「撮影期間長いけど、泊まり? 野田って、学校皆勤賞なイメージだけど、休めるの? 俺はよくさぼってるから余裕だけど」
「よく日にちを見てください。夏休みなんです」
「あ、ほんとだ」
役ごとに参加する日程が細かく書いてあって、全部夏休み期間だった。
「この映画は高校生のお話ですからね。しかもエキストラや端役辺りは各自宿泊場所確保しないといけない場合もあるのですが、これは準備してもらえますね」
「そうなんだ」
「あとですね……」
普段全く持っていなさそうな野田の熱意。それがかなり伝わってきた。そして野田は好きなことの話になると本当によくしゃべる。
「このサイトのURL送りますのでもしよければ連絡先など教えていただければ……」
野田に連絡先を教えるとすぐにURLを送ってきた。詳細を自分のスマホで確認する。
ひととおり画面をスクロールしていくと、保護者の同意書を当日提出してくださいという文章が気にかかった。バスケを辞める前からすでに親とは浅い話しかしてなくて、もしもやると決めても、あらためて親に話すのが面倒くさい。
希望者は顔写真と住所氏名年齢、服のサイズなどのプロフィールや自己PR、そして希望の役を記入して送信すればいいらしい。そしてその役に決まれば、撮影するシーンがある日の数日前にあっち側から連絡が来るのだとか。
保護者の同意書、自分で書いちゃえばいっか。
「あと保護者の同意書の紙、一応プリントして渡しときますね! これは自分で書かずに親にきちんと書いてもらってください」
考えを見透かされたように野田は言った。しかたない、親に話してみるか。
俺はもうこの段階で参加すると決めていた。親から許可を貰えるのか、ダメだと言われるのか、何も予想出来ない。
頭の中をもやもやさせながらも、野田が映っている映画を鑑賞した。気分が落ち着かないから予定よりも早めに帰ることにした。
十九時頃に家へ帰ると、両親が揃ってリビングにいた。ふたりは動画配信見放題の洋画の世界に入りこんでいた。ふたりともこっちの存在には気がついていない。めんどうなことは早く済ませてしまおうと思い、すぐに声をかける。
「ちょっと、話があるんだけど……」
ふたり一斉にこっちを見た。
なんとなくの威圧感で後ずさりしたくなる。
「これ、書いてほしいんだけど……」
何も説明しないですぐに保護者同意書を見せた。
「おかえり。っていうか、何これ」
母さんが受け取り、目を細めながら同意書を見つめた。
「あの、エキストラやってみたくて」
「エキストラって、映画の通行人とかのやつか? あ、この人か?」
ちょうどテレビ画面に映っていた通行人役の人を指さしながら父さんが訊いてきた。
「うん」
俺は「うん」としか言っていないけど、父さんと会話したのはかなり久しぶりだ。
「どれ、俺が同意書書くわ。いや待って? どんな映画なんだ?」
父さんが座っていたソファーの前にあるローテーブルに同意書を置き、書き始めたところで手を止めて質問してきた。
多分、俺がこういう発言をするのがめずらしいからか、父さんが少し動揺しているように見えた。
「これなんだけど」
さっき野田から教えてもらったサイトをふたりに見せた。
「楽しそうだな」
「なんか役いっぱいあるけど、何やるの?」
「そこまではまだ決まってない……」
なんとなくダメとか言われそうな予感だったけど。予想外にあっさりと許可をもらい、興味まで持ってくれた。心が少し弾んだ。書いてもらうとお礼を言ってから部屋に行き、すぐに親の許可を貰えたことを野田に知らせた。
『同じ日に行きたいですね。どの役に応募するか早速決めましょう』
まるでスマホの前で待っていたかのような早さで野田からの返事が来た。
スマホでサイトを開き、スマホで撮った自分の顔、そして住所や名前、年齢などのプロフィールを記入する。あとは、自己PR。ここだけ迷った。とりあえず『6年間やっていたバスケが得意です』と書いといた。
久しぶりに胸が踊る感覚だ。
参加希望人数が多すぎる場合は参加出来ない可能性があるらしく、ふたりで募集人数と撮影参加日数の多い主役たちのクラスメイト役に応募してみた。
サイト内の文字をもう一度、全部読んでみる。
クラスメイト役が参加する日は八月二日から二十日まで。映画の内容は、海のすぐ近くにある高校での青春恋愛映画。
撮影場所は俺らが住んでいるところから約二時間ぐらいの距離にある。
撮影場所の地域の人たちが協力してくれて、遠方から参加して日帰り出来ない人たちのために、泊まる用の施設を貸してくれるらしい。もしも選ばれたら、野田と俺はそこに期間中全て泊まることになる。
野田の話によると、撮影がある日は待機時間も基本、準備された衣装で過ごすことになりそうだ。
食事も全部準備されるから荷物は、眠る時に着るものと一応完全オフの日用の私服、洗顔道具など基本日常使うものを。そしてエキストラは待機時間長いパターンが多いから、暇つぶし用アイテムは必須らしい。きっと入浴とかも何かあっちで考えてくれるだろうから心配ないです。とも言っていた。
行く気持ちは溢れてきていたけれど、出演決定の連絡が来なかったらどうしようかと、毎日考えていた。
けれど予想よりも早く、撮影予定日の一週間以上前に映画のエキストラ担当の人からメールが来た。それを確認する前に野田から『どうでした? 連絡来ました?』とすでに来ていて、俺は『決まった! 野田は?』と送り返したら『決まりました。ロケ地まで一緒に行きましょう』とすぐに返事が来た。
決まった後に担当の人から撮影スケジュールと、持ってきたら良いものを教えてもらったけれど、大体野田が言っていたのと同じだった。後にそのことを野田に伝えたら、うっすらドヤ顔してた。
八月二日。今日から撮影現場で過ごす。
電車に乗るために朝、野田と駅で待ち合わせをした。
「おはようございます」
野田は最近ちょっと見た目が変わった。
それは俺が野田に「目が綺麗だから前髪で隠さない方がいんじゃない?」って言った次の日、前髪を切っていたからだ。少しだけさわやかになった気がする。
そんな野田と一緒に電車に乗り移動し、約二時間かけて海のある街の駅に着いた。
エキストラの人たちが駅前に集合していた。
撮影場所のすぐ近くにある会館に行くバスが準備されていた。その会館で俺らは休憩したり泊まったりする。
バスの一番後ろの席に野田と乗った。
乗っているのは、大人も混ざっているけれど、ほとんど俺らと同じ年齢ぐらいの人だった。
「俺みたいに初めてエキストラやる人もいるのかな?」
「普段は劇団やキャスティング事務所などに入ってる人、お芝居慣れてる人も多いですね。でも今回は拘束時間が長いのと、予算の関係などで一般から参加される人も多いというのが僕の予想なので、初めての方も結構いると思われます」
「そうなんだ、色々詳しいな」
野田は映画の予算とか、どうやって予想しているのだろうか。
十五分ぐらいで目的地に着いた。
野田はこういう撮影に慣れていて余裕そうだけど、俺は少し緊張してきた。
今日の予定は主に衣装合わせやスケジュールの確認など。本格的な撮影は明日の朝かららしい。
新しいスケジュール表も配られた。前に送られてきたスケジュールと少し違った。
その紙の中には『中本組』とも書いてある。この映画の監督の名前だ。監督は20代くらいの女の人だった。『組』って書かれていると、ひとつのチームみたいだ。そうか、ひとつの映画を作るチームなのか。
町内のイベントなどで普段は使われている会館で泊まる。部屋は男女に分かれ、布団を敷いて寝る。なんか修学旅行っぽい雰囲気で初日を終えた。
野田は一日中、学校では絶対に見れない明るいオーラを纏っていた。
次の日。
朝六時前に起床した。普段は家を出るギリギリまで寝ていたい派だから、今日は早起きだ。
横の布団で寝ていたはずの野田の姿はすでになかった。スタッフの人たちに紛れて朝ご飯の弁当を配っていた。
「あっ、平井くんおはようございます」
「あ、あぁ。おはよう。朝早いな」
「なんか撮影現場にいると、わくわくしすぎて眠れなくなっちゃうんです」
「そうなんだ」
わくわく感がこっちにも伝わってくる。
起きてからまず洗顔とかを済まし、野田が配っていた弁当を食べた。食べ終えると衣装の制服に着替える。白いシャツと、青色チェック柄のネクタイとズボン。女子は白いセーラーと男子よりも薄めの青色チェック柄のリボンとスカートだ。海が似合いそうな感じな制服。
撮影する学校に生徒役がぞろぞろ移動する。今日の出番は主に教室でのシーン。
教室に着くと、後ろ辺りにカメラが置いてあった。生徒役はそれぞれ指示された席に着く。野田は窓側の一番後ろだった。俺は真ん中辺りの席。
少し経つと、メインの俳優たちが教室に入ってきた。
「柳楽斗真さんと朝倉ゆめかさんです」
うちの親ぐらいの年齢の男の人、多分4、50代ぐらいの助監督がみんなに紹介する。
「よろしくお願いします!」とメインのふたりがはきはきと挨拶をした。柳楽斗真は野田の前の空いていた席に座り、朝倉ゆめかは教壇の上にいる先生役の女優の横に立った。
今から撮るシーンは、転校生のヒロインが自己紹介するシーン。
メインのふたりを中心に色々確認や準備をしていた。それを座りながらじっと眺めた。一応エキストラって何をやるのか今日まで野田に借りたDVDや動画配信見放題の映画を見たりして学んではみたけれど、未知の世界。ちょっと心臓の音がうるさくなってきた。
「それでは本番行きます! シーン……テイク1、スタート!」
教室の中でカチンコというやつの音がなり響いた。
「転校生を紹介します。浅見あいかさんです。浅見さん、何かひとことを……」
先生の台詞から始まった。
「はい。初めまして、浅見あいかです。よろしくお願いします。こうやってみんなの前で話すのもドキドキしていますが……」
撮影が進んでいく。撮影はワンシーン、一回撮って終わるわけではなく、全体を撮ってからそれぞれのキャストのアップを撮ったりもしていた。その間に準備とかの時間もあって、思ったよりもひとつひとつが長い。
柳楽斗真がカメラに大きく映るシーンでは後ろの席に座る野田も大きく映るからって、ヘアメイクを担当する男の人に髪の毛を整えてもらったりもしていた。
次のシーンが始まるのを待っている間、野田を何回もチラ見した。見る度に野田はニヤついていた。
そんな感じで撮影は続いていき、お昼になった。待機場所として使われている空き教室でクラスメイト役のみんなと昼の弁当を食べる。
弁当と飲み物をスタッフの人から受け取ると野田の席の隣に座った。
「思ったよりすごいな」
「撮影現場ですか?」
「うん。なんかあんまり映らないからただその場にいればいいのかなって思ってたけど……」
「いや、エキストラも大事な役だから」
「あ、野田今、初めてタメ口になった」
「すいません」
上目遣いでこっちを見ながら野田は謝った。
「むしろタメ口で話せよ。いや、ただいればいいと思ってたけど、それじゃあダメなんだなぁって言おうとしたんだよ」
「当たり前じゃないですか! エキストラも大事な役のひとつなんです。エキストラがいないと映画はリアルな雰囲気から遠ざかってしまうんです」
「だよなぁ」
いつもに増して、野田は熱かった。
午後からはメインの役者たちだけのシーンも多く、出番は少なかった。生徒役が呼ばれるとしても数人だけ。他の人たちはひたすら待機。
野田がこないだ、暇つぶしアイテム大切!みたいなこと言っていたけど意味がわかった。
「野田、勉強してるの?」
よく見ると野田は今、数学の勉強をしていた。
「はい、僕はいつも待機時間はこうして勉強をしています」
俺は暇つぶしアイテムとしてスマホに入ってるRPGゲームを進めればいいかな?としか考えていなかった。
「野田、他に教科書何かある?」
「はい、英語と化学、あとは…」
「じゃあ、英語貸して?」
絶対に集中出来ないだろうなとは思ったけれど、野田のマネして勉強してみた。でもやっぱり集中出来なくて、スマホのゲームを始めた。
その日の撮影が終わると、家が近い人たちは帰って泊まりチームは会館へ行く。
近くにある銭湯のチケットが泊まる日数分配られたから風呂も毎日入れる。ご飯も地元で取れた野菜とか魚で作られていたりもしていて、めちゃくちゃ美味かった。
「暑いけど撮影頑張ってね」って、街に住んでいる人も声をかけてくれて差し入れをくれたりして、優しい。
そして同年代と一緒だから、やっぱりちょっと長めの修学旅行みたいだ。
ひとりで参加してる人、俺らみたいに友達と参加してる人。軽く芸歴を話したりもして、野田の言ってた通りに舞台を小さい時からやってる人や最近事務所に入って活動を始めた人、そして初めての人も沢山いた。
そして全員多分、真剣に芝居をしようとしている。
初日はお互いに探り合いながら当たり障りのない会話をして過ごしていた。けれど数日経つと、今回初めて芝居をした人が小さい頃から芝居をしている人に演技のアドバイスを聞いたり、このシーンはどうだとか熱く話し合いをしていたから。
そんな周りの会話がどんどん頭の中に、するっと入ってきた。それはきっと、すごく興味があるからだと思う。
野田に聞いてみようかな?
野田は英語の教科書を読んでいた。
「なぁ、野田、芝居ってどうやればいいの?」
「今回は高校生役なので、いつもみたいにしていれば大丈夫です」
その言葉だけを言って野田は微笑んだ。