね。家に電話はしておく?」
「あ、ちょっとしてきてもいですか?」
「ええ、してきなさい。真理ちゃんは大丈夫?」
「私の親は今日も遅いので、たぶん家にいないです。だから、大丈夫ですよ」
曄途はスマホを片手に廊下へと行き、真理は笑顔で大丈夫と伝えた。
「でも、長い間ここにいるわけにもいきませんよね。すぐに出ます」
「気にしないで、大丈夫。雨が止むまでいていいのよ」
葵は笑みを浮かべながら立ち上がり、台所へ向かう。
目で追っていると、綺麗に整頓されている台所が目に映る。そこには、一輪の赤い薔薇が瓶に活けられていた。
「いつも台所に赤い薔薇あるよね。あれって一華が出しているの?」
「うん。お母さん、赤い薔薇好きなんだって。だから、枯れたら私がまた出しているの」
「そうなんだ、なんか嬉しいね。個性の花がこのように使われるの」
「うん!! 薔薇と聞くだけで周りの人は最初、変な顔をするの。薔薇は何色だったとしても異質だから…………。だから、お母さんが喜んでくるのなら、私はいくらでも出してあげたい。異質で、周りから認められない、赤い薔薇を」
母親の背中を嬉しそうに細められた瞳で見る。
個性の花が薔薇というだけで、今まで様々な苦労をしてきていた。
赤い薔薇は女神と呼ばれているが、薔薇を出す人に愛されなければ手から弦が出て体を締め付け動けなくする。そのため。赤い薔薇を持つものは男たらしだの、男に目がないだのと。根も葉もない噂を流されたりしていた。
「薔薇というだけで、なんで周りの人は嫌がるんだろう。確かに、個性の花はその人を表すと言うけど、必ずしもその人を表しているわけではない。花言葉をすべて真に受けるなんておかしいよ」
「たしかに、個性の花で人生を狂わされるなんて御免だよね。個性の花がすべてじゃない。その人自身を見ないと、本当の絆は生まれないと思う」
胸を張って言い切った真理に、一華も賛同するように力強く頷いた。すると、タイミングよくげっそりとした曄途がスマホ片手に戻ってくる。
彼が椅子に座ったことを確認すると、真理がおずおずと声をかけた。
「あ、お帰りなさい……。大変だった?」
「運悪く、じぃやが電話を取ってしまって。しかも、ワンコールの途中で」
「わ、わぁお……。完璧、待機されていたね……」
「なんとか用件だけを伝え、最後は何か言っていましたが強制的に通話を切ってきました。帰るまでに言葉を考えなければなりません……」
再度大きなため息を吐く曄途の肩をぽんぽんと優しく叩き、真理は哀れみの瞳を向ける。一華も大変だなと思いつつホット牛乳を一口、飲んだ。
「ところで、何のお話をされていたのですか?」
「ん? 台所に置かれている赤い薔薇がきれいだなって話していたよ」
真理の言葉に、曄途は条件反射で台所を見た。底に飾られている一輪の赤い薔薇を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。
「あのような使われ方をされるのは、嬉しいですね」
「うん」
三人で赤い薔薇を見ていると、曄途が思い出したように「あ」と言葉を零す。
「あの、今ふと思ったのですが。赤い薔薇、白い薔薇の言い伝えは大体決まっていますよね?」
なぜいきなりそのようなことを聞くのか。一華と真理は疑問に思いながらも頷いた。
「赤い薔薇は女神と呼ばれ、薔薇を出す人から愛されなければ手から弦が現れ動けなくなる。白い薔薇は天使と呼ばれ、人を一途に愛さなければ体中に薔薇の痣が現れる。これ以外の言い伝えはありません。ですが、黒い薔薇は花言葉が悪い印象を与えるものばかり。言い伝えまではそこまで広まっていなかったはずですよね?」
「…………確かに。黒薔薇については私も良くわかってないかも」
「僕も白い薔薇しか調べてこなかったため、詳しくはわかりません。ですが、あまり調べてこなかった赤い薔薇については僕でも少しはわかります。もしかしたら黒華先輩、言い伝えを知っており、技と僕達から離れたとか…………ないですかね?」
曄途の言葉に二人は顔を俯かせ、考え込む。
優輝の性格上、十分にあり得る曄途の考えに、体を震わせた。
すると、タイミングよく台所から戻ってきた葵が三人の様子を見て首を傾げた。
「どうしたの? 何かあった?」
葵が聞くが誰も答えようとしない。顔を俯かせ、沈黙を貫く。
首を捻り何があったか考えるがわからず、葵は冷静に一華の隣の椅子に座り、彼女の膝に置かれている手を包み込むように添える。
ゆっくりと下げていた顔を上げ、一華は葵の方へを顔を向けた。
「どうしたの?」
先ほどと同じ言葉だが、口調が優しく、冷えた心を温かくしてくれるような感覚に、一華は不安で潤んだ瞳で葵を見つめ助けを求めるように言った。
「お母さん、どうしよう。私の大事な人が、このまま戻ってこないかもしれない!」
涙を流し、縋ってくる娘の背中を撫で、葵は暖かな手で抱き留める。
「落ち着いて、大丈夫。話してごらんなさい」
今にも泣き出しそうな一華の頬に手を添え、葵は優しく諭す。
あふれ出そうな涙を拭きとり、一華は目線を落としながら今までの経緯を話しだした。
高校の先輩が自分に告白をしてきたこと、学校で酷いいじめにあっていたが、助けてくれすぐに解決してくれた事。自分を落とそうと毎日のように声をかけてくれていたこと。
その先輩の個性の花が黒い薔薇であること、痕跡すら残さず失踪してしまったこと。
途中、怒りや悲しみなどといった、複雑な感情によりうまく言葉に出来なかったが、母親が安心させるように声をかけてあげたり、真理や曄途が補足をしたため、何とか伝えきることができた。
三人の話を聞いた葵は、眉間に深いしわを寄せ、考え込む。
「…………そうねぇ。黒い薔薇については、私が学生の時、少しだけ調べたことがあるわ」
「え、そうなの? でも、なんで?」
「私の親友だった人の個性の花が、黒い薔薇だったからよ」
葵の衝撃の告白に、三人は驚きすぎて口をあんぐり。何も言えず、思い出しながら語る葵を見た。
「私の友人に、黒い薔薇の子がいたの。その子は女の子だったのだけれどね。その子は周りから酷いいじめを受けていた。理由は、個性の花が黒い薔薇だから」
いじめの原因が個性の花。なぜ、個性の花だけで酷いいじめが起きてしまうのか。
怒りを表に出さないよう拳を握り、一華は葵の話を邪魔しないように口を閉ざし続けた。
「教科書を隠され得たり、机に酷い悪口を書かれたり。学校の裏では、服に隠れているところに暴力。お金をせびった時もあったみたい。それもこれも、すべては個性の花が黒い薔薇だから」
話を聞いただけで怒りがふつふつと芽生えるのと同時に、自身がいじめられていた記憶も共に蘇り、我慢できなくなった一華は”バン!!”とテーブルを強く叩いた。
「何で!? なんで個性の花だけでそこまでやられなければならないの!? どうして個性の花が薔薇なだけで、周りから酷いいじめを受けなければならないの!? 納得ができない!!」
怒りのままに立ち上がり、甲高い声で叫ぶ。彼女と同じ気持ちの真理と曄途も怒りで顔を赤くし、怒りを表した。
「本当にそうだよ!! 個性の花だけがその人じゃない。なんでそんな当たり前なことを周りの人はわからないの!!」
「まったくですよ。理解ができません」
二人の言い分に葵は悲しげに微笑み、目を伏せ先ほどから変わらない声で二人の質問に答えた。
「黒い薔薇は、マイナスな言い伝えしかないのよ」
静かな声から放たれた言葉に三人は息をのみ、葵に注目した。
「私が調べた限りでは、黒い薔薇は悪魔と呼ばれ、忌み嫌われていたらしいの。他には悪魔の子や、悪魔の生まれ変わりなど。それに加え、黒い薔薇の花言葉は、恨みや憎しみといったものが挙げられる。調べれば他にも花言葉はあるのだけれど、この二つが有名になってしまい、皆黒い薔薇を出す子とは仲良くしたくないみたいなのよ」
過去を思い出し、親友がされてきた酷い仕打ちに葵は下唇を噛んだ。
顔を俯かせ、表情は三人に見せないように配慮しつつ、怒りを隠し通す。
苛立ちが芽生えた葵だったが、深呼吸をして落ち着き、話の続きをした。
「黒い薔薇の噂に尾びれがつき、近づくとこちらにも不幸が降り注ぐだの、個性の花を悪魔に侵食されるだの。根も葉もない噂が流され、真実かも分からない言葉に踊らされ、周りの人達は黒い薔薇を出す私の親友を避け、いじめを始めた。私はそんな言い伝えより、彼女の人柄が好きだったからずっと一緒にいたし、守りたいとも思った。でも、結局、守ることが出来なかったわ」
「守ることが、出来なかった……?」
過去形になっている事に疑問を抱き、怖々と一華は母親に問いかけた。
「三本の薔薇の言い伝え。赤い薔薇は、薔薇を出す人から愛されなければ手から弦が現れ動けなくなる。白い薔薇は人を一途に愛さなければ体中に薔薇の痣が現れる。黒い薔薇は、嘘をつき続けると花吐き病が発症してしまう。私の親友は、いつも私にこう言っていたわ。『大丈夫』とね。私もその言葉を信じ、深く聞こうとしなかった。けれど、あの子の最後の姿を見て、私の判断は間違えていたと、自覚してしまったの」
母親の続きの言葉が聞こえた時、三人は今まで以上に顔面を青くし、一華は恐怖のあまり椅子をがたっと鳴らし逃げる後退する。
緊張が走る中、葵から放たれた言葉は、三人にとって衝撃過ぎて言葉を発する事が出来なかった。
「私が最後に見た親友の姿は、花吐き病が発症し、口から大量の黒い薔薇を出し絶滅している姿だったのよ」
顔を青くし、わなわなと身体を震わせる三人。
そんな三人を見回し、葵は話したのはまずかったかなと苦笑。空気を変えようと、パンっと手を叩いた。
「はい、私の話はこれで終わり。どんなに悲惨なことが過去に起きていても、それは過去よ。また、同じことを繰り返さなければ問題ないわ」
自身の体を両腕包み込み、ガタガタと震える体を押さえつけている一華を見て違和感を覚えた葵。眉をひそめ、彼女の両肩に手を置き、軽くゆさぶった。
「一華、どうしたの? なんで、そんなに震えているの?」
確かに怖かったかもしれない、そう思った葵だが、ここまで一華が怖がるのはおかしい。そう思い問いかけるが、一華は恐怖で喉が絞まり、上手く言葉を出すことが出来ない。それでも答えないとと、何とか言葉を絞り出した。
「く、黒華、先輩は……」
乾いてしまった喉を潤すため、一度唾を飲み込み、か細い声で最低限の言葉を発した。
「先輩は、よく、『大丈夫』と、言って、いました……」
か細く、耳を傾けないと聞こえないほど小さく震えている声だったが、葵の耳にはしっかり届き、目を開き顔を青くした。
葵の親友の口癖は『大丈夫』。
辛くても、悲しくても。親友である葵を悲しませたくない、辛い思いをして欲しくないと思い、『大丈夫』という言葉を何度も使っていた。
何度も、何度も使っていた。大丈夫じゃなくても、今すぐに逃げ出したいと思っていても。
彼女はいつも同じ言葉を言っていた。
それは、今の優輝と同じ。
優輝も一華達から大丈夫かと聞かれた時、必ず『大丈夫』と言っていた。
大丈夫ではなさそうに見えても、彼なら『大丈夫』と答えてしまう。
それがわかっている一華は、今以上に聞いても答えてくれないだろうと諦め、納得した振りを続けた。
葵も、今の一華と同じ選択をして、その結果、大事な友人を失う結果となってしまった。
一華の現状と葵の話があまりに似ており、結末まで一緒になってしまうんじゃないかと。想像すらしたくないのに、頭には最悪な光景が映り出す。
「い、いやだ……」
頭に浮かぶ光景を消そうと頭を抱え、目からは大粒な涙がぼろぼろと落ちる。
体をガタガタと震わせ、膝から崩れ落ちた。
「いやだ」と同じ言葉を繰り返し体を震わせる一華を見て、葵は唖然。だが、すぐに下唇を噛み、拳を握る。
その場に崩れ落ちた一華と同じ視線になるように、片膝をつき彼女の肩を両手で掴んだ。
「しっかりしなさい一華!!!」
「っ!?」
葵の叫び声により、一華は震える体のまま彼女を見あげた。
「いい? 黒華先輩がどのような子か私は分からない。けれど、まだ諦めるには早いと思うの。私の時は何も行動を起こすことなく終わってしまったけれど、貴方達にはまだ時間があるわ。行動を起こす時間が。ここで震えていても、誰も助からない。ここで怯えていても、貴方の大事な人は助からないの。助けたいのなら、行動を起こしなさい、考えなさい、調べなさい。このまま脅えているだけでは、一生後悔する結果となるわよ」
葵の薄紅色の瞳が恐怖している一華の心を射抜き、発破をかけた。
今まで葵にここまで強く物事を言われたことがない一華にとって、今回のは初めてのこと。今までの葵とは思えない態度、言動に目を丸くする。だが、直ぐに顔を俯かせ黒い瞳を揺らした。
このまま行動を起こさなければ一生後悔する結果となる。
葵の言葉に、胸が鷲掴みされ苦しい。それと同時に、このままでは駄目だと自分を奮い立たせることが出来た。
横に垂らしている手を強く握り、下げた顔をゆっくりと上げ、一華を見ている母親と目を合わせる。
一華の黒く、光のある瞳は、真っ直ぐ葵の薄紅色の瞳を見つめ、視線が交差した。
先程までの恐怖心は感じられない。凛々しく迷いのない瞳を目をしており、葵は安心したかのように息を吐き、肩を掴んでいた手をそっと離した。
「貴方は私の自慢の娘、大丈夫。貴方なら、貴方達なら、必ず大事な人を助けることが出来るわよ」
「うん、ありがとう、お母さん!!」
「ええ。私にも出来ることがあるのなら言ってちょうだい。何でもするわ」
一華の頭を撫でながら言うと、「それじゃ」と一華が一つ、母親に提案した。
「私、もっと黒い薔薇について知りたい。個性の花について調べられる所って、ある?」
「そうねぇ。図書館とかにはあるけれど、一般的な物しかないわ。黒い薔薇が書かれているかどうか……」
頬に手を当て考えていると、先程まで話を聞いていた曄途が手を挙げた。
「個性の花は、僕も調べたことがあるので、まだ家に資料が残っているはずです。なので、個性の花については僕が調べます。蝶赤先輩と糸桐先輩は黒華先輩について聞いていただけると嬉しいです」
「でも、調べると言ってもどうすればいいの? 私達は先輩について詳しく知らない。家すらも、知らないの。頼りの綱である侭先生は絶対に口を割らないだろうし……」
曄途の言葉に真理が自信なさげに言う。
うーんと一緒に考えていると、何かを思い出したかのように曄途は「あ」と声を上げた。
「侭先生なんですが、様子がおかしかったですよね。何かを隠しているような感じでした」
「それは他の教師にも言える事じゃない? だって、黒華先輩は風邪じゃないもん。絶対」
「では、先生達は何を隠してるのでしょうか」
一華は曄途の言葉に首を傾げる。真理も同じく首を傾げ、眉間に皺を寄せた。
そんな時、葵が過去に調べた記憶を頼りに口を開く。
「確か、赤い薔薇と黒い薔薇は交じり合ってはいけない。そのような話を耳にしたことがあるわ」
「それって、なんで?」
葵の言葉に一華が疑問の声を上げる。
質問に答えようとするが、肝心なところはわかっておらず首を横に振る。
「ごめんさない、そこまではわからないわ。確か、が㎜ばって図書館とかで調べようとしたのだけれど、これだけは出てこなかったはずなのよ」
葵の言葉に三人は肩を落とす。
でも、すぐに顔を上げやる事を話し合った。
「先生は多分、黒い薔薇と赤い薔薇が交じり合ってはいけないことを知っているはず。もしかしたら、私と黒華先輩を引き離そうと何かをしているのかも」
「それはあり得るよね。聞き分けのよさそうな黒華先輩を選んだのも何かありそう。どこかで監禁されているとか?」
「もし、監禁な度でしたら侭先生が一番怪しいかもしれませんね。一番距離が近いため、怪しまれることなく事を進められるでしょう」
三人はお互いに目を合わせ、力強く頷く。
「明日からのやるべきこと、整理出来ましたね」
「そうだね。私と真理は明日職員室に向かうわ。白野君は黒薔薇に付いてと、お母さんが言っていた言い伝えについて調べてほしい」
「わかりました、任せてください」
これからの動きを話し合った三人は、明日から実行すると伝え、一華は雨が上がった外へと二人を見送った。
一華の家を出て、危険だからと真理を送った曄途は、夕日に照らされている豪邸にたどり着く。
豪邸を囲むように塀があり、そこには「白野」という標識。
一言で表すのなら洋風建築。問の奥には噴水があり、草花が綺麗に整備されている。
庭園も完備されており、そこでお食事なども楽しめるようにテーブルや椅子まで用意されていた。
曄途は当たり前のように中へと入ると、執事が出迎える。
「曄途おぼっちゃま、お帰りなさいませ。ご連絡はありましたが、これからはここまで遅くなるようでしたら、またお迎えにあがりますので、そのおつもりで。あと、途中で通話を切るようなことも今後はおやめください。必ず最後までっ――――」
「じぃや、今はじぃやの話をゆっくり聞いている時間はないんだ。小言なら後で聞く。今は通してくれないか?」
執事の言葉を遮り、曄途が言い切った。
今までこのような態度をされて事がない執事は腰を折りながら目を開く。だが、相手に悟られぬようにすぐ平静を取り戻し顔を上げた。
「何を言っているのですか曄途おぼっちゃま。駄目ですよ、人の言葉をとちゅで遮っては。まったく、今までの教育は間違えていなかったはず。やはり、学校と言う所に連れ出してしまったからなのでしょう。曄途お坊ちゃま、途釣り合う人間がいない学校に通わすべきではなかった。体育大会でご一緒していたあの底辺と曄途おぼっちゃまは関わってはならなかったのですよ」
この後もぶつぶつと不満を口にしている執事を見て、曄途は体をプルプルと震わせ始める。そんな彼の様子など気づかず、執事は大きなため息を吐き白い手袋を付けている手を差し出した。
「では、おぼっちゃま。荷物をお預かりいたします。この後っ──」
――――――――パンっ!!!
執事がいつものように荷物を預かろうとした時、辺りに乾いた音が響き渡った。同時に執事の困惑声と曄途の怒りで震えている声が聞こえた。
「っ、おぼっちゃま?」
「じぃや、もう僕を縛り付けるのはやめてくれないか」
「縛り付ける? 何を仰っているんですか。貴方は次期社長。縛り付けるなんてそんなことっ――――」
「実際にしているじゃないか!! 僕はあんたの理想の人形とかではない、言いなり人形じゃないんだ。僕の交友関係や行動、将来の夢はあんたが決める事ではなく、僕自身で決める事だ。あんたの理想なんて関係ない。僕は、先輩達と一緒に行動したいからしているんだ。位や立場とか関係なく、先輩達だからこそ、僕は一緒にいたいと思うし、助けたいと思うんだ。そんな僕の気持ちを踏みにじるのなら、あんたを今日限りでクビにする」
クビという言葉に執事もさすがに慌て始め、いつもの落ち着きのある口調は無くなり、焦り口調へと変化した。
「何を言っているのですがおぼっちゃま。私をクビに? そんなこと、出来るわけ無いではありませんか。お忘れですか? 貴方が昔、一人で寂しかった頃、誰が一番遊んであげたのか。誰が一番、貴方と共に行動してきたのか」
「分かっているよ、じぃや。じぃやが一番僕と遊んでくれたし、一人で寂しい思いしている僕を励まし、一緒にいてくれた。じぃやには本当に感謝している」
「それならっ――――」
「でも、それは昔の僕であって、今の僕では無い!」
執事に負けない声量と勢いで、曄途は眉を吊り上げ言い切った。
「今の僕を大事にしてくれないのなら、じぃやは即刻クビにするように父様に話す。言っておくけど、今まで僕をコントロールして、自分の都合のいいように物事を進めようとしたのは知っている。父様にも話している。これ以上なにかすれば、タダでは済まないよ」
執事の目的は、曄途を社長の座まで育てあげ、その功績を利用し、自身を社長補佐にしてもらうこと。
社長補佐になれば、今以上に自由に動くことができ、給料が増えるだろう。
肩書きを利用し、自由に生きていこうとした執事の思惑を掴み、曄途は父様に話をつけていた。
まさか、ここまでバレているとは思っていなかった執事は顔を赤くし、怒りと焦りで体をプルプルと震わせ始めた。
じぃと、今の執事を見ている曄途は浅く息を零し、歩みを進めた。
祖なりを通り過ぎようとしたとき、足を一度止め小さな声で呟く。
「僕はこれからやらなければならないことがある。もう言い返す事が出来ないのなら、僕の邪魔をしないで」
執事の様子などを完全に無視し、曄途は駆け足で豪邸へと入っていく。
その場で歯ぎしりをし、悔し気に顔を歪めている執事は、血走らせた目を豪邸の中に入って行った曄途へと向けた。
「餓鬼の分際で。このまま終わらすと思うなよ」
三人はお昼休み、屋上で待ち合わせをし、打ち合わせ、行動に移した。
曄途は家で様々な個性の花が書かれている本をあさり調べ、それでも足りず。少しでも知識を蓄えようと図書室に行き調べたり、様々な人の話を聞いたりしている。
生徒達は今まで話したことがない曄途から声をかけられ驚きつつも、仮面の笑顔のおかげでスムーズに話を進めることができていた。
一華と真理は曄途途は別行動、職員室に向かっていた。
放課後まで待ち、時間はおわりのSHR。二人は体調が悪いと教室を抜け出し、職員室の扉の前に立っている。
周りには誰もいない、足音もない。それを確認し、職員室の扉をゆっくりと開いた。
顔だけを覗かせ中に人がいないか見回すと、二人は「「ゲッ」」と不満の声を漏らした。
「…………最悪」
「こういう時に限っているんだもんねぇ。紫炎先生」
二人の目線の先には、パソコンに向かって仕事をしている3-Bの担任、紫炎陽の姿。
二人が用事あるのは、彼の隣の席にある、朝花のパソコン。
パソコンは情報の倉庫、絶対に何かある。時間がない二人は、今彼に気づかれないようにパソコンを見ることは出来ないか考えた。
「…………私が反対側から先生を呼べば、来てくれるかな」
「来てくれるとは思うけど、話を繋げること出来る? 視線とかも気づかれないようにしないといけないよ?」
「一華、お願いしてもいい?」
「自信ないけど、やってみるよ」
ため息を吐きながら一華は立ち上がり、もう一つのドアをへと向かう。お互い頷き合い、タイミングを計り一華は息を吐き、ドアを開けた。
「先生」
「ん? 今はSHRのはずですよ。なぜここにいるんですか?」
「体調が悪くて、少し休んでいたんですが……。どうしても気になることがあり、少しいいですか?」
ドアから動こうといない一華に、陽は疑問を持ちつつも立ち上がりドアへと向かって行った。
場所を移動したことを確認すると、真理が机などを使い彼の視界に入らないように朝花の机へと向かって行く。
パソコンを立ち上げる前にドアの方を確認すると、まだ話を繋いでくれている。だが、職員室からは出て行ってはくれない。
すぐにパソコンのキーボードに手を添えると、何故か急に画面がぱっと明るくなった。
「え、スリープモードになって……た? 都合よすぎない?」
驚きつつも 真理はラッキーと考えマウスを操作、ファイルを確認し始めた。すると、一つだけ鍵付きのファイルを見つける。
クリックするが当然、暗証番号を入力する画面に出てきてしまった。
「ちっ」
舌打ちを零しつつ他に手がかりがないか探す。
ちらっとドア付近を見てみると、まだ一華が話を繋いでくれている。だが、焦っているような表情。時間がないと真理は焦り汗が落ちる。
息を吐き画面に集中していると、一華の真理を呼ぶ声が聞こえ咄嗟に顔を上げた。
「あっ……」
隣には、腕を組み真理を見下ろしている陽の姿と、その後ろでは悔し気に顔を歪めている一華。
流石に時間をかけすぎてしまったらしく、陽が気づいてしまった。
「あっ…………死んだ」
もう終わったと真っ青にする真理に、陽は冷静に問いかけた。
「何をしているのですか?」
地を這うような低い声に、真理は「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。涙目になり、一華に助けを求めた。
「どうしたんですか? 質問に答えてください。今やっていた事が悪い事なのはお判りでしょう? なぜ、罪を犯してまでこのような行動を起こしたのか、ご説明をお願いします」
「あの、真理は私がお願いして協力をしてくださったんです。なので、私が答えます」
「では、蝶赤さんに聞きましょう。なぜ、このような事をしようと思ったのですか?」
一華が冷静を務め、真理の助けに入る。
陽は目線だけを後ろにいる一華に向け、冷静に問いかけた。
「黒華先輩が風邪で休んでいると聞きました。ですが、それでは納得が出来ないのです。それに、先生達が何かを隠しているようにも思えます。なので、独自で調べようと思いました」
「なるほど。それで、一番黒華君と関わりの深い侭先生を狙ったという事ですね。担任である私ではなく」
その言葉に、一華と真理は陽越しに顔を見合せポカンと口を開いた。
「「あっ」」
「まさか、私が黒華君の担任だとお忘れだったのですか?」
「…………あまり話したことがなかったので…………」
目線を逸らされ言われた陽は、自身には興味が無いと言われたと思いショックを受けた。
顔を引きつらせ、頬をぽりぽりと掻く。ゴホンと咳ばらいをし気を取り直し、真理が立ち上げたパソコンを覗き見た。
「あれ、パソコン立ち上げる事出来たんですね」
「え、は、はい。スリープモードになっていましたので……」
真理の返答に陽は目をかすかに開き、顎に手を当て考える。
いきなり静かになった陽に、真理は一華の隣に移動し顔を見合せた。
「これ、セーフ?」
「わからない。紫炎先生が何を考えているかによると思うよ」
二人がきょとんとしていると、陽は鍵付きのファイルをクリック。パスワード画面を開き、解除。中の資料を確認した。
「え、先生?」
一華が声をかけるが、パソコンの操作を続ける陽。何を考えているのかわからない二人だが、画面を覗き込もうとそっと近づき陽の隣に立ち覗きこんだ。
画面にはメールのやり取りが保存されている。
びっしりと敷き詰められている文字に、真理は一瞬で脳が拒絶。無理無理と、一華に全てを託した。
眉間に皺を寄せ画面を見る一華は、陽と同じく考え込む。
「紫炎先生、私達に見せてもいいのですか?」
「……本来はだめですよ。内容を見ればわかりますよね」
メール内容は、『黒い薔薇と赤い薔薇が一緒に行動している。黒い薔薇が赤い薔薇に告白をした。このままでは黒い薔薇と赤い薔薇が交わってしまう。
女神の封印が解かれる、二人を引き離さねば』
このようなやり取りが書かれている。それだけならまだいい。
最後の文面には、教師が考えてはいけないことが書かれており、一華は目を大きく見開いた。
「黒い薔薇を、監禁?」
優輝を監禁させるという言葉が書かれていた。それも、送信したのは朝花。
唖然としていると、SHRが終わるチャイムが鳴る。このまま職員室にいると他の教師達が戻ってきてしまう。
真理はドアを気にしながら一華と陽を交互に見た。
沈黙が続く中、一華の身体が微かに震え始める。
怒りで真っ赤になった顔を陽に向け、甲高い声で喚き散らした。
「これはどういうことですか紫炎先生!! なんで黒華先輩を監禁しなければならないのですか!!!」
一華の叫びに、陽は答えない。その事にまた血が上り、近くにある机を”バンッ”と強く叩いた。
「先生!! 答えてください!! なんで黒華先輩を監禁しようと書かれているんですか! なんで誰も止めないのですか!!」
メールのやり取りを見続けると、誰も朝花の提案を止めてはいなかった。
その事にも激昂、怒りを喚き散らす。だが、陽は何も答えない。
我慢の限界となった一華は怒りのまま陽へと飛び掛かろうとすると、職員室に彼女の叫び声を聞いた教師が戻ってきてしまった。
「さっきの叫び声はなんだ!!」
一人の教師が中に入ると、一華の姿を見て目を開き固まる。
「何をしているんだ君達は。今はSHRが終わったばかり、今ここに居るにはおかしくないですか?」
近付いて来る教師を見て真理は今にも泣き出しそうな顔になる。
一華はまだ陽を睨んでおり、彼は俯き口を開かない。
「まったく、紫炎先生困りますよ。貴方が注意してくださらなければっ――」
教師は画面に映っているメール画面を見て固まる。顔が真っ青になり、ゆっくりと俯いている陽を見た。
「あ、貴方、もしかして…………」
真理がはっとなり、このままではこの教師に今度は一華が捕まるかもしれないと瞬時に察した。
それは正しかったらしく、教師は直ぐに一華の腕を掴もうと手を伸ばす。
「一華!!!」
真理の方が動き出しは早く、掴まれる前に彼女を前に押した。
ドンッと、床に倒れ込んでしまった一華は痛みで我に返る。焦った様に睨んで来る教師を見て、目を開いた。
「あっ」
「走って!!!」
恐怖で動けなくなってしまった一華を真理が無理やり立たせ、逃げようとする。だが、教師は全体に逃がさないと手を伸ばした。
あともう少しで捕まる。そう思った時だった。
「っ!?」
陽が教師の腕を掴み、動きを封じた。
「紫炎先生?」
「走ってください! 黒華君は侭先生が預かっていますよ!!」
陽の言葉に掴まれている教師は驚愕。もがき抜け出そうとした。
走り出した二人は、後ろで取っ組み合いになっている陽を見る。
大丈夫なのか不安になるが、真理に手を引かれ、何も言えないまま廊下へと出た。
廊下を走っていると、生徒に紛れ前の方に曄途の姿を確認できた。
「っ、蝶赤先輩、糸桐先輩。どうしたんですか?」
「白野君!! こっちに来ないで! ばれちゃったの!!」
曄途が合流しようと走っていると、校内放送を知らせる音。
『学校中の生徒、教師に知らせる! 蝶赤一華と糸桐真理を大至急捕まえろ!』
その声は先程、陽と取っ組み合いになっていた教師の声。
周りにいる生徒達はいきなりの校内放送で困惑。一華達を見て固まった。
「あっ、いや…………」
周りからの視線に戸惑っていると、後ろから教師達が走ってきている姿が曄途の目に映る。
「状況はまだわかりませんが、今は逃げましょう!!」
曄途の声で二人は人の波に逆らい走り出し、外へと向かった。
学校内で教師の放送を聞いていた朝花は驚き、手に持っていた出席簿を落とす。近くにいた生徒は首を傾げながら放送を聞いていた。
「蝶赤さんと糸桐さん、なにかあったの?」
誰に問いかけるでもなく呟かれた生徒の言葉に、朝花は答えず、落ちた出席簿を拾わず廊下を走り出した。
人の波に逆らい外へと逃げるが、まだ教師達は追いかけて来る。しかも、一人二人ではない。
職員室に居た教師が陽から逃げ、放送を流したことにより事態を把握した教師が、すぐに行動に移したのだろう。
「ちょ、まじでこれ、捕まっちゃうの?!」
後ろから追いかけられ、逃げるしかできない三人は、後ろを警戒しながら顔を青くし走り続ける。
真理の口から不安の声が漏れ、二人も後ろを確認し難しい顔を浮かべた。
「紫炎先生、どうして…………」
「あの、何があったんですか? なぜ、こんなことに?」
走りながら曄途が問いかけ、一華が簡単に先ほどの出来事と、パソコンに残されていたメール内容を話した。
すると、曄途が目をかすかに開き考える。
「なるほど、わかりました。こっちは良い情報を手に入れることが出来たんです、それもお話ししたいのですが……」
「良い情報?」
「はい。ですが、今はまず追ってをどうにかしなければ……」
まだ追いかけてきている教師を振り返り、苦い顔を浮かべる。
人数は五人くらい。早く巻かなければ逃げ道を封じられ、捕まってしまう。
せめて、どこかに隠れられる場所があればと思い探すが、住宅街まで走っていた三人は不法侵入をするわけにもいかず、隠れられない。
「手分けする?」
「交流できない可能性があるから、それは避けたいですね……」
真理の提案を、曄途がやんわりと却下するが、他にいい案がなく舌打ちをこぼした。
「せめて、足止めだけでも出来たら……」
曄途が呟くと、前方から走ってきている女性の影に気づく。まさか、回り込まれたのかと思い体を硬直させるが、前から来ていたのは先生ではなく、白いエプロンを付けた見覚えのある女性だった。
「っえ、お母さん?!」
前から走ってきていたのは、一華の母親、葵だった。
「一華! 嫌な予感がして来てみれば……。何があったのか深く聞いている時間は無いみたいね。早く行きなさい、ここは私が少しでも時間を稼ぐわ」
「でもっ!」
「教師は反射的に親というものを無視できない生き物よ。大丈夫、安心して。貴方達は貴方達のやるべき事をしなさい!」
三人を守るように立ち、向かってくる教師達を見据える。
頼もしい母親の後ろ姿を目に収め、一華は目尻が赤くなり涙が出そうになる。だが、泣いている時間は無い。
目を乱暴に擦り、笑顔で走り出した。
「ありがとう、お母さん!!」
娘の元気な声を聞き、葵は口角を上げ優しく微笑んだ。向かってくる教師を見て、姿勢を正す。
「私も、あそこまで必死になることが出来たら、助けることが出来たのかしら……」
過去を思い出し後悔するも意味は無い。今は、助けを求めている娘を全力で守ることに集中することを決め、迫ってきていた教師達を呼び止めた。
「すいません、私の娘を追いかけまわして、どうしたんですか?」
強気な葵の態度に、教師は反射的に足を止めてしまった。
葵を心配しつつも、三人は走り続ける。どこか話すのにちょうどいい場所はないか見回していると、ちょうど誰もいない公園が目に入った。
お互い顔を見合せ、公園へと入る。遊具を見回していると、象の形をしている滑り台を見つけた。
中は空洞になっており、中へ入る穴もある。覗いてみると、狭いが三人は入れそう。
ここなら仮に葵から抜け出した人がいたとしても、少しは時間を稼ぐことが出来る。
一人づつ中に入り、三人身を寄せあって話を聞く体勢を作り出した。
「はぁ、はぁ……。蝶赤先輩のお母様が時間を稼いでいる時間に、僕が手に入れた情報をお話します。様々な人に話を聞いていると、一人だけ。個性の花について……というか、薔薇について興味本位で調べ尽くした人がいたんです。そちらの方に聞いてみたところ、赤い薔薇だけは他の個性の花とは違った力が備わっているみたいです」
「赤い薔薇だけ?」
切れた息を何とか整えつつ、時間をあまり使わないように急ぎ気味で二人に伝えた。
「はい、赤い薔薇は他の薔薇を引き寄せる力があるみたいです。僕と黒華先輩が同じ学校に居たのは、その力が影響しているのかもしれません。それで、なぜそんな力が備わったのかは、個性の花がなぜ人間に備わったのかから始まるみたいです」
息が整った曄途は、一呼吸置き聞いた話を少しでも端的に伝えるため、頭の中でまとめた。
「…………なぜ、個性の花が僕達人間に出すことが出来るのか。これは、女神様が好きな方を自身のものにするために力を分けた結果らしいです」