「……ああ、面倒くせえ……」

 オレは短調な色分け作業に、すぐに飽きてしまった。
 この作業が終っても、まだ開放されないのかと考えると、溜め息が零れる。

 ああ……こんなんでいいのか、オレの青春!
 
「放課後ただ猥談してるだけより、学校にも貢献出来て、ずっと建設的じゃない?」
 
「!!」

 渡辺はしれっと、さっきの話を蒸し返した。

「私ね、男に対して常日ごろから思ってたんだけど、そんなに童貞捨てたいなら、お金で女でも買えばいいじゃない?」

 なんてこと言い出すんだ、この女!
 
 ていうか、そんなところまで聞かれてたのか!

「そっ、そーいうことじゃないんだよ!」
 
「どういうことよ? まさか、気持ちがなきゃイヤなの~! なんて言うつもりじゃないでしょうね?」

 素直に「そうだ」と言うことを許されない、男の性癖を逆手に取った攻め方だ。

 分かっていたのに、オレは大人になれなかった。

「……そういうわけじゃ……」
 
「じゃ、別にいいじゃない。素人よりプロ相手の方がいいんじゃない?」
 
「……だいたい、そんな金ねぇーつうの!」
 
「アルバイトでもしたら? それに、セレブのオバ様たち相手なら、逆にお小遣いくれるんじゃない?」
 
「……っ! 冗談じゃねーよ! なんでババア相手に……女なら、誰でもいいってわけじゃないの! オレの理想は高いの! 胸が大きくて、スタイル抜群の、グラビアアイドルみたいなお姉さん!」

 ……なんだか、言ってて情けなくなって来た。

「わがままだな~」

 渡辺は子供のイタズラを見守るような母親の顔つきで、オレを哀れんでいた。

「金払うなら、そのくらいのわがまま、許されてもいいだろ!」
 
「いくらくらい掛かるんだろうね~? 私、そんなお金があるんなら、果実園リーベルで、秋の新作パフェでも食べたいわ」
 
 ……。

 かみ合わない。

 男と女はけして理解し合えないと、こんな会話で悟ってしまった。
 
「……あ、ねえ、相葉君、願い叶えの本って知ってる?」

 唐突に渡辺は、いたずらっ子のようなツラで、オレを真っすぐに見つめた。
 
「願い叶え?」
 
「そ。今女子の間で、ひそかにウワサになってる本のこと。私も詳しくは知らないけど、なんでもその本を手にしたら、どんな願いでも叶うらしいよ~」
 
「は? ……正気かよ、それは」
 
「実際、願いが叶ったとかいう生徒がいるとか、なんとか……」
 
「馬鹿馬鹿しい……」
 
 なにを言い出すのかと思えば……
 
 女って、本当にそう言うジンクスだの、おまじないの類が好きだよな……。

 渡辺がそういったことに興味があるのは、少し意外だったが。
 
「本って言うくらいだから、案外図書室と、なにか関係があるかもしれないよ? ここで仕事してれば、なにかの情報が得られるかも……と思いながら、作業やったら、少しは気が紛れるんじゃない?」
 
 別に渡辺はその話を、本気で信じてるわけではなさそうだ。

 そりゃ、そうだわな……
 
 オレの退屈しのぎに、話を振ってくれたわけだ。それなら、乗ってやらんこともないか……
 
「もし、本を手に入れられたら、叶えてもらったら?」
 
「え?」
 
「胸が大きくて、スタイル抜群の、グラビアアイドルみたいなお姉さんと、一発やりたいって!」
 
「……っ!!!!」
 
 恥も外聞もなく、しれっと話す渡辺に、オレはじわじわと、怒りのような恥ずかしさのような、説明しがたい感情がこみ上げて来たが、ぐっと堪えた。
 
「そうだな……。それもいいかもな。でもとりあえず、現実的にバイトして、金でもためようかな~?」
 
 呆けたようにオレを見つめる渡辺の顔は、ちょっとおかしかった。
 
 ざまあみろ! 女にやり込められてばかりのオレではないのだ。

 しかし、してやったのは一瞬だった。
 渡辺はフッと顔をほころばせた。
 
「いいんじゃない? 案外バイト先で、いい出会いなんか、あったりするかもしれないしね?」
 
 なんて、楽しそうに語るのだ。
 
 本当、女って良く分からない……
 
 女心に対する好奇心か、オレは何気なく尋ねてみた。
 
「……渡辺だったら、なにを願う?」
「え?」
「その本が手に入ったら」
 
 富? 名声? 美しさ? 永遠の命? それとも、ここは女の子っぽく、かっこいい彼氏とか?

 だがその質問は、渡辺の微笑みを張り付かせた。
 
 オレの予想は、見事に裏切られた。
 

 ――次第に時は、動き出す。

 渡辺は今日オレに向けた中で、一番大人びた表情を見せた。

「……秘密」
 

 
 重苦しい静けさが、オレたちの周りに漂った。
 
 ここが図書室であると、思い出させるくらいには。
 人には、茶化して聞いていたくせに……
 
 ……女って本当、身勝手で、良く分からない……


つづく