「死んだら、おしまいではないか。納得いかないな」

 赤い騎士は、苦々しく吐き捨てた。

「死ぬことでしか『証明』出来ないこともある」

 白い騎士は、悲しそうに目を伏せた。
 
「ところで、願いが叶う本を探しているんですけど、ご存知ない?」
「本だと? 知らないな」
「私もないが……城になら、あるかもしれないな」
「城?」
「ここからでは幾分遠い。私が送って行ってあげよう」

 白い騎士は、私の腕を軽々と引っ張り上げると、馬の鞍に私を座らせた。

 馬に跨っただけなのに視線がグッと上がり、ついでに視界もずいぶん広がった気がした。

 私は相葉君に、腕を摑まれたことを思い出し、遠く懐かしい気持ちになった。

「私は行かないぞ」

 赤い騎士は、膨れっツラ。

 白い騎士は結構! と叫ぶと、馬の腹あたりを勢いよく蹴りあげた。馬がそれに合わせて嘶くと、その場でグルッと方向転換をして、勢いよく走り出した。
 
***
 
 風の中を駆け抜けて行く。

 素晴らしい爽快感。なんて気持ちがいいんだろう!

 まるで、風そのものにでもなったみたいだ。自分自身が、疾風になったような錯覚に陥る。

 小川も丘も草原も空も、すごい勢いで追い越して行く。
 このまま、どこまでも行けたらいいのに……。
 
***
 
 風のように走っていた馬が、徐々に足取りを緩めたときに気が付いた。

 驚いたことに馬の上にはいつの間にか、私しか乗っていなかった。
 はじめから、私しか乗っていなかったかのように。
 
***

 気が付けば目の前に、石畳のアーチ状の橋があり、その奥に、目的地の城らしい門前がある。

 私は恐る恐るだが、馬からなんとか降りると、目的地の城の門前を睨みつけた。

 ……行くしかない。

***

 石畳の橋を渡り切ると、門前の横に可愛らしい呼び鈴があったので、思い切って鳴らしてみた。

 ――だが、なんら変化はない。

 門は押しても引いても、開かなかった。 


「そんなことをしても開かないよ」

 後ろの茂みから、黄色いチョッキを着たカエルが飛び出して来た。
 
 そろそろ大詰めに違いない。
 私はカエルに目線を合わせて、尋ねてみた。
 
「この……扉を開けたら、ゴールなのかしら?」
「それは、君次第じゃないのかい?」
「……」
「これが最後の質問だ。まだ、引き返せるよ」

 引き返せる……

 そう、私は今までの質問を正解することで、人として大切なものを、その度失って来た気がする。

 ――でも、私は怯まない。

 私は、人間である前に“渡辺 明日奈”という個人なのだ。
 個人として生きられないなら、私がこの世に生きている意味などない。

「ここまで来て、引き返えす理由なんかないわ」
「そうだね」
「……」

「貴方の……貴方の大切な人の笑顔と泣き顔、どちらが好きですか?」
 
 ……!?

 これは……

「どうしたの? 答えられないの?」

 カエルは、薄気味悪く笑っていた。
 
 悩まずとも、答えは出ていた。
 そう……ずっと、ずっと昔から。

 私が本当に、本当に望むのは……

 でも、それを口にしてしまったら……怖い、とても怖い。私の……私だけの秘密。
 
「やめるかい?」
 
 質問の答えに正解などない。
 それは人によって、さまざまだからだ。

 自分の奥にしまい込んだ、本当の気持ち、本当の欲望、本当に望むものに、正面から向き合える勇気があるか、それを試されているんだ。
 
 
 ……やめたとしても、もう私は、自分を誤魔化すことは出来ないだろう。
 

つづく