「失礼致します。ご用があると伺ったので参りました。……その、私にできることはございますか? 何でも仰ってください」
怪訝そうに顔を見合わせていた女官達だが、美蘭の言葉に口々に愚痴をこぼし始めた。
「あなた、新入りの乳母ね。聞いてよ! この赤ん坊、全然泣き止まないのよ」
「みんな寝不足なのに、この計画を立てた宰相は今頃ぐっすり眠ってるわ」
仮にも皇帝の寝所に詰めている女官達だが、寵姫の元にいる女官達と比べてどうも品がない。
何より皇帝の子である赤子に対して、随分と無礼だと美蘭は思う。
「あの、赤ちゃんて皇帝のお世継ぎですよね?」
「一応血縁だけど、殆ど他人の子よ。別にどうでもいいの。あなただって、大金もらってここにきたんでしょう? 余計な詮索はナシよ」
「赤子の世話をすれば一生遊んで暮らせるお金を貰えるって聞いたけど、四六時中泣かれちゃ嫌になるわ」
「放っておく訳にもいかないし。早くなんとかしてほしいわよ」
赤ん坊を抱いていた女官が、疲れ切った様子で椅子に座る。すると赤ん坊が更に大声で泣き出した。
「お乳がほしいじゃないですか?」
「あ、そうかも! 忘れてた!」
「ちょっとー、この子が死んだら、面倒な事になるんだからちゃんとしてよね」
けらけらと笑いながら一人の女官が赤ん坊を抱き上げて、乳房を口に含ませた。やはりお腹が空いていたのが、赤ん坊は夢中になって女官の胸に縋り付く。
その余りに酷い扱いに、美蘭は怒りを必死に抑える。
(なんなの、この人達? それにこの子は他人だって言ってたけど、どういうこと?)
「陛下はどちらに、いらっしゃいますか?」
「何を言ってるの? 皇帝も皇后も、とっくに病死されたじゃない」
「だからこの子を、代理として連れてきたのよ。宰相様は上手くやってるわ」
ぼんやりとだが、美蘭は現状を理解する。
そしてこのままでは、自分の計画は破綻すると気付いてしまった。
(こんな赤ちゃんじゃ、私の魔術は効かない……)
美蘭の持つ魔術は、他者を意のままに操るものだ。
けれど言葉もままならない赤ん坊では、操ったところで意味がない。
(ともかく、一度後宮に戻ろう。計画を練り直さなくちゃ)
一礼すると、美蘭は寝室を出る。
このままでは、翠国は焔国に滅ぼされてしまう。一体どうすれば国と民を守れるのか、考えながら廊下を歩いていると不意に背後から呼び止められた。
「誰だ!」
あと少しで後宮の門にたどり着くというところで、美蘭は警備の兵士に見つかってしまった。
内心慌てるが、喉元に貼った呪符を確認して堂々と答える。
「怪しい者ではございません。私は後宮で側仕えの仕事を任されている者です」
「そうか……ん?」
「待て。後宮の女が、勝手に正殿へ出入りできる訳がないだろう」
「怪しいな。捕らえて牢に入れよう」
兵士達は美蘭の言葉に耳を貸さず、槍を構える。
「お待ちください! 私は怪しい者ではありません!」
慌てて声を張り上げるが、喉元の呪符が剥がれてぼろぼろと床に落ちていくのが分かった。
(さっき女官達から色々聞き出したから、効力が切れたんだ)
こうなってしまっては、後宮へ戻っても美蘭は身分を偽り続ける事ができない。ともかく今はこの場を逃れることが最優先と考えるけれど、兵達は続々と集まってくる。
「よく見れば、なかなか愛らしい顔をしてるじゃないか」
「牢へぶち込む前に、俺達で調べる必要があるな」
逃げようとしても、兵士が美蘭を囲むように立ち塞がる。彼らは下卑た笑みを浮かべ、美蘭に手を伸ばす。
「嫌っ」
捕まる寸前、悲鳴を上げると何故か兵士の動きが止まった。
(呪符は破れたのに、どうして?)
おそるおそる周囲を見回すと、兵士達の視線は美蘭とは別の方向に向いていた。
「それは私の女だ」
「月冥様」
暗がりから現れたのは一人の青年だった。
月光を浴びてきらめく淡い茶色の髪、恐ろしいほど整った顔立ちはまるで彫刻のようだ。青い瞳は氷のようで、視線を向けられた兵達は一瞬にして静まりかえる。
「問題無い。お前達は持ち場に戻れ、面倒をかけたな」
皇族なのか、紫色の上品な衣を纏っている。何よりその堂々とした物言いに、兵士達は大人しく頭を下げるとそれぞれの持ち場へと戻っていく。
周囲から人の気配がなくなると、青年は美蘭に近づき呆れた様子で肩をすくめた。
「全く、随分と無茶をする女だ。皇帝の暗殺を企てるなら、もっと慎重に行動しろ」
「女じゃなくて、美蘭ですそれと暗殺なんて企んでません!」
怯えていると気取られないように、美蘭は精一杯の虚勢を張って青年を見上げる。
「美蘭。顔と同じで、可愛らしい名だな」
「えっ?」
そんなことは一度も言われたことがなかったので、美蘭は呆けてしまう。
「確か、翠国の皇女に同じ名の者がいたと聞いている。艶やかな黒髪をなびかせ、草原を馬で駆ける姿は美神のようだと噂されているが……」
「私、そんな噂になってるんですか?」
思わず聞いてしまうが、これでは自分がその本人だと認めてしまったと同じだ。
はっとして口元を抑えると、青年がくつくつと笑い出す。
「あ、あの……私……」
「本当の事を話せ。悪いようにはしない」
「貴方は誰なの?」
「失礼した。私は次期皇帝、月冥。とはいっても、次の満月まで生きているかは分からないが」
月冥と名乗った青年はその場に片膝をつくと、美蘭の右手を取り額に当てる。これは焔国では、男性が女性に対して行う最上級の礼だと美蘭も知っていた。
「私は美蘭。月冥様ほどのお方が、どうして……」
「月冥でかまわない。――皇帝の寝室に、赤子がいただろう? あの子が暗殺されないよう、毎晩見張っているんだ。あの子は関係がないからね」
こんな事に巻き込まれて、可哀想に。と月冥が呟く。
「一体なにが起こっているの?」
「そうだね。君になら話しても構わないだろう。また兵に見つかると厄介だから、こちらにおいで」
確かに深夜廊下で話していては、怪しすぎる。
月冥に促され、美蘭は近くの書庫と入った。
「私の父と母……先帝と皇后は昨年、宰相に暗殺された。あの赤子は、どこからか宰相が連れてきた子だ。母親から無理矢理引き離されたので、毎晩泣いている」
「酷い……でも先帝が暗殺されたなんて、知らなかったわ」
確か翠国にきた使者は、皇帝の命だと言っていた。
「大臣達は宰相が政を行ってると知りながら、彼の機嫌を損ねないよう振る舞っているからね。後宮にさえ、真実は知られていない徹底ぶりだ」
既に国庫も宰相の手の内にあり、賄賂が横行しているのだと月冥が続ける。
「けれど後継者の貴方がいるのに、どうして赤ちゃんを帝として置いているの?」
「私は政がままならないほどの病弱だと、噂を流されている。勿論、この通り元気だけどね。ただ成人しているから、お飾りとしても宰相からすれば私の存在は厄介なんだ。いずれは暗殺されるだろうけど、立て続けに皇族が死ねば流石に外聞が悪い。だから生かされているんだ」
苦笑する月冥に、美蘭は心を痛めた。
自分が暗殺の対象とされていることを知っているのに、月冥は血縁も無い赤子の命を心配して毎晩見回っているのだ。
「それなのに、赤ちゃんの心配をして……優しいのね」
「私は自分で身を守れるけれど、赤子は逃げることもできないだろう? 機会を見て母の元へ帰してやりたいのだが、女官達が見張っていて上手くいかないんだ」
この優しい人が皇帝になれば、他国への非道な侵攻などしないだろうと美蘭は思う。
「君はどうして、ここへ来たんだ?」
「翠国への侵攻をやめさせるために来たの――」
彼になら全てを話しても理解してもらえると美蘭は信じた。突然、焔国の使者を名乗る男が来て、無茶な要求を突きつけてきたこと。従わなければ、国が滅ぼされるだろう事も全て打ち明ける。
「従ったとしても、翠国は滅茶苦茶になるわ。だから私は、それを阻止するために宮女として後宮に忍び込んだの」
「そんな事になっていたのか。すまない」
「謝らないで。貴方が悪い訳じゃないんだから」
全ては宰相が命じたことだと、今なら分かる。
「……月冥は、この国を憎んでる?」
「そうだな。暗殺された父も、思えば良い君主とは言いがたかった」
宰相も暴君だった先帝の行いを見て、感化されたのだと月冥が続ける。
「私の代で国を変えようと、仲間達と共に話し合っていたのだが。間に合わなかった」
苦しげな月冥に美蘭は思いの丈をぶつけた。
「だったらお願い。私と一緒に、この国を滅ぼしてほしいの。そして新しい国にして」
王宮の片隅で、美蘭は初対面の青年に懇願する。
「対価が必要なら、私の全てを貴方にあげるわ」
「落ち着け、美蘭」
抱きしめられ、美蘭は自分が泣いていることに気が付いた。
翠国を守りたい気持ちと、月冥の苦しい立場を考えると胸の中がぐちゃぐちゃになるような苦しさがこみ上げてくる。
「宰相を止める方法が、一つだけあるの。それだけじゃないわ、赤ちゃんもお母さんの元に帰すことができるし、貴方を皇帝にだってできる」
「どうやって?」
「翠国の民は、不思議な力を持って生まれてくるの。私の力は、他人を意のままに操る魔術。宰相を操って、貴方を皇帝にすると誓わせるわ」
一呼吸置いて、美蘭は続ける。
「ただそのためには、操る相手に口づけをしなくてはならないの」
強い暗示をかける為には、深い接触が必要になるのだ。
「好いてもいない男と口づけを交わすのか? その魔術が本当なら、口づけも長くなるだろう。それだけで済むと思っているのか?」
言われて、美蘭は一瞬怖じ気ずく。それは薄々、分かっていた事だ。
怪訝そうに顔を見合わせていた女官達だが、美蘭の言葉に口々に愚痴をこぼし始めた。
「あなた、新入りの乳母ね。聞いてよ! この赤ん坊、全然泣き止まないのよ」
「みんな寝不足なのに、この計画を立てた宰相は今頃ぐっすり眠ってるわ」
仮にも皇帝の寝所に詰めている女官達だが、寵姫の元にいる女官達と比べてどうも品がない。
何より皇帝の子である赤子に対して、随分と無礼だと美蘭は思う。
「あの、赤ちゃんて皇帝のお世継ぎですよね?」
「一応血縁だけど、殆ど他人の子よ。別にどうでもいいの。あなただって、大金もらってここにきたんでしょう? 余計な詮索はナシよ」
「赤子の世話をすれば一生遊んで暮らせるお金を貰えるって聞いたけど、四六時中泣かれちゃ嫌になるわ」
「放っておく訳にもいかないし。早くなんとかしてほしいわよ」
赤ん坊を抱いていた女官が、疲れ切った様子で椅子に座る。すると赤ん坊が更に大声で泣き出した。
「お乳がほしいじゃないですか?」
「あ、そうかも! 忘れてた!」
「ちょっとー、この子が死んだら、面倒な事になるんだからちゃんとしてよね」
けらけらと笑いながら一人の女官が赤ん坊を抱き上げて、乳房を口に含ませた。やはりお腹が空いていたのが、赤ん坊は夢中になって女官の胸に縋り付く。
その余りに酷い扱いに、美蘭は怒りを必死に抑える。
(なんなの、この人達? それにこの子は他人だって言ってたけど、どういうこと?)
「陛下はどちらに、いらっしゃいますか?」
「何を言ってるの? 皇帝も皇后も、とっくに病死されたじゃない」
「だからこの子を、代理として連れてきたのよ。宰相様は上手くやってるわ」
ぼんやりとだが、美蘭は現状を理解する。
そしてこのままでは、自分の計画は破綻すると気付いてしまった。
(こんな赤ちゃんじゃ、私の魔術は効かない……)
美蘭の持つ魔術は、他者を意のままに操るものだ。
けれど言葉もままならない赤ん坊では、操ったところで意味がない。
(ともかく、一度後宮に戻ろう。計画を練り直さなくちゃ)
一礼すると、美蘭は寝室を出る。
このままでは、翠国は焔国に滅ぼされてしまう。一体どうすれば国と民を守れるのか、考えながら廊下を歩いていると不意に背後から呼び止められた。
「誰だ!」
あと少しで後宮の門にたどり着くというところで、美蘭は警備の兵士に見つかってしまった。
内心慌てるが、喉元に貼った呪符を確認して堂々と答える。
「怪しい者ではございません。私は後宮で側仕えの仕事を任されている者です」
「そうか……ん?」
「待て。後宮の女が、勝手に正殿へ出入りできる訳がないだろう」
「怪しいな。捕らえて牢に入れよう」
兵士達は美蘭の言葉に耳を貸さず、槍を構える。
「お待ちください! 私は怪しい者ではありません!」
慌てて声を張り上げるが、喉元の呪符が剥がれてぼろぼろと床に落ちていくのが分かった。
(さっき女官達から色々聞き出したから、効力が切れたんだ)
こうなってしまっては、後宮へ戻っても美蘭は身分を偽り続ける事ができない。ともかく今はこの場を逃れることが最優先と考えるけれど、兵達は続々と集まってくる。
「よく見れば、なかなか愛らしい顔をしてるじゃないか」
「牢へぶち込む前に、俺達で調べる必要があるな」
逃げようとしても、兵士が美蘭を囲むように立ち塞がる。彼らは下卑た笑みを浮かべ、美蘭に手を伸ばす。
「嫌っ」
捕まる寸前、悲鳴を上げると何故か兵士の動きが止まった。
(呪符は破れたのに、どうして?)
おそるおそる周囲を見回すと、兵士達の視線は美蘭とは別の方向に向いていた。
「それは私の女だ」
「月冥様」
暗がりから現れたのは一人の青年だった。
月光を浴びてきらめく淡い茶色の髪、恐ろしいほど整った顔立ちはまるで彫刻のようだ。青い瞳は氷のようで、視線を向けられた兵達は一瞬にして静まりかえる。
「問題無い。お前達は持ち場に戻れ、面倒をかけたな」
皇族なのか、紫色の上品な衣を纏っている。何よりその堂々とした物言いに、兵士達は大人しく頭を下げるとそれぞれの持ち場へと戻っていく。
周囲から人の気配がなくなると、青年は美蘭に近づき呆れた様子で肩をすくめた。
「全く、随分と無茶をする女だ。皇帝の暗殺を企てるなら、もっと慎重に行動しろ」
「女じゃなくて、美蘭ですそれと暗殺なんて企んでません!」
怯えていると気取られないように、美蘭は精一杯の虚勢を張って青年を見上げる。
「美蘭。顔と同じで、可愛らしい名だな」
「えっ?」
そんなことは一度も言われたことがなかったので、美蘭は呆けてしまう。
「確か、翠国の皇女に同じ名の者がいたと聞いている。艶やかな黒髪をなびかせ、草原を馬で駆ける姿は美神のようだと噂されているが……」
「私、そんな噂になってるんですか?」
思わず聞いてしまうが、これでは自分がその本人だと認めてしまったと同じだ。
はっとして口元を抑えると、青年がくつくつと笑い出す。
「あ、あの……私……」
「本当の事を話せ。悪いようにはしない」
「貴方は誰なの?」
「失礼した。私は次期皇帝、月冥。とはいっても、次の満月まで生きているかは分からないが」
月冥と名乗った青年はその場に片膝をつくと、美蘭の右手を取り額に当てる。これは焔国では、男性が女性に対して行う最上級の礼だと美蘭も知っていた。
「私は美蘭。月冥様ほどのお方が、どうして……」
「月冥でかまわない。――皇帝の寝室に、赤子がいただろう? あの子が暗殺されないよう、毎晩見張っているんだ。あの子は関係がないからね」
こんな事に巻き込まれて、可哀想に。と月冥が呟く。
「一体なにが起こっているの?」
「そうだね。君になら話しても構わないだろう。また兵に見つかると厄介だから、こちらにおいで」
確かに深夜廊下で話していては、怪しすぎる。
月冥に促され、美蘭は近くの書庫と入った。
「私の父と母……先帝と皇后は昨年、宰相に暗殺された。あの赤子は、どこからか宰相が連れてきた子だ。母親から無理矢理引き離されたので、毎晩泣いている」
「酷い……でも先帝が暗殺されたなんて、知らなかったわ」
確か翠国にきた使者は、皇帝の命だと言っていた。
「大臣達は宰相が政を行ってると知りながら、彼の機嫌を損ねないよう振る舞っているからね。後宮にさえ、真実は知られていない徹底ぶりだ」
既に国庫も宰相の手の内にあり、賄賂が横行しているのだと月冥が続ける。
「けれど後継者の貴方がいるのに、どうして赤ちゃんを帝として置いているの?」
「私は政がままならないほどの病弱だと、噂を流されている。勿論、この通り元気だけどね。ただ成人しているから、お飾りとしても宰相からすれば私の存在は厄介なんだ。いずれは暗殺されるだろうけど、立て続けに皇族が死ねば流石に外聞が悪い。だから生かされているんだ」
苦笑する月冥に、美蘭は心を痛めた。
自分が暗殺の対象とされていることを知っているのに、月冥は血縁も無い赤子の命を心配して毎晩見回っているのだ。
「それなのに、赤ちゃんの心配をして……優しいのね」
「私は自分で身を守れるけれど、赤子は逃げることもできないだろう? 機会を見て母の元へ帰してやりたいのだが、女官達が見張っていて上手くいかないんだ」
この優しい人が皇帝になれば、他国への非道な侵攻などしないだろうと美蘭は思う。
「君はどうして、ここへ来たんだ?」
「翠国への侵攻をやめさせるために来たの――」
彼になら全てを話しても理解してもらえると美蘭は信じた。突然、焔国の使者を名乗る男が来て、無茶な要求を突きつけてきたこと。従わなければ、国が滅ぼされるだろう事も全て打ち明ける。
「従ったとしても、翠国は滅茶苦茶になるわ。だから私は、それを阻止するために宮女として後宮に忍び込んだの」
「そんな事になっていたのか。すまない」
「謝らないで。貴方が悪い訳じゃないんだから」
全ては宰相が命じたことだと、今なら分かる。
「……月冥は、この国を憎んでる?」
「そうだな。暗殺された父も、思えば良い君主とは言いがたかった」
宰相も暴君だった先帝の行いを見て、感化されたのだと月冥が続ける。
「私の代で国を変えようと、仲間達と共に話し合っていたのだが。間に合わなかった」
苦しげな月冥に美蘭は思いの丈をぶつけた。
「だったらお願い。私と一緒に、この国を滅ぼしてほしいの。そして新しい国にして」
王宮の片隅で、美蘭は初対面の青年に懇願する。
「対価が必要なら、私の全てを貴方にあげるわ」
「落ち着け、美蘭」
抱きしめられ、美蘭は自分が泣いていることに気が付いた。
翠国を守りたい気持ちと、月冥の苦しい立場を考えると胸の中がぐちゃぐちゃになるような苦しさがこみ上げてくる。
「宰相を止める方法が、一つだけあるの。それだけじゃないわ、赤ちゃんもお母さんの元に帰すことができるし、貴方を皇帝にだってできる」
「どうやって?」
「翠国の民は、不思議な力を持って生まれてくるの。私の力は、他人を意のままに操る魔術。宰相を操って、貴方を皇帝にすると誓わせるわ」
一呼吸置いて、美蘭は続ける。
「ただそのためには、操る相手に口づけをしなくてはならないの」
強い暗示をかける為には、深い接触が必要になるのだ。
「好いてもいない男と口づけを交わすのか? その魔術が本当なら、口づけも長くなるだろう。それだけで済むと思っているのか?」
言われて、美蘭は一瞬怖じ気ずく。それは薄々、分かっていた事だ。