「…仕方ないだろ」
兄貴はそう言ってから、自分の部屋に戻っていた。
俺は髪を掻きあげてから、はあーと苦しいため息をついて、泣いている母さんに兄貴の態度が気に食わなく、母さんにあたった。
「……っじゃあ、俺が早く帰ってくれば離婚は食い止められたと思うのかよ。母さんだって、父さんが浮気していたの知っていたでしょ。でも、何も言わなかった」
工藤は母さんの様子を目で確かめながら、眉を上げて言い返した。
「…そんなの言えるわけないじゃない。父さんだって、本当の浮気じゃないかもしれないじゃないの」
母さんは泣きながら、リビングにあった戸棚の二番目の棚を開けていた。
それは、家族写真一枚を手に持って、何かを考えていた。
「だったら、毎回女の匂いして、女のためにプレゼント買って、母さんには浮気女のついでのプレゼントを買ってただろう。見てるのに現実を見逃すなよ」
俺は呆れた表情をして、母親を見下すような態度で大きい声を発した。
そう言ってから母親はまた泣き崩れて、写真を握りしめてから父さんの名前を口にした。
近所に響き渡っていて、ご近所の人達は不思議そうに窓から覗いて見ていたらしい。
あとで知ったのは、俺たち家族が近所の噂になっていた。
近所を歩くと聞こえてないと思っているだろう近所の人達は俺が聞こえる声で俺たち家族の話をしていた。母さんの声をかき消すかのように俺はイヤホンを両耳につけてリズミカルな音楽をガンガン流した。足を踏みつけて家から出ていこうとしたが、母さんに止められた。
「どこへ行くの。私がいるでしょう」
母さんは右手を掴んで、俺の胸で泣き崩してから、俺の顔を手で叩いた。
俺は外へ行かずに、母さんを慰めた。
女性の母さんに暴力をふるえなく何回も慰めていたが、聞いてもいない。
ただ俺に父さんのことを話してから、顔を叩かれての繰り返しだ。
兄貴は荷物をまとめて、ケースを片手に持ち、じゃあな、父さんのところに行くからと言い放って、出て行った。それから、彼は変わっていた。翌日、彼は学校に行くと、何かも嫌になったみたいに制服は汚れていて、顔も傷だらけだった。
「どうした? なんかあったのか?」
学年が違うので学校で工藤が噂になっていたのを聞いて、工藤のクラスに僕は入って、工藤と目線を合わせて聞いた。
「…別になんでもないから」
工藤は拗ねているのか足を組み、窓側を呆然とどこかを見つめていた。
「…そんな訳ないだろう。顔も傷で…」
僕はそう言って、工藤の顔を触ろうと手を近づけた。
「なんでもないって言ってるだろ!!」
工藤は僕の手を振り払って、冷たい声で怒鳴り散らした。
明るくて人当たりの良い工藤が急に別人のように変わってしまって、クラスメイトも部活動の仲間も呆気にとられていた。
僕はクラスを見渡して、クラスメイト同士はコソコソ話をしていた。
工藤の様子を大勢の人達が変わりように驚いているようだった。
工藤はいきなり立ち上がり、教室のドアを開けて出て行った。
「工藤。どこ行くんだよ」
僕は大きい声でクラスを離れていく工藤に叫んだ。
工藤は僕の声を無視して、どこかへ消えた。
部活動の時間にも現れなくて、僕は学校が終わると探した。
すると、誰もいない空き地にいたんだ。
僕も来たことがなくて、初めてこういう場所があるのだと知った。
そこには、子供のように縮こまっていた。
「工藤。何してんだよ。早く帰ろうぜ」
僕は工藤の両肩を揺らして、工藤の目を見て聞いた。
「帰っても俺の居場所はどこにもないんだよ。母さんに怒鳴られておしまいさ」
工藤は肩をすくめて、今でもどこかへ消え去りそうだった。
もうこの世界にはいないみたいに。僕を置いてどこかにいきそうだった。
「……帰って見ないと分からないだろ」
僕は数秒置いてから、工藤に返事をした。
なんて言えば工藤にとっていいのか言葉を探して声を発した。
「…そんなのあるわけないんだよ。うううっ、僕じゃダメなの」
工藤は目が腫れていて、ずっと泣いていたようだった。
僕は工藤を立ちあがらせて、ハグをした。工藤とは幼い頃から一緒だった。
なんでも工藤のことは知っていると思っていたが、そうではなかった。
中学に入ってからは、スクールカーストができて、人気があった工藤は上位階層で、僕は地味なグループだったからだ。話しかける勇気もなく、工藤からも話しかけてもこなかったからだ。久々の会話は、態度が急に変化した工藤と向き合ったのだ。
「温かい」
工藤はそう一言言ってから、泣いていたのだ。
泣き終わるのを待っていると、工藤と何があったのか話をした。
僕は知らなかったのだ。工藤の父親が浮気していたなんて…
*
「それから、工藤とは話をするようにしたんだ。まともに話したのはその時が久々でどうしたらいいか分からなかったんだ」
自動販売機で買ったドリンクを右手で握りしめて、階段の近くにある手すりによりかかりながら、六弥くんは昔の工藤の話をして、寂しそうな表情を浮かべて私に声を発した。
そうなんだと私は前を向いたまま、返事をした。
工藤は変なところがあるけれど、そんな想いを抱えていたなんて。
普通通りに六弥くんに言ったが、私は心の中で動揺していた。
「…工藤の家族のことは担任の品川先生とこの学校の先生は知っているけど…何もできない。いや、しないんだ。自分達が仕事増えるのが嫌なんだよ。友達は僕がいるけど…それだけじゃ変わらなかったんだ」
六弥くんは私にそう言い、ドリンクのキャップを開けた後、飲んでいた。
「そっか……」
私はポツリと呟いてから、六弥くんと同じ教室に入った。
同じ教室に入ったあと、今野琳達は私たちを見ていた。
だが、今野琳達の机とくっつけていた机を元に戻して、自分の机に座った。
今野琳達は驚いた様子だったが、私は気にならなかった。
工藤の過去の話をされて、私は自分のことのように考えていた。
さっきほど買ってきたドリンクを両手で握りしめて、何も書かれていない黒板をじっと見つめていた。
「何してんの?」
横から誰かの声がすると思い、振り返るとそこには工藤がいた。
「……いや…なにも」
私は言葉に詰まりながら返事をした。
「…そう」
私に返事した後、工藤はまた机に突っ伏していた。
キーンコーンカーコーン キーンコーンカーコーン
鐘が鳴り響きわたる中、品川先生はドアを開けて、クラスを見渡してから壇上に立った。
「起立・礼、お願いします」
今日の日直の男女が声を揃えて、品川先生に礼をした。
「今日から本格的に授業始めていきます。あ、その前に工藤くん、ご家族はどうですか」
品川先生は教科書を揃えてから、前を向き直して、寝ていた工藤に言っていた。
寝ていた工藤は呼ばれたのに起きなかったので、品川先生は工藤の席まで行き、黙って寝ている工藤を何も発さずに立っていた。
その様子をクラスメイトはどういうこと? なになに? と工藤のことを知らないクラスメイト達はコソコソと席の隣にいる人達に話していた。
私はまずい状況になったと思い、六弥くんを見ると目が泳いでいた。
こりゃあ、本当にやばいらしい。どうしよう。
そんなことを考えていたら、工藤がむくっと起き上がり、目を擦っていた。
「やっと起きましたか」
品川先生は両腕を腰に置いて、工藤を睨みながら冷たい声で発した。
「……なんですか。まだ授業始まってないんですか」
工藤はまた目を擦ってから、品川先生に小さい声で言い見つめた。
「誰のせいだと思ってるの! あなたが起きないせいで授業遅れてるんだよ」
品川先生は眉間にしわを寄せてから、クラス中に響き渡り、何故か工藤を責めていた。
クラス中は頭に疑問符を浮かべていた。何の話?
分からないけど、工藤くんなんかしたんじゃないの? 家族のこと?
分からない。まぁ、授業やるよりいいんじゃない。宿題もしてないし。
私の近くにいた女子クラスメイト達は工藤の方を見ながら、笑っていた。
他人事だ。自分のことじゃないから、どうでもよく聞こえるんだ。
周りからしたら、ただやる気のない男子生徒に見えるが、そうじゃないんだ。
分かっていない、人の気持ちは他人には見せない一面があるのは、知っているはずなのに知らないふりをするのだ。
「…あ? 何言ってんだ」
工藤は品川先生の態度が気に入らなく、睨みつけて声を発した。
「…聞こえなかったの? あなたのせいで授業が遅れているの。質問に答えて」
怒り口調で工藤に向けられた言葉は、隣にいた私でも胸が窮屈になった。
担任がそんなこと言う? 普通。家族の問題なら、個別で呼び出し話すべきではないのか。
私は呆れて、品川先生に言い返そうと立ち上がろうとすると、工藤は机を叩いた。
バンっとクラスメイト達はその音に驚き、工藤の席をクラス一同見ていた。
「質問って…家族のことですか?」
工藤は黒目を見開いて、腸が煮えかえる想いで聞いていた。
「何回も言っているでしょ。そうよ、家族はどうなの?」
品川先生はさっき程よりもかっかしていた。
「はあ? 前にも言ったはずですよ。クラスメイトの前で聞かないでって忠告しましたよね。なんなんですか!」
鬼の形相になりながらも品川先生に倍返しをして、工藤は強い口調で言い返す。
「…こっちがなによ。もういいわよ」
品川先生は身勝手に工藤の家族を聞いたのに謝りもしないで、工藤が悪いような言い方をして、授業に戻った。
私は隣にいた工藤を見ると、すごく睨んでから心の底から何かが沸いているかのように大股で机にかけておいた鞄をすばやく取り、ドアを開けてどこかへ消えた。
そんな姿を見て、私は机に置いていた教科書類を鞄に入れて、工藤を追いかけるように飛び出した。
「今宮さん! 授業始まったのにどこへ行くの!」
そう私に言ってからはぁーと大きいため息をついて、品川先生は黒板にチョークを持ち、力強く書いていた。
クラスメイト達はなんでそんな怒っているんだろうねと口々に言い首を傾げながらも、授業に臨んでいた。今野琳達は目を合わせながら、携帯を開いてコソコソとラインをしていた。
どういう話をしているかは不明だが検討はつくだろう。
工藤のあの表情が気になって、頭から離れない。
どうしようもない事実だけど、それを認めたくない自分がいる。悔しい、寂しい、悲しい。
負の感情が一気に顔に現れているようだった。
工藤がすごい速さでどこかに消えていて、どこにいるのか分からなかった。
玄関で外靴に履き替えて、門から外に出て、左右を見渡した。
「どこに向かったのよ」
私は独り言を呟いて、再度左右を見渡してもどこに行くのか見当がつかなかった。
どこに行ったのよ。どこを見渡しても彼の姿はなかった。
道は右か左の方向しかなかったので、私は一か八かで右に行くことにした。
駆け足で歩くと、誰も人が歩いていなく、車も二台ほどが通っているほどでどこに行ったのか見当もつかない。店はもう少し歩いたら、前六弥くんと行ったコンビニと空き地が近くにあるはずだ。数分経つと、コンビニが見えてきた。
コンビニに入ると、店員が「いらっしゃいませ」と大きい声で言い放ったあと、私はコンビニ内を歩き回った。私の好きな飴がたくさん並んでいた。サイダー味だ。
幼い頃に飴を買った以来、飴はサイダー味しか舐めていない。
私は飴コーナーに座り込んで、サイダー味の飴を手に取り、見つめていた。
何分間か分からないが、ただ飴を見つめていた。
「何してる」
後ろから誰かの声がすると思い、立ち上がると工藤の姿があった。
「なっ、どこ行ってたのよ。心配したじゃない」
私は目を丸くして、工藤の両肩を掴んだ。
「……少し風にあたってただけ」
ズボンのポケットに両手を入れてから、私と目を合わせず店員がいる所を見て、小さい声で発していた。
「…そんな顔して…」
私は工藤と目を合わせようと見るが、工藤はやつれていて、どうでもいいような世界の境目を行き来しているように見えた。
目が赤くして、真っ直ぐどこかを見ていないと立ってられないほどやつれていたのだ。
「……いいから、ここ出るぞ」
工藤は私の手首を掴んで、私の近くにあったサイダー味の飴を一つ手にして、持っていたアイスクリームを店員に渡した。
「この二点でよろしいでしょうか。シールはつけますか」
男性店員でにこやかな表情を浮かべて、工藤に言う。
「大丈夫です」
工藤は冷たくあしらってから、私の手首を掴んで走り出した。
どこに行くかと思いきや、前に行った空き地に着いた。
工藤は私の手首を離して、私にサイダー味の飴を渡してから、大きいパンプ管に座り込んで、少し溶けていたアイスを開けて、口に入れて食べ始めた。
私も工藤の隣に座り込み、一粒の飴を口の中に入れた。
「美味しい?」
私は工藤に真正面な方向のまま、聞いた。
工藤は返事をして、アイスを舐めていた。
「…本当はどこか行こうとしたんじゃないの。でも、私がコンビニにいたから寄ったんじゃない?」
私は口内の中にサイダー味を舌で確かめながら、隣にいる工藤を見る。
「……そうじゃない。ただの気まぐれだ」
工藤はアイスを舐めるのを一瞬やめてから、私に落ち着いた声で発して空を眺めていた。
工藤は気づいていない。私の答えの返事が遅れて、声を発したのだ。
工藤は私がいるのを見て、コンビニに寄ってくれたのだ。私は想像した、工藤の姿を。
私がコンビニに入ると、ウロウロしている私を外で見かけて、入ってきたのかと思うと、笑えてしかたない。
「なに笑ってんだ」
工藤は私一人笑っていたのを不思議に思ったのか、口を開けて見ていた。
「別になにもないよ。工藤こそ、どれだけ空眺めているの」
私はクスクスと笑って、工藤に伝えた。
「見てると、何もかも忘れられるから」
工藤は切ない表情で青い空をボッーと見つめていた。
さっきのことは何もなかったように感じられた。
「…だからって、空眺めてても変わらないよ」
私はそう言うと、工藤はやっと私と目が合った。
「…あいつに何度も聞かれた。家族がどうかって。月に一回は聞かれる。今日みたいにクラス全体で聞かれた時はすごく腹が立ったし、やめてくれと頼んでも今日と同じことを繰り返す。さすがに二度目だから言っても無駄だと思った。俺の想いとかは全く気にしていない。ただ教師の立場でやらなくちゃいけないという考えしかないんだよ」
工藤は顔を上げたまま、食べ終わろうとしているアイスクリームを口内に入れてから、上体を起こして立ち上がった。あいつとは、品川先生のことだ。
「クラス全体で聞かれたのって……去年?」
私は高校生になってから一回も工藤の家族についてクラス全体で聞くことはなかった。
今日知ったのだ。だから、去年かと思ったんだ。
「ああ、そう。九月あたりにあいつに言われて、もう教室なんていられなくなって、そこから休んだ。誰とも連絡取らずにただ単にさまよってたんだ。ここに誰もいなかった」
工藤は自分の胸を人差し指でさして、何もない芝生を歩いた。
彼の中には、家族も友人も頼れる人はいなかった。
どうすればいいかさえ分からなくて、彼の中でさまよっていたんだ。
彼の苦しみが人に知られたくないのか、アイスクリームが入っていた袋を右手で持って、まばたきをしながら自分の靴を眺めたり、自分の心のバランスを取ろうと顔を上げて私に話し始めた。
「…六弥くんは?」
私はそのままマンホール管の所に座り、歩き回る工藤を見て聞く。
「心配かけたくなかったし。俺があいつに言われたのは初めて今日聞いたと思う」
工藤は芝生の中をぐるぐると左右に歩き回っていた。
私が声を発した瞬間、顔を上げて私を一瞬見てから前を向き直して歩きながら答えていた。
「六弥くんならすぐ駆けつけてくれたのに」
私はそう答えると、彼は歩くのをやめた。
「……そうだと思うけど、六弥はこの学校に来るために頑張ってたから…俺だけ我慢すればいいと思ったんだ。だけど……」
彼はそう言いかけてから、私の方向に向かって、歩き出してきた。
なんだ、なんだ。私は彼の言動を見ていたら、いつの間にか目の前に彼がいた。
「な、なに?」
工藤は私と目を合わせて、じっーと私を見てきた。そんな彼に私は戸惑う。
「……だけど、いや…なんでもない」
彼は私を見た後に、目を逸らして、だからの次は言葉に出さなかった。
その後はさっき歩いていた芝生で立ち尽くしていた。
「…なんだったの…」
私はその言動が理解できなく、口を開けたまま立ち尽くしていた彼を見て声を発していた。