時雨にも清太郎にも少し引っかかったようなことを言われて、一体どういうことなのだろうかと思いながらもバイト先のファミレスの裏口から入っていく。

 と同時に藍里の様子を社員の沖田が慌ててやってきた。
「すまん、藍里ちゃんって160くらいだよね……」
「何が160ですか?」
「身長だよ。雪菜くらいだから雪菜の制服を着られるよな?」
「はっ???」
 と藍里は沖田から制服一式を押し付けられた。きっと雪菜がロッカーに置いてた制服であろう。名札がついていた。

「早く、着替えろ。人が足りないんだ。メニューの取り方とか諸々はバイト入る前の本部研修で習ったろ」
 そう言われた藍里は確かに名古屋のファミレスの本社で1日だけ通しで研修したということを思い出したがたった1日であとは裏方でキッチンの手伝いだけであった。

「着替えろ、早く!」
「は、はい……!!」


 そして五分後には着慣れないファミレスの制服を纏いファミレスのキッチンに入ると数人の忙しそうにしてるキッチンスタッフの男性たちはびっくりした様子で見ている。

「あらぁ似合うじゃない、藍里。さぁ早くもう大変なんだからぁ」
 理生がやってきた。藍里は初めてのフロアでの仕事。平日の夕方はいつも混み合っているのだがそれを何人かのアルバイトたちが回していたのだが夏休み明けのテスト週間、雪菜のボイコットによる欠席でてんてこまい。
 いつもはキッチンからお客さんは多いなぁと思いながら見ていたのだがまさしくそれ以上を越すものであって藍里はどきどきよりも緊張が上回る。

「そこの可愛いオネェさん! 水くださいな」
 早速声がかかった。若い大学生の集団。こちらは違う大学の生徒なのか、テスト期間ではないようだ。

「すいません、さっきから呼んでるけどこなくて」
 と大学生の席に行く前に老人夫婦に呼び止められる。

「おーい、全然注文したもの来ないんだけどぉ」
 とビールを片手にグダを巻くサラリーマン。


 藍里は全てにハイ、と答え対応していくが、目線の先に見覚えのある顔……。
「すいませんーってあれ、藍里じゃん」
 なんと清太郎がいたのだ。しかも何故かクラスメイトの女子数人に囲まれて。クラスメイトの女子が藍里を見てびっくりしている。ひとりはスマホで藍里のファミレスの制服姿を撮影して藍里はやめてって困り顔。清太郎もバツ悪そうな顔をしている。
 きっと藍里が着替えている間に入ってきたのだろう。
「……弁当屋、他のバイトさんに明日と変わって欲しいって言われて暇してたらこいつらにつかまっちゃったんだよ」

 清太郎は他の女子たちよりも明らかにテンションが低い。その合間にも他の席から呼ばれたり、ベルは鳴る。
「藍里、ここで働いているんだね、めっちゃ似合ってる。可愛いいからなんでも似合うんだよ。今からメニュー選ぶから他のところ行ってきて」
「宮部くん、このファミレスの前でウロウロしてて1人で入ろうとしてたんだよねぇ」
 藍里はそうなの? と言いかけたが後ろから来た両手に食事を持っていた沖田から耳打ちされた。

「向かいのカップルのところに早く行ってこい」
「はい……」
 藍里はクラスメイトたちのところを後にして言われた席に向かうと、30代くらいのカップルが座っていた。男性の方はかなりイラついていて、その前に座っていた女性は俯いていた。
「いくらなんでも人が足りてないんじゃないのか」
「申し訳ありません……お伺いしますね」
 藍里はメニューパットを片手に注文を取る。

「そもそもお前がここにいきたいっていうからこんなに混み合ったところに巻き込まれたんだよ」
「すいません……」
「お前が家でご飯ちゃちゃっと作ればいい話なんだよ」
「すいません、ちょっと調子が悪くて」
 藍里のことを無視して男は女に対して大声で話す。他の客も少し反応する。

「調子悪いてなんなんだよ。専業主婦のくせし家事料理も何もうまくできんくってしかも体調管理もできないなんて、毎日ダラダラしてるんだろ? だからそんなに豚みたいに肥えるんだよ」
 その女は特に見た目からして太ってはおらず、ふっくらしているだけであるが藍里は2人のやりとりをみて過去の記憶が蘇る。

 そう、さくらと綾人のやりとりである。綾人は流石にこういう公共の場ではしなかったがよくさくらが悪い、と罵ってさくらは悪くないのにずっと謝っていた記憶がある。
 調子が悪い時も家事料理はしっかりしろという言葉も似たようなのを何回か藍里は聞いたことがあった。

 女が泣き出した。
「おい、泣いてどうなるの? お前はサラダだけだ。俺はステーキセット、ご飯は大盛り……ってウエイトレスさん?」

 藍里はいきなりのウエイター業務と緊張と生理からくる貧血と過去のことを思い出し彼女の体は心身ともに限界がきてその場で倒れた。最後に周りのざわめきと、その中から声が聞こえた。

「藍里!!!!」

 清太郎の声、そして誰かの温もりだった。