オレはやっと辿り着いた図書室のドアを、仕方なく開けた。
 
 図書室へ来るのは、これが二度目だ。

 一度目は、まだ高校に入学したてのころ、探検気分でちょっとのぞいた程度。

 お陰で校内の何処にあるのか、改めて確認することになった。

 今までそれで、困ったことなどない。
 卒業まで、縁のない場所かと思ってた。

 うちの学校の図書室は、だいぶ広い……と思う。オレが通っていた、小学校や中学校の図書室とはわけが違う。

 まあ、そこは当然か?

 小学生や中学生向け以上の、蔵書があるわけだし。区の市民向け図書館や、大型の図書館に匹敵するくらいだと思う。

 学校の理事長がイギリス人の血筋かなんかで、本の蔵書に力を入れている……とかなんとか?

 入学式で、学校長が偉そうに講釈をたれていた気がするが、正直、興味がなかったので、たいしたことは覚えていない。

 まあ、とにかくうちの学校の図書室は“広い”ということだ。

 オレはその学校自慢の、だだっ広い図書室を改めて見渡した。

 踏み台に乗って、棚の上の本を吟味しているやつ、コピー機を使ってるやつ、机に積み上げた本に埋もれているやつ、本棚にもたれかかって、本を熱心に読んでいるやつ……さまざまだ。

 それなりに生徒に利用されているんだと、図書室と縁のなかったオレは、正直驚いた。
 
 オレは、入り口すぐ側にある貸出返却テーブルで、なにやら作業をしている、男子生徒に声を掛けた。

「あの、佐々木センセーから、言われて来たんだけど……」

 男子生徒は、鬱陶しそうにオレを睨むと、再び手を動かす。

「……ああ、書籍整理の助っ人ね。奥の机に、担当いるから聞いて」
 
 別にどっかの高級店みたいな、親切な受け答えを期待していたわけじゃないが、おざなりなその男子生徒の態度に、オレはムカッと来た。
 
***
 
 部屋の角を曲がると一番奥の机に、女子生徒がボーと窓の外を眺めながら、座っていた。

 西日に照らされて映し出されるその姿は、ある種、幻想的と言えなくもない。

 ――なんっつって。
 
 てか、こいつ、どっかで見たことが……

 オレは視力が悪いわけでもないのに、目を凝らした。

 ……ああ! 思い出した! 同じクラスの女子だ!

 クラスで一番の巨乳、城内百花(きうちももか)と、いつもつるんでいるやつ!

 えーと名前は……
 
 ――何だっけ?

 悲しき男のサガか、城内百花の巨乳しか、頭に浮かばない。
 
 オレが頭をフル回転させていると、当の女子生徒はオレの気配に気が付き、視線をこちらに向けた。
 
「……相葉君? なに突っ立ってんの?」
「え? ……えっと……」

 まだ、名前が思い出せない。

「もしかして、佐々木先生が言ってた助っ人って、あなた?」
「あ……うん、そう」
 
 オレは近づきながら、そ知らぬ顔で女子生徒の胸元を見やった。
 
 お世辞にも、そそられる胸とは言えない……じゃなく! 胸元のネームプレートに視線をずらす。

 “一年A組 三十九番 渡辺 明日奈(わたなべ あすな)

 ……ああ、そうそう!

「渡辺が書籍整理とかいうのの、担当?」
「そうよ」
 
 渡辺は窓のすぐ側にある、なにやら書類が散乱している机に向かい直した。
 
 オレは渡辺を改めて頭から眺めて、がっかりした。
 渡辺は良く言えば、スラッとした体形だが、ぶっちゃけ貧相だ。

 せめてこの担当図書委員が、超美少女か、スタイル抜群の女子か、城内百花みたいな巨乳……もしくは城内だったら、今日の惨めなオレや、これから書籍整理とやらを手伝わなければならないオレの未来が、少しは慰められる気がしたのに……

 世の中って、まったくうまくはいかないものだ。


つづく