「お父さん、ありがとう」
演技審査は一人一人その場で立ってセリフを言う、それだけではない。
いやそれでもよかった。
一番手の女性がタレント事務所に所属してるのもあってか間合いや息づかい、目線を意識していた。
他のエントリー者は事務所に所属してないのもあってその行動によって自分もしなくては、という気持ちで焦り、2人目3人目は緊張のあまりただセリフを読むだけだったり、しどろもどろにうまく言えていなかった。
審査員は特に何も言わず、綾人もジッと見ている。
もう何百人もこの1日で見てきたのだろう。少し疲れもあるようだが綾人はすごく真剣に見ていた。
このセリフひとつでどのような舞台背景なのか、綾人演じる父親との関係性は……? まだストーリーも明らかになってない。だから何に対して感謝を伝えているのか、それはオーディションを受けてる人達それぞれの解釈である。
4人目の人はそこそこ演技ができており、落ち着いていた。そしてその後は藍里である。
静まり返る。時雨も見守る。
藍里の目の前に綾人。
息を深く吸い目を閉じる。
目を閉じるとまだ今よりも若い綾人が立っていた。
優しく微笑む綾人の姿。
目を開ける。
真剣に見ていたはずの彼の目が少し緩んでいる。
「お父さん……」
口から出たその言葉は本当の父である綾人に呼びかけたものであった。
そう言った瞬間、綾人は俯いた。
「お父さん」
藍里はもう一度言う。綾人は顔を上げない。
「あ、そうか……パパって呼んでたもんね。流石に今の歳でパパって言うのも恥ずかしいからお父さんって言うね」
藍里がセリフ以外のことを言い出すと周りがざわついた。
綾人の隣の女性が何かを言おうとしたが綾人が
「……続けてください」
と発した。
藍里はさらに前に行く。
「あまりテレビ見ないけどお父さん昔よりかっこよくなったね。お芝居も続けて……映画やドラマの主役……すごいよ。昔からお父さんの舞台見てたもん」
綾人が項垂れてるのを見て他の審査員が察した。彼らは綾人が離婚して子供がいたと言うことを知っている。
「綾人さん、まさか……」
「……」
顔を上げた綾人は必死に涙を堪えていた。
「あ、このオーディションは私から受けようとしたわけじゃないの。周りの人がすすめてくれたんだ。わたし、お父さんたちが離婚してから自分がなんだかわからなくなって何がしたいかわからなくなって……ずっともがいてた。お父さんが昔ママに言ったように私は可愛いけど不器用で本番に弱くて個性のない子って……」
「藍里……それは……」
「確かにずっと可愛い可愛いって可愛がってくれた、嬉しかったけど……不器用で本番に弱くて個性のない子だっていうのがずっと心に残って……それで今までの私は苦しんでたんだって」
「ごめん、ごめん……藍里」
綾人は立ち上がった。
「本当にお父さんは私たちのために仕事もしてくれたし台本読み手伝ってくれたし……私には優しくしてくれた」
「藍里っ……」
藍里は目から大量の涙を流す綾人をじっと見つめる。
「これからはママのことは私や後ろにいる時雨くんが守る。私にも大切な人がいてみんな幸せ。でも昔の傷はまだまだこの先も……残るけど、それを乗り越えて私たちは生きる。だから気にしないで……気にしてくれてたか知らないけど」
「藍里っ、すまない……すまない」
綾人は床に泣き崩れる。他の審査員が駆け寄る。
「……お父さん、今までありがとう」
ようやくセリフを藍里は言った。
「さようなら」
そう言って藍里は後ろを振り向いて部屋を出る。
「藍里ちゃんっ!」
時雨は慌てて追いかける。
一緒に追いかけたのは時雨だけでなくて綾人もだった。ロビーは一時騒然する。
ただでさえ時間が押してしまい、待たされていた次のオーディションを受ける人たちがたくさんいた。
そこに急に現れた綾人にキャーキャーと声が上がる。周りの人たちはこの二人が元親子だということは知らない。
そしてなぜか泣いている彼。状況がわからない人も多いだろう。
「藍里……芝居をやらないか。また」
藍里は首を横に振る。
「まだこれからのことは考える……大学展やってるし」
「……そうか、でも久しぶりだな。綺麗になった。身長も170近くあるのか。モデルはどうだ? 紹介してやってもいいぞ」
「168センチ。モデルかぁ……中身カッスカスだけど」
「……」
「ママに言ってたもんね、藍里は中身カッスカスて……隣の部屋で聞いてたから」
「……その、それは」
藍里は微笑んだ。
「でも私の時だけは優しくしてくれたね」
「そ、そりゃ、娘だから……当たり前だろ」
「ママは?」
「……勝手にお前連れて会わせずに逃げて養育費だけ請求してきたからな、一応毎月払ってるんだぞ。大学四年までって」
「一応、かぁ。それはありがとうございました」
と藍里は深くお辞儀して去っていく。
「藍里!!」
一眼も憚らず綾人は叫ぶ。そんな彼に時雨が立ち塞がる。
「おい、どけ!」
「どきません。藍里ちゃんは貴方の呪縛から抜け出せたんです。そのまま受け取ってやってください」
綾人は時雨の腕を掴んだのだが時雨がガシッと腕を掴み返す。綾人より小柄だが力が強い。
「一応昔柔道習ってましたから。国体も出ましたし……これ以上やりますか?」
綾人は腕を離した。そして時雨は急いで藍里を追いかけた。
演技審査は一人一人その場で立ってセリフを言う、それだけではない。
いやそれでもよかった。
一番手の女性がタレント事務所に所属してるのもあってか間合いや息づかい、目線を意識していた。
他のエントリー者は事務所に所属してないのもあってその行動によって自分もしなくては、という気持ちで焦り、2人目3人目は緊張のあまりただセリフを読むだけだったり、しどろもどろにうまく言えていなかった。
審査員は特に何も言わず、綾人もジッと見ている。
もう何百人もこの1日で見てきたのだろう。少し疲れもあるようだが綾人はすごく真剣に見ていた。
このセリフひとつでどのような舞台背景なのか、綾人演じる父親との関係性は……? まだストーリーも明らかになってない。だから何に対して感謝を伝えているのか、それはオーディションを受けてる人達それぞれの解釈である。
4人目の人はそこそこ演技ができており、落ち着いていた。そしてその後は藍里である。
静まり返る。時雨も見守る。
藍里の目の前に綾人。
息を深く吸い目を閉じる。
目を閉じるとまだ今よりも若い綾人が立っていた。
優しく微笑む綾人の姿。
目を開ける。
真剣に見ていたはずの彼の目が少し緩んでいる。
「お父さん……」
口から出たその言葉は本当の父である綾人に呼びかけたものであった。
そう言った瞬間、綾人は俯いた。
「お父さん」
藍里はもう一度言う。綾人は顔を上げない。
「あ、そうか……パパって呼んでたもんね。流石に今の歳でパパって言うのも恥ずかしいからお父さんって言うね」
藍里がセリフ以外のことを言い出すと周りがざわついた。
綾人の隣の女性が何かを言おうとしたが綾人が
「……続けてください」
と発した。
藍里はさらに前に行く。
「あまりテレビ見ないけどお父さん昔よりかっこよくなったね。お芝居も続けて……映画やドラマの主役……すごいよ。昔からお父さんの舞台見てたもん」
綾人が項垂れてるのを見て他の審査員が察した。彼らは綾人が離婚して子供がいたと言うことを知っている。
「綾人さん、まさか……」
「……」
顔を上げた綾人は必死に涙を堪えていた。
「あ、このオーディションは私から受けようとしたわけじゃないの。周りの人がすすめてくれたんだ。わたし、お父さんたちが離婚してから自分がなんだかわからなくなって何がしたいかわからなくなって……ずっともがいてた。お父さんが昔ママに言ったように私は可愛いけど不器用で本番に弱くて個性のない子って……」
「藍里……それは……」
「確かにずっと可愛い可愛いって可愛がってくれた、嬉しかったけど……不器用で本番に弱くて個性のない子だっていうのがずっと心に残って……それで今までの私は苦しんでたんだって」
「ごめん、ごめん……藍里」
綾人は立ち上がった。
「本当にお父さんは私たちのために仕事もしてくれたし台本読み手伝ってくれたし……私には優しくしてくれた」
「藍里っ……」
藍里は目から大量の涙を流す綾人をじっと見つめる。
「これからはママのことは私や後ろにいる時雨くんが守る。私にも大切な人がいてみんな幸せ。でも昔の傷はまだまだこの先も……残るけど、それを乗り越えて私たちは生きる。だから気にしないで……気にしてくれてたか知らないけど」
「藍里っ、すまない……すまない」
綾人は床に泣き崩れる。他の審査員が駆け寄る。
「……お父さん、今までありがとう」
ようやくセリフを藍里は言った。
「さようなら」
そう言って藍里は後ろを振り向いて部屋を出る。
「藍里ちゃんっ!」
時雨は慌てて追いかける。
一緒に追いかけたのは時雨だけでなくて綾人もだった。ロビーは一時騒然する。
ただでさえ時間が押してしまい、待たされていた次のオーディションを受ける人たちがたくさんいた。
そこに急に現れた綾人にキャーキャーと声が上がる。周りの人たちはこの二人が元親子だということは知らない。
そしてなぜか泣いている彼。状況がわからない人も多いだろう。
「藍里……芝居をやらないか。また」
藍里は首を横に振る。
「まだこれからのことは考える……大学展やってるし」
「……そうか、でも久しぶりだな。綺麗になった。身長も170近くあるのか。モデルはどうだ? 紹介してやってもいいぞ」
「168センチ。モデルかぁ……中身カッスカスだけど」
「……」
「ママに言ってたもんね、藍里は中身カッスカスて……隣の部屋で聞いてたから」
「……その、それは」
藍里は微笑んだ。
「でも私の時だけは優しくしてくれたね」
「そ、そりゃ、娘だから……当たり前だろ」
「ママは?」
「……勝手にお前連れて会わせずに逃げて養育費だけ請求してきたからな、一応毎月払ってるんだぞ。大学四年までって」
「一応、かぁ。それはありがとうございました」
と藍里は深くお辞儀して去っていく。
「藍里!!」
一眼も憚らず綾人は叫ぶ。そんな彼に時雨が立ち塞がる。
「おい、どけ!」
「どきません。藍里ちゃんは貴方の呪縛から抜け出せたんです。そのまま受け取ってやってください」
綾人は時雨の腕を掴んだのだが時雨がガシッと腕を掴み返す。綾人より小柄だが力が強い。
「一応昔柔道習ってましたから。国体も出ましたし……これ以上やりますか?」
綾人は腕を離した。そして時雨は急いで藍里を追いかけた。