次の日の帰りの会が終わったあと。もう藍里は限界が来ていた。ピークでもあった。昨日のバイトの時も少し辛かったが痛み止めをこっそり飲んだ。昨晩遅く寝たことに後悔しつつも授業中はお腹の痛みも襲う。

 横ではクラスメイトたちがあいも変わらずキャッキャと笑い合い、話題は綾人のことだ。
「今度綾人の映画のオーディションだって! 東海地方在住……高校生! わたしたち対象?」
「ばーか、あんたみたいなデブスが通るわけないよ」
「そのデブスさが通るんだよ、案外」

 あの輪の中には入れないし、まさか彼女たちは綾人の娘がすぐそばにいるだなんて知らないだろうし、藍里は父のことでキャーキャー言ってるのも不思議であった。
 自分もだが高校生は同級生よりも20以上の男性にも興味があるのか……。
 そして彼女たちの抱く綾人のイメージと藍里の知っているさくらに対して罵る綾人……でも父は嫌いでも無い。

 ぐるぐるとネガティヴになってしまう。それは生理のせいなのか、寝不足なのか。
 手元には書類。今度名古屋の中心部で大学展があるのだ。帰りの会に全員に配られた。

 担任にまた書類の催促をされて明日には出します、と伝えると担任は

「まぁ、はっきり書かなくていいと思うけどね。母娘で今の時代働けるところ、限られてるからさ……その辺は配慮しますから。でも緊急事態に何かあったら連絡先わからないと、ねえ。仕事中は携帯出られませんとか聞いてあったから」

 と言った後にニヤッと笑う顔に気持ち悪さを感じた藍里。緊急連絡先……ずっと家にいる時雨の番号でも、と思ったが家族以外の男がいるという事実も良くない、と口を閉じた。

「藍里、今日1日体調悪そうやったな」
 級長の仕事を終えて教室に戻ってきた清太郎。一緒に玄関まで行く。

「うん……でもこのあと直でバイトだから1人で帰る」
「マジかよ。無理すんなって」
「ありがとう。人がいないから私が行かないと」
「……どこも人不足だな。まぁ俺んとこはいっつも不足。あ、その大学展の日はうちの母さんと姉ちゃんこっちにくるんや」
「えっ、来るの?」
「で、観光案内せぇって言われてるから付き添ってやれん。すまんな」

 何も頼んでいたいのに清太郎が付き添うつまりだったのかと藍里は驚いて顔は真っ赤でドキドキしていた。

「別に付き添ってなんて言ってないし……てか大学展よりもおばさんとお姉さんに会いたいわ」
「次の日もおるから大学展見に行かないと。今年は1日だけやから。人生かかっとるよ」
「……でも。清太郎は決まってるの?」
「うん、まぁ。ここら辺やないし」
「え、名古屋の方じゃ無いの?」
「関東のな、W大学……」
「えっ、そうなの? って、確かお父さん銀行員だし、W大学出身よね。まさか銀行員?」
「うん……まぁ」

 子供の頃を思い出すとそんな感じは一ミクロンも感じ取れなかったと藍里は驚く。

「こう見えても、な……」
「すごっ、将来安泰じゃん」
「かなぁ。母ちゃんたちは反対してるけどね……帰ってこいって。俺は帰らん」
 清太郎はいつもよりも真剣な顔をしていた。たしかに子供の頃から強烈なキャラの母親と気高い姉に彼は挟まれているとは思っていたが。
「意志強いね」
「……別に銀行員じゃなくてもいいけど家には帰りたく無い、ただそれだけ。藍里は?」
 藍里はふとさくらを思い浮かべる。もし自分が関東に行ったら……心配するだろう。そもそも関東には綾人がいる。

 さくらは時雨とこれから一緒になるのだろうか。でもそうなったら自分は……と。

「もし俺がついてこいって言ったら来るか?」
 気づくともう清太郎の住む弁当屋の前だった。藍里はエッと声を出してしまった。

「……エッてなんだよ。またなんかあったら聞く、それに母ちゃんたちがお前ともしよかったらお前の母さんにも会いたいって言ってるからもしよかったら会ってやってくれないか」
「うん、私はいいけどさママは聞いてみないとわからない」
「無理すんな」
 すると弁当屋からエプロンを女性が出てきた。清太郎の叔母で清太郎の母の姉ともあって顔もなんとなく似ていた。藍里は会釈した。

「綺麗な子だね。あんたの彼女か」
「……なようなもんだ。じゃあな。バイトだろ」
 清太郎は恥ずかしそうにして振り返らず手を振った。叔母さんもニコニコ微笑んで手を振っていた。

「彼女のようなもん……??」
 突然そう言われたが、ああ、もっと早く会えたら自分も頷けたのだろう。藍里は胸が苦しくなった。