異世界エイナール・ストーリー

響く雷鳴。かき消される剣戟音。二つの影がぶつかり合う。

影同士のぶつかり合いは長い時間続き終わらないかと思われた。

しかし、それは数刻で終わった。片方の影に稲妻が直撃し墜落する。

そして――



――響く轟音。

「うあっ!? いてて……」

そこはとある高校の教室。少年『孝瑠(コウル)』は椅子ごとひっくり返り床に転がっていた。

「孝瑠くん。どんな夢を見ていたのかね。後で職員室にくるように」

周りからの嘲笑を受けながら孝瑠は「はい」とだけ小さく呟く。

その日、孝瑠はこの出来事を馬鹿にされ続けた。



「はあ、今日はドジなことしたなあ……」

居残りで怒られ、孝瑠はひとり夜道を歩く。帰路の途中の公園で孝瑠はブランコに座り空を見上げる。

「僕はどうしてこんな、何も上手くいかないんだろう……」

孝瑠は綺麗な星空を眺めながら愚痴る。

家はそこそこ裕福ではあった彼だが、学校での生活には馴染めていなかった。

「そういえばあの夢は――」

言いかけた時だった。

星空に白く輝く光が出現する。

「えっ?」

その光はゆっくりと公園の孝瑠の前に落下する。

孝瑠はその光に直感的に触れていた。

光が輝きを増し孝瑠を包む

「こ、これは? ……うわあっ!?」

輝く光とともに孝瑠の姿は星空へと消えていった。



「う、うん……?」

孝瑠が意識を取り戻す。そこは――。

「どこだ。ここ……?」

広がる一面の荒野。あるのは大小様々の岩のみ。
孝瑠は乾燥した風を身に受けながら周りを見る。

「確か公園で……」

自分の状況を確認するために公園での出来事を思い出し――

「あの光に飲まれて……ここに?」

答えはわからない。ただ茫然と見回すだけの孝瑠にひとつの影が見えた。

「人かもしれない……よね?」

自信なくも、影が見えた方へ向かう。

だがその影は人ではなかった。緑の身体、大きく手には棍棒のような物が握られている。

「ゲ、ゲームとかで見るモンスター?」

ゴブリン、オークといった有名なファンタジーのモンスターを孝瑠は思い出す。

孝瑠の体格は平均といったところだが、先にいるモンスターの大きさは倍と言ってもよかった。

(とにかくここは――)

モンスターに見つかる前にその場を離れようとした時。

「グオオオ」

声が響く。

孝瑠は気づかれたかと一瞬怯んだが、すぐにモンスターは違う方向を向いた。

ホッと一息つこうとしたが、すぐにモンスターの狙いに気づく。

「あの人――!」

何も考えず、すぐに駆け出していた。

孝瑠はモンスターの横を抜けると、倒れていた人――少女に駆け寄る。

「き、きみ。大丈夫!?」

少女に声をかける。

モンスターが迫っている。少し声を響かせるが少女は目を覚まさない。

「グオオオ!」

獲物を取られたと思ったのか、モンスターは怒声らしい響きを出しながら、棍棒を振り上げ孝瑠に迫る。

「やばいやばい」

明らかな殺意を感じ、孝瑠は少女を抱え逃げる。
しかし、モンスターは巨体の割に速さもあった。

「っ……! こうなったら」

少女を降ろし、適当な石を拾って投げつける。
石はそんなに速くない勢いでモンスターに当たった。

「……」

「グ?」

孝瑠は何も言えず、モンスターは何をしたという様子。

「グオオオ!」

だが、すぐにモンスターは勢いを取り戻し棍棒を振り下ろす。

孝瑠はとっさに腕で防御したが、力の差は歴然。大きく吹き飛ばされる。

「っ――!」

悲鳴は上げなかったが、痛みが孝瑠を襲う。

モンスターに容赦はない。棍棒を構え再び接近してくる。

(これはまずい――!)

次の一撃を喰らっては命にかかわる。

そう思い逃げたいが、少女を見捨てるわけにもいかない。

その時だった。

「はあっ!」

突然現れた青年が剣を振るう。

剣はモンスターの足を斬り、モンスターはバランスを崩し倒れる。

「今だ、きみ。こっちへ!」

青年は少女を担ぐと同時に、孝瑠を呼び走り出す。

孝瑠はただそれについて行った。



「う……ん」

あれから孝瑠は青年に流されるままについていき、町らしき場所まで来ていた。

そして腕に包帯を巻くと、疲れがでたのかすぐ寝てしまった。

そして目が覚めたが――。

「夢じゃなかった……か」

見知らぬ部屋、自身のケガ、隣にはいまだ起きていない少女。

夢ではなく孝瑠はまだそこにいる。存在している。

「ああ、起きたか」

青年が部屋に入ってくる。手には、パンや果物を抱えていた。

「まだ夢を見ているような顔だね。私にも覚えがある」

「え……?」

「きみも、突然この世界に飛ばされたんだろう?」

「じゃあ、あなたも?」

「ああ、今でこそ現地人と言われても違和感ないと思うが、

当時は私も制服で飛ばされてきてね」

青年は机にパンと果物を置くと、改めて孝瑠の方を向いて言った。

「ようこそ異世界エイナールへ」
「ようこそ異世界エイナールへ」

「異世界……エイナール」

青年は頷く。

「私の名前はジン。きみより先にこの世界に来た者……かな。きみの名は?」

「僕は……孝瑠です」

青年、ジンは名前を確認を確認すると。

「孝瑠。『コウル』だね。よろしく、コウルくん」

と呟いた。



「さてコウルくん。いくつか聞きたいことがある」

ジンは、コウルにパンを勧めながら、表情を引き締める。

そして質問をしていく。元の世界での情報。エイナールに来た経緯。そして――。

「あの少女は?」

「いえ、それが……」

エイナールに来て、倒れているのをモンスターに狙われているのを見つけた。

コウルにわかる情報は特になかった。

「ふむ……」

ジンは、いまだ寝ている少女を見る。

(服装からして彼女はこの世界の人間のようだが……)

「ジン……さん?」

「ああ、いやなんでも――」

ジンがコウルの方に向き直ろうとしたちょうどその時――。

「う……ん」

少女がゆっくりと目を覚ます。

起き上がった少女は、何もわからない様子でコウルとジンを見つめた。

「気がついたか」

「大丈夫?」

二人は少女に駆け寄る。

「わたし……は……」

「きみは荒野で倒れていたんだ。何か思い出せる?」

「荒野……」

コウルが聞くと、少女は少し考えてすぐに首を振った。

「すみません。何も思い出せません……」

「記憶喪失か」

「名前はわかる?」

再び少女は考えこみ、そっと呟いた。

「エイリーン……エイナール」

「「エイナール?」」

コウルとジンは顔を見合わせる。

エイナール。つい先ほど出たこの世界の名前。

「偶然ですかね?」

コウルが尋ねるが、ジンは無言のまま。

(この世界、姓を持つものは珍しい。

それに加え、この世界と同じエイナールの姓を持つ者……?)

考え込むジン。その彼をさらに驚かす出来事が続く。

「その腕は……」

エイリーンがコウルの腕を指す。

モンスターに殴られたときのケガ。一日ではさすがに治っていない。

「失礼します」

エイリーンがコウルの腕に手をかざす。

すると彼女の手のひらから光が溢れ、コウルの両腕を覆っていく。

「これは――」

「な――」

溢れた光が消える。痛みが突然消えたコウルが包帯を剥がすと、その腕は綺麗にケガが消えていた。

「ジンさん。この世界、回復魔法があるんですね!」

ケガが治り、喜びながら腕を見せるコウル。

「いや、私もこの世界に来て数年経つが、回復魔法など初めて見た」

(この少女。一体何者だ……?)

ジンは怪訝な表情でエイリーンを見るしかなかった。



一段落つき、食事を取り終わると、ジンはハッと思い出した表情で二人に問いかける。

「来たばかりのコウルくんと記憶喪失のエイリーンちゃんに聞いても無駄だとは思うが――」

ジンは写真を取り出して二人に見せる。

今より少し若い。今のコウルくらいの高校生らしきジン。

そしてその横の肩を並べる青年。

「この男を知らないか?」

コウルが知るはずもなく首を横に振る。

だがエイリーンは突然、頭を抱えうずくまった。

「大丈夫!?」

「す、すみません。何か思い出しそうなのですが……」

「いや、無理に考えなくていい。すまない」

写真をしまいながら言うジンだが、心の中にある思いがあった。

(彼女は、あいつを知っている……?)

だがコウルとエイリーンがジンの思いに気づくことはない。

ジンは一人、少女エイリーンの様子を伺い続けようと心に決めた。



「さて、コウルくんはまず服を調達しないと」

「え? あ、はい」

コウルは改めて自分の格好と外の人たちを見比べる。

制服はどう見ても場違いだった。

ジンに案内され、町の服屋に行き、見定める。

「う、う~ん」

元の世界での私服は基本親任せだったコウルはあれこれ見比べて悩む。

そんな中、ジンがいくつか見繕って服を持ってきた。そして――。

「こ、これでどうですか?」

見繕われた服から一番好みのを選んで着てみた。

「うむ。いいと思うよ」

「よくお似合いです」

似合うと言われ、コウルはあっさりとその服にするのだった。



「さて、後は――」

宿に戻った所で、ジンは自身の荷物袋を開け、一本の剣を取り出した。

「コウルくん。これをきみにあげよう。お古だけどね」

「え、いいんですか?」

コウルは剣を受け取り、そっと鞘から抜いてみる。

少し青みがかった刀身の、いわゆるショートソードといった所。

お古とジンは言ったが、綺麗に輝く刀身はとてもそうは見えない。

「ありがとうございます!」

コウルは礼を言うと剣を鞘にしまい、新品の服の腰の部分に、慣れないながらも剣を掛けた。



宿を出て、三人は町を出る。

見ず知らずの地であるコウルと記憶喪失のエイリーンはジンに付いて行くだけである。

そこで改めて、コウルはジンに聞いた。

「ジンさんは何か目的があるんですか?」

「うん? そうだね。きみたちにも言っておかないとね」

そう言ってジンは先ほどの写真を取り出した。

「私の友人……だった、カズ……いや、カーズを止めることだ」

「友人を……止める?」

「長話だが聞くかい?」

「そうですね。話してくださるなら」

ジンは頷き、空を見上げて語りだした。

「私とカズは元の世界では幼馴染でね。遊んだり、競い合ったりしたものさ。

学校でも試験や体育で競い合っていた。ただ――」

「ただ?」

「あいつは人づきあいが苦手かつ少し尊大でな。またあの頃はクラスメイトも悪が多かった。

成績優秀、運動神経抜群なカズは、いわゆるいじめの標的にされた。

私も止めようとしたが……まあ、止めれなくてね。私も標的にされたものだ」

「……」

コウルはその状況を想像し心を痛める。

「それだけなら、まだよかった。だが、あいつの妹にまで手が及んだ。そして――カズの妹は自殺した」

「!」

ジンは表情をゆがめ、二人もショックを受ける。

「そんな中、何の悪戯か。私とカズはこの世界に飛ばされた。私はある意味助かったと思った」

「なぜ……?」

「カズはあのままでは、いじめっ子を殺しかねないほど病んでいた。

こちらの世界にいれば何もできず、そのうち落ち着くと思っていた。だが甘かった」

「え……?」

「真実はわからないが、カズは元の世界に干渉する方法を見つけた。

そして、いじめっ子どころか元の世界そのものを滅ぼす手段がある」

「な!?」

元の世界を滅ぼす。急に出てきた大きな事態にコウルは驚きを隠せない。

「この話はあいつ自身がしたことで信憑性はわからない。だが本気の目だった。

その場で止めようとしたが。あいつは姿を消した。そして今に至るわけだ」

ジンは一呼吸ついて、二人を見る。

「私の……あいつを見つけ止める旅。きみたちにも背負わせていいのかな?」

コウルの答えは。

「ジンさんとそのカズという人の事情に、僕が突っ込んでいいかわかりません。

でも、世界を滅ぼすなんて言われたら放ってけるわけないです!」

強くうなずいた。

そしてエイリーンも。

「わたしは、あなたたちの言う元の世界というのがわかりません。

でもわたしは二人に助けられました。そのお礼をしなければなりません。

それに……その人のこと、わたし何か思い出すことがある気がするんです」

ゆっくりうなづいた。

「ありがとう」

ジンは姿勢を正し礼をする。

ここにコウルとエイリーンのひとつの旅の目的が決まった。
荒野の町を出た三人。

コウルはそこで最初の試練に直面する。



「はあっ!」

ジンの剣の一閃がモンスターを切り裂く。だが一方――。

「や、やっ!」

コウルの剣がモンスターを掠める。反撃に転じようとするモンスターをジンが素早くきりつけた。

「す、すみません」

「いや、気にすることはない。いきなり戦わせるのは酷だったね」

ジンは自分の剣をしまい周りの安全を確認す、ると、コウルに剣を構えてみるように言った。

「こうですか?」

コウルは剣道のような構えを取る。

「うん、構えはさまになっている。が……」

コウルの手はプルプルと震えていた。

「剣、重いかい?」

「ええ、少し……」

ジンはひとつ重大なことに気づいた。

「魔力の巡りを教えていなかったね」

「え、魔力? 巡り?」

ジンは頷くと、精神を集中し始める。そして腕を前に出すと、光の玉が放たれ近くの岩を粉砕した。

「これは……」

「この世界では魔力をコントロールすることで様々な力になる。これは一番簡単な魔力弾……と、私は呼んでいる」

「魔力弾……」

コウルの頭の中で様々なフィクション作品を思い浮かべる。

エネルギーを飛ばす。単純だがわかりやすい攻撃手段だ。

コウル、そして観ていたエイリーンも魔力の練習を行うことになった。

「まず、魔力を集中してみよう。精神を集中して、力が巡るイメージをするんだ」

二人は言われた通り精神を集中する。

ジンの眼には二人に魔力が集中していくのがわかる。

だが予想外だったことがあった。

「これは――!」

コウル、エイリーン。二人の魔力はジンの想像を上回っていた。

「ジンさん?」

「ああ、コウルくん、エイリーンちゃん。やめていいよ」

言われるまま二人は一呼吸入れる。魔力はおちついた。

「すごいな。二人とも」

「そうなんですか?」

今のコウルにはわからない。

「この世界では魔力の強さは、能力の強さと言っても過言じゃない。二人の今の集中した魔力は私以上だよ」

コウルとエイリーンはわからないながらも二人で喜ぶ。

その様子をジンは一人見ながら考え込んだ。

(コウルくんも十分だが、エイリーンちゃんの魔力、そこが知れなかった。コウルくんの腕を治した力といい彼女は一体……)

「ジンさん?」

呼ばれてハッとしたジンは咳払いをすると、続きを教え始める。

「さて、これが一番コウルくんにとって重要かな。先ほどのように魔力を集中したら、全身に流れるようにイメージするんだ」

言われた通りにすると、二人は力が巡ってくるのを感じた。

「す、すごい! 力が沸いてくるみたいです!」

「うん。剣をもう一度構えてごらん」

コウルは剣を構える。

先ほどと同じ構え。しかし先ほどと違い腕の震えなく剣を持っている。

「バッチリだ」

「格好いいです。コウル様」

「ありがとう。……様?」

「どうかしましたか?」

「いや、様付けで呼ばれるなんてと思って。呼び捨てでいいよ」

慣れない呼ばれ方に、コウルは戸惑う。

しかしエイリーンは。

「コウル様にジン様。助けてもらってるのです。そう呼ばせてください」

「ああ、うん」

コウルとジンは顔を合わせると。

「彼女、高貴な者かもしれないな」

「そうですね」

そう思うのであった。

「さて、魔力の練習はこれくらいかな。慣れてくると魔力を自由に体に巡らせて、腕を強めにしたり、足を強めにしたりできるが、まあそれは追々だろう」

そう言ってジンは歩き出す。二人はその後を追った。



町から町までは当然、かなりの距離がある。

コウルたちは安全を確認しつつキャンプをすることになった。

「ジンさんってなんでもできますよね」

食事をしながらコウルが呟く。

安全地帯の確認、簡易寝床の設置、料理。全てジンが早々と済ませていた。

「ははっ、これくらいは慣れればきみにもできるさ」

「そうですかね……」

倒してきたモンスターの肉をその場で捌きだした時に、あれはできそうにないと感じたコウルであった。



「これは――」

三人はひとつの村に立ち寄った。だがそこはには大勢の人が倒れている。

「大丈夫ですか!?」

コウルは近くの村人をゆっくり起こし声をかける。

村人は少しだけだが声を発し、目を覚ます。他の村人たちも皆、命に別状はなかった。

「どうしてこんなことに?」

ジンの問いに村人の一人が答える。

「数日前のことです、あなたたちと同じく旅の方がこの村を訪れました。

するとその男は『大事な話がある』と我々を広場に集めました。

そしたら……よくわからないのですが、急に力が抜けていき、皆倒れてしまったのです」

「力が抜ける?」

コウルが首をかしげる。

「魔力を急激に失うと、力を失い朦朧とすることがある。それかもしれない」

「!」

ジンの答えにエイリーンが反応する。

「魔力……失う……奪う? 何か思い出しそうなのですが……」

「魔力を奪う……か」

エイリーンの言葉をジンが復唱しつつ考える。

だがサッと切り替え、写真を取り出し村人に見せた。

「まさか、その男とはこの男ではないか?」

コウルとエイリーンも見た、ジンの友人カーズの写真。

それを見た村人は――。

「こ、この人です。間違いありません!」

「!」

ジンがいつもより大きく反応し。

「ありがとう。すまないが急ぐので。失礼する」

「え、ジンさん? 今日はここに泊まるんじゃ……」

「カズの手がかりを見つけたんだ。まだ追いつける。それに――」

(この村と同じく、他の町も犠牲になるとも限らない)

速歩で進むジンの背中をコウルとエイリーンは必死に追った。

そして、とある町。
噴水のある広場には町人たちが集合している。その噴水に立つのは――。

「カズ!」

ジンの叫びに町人たちが振り返り、カーズは噴水からジンを見下ろす。

「ジン……」

「やっと見つけたぞ……カズ!」

二人の目線が交じり合う。
今、親友同士のぶつかり合いが始まる――!
「ジン……」

「やっと見つけたぞ……カズ!」

「ジン、今の俺はカズではない。『カーズ』だ。それを忘れるな」

親友同士の視線がぶつかる中、コウルとエイリーンはようやく追いつく。

「あれが……カーズ?」

問いかけるコウルに、ジンが頷く。
カーズはコウルの方を見ると。

「ほう……元の世界の奴をつれているのか。ジン。そして……うん?」

カーズとエイリーンの目が合う。

するとエイリーンは突然恐怖の表情を浮かべ後ずさる。

「あ、ああ……」

「貴様……生きていたのか」

エイリーンは頭を抱え、うずくまる。

「だ、大丈夫。エイリーンさん!?」

コウルがエイリーンを支える。

ジンはそれを見るとカーズの方を向き直る。

「エイリーンちゃんと何があった?」

「お前が知る必要はない」

カーズは一瞥する。

「本気で元の世界を滅ぼす気なのか」

「今更それを聞くのか?」

「考え直す気は」

「ない」

短い問いかけと回答。

それが終わると、ジンはそっと腰の剣を抜いた。

「仕方がない。カズ……いや、カーズ! お前をここで止める!」

カーズはそれを見ると、自分も禍々しい剣を構えた。

「コウルくん。エイリーンちゃんは任せた」

「は、はい!」

確認すると、ジンは飛び上がった。

「はあっ!」

「ふん!」

ジンとカーズの剣がぶつかり合う。

その衝撃を合図にしたかのように、町の人たちは一斉にその場を離れだす。

コウルはエイリーンを連れ、人の波に混ざり距離を取る。

だが――。

「元の世界の男は死んでもらう。そして女! 生きていたのなら再び我が計画の糧となれ!」

カーズが指を鳴らすと、どこからともなく骨のモンスターが出現する。

「モンスターを操るだと!? カーズ、お前は一体……?」

骨のモンスター『アンデッド』たちはコウルとエイリーンの方へゆっくり動き出す。

それを見ると、ジンも二人の方へ向かおうとするが――。

「俺を止めるのではなかったのか?」

カーズの剣の一閃がそれを邪魔する。

「くっ!」

「お前はおとなしく俺の相手をしていればいいのだ!」

カーズの連続攻撃を防ぐジン。とても助けに行きつつ戦える状況ではない。



「モ、モンスター……」

コウルはアンデッドの大群にたじろぐ。

だが、横で震えているエイリーンを見て、守らないといけないと勇気を振り絞る。

「エイリーンさんは、ここに」

エイリーンを建物に寄りかからせ、コウルは剣を抜くと。

「あいつらは僕が……止めてみせる!」

アンデッドたちの群れに突撃する。

(ジンさんから習ったとおりにやれば!)

魔力を集中し、全身に巡らす。コウルの力が解放される。

「やあっ!」

コウルの剣は綺麗な振り方とは言えないが力強い一撃を放ち、アンデッド一体を粉砕した。



「コウルくん、あれなら大丈夫だな」

斬りあいながらも、コウルの様子を確認しながらジンは呟く。

「余裕だな!」

カーズの強い一撃。ジンはそれを防いで間合いを開け話し出す。

「なあ、『カズ』。命がけじゃないとはいえ、昔もよくこうやって勝負したよな」

「なにを言い出す……」

「あの頃には戻れない。だが、元の世界を滅ぼしてどうなる。それでお前は満足なのか!」

「……」

カーズが剣を降ろす。

それをジンは諦めてくれたと感じ、近寄って……とっさに後ろに飛んだ。

あと少し遅ければ、剣がその身に直撃するところであった。

「ジン、俺は満足だよ! あいつがいない世界など! くだらん連中がいる世界など! 滅んでしまえばいい!!」

「カズ……」

ジンは悲しみの表情を浮かべる。

親友の変貌、ここまで病んでいた親友を助けれなかった自分。その両方が悲しかった。

「哀れみか? 悲しみか? だがお前にそんな暇があるのかな」

カーズが指した方をジンは向く。

コウルがアンデッドの大群に押されていた。



「くっ……」

幸先よくアンデッドを撃破していたコウルだったが、数の暴力に押され少しずつ消耗していた。

「この――!」

剣がまた一匹、アンデッドに直撃し破壊する。しかし数は一向に減らない。そして――。

「きゃあ!」

アンデッド数体がコウルを抜き、エイリーンの方へと向かっていた。

「エイリーンさん!」

コウルはエイリーンの元へ向かいたいが、アンデッドの群れに遮られる。

さらにその隙を付かれ、アンデッドの一撃がコウルの顔面を掠め、眼鏡が落ちる。

「!」

眼鏡が落ち、ふらついたコウルにアンデッドの一斉攻撃が続く。

「終わったな」

「コウルくん!」

ジンが駆けつけるには距離がある。

カーズの言う通り、アンデッドの攻撃で終わりかと思われた。

だが――。

「ど……け」

コウルに覆いかぶさっていたアンデッドが揺れる。

「どけーーっ!!」

アンデッドがはじけ飛ぶ。

そこから現れたのは、いつもの優しい目から一転、獣のような目をしたコウルだった。

アンデッドを蹴散らし、エイリーンの前に立つ。

「エイリーンさんは『俺』が守る!」



「なんだと……」

「……」

変貌しアンデッドを葬るコウルに、ジンとカーズは久しぶりに息があった。驚きでだが。

「コウルくんの魔力は私以上だったが、ここまで力を出せるとは……」

その呟き。その一瞬だった。カーズが先に動き出していたのは。

「しまっ――!」

一瞬でカーズはコウルに近づく。コウルはアンデッドに剣を振るうのに夢中で気づかない。

「終わりだ!」

「!」

コウルが気づくころにはもう遅い。カーズの剣が振り上げられる。

そして――。

「がっ……!」

間に割って入ったジンに剣が直撃した――。

「な――ジン!?」

「ジン……さん!?」

ジンは剣を受けたまま後ろに倒れる。

コウルは獣の目が元に戻り、慌てて受け止める。ふらつきそうな所をエイリーンも出て支えた。

「ジンさん!」

「ジン様!」

ジンを寝かせ、呼びかける。

この世界だからだろうか。血は出ていない。変わりか魔力の光が傷口から漏れ出ている。

「コウル……くん。無事で何よりだ……」

「ジンさん! ……そうだ、エイリーンさん!」

コウルは思い出す。自分の腕を治したエイリーンの力を。

エイリーンも気づくと、ジンに向かって手をかざす。

光が広がりジンの傷を覆う。……しかし光は拡散してしまった。

「そんな……!」

「致命傷……かな」

ジンは悟ったような口調で目を瞑る。

再び目を開けると今度はカーズの方を見る。

「これでも、まだ辞める気はないのか……カズ」

「……チッ。興がそがれた」

カーズは振り向くとその場を去る。

「さよならだ……ジン」

その一言を残して。



「ジンさん……」

「コウル……くん。本当は私が止めたかったが……。私に変わりカズを止めてくれないか?」

「それがジンさんの頼みなら……」

コウルは頷く。明確な目標だったジンの言葉。それを受け継ぎたかった。

「エイリーン……ちゃん」

「は、はい」

「きみはまず記憶を取り戻すんだ。カズとの関わりつなぎ、思い出せばきっとコウルくんの力になれる」

エイリーンも頷く。

「うん。二人ならやっていけるさ。すまないな……さようならだ」

そう言った瞬間、ジンの体は魔力の光となって消えていった。

「ジンさん!」

「ジン様!」

二人の叫びが響く。涙が流れる。

その涙に混ざるように雨が降り出し始めていた。
「これから……どうします?」

ジン亡き後、宿の親切もあり、泊まることにした二人。

しかし、この世界に来て日が浅いコウルと、記憶喪失のエイリーン。

カーズを追う。目標は明確だが、まずどうすればいいかわからない。

「そうだ……。ジンさんの荷物」

部屋に運んでもらったジンの荷物。大きめの革袋。コウルはそれを開け、中身を確認する。

食料、地図。コウルは初めて見るこの世界のお金。そして――。

「うん?」

「なにかありましたか?」

コウルは袋の奥から手紙のような物を取り出す。

それには『コウルくん。エイリーンちゃんへ』と書いてあった。

「ジンさんいつの間に手紙なんか……」

「そういえばこの前の夜、何か書いているのを見ました。これだったのかもしれません」

コウルは封を開け、手紙を読む。



『コウルくん。エイリーンちゃん。この手紙を読んでいるということは、私に何かあったのだろう。

志半ばで倒れるわけにはいかないと思ってはいるが、この手紙を残しておくよ。

まず、何をすればいいかわからない時は、どの町でもいい。酒場に行き『マスター』に会いたいと頼むんだ。

ああ、酒場のマスターのことではないよ。『マスター』という名前だ。その人ならきみたちがどうすればいいか導いてくれるはずだ。

すまないね、私はきみたちに目的を押し付けているだろう。でもこれからはきみたちの旅だ。

きみたちの生き方をして構わない。健闘を祈っているよ。ジンより』



「ジンさん……」

コウルは手紙をそっと閉じ、再び袋にしまう。

「マスター様という方にお会いすればいいみたいですね」

「うん」

二人は宿の主人に酒場の場所を聞くと、さっそく向かうことにした。

夕方の酒場には、人が集いワイワイと酒を飲んでいる。町人から冒険者らしき人まで様々だ。

そんな中に若干場違いなコウルとエイリーン。

二人は緊張しながら、酒場のカウンターに向かいマスターの前に座る。

「ご注文は?」

「あ、えっとミルク?」

周りからかすかに笑いが聞こえて、コウルは恥ずかしくなったが、

酒場のマスターは気にせずコウルとエイリーンの前にミルクを差し出した。

二人はそれをゆっくり飲むと、話を切り出す。

「ええと……マスター。『マスター』さんをお願いしたいんですが……」

それを聞いても酒場のマスターは表情ひとつ変えず小声で「明日の朝また来なさい」と言った。

二人はそれを聞くと、手間取りながらミルクの代金を払い、酒場を後にする。

「明日会える……のでしょうか?」

「すぐに来れるとは思えないけど……」

宿に戻りながら二人は考える。いきなり頼んですぐに次の日の朝に会えるのだろうかと。

しかし明日来るように言われた以上、コウルたちはそうするしかない。



「すー……すー……」

「……」

エイリーンの穏やかな寝息が聞こえる中、コウルは眠れずにいた。

最初、ジンのことを考えていたのもあるが――。

(よく考えたら、ジンさんがいなくなって、エイリーンさんと二人きりなんだよな……)

コウルの中で途端に恥ずかしさが湧いてくる。女の子と二人きりそして――。

(可愛い……)

コウルは改めてエイリーンを眺める。

流れるような銀の髪。美しい白い肌。輝く瞳。その全てがコウルを眠れなくする。

(うん? ……瞳?)

コウルは気づく。エイリーンが寝てるのに何故瞳が見えているのか。

「コウル様?」

「!?!?」

エイリーンが目を覚ましコウルの方を見ている。コウルは驚いてべッドから転がり落ちた。

「だ、大丈夫ですか!?」

エイリーンがコウルに駆け寄る。コウルが起き上がると、エイリーンと目が合った。

「目が覚めたら、コウル様がこちらを見ていらしたので、何かあったかと思いまして……。驚かせてしまったのなら申し訳ありません」

コウルは逆に見られていたことが恥ずかしくなり顔を真っ赤にする。

「な、何でもないよ! おやすみ!」

それを隠すようにコウルはベッドに飛び込むと布団をかぶった。

「コウル様……?」

その様子をエイリーンは不思議そうに見る。

しかしコウル、そしてエイリーン自身も気づいていなかった。彼女も顔が赤くなっていたことに。



翌日、二人は朝早く酒場の前に立つ。

(……わりと普通に寝れてしまった)

あの後、コウルは布団の中ですぐに眠りに落ちていた。

アンデッドたちとの戦いの疲れもあったが、コウルはもともとよく寝れる体質であった。

「では、入りましょう?」

「うん」

ノックをすると「どうぞ」と声がする。しかし昨日の酒場のマスターの声ではない。

そっと扉を開け、店内に入ると、酒場のマスターがいるべき場所に別の男が立っていた。

長身ですらっとした見た目。サングラスに近い眼鏡。左手はケガをしているのか包帯で包まれている。

「はじめまして。コウル、エイリーン」

入り口で様子を伺う二人に、男は声をかける。

「あなたが、マスターさん?」

「マスターで構わない」

二人に向かってほほ笑むその表情に、怪しいところはないと感じ近づく。

「ジンのことは残念だった」

「えっ」

ジンが亡くなったのは昨日。そのことを既に知っていることにコウルは驚いた。

「人の死は、魔力の大きな流れになる。それを知ればわかることさ」

「はあ……」

魔力は人が誰しも持つ。それはジンから聞いていた。

しかし、魔力の大きな流れはコウルにはわからない。

「えっと、僕たちはこれからどうすればいいのでしょうか?」

コウルは単刀直入に聞く。

するとマスターは、いきなり眼鏡を外すと二人をじっと見分し始めた。

「あの……?」

コウルとエイリーンは戸惑う。

だが気にせずにマスターは見定め続けると、数分し、ようやく眼鏡をかけなおした。

「すまなかったね」

「い、いえ」

数分も眺められて少し驚いてはいたが、二人はジンが紹介したこの人の言葉に従うと決めていた。

「さて、コウル。エイリーン。ジンの志を継ぎ、カーズを止めるならば、君たちの大きな目標は二つ。

一つ、コウル、君は東に向かい、迷いの森に行きなさい。ある男が君に力を授けてくれる。

二つ、エイリーン、君は世界の中心、神の塔へ向かいなさい。君の記憶を取り戻す術がある」

「迷いの森……」

「神の……塔」

二人はそれぞれに言われた場所を呟く。それぞれの目標地を。

「では、健闘を祈る」

「えっ」

するとマスターは一瞬でその姿を消した。

すると店の奥から「終わりましたか」と声がし、酒場のマスターが出てきた。

「マスターさんは?」

「もう行かれました。あの方も忙しい身。これ以上はご容赦を」

そう言われては、二人は何も言い返せない。仕方なく宿に戻ることにした。



「さて……」

そう言ったコウルと、横にいたエイリーンが振り向き同時に聞いた。

「エイリーンさんの場所から行く?」

「コウル様の場所から行きます?」

視線が交わる。二人は照れつつ視線を逸らす。

「先にそっちに」

「いえコウル様の方に」

二人は言い合うが互いに譲らない。

「じゃあ、くじで!」

最初はじゃんけんにしようと言ったコウルだったが、エイリーンがじゃんけんを知らなかったのでくじにすることに。

紐の片方を赤く塗り、適当に混ぜ引く。赤を引いた方が決定する。

「あっ」

エイリーンが赤を引く。コウルは俯き「そういえばくじ運なかった」とつぶやいた。

「では――」

「わかったよ。じゃあ、いざ迷いの森へ!」

コウルとエイリーンは手を上げ宣言するのだった。
いざ迷いの森に向かうと決めたコウルとエイリーンであったが、その道のりは相当なものであると知ることとなる。

まず二人はジンが残してくれた地図を確認する。

「えっと、今いる町は……」

「ここではないでしょうか?」

エイリーンが地図の一点を指さす。

そこは、最初にコウルがエイリーンを助けた荒野からそう離れておらず、今の町に違いなかった。

「で、迷いの森は……。そもそも迷いの森なんて載ってるのかな?」

「あ、ここに書いてありますよ」

地図の東の一点。

そこには通常の地図の字とは違う、ジンが書いたらしき別の字で『迷いの森』と書かれていた。

しかしそこは――。

「遠いね……」

マスターは東の森と言ったが、東も東、海を越えた別の大陸にその森はあった。

「一応、神の塔も確認しない?」

コウルは地図の中心を見る。そこにはやはりジンの字で『神の塔』と書いてあった。

「こちらもとても遠いですね」

「世界の中心ってマスターさん言ってたしね」

二人は相応の道のりを覚悟し準備を始める。

幸いなことにジンはかなりのお金を残しており、二人はそれで町に買い出しに出た。

「食料はこれくらいでいいかな?」

食料を買い込み、袋に入れる。ジンの形見の革袋は大きく、数日は持つだろう。

「コウル様だけに持たせるわけには……!」

エイリーンの強い願いにコウルはしぶしぶ折れ、エイリーン用に少し小さい革袋を買い、そちらにも食料を分け入れる。

その他、薬や予備の寝具、旅人向けのマントを買った二人。

「じゃあ、いざ出発!」

町を後に、まずは北東の港町に向かうのであった。



町を出て数日のこと。

「ポ……ム……」

小さな音が、コウルたちの歩いていた道をすり抜ける。

「コウル様、今何か聞こえませんでしたか?」

「うん、何か鳴き声のような……」

二人が辺りを見回すと、エイリーンが岩陰に何かを発見した。

それは、小さいピンク色の丸い物体。いや生き物だった。

手には翼とも手ともいえるものが生えている。足はない。

「ちょっと待って」

コウルは袋から一冊の本を取り出す。

それはジンが残していた手記。彼がこの世界での情報を記したものだった。

それをパラパラとめくり、とあるページで止める。

「あった。この生き物は『ポム』だ」

「だいぶ弱っているみたいです」

エイリーンは手をかざしポムの傷を回復させる。

少しするとポムは目を覚まし二人を見た。

「ポ……ポム?」

見知らぬ、しかも人間だからだろうか。ポムは戸惑っている様子で後ずさる。

「大丈夫ですよ。こちらへ来てくださいな」

エイリーンが優しく呼びかけると、ポムは少しずつだが寄ってきた。

「ポムポム!」

「よしよし」

エイリーンに抱かれポムはなでられる。

「そのポムは子供みたいだね」

「そうですね」

「ポムー」

ポムはエイリーンから降りると、二人を見つめる。

「……懐かれてしまったみたいだけど」

「連れていきません?」

「え」

エイリーンとポムに見つめられ、コウルは仕方なく首を縦に振った。

「いいよ。連れていっても」

「ありがとうございます、コウル様!

「ポムー!」

二人がコウルに抱き着く。

コウルは顔を真っ赤にしながら、エイリーンとポムをどけた。

「じゃ、じゃあ、いくよ!」

赤面を隠すようにコウルは先に歩き出す。

その後ろをエイリーンとポムが追いかけるのだった。



港町についた一行。

さっそく船に乗るために港へ向かったが……。

「船が出ていない?」

定期船が出ておらず、コウルたちはさっそく足止めを喰らう。

「はい。それが、定期船の船長が昨夜から行方不明でして……」

それを聞いたエイリーンは「探しましょう」と一言。コウルも早く進むために船長を探すことにした。

二人で町の人たちに話を聞き、情報を集める。

そして二人が集めた情報で、近隣の海賊が怪しいと突き止めた。

「海賊か……」

海賊と聞いてコウルは悩む。

交戦になるかもしれない。その時自分は、人を斬れるだろうかと。



二人は海賊のアジトへ向かう。入り口には見張りらしき男が一人。

「どうします?」

「一人なら、気をひければ気絶させれるかも……そうだ」

コウルはポムを静かに呼ぶと、ポムを見張りの前に送り出す。

「うん? なんだこの生き物は」

見張りがポムに近づく。コウルはその隙に背後に回り込み、剣の鞘で強く殴った。

「がっ……」

見張りが気絶する。コウルはその場で謝ると、アジトに侵入した。



「コウル様、あそこです」

エイリーンが指さす方向には海賊らしき集団と、その奥に捕らわれている船長が見える。

「どうします?」

「……エイリーンさんはここで待ってて」

コウルはその場で立ち上がり堂々と、海賊たちに近づいた。

「あん? なんだてめえ」

海賊の親分らしき男がコウルを睨む。

コウルは一瞬、怯みそうになったが睨み返しながら言う。

「船長を解放してください」

海賊たちは笑う。少年一人が何を言っているのかと。

コウルはその笑いを無視し、剣を抜き海賊たちへ向ける。

「解放してくれないと、あなたたちを斬ることになります」

この発言はコウルの覚悟のなさがでていた。

諦めてくれればよし。ダメでもそれは自分の責任ではないと。

だが海賊は笑いながら、武器を取り出した。

「小僧、なめるなよ。てめえが剣を構えたところで怖くもなんともねえ!」

海賊たちが突撃してくる。

コウルは仕方ないと感じながら、全身に魔力を巡らせた。

(あの時の感覚を……!)

アンデッドではない。相手は人間。だけどやることは同じ。斬るのみ。

コウルは海賊の攻撃をかわすと、すれ違いざまに斬る。

血は出ない。出るのは魔力の光のみ。それがコウルに少しだけ安堵感を与える。

「てめえっ!」

海賊たちは武器を振り続けるが、コウルはそれをかわし斬ることを繰り返す。

そしてついに、海賊は親分を残すのみとなる。

「て、てめえ。何者だ」

「通りすがりの旅の者」

コウルが親分の武器を弾き飛ばしとどめをさす。その時だった――。

「きゃああっ!」

「!?」

コウルが振り向くと、エイリーンが海賊の一人に捕まっている。

その海賊は入り口で気絶させた見張りだった。

「エイリーンさん!」

「おっと、隙ありだぜ!」

親分が拳を振るう。コウルは避け切れずまともにくらう。

「っ!」

気絶しそうになるのをなんとか踏みとどまる。

しかし、エイリーンが捕まってる以上、手出しができない。

「おらおらどうした! さっきまでの勢いは!」

親分はコウルを殴り続ける。そしてついにコウルは倒れた。

とどめといわんばかりに親分は近くにあったオノを振り上げた。

「コ、コウル様ー!」

その時だった。エイリーンの身体が魔力の光に包まれる。光は海賊を吹き飛ばし、さらに親分に向け光が放たれた。

「な、なにーっ!?」

海賊の親分は光に飲まれる。その光の勢いは親分を吹き飛ばし壁に叩きつけた。

「コウル様っ!」

エイリーンはすぐさまコウルに近づき回復の腕をかざす。

「っ……」

コウルは目を覚ますと首を回してから言った。

「かっこ悪いところを見せちゃったね……」

「そんなことはありません! わたしが捕まってしまったせいでコウル様が……」

エイリーンは涙を浮かべながらコウルに抱き着いた。

コウルは照れつつもエイリーンの背中をなでた。

「……ポム」

「……いいかね?」

二人に近づいてきた、ポムと捕まっていた船長。

「うわあっ!?」

「きゃあっ!?」

二人はさっと離れる。お互いに顔が真っ赤だ。

「おほん。きみたちのおかげで助かった。礼を言う、ありがとう」

「あ、いえ」

船長がおじぎをする。

それを受け止めると、コウルたちは船長を連れ町に帰るのだった。
コウルたちはようやく船に乗ることができた。

さらに船長が助けてくれたお礼として、最高級の部屋に案内された。

「うわー! フカフカだ!」

コウルは高級ベッドの触り心地を確かめる。

ポムはベッドの上を飛び跳ねていた。

「すごいですね。一番いい部屋を、無料でわたしたちに貸してくれて」

「人助けは大事だね」

二人はベッドを堪能しながら、船長を思い浮かべた。

しばらくのんびり部屋で過ごす二人とポム。

エイリーンはベッドから降りると、コウルに声をかける。

「コウル様。外を歩きませんか?」

「え、うん。いいよ」

コウルは起き上がると、エイリーンと一緒に外に出る。ポムは気持ちよく寝ていたので布団をかけておいた。

二人で甲板に出て、船の進む海を眺める。

「風が気持ちいいですね」

「うん」

コウルはエイリーンを見る。

風になびく銀の髪。綺麗なエイリーンの横顔。

見ているとまた顔が赤くなりそうなので、再び海の方に向きなおした。

「船旅は快適かね?」

二人の後ろから声がして振り向くと、船長がこちらに来ていた。

「ええ、気持ちいいです。ここも、あの部屋も」

「ありがとうございます」

二人が礼をすると、船長は軽く笑いながら言う。

「いやいや、助けられたのは私だ。礼などせんでいいよ」

「それはそれ、これはこれです」

「そうかね?」

二人と船長はしばらくの間談笑する。その最後にコウルは聞いた。

「どのくらいの日数で着きますかね?」

「何事もなければ二日後には着くよ」

二日。それを聞いて、コウルは思う。

まずは力を得る。それが第一。だが、カーズは一体あとどのくらいの時間大丈夫なのか。

のんびりしているつもりはないが、コウルは時間が気がかりだった。





とある大陸。とある遺跡のような場所。

「魔力砲。完成まであと少しか」

遺跡の中心にそびえ立つ塔の中にカーズはいた。

その前には、遺跡の外観に合わない巨大な機械が存在している。

「魔力もだいぶ集まった。あとはそうだな……」

カーズの脳裏に二人の影が浮かぶ

「コウルとエイリーンだったか。あの二人の魔力をこれに捧げよう」

カーズの高笑いが遺跡に響くのであった。





順調な船旅かと思われたコウルたち。しかし――。

「……すごい雨ですね」

「外の風も強いね。嵐かな」

船が波で揺れる。船は嵐の中にいた。

ポムは怯えて、布団の中で震えている。

「天気ばかりはどうしようもないね」

「船は大丈夫でしょうか?」

「この船は大きくて頑丈そうだから大丈夫と思う……よ?」

頼りなくコウルは言う。

しかしコウルから見て、この船は元の世界の船と比べても十分立派な船だった。

沈んだりはしない。コウルはそう思っていた。

だが――。

「うわわ!?」

「きゃあっ!?」

船が揺れ大きく傾き、コウルとエイリーンは部屋の隅に滑る。

「やばそう……」

コウルが呟いたちょうどその時。

大きく風が吹く。船が揺れ傾き――。

「うわあっ!?」

部屋の扉が開いてしまい、水が押し寄せる。

コウルたちはその水に飲まれ流されてしまった。



「う、うーん……」

コウルが目を覚ます。

「ここは……? そうだ、エイリーンさん! ポム!」

周りを見渡す。

幸いなことにエイリーンは近くに倒れており、ポムは風船のように浜近くに浮かんでいた。

コウルはポムを拾うように持つと、エイリーンに近づく。

「エイリーンさん!」

コウルが呼びかけると、エイリーンはゆっくりと目を開けた。

「コウル……様?」

「大丈夫? 痛いところはない?」

エイリーンはゆっくり立ち上がる。表情が少し虚ろげだ。

「わたし……少しだけ思い出しました」

「え?」

「記憶……全てではないですが……」

「本当!?」

うなづくと、エイリーンはゆっくり語りだす。

「わたしは、以前はもっと力がありました。何故かまでは思い出せていませんが……。

そして、ちょうど先ほどの嵐のような時に、あの人、カーズと戦い敗れました」

コウルは以前、エイリーンがカーズを見たときに怯えたのを思い出す。

「どうしてカーズと?」

「わかりません。ただ、止めようとしていたのは間違いありません。

そして、その時に記憶を失い、コウル様たちに助けられたのだと思います」

コウルはそれを驚きの表情で聞いていた。

「エイリーンさん、きみは一体……」

だがそれは、今の二人にはわかることではなかった……。



「さてと、ここはどこだろう」

「あまり目的地から離れていなければいいんですが……」

コウルたちは荷物を抱え動き出す。

幸いなことに荷物は全部、コウルたちの近くに流れ着いていた。

「近くに人気はないね」

「ポム」

「ポム」

「ポムさん? どうしたのですか、二回も鳴いて」

コウルとエイリーンがポムを見る。そこにはポムが二匹いた。

「え?」

「ポムさんが……二匹?」

コウルたちが連れていたポムより明らかに大きいが、それは間違いなくポムだった。

「ポムポム」

「ポムポム」

二匹は会話するように鳴きあう。

しばらくするとポムたちが動き出す。コウルたちのポムが「ついてきて」と言うように鳴いた。

コウルたちは道もわからないのでそれについて行く。

しばらく歩いていると――。

「ポム」

「ポムー」

「ポム!」

「うわあ」

そこは、辺り一面の草原にポム、ポム、ポム。たくさんのポムの群れがいる。

「ポムさんの村……でしょうか?」

「そうみたいだね」

そう言っていると、コウルたちのポムと二匹の大きいポムがやってくる。

「ポムポムポム!」

「え?」

大ポムたちは何かお礼を言っているようだがコウルにはわからない。

しかしエイリーンは「まあ、そうだったんですね」と笑顔で答えた。

「わかるの?」

「はい。なんとなくですけど」

エイリーンの翻訳で、コウルたちが助けたポムは大ポム二匹の子供だとわかった。

ポム族はたまに長距離飛行をするが、そのときにはぐれてしまったとのことだった。

お礼に、その日はポムたちがもてなしてくれることになった。

「偶然流れ着いた先が、ポムの故郷だったなんてすごい偶然だね」

「そうですね」

ポムたちが祭りのように騒いでる中、コウルとエイリーンは笑い合う。

そんな中、数匹のポムがが食べ物を運んできた。木の実やら草やらを。

「……これ、僕たちが食べても大丈夫かなあ?」

ためらうコウルをよそにエイリーンは一口木の実をかじる。

「少し固いですがおいしいですよ、コウル様」

「そ、そう」

コウルも適当な木の実をかじってみる。それはたしかに甘くておいしかった。

二人はたくさんの食事をし、その日はポムたちと寝ることとなった。

「ポムたちが知っているかわからないけど、明日は道を探して出発しないとね」

「はい」

そう言って二人はゆっくり、数匹のポムたちに囲まれてだが、眠りに落ちた。



「ポムー!」

「! なになに!?」

急にポムたちが騒ぎ出す。何が起こったのかと二人は村の中心に出る。

そこには男たちが、ポムを捕らえ連れて行こうとしていた。

「お前たち、何をしているんだ!」

「あーん? なんだ、ポムの巣に人間のガキ?」

何故、自分たちのほかに人間がいるのか怪訝そうな目でコウルとエイリーンを見る。

「なんでガキがいるか知らねえが、邪魔すんじゃねえよ」

「ポムさんたちを捕まえてどうする気ですか?」

エイリーンが聞く。男たちは鼻で笑いながら言った。

「知らねえのかよ。ポム族の身体はいろいろ売れるんだぜ? 皮やら肉やらなあ」

「皮……? 肉……?」

二人は驚く。このピンクの可愛い生き物の皮や肉を売るという発言に。

「コウル様」

「うん」

コウルは剣を抜いた。

「お前たち。今すぐポムたちを解放して帰るんだ」

海賊の時と同じ。まずは無血での解放を問う。だが結果はわかりきっていた。

「ガキが。なめるなよ?」

男が一人。武器を構える。コウルはハッとした。

男一人、リーダー格の男が武器を構えただけで、他の男たちはポムを連れて行こうとしている。

「させないっ!」

コウルは剣を振り上げ連れて行こうとしている男たちに向かおうとする。

だが、リーダーらしき男が道を遮る。

「どいてっ!」

コウルが剣を振るう。しかしその一撃はあっさり受け流された。

「っ!?」

コウルはバランスを崩しかけるが、すぐに持ち直し再び剣を振った。

しかし男はそれをあっさりとかわす。

「やはりガキだな。攻撃が単調だ」

コウルは挑発に乗るように剣での攻撃を続ける。当たらない。

前の海賊は倒せたという自負がコウルを焦らせる。

「おらっ!」

「ぐっ――!」

男はコウルの隙を付き蹴りを入れる。攻撃を外し隙だらけだった腹に直撃する。

「自信があったようだが、俺はただの賊じゃあないぜ? 元はそこそこ名のある傭兵よ」

驚くコウルに、男は「今度はこっちがいくぜ」と剣を振るう。

自称元傭兵は伊達じゃない。コウルは防戦一方になってしまう。

「コウル様!」

戦う力がないエイリーンは見ることしかできない。

そのエイリーンの横に一匹のポムがやってきた。そのポムは他のポムとは違い、髭のような物が生えている。

「ポムポムポム」

「え、ですがわたしは……」

「ポムポム」

「わかりました。やってみます!」

コウルはとうとう剣が弾かれる。そして男の剣が振り上げられた時だった。

男に向かい光の弾が放たれる。男はそれを紙一重で避ける。

「エイリーンさん!?」

「コウル様は傷つけさせない!」

エイリーンが光の弾を大量に放つ。その光の弾は――。

「これは……魔力弾?」

以前、ジンが教えてくれた、魔力の弾による攻撃。それをエイリーンが撃っている。しかも連続で大量に。

どこにそんな魔力があるかはわからないが、コウルは剣を拾いなおすと男に向き直り――。

「今だ!」

男がエイリーンの魔力弾を避けたところを斬りつけた。

「がっ……てめえ」

「卑怯でいいよ」

「いや……あの女一体」

男は倒れる。こうなると残りは烏合の衆だった。

リーダーがやられるとは思っていなかったのか、ポムを離すと逃げ帰っていく。

「ふう……」

「コウル様。大丈夫ですか?」

ポムを皆助け、休憩しているところにエイリーンがやってくる。

「うん。大丈夫だよ。今日はエイリーンに助けられたね」

「あれは……あのポムさんが教えてくださったから」

「あのポム?」

「お髭のポムさんです」

村を見回す。髭のポムはどこにも見当たらない。

「ポムポム? ポム!?」

一匹のポムに聞いてみると、それはめったに姿を見せない長老ポムではないかとのことだった。

「長老ポム……。エイリーンさんの力になるために現れてくれたのかな?」

「そうかも……しれません」

(コウル様を助けたいと強く願ったから……)

エイリーンはそう思った。



翌日。

ポムたちに道を聞いてみると。

「ポムポム!」

「いいんですか?」

なんと親ポムが目的の大陸まで送ってくれるという。

その好意に甘え、二人はそれぞれポムに乗った。

「うわー!」

「わあ!」

二人を乗せたポムは飛び立つ。

新たな地。東の大陸に向けて――。
コウルとエイリーンを乗せたポムたちは、なかなかの速度で海の上を飛行していた。

「船とはまた違う景色ですね」

「うん。あと、ポムってこんなに速く飛べるんだ」

「ポムー!」

得意げに鳴くポムたち。二人はそれぞれ、乗るポムをなでる。

そのお礼のようにポムたちはさらに速度を上げ進む。

そしてあっという間に、東の大陸に到着した。

他の人間に見つかるとマズイと思い、港から少し離れた浜辺に降り立つ。

「ありがとうございます、ポムさん」

礼を聞くと、ポムたちは飛び帰っていく。

「またいつか、会いに行きたいですね」

「そうだね。カーズを止めて、それからまた行こう。ポムたちの島に」

ポムたちに手を振りながら、コウルたちは誓うのだった。



そこからコウルたちは、地図を頼りにさらに東へと向かう。

数日。数十日。町々を通り、そして、迷いの森に一番近い村にたどり着いた。

「ここで買い出しと情報収集をしよう」

「はい」

食料を補充し、村の人たちに話を聞く。

「迷いの森? ああ、あの森な。迷いの森っていうか……追い出されるんだよなあ」

「追い出される?」

「そう。森に入ってどっちに進んでも、追い出されるようにこっちに戻ってきちまう。

森で迷うどころか、気づいたら森の入り口だ。行くっていうなら止めないが……無駄骨だと思うぜ?」

村人たちは皆、だいたい同じことを言う。

しかしコウルたちは行くしかない。マスターの言葉を信じて。

村から一番近い森の入り口に、二人は立つ。

そこはたしかに、深く霧で奥が見えない迷いそうな森であった。

「じゃあ、いくよ」

森の中へいざ一歩。

霧で前が見えづらく、木々が多くてまっすぐ歩いているかもわからない。

コウルとエイリーンははぐれないように手をつなぎ、ゆっくりと進むが……。

「あれ……?」

「あ……」

村人の言う通り、二人は森の入り口に出ていた。視線の先にはその村の影が見える。

二人はもう一度入りなおしてみるが結果は同じ。また入り口に戻される。

「どうしましょう?」

「そうだ、目印をつけてみよう」

再度森に入る二人。

今度は入ってすぐに、コウルが近くの木に剣で傷をつける。その後も、少し進むたびに木に傷をつけていく。

そして――。

「……ダメでしたね」

「いや、次が本番だ」

入り口に戻っても、今度は木の傷という目印がある。

先ほどとは違う行き方をすればいい。コウルはそう思っていた。しかし……。

「あれ?」

コウルはさっそく戸惑う。入ってすぐの木につけたはずの傷が見当たらない。

「この木……だったよね?」

「そのはずですが……」

周りの木をいくつか見る。木に傷はひとつも見当たらない。

仕方なく先へ進んでみるが、ひとつも木に傷は見当たらず、また入り口へ戻される。

二人は一度村に戻ることにした。

「お、旅人さん。おかえり」

「どうも……」

村人はわかりきっていたといわんばかりの様子で、二人を出迎える。

コウルは疲れた表情で返事をし、宿屋に向かう。

宿の一室で、コウルは布団に寝ころびながら「どうしよ……」と呟くしかない。

「ジン様が何か残していませんか?」

地図には迷いの森としか書いていないが、他に何かあるかもしれない。

コウルは起き上がると、ジンの手記を取り出しページをめくる。

「えっと……これだ」

『迷いの森で彼に会うのならば、森に入り魔力を高めること』

「魔力を高める……?」

森の前で戦闘態勢に入れということだろうかと、コウルは思う。

だが、書いてある以上、これを試すしかない。



翌日、二人は森の中に入ると、最初の木の前で魔力を集中し始めた。

「はああ……!」

「……」

コウルは気合を入れるように、エイリーンは精神を集中するように、魔力を集中する。

すると――。

「あ……!」

二人の魔力に反応するかのように木々がざわめきだすと、道を作るように木が左右に動いた。

できた道を二人は奥に進む。

しばらく歩くと目の前に家のような物が見える。

「ここが……」

小さな家。周りは木々が退き、広場のようになっている。

二人が着いたのを確認したかのように、道を作る木々はまた元の位置に戻っていく。

その様子を見ていると、家の扉が開いた。

「……来たか」

出てきたのは、マスターに負けず劣らずの長身の男。

黒の長髪、鋭い眼、激戦を繰り広げてきたかのような身体の傷。

その威圧感にコウルは少したじろぐ。だが、エイリーンは別のことを考えていた。

(この感じ……?)

男は二人を見る。一瞬その鋭い瞳が優しくなったが、二人は気づかなかった。

「は、初めまして。コウルといいます」

「エイリーンです」

「俺は……『リヴェナール』。『リヴェル』でいい」

男、リヴェルは『入れ』と家に招く。

「さて、コウル。マスターになんと言われて来た」

「ここにくれば力が手に入ると……」

「ふぅ……。そんな簡単なわけがないだろう」

「えっ!?」

せっかく長旅で来たのに、力が手に入るわけではない。コウルは落ち込む。

「勘違いするな。簡単にはと言っただけだ。力は手に入る」

そう言ってリヴェルは壁に向かって魔法陣のようなものを描く。

すると壁に突然、光の扉が現れた。

「コウル、お前に課す修行だ。この扉をくぐり、またここに戻ってこい」

コウルは扉を見ながら「修行かあ」とため息をついた。

「そんな簡単に力が手に入るわけがないだろう。最初から最強。最初から万能。そんなものは神だけだ」

「あなたやマスターさんも?」

「無論だ」

それを聞いてコウルは覚悟を決め、扉に手をかける。

後ろからエイリーンがついて行こうとするが――。

「ダメだ。ここはコウル一人で行ってもらう」

「えっ、そんな……!」

一緒に行く気でいたエイリーンは驚く。

「これは、コウルを鍛える場所だ。きみは『神の塔』まで待つんだな」

「……わかりました」

「じゃあ、行ってくる」

コウルが入っていくと、扉が光を放ちながら閉じていった。

「……」

「……」

エイリーンとリヴェルが二人きりになり、沈黙が訪れる。そんな中エイリーンはそっと口を開いた。

「リヴェル様。あなたは何者なのですか」



扉を抜けたコウルの目の前は、まるで別の場所だった。

「どこ、ここ」

コウルは周りを見回す。島のようだがどこかはわからない。入ってきた扉は消えていた。

とりあえず進んだコウルの前に、看板が立っていた。

「右でいいんだよね?」

看板に従い進むコウル。その前方には――そびえ立つ崖。看板には『上』と書いてある。

「これを登れと?」

崖登りなどしたことがあるわけがないコウル。しかし登るしか道はない。

魔力を集中し身体に巡らせ、登り始める。しかし少し登ったところでコウルは一度降りる。

「握力が足りない……」

握力が続かず長い崖を登り切れない。コウルは少し登っては降りるを繰り返す。

数時間は昇り降りを繰り返しただろうか。コウルはだんだんコツを掴めてきた。

「手のひらの方に魔力を多めに集中すれば……!」

コウルは以前ジンが言っていたことを思い出した。

『魔力を自由に体に巡らせて、腕を強めにしたり、足を強めにしたりできる』

コウルは再度、崖を登り始める。腕、そして手のひらに魔力を回していることで、力の感覚が変わっているのがわかる。

はや、数時間。コウルはなんとか崖を登り切った。しかし――。

「まだ、最初かあ」

そう、崖は最初に過ぎなかった。まだまだ道のりは長い。



「リヴェル様。あなたは何者なのですか」

「何者……とは」

エイリーンはリヴェルに会った時からある感覚があった。

「何となくですが、今の私には人の魔力の感じがわかります。

何故、コウル様の魔力と貴方の魔力の感じは全く同じなのですか?」

「……」

リヴェルは黙ったまま空を見上げる。

「教えて……くれませんか?」

エイリーンの輝く瞳がリヴェルを見つめる。

その瞳にリヴェルは息を吐き呟いた。

「その瞳には弱いんだよなあ」

その声は今までと違い少年のような声だった。



コウルは崖を越え、様々な試練を越え修行の終盤に来ていた。

そこは広い試合場のようだった。

「これで……最後?」

試練を越えたコウルは傷だらけで疲労困憊。

この試練を突破するのもギリギリになりそうであった。

すると、コウルの目の前に魔力が集まっていく。

「これは――!」

出現したのはコウルの影。最後の試練は自分との戦いだった。

影が剣を振りかざしコウルに迫る。コウルも剣を抜き、その攻撃を受け止める。

力は互角。だが影と違い、コウルは疲労で少しづつ押され始める。

「っ!」

だがコウルはあきらめない。乗り越えてきた試練。その全てを思い出す。

(魔力を足に大きく集中……!)

影が再び剣を振るう。

しかし、コウルは既にそこにはいない。

「こっちだ!」

一瞬で影の背後に回り込んでいたコウル。足に魔力を集中したことでコウルの速度はいつも以上に速くなっていた。

影が攻撃を防ごうと剣を出すする。だがそれも意味はなかった。

(両腕に魔力を集中!)

いつもより腕に魔力を集中させた一撃。

その威力は影の剣を折り、そのまま影を切り裂いた。

「はあ……はあ……。これで終わりかな?」

影が消える。すると試合場の先に光が放たれ、入ってきた時と同じ扉が出現する。

コウルはその扉を開けて帰っていった。



「――という訳だ」

その頃、エイリーンはリヴェルの話をずっと聞いていた。

リヴェルの過去。リヴェルの存在そのものを。それを聞いたエイリーンは驚きの表情であった。

「この話はコウルには秘密だ。いいな?」

「……はい」

ちょうどその時だった。

扉が出現し、コウルが戻ってきたのは。

「ただいま」

コウルがエイリーンに声をかける。

エイリーンはなんともいえない表情でそれを出迎えた。

「どうしたの?」

「い、いえ。なんでもないです!」

エイリーンの慌て方に疑問を浮かべるが、とにかく修行の報告をすることにする。

「戻りました。リヴェルさん」

「ああ」

リヴェルはコウルを見定める。

「魔力の巡らせ方を覚えてこれたようだな」

「はい」

「よし、最後の試練だ」

「えっ」

コウルは驚く。あの修行以外にまだ試練があることに。



家の外に出るとリヴェルは木刀をコウルに差し出す。

「最後の試練は、俺から一本取ることだ」

リヴェルが木刀を構える。コウルも木刀を構えた。

「いきます……」

コウルが跳躍する。影との戦いで見せた、足に魔力を込めた高速移動。

リヴェルの後ろを取ると木刀を振り下ろす。

だがリヴェルは読んでいたかのように振り向くと、コウルを弾き飛ばした。

「ぐっ……」

「いい速さになった。だがまだまだだ」

リヴェルは突き付ける。まだ上があることを。

コウルは考える。そしてもう一度、踏み込んだ。



数分間打ち合うが、コウルの攻撃はかすりもしない。

「お前はまだ正道にこだわりすぎている。もっと卑怯になれ!」

リヴェルはコウルの攻撃をかわしながらも適度にアドバイスを送っていた。

コウルはそれに従い、少しずつだが確実に攻撃を近づけていた。

そして――。

コウルは再び跳躍し回り込む。

「その手は最初に無駄だと――!」

だがコウルは真後ろにいない。少し離れた位置にいる。手には木刀がない。

するとリヴェルの頭を木刀がかすめる。コウルは木刀を投げたのだ。

「これでも……いいですよね?」

「ああ、そうだな」

ここにコウルは最終試練を突破した。



「ありがとうございました」

試練を突破し力を得たコウル。次はエイリーンのため神の塔へ向かう。

コウルはリヴェルに礼を言うと森の外へ向かう。

エイリーンもリヴェルを見ると礼をし、コウルを追った。

「……コウル。エイリーンをきちんと守れよ。俺のようにはなるな」

残ったリヴェルの声は風の音とともに消えていくのだった。