朝の検温が終わった後、暇を持て余した俺は考える。
 どうやったら天音を孤独から解放できるか。
 
 真っ先に思いついたのは、俺が天音の前から潔く消えること。
 一時的に病むかも知れないが、時間の経過とともに次に進むだろう。
 天音は俺と違って人間的に強いから。

 しかしそのアイディアを一瞬で却下する。
 影の中で約束したから。
 俺も生きて天音も生きる道を探すと、彼女にそう約束したのだ。

 そうであるならば一つしかない。
 簡単な話だ。
 本来これができていれば、こうならなかったのだから。

「俺が周囲に馴染むしかない」

 出た結論はそれだった。
 非常にシンプルで当たり前な結論。
 だが出来ていなかった部分。
 人にとっての当たり前は、俺にとっての当たり前ではないのだ。

 口にするのは簡単。
 だけど実際にどうすればいい?
 上辺だけ上手く付き合ったって、世界は簡単に見逃してはくれない。
 心のやり取りをするにはどうすればいい?

 俺は一人、病室で悩む。
 問題は声が聞こえなくなった者の声をどうするかだ。
 はたして復活するのか、それとも聞こえないままなのか。
 なんとも難しい。
 一人で解決できる気がしない。
 そもそも一人でどうにかできるのなら、いまこんな状況には陥ってはいないのだ。

 
 そうして悩んでいると、あっという間に時間が流れていき、気がつけば午後になっていた。

「面会の人が来てますよ」

 ノックして開けられたドアには看護師と、清水先生が立っていた。

 一体どうしたのだろうか?

「元気そうだね。安心したよ」

 清水先生は笑顔で部屋に入ってくる。
 看護師は俺たちの様子を見て、部屋を出て行った。
 こうして部屋には俺と先生だけになる。

「この前来たばかりですよね? どうしたんですか?」

 謎で仕方がない。
 別に学校に関わることでそうそう進展などないだろうし、話なんてあるのだろうか?

「まだ知らないと思ってね。今日学校で早坂さんが倒れて、それで僕も付き添いで来たんだよ。あの子の家には誰もいないからね」

 俺は背筋が凍る。
 今朝の夢の直後でこれだ。
 心臓の鼓動を感じる。
 内臓が冷えていく感覚……。
 
 頭が真っ白になった。
 あの元気な天音が倒れた?
 なぜ?
 どうして?
 学校で?

「あ、天音は……どうなんですか?」

 俺の声は思っていたよりも震えていた。
 
「とりあえず、命に別状はないよ。ただ倒れ方が不思議でね。突然倒れたというより、徐々に力が抜けていくような感じだった。だから検査も兼ねて、この病院ってわけさ。今は検査も一通り終わって結果待ちの状態だ。早坂さんは別室で眠っているよ、安心してくれ」

 先生の説明に安堵する。
 ようやく空気が吸えたような気がした。

 しかし不思議というか、徐々に力が抜けていくような倒れ方だと先生は言っていた。
 つまり気絶というより衰弱だろうか?
 天音が衰弱なんてどう考えたって呪いだろう。
 病気だとは思えない。
 影の中で、死神は衰弱死としか言っていなかったが、ここまできたらそれしかない。
 
 俺が、天音を衰弱死させるという未来は現実のものになろうとしている。
 それも思ったよりも早い段階で……。

「僕は心配だったんだよ。最近、早坂さんもちょっと孤立気味だったからね」

 清水先生は語りだした。

「君にこのことを話すのは良くないとは思うけど、早坂さんは君に関することでクラスから浮いていた。特にここ三ヶ月は顕著だったね。彼女は明るい性格だから大丈夫だと思っていたけど、ああやって孤立していって命を落としてしまった人間を僕は知っているからね」

 清水先生はクラスをよく見ている。
 そういう先生だと思う。
 ある程度把握したうえで、深く突っ込み過ぎない。
 こうしてアフターケアはしっかりするタイプの教員だ。

「やっぱり俺のせいか……」

 俺は学校にいない時間の方が長い。
 だから俺がいないときの天音の様子は見えなかった。
 知らなかった。

 天音が俺を心配させるようなことを言うはずもないから、余計に彼女の隠れた部分は見えなかった。
 俺に余計な負担をかけまいと、そうやって背伸びをし続けた結果がこのざまだ。
 俺と天音、二人そろって背伸びして、意地を張って拒絶して、そうした二人がそろって病院にいるというのは偶然ではない。

「決して……決して君のせいではないよ真希人君。そして早坂さんのせいでもない。どちらかと言えばここまで介入しなかった僕の責任だ」

 先生は俺の言葉を否定し、自分を責め始めた。

「だから話そうと思う。僕は明日クラスのみんなに話す。いまの現状を、いま二人が陥っている現状を、君のことを」

「俺のことを?」

 俺は耳を疑った。
 せいぜいが俺や天音の状態の説明と、クラスの状態を軽く注意するぐらいかと思っていたから意外だった。

「そうだよ。僕はね、君のお父さんとは同期でね、君が小さいときに何度か会っているんだけど憶えていないかな?」

 先生は優しい表情に変わり、俺を見守る。
 
 ああ、知っている。
 どこか憶えがある。
 この見守るような視線を知っている。

 確か親父の葬式の時に……。

「……親父の葬式の時にもいましたよね。いま思い出しました」

 そうだ。
 どうして忘れていたのだろう?
 ほんの数年前に会っているじゃないか。
 俺が小さい時に限らず、もっと最近で。

「ああそうだね。当然僕も出席していたからね」

 忙しくて、考えることが多すぎて、俺はたくさんの大事なものを、あまりにも多く取りこぼしてきたのかも知れない。

「だから話そうと思う。僕が前に来た時に、これ以上独りになってはいけないと言ったのを憶えているかい?」

 確かに言っていた。
 妙に強調するように言っていた気がする。
 
「僕はね真希人君。信じてもらえないかもしれないが、君のお父さんが亡くなった原因を知っている」

 俺は目を丸くする。
 驚きのあまり咳き込む。
 親父の死因を知っている?
 
 あり得ない。
 あれは原因不明の不治の病とされて……。

「その様子だと信じられないみたいだね」

 清水先生は一度大きく咳き込み、深々と息を吐いた。