「せめてもの救いを与えたかったんだ」
俺の疑問に、星の使徒は少し沈んだ口調でそう弁明した。
「救い?」
「そう救い。我々だって可愛い子供たちを殺したくはない。さっきも言ったが、星からしてみればお前達人類は皆子供みたいなものだ。いくらお前達のためとはいえ、星のためとはいえ、殺すのはしたくない。信じられないかもしれないが、本当にそう思っているんだ。だから、せめて最後の瞬間だけは親しかった人に会わせたかった」
言いたいことは分かる。最後の時を愛する故人とともに過ごさせる。慈悲のつもりなのだろう。だけどやっぱりずれている。星という規模の考え方は、やはり俺達とは違うのだと実感した。
「意図は理解した。だがその上で、こちら側につかないかというのはどういう意味だ?」
「言葉の通りだ。星の使徒が行う崩壊病の妨害をしないという立場に鞍替えしないか? という話だ」
要するに制星教会を脱退して、星の使徒達による人類の数減らしを邪魔するなということだ。
実際のところ、もうすでに俺の中で星の使徒達の行動を邪魔するつもりはない。俺達はどちらかというと追われている身だ。所属だけはしているが、捕まれば解剖されるのは目に見えている。そして被害が拡大していけば、確実に人類を死に追いやった重罪人として扱われるだろう。
「……私は賛成。このまま逃げ回っていても、いずれ捕まって、暮人と私は殺される。そうなったら、なんのために生きることを選択したか分からない」
真姫は重々しい声を発する。
彼女の中にはやはり罪悪感が強く残っているのだろう。生きるという、生き物として当然の選択をしただけなのだが、そのせいで人類の半数が消える。そこに対しての罪の意識は一生彼女の中に滞留し続けるはずだ。
「俺も真姫の意見に同意する」
彼女の考えに同調した。というよりも、他に選択肢はない。制星教会には戻れない。戻る時は死んだときだろう。
「そうか良かった。断られたら、この先お前達が生きていくのは難しそうだったからな」
星の使徒は安心したようにそう告げる。周囲の星の使徒達も皆、一様に喜びの感情を伝えてくれる。眼前の正人も手をたたく。
「そろそろ時間だな」
「ここから出されるのか?」
「ああそうだ。そろそろ対面の時だ」
「それってどういう……」
俺が言葉を言い終えない内に、空間が再び歪み始める。振動が足から頭の先に伝わる。景色は徐々に崩壊し、色を失い、耳には崩壊の旋律が鳴り響く。そして視界一杯に純白が広がったかと思うと、次の瞬間にはあの御神木の前に立っていた。
足裏で土を感じる。虫のさえずりが遠くから耳に入ってくる。風が俺達の頬を撫でる。
「帰ってきたのね」
「みたいだな」
俺達は周囲を見渡し、現実の山の中に戻されたことを知った。そして遠くから複数人の足音が聞こえてきた。
「誰だろう?」
「分かってるだろう?」
俺達は心細い胸の内を隠すように、お互いの手を握る。こんな時間に、こんな田舎の山奥に複数人で来る人間など、彼らしかいない。ここに来る理由は二つ。星の使徒の反応を消すためと、俺達の捕縛だ。
「動くな!」
俺達は言われるまでもなく、二人して動かない。多勢に無勢。今俺達を囲んでいるのは、制星教会の中枢だ。完全フル装備。俺達実働部隊が持っているようなちゃちな拳銃とはわけが違う。全身を重火器やらシールドやらでフル装備した部隊だ。その先頭に立っているのが桐ヶ谷。他のメンバーはいない。星の使徒の対処で手一杯なのだろう。
「桐ヶ谷さん……」
「こうなってしまって残念だよ暮人、真姫」
桐ヶ谷はそう言って俺達に銃を構える。俺達と桐ヶ谷の距離はおよそ五メートル。桐ヶ谷の周りには、同じく銃を構えた男達が、十数人。勝てるわけがない。
「お前達には我々制星教会の規約違反及び、人類に対する明確な裏切り行為の嫌疑がかけられている。大人しく投降しろ!」
桐ヶ谷はもっともらしい理由を並べて、その銃口を俺達に向ける。
制星教会の規約違反と、人類に対する明確な裏切り? なんだそりゃ? 俺達はただ生きるという選択をしただけだ。それがそんなに悪いことなのか? 人類に対する裏切りとまで言われなくてはいけないことだったのか?
「俺達を殺したところで、人類の未来は変わらないぞ!」
嘘ではない。他の変異種も生きることを選んだ時点で、大勢に影響はない。人類はその数を半分以下にまで減らすだろう。
「それは殺してから確かめればいいだけのことだ!」
桐ヶ谷はそう答え、座った目つきで俺に照準を合わせる。その目はどこかおかしく、血走っていた。
分かってはいた。桐ヶ谷の精神だって限界だったのだ。相次ぐ部下の死。崩壊病の正体や、星の危機。それらを立場上知ってはいるが、それを伝えられないもどかしさ。本当のことを何も知らない俺達を、星の使徒討伐に送り出すときの桐ヶ谷の表情はいつもどこか引き攣っていた。新しく適性がある子が多いと言っていた時の苦悩に満ちた顔……どれだけ自分の中に抱えてここまで生きてきたのだろう?
もうすでに壊れていたんだ。桐ヶ谷をはじめとした制星教会のメンバーは、どこか壊れていた。真実を知らされないまま星の使徒と対峙し続け、目の前で人が崩れていくのを見続けた者。真実を上層部から知らされているが、部下には伝えることを禁じられながら、死地へまだ若い部下達を送り出さなきゃいけなかった者。親友を二人も星の使徒に奪われ、さらにパートナーさえも奪われて、精神をおかしくした者。
あんなのは続くわけが無かった。人間の精神は脆い。あんな極限状態のまま何年も持つわけが無かった。その結果が、今俺達に銃口を向けているのだ。
しかしどうする? これだけの人数に包囲されて、しかも相手は武装済み。こっちは一応星の使徒を倒すための拳銃は持っているが、それだけ。たった二人でこの窮地を脱出する術など思いつかない。
隣を見るとそれは真姫も同じようで、彼女も固まったまま動かない。
よく見ると桐ヶ谷の周りの隊員達も、冷静ではなさそうだった。中には震えている者もいる。おそらく俺達が星の使徒と繋がっていると聞かされているのだろう。それで怯えているのだ。いつ俺達が星の使徒を呼び出すか分からないと。
「桐ヶ谷さん! もう殺っちゃいましょう! グズグズしてると何か呼ばれるかも……」
「うるさい! 黙ってろ! 命令は極力生け捕りだ!」
「でも!」
「命令だぞ? 何度も言わせるな!」
桐ヶ谷は、怯えて暴走しそうな部下を怒鳴る。怒鳴られた部下はそのまま静かになったが、手に持った銃が震えていた。
「さあ暮人、こっちに来い。せめて人類の役に立って罪を償え」
罪を償えか……罪か。彼らからしたら俺と真姫の選択は罪なのだろうな。第三者から見たら、わが身可愛さに人類を崩壊させることを選んだ重罪人。
うん? 彼らからしたら?
ああそうか。俺の中で無意識に、俺達とその他人類を区分してたのか。分けていた。区別していた。差別していた。彼らからしたら俺達はもう人間だと思われていないように、俺からしたら彼らを同じ人間だと思えないというわけだ。
そりゃあ話が合わないわけだ。
「断ると言ったら?」
「殺すしかなくなる。それか手足を撃ちぬいて、動けなくしてから連れて行く」
「俺達は何も間違ったことはしていない」
俺の最後の抵抗に、桐ヶ谷は深いため息をつく。
「見解の相違だな。俺はお前達を許すことができない」
桐ヶ谷がそう告げた瞬間、銃声が山中の寒空に響き渡った。
俺の疑問に、星の使徒は少し沈んだ口調でそう弁明した。
「救い?」
「そう救い。我々だって可愛い子供たちを殺したくはない。さっきも言ったが、星からしてみればお前達人類は皆子供みたいなものだ。いくらお前達のためとはいえ、星のためとはいえ、殺すのはしたくない。信じられないかもしれないが、本当にそう思っているんだ。だから、せめて最後の瞬間だけは親しかった人に会わせたかった」
言いたいことは分かる。最後の時を愛する故人とともに過ごさせる。慈悲のつもりなのだろう。だけどやっぱりずれている。星という規模の考え方は、やはり俺達とは違うのだと実感した。
「意図は理解した。だがその上で、こちら側につかないかというのはどういう意味だ?」
「言葉の通りだ。星の使徒が行う崩壊病の妨害をしないという立場に鞍替えしないか? という話だ」
要するに制星教会を脱退して、星の使徒達による人類の数減らしを邪魔するなということだ。
実際のところ、もうすでに俺の中で星の使徒達の行動を邪魔するつもりはない。俺達はどちらかというと追われている身だ。所属だけはしているが、捕まれば解剖されるのは目に見えている。そして被害が拡大していけば、確実に人類を死に追いやった重罪人として扱われるだろう。
「……私は賛成。このまま逃げ回っていても、いずれ捕まって、暮人と私は殺される。そうなったら、なんのために生きることを選択したか分からない」
真姫は重々しい声を発する。
彼女の中にはやはり罪悪感が強く残っているのだろう。生きるという、生き物として当然の選択をしただけなのだが、そのせいで人類の半数が消える。そこに対しての罪の意識は一生彼女の中に滞留し続けるはずだ。
「俺も真姫の意見に同意する」
彼女の考えに同調した。というよりも、他に選択肢はない。制星教会には戻れない。戻る時は死んだときだろう。
「そうか良かった。断られたら、この先お前達が生きていくのは難しそうだったからな」
星の使徒は安心したようにそう告げる。周囲の星の使徒達も皆、一様に喜びの感情を伝えてくれる。眼前の正人も手をたたく。
「そろそろ時間だな」
「ここから出されるのか?」
「ああそうだ。そろそろ対面の時だ」
「それってどういう……」
俺が言葉を言い終えない内に、空間が再び歪み始める。振動が足から頭の先に伝わる。景色は徐々に崩壊し、色を失い、耳には崩壊の旋律が鳴り響く。そして視界一杯に純白が広がったかと思うと、次の瞬間にはあの御神木の前に立っていた。
足裏で土を感じる。虫のさえずりが遠くから耳に入ってくる。風が俺達の頬を撫でる。
「帰ってきたのね」
「みたいだな」
俺達は周囲を見渡し、現実の山の中に戻されたことを知った。そして遠くから複数人の足音が聞こえてきた。
「誰だろう?」
「分かってるだろう?」
俺達は心細い胸の内を隠すように、お互いの手を握る。こんな時間に、こんな田舎の山奥に複数人で来る人間など、彼らしかいない。ここに来る理由は二つ。星の使徒の反応を消すためと、俺達の捕縛だ。
「動くな!」
俺達は言われるまでもなく、二人して動かない。多勢に無勢。今俺達を囲んでいるのは、制星教会の中枢だ。完全フル装備。俺達実働部隊が持っているようなちゃちな拳銃とはわけが違う。全身を重火器やらシールドやらでフル装備した部隊だ。その先頭に立っているのが桐ヶ谷。他のメンバーはいない。星の使徒の対処で手一杯なのだろう。
「桐ヶ谷さん……」
「こうなってしまって残念だよ暮人、真姫」
桐ヶ谷はそう言って俺達に銃を構える。俺達と桐ヶ谷の距離はおよそ五メートル。桐ヶ谷の周りには、同じく銃を構えた男達が、十数人。勝てるわけがない。
「お前達には我々制星教会の規約違反及び、人類に対する明確な裏切り行為の嫌疑がかけられている。大人しく投降しろ!」
桐ヶ谷はもっともらしい理由を並べて、その銃口を俺達に向ける。
制星教会の規約違反と、人類に対する明確な裏切り? なんだそりゃ? 俺達はただ生きるという選択をしただけだ。それがそんなに悪いことなのか? 人類に対する裏切りとまで言われなくてはいけないことだったのか?
「俺達を殺したところで、人類の未来は変わらないぞ!」
嘘ではない。他の変異種も生きることを選んだ時点で、大勢に影響はない。人類はその数を半分以下にまで減らすだろう。
「それは殺してから確かめればいいだけのことだ!」
桐ヶ谷はそう答え、座った目つきで俺に照準を合わせる。その目はどこかおかしく、血走っていた。
分かってはいた。桐ヶ谷の精神だって限界だったのだ。相次ぐ部下の死。崩壊病の正体や、星の危機。それらを立場上知ってはいるが、それを伝えられないもどかしさ。本当のことを何も知らない俺達を、星の使徒討伐に送り出すときの桐ヶ谷の表情はいつもどこか引き攣っていた。新しく適性がある子が多いと言っていた時の苦悩に満ちた顔……どれだけ自分の中に抱えてここまで生きてきたのだろう?
もうすでに壊れていたんだ。桐ヶ谷をはじめとした制星教会のメンバーは、どこか壊れていた。真実を知らされないまま星の使徒と対峙し続け、目の前で人が崩れていくのを見続けた者。真実を上層部から知らされているが、部下には伝えることを禁じられながら、死地へまだ若い部下達を送り出さなきゃいけなかった者。親友を二人も星の使徒に奪われ、さらにパートナーさえも奪われて、精神をおかしくした者。
あんなのは続くわけが無かった。人間の精神は脆い。あんな極限状態のまま何年も持つわけが無かった。その結果が、今俺達に銃口を向けているのだ。
しかしどうする? これだけの人数に包囲されて、しかも相手は武装済み。こっちは一応星の使徒を倒すための拳銃は持っているが、それだけ。たった二人でこの窮地を脱出する術など思いつかない。
隣を見るとそれは真姫も同じようで、彼女も固まったまま動かない。
よく見ると桐ヶ谷の周りの隊員達も、冷静ではなさそうだった。中には震えている者もいる。おそらく俺達が星の使徒と繋がっていると聞かされているのだろう。それで怯えているのだ。いつ俺達が星の使徒を呼び出すか分からないと。
「桐ヶ谷さん! もう殺っちゃいましょう! グズグズしてると何か呼ばれるかも……」
「うるさい! 黙ってろ! 命令は極力生け捕りだ!」
「でも!」
「命令だぞ? 何度も言わせるな!」
桐ヶ谷は、怯えて暴走しそうな部下を怒鳴る。怒鳴られた部下はそのまま静かになったが、手に持った銃が震えていた。
「さあ暮人、こっちに来い。せめて人類の役に立って罪を償え」
罪を償えか……罪か。彼らからしたら俺と真姫の選択は罪なのだろうな。第三者から見たら、わが身可愛さに人類を崩壊させることを選んだ重罪人。
うん? 彼らからしたら?
ああそうか。俺の中で無意識に、俺達とその他人類を区分してたのか。分けていた。区別していた。差別していた。彼らからしたら俺達はもう人間だと思われていないように、俺からしたら彼らを同じ人間だと思えないというわけだ。
そりゃあ話が合わないわけだ。
「断ると言ったら?」
「殺すしかなくなる。それか手足を撃ちぬいて、動けなくしてから連れて行く」
「俺達は何も間違ったことはしていない」
俺の最後の抵抗に、桐ヶ谷は深いため息をつく。
「見解の相違だな。俺はお前達を許すことができない」
桐ヶ谷がそう告げた瞬間、銃声が山中の寒空に響き渡った。