藍里は部屋に入ってきたさくらを見ると少しホッとした。なんだかんだでやはり母親が一番なのだ。

 さくらは藍里の右手を握る。反対の腕は点滴を打っているようだ。

「貧血と過労とのことよ。脳波も異常なし。ごめんね、すぐ行けなくて」
「ううん、ママも体調悪かったし……明日から仕事で大丈夫? 生理終わってないのに」
「そうだけど私が休んだらあんたと時雨君養っていけないでしょ。頑張んなきゃ」
「……無理しないで。私みたいに倒れちゃう」
「大丈夫、やすみやすみにやれるから。あ、二人にも入ってきてもらおうか」

 さくらは手を離して外で待っていた清太郎と時雨を呼んだ。
「藍里ちゃん……特に何もなくてよかったよ」
「時雨君もありがとう。宮部くんもこんな夜遅くまで待っててくれたなんて」
 清太郎は首を横に振った。

「しばらくは授業のノート書いてもっていくよ。無理すんな」
「ありがとう……」
 さくらは少し難しそうな顔をしている。

「途中から編入してきてしかも夏休み明け……数日休んだら遅れがさらに増えてしまうわ」
 藍里も確かに、と言いつつもどうにもできないものである。さくら自身も藍里を連れて逃げた際にしばらくはまともに学校に生かすことができずに避難先の施設で勉強を教えてもらったくらいであった。

「勉強に遅れがあるけどさらに遅れちゃう……」
 さくらは頭を抱える。
「ごめんね、藍里……私がいけない」
「なんで? ママがなんで今そんなこと言うの。私がちゃんんと自分の体調を管理しなかっただけだし」
「私が逃げなきゃ、逃げなかったらあんたがこんな苦労することなんてなかったの」
 さくらはまた自責の念に陥る。
 時雨がさくらを抱えて宥めながら病室を出ていく。

 病室の中は清太郎と二人きりになった。
「……お前の母ちゃん、雰囲気変わったな」
「うん、宮部くんもそう思うよね。自分の母親のこと言うのもあれだけど」
「あの彼氏さんがいい人なんだろうな。優しそうじゃん」
 藍里は頷いた。どちらかといえばさくらよりもそばにいる時間が長い彼女は彼の優しさはわかっている。

「でも表情があんなに柔らかくなってた。あの頃の怯えたような目とは違う」
 清太郎も子供ながらにそう思っていたようだった。藍里はそのようにさくらがそう思われていたとは……。

「じゃあ俺帰るわ。……じゃあ」
 清太郎は藍里を見ている。じっと、瞳を見ている。

「なんだよ、もう無理すんな」
「ありがとう」
「それと……その」
「なぁに?」
「お前、あのおとこのひとがすきなんだろ」

 藍里はいきなり清太郎にそう言われて声が出ない。

「図星だな。じゃあ……」
 清太郎とすれ違いに時雨とさくらは入ってきた。互いに頭を下げる。時雨は荷物を撮りに行くついでに清太郎を送っていくそうだ。

 さくらは藍里の頭を撫でる。
「ごめんね、もっと強くならないとね。弱くてごめん」
「宮部くんがね、変わったねって。私も変わったと思うよ。ママ」
「藍里……っ」
 さくらは涙が出る。藍里は思い出した。

「そうだ、宮部くんのお母さんがママのこと心配してるって……」
「……」
 さくらはそれ以降黙っていた。藍里はしまった、と思いながらもいつの間にか眠りについていた。