「ただいまー……あれ」
 藍里は玄関にさくらの靴があるのに気づいた。
 いつも履いているスニーカー。脱いだままであって藍里はクルッと向きを変えた。

「どした」
「ママ、帰ってるみたい」
「そか、なら今度の話言えるな」
「……だね。お邪魔します」
 2人がリビングに行くと案の定さくらがいた。びっくりした顔をしてきたが目元が赤いことに藍里は気づいた。机の上にはティッシュもある。
「……おかえり。宮部くんも」
「おじゃまします」
 仕事帰りだったようだがメイクも落としてラフな格好であることは違いないが何かまた不安定になったのではと藍里は不安になる。いつもはこの時間は料理をしている音が聞こえ、おかえり! と元気よく出迎えてくれる。清太郎がいるなら尚更。

「……時雨くんは?」
 あっち、と指を指す。台所である。なぜか声を出さずに指を指す。藍里たちは台所に行くと時雨が椅子に座って餃子を包んでいた。黙々と。

「ただいま、清太郎……宮部くんも来たよ」
「おじゃまします」
 その声に気づいて2人を見る時雨の目も赤くなっていた。が、メガネをとり目元を右手で拭って立ち上がって笑顔を作る。

「お、おっおかえり!! バイトやすみでも会うとは思わなかったよ。よかった、たくさん餃子たくさん作っちゃった。皮も一からつくってさ! すごいでしょ。よかったよかった! ホットプレートで焼いたらみんなで食べられる……」
 粉のついた手で手元を拭いたのか顔に粉がついている。
 明らかに無理して笑っている時雨に藍里はさくらに聞こえないように奥に追い詰める。

「藍里、藍里……」
 清太郎はその行動にびっくりする。かなり奥の方でかなりの距離だ。2人には平気な距離だが清太郎からしたら近すぎる。

「……またママなにかあった?」
 流石に近く、後ろに清太郎がいるので時雨が少し藍里との距離を置かせた。そして口篭らせている。

「なぁに、なにもないさ。君たちには関係ないから……それにさ」
「それに?」
「清太郎くん、僕これからたくさん仕事入りたい。ほぼ休まず……頑張って働く」
「……大丈夫なの? すごいと思うけど」
「働かなきゃ、僕が。僕がもっと頑張らなきゃ……さくらさん、さくらさんに……辛い思いなんて」
 と時雨はとうとう清太郎がいる前で藍里に泣きつく。藍里も受け止める。

「し、時雨さん?! ちょ、藍里……」
 流石にこれには清太郎はびっくりする。ひくひくと時雨は泣く。藍里は受け止めるもののなんで泣いているかまだわからない。前のようにさくらの不安定さに対してなんだろか、だがそうではない、なんだろうと抱きながら思う。

「……何泣いてんの。一回り以上違う娘に対してなにそんなに。情けない」
 さっきまでリビングにいたさくらが台所にきた。時雨は顔を上げ泣き顔でグチャグチャだ。

「時雨くん、顔拭いて」
 と近くにあった布巾で藍里は拭いてやる。
「ありがと、藍里ちゃん……でもこれ台拭き」

 さくらは2人の間に入る。そして藍里たちの方を見た。
「……2人に話したいことあるの」
「なあに?」
「清太郎くんはどうしよう」
 すると清太郎は察した。

「藍里、きっと……」
 と耳打ちする。さくらも気づいて笑った。

「なんだ、わかってるなら話は早いかー」
 藍里たちはうなずく。時雨は狼狽えている。

「……私、ずっと風俗で働いてたの」
 ようやく藍里はさくらの口から聞けた。清太郎はその言葉を事実を知っていても聞くと恥ずかしいようだ。聞いてもいいのだろうか、という気持ちのような顔をしている。
 時雨は言っちゃった……とうなだれてしまっている。

「と言っても非接触型の風俗。ネットで画面越しで接客して……対応するやつ」
 そう言われても藍里はさっぱりである。

「おっぱいとか見せてるの?」
「……見せてるわ」
「……」
「安心して、顔は口から下だけだし胸は見せてるけど局部はうつしちゃダメだからモザイク越し」
 あああああっ、と時雨がしゃがみ込んだと思ったら立ち上がった。

「いくらね、顔を隠しても声とか……特徴でわかっちゃうんだよ! もしスクショとか録画されてたら!!」
 さくらにそう言うが彼女はどうとも思ってない。

「さっきも言ったけどうちの会社はそういうところ厳しいから大丈夫って言ったじゃん」
「だけどさ、だけど……いやそう言う仕事は悪いとは言ってはないよ? でも、でも……いくら仕事とはいえさくらさんの身体どころか非接触でも心も負担になる!」

 こんなに声を荒げる時雨はなかなかない。
「しょうがないじゃない!」
「しょうがなくない……僕は悔しい、他の男の人の前で……さくらさんの身体が……身体が……」
「……そんな生半可な気持ちでやってんじゃないよ、わたしゃ。てかそんなざめざめなく泣き虫!」
「うああっ!!!!」
 時雨は再び泣き崩れ清太郎に宥められる。藍里は去るさくらを追いかける。

「……こんな形で伝えることになってごめん。でもわたしはあんたを社会にしっかり出すまでこの仕事頑張る。あと六年、46かぁ。結構熟女って需要あるのよ」
 と笑うさくら。しかし目は涙が溜まっていた。
「……いつも私のためにありがとう。でも心配だよ、私も」
 と藍里が言う。
「それに時雨は最後までできないくせに一丁前に俺のさくらとか言うのもね、笑えちゃう……お客さんとの行為でストレス発散してんのもあるのよね」
「えっ……」
 知ることでもなかったことを知ってしまい呆気に取られる藍里。

「また夜出かけるから寝るね。あ、清太郎くんとは仲良くね」

 パタン、目の前で扉を閉められた。

 とても清々したさくらに対して藍里はかっこいいなと思ったのであった。