高校のある六覚市にも書店はあるが、黄浦市の書店は別格である。ビルの地下一階から五階まで使って、専門書から漫画まで、幅広く取り揃えられている。
 椿が詩集をメインにしつつ幅広く本が好き、アオも漫画好きということで、書店に来たのは一度や二度ではない。
 だが、その書棚の前には、あまり立ったことがなかった。

「アオさん、今のところで言うと、進路はどう考えてるの?」

 資格や検定の参考書、職業名の末尾に「になるには」とつけられた本や、シンプルに「中高生向け進路ガイドブック」と題された本。
 適当に手に取って、ほとんど中身は読まず、ぺらぺらとめくる。

「アオさん?」
「あ、すみません。何ですか」
「今のところ考えてる進路って何?」

 書棚を見ていると、曖昧模糊とした夢のような進路ではなく、具体的な職業や、目指す大学の名前を言わなければならないという気になってくる。

「ひとまず、今は……将来、晴田見グループやその関連会社に就職することを考えると、工学や医療を学んだ方が良いのかなと考えています」
「へえ。俺、勝手にアオさんは秘書みたいなことしたいのかなと思ってたけど、それも良いな」
「秘書も考えていますが、決めきれなくて。いくつか検定は受けましたが、何か明確な目的があった訳でもなく」

 嘘をついている感覚がある。どれも嘘ではないはずなのに、心の中にいる自分が白けている。

「椿さんの役に立つため、じゃないんだ?」

 その嘘を、あっさりと見破られた。
 本を置きながら、アオは他にどうしようもなく、苦笑する。

「──椿さんのためです。けれど検定に関しては、それが椿さんの役に立つのかどうか、分からないけれど、とりあえず取っておこう、くらいのもので。ほとんど無目的でした」
「とりあえず取っておこう、は俺もあるよ。役に立ったら儲けものと思え、って会田先生は言ってた」
「はは。あの人、先生のくせに、適当ですね」

 喜多野は軽く笑った後、気を取り直すように言った。

「じゃあ、とりあえず進学?」
「たぶん。実際は、何を勉強するかは、まだ曖昧ですが」
「ちょっと話変わるけど、椿さんと関係のないことで、やりたいことってないの?」

 思わずうつむいてしまう。
 体の中に空洞があいてしまったように、問いかけの答えが見つからない。

「喜多野くんはどうなんですか?」

 逃げている自覚はあったが、今答えるには、どうしても荷が重い問いだった。

「俺は……今見てて気になったのは、広告業かな。イメージくらいしかないけど、俺自身が何かするって言うより、やりたいことがある人を、サポートする方が好きだから、いいのかなって。まあ普段は助けられてばっかりなんだけど」
「単なる思いつきなのですが、教師やインストラクターなどはいかがでしょう。サッカー部にいる経験も、少しは活かせるのではないかと」
「インストラクターか。それは考えたことなかった」

 喜多野は近くにあった本を手に取った。アオは少し身を引いて、改めて書棚を広く見る。
 知っているつもりではあったが、書棚を見ていると、これ程名のつく仕事があるのかと、不思議に感じる。
 だが、その反面、目に入る全てが、どことなく腑に落ちない。何を選んでもきっと、これだとは思えないだろうという予感があった。
 既に、アオには仕える相手が存在するのだから、それ以外のものが仕事になるはずがない。
 現実には、仕事とは生計を立てるための手段を指すのだとは知りつつ、そう考えてしまう。

「人生、二回くらいほしい。いや三回」

 喜多野のひとりごとのような呟きに、アオは少し共感して笑った。

「気持ちは分かりますが……。何回あっても、結局、同じことをしてしまいそうな気もします。それに三回目くらいには、慣れていい加減になってしまいそう。一緒に時代も変われば、面白いかも知れませんが」
「あー、時代か。二回生きたら、百年くらいは経つよな」
「将来なくなる仕事、みたいなのも度々話題になるし……。そういう条件面から考えるのも、いいのかもしれませんね」

 くだらないことを話しつつ、いくつか気になる本を買った。
 他人と話したところで、とうっすら思っていたが、口に出すことで多少考えがまとまることもあった。
 ためらいはあったが、来て良かったと、アオは思っていた。

 だが、服屋を巡って、帰る前にフードコートで軽食を取っている時だった。

「あの、アオさん。俺も、こんな時期にとは思うんだけど。ずっと好きでした。付き合ってくれませんか」

 赤くなった顔でそう言われた。