ずっと気怠さがある藍里。やはり生理なのか、彼女は貧血になりやすい。
よくさくらが焼き鳥屋さんでレバ串を買ってくるがあれほど不味くて苦手なものはない。
さくらは好んで食べていたが理解できなかった。
「嫌でも食べられるようになるけど今からたくさん食べておきなさい」
と言われても食べたくなかった。パサパサしてまずい。
授業中も集中できないくらいの気怠さ。お腹も痛い。
学校も終わり、通学路を清太郎と歩く。歩くのも気だるいが家に帰ってもすぐバイトがある。
「今日、バイト先に行っていい?」
「えっ、まぁいいけど。私は出てこないけど」
「藍里が作ったもの食べられるやん」
「仕上げだけだから」
「それでもいい」
「変な人」
清太郎は歩くのが早い。藍里は合わせるのが大変だ。まだお腹痛い。
清太郎の話を半分ぐらい上の空である。子供の頃もこうして話して帰ったような、というのも思い出す。
「そういえば宮部くんのお母さん、お花まだ好き?」
清太郎の母はガーデニングが好きで常に花を庭に埋め尽くしていた。
「おう、ここ最近はガーデニング講師をやっとる」
「すご」
「最初は近所の人で集まって教えてたけどだんだん広まって今じゃカルチャースクールでも教えてる。親父もいないからすごくのびのびしとるな」
「好きなことを仕事にできるっていいな」
「そやけど母ちゃんは『好きを仕事にするのはダメヨォ』って」
と、清太郎は彼の母親の口調と仕草の真似をした。藍里は思い出した。かなり特徴のある喋り方だったと。
正直さくらのことで病んでしまったというがそんな人に思えないほどポジティブでシャキシャキしていた。
「似てる……懐かしいなぁ」
「まぁ相変わらずうざい。ガーデニングやってるといろんなことを忘れる、とは言ってたがな」
と話していると藍里のマンションの前に着いた。もちろん一階のファミレスの客席が目の前にある。
ちらっとバイトの先輩と目が合い藍里は清太郎から離れた。
「じゃあ、これで」
「おう、仕事頑張れよ。俺もこのあと配達行くから」
「うん、頑張ろう!」
だがなかなかしんどい、ピークが来ていた。ここからバイトかぁ、と思うと憂鬱な藍里だった。こうやって毎日行きも帰りも清太郎と一緒というと思うと学校生活も楽しくなりそう、と彼の背中を見送りながら微笑む。
部屋に戻る。明かりはついているが静かである。玄関側の洗面所に行く。そういえばあの敷きパッド……とカゴを見るとなかった。
時雨が洗濯してくれたのだろうかと思うと恥ずかしくなった。
大抵この時間は時雨が料理をしているから料理中の音や匂いがするはずだと藍里は不思議がる。
あるいは時雨が寝てしまったか? さくらは仕事休みだしもしかして2人で……と良からぬことを考えてしまう藍里。あの時のリビングで2人が愛し合ってる時を思い返す。
リビングのドアの前に立ってじっと待つが音は聞こえない。誰もいないようだ。
「ママー、時雨くん?」
小さな声で藍里は部屋に声かけるが返事がない。
台所に行く。時雨がコンロの前でメガネを外して目頭を押さえて項垂れていた。
「藍里ちゃん、おかえり……」
「ただいま、敷きパッドありがとう」
「あ、うん。天気もいい取り込むよ」
時雨の目が真っ赤である。メガネをしてないのもドキッとするが……。
「大丈夫?」
「いや、玉ねぎみじん切りしてたら目に染みてさ……」
手元には玉ねぎはない。どころか何も手付かずであった。
「大丈夫じゃないじゃん」
と藍里は近づいて近くにあったキッチンタオルを時雨の目元にやる。
その時だった。
「藍里ちゃん~!!!」
時雨が藍里に泣きついたのだ。
藍里は突然のことにびっくりした。まだこの家の中にはさくらがいるかもしれないと思うと藍里はどしようって思ったら狼狽えるが、泣いている時雨を突き放すことはできない。
きっとさくらのことで泣いているのであろう。20も上の男性が泣き喚くのは初めて見た藍里。そして初めて父親以外の男性に抱きつかれたのがこんなシチュエーション。
いつかは願ってはいたのだがまさかこんな形で願いが叶うのかと……。自分の近くで大人の男性が自分の腕の中にいる感覚、なんとなく自分の父親に抱きついた時の自分を思い出す藍里。
父のことを抱きしめた小学生の頃、あの温かい体温、もさもさの髪の毛。さくらとは違った男の人の独特の香り。忘れてはいたが、なんとなく似ていた。藍里は少しぎゅっと抱きしめた。その中でずっと時雨は泣いている。いつもニコニコとしていたのに。初めて見た彼の弱さを知ることになった。
五分ほどして時雨は少しずつ呼吸も落ち着いてきて、藍里からキッチンタオルをもらい涙を拭って眼鏡をかけ、最後に鼻をすすって台所にある丸椅子に座った。
「ごめん、抱きついたりして……しかもこんな情けないところを見せてしまったよ」
「ううん、ビックリしたったけど。もしかしてママのことで?」
時雨は頷いた。さくらの部屋に行こうとしたが時雨に引き止められた。
「多分今日はダメだと思う、1人にしてやったほうがいい。食事は持っていくし、機嫌良くなったら良くなったで彼女のペースに合わせるしかない」
「こういうこと初めてじゃないよね。ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ、僕は何もできなくて不甲斐ないって気持ちでいっぱいなんだ」
時雨はグッと口を閉じる。彼はさくらから前の夫、綾人から受けたモラハラを全て聞いている。不定期に彼女が不安定になるたびに寄り添っていたのだが今日はもう耐えられなかったようだ。
「藍里ちゃんのお父さんのことを悪くいうつもりはないし、したくはないけども……離婚して離れても彼女の心の傷はとにかく深い。心の暴力は目に見えない、その傷はずっとさくらさんの心をえぐり取って。僕が美味しいものを作っても抱きしめても宥めてもなんともならない……それが悔しい」
時雨は再び涙が溢れるがすぐ左手で拭った。藍里もさくらと一緒に逃げたのだが逃げる前から常に不安定だったし、当たられていたし、逃げてからも施設にいる時もまだまだ怯え、離婚が決まって再び地元の近くに戻ってからも、時雨がいても時折襲ってくる不安定さは藍里にもどうすることもできなかった。
もうさくらは綾人から離れて何もひどいことも言われてもされてもいないのに、なんでだろうって思うしかなかった。ここしばらく時雨といる時はあんなに笑うようになったのに、もう自分にヒステリックに泣き叫ばれることもないとホッとしていたのに、藍里も時雨の涙に泣きそうになったが涙は出なかった。
「悔しがることないよ。ママは時雨くんと一緒になってから笑うようになったし。それにいつも料理してくれるじゃん……家事だって。それだけでも私は助かってるよ」
そう藍里がいうと、時雨は小さくありがとう、と言った。
「……今日は賄い食べてくるんだっけ」
「うん。でも時雨くん料理好きだから少し時雨くんの料理食べたいけど……今からでは無理だよね」
時雨は何も手付かずの台所を見たが横に首を振った。そして冷凍庫を開けた。
「こういう時のために冷凍食品ってのがあるんです」
目を真っ赤にしながらもニカっといつものように笑った時雨。冷凍庫にはいくつかの冷凍食品。藍里は笑った。冷凍ポテトを取り出した。
「私はこれを揚げるだけでもいいけどこれを使ってジャーマンポテトとかチーズグラタンとか好き。簡単なんだもん」
「簡単でいいんだよ。揚げなくても炒めたりトースターでチンするだけ。今日はどっちがいい?」
「じゃあ……チーズ乗せ。これだったら私もできる」
「おう、じゃあご飯は炊けてるんだけど……卵スープ作るよ」
「はぁい」
さっきまでしんみりと静かだった台所が明るくなった。2人で台所にいることはよくあるがほとんど時雨が料理をしてて、その傍で藍里は話をしてることが多かった。
時雨も手を動かしているうちにいつも通りに笑顔になっていく。藍里はグラタン皿を出して以前時雨がやってたようにバターを塗ってポテトを入れて塩胡椒し、ピザチーズをのせた。そしてその上に青のりを皿に乗せた。
「前よりも手際いいね」
「見てたからね、時雨くんの」
「……覚えてくれてたんだね。あ、それに刻んだベーコン乗せると皿に美味しい。さくらさんが好きなんだ」
「ふふっ」
「なんなんだい」
時雨が割った卵をかき混ぜて温めたスープの中に入れる。
「ママのことを常に考えているもん」
「ハハッ、そりゃさくらさんも好きなんだもん。あ、ちょっとトイレ行ってくるからスープ見といてね」
藍里は少し心が苦しくなる。やはり時雨はさくらの恋人。トースターの中にいれてタイマーをセットする。トースターの窓からポテトの上で少しずつ溶けていくチーズを眺めていく。
「……さくらさんも……も?」
ふと口に出す藍里。その、「も」という言葉に引っかかった。
少しチーズポテトを食べ、バイトに行ったがやはり生理1日目もあってしんどかった藍里。
仕事中は頭もぼーっとして社員の沖田から怒られたり、他の先輩から学校帰りに一緒にいたのは誰? と店からやはりみられていたらしく、揶揄われた。
少しでも生理による貧血の改善にと店のレバニラ炒めを食べるが、やはり美味しいという感じではなさそうだ。
明日もこの調子でバイトはまた入っている。しかも土曜日。家族連れも多くなる。尚更忙しい日と生理のピークが被るのはアウトである。しかもただでさえ一番気の許せる理生が学校の授業の関係でいないというのが一番大変である。
憂鬱になりながらもバイトを終えてエレベーターで部屋に戻る藍里。玄関のドアを開けた途端に例の敷きパッドのことを思い出した。
「ただいま! 時雨くんっ……」
するとリビングにはさくらがいた。少し機嫌は良さそうである。
「おかえり。あんたの作ったチーズポテト、最高だったよ」
「よかった、多めに作っておいて。どう、体調」
「……すこぶるいいわ。カイロお腹と背中に貼られたからね」
と、立ち上がっていちいち見せつけるさくら。時雨に貼ってもらったものだ。
ふと藍里は思い出した。昔もさくらが生理で苦しんでいる時に横になっているだけでも父が機嫌悪かったことを。
生理がまだきてなかった藍里にとって月に一回、母の調子が悪そうな時があったがしんどそうな母の背中をさすったら
「ありがとう。やさしいのね」
といってくれたことを思い出す。そんな藍里も五年生の時に生理になったが、自分もお腹痛かったり、辛かったりしても言ってはダメな気もして我慢していた。恥ずかしさもあってなのか。
だからこそ時雨の優しさが染み入る。きっとさくらもそうだろう、と。
「おかえり、藍里ちゃん」
「ただいま」
「疲れ顔だね。早くお風呂入って寝てね。もうさくらさんも僕もお風呂入ったから」
「ありがとう」
時雨はエプロンを脱ぎ、洗面所に向かっていった。藍里は敷きパッドのことを言おうと追いかけようとしたが、さくらに手招きされる。
「あんた、汚したならちゃんとしなさいよ」
あっ、と藍里は声が出た。
「一度シャワー浴びようと洗濯機の前の籠見たら血の汚れ落ちてない敷きパッドがあったから私が洗っておいた」
「ごめん……なさい。やるつもりが忘れちゃった」
「時雨くんはその辺のセンシティブなことは戸惑ってしまうからね。今日はタオル敷いて寝なさいよ」
そうさくらが言ったタイミングで時雨が戻ってきた。
「どうした?」
藍里母娘の会話をしていた間に入ってしまったかな、気不味そうな顔をしている。
「なんでもない……あ、ママ。学校から書類の書いてないところしっかり書いてくださいって」
藍里は慌てて部屋に戻って書類の入った袋を持ってきてさくらに渡した。
「……明後日までに、って言われた」
嘘である。さくらは昔から忘れやすいことが多く、それを綾人に指摘されて罵られていたのだが、その後もさくらの忘れやすさは直らない。藍里の中で対策はあって期限がなくても何日までにと設定してさくらに促すようにしているのだ。
明日までの方がいいと思ったが夜遅いため明後日までにとしたのも娘である優しさなのだろう。
「はいはい……あ、これね。接客業じゃダメなの」
「ダメだって」
さくらはため息をついて何か悩んでる。
「わかったわ。明後日の朝に渡すから。仕事行く前に」
「無理しちゃダメだよ。今日明日ゆっくり休んで……」
「そうよー。私働かないと2人養っていけないから」
「僕もその分この家のこと頑張ります」
時雨は少しばつの悪い顔をしている。さくらの横に座った。
「そいや藍里、進路相談が今度あるって」
「あ」
忘れやすいさくらだがたまに変なタイミングで思い出すこともある。藍里は普通にこの後部屋に戻ろうとしたが。
「まぁここに越したばかりだし、学校とか分からないよね。岐阜に住んでた頃に比べれば名古屋の大学には通いやすいからね。あ、別に大学じゃなくても就職でもいいけどさ」
「そうだね……まだ考えてない。ママは〇〇女子大だっけ」
「そう。高校で演劇部、大学で演劇サークル……授業は色々と文化を学んでたわ。まぁ何も今に生かされてないけど」
鼻で笑うさくら。
「藍里、女子大はやめときな。社会に出たらいきなり男社会に放り出されて何もできないわよ。ママはすぐ結婚だったけど……あんたを入れてた芸能事務所でマネージャーしてた時に痛感したわ」
「うん……」
心の中で今このタイミングでこの話題にさせてしまったことにヒヤッとした藍里。またネガティヴになりそうだと。
「あ、僕は高校卒業して調理専門学校に入ってそこから紹介してもらったところでずっと働いてた。学生時代二つくらい料理系のバイトしてたんだ。お金より経験……」
手を上げて明るくそういう時雨。
「え、どこのバイト?」
「聞く聞く?」
こうやってネガティヴを和ませてくれるのが時雨である。少しホッとした藍里。少し遅くまで時雨の話を聞いてこの日は終えた。
次の日の帰りの会が終わったあと。もう藍里は限界が来ていた。ピークでもあった。昨日のバイトの時も少し辛かったが痛み止めをこっそり飲んだ。昨晩遅く寝たことに後悔しつつも授業中はお腹の痛みも襲う。
横ではクラスメイトたちがあいも変わらずキャッキャと笑い合い、話題は綾人のことだ。
「今度綾人の映画のオーディションだって! 東海地方在住……高校生! わたしたち対象?」
「ばーか、あんたみたいなデブスが通るわけないよ」
「そのデブスさが通るんだよ、案外」
あの輪の中には入れないし、まさか彼女たちは綾人の娘がすぐそばにいるだなんて知らないだろうし、藍里は父のことでキャーキャー言ってるのも不思議であった。
自分もだが高校生は同級生よりも20以上の男性にも興味があるのか……。
そして彼女たちの抱く綾人のイメージと藍里の知っているさくらに対して罵る綾人……でも父は嫌いでも無い。
ぐるぐるとネガティヴになってしまう。それは生理のせいなのか、寝不足なのか。
手元には書類。今度名古屋の中心部で大学展があるのだ。帰りの会に全員に配られた。
担任にまた書類の催促をされて明日には出します、と伝えると担任は
「まぁ、はっきり書かなくていいと思うけどね。母娘で今の時代働けるところ、限られてるからさ……その辺は配慮しますから。でも緊急事態に何かあったら連絡先わからないと、ねえ。仕事中は携帯出られませんとか聞いてあったから」
と言った後にニヤッと笑う顔に気持ち悪さを感じた藍里。緊急連絡先……ずっと家にいる時雨の番号でも、と思ったが家族以外の男がいるという事実も良くない、と口を閉じた。
「藍里、今日1日体調悪そうやったな」
級長の仕事を終えて教室に戻ってきた清太郎。一緒に玄関まで行く。
「うん……でもこのあと直でバイトだから1人で帰る」
「マジかよ。無理すんなって」
「ありがとう。人がいないから私が行かないと」
「……どこも人不足だな。まぁ俺んとこはいっつも不足。あ、その大学展の日はうちの母さんと姉ちゃんこっちにくるんや」
「えっ、来るの?」
「で、観光案内せぇって言われてるから付き添ってやれん。すまんな」
何も頼んでいたいのに清太郎が付き添うつまりだったのかと藍里は驚いて顔は真っ赤でドキドキしていた。
「別に付き添ってなんて言ってないし……てか大学展よりもおばさんとお姉さんに会いたいわ」
「次の日もおるから大学展見に行かないと。今年は1日だけやから。人生かかっとるよ」
「……でも。清太郎は決まってるの?」
「うん、まぁ。ここら辺やないし」
「え、名古屋の方じゃ無いの?」
「関東のな、W大学……」
「えっ、そうなの? って、確かお父さん銀行員だし、W大学出身よね。まさか銀行員?」
「うん……まぁ」
子供の頃を思い出すとそんな感じは一ミクロンも感じ取れなかったと藍里は驚く。
「こう見えても、な……」
「すごっ、将来安泰じゃん」
「かなぁ。母ちゃんたちは反対してるけどね……帰ってこいって。俺は帰らん」
清太郎はいつもよりも真剣な顔をしていた。たしかに子供の頃から強烈なキャラの母親と気高い姉に彼は挟まれているとは思っていたが。
「意志強いね」
「……別に銀行員じゃなくてもいいけど家には帰りたく無い、ただそれだけ。藍里は?」
藍里はふとさくらを思い浮かべる。もし自分が関東に行ったら……心配するだろう。そもそも関東には綾人がいる。
さくらは時雨とこれから一緒になるのだろうか。でもそうなったら自分は……と。
「もし俺がついてこいって言ったら来るか?」
気づくともう清太郎の住む弁当屋の前だった。藍里はエッと声を出してしまった。
「……エッてなんだよ。またなんかあったら聞く、それに母ちゃんたちがお前ともしよかったらお前の母さんにも会いたいって言ってるからもしよかったら会ってやってくれないか」
「うん、私はいいけどさママは聞いてみないとわからない」
「無理すんな」
すると弁当屋からエプロンを女性が出てきた。清太郎の叔母で清太郎の母の姉ともあって顔もなんとなく似ていた。藍里は会釈した。
「綺麗な子だね。あんたの彼女か」
「……なようなもんだ。じゃあな。バイトだろ」
清太郎は恥ずかしそうにして振り返らず手を振った。叔母さんもニコニコ微笑んで手を振っていた。
「彼女のようなもん……??」
突然そう言われたが、ああ、もっと早く会えたら自分も頷けたのだろう。藍里は胸が苦しくなった。
時雨にも清太郎にも少し引っかかったようなことを言われて、一体どういうことなのだろうかと思いながらもバイト先のファミレスの裏口から入っていく。
と同時に藍里の様子を社員の沖田が慌ててやってきた。
「すまん、藍里ちゃんって160くらいだよね……」
「何が160ですか?」
「身長だよ。雪菜くらいだから雪菜の制服を着られるよな?」
「はっ???」
と藍里は沖田から制服一式を押し付けられた。きっと雪菜がロッカーに置いてた制服であろう。名札がついていた。
「早く、着替えろ。人が足りないんだ。メニューの取り方とか諸々はバイト入る前の本部研修で習ったろ」
そう言われた藍里は確かに名古屋のファミレスの本社で1日だけ通しで研修したということを思い出したがたった1日であとは裏方でキッチンの手伝いだけであった。
「着替えろ、早く!」
「は、はい……!!」
そして五分後には着慣れないファミレスの制服を纏いファミレスのキッチンに入ると数人の忙しそうにしてるキッチンスタッフの男性たちはびっくりした様子で見ている。
「あらぁ似合うじゃない、藍里。さぁ早くもう大変なんだからぁ」
理生がやってきた。藍里は初めてのフロアでの仕事。平日の夕方はいつも混み合っているのだがそれを何人かのアルバイトたちが回していたのだが夏休み明けのテスト週間、雪菜のボイコットによる欠席でてんてこまい。
いつもはキッチンからお客さんは多いなぁと思いながら見ていたのだがまさしくそれ以上を越すものであって藍里はどきどきよりも緊張が上回る。
「そこの可愛いオネェさん! 水くださいな」
早速声がかかった。若い大学生の集団。こちらは違う大学の生徒なのか、テスト期間ではないようだ。
「すいません、さっきから呼んでるけどこなくて」
と大学生の席に行く前に老人夫婦に呼び止められる。
「おーい、全然注文したもの来ないんだけどぉ」
とビールを片手にグダを巻くサラリーマン。
藍里は全てにハイ、と答え対応していくが、目線の先に見覚えのある顔……。
「すいませんーってあれ、藍里じゃん」
なんと清太郎がいたのだ。しかも何故かクラスメイトの女子数人に囲まれて。クラスメイトの女子が藍里を見てびっくりしている。ひとりはスマホで藍里のファミレスの制服姿を撮影して藍里はやめてって困り顔。清太郎もバツ悪そうな顔をしている。
きっと藍里が着替えている間に入ってきたのだろう。
「……弁当屋、他のバイトさんに明日と変わって欲しいって言われて暇してたらこいつらにつかまっちゃったんだよ」
清太郎は他の女子たちよりも明らかにテンションが低い。その合間にも他の席から呼ばれたり、ベルは鳴る。
「藍里、ここで働いているんだね、めっちゃ似合ってる。可愛いいからなんでも似合うんだよ。今からメニュー選ぶから他のところ行ってきて」
「宮部くん、このファミレスの前でウロウロしてて1人で入ろうとしてたんだよねぇ」
藍里はそうなの? と言いかけたが後ろから来た両手に食事を持っていた沖田から耳打ちされた。
「向かいのカップルのところに早く行ってこい」
「はい……」
藍里はクラスメイトたちのところを後にして言われた席に向かうと、30代くらいのカップルが座っていた。男性の方はかなりイラついていて、その前に座っていた女性は俯いていた。
「いくらなんでも人が足りてないんじゃないのか」
「申し訳ありません……お伺いしますね」
藍里はメニューパットを片手に注文を取る。
「そもそもお前がここにいきたいっていうからこんなに混み合ったところに巻き込まれたんだよ」
「すいません……」
「お前が家でご飯ちゃちゃっと作ればいい話なんだよ」
「すいません、ちょっと調子が悪くて」
藍里のことを無視して男は女に対して大声で話す。他の客も少し反応する。
「調子悪いてなんなんだよ。専業主婦のくせし家事料理も何もうまくできんくってしかも体調管理もできないなんて、毎日ダラダラしてるんだろ? だからそんなに豚みたいに肥えるんだよ」
その女は特に見た目からして太ってはおらず、ふっくらしているだけであるが藍里は2人のやりとりをみて過去の記憶が蘇る。
そう、さくらと綾人のやりとりである。綾人は流石にこういう公共の場ではしなかったがよくさくらが悪い、と罵ってさくらは悪くないのにずっと謝っていた記憶がある。
調子が悪い時も家事料理はしっかりしろという言葉も似たようなのを何回か藍里は聞いたことがあった。
女が泣き出した。
「おい、泣いてどうなるの? お前はサラダだけだ。俺はステーキセット、ご飯は大盛り……ってウエイトレスさん?」
藍里はいきなりのウエイター業務と緊張と生理からくる貧血と過去のことを思い出し彼女の体は心身ともに限界がきてその場で倒れた。最後に周りのざわめきと、その中から声が聞こえた。
「藍里!!!!」
清太郎の声、そして誰かの温もりだった。
「いらっしゃいませぇえええ……って、あれ?」
なぜか意識を取り戻したと同時にまだファミレスにいたと思い込んでいた藍里は、今ここはファミレスではないってことに気づく。バイト先の休憩室である。
「大丈夫か、藍里」
「……宮部くんがなんでここ……うっ」
体をゆっくり起こしたが少し頭に痛みを覚える。清太郎が藍里を再び横にした。
「倒れたんだよ。その時にテーブルの角に頭すったみたいだけど……今救急車呼んだらしい」
「……保険証、多分家」
「お母さん呼ぼうか。電話貸して」
藍里は首を縦に振る前に、さくらは今日まで生理で体調が悪い……滅多にない休みを自分のために使っていいのだろうか。倒れたのはきっと貧血だろうが。それとも……あの男の客の傲慢な態度を見て過去を思い出したのだろうか。
清太郎は藍里の頭をアイスノンで冷やす。
「一緒に来てたクラスの子達は……」
「心配してた。まだいるけど」
「……お店は」
「今はそんな心配するな。それよりも早よ電話」
藍里はスマホで『さくら』と着信履歴から出して清太郎に渡した。自分から電話しようとしたがやはり少し頭が痛い。なかなか着信に出ないようだが清太郎は心配そうに藍里を見ている。
よりによって自分の倒れた時に彼が客としているだなんて、しかも他のクラスメイトもいた訳であって……恥ずかしさもある。
「……俺の席からあの客見ていたけど酷かったよな。奥さんに対してすごくひどいことを言ってたしな」
藍里は男性客を綾人、女性客をさくらと重ね合わせてみていた。
「ひどいよな……あ、もしもし? あれ、橘……じゃなくて百田……さくらだっけ藍里のお母さんの名前」
「さくら。ママ出た?」
清太郎はスマホを持ったまま少しキョトンとした顔している。きっとさくらが寝ぼけて電話に出たのだろうか。
「百田さくらさんのスマホですか。……そうですよね? あの、さくらさんは」
もしかして、と思い藍里はスマホを取り上げた。
「もしもし」
『もしもし、藍里ちゃん? 今の男の人誰かな。さくらさんは今寝てるんだけどどうしたかな』
時雨の明るい声だった。しまったーと清太郎を見ながら電話を続けようとするが清太郎がスマホを取り上げた。
「すいません、同じクラスメイトの宮部清太郎です。さくらさんに名前おっしゃっていただけたらわかるはずです。さくらさんの娘さんの藍里さんがバイト中に倒れまして……はい、ええ。今ご自宅の下のファミレスです。頭を打ちましてもうすぐ救急車……」
救急車の音が聞こえた。
「はい、今すぐ来ていただけますか。お願いします」
藍里はどうしよう、と思いながらもやはりまだ体はだるい。スマホを返されたが2人の間に沈黙が流れる。
「その、今のはね……」
「男の人、だったね。びっくりしちゃったよ」
清太郎は苦笑いしている。母娘女所帯であろう百田家に男がいる、それには彼も驚いているようだった。
「救急車きたぞ……たく、また人手足りなくなるぞ」
沖田が仕事の合間になのか心配するそぶりもなく休憩室に来た。藍里はやっぱり自分は……と苛まれてしまう。子役の時もそうだった。うまくいかずに裏でマネージャーだったさくらがスタッフに怒られているのを。
家ではそのことを綾人にさくらがなじられていた頃を。そしてさくらと2人きりの時に藍里はさくらから八つ当たりされていた頃を。
それを思い出すたび息が苦しくなる。息が荒くなる。清太郎はそれに気づいた。
「藍里、大丈夫かっ! ……おっさんも少しは心配しろよ」
「おっさんだと?」
「あぁ、おっさん。藍里が客に絡まれていた時に無視してただろ。それよりも前に鬱陶しいから藍里にあの席で接客させたんだろ。俺は見てたぞ」
沖田はぬぐっと口を歪めた。清太郎は藍里のそばにいながらもきっとした表情で睨む。
「患者さんはどちらでしょうかっ」
と救急隊員が休憩室に入ってきた。沖田は複数の隊員によって押しのけられて尻餅をついてしまう。
「くそっ! イタタタっ」
その後沖田の元に理生がやってきたが情けない彼の姿に見下ろして笑った。
「何笑ってる、少しヘルニアが……俺も倒れたらどうするんだ、この店は」
「バイトを馬鹿にしたバチが当たったのよ。それにあんたの代わりはいくらでもいるわ」
「はぁ?」
「あんたのせいでやめてったバイトの子達を招集してきたから」
と数人の女性たちも沖田を見下ろす。全員冷たい目線だが誰もいなくなった休憩室に入って着替えを始めるようだ。
理生に引きずられて休憩室を追い出された沖田は腰を痛そうにしている。
「腰が痛くても座ってできる作業あるでしょ。さっさと動きな」
理生はその後藍里を追いかけた。
その時、ファミレスでは外に救急車が来て少し騒々しかった。奥から担架で運ばれる藍里。それを追う清太郎と理生。
さっきまで清太郎といたクラスメイトたちも心配そうにみていた。が、そのうちの一人帷子アキがスマホを見ている。
「あ、それさっきの藍里じゃん。可愛く撮れてる」
と、姫路《ひめじ》優香が覗き込む。アキのスマホに藍里をこっそり撮った写真を何がメッセージフォームにつけてページの送信ボタンを押した。
「まさかアキ、あれに送ったの?」
潮なつみも覗き込む。アキはニヤッと笑った。
「てか大丈夫かなぁ……百田さん」
「すごい勢いで頭ぶつけてたし……血は出てなかったけどさ。にしても宮部くんが藍里! 藍里! って叫んでたのびっくりだわ~」
「宮部くんと百田さん、幼馴染運命の再会恋愛……見守りたいよねー」
「うんうん!」
あき、優香、なつみは何事もなかったかのように清太郎と食べるはずだったビックパフェを食べる。
「そうそう、あと……」
藍里の写真を送った先から返信がアキのメールに届いた。
『この度は推薦でのご応募ありがとうございます。結果につきましてはまたこちらからメールを送らせていただきます
名古屋発映画、橘綾人の娘役オーディションチーム』
藍里は担架に乗って救急車に運ばれた。清太郎も一緒である。後で一緒に理生が藍里のカバンを持って追いかけてきた。
「……理生さん、お店は?」
「大丈夫よ。昔のバイトの子達招集してなんとかきてもらった。前から頼んでいたけど一気に今日は入れますって。偶然にも程があるわ。あなたはラッキーよ」
と清太郎に荷物を渡して藍里の右手を握った。
「気にしないで、少しでも早く呼べていたらあなたに不慣れなことをさせなかったのに、ごめんなさいね。でも制服似合ってたから。回復したら少しずつ私のもとでフロアで働こうね」
とたたみかけるように理生は話しかけた。藍里は苦笑いして握り返す。
「そろそろよろしいでしょうか。ご家族の方ですか」
「職場の先輩です、でこの男の子は……」
救急隊員に対して理生はなんと言っていいかわからず声が出ない。すると清太郎が
「えっと、藍里の彼……」
と言いかけたところであった。
「藍里ちゃーん!!!!!」
とやってきたのは時雨であった。
「おたくは……」
「藍里ちゃんの……えっと、その、なんというか……あ、さくらさん……藍里さんのお母様の代わりにやってきました。今まだ寝てるんです……」
「寝てる……? 母親が」
救急隊員はあっけに取られているようだがもう行くとのことで時雨は理生の目の前で救急車に乗り込んだ。清太郎もあっけに取られている。救急車は発車した中で藍里はさくらがまだ寝ているのかと彼女もなんとも言えないのだが、今清太郎と時雨というこの組み合わせの中一緒にいるのがさらに……。
「さくらさん、少し前にまた寝ちゃって。明日からまた仕事でしょ。寝ちゃうと起きないし、何度も叩き起こしたけども起きなかったから枕元にメモを置いておいた……」
「マジかよ、娘倒れたのに寝るような人だっけ」
「……藍里ちゃん、彼は誰? 制服からすると一緒の高校の」
藍里は答えようとしたが
「彼氏です」
と思ってもいない回答に声が出なくなった。藍里は首を横に振ろうとしたが隊員が押さえていたため振れなかった。
「それは驚きだなぁ……藍里ちゃんここにきてからすぐ彼氏出来るなんて、さくらさんに似て美人さんだからそうだよね」
時雨もそんなことを言い、こないだの藍里ちゃんも、の「も」の意味深さに拍車をかける。
「……彼氏ってのは冗談ですけどあなたこそ誰ですか」
清太郎がさらっというと時雨は笑った。
「冗談きついよ。そうだよね、彼氏じゃないよね。あ、僕は藍里ちゃんの家に住まわせてもらってます家政夫です。一応さくらさんの彼氏っていうテイですけど」
「ヒモじゃん」
「君、言うねぇ~おもしいろいよ」
「さっき電話でも言ったけど宮部清太郎、藍里とは幼馴染でさくらさんに言えばすぐわかると思う」
「あぁ、そうなのか……幼馴染とこうして偶然に会うのもすごいね、藍里ちゃん」
あっという間にこの空間は和んだようにも思えたが……
「恐れ入ります……患者さんの名前とか住所とかわかりましたらご記入ください」
と救急隊員が間に入って時雨と清太郎はハイ、と冷静になった。時雨が記入用紙を手にして書き出す。
「名前は、百田藍里……生年月日は……えっと」
「そう言えば時雨くん、保険証はある?」
「あるよ。一応さくらさんの財布の中にあるって前聞いたことがあって」
「そこに載ってるから」
と時雨がさくらの財布を取り出そうとすると、清太郎が記入用紙を取り上げる。
「俺と同じ生まれで、1月11日生まれ。身長、体重……」
「……それは私が書くよ。恥ずかしい」
「恥ずかしいもクソもないだろ、書かないとこれからの診察に支障出るだろ」
「わかったよ……」
と藍里は恥ずかしそうに答えてそれを清太郎は書く。時雨はさくらの財布を握ったまま居た堪れない顔をしている。財布から保険証を取り出して、あるよとアピールはした。すると時雨のスマホに着信が。
「あ、さくらさんだ」
「ママ……」
「ここはスマホ大丈夫ですか。彼女の母親からで」
と隊員さんに聞き、やむおえない状況だと許可をくれたのだが隊員からしたらこの時雨とやらは家族でなかったのかという冷ややかな目線を送っているようにしか藍里は見ていた。
「さくらさん、はい。ごめん驚かせちゃって。そうだよ、藍里ちゃんがバイト中に倒れて。頭も打ったんだって。ごめん財布持ってる……あ、免許証」
そう、さくらの財布の中に車の免許証も入ってたのだった。あっちゃーという顔をして時雨は電話を切った。
「さくらさん、タクシーで来るって。僕としたことが……ごめんね」
「ううん、ありがとう」
清太郎は藍里をじっと見てた。とりあえず時雨がさくらの恋人であることであるのは理解できたようではあるが。救急車は病院に着いた。
藍里は部屋に入ってきたさくらを見ると少しホッとした。なんだかんだでやはり母親が一番なのだ。
さくらは藍里の右手を握る。反対の腕は点滴を打っているようだ。
「貧血と過労とのことよ。脳波も異常なし。ごめんね、すぐ行けなくて」
「ううん、ママも体調悪かったし……明日から仕事で大丈夫? 生理終わってないのに」
「そうだけど私が休んだらあんたと時雨君養っていけないでしょ。頑張んなきゃ」
「……無理しないで。私みたいに倒れちゃう」
「大丈夫、やすみやすみにやれるから。あ、二人にも入ってきてもらおうか」
さくらは手を離して外で待っていた清太郎と時雨を呼んだ。
「藍里ちゃん……特に何もなくてよかったよ」
「時雨君もありがとう。宮部くんもこんな夜遅くまで待っててくれたなんて」
清太郎は首を横に振った。
「しばらくは授業のノート書いてもっていくよ。無理すんな」
「ありがとう……」
さくらは少し難しそうな顔をしている。
「途中から編入してきてしかも夏休み明け……数日休んだら遅れがさらに増えてしまうわ」
藍里も確かに、と言いつつもどうにもできないものである。さくら自身も藍里を連れて逃げた際にしばらくはまともに学校に生かすことができずに避難先の施設で勉強を教えてもらったくらいであった。
「勉強に遅れがあるけどさらに遅れちゃう……」
さくらは頭を抱える。
「ごめんね、藍里……私がいけない」
「なんで? ママがなんで今そんなこと言うの。私がちゃんんと自分の体調を管理しなかっただけだし」
「私が逃げなきゃ、逃げなかったらあんたがこんな苦労することなんてなかったの」
さくらはまた自責の念に陥る。
時雨がさくらを抱えて宥めながら病室を出ていく。
病室の中は清太郎と二人きりになった。
「……お前の母ちゃん、雰囲気変わったな」
「うん、宮部くんもそう思うよね。自分の母親のこと言うのもあれだけど」
「あの彼氏さんがいい人なんだろうな。優しそうじゃん」
藍里は頷いた。どちらかといえばさくらよりもそばにいる時間が長い彼女は彼の優しさはわかっている。
「でも表情があんなに柔らかくなってた。あの頃の怯えたような目とは違う」
清太郎も子供ながらにそう思っていたようだった。藍里はそのようにさくらがそう思われていたとは……。
「じゃあ俺帰るわ。……じゃあ」
清太郎は藍里を見ている。じっと、瞳を見ている。
「なんだよ、もう無理すんな」
「ありがとう」
「それと……その」
「なぁに?」
「お前、あのおとこのひとがすきなんだろ」
藍里はいきなり清太郎にそう言われて声が出ない。
「図星だな。じゃあ……」
清太郎とすれ違いに時雨とさくらは入ってきた。互いに頭を下げる。時雨は荷物を撮りに行くついでに清太郎を送っていくそうだ。
さくらは藍里の頭を撫でる。
「ごめんね、もっと強くならないとね。弱くてごめん」
「宮部くんがね、変わったねって。私も変わったと思うよ。ママ」
「藍里……っ」
さくらは涙が出る。藍里は思い出した。
「そうだ、宮部くんのお母さんがママのこと心配してるって……」
「……」
さくらはそれ以降黙っていた。藍里はしまった、と思いながらもいつの間にか眠りについていた。