六弥くんは学校の近くにいるという、私に会う前に家から工藤から渡されたものを持ってくるという。なので、六弥くんとは前に行った森林に囲まれている喫茶店で待ち合わせすることにした。私は病院着でそのままカフェに寄った。カフェのドアを開けると、カランカランといらっしゃいませと店員の言葉が響き渡る。
 私は椅子に座って待っていると、すぐ六弥くんは来た。
「いらっしゃいませ。一人ですか?」
 店員は六弥くんに聞き、返事を待っていた。
「いえ、知り合いいるので…」
 六弥くんはそう言うと、店員はかしこまりましたと言い、どこかへ去っていた。
「…六弥くん…」
 私は六弥くんを呼んだ。彼が悲しそうにしながら、私の所へ来たからだ。
 いつも笑って、話しかけてくれる彼なのに、幼馴染である工藤が亡くなって、憔悴しきっているようだった。
「…今宮さん…」
 六弥くんは私の様子を見て、呼んだ。
「…今宮さん。もしかして、病院抜け出してきたの?」
 六弥くんは座って、紙袋を隣の椅子に置いた。
「うん。工藤に会いたかったから」
「……会えたの?」
 六弥くんは工藤が亡くなったから会えないとは言わなかった。
 ただ私の話を受け止めるように聞いてきた。
「…うん。それで知ったの。今までの工藤のこと…。六弥くんの言ってた通り。私は工藤にとって特別みたいだった」
 私は六弥くんに今まで工藤が私にしてきたこと、守ろうとしていたことをすべて話した。
 最初は状況がつかめない様子だったが、固まってから考え込んでいた。
「……つまり、君たちは高校入学の時が初めてではなく、小さい時から会っていたってこと。その時に飴を買った今宮さんがたまたま座っていた工藤が受けとった飴によって死と今宮さんの生きる光が与えられた。これで合ってる?」
 六弥くんは私の説明したことを要約して、私に口を聞いてきた。
「…そう。…うん、工藤に言われたの。六弥くんに渡したものを見てくれって…」
 私は六弥くんを見ると、戸惑った様子であったが言葉にしようとしてくれた。
「……電話で言ったとおり。これ…」
 隣に置いた紙袋を私の方へとテーブルに置く。
「……これって……」
 私は言葉を発して、中身を見て出した。出した中身は、ラジオの投稿文章だった。
「……工藤はこれを渡しに来て、こう言った。今宮に渡してほしい。それだけ。あとは見れば分かるって…今宮さん分かる?」
 六弥くんは私に首を傾げて、聞いてきた。
 私は中身を見だした。その中身は、くっちゃんさんの投稿文章だった。
 工藤が……よく聞いていたくっちゃんさんなの。
 くっちゃんさんは、私が10年以上も聞いているラジオの常連の投稿リスナーだ。
 その投稿内容はいつも面白くて、笑っていた。あの人を守るために僕はやるべきことがあると投稿していたくっちゃんさんは、工藤だったってこと? まさか。私は今までの投稿を聞いていたはずなのに目にすると違う文章に思えた。同じ文章なのに、何故か違く見えた。私は一つひとつの文字を目で追って、読んだ。
「……なにこれ。今まで私のこと見てきたことを文章書いていたの。あの人って……私のことだったの?」
 私は文章を読みながら、自分の口に手を当てて、堪えるように目に涙をためていた。
 まばたきを繰り返しながら、投稿文章をめくって、一日分をゆっくりと読んでいく。
 涙が収まらなかった。
「…全部、今宮さんのことだったんだね。僕は読んでも分からなかったけど…。大切なことが書かれていたんだね。…僕はさっきに出るね。ゆっくり読んでいて」
 六弥くんは私に気を遣ってくれたのか、さっきに出てそれ以降言葉にしないでくれた。
 私は六弥くんに頷いて投稿文章に目を通した。そこには最近の投稿文章が書かれていた。
「……っ」
 私はその文章を読んで、胸が裂けそうなほど苦しくなった。それは…。
 ある人が僕が泣いていた時に傘を差し出してくれた。
とても嬉しかった。その時、僕はただ傘を差し出してくれただけなのに、それだけでも心が晴れたんだ。だから、僕はある人と共に支え合って、ある人が苦しまないで生活できるのを確認したら、僕はこの運命のまま定めを全うしていく。
 そう、書かれていた。工藤が学校に来ていなく私が工藤の家の近くまで来た時に倒れこんで泣いていた時だった。
 あの時の感情をラジオの投稿にと思って、書き留めていたのか……
 こんな十年間も。私と初めて会った時から、ずっと。
 もしかして、私に渡すためにこの投稿文章をずっと取っといたの?
 こんなにも…百枚以上はあると思うが、毎日毎日私との話やたわいないことなど
 細かいことをよく書いていた。ある人はよく飴を食べる。ある時は、泣いて笑って、逆に僕が慰められることもある。問題を抱えているある人だけど、なにでも耐え抜こうとする姿は僕には強く思えた。弱いと思っているある人だけど、僕には光だった。
 …一番印象的だったのは、私のことをどう思っているのかが書かれていた。
 ある人のことは存在自体が愛おしい。僕のことを言ったら、どうなるのだろう。
ある人は多分、怒る。いや、僕に申し訳なさそうに言う。これいずれは見ると思うから、言うね。僕は本当に恵まれていた、ありがとう。
 工藤の言葉がひしひしと伝わってくる。私は投稿文章の用紙に涙一つ零れた。
 昨日も泣いたのに、泣き疲れなんて感じないほどよく泣いた。
「……っ……っ…工藤……」
 私は投稿文章の用紙を握りしめて、顔を机について工藤の名前を呼んだ。
 でも、彼はもう現れない。どこにもいない。そこで私は紅茶を頼んでいたので、会計に行こうとした時、受付の方が私に言った。
「一緒にいた方が払って、帰りましたよ」
 受付の方がニコニコとした表情を崩さずに、私に言い放つ。
「…そうですか…」
 私は店員に言ってから、カフェのドアを開けて外に出た。
 外に出て、私は病院に戻るためにもと来た道を歩いた。
 歩く途中には、昨日私が襲われた場所を通らなけらばならない。
 カフェに行く際は、六弥くんに会わないといけない。
 工藤の言葉をきちんと見なくちゃいけないと思い駆け足で待ち合わせ場所に向かったから。
 工藤の言葉一つひとつ歩く度、言葉が私の横にいるように紡がれていく。
 ある人は初めてじゃないのに、なんだこいつはと見てくる。
 僕しか知らない。ある人は僕とは初対面だと思っている。
 僕はひそかに微笑んだ。ある人は知らないだろう。
 一つひとつの言葉が一歩前に進むたびに、工藤の言葉が前と突き動かす。
 昨日襲われた場所を通りすぎて、ほっと一安心した時、後ろから気配を感じて振り向くと、そこには。一方で、工藤は自分の家族の元へ行っていたのだ。
 俺はやり残したことはなかったが、俺のお葬式でどんなふうに悲しんだり、話したりしているのか見たくなったからだ。
 俺の葬式は、ここで行われるらしい。自分の葬式がどこで行われるかは分からなかったので幽霊の姿でさまよう。歩かなくていいのは楽だが、何故か居心地が悪い。
 足を使わないで歩かないのは、人間じゃなくなった証拠だ。
「……あった」
 自分の葬式を見つけた。俺の家の近くにあると思ったが、違かかった。
 兄貴と父さんの住んでいる家に近いところで葬式が行われていた。
 俺は昨日亡くなったばかりだが親戚が葬式関係者だからか、早めに手続きをしたのだろう。
「……っ…」
 俺は葬式場の中に入ると、母さんは俺の写真が飾られている所で一人泣いていた。
 そこには寄り添うように、兄貴がいたのだ。
「……急に亡くなるなんて……。母さん何故かすごい悲しいの。分かる? お兄ちゃん」
 母さんは隣にいた兄貴に聞いていた。
「……悲しいね」
 兄貴はそう言ってから、母さんの肩をポンポンとリズムよく叩いて寄り添っていた。
 母さんたちの後ろで父さんは目を細めて、俺の写真を眺めていた。
 泣くこともなく、悲しむことなく、ただ冷静に見ているだけだった。
 母さん以外、泣く人はいなかった。父さんも兄貴もその程度なのだ。
 俺に関することはすべてどうでもいいのだ。俺の葬式はすべて終わった。
 親戚もいとこも、悲しそうな表情をしながらも、俺を見送った。
 俺は自分の葬式を見届け終わったので、どこかに消えようとした時だった。
 父は車の助手席に乗り、俺の骨を後ろの席に座っていた兄貴が持ち、母さんは兄貴の横にいた。運転手がクラクションを鳴らして車は動き出した時だった。
 俺はその車を見に行った。最後に、家族の姿を見ておきたかったからだ。
「…剛!!」
 母さんは車の中で俺の名前を呼んでいた。
 俺は母さんの後ろに座っていたので、母さんの声で頭を上げた。
「母さん!」
 兄貴は母さんに寄り添い、母さんを呼んでいた。
「…もういないんだよ。剛は。いないんだよ……」
下を俯いている兄貴は俺の骨を持ちながら、母さんの肩を左手で掴み悲しそうにしていた。母さんは兄貴の言葉を無視して、俺の名前を叫んだ。
「…分からないけど…ものすごく悲しいの。お兄ちゃんは悲しくないの?」
 母さんは兄貴に言っていたので、兄貴は声を震わせながら、言う。
「…悲しいよ、俺だって。あいつには何もしてやれなかったから…」
 兄貴がそう言うと、父さんは母さんの方向に振り向き、声を発した。
「…剛は今も生きてる。父さんも何も出来なかったからな……」
 父さんはいつもなら無表情で愛人にしか笑った姿を見せないが、泣きながら笑う姿を見せていたのだ。
「剛、父さんは一度も笑う姿を見せたことがなかったな。こんな日に笑うのは変だけど笑ったぞ、父さんは…」
 運転手はもう一回クラクションを鳴らして、父さんは車の中で叫んでいた。
 兄貴も俺の名前を呼んでいた。俺はまさかそんなことを考えていると思っていなくて、後ろの席で三人を見ていた。本当に俺が亡くなったことで悲しいと思えてくれたのだと実感した。
 俺のことを忘れた母さん、俺と母さんを置いて、父さんと家を出た兄貴、愛人を作った父さん。俺の存在自体なかったことにしていたのに、亡くなったら後悔をしている。
「…はぁっ」
 俺はその姿を見て、どうしたらいいものか思考が追い付かなかった。
 悲しむようだったら、なんで俺に負担をかけることをするんだよ。目に涙を含まらせて、悲しむ家族を見た後、俺はこの場から去った。死んでから悲しむのは、家族と言えるだろうか。
 死んだ俺がどう思うとか考えなかったのかと考えた。
「葬式で死んだ俺に今更、死んでから言うんだよ」
 俺は独り言を呟きながら、歩いた。どこに行く当てもないのに。何故か俺は昨日たまたま通りかかった道へと歩いていた。通りたくなかったが、通らないと今宮に会えない気がしたからだ。下を向いていたが、俺は前を向き直して歩き始めると、そこには。

          *
「……はぁはぁ……やっと、見つけた。どれだけ探したと思ってんの。ねぇ?」
 振り向くと、昨日襲われた男がいた。
「……っ捕まったはずじゃ」
 私は一歩下がって、目の前にいる男に聞く。昨日は信号がある歩道の所で止まったが、今回は歩道の真ん中あたりで止まった。人が沢山いる中で、男は言う。
「…そうだよ。捕まえた。ほらっ」
 男は両手には手錠があったが、何かで壊したのか片手ずつに手錠の輪っかが残されていた。
「どうやって抜けてきて…」
 私は目の前にいる男に聞いた。
「簡単だよ。警官を殴ってここまで走り回ってきたんだよ」
 男はニコニコしたまま、言ってきた。
「…なんでそこまで私にこだわるの。なんでそこまでして…」
 私は笑っている男に問いかける。周りの人達は、なになに、どうしたの? と見ている様子だが、何かの言い争いかなとくらいしか見ていなかった。
「…だから、昨日言ったでしょ? 君だけまだなにもしてないし、あの時の屈辱を果たすって言ったでしょ」
 男は口角を上げたまま、私に声を発する。
「……だから、どうするの? ここで?」
 私は強気な口調で男に話しかける。
「それは考えているよ。ほら、見て」
 男はズボンから銃を出した。
「…拳銃?」
 私は目を丸くして、男に聞く。
「面白いでしょ。警官から奪ったの。本当はね、こんな手荒な真似したくないけど、仕方ないよね……そうしないと、俺の気が持たないんだよ。あいつもいないことだし、正々堂々と君と向き合えるしね…」
 男は真顔になった後にあははと高い声で笑いながら、私に言う。
「工藤のこと? 彼が亡くなったからいないってこと?」
 私はにやりッと微笑んでから、男に伝える。
「知ってたんだ。びっくりしたでしょ。あのストーカーも俺と同類なのかな?」
 男は笑って手を叩いていた。この男はおかしい。
 ストーカーにしては、なんだか変だ。
「…違うよ。工藤はそんな人間じゃない。あんたとは違う」
 私は真っ直ぐな瞳で男に言う。
 工藤は無表情だけど優しくて他人思いでムカつく時はあるけどそれは相手を思ってのこと。
「……俺だってね、まともな人間の時もあったよ。でもね、結局は俺一人だったんだよ。ストーカーをして一人じゃないって、確かめたかった。けど、いつも一人きっりだった。だから、俺は誰かを殺すことで自分の存在を確かめるしかないんだよ!」
 男は今までの怒りを爆発させるように私に眉間の皺を寄せて、私に言い放つ。
「……あんたは寂しかったんだね。誰にも構ってもらえなくて。ここまでする必要はあるの? 自分を痛めるだけじゃない」
 私は力強い声で男に言う。
「…うるさい。うるさい……っうるさいんだよ」
 男は頭を抱え込んで、私に拳銃を突き付ける。
 周りの人達はキャー、早く警察呼んで! など大騒ぎになっていてパニックになっていた。
「……図星だから……そんなこと言うんでしょ。誰もあなたにはいなかったの? 大切な人」
 私は口を開いた。男が目に涙を浮かべていた。そんな中、雨が降ってきた。
 ポツポツと雨の雫が私たちの身体全体にへばりつく。
「……そうだよ。俺には大切な人がいた。恋人が…でも……ストーカーに遭って亡くなったんだ。だから、俺は同じようにストーカーになって、恋人と同じように苦しい思いをしてほしかった。殺さない前提でやってたが、もうどうでもいい。俺は俺の判断で決めることにした」
 男は涙を手で拭きとってから、カチッと手で押さえて、私の頭に拳銃を突き付けて言う。
「…そう…だったら、やってよ」
 私は男を見据えて、強気で言い放つ。雨は強く降り注ぐ。
「…なに?」
 男は真顔で私に聞き返す。私と男は雨が強くなってきても、離れることはできなかった。
「…あなたはそう言いたいだけでしょ。誰かに言いたかったからじゃないかと。あなたはストーカーをする人、悪い人。一人で考えて考え抜いて闇に葬られたんだと思います。これであなたは彼女さんの為になっていると思ってるの? 彼女さんが亡くなって、私と会った頃はただの興味本位でやっていたけど、自暴自棄になっただけじゃないんですか」
 私の身体は雨の雫に染み渡されて、拳銃を持っている男を目だけ男の方に向けて、静かに声を発した。
「……お前に分かる訳ないだろ!……バンっ」
 髪や身体全体に雨の雫が落ちた男は私の頭に拳銃を突き付けていたが、男には拳銃がなかった。なんで拳銃がなくなったの? 雨に濡れる中、私は周りを見渡す。
「……拳銃がない。なんでだ、どこにいたんだよ!」
 男はうわぁーと大声で叫ぶ中、私が離す瞬間を見計らい、誰かが通報したのか警察官が駆け付けてくれた。
「おい、なんでだよ!」
 男は叫びながら、警察官二人に両手で捕まえられ、パトカーに連れられた。
 私は倒れ落ちながら、周りを見渡した。なんでいきなり拳銃がなくなったのか不思議に思えた。音がしたはずなのに。出来るのは、幽霊になった工藤しかいない。
「工藤!! いるんでしょ! 出てきてよ。六弥くんからもらったよ、紙袋。だから、出てきてよ! 工藤」
 私は誰にも見えない工藤に対して、叫んだ。工藤はどこかで見ているはずだ。
 叫び続けていると、びしょびしょの私は地面に座り込んでいた。
 すると、頭には雨の雫の一滴も落ちなかった。
 私は後ろを振り返ると、誰かが立って透明な傘をさしていた。
 「工藤……」
 私は工藤の名前を呼んで、彼を見る。彼はにこやかに微笑んで、私の方を見つめる。
「読んだ? びっくりした? あのくっちゃんさんで?」
 工藤は私と同じ目線で屈みこんで、お互い傘に入って聞いてきた。
「…うん……工藤。聞きたいことがあるの。工藤は私のことずっと見守ってくれて、工藤は幸せだった?」
 私は雨のせいなのか涙のせいなのか分からないが、目は充血して彼の瞳は欠片のように欠けているけど、光っていた。
「うん、今宮を見ていくうちに俺は変わっていた。家族は引き裂かれて、俺一人孤独だった。俺は苦しくてどうしようもないと思っていた時、今宮と再び歩道で会った。毎日のように今宮を付けて回って見るうちに、俺は一人でいても今宮を思い出して、笑うこともあった。空白だった感情が色に変わっていたんだ」